「アーンド・スケジュール」の概念を初めて知ったのは、2006年のことだった。オーストラリアのシドニーで開かれた、プロジェクト・マネジメントの国際大会ProMAC 2006でのことである。わたしは、後に自分の学位論文のコアになる『RPV(Risk-based Project Value=リスク基準プロジェクト価値)』の考え方を発表するため、そこに参加していた。 豪州はPM研究の盛んな国であり、この大会も日米豪アジアから様々な講演発表があって、非常に面白かった。その一つが、米国海軍のコンサルタントWalter H. Lipke氏による、「アーンド・スケジュール」の発表だった。それまでのEVMS(Earned value management system)の弱点を、うまく補った手法だと、聞いていて感心した。 そこで、日本に帰ってから、すぐこのサイトでも、新しい方法論の提案があったと記した。 →「プロジェクト・マネジメントの世界は変わりつつある」(2006-10-11) https://brevis.exblog.jp/4313708/ 面白い考え方だから、すぐに日本の学会などでも盛んに紹介されるだろう、と思っていた。だが、これはいささか見込み違いだったようだ。あれほど日本人が大勢参加した大会だったのに、日本で一部の先進的な人がこの手法を研究し始めたのは、さらに数年後のことだった。 それが、10年以上経った今、急にネットなどでもこの用語を見かけるようになった。なぜか? その理由は、PMBOK Guide第6版に、アーンド・スケジュール法が正式に載ったからである。PMBOK Guideに載ると、PMP資格試験に出るから、勉強の対象になる。試験に出なければ、あまり研究しない。わたし達の社会の、外部からの知恵の学び方には、多少の歪みがあるのではないか? まあ、そんな皮肉はさておいて、具体的にどう言う方法なのか、説明しよう。 ただ、アーンド・スケジュール手法を理解するためには、まず従来のEVMSにおける考え方をおさらいしておく必要がある。EVMSでのスケジュール・コントロールは、どのような指標を用いてきたのか。 いや、その前に、そもそも進捗コントロールとは、何のためにあるのか? 図を見てほしい。横軸にプロジェクトの開始から終了までの時間を取り、縦軸に使う費用の累積をプロットした、よくある図だ。一般にプロジェクトの開始時期はゆっくり立ち上がり、やがて活況に入るが、最後はまたスローダウンする。関わる人も同じ様に、少数→大人数→少数、という風に変化する。だから普通、このグラフはアルファベットのS字のような形になるため、「Sカーブ」と呼ばれる。 さて、計画段階で予想したSカーブは、図の黒い点線のようだった(計画線=Planned Valueと呼ぶ)。これに対して、現実の累積出費の線を、現在日付まで引いたら、青い実線のようになった(実績出費=Actual Cost)。この図から、どんなことが言えるだろうか。 一見してわかる通り、計画時点での出費予定に比べて、実績出費の方が大きくなっている。つまり想定したよりも、お金が出て行っているのだ。これはまずい状態だ! 大変だ! ・・これが普通の感覚だろう。そして、これがたとえば広報予算だとか電気代といった、定常的な出費なら、それは正しい。 しかし、これはプロジェクトなのだ。プロジェクトとは、達成すべきゴールがある、一過性の仕事である。だからそこには、『進捗』の概念がある。進捗が進んでいればいるほど、プロジェクトが早くゴールに到達するから、良いことだ。ところで、仕事が早く進んだら、そのぶん、出費も前倒しで出ていかないだろうか? その場合、実績出費ACの線は、計画線PVより、左(上)に来るはずである。 となると、この図は、どう読み取るべきなのだろうか。出費が予定よりもかさんだ、まずい状態というべきなのか。それとも、仕事が予定よりも早く進んでいる、良い状態なのか? 答えは、「分からない」、である。この図の2本の線だけでは、プロジェクトの現状が良いのか、まずいのか、区別できない。穴があくほどこの図をにらんで見たって、判断はできない。なぜなら、この図には、「費用」と「進捗」の情報が、混ざっているからだ。その二つを区分するために助けとなるデータがなければ、正しい判断はおぼつかない。 では、その二つを区分するためのデータとは何か? それは、「その時点までに完了しているアクティビティの予算額を累計した金額」=「出来高」と呼ばれる量だ。これを英語で、Earned Value= EVという。 出来高(EV)と実績出費(AC)は、何が違うか。実績出費は、すでに完了しているアクティビティに使った、現実の金額の累計だ。だが、出来高は、予算額の累計である点が異なる。たとえば、あるアクティビティは100万円でできるだろうと計画していたが、現実には120万円かかってしまった。EV=100万で、AC=120万である。 しかしEVの線は、元の計画線(PV)も異なる。なぜなら、タイミングが異なるからだ。元の計画では、当該アクティビティは5月15日に完了する予定だった。だが実際には6月1日に完了した。そうなると、PVには5/15に計上されるが、EVには6/01にならないと計上されない。 費用 タイミング 計画線(PV) 予定 予定 出来高(EV) 予定 実績 実績出費(AC) 実績 実績 そこで、図に3本目の線として、出来高EVの線を描き加えて見たところ、次の図のようになったとしよう。EVの線は、計画線PVよりも下側に来ている。これから、何がわかるか。 出来高EVが、計画線PVよりも小さいということは、 「すでに完了したアクティビティの予定出費累計」<「計画上では完了しているはずだったアクティビティの予定出費累計」 であることを示している。言い換えると、このプロジェクトは、予定よりも進捗が遅れているのだ。 さらに、出来高EVは、実績出費ACよりも小さい。これは、 「すでに完了したアクティビティの予定出費累計」<「すでに完了したアクティビティの実績出費累計」 を意味する。つまり、見積もっていたよりも大きな費用が出ていっているのだ。 まとめると、こうなる:本プロジェクトは、予定よりも進捗が遅れており、かつ、予定よりも費用がかかっている。だから、非常にやばい状況のプロジェクトなのだ! 非常にまずい状況にあることは、最初の2本の線だけでは、判別できなかった。これがわかったのは、3本目の出来高EVの線を描き加えて、比較したからだ。このように、出来高Earned valueという指標を使って、プロジェクトの進捗とコストについて予実管理する手法の体系を、Earned value management system = EVMSと呼ぶ。 上の表に示したように、EVとPVとを比較すると、両者とも費用は同じなので、タイミングの差=進捗の差が検出できる。ここで SV = EV - PV を、「スケジュール差異」schedule varianceと呼ぶ。SVは値が大きいほど、良い。マイナスだったら遅れていることを示す。 また、EVとACを比較すると、両方ともタイミングは同じなので、費用の差だけが検出できる。つまり CV = EV - AC は、「コスト差異」cost varianceと呼ばれる量で、これも大きいほど良い。マイナスは、赤字を示す。 スケジュール差異SVも、コスト差異CVも、出来高EVを比較の軸にしている点を覚えておいてほしい。だから、この手法をEVMS(出来高マネジメント・システム)と呼ぶのだ。 EVMSは、WBS(Work Breakdown Structure)、PERT/CPM(クリティカル・パス法)と並んで、モダンPM理論における三本柱となっている。周知の通りプロジェクトの三大制約条件は、コスト・スコープ・スケジュールである。そしてEVMSはコストを、WBSはスコープを、PERT/CPMはスケジュールを、定量化しコントロールするための方法論なのだ。だから、この三つの概念と手法を理解し使いこなせるかが、プロジェクト・マネジメント能力のバロメーターになっている。 ただし、スケジュール差異SVは、実務的には、若干使いにくい点がある。なぜなら、SV=EV-PVで、その単位は金額なのだ。現時点までにPVは1000万円になっているはずだった。だが現時点の出来高EVは700万円でしかない。だから進捗が遅れているわけだが、 「プロジェクトはどれくらい遅れているのか?」 「はい、300万円ほど、遅れています。」 ・・じゃ、話がわかりにくい。そこで、実務の世界では、『進捗率』に換算して議論するのが普通だ。 進捗率=[現在のEV]/[完了時のEV] たとえば上記プロジェクトの完了時のEV(ということは、とりもなおさず予算総額だが)が1500万円だったとしよう。EVが700万円なら、進捗率は700 / 1500=46.7%、ということになる。計画線では、66.7%の進捗が達成されているはずだった。だが現実は46.7%しかない。遅れは、全体の20%ぶんに相当する・・この方が、はるかに直感的で分かりやすい。 という訳で、EVMSによる進捗のコントロールは、理屈の上でもすっきりしているし、現実にも計測しやすい、はずであった。 だが実は、EVMSには一つ、非常に厄介な弱点があった。そして、それを克服するために、「アーンド・スケジュール法」が考案されたのだった。長くなって来たので、続きは次回書こう。
by Tomoichi_Sato
| 2019-05-17 07:48
| プロジェクト・マネジメント
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