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マネジメント・テクノロジーの領域を知ろう

本サイトの主要なテーマは、(知らなかった人もいるかもしれないが)『マネジメント・テクノロジー』である。マネジメントと言う仕事には技術があって、学ぶこともできるし、蓄積したり磨いたり、人に伝えることもできる。決して気合とか根性とか、生まれつきのセンスとかだけで能力の決まる仕事ではない。そういうことを多くの人と共有したくて、ずっとこのサイトを運営してきた。

そもそもTechnology(技術)には2種類ある。固有技術と管理技術(マネジメント・テクノロジー)だ。固有技術とは、対象固有の科学法則に縛られる領域におけるTechnologyである。たとえば、機械設計、材料開発、システム設計、といった技術がそれに当たる。ちなみに、わたし自身の大学の専門は化学工学(Chemical Engineering)だった。これは化学プラントの設計に関わる工学だが、やはり固有技術である。

これに対して、管理技術とは、仕事の仕組みそれ自体に対して適用すべきTechnologyをいう。「仕事の仕組み」では分かりにくければ、人・モノ・情報などの配置と流し方、と言い換えても良い。たとえば、プロジェクト・マネジメントの分野では、CPM(Critical Path Method)やWBS(Work Breakdown Structure)、生産マネジメントの分野なら、在庫理論とか生産スケジューリングといった技術だ。

こうした管理技術(Management Technology)には業種・分野固有の部分がない。製品開発プロジェクトだろうが橋梁建設プロジェクトだろうが、CPMは当てはまるし、在庫品がダイヤモンドでもトイレットペーパーでも、在庫理論は使える。このため、マネジメント・テクノロジーは業種分野を超えて、汎用的である。だから、まったく畑違いの分野の知恵も、学んでうまく応用すれば、自分の仕事を楽にするために使える。

ところが残念なことに、日本の大学教育では、この『管理技術』の教育・研究を、伝統的に軽視してきた。その1番の証拠は、東大と京大に、学部レベルで経営工学や管理工学の学科が存在しないことである。この2つの大学は、日本の文科省の高等教育政策を映し出す鏡のようなものだ。つまり国の側にも、管理技術という意識が欠けているのだ。

ちなみにかなり以前から、慶応には管理工学科が、早稲田には経営システム工学科があり、東工大にも経営工学科があった。だが、肝心の東大と京大には、ずっと存在しなかった。さすがに、今世紀に入ってからようやく、大学院レベルで、東大に技術経営戦略学専攻が、京大に経営管理専攻が設置された。

だが学部レベルでは、相変わらず存在しない。だからこの二つのエリート大学を卒業してくる人たちは、基本的に、「仕事の仕組みにはテクノロジーがある」ということを理解せぬまま、社会に出て働くわけだ。

なぜ、国の側に管理技術=「マネジメント・テクノロジー」への認識が欠けているのか、わたし自身はよく知らない。ただ、もしかすると、わたし達の国の上の方の人たちは、「管理とは法学部出身者の仕事である」、と考えているのかもしれない。そう疑わせる兆候は多分にある。そうでなければ、なぜこの2つの大学の法学部出の人たちばかりが、中央官庁や政界財界のトップの座をあれほど席巻しているのか。

だが、話を元に戻そう。わたし達の社会では、残念ながら、「マネジメントにも技術がある」という概念が希薄である。だから、マネジメントの上手下手は、まったく属人的なものだ、という思想が強い。その結果、マネージャーの地位は、学歴・年功序列・出身等により選ばれることが多い。マネジメントは「地位に付随する権力・権能」 であって、前もって研修・訓練が必要な技術とは考えられていないのである。

なおここでもう一つ注意しておきたいことがある。それは、『経営』という言葉とマネジメントとの違いだ。本サイトは、「ビジネス・経営」のカテゴリーに分類されている。他に適切なカテゴリーがないから、そうしているだけだが、あまり本意では無い。なぜなら、このサイトでは、ほとんど経営について語ったことがないからだ。わたし自身、経営者ではないし、経営の仕事もしたことがない。

普通、日本語で経営と言うと、会社レベルの組織をまとめて運営する仕事を指す。しかし、私がここでマネジメント・テクノロジーと呼ぶ技術は、もう少し中間層のレベル、言い換えると経営者層と現場をつなぐレベルの技術である。クリティカルパス法だとか、在庫理論だとかいった技術知識は、会社経営のレベルではあまり必要がない(無論、知っているに越した事はないが)。

少し具体的な例で考えてみよう。今、ある所にカレー屋さんが開業した。ご主人はもともとエンジニアだったが、長引く不況と、先の見えない業界にうんざりして、心機一転、脱サラを決意したのだ。昔からカレーが得意料理で、親戚知人に披露すると結構評判が良かったので、自分で店を開こうと思いたったわけだ。

愛想の良い奥さんと二人三脚で、幸い、店は順調に滑り出した。ご主人が料理を作り、奥さんが客の応対をする。1年経つと、ピーク時には店の前に行列が並ぶほどになった。今のスペースは手狭なので、近くに3倍位の広さを持つ店舗の空き家を見つけ、そこに移転することにした。そうなると夫婦2人では手が足りない。厨房とフロアの手伝いに、2人ずつ人を入れた。

ご主人はこれに加えて、持ち帰りのカレー弁当も売ることにした。長年のオフィス勤めで、昼食に皆が苦労していることを知っているからだ。オフィス街に小さな机を並べ、昼の間だけそこでお弁当を見ることにした。当然そこにも人が必要だ。

だが、こうして店の業容を広げていくうちに、少しずつ問題が起きてきた。例えば、お弁当の仕込みの数をどう決めるべきか。作り過ぎれば売れ残るし、数を絞れば利益が出ない。それに、仕込んだカレーだって、賞味期限がある。3日も4日も前に煮込んだカレーをお客様に出すわけにはいかない。

店を広げた際に、カレーのメニューの種類を増やしたことも問題だった。厨房の中で、洗い場と、調理台と、冷蔵庫との導線が錯綜して、3人の人がぶつかりやすくなった。しかもメニューの数を増やしたために、フロアからの注文の聞き取りミスも増えてしまった。注文してから料理を出すまでの時間が長くなったとなじみの客にクレームされたこともある。

おまけに甚だ厄介な、今回の消費税対応。朝から晩まで寝る間も惜しんで忙しく働いているのに、利益は上がらない上に、客足も少しずつ鈍ってきている。カレーの味自体は変わっていない。むしろ腕は上がっている自信がある。だが商売の利益につながらないのだ。ご主人は深夜、自分の席で、ため息をつくことが多くなった。

これが典型的な「仕事の仕組み」の問題だ。今のご主人に必要なのは、カレー作りの品質向上ではない(それは固有技術に属する)。大事なのは、人と物と情報の配置・流し方の工夫である。つまりマネジメント・テクノロジーが足りないのだ。

夫婦2人で小さな店をやっているときには、それはほとんど必要なかった。だが品種を増やし、人を増やし、売り上げと生産量を増やしたときに、次第に目に見えない非効率が生まれてきたのだ。適切な厨房のレイアウト、適切な在庫量の設定と発注、需要の読みと臨機応変な対応、店舗から弁当売り場への搬送、注文と会計のシステムの導入・・こうしたことが必要になるのだ。だがそれを実現するテクノロジーを、どこで学べばいいのか?
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これと同様の問題が、おそらく最初は東京オリンピックの翌年の「昭和40年不況」のときに、多くの中堅中小企業で噴出した。そして、より大規模な形では、高度成長期を終えて、消費者ニーズの多様化と輸出拡大に直面した80年代以降に、日本企業を襲ったのだった。

ただ残念ながら、マネジメント・テクノロジーは、目に見えない領域に属している。そして、目に見える物の品質やディテールには大変こだわるが、目に見えない事には至って無頓着な傾向を、わたし達の文化は持っている。加えて、国家レベルでの認識不足。こうして、バブル崩壊以降の90年代から、長らく不況を出せずにきたのだ。

わたしのこの、ささやかなサイトが、国家レベルの問題を解決できると夢想しているわけではない。ただ、たまたまここを訪れた方のうち、たとえわずか数人でも、問題解決のヒントを提供できればいいと思っている。ネットの世界では、マネジメント・テクノロジーの情報源は、あまりに少ない。話題のほとんどは、固有技術か、さもなくば経営論に行ってしまう。それでは、問題に悩むカレー屋の店主の助けにはならないのだ。

それと同時に、わたし達は、マネジメント・テクノロジーについて、フェース・ツー・フェースで情報交換し、議論する場を必要としているように思う。ネットでの匿名による意見交換は、限界がある。工場作りに関しては、互いに勉強でき議論できる場を、(財)エンジニアリング協会で、立ち上げているところだ。そちらもいずれ近いうちに、より広くアナウンスできるようにしたいと考えている。そうやって、かつての東京オリンピック後と同じ状況に、日本の製造業が今度は陥らないよう、今から準備しようと思っているのである。


<関連エントリ>
 →「マネジメントのテクニックと技術論について」 https://brevis.exblog.jp/22951856/ (2015-04-22)




by Tomoichi_Sato | 2019-10-05 20:24 | ビジネス | Comments(2)
Commented by 山本 at 2019-10-06 16:39 x
本当にその通りですね。
現在、話題になっている働き方改革も、このマネジメントは、テクノロジーであり、身につけられる技術であるとの認識がなければ、形式的な取り組みがなされるばかりで、本質的な変化が起きないと十分、考えられますね。
がんばれば、モチベーションが、個人の問題、腹に落ちれば等、説得ややる気を引き出せばなんとかなるというのには、明らかに限界が来ていますね。
Commented by 齋藤 at 2019-10-15 17:16 x
いつも拝読させて頂いております。
今回の趣旨についてもおおいに賛同するところです。
しかしながら、一方で思うことは、カレー店の例になぞらえて言うならば、
カレーそのものが美味しくないと店の経営は話にならないということです。
メニューの種類が多かったり、料理を出す時間が早かったりしても、
肝心なカレーの味が評価出来ないと店に客は来ないと思われます。
ですので私達の社会は目に見える解りやすいところにこだわってしまうのだと思います。
そこで、仕組みや方法論に与している我々のような者に課せられていることは、
カレーの味の良し悪しを理解できるうえで、店の導線や材料の在庫法を指導アドバイスできるように
ならなければならないということです。
これは「言うは易く、行うは難し」であると常に思います。
続きのエントリーを楽しみにしています。
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