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パン屋問題の解決、または中小製造業の生き残る道

あなたは町のパン屋さんである。以前は都会でエンジニアとして働いていたのだが、やむを得ぬ事情で郷里のパン屋を継ぐことになった。店は昔ながらの商店街にあり、店の奥では職人が小さな工場(こうば)でパンを焼いている。ところで、地域のチェーンストアからサンドイッチ製造の仕事を依頼されたのだが、受けてみたら大変な仕事だった・・という事情までは、前々回の記事「下請け型受注生産という日本的形態を考える」https://brevis.exblog.jp/28051644/ に書いた通りだ。

何が大変かって? チェーンストアは、コンビニの向こうを張って、いわゆる「JIT納品」(ジャスト・イン・タイム納品)を要求してくる。1日4回、FAXで注文が来て、2時間以内に納品しなければいけない。おまけに製造後6時間以内の品であること、という鮮度指定もついている。ところが注文を受けてからカツを揚げてサンドイッチを作っていては、2時間の納期に間に合わないのだ。

したがって、あなたはやむなく1日のはじめに、見込みで数量を決めてカツを揚げ、食パンやその他の具を用意させることにした。ちなみにFAXの注文は、朝8時・10時・12時・午後2時に来る。納期はそれぞれ2時間後だ。だが朝8時にサンドイッチを作り始めては間に合わない。だからあなたは6時半すぎには店に出て、指示を出すようにしている。パン屋だから、朝早いのは慣れて来た。しかし、朝の見込みと現実とが違って、その日の売れ行きが良すぎると途中で足りなくなり、逆に売れ行きが良くないと売れ残りが生じてしまう。

普通の町のパン屋だって、もちろん売れ残りは頭痛の種なのだ。だから閉店間際になると値下げして、なんとか売り切ろうとする。しかし、チェーン店向けのサンドイッチは、プラスチック包装も専用だし、具の肉や野菜もそのチェーンから仕入れるので、自分の店で勝手に売ってはいけない契約になっている。結局、見込み違いが起きると、結構な数のサンドイッチを捨てることになる(家族やパートが引き取って食べたりするが、量はしれている)。食べ物を捨てるのは胸が痛むし、じつは自分のお金を捨てている訳なので、財布も痛む。

何とか解決できないものかと、あなたは考えてみる。

問題は、サンドイッチの製造に着手してから納品までの生産リードタイムが、納期の2時間より長いことにある。そう気づいたあなたは、リードタイムの内訳、すなわち各工程に必要な時間を、代表的なロット数量である60食分について調べた。結果は次のようになった:

カツの調理(75分) →サンドイッチに具をはさみ袋に入れる(45分) →出荷輸送(30分)

リードタイムの合計は、2時間半である。他に、チーズや野菜類の具もあるのだが、やはりカツが一番時間がかかっている。食パンの方は、学校給食用などもあり、もたくさん焼いているのでネックになることはない。

自社の生産能力不足を外注で補うような器用な真似は、この小さな町ではできない。また、人や設備能力を増やして製造のリードタイムを短縮するには限界がある。具をはさむ作業は、人を増やせば短縮できるだろう。人を3倍に増やせば、計算上は45分が15分に縮まって、リードタイムの2時間に収まる勘定だが、そんな短時間だけのパートはありえない。他方、カツの調理は、肉を解凍して衣をつけて揚げる作業なので、解凍時間や揚げる時間にしばられる。人を増やしても短縮効果は小さい。

顧客の要求納期は2時間だ。だとしたら、具(カツ)とパンを、前回の記事で解説した「カップリングポイント」の在庫理論にしたがい、ストック在庫しておけば、いいことになる。製品にまで作ってストックする必要はなかったのだ。そうすれば、受注から納品までのリードタイムは1時間15分に縮まる。注文を受けたら、カツをはさんで出荷する。出荷した分のカツを、並行して揚げて補充する。

では、どれくらいのストック在庫量が必要なのだろうか?

需要が毎日8時間で240食なら、およそ平均2分のポアソン到着になるのだろう。平均値=60のポアソン分布の標準偏差は、平均値の平方根だから、だいたい8弱だ。形は正規分布に近いはずだし、欠品の危険率を2.5%とすると、安全在庫数量はその1.96倍とればいいから、16食、という計算かな? 元エンジニアのあなたは、昔取った杵柄で、暗算で考えてみる。つまり、60+16=76食の基準在庫量を維持すればいいのか。

いや、これではダメなのだ。そもそもサンドイッチの需要は日中の波が明確にあって、単純なポアソン分布は当てはまるまい。それに夕方、76食が在庫に残っても、それは捨てるしかないのだ。あなたは首を振る。在庫に有効期限がある場合、あまり需要に近い下流に在庫ポイントを置くのは、危険である(それは、前回記事で述べた「はなまるうどん」の事例も、暗示している)。

どうしようか。このままでは、多忙なばかりで、利益は出ない。店の改修もおぼつかない。

いや、待てよ。チェーンストアとの契約では、「サンドイッチは作ってから6時間以内」となっている。別に、「カツを揚げてから6時間」とは、規定していないじゃないか。前日の夕方揚げたカツを、翌朝パンにはさんで出荷して、何がいけないのか。衛生管理はちゃんとしていて、たいして傷む訳でもない。客も気がつくまい。そうだ。そうしよう・・

その時、下の娘が店に来て、目の前で売れ残りのサンドイッチを厨房から持っていった。もう食べ盛りなのだ。そして、あなたは、はっと我に返った。自分の娘に、18時間前に揚げたカツをパンにはさんで、新品だといって食べさせるだろうか? お弁当に持って行かせるだろうか? 自分なら、しない。だったらなぜ、顧客なら構わないと思ったのか。

危ないところだった。あやうく、パン屋の魂を失うところだった。ちゃんとしたものを売る−−そこが作り手の最低限の誇りじゃないか。あなたは前職の会社で、ある大手サプライヤーの品質問題で迷惑を被ったことを思い出していた。自分の会社よりもずっと大企業のサプライヤーだったが、品質記録を偽装していたのだ。おかげで膨大な出荷マスタを、端から全部チェックさせられるはめになった。

品質欠陥で、顧客に実質的な損害はあたえていない、とその会社は弁解していた。そうかもしれない。だが、このところ何年間も、似たようなニュースが繰り返し報じられている。そのほとんどは、「納期のために品質を犠牲にした」ケースだったのを、あなたは思い出した。今は、その裏にある事情を、少しだけ理解できたような気がする。だが、その結果、失ったものは何だったか。

それは「学び」の能力なのだ。品質の記録は、PDCAの基礎である。品質データが事実でなければ、改善のサイクルなど回せるはずがない。すると、日本企業が一番得意としたはずの、現場改善が回らなくなり、現場が事実から学んで成長することができなくなる。それは、会社が成長を放棄することなのだ。だったら、パン屋の経営者のあなたは、別の方策を考えなければいけない。

カツの形での在庫は無理だ。だが、パン粉をつけて、揚げる直前の形で冷凍しておくのだったら、品質劣化の心配は、はるかに少ないと思いついた。揚げ物の時間は、鍋の大きさ(面積)がネックだ。そこであなたは、ガス台と鍋をもう一台ずつ増やし、倍の量を一気に揚げさせることにした。油きりのバットも増やした。かかる時間は、45分。こうして、かろうじて注文から2時間で納品できるようになった。野菜の在庫ロスのリスクは残るが、目をつぶろう。

もっとも、いったん解凍した肉を再度冷凍すると、香りや歯ごたえが少しだけ失われる。だがそこはもう、客の判断に委ねるしかない。これで売れ行きが落ちたら、この仕事からは撤退しよう。そう覚悟しながら、でも、あなたは売れ行きを見届けたくて、納入先のチェーンストアをそっと訪れてみた。一番近い店舗は、歩いて10分のところにある。

昼前から夕方まで、サンドイッチ売り場の棚を行きつ戻りつ、客のふりをしながら横目でじっと観察した。そして、そのうち気づいたことがあった。お昼のピーク需要は短期的で、11時半過ぎから1時ごろまである。だが夕方は、4時(これが最後の納品だった)から、7時ごろまで、少しずつダラダラと売れて行くのだった。そして最後にストアは値引きして、サンドイッチを売り切ってしまう。

だとしたら、4時の納品は、分納させてもらってもいいのではないか。これがあなたの思いついたことだった。たとえば50個の注文が来たとする。それを、4時に25個、5時に25個、分けて納入させてもらう。それでもストアの商品が欠品することはないはずだ。もしこれが可能なら、最後のロットだけは、3時間のリードタイムがあるから、確定受注生産が可能になる。それにより、ストック在庫量のレベルをギリギリまで下げられるはずだ。

あなたはチェーンストアの仕入れ係に、ダメ元で交渉してみることにした・・

* * *

今回のシリーズの記事で、読者諸賢に、パン屋問題の解決方法を募集したところ、大勢の方からご意見を頂戴しました。まずは何より、深く感謝いたします。そして、似たようなシチュエーションにある方が結構いらっしゃることにも、あらためて驚きました。

もとより、この問題にきちんとした正解があるわけではありません。上に述べたストーリーは、単に一つの例です。そもそも、工程別の時間などの詳細なデータを書かなかったので、具体的に考えようがないじゃないか、と憤然とした方もおられたでしょう。その点についてはお詫び申し上げます。

いただいた案のすべてはスペースの制約上記載できませんが、素晴らしいと感じた指摘のいくつかをご紹介します。

「カツを、あらかじめ揚げる直前の状態まで作って冷凍で持っておく」というアイデアをご提示いただいたのは、中小製造業経営者の庄司さんです。また匿名の方(「素人パン屋」さん)からも、同じく「揚げる前までまとめて加工し、冷凍保管」とのコメントをいただきました。これは、上述のわたしの案と同じです。

前回のうどん屋の事例をご教示いただいた愛知県の江藤様からは、「2段階のストック在庫を設置する」、すなわち「日々の需要変動に追従するのは難しいが,週・数日単位では平準化される」という視点から、在庫ポイントの活用策があるはずとというメールを頂戴しました。加えて、「保存技術に投資することで,カップリングポイントをよりゴール付近に持っていくなどが将来の打ち手」とされています。これはわたしの思いつかなかった、優れたアイデアだと思います。

これらはいずれも、在庫の持ち方の工夫による問題解決です。

先ほどの庄司さんは、さらに、「スーパーの要求種類をそのまま作るのでなく、特別メニューを開発して、そればっかり注文が入るようになれば、生産や廃棄量も自社で調節できるようになる」とも書かれています。これは、匿名の方(「素人権限なしマネージャー」さん)の「チェーンストアとの間で、味を最終的に決める調味料とパッケージ以外を、店頭販売で使用できるよう交渉します。」という提案にも通じますね。特定顧客仕様という前提をはずせば、たしかに『下請け型受注生産』から卒業できるようになります。

チェーンストアとの交渉という点では、井上様(製造業勤務)から「早期に納期と数量の確定注文を出してもらった場合、何%OFFにするといった『早割』サービスを提案」との面白い案をいただきました。関連しますが、製造業OBの西牟田様からは、「小さな約束ごとを積み重ねるているうちに、発注元がこけたり
ミスしたりします。その時に、短い自社のリードタイムを活かして(もしくは、短納期飛び込み)で、相手を助けてあげると、以降はこちらの希望もある程度聞き入れられるようになります。」とのアドバイスも頂戴しました。

ちなみに上に引用した庄司さんは、自社では「一人を多能工化して、終段の追加工は全部できるようにし、メインの製造を撹乱しないようにします」と書かれています。これは一種のATOによる短納期化の工夫です。

知人の経営コンサルタント・本間さんからは、(下請け型受注生産という)「日本型ATOに追い込まれている背景には、内示という商慣習問題があるように思います。コンサル先には、必ず内示精度を分析するように伝えます」という指摘をいただきました。トヨタ式の内示については、記事「Pushで計画し、Pullで調整する」 https://brevis.exblog.jp/21721306/ にも書きましたが、精度と計画に対するコミットメントが重要です。

予測精度については、片本様(製造業)から、「需要予測をストア側と二重で行うのではなく、パン屋側に取込み一本化したい。精度向上のためPOSデータをもらい、2時間のオーダーロットを可能な限りリアルタイム化する」との案をいただきました。さらに、匿名の方(「Y.U」さん)は、「チェーン内での需要見込みの共有を提案」とコメントされています。

わたし自身は、この指摘は非常に重要と考えています。というのも、結局この問題は、需要予測の精度の低さを、JIT納品という形で、サプライヤーにおしつけた点から発生しているのです。である以上、パン屋の主人がやったように、店頭の売れ行きを実際に共有した上で、次の予測を立てていく方が合理的だと思うからです。

すでに米国では30年も前に、小売のウォールマートと製造のP&G社が、在庫のかさばる紙おむつ「パンパース」の販売データを共有することで、合計10週間分あった流通在庫を、3週間分まで削減することに成功しました。これがQuick Response運動として、SCM改革の原型となったのです。このエピソードは20年前に共著で発刊した『サプライチェーン・マネジメントがわかる本』 でも、中村実氏が紹介しましたが、残念ながらバブル崩壊後の日本では、馬の耳に念仏だったように感じます。

JIT納品に関しては、先の本間峰一氏が、「むしろ発注元の企業の方が在庫を持って変動をカバーし、発注先の中小企業には平準化した量を作らせる方が、サプライチェーン全体ではコストが安くなるはず」と、かねてから提案されています。卓見だと思います。安定した計画生産ならばサプライヤーの品質も保てるし、実需要に近く財務体質の強い側がストック在庫を持つというのは、理にかなっています。

しかし、元の問いに戻りましょう。それは、「このことに気づいた貴方は、どうすべきなのか?」でした。

* * *

それで、もしも貴方が、この国の製造産業政策の根幹を担う立場の方だとしたら、ぜひともこの問題を是正するために、どういった施策が有効なのか考えて欲しい。すでにこの国の中小製造業が疲弊していることは、周知の通りだ。そして大企業のメーカー達も、近年とみに不祥事が頻出し、経営がおかしくなってきている。大企業は従来、下請けに寄りかかって身を支えてきたのだが、下請けの納期問題や廃業等で、もはやそれが通用しにくくなっているのだ。早く手を打たないと、危ない。

あるいは、かりに貴方が生産工学や経営学の研究者だったら、このような生産形態がどれほど広く行われているのか、ぜひとも実態調査を行って欲しい。こうした調査は、わたしのような会社勤めの人間が、片手間でできることではない。明らかにアカデミアの仕事である。そして、それを政策立案者と共有していただきたい。正確な統計調査と事実把握こそ、良い政策立案の基礎だからだ。

実は昨年から政府は、EBPM(Evidence-based Policymaking=「証拠に基づく政策立案」を、中央省庁の全ての歳出分野に適用することを決めている。逆にいうならば、事実と証拠がなければ、政策は変わらないのだ。
こうした生産形態の調査研究が、科研費を取りやすいかどうか、また論文誌にのりやすいかどうかは知らないが、この国の急務であろう。ぜひ、よろしくお願いしたい。

あるいは、貴方が多くの下請けを使う製造業の経営者だったら。まあ、そんな方がこのサイトを読んでいる可能性は微塵もないと思うが(笑)、その場合、ぜひとも自社がJIT納品の旗印のもとに、需給リスクを下請け企業にヘッジしていないか、調べて欲しい。そして、むやみにトヨタの真似をしてJIT生産を導入しても、自社のサプライチェーン特性に合わない場合が多いばかりか、むしろ製造現場が混乱疲弊するばかりだ、という認識を持っていただきたい。そして、それを財界の中で広めてほしい。

さて。産業政策の枢要を担う訳でもなく、アカデミアの俊英でもなく、経済界の重鎮でもない、読者諸賢は、どうしたらいいのか。つまり、筆者のこのわたしと同様、世に号令をかける立場でない人間は、どうすべきなのか? 

なかなか難問だ。この問題の解決は、アメリカの経営書を探しても載っていない。ただ、一つ言えることがある。それは、「このパン屋の問題は、パン屋だけでは解決できないし、するべきでもない」という認識を、世に広めることだろう。そうなのだ。無理な生産形態は、無理な大手のリスクヘッジが生み出したものだ。そして、一つだけ確かなことがある。

世の中で、無理は決して長くは続かないのだ。



by Tomoichi_Sato | 2019-03-23 22:00 | 工場計画論 | Comments(0)
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