あなたは、小さなパン屋の社長さんだ。町の商店街に店をかまえ、店の奥には小さいながらパン焼き工場(こうば)に職人も抱えている。店の売り場は、親族が受け持つ。実はあなたは少し前まで、都会でエンジニアをしていたのだが、やむを得ない事情で、郷里のパン屋を引き継ぐことになったのだ。 店を引き継いだ時は、赤字経営だと税理士さんから聞かされた。御多分に洩れず、地方都市の商店街は地盤沈下で客足が遠のき、売上の柱だった小中学校の給食パンも、少子化で減っていた。パン作りについては素人で何の知識もないが、ただ、あなたは一応、会社勤めで得たビジネス・センスを、多少は持っている。何とか頑張って、店や雇い人たちを盛り立て、まだ経営は低空飛行ながら、ようやく収支トントンのところまで持ち直した。 そんなあなたのところに、面白そうな商談が舞い込んできた。その地方のチェーンストアの店舗に、サンドイッチを納めないか、というのだ。あなたが人脈づくりのために顔を出した商工会で、昔の同窓生を経由して、そんな話が来たのだ。早速、先方と会って話を聞いてみる。 そのストアでは、コンビニに対抗してお弁当お惣菜コーナーをもうけ、そこにサンドイッチも置く計画だ。サンドイッチは、毎日250食以上が見込める、という。そのかわり、コンビニ並みに、JIT納品の方針である、と伝えられた(JITはジャスト・イン・タイムの略)。1日4回、2時間おきの納入である。注文の数量は、2時間前にFAXで送られてくる。 忙しそうだが、業容拡大のチャンスだ、とあなたは思う。うまくいけば、月商100万円近い売上増になる。パートを雇っても、何とかペイするだろうと、ソロバン勘定をしてみた。利益が出れば、古くなった店の設備も新しくリニューアルできるかもしれない。 ところで、生産管理の用語でいうと、あなたの店は今まで、顧客の需要を予測して商品を作る、見込生産(MTS = Make-to-stock)の生産形態だった。しかしチェーンストアの注文を受けてサンドイッチを作るビジネスは、繰返し受注生産(MTO = Make-to-order)の形態になる。 一つの会社が、商品種別ごとに、異なる生産形態を持つこともありうるのだから、これは格別おかしなことではない。だが、このような生産形態の変更は、あなたのパン屋ビジネスに、どのような変化をもたらすだろうか? (注:前回の記事ではMTS = "Make to Stock"と書いたが、つい最近入手したAPICS Dictionary日本版を見たら、間にハイフンを入れている。そこで今後は、"Make-to-order”のように表記することにする) さて。1ヶ月も経つと、あなたは次第に大変な仕事を引き受けたと感じ始める。 注文(納入指示)は2時間前にFAXでくる。しかし、カツサンドなどの調理をしていると、2時間のリードタイムには、間に合わないのだ。しかたなく、あなたは一日のはじめに、出荷量を想定してカツ調理の指示を出すことにした。注文の分だけ、パンにはさんで出荷する。 だが、見込がちがうと売れ残る可能性がある。しかも、チェーンストアの仕入れには、鮮度指定があり、製造後6時間以内のものでなければ受け取ってくれない。これはライバルであるコンビニなどとも同様だ。 何よりも困るのは、材料仕入れだった。毎日の出荷変動が激しいため、余裕を多目にとって発注するしかない。だが、どれだけ在庫量を持つのが適正だろうか? それに肉などは、賞味期限がある。たくさん買えば安くなるのはわかっているが、あまり大量に買い込んでおくわけにもいかぬ。 おまけに、もう一つ、誤算があった。月末になると、出荷数量に応じて請求書を作り、チェーンストアに請求する。ところが、この時点でさらに、単価のネゴをうけるのだ。その月に、たくさん売れれば、値引きを要求される。でも逆に、売れなければ、自分が廃棄ロスを背負うことになる。 注文を受け納品した後で、単価値引きの要求をされるなんて、不合理な商習慣だ、とあなたは憤慨する。だがストアの仕入れ担当者は、商売なんてこういうものだ、と平然としている。自分がかつて勤めた企業でも、購買部門ではこんなことをしていたのだろうか? 前回 https://brevis.exblog.jp/28031713/ の記事で、生産形態は4種類に大別できると、わたしは書いた。だが、あなたのサンドイッチの生産形態は、本当に繰返し受注生産(MTO)なのだろうか? MTOは、注文を受けたら、資材購買をかけて、製造する形態のはずである。だが、あなたのサンドイッチ・ビジネスは、どう見ても先に資材購買しておき、さらにカツにまで調理している。 だとしたら受注組立生産(ATO = Assemble-to-order)なのだろうか? 確かに、食パンの間にハムやカツをはさむ作業は、「組立」工程だと言えなくもない。するとあなたは、常備品としてのカツを、いわば機械系工場におけるサブアッシー(Sub-assemblyの略称で、あるまとまりまで組み上げた部品のこと)として、常備在庫でストックしているのだろうか? そして注文が入るたびに、組立てて出荷しているのだ、と? だが、顧客であるチェーンストアは、「製造後6時間以内」との鮮度指定をしていることを、忘れないでほしい。ATOにおける常備品在庫とは、性質が違うのだ。ATOは需要変動を、常備品在庫で吸収する点が最大の特徴だ。注文が少なかったら捨てるしかないような在庫は、常備品とは言えない。 おまけに、あなたのケースでは、チェーンストア向けのサンドイッチは、ハムもパンも調味料も同社特有の仕様になっており、他の客に売ることはできない契約になっている。そもそも専用のラッピングで包装しているから、作りすぎた製品を、自分のパン屋の店頭には置けない。 しかもATOは、ある程度バラエティのある顧客の注文を、常備品在庫した部品やサブアッシーを使って、モジュール的に組み合わせて実現できる点に長所がある。特定顧客の固定した仕様だけを実現するなら、別にモジュラー型の製品アーキテクチャは必要ない。サンドイッチは組立製造にも見えるが、これがアンパンやデニッシュだったら、誰も受注組立製造だとは思わないだろう。 明らかに、あなたのチェーンストア向けビジネスは、ATOではない。少なくとも、アメリカの教科書に定義してあるATOとは、はっきりと異なる。だが、ATOではないとしたら、一体どんな生産形態なのか? わたしはこれを、「下請け型受注生産」と呼ぶことにしている。下請け型受注生産の定義は、次の三つの条件を満たすことだ: (1) 特定顧客向け仕様の製品を作っている (2) 需要は変動しやすい (3) 受注から納品までのリードタイムが、必要な製造リードタイムよりも明らかに短い あなたが困っている根本の理由は、FAXで注文を受けてからサンドイッチを作り始めても、2時間の納品リードタイムに間に合わないからだ。だから、あらかじめカツを作り置きしておいて、ちゃんと6時間以内に出荷(消費)されるかどうか、心配していなければならない。もしこれが、十分に間に合うような納期(例えば12時間)だったら、あなたは冷凍庫に材料の肉を常備在庫しておいて、注文に応じて作ればいい。 あるいは、たとえ納期が2時間だったとしても、毎日の出荷量がいつも時刻毎に正確に同じだったら、全然困らない。予定を立てて、計画生産できるからだ。需要が読めない。それなのに、注文を受けてから製造したら間に合わない。だから、あなたの自己責任で、廃棄のリスク込みで、途中まで製造に着手していなければならないのだ。 それでも、その製品が汎用的で、いろいろな顧客に売れるようなものだったら、まだしも救いがある。チェーン店向けに作りすぎて残っても、店頭で売りさばくことができる。仮に通常の部品類だって、A社がダメでも、B社が買うかもしれない。たとえ個別には需要の変動が大きくても、複数顧客の需要を足し算すると、プラスの変動とマイナスの変動が打ち消しあって、相対的にリスクは小さくなる。これは数学的にも明らかだ。 上記(1)(2)(3)の条件を満たすような生産形態では、明らかに受注側は、需要を先読みして購買と製造に着手しておかなくてはならない。機械や電子部品のように賞味期限がない製品は、最後まで作っておいて、製品在庫として抱えておくことになるだろう。あるいは、あなたと同じように途中まで作っておいて、中間在庫とするかもしれない。いずれにせよ、発注者側はその在庫リスクを取ってくれない。つまり、契約上は受注生産のように見えるが、実態は形を変えた「見込生産」なのだ。 わたしが見てきた多くの事例では、一般に、発注側が受注側(中小部品メーカー)に対し、製造に十分なリードタイムを与えず、かつ、直前に数量を確定してくるケースが大半だ。特に発注者(大手セットメーカー)がJIT生産・JIT納品を標榜している場合がそうだ。まあ業種によっては、発注者側が大枠の先行内示を出してくるケースはあるが、それでも数量が2,3割ずれるのもざらである。 こういう商慣行が通用している場合には、生産管理の教科書にあるような「繰返し受注生産」は、成り立たない。 以前も指摘したことだが、JISの定義によると、受注生産とは 「顧客が定めた仕様の製品を生産者が生産する形態」 ということになっている。他方、見込生産とは 「生産者が市場の需要を見越して企画・設計した製品を生産し,不特定な顧客を対象として市場に出荷する形態」 である、という。(JIS Z 8141 「生産管理用語」https://kikakurui.com/z8/Z8141-2001-01.html ) だが、あなたのサンドイッチ生産は、明らかに顧客が定めた仕様の製品を、需要を見越して生産している訳だから、JISの定義のどちらにも当てはまらない。このような矛盾が生じるのは、JISの規定が、考え足りないからだ。仕様が特定顧客向けかどうかと、生産の起点が需要見込か確定受注か、というのは独立した問題である。 したがって、生産形態とは、本当は次の図のような二次元の表になっていなくてはならないはずだ。 この図は、わたしが『“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない』(日刊工業新聞社・2011年)で、初めて導入したものだ。そしてここには、5番目の生産形態として、「下請型受注生産」を入れてある。そして、このよう奇妙な生産形態があることは、以前からこのサイトでも繰り返し指摘してきた。だが残念ながら、未だに生産管理の常識にまではなっていない。 顧客仕様品の見込生産 「受注生産という名前の見込生産」 https://brevis.exblog.jp/8271502/ (2008-07-08) 受注生産と見込み生産の混合 「受注生産企業に生産計画は必要か?」 https://brevis.exblog.jp/23882328/ (2015-11-18) 日本の製造業における生産管理が混乱しがちなのは、このように、その基礎であるはずの生産形態の概念自体が歪んでいて、実態を反映していないからだ。 ちなみに、日本には下請法という法律があり、発注者(「親事業者」)による「優越的地位の濫用」を抑制する建前になっている。例えば、内示書を出したのに、下請け業者がその通り納品しても、全品を受け取らない、といった行為は法律で禁じられている。 (参考) 下請法 − 対象となる4つの取引と11の禁止事項 ただ、この法律には、資本金による制約がついている。受注側の資本金が3億円以上だったら適用されないし、それ以下でも、発注者側の資本金が1千万円以下だったら対象にならない。それに、あなたのサンドイッチ・ビジネスの場合、発注者は先行内示を出さずに、FAXによる注文で全品受け取る訳だから、禁止事項には該当しなさそうだ。明らかに在庫リスクを下請け側に押し付けているのだが、法律は守ってくれない。(ただ月末の値引き再交渉は、「下請代金の減額」に該当する可能性があるかもしれないが) なお、日本の自動車業界では、先行内示を前々月から出しておいて、かんばん等で実需を調整するやり方が広く行われている。そして、中には内示と実需がかなり食い違う会社があって、部品メーカー泣かせとなっている。ところが、わたしが業界の人から聞いた限りでは、同じ日本の自動車会社が、北米ではこのようなやり方をせず、部品メーカーには確定注文を出し、その通りに引き取るという。 なぜこのような違いが生じているのか、詳しい事情は分からない。でも(ここから先は想像だが)、北米の部品メーカーはそれなりの企業規模であり、かつ法律知識も権利意識も高いので、在庫リスクを押し付けるような発注契約が難しいのではないか。そして、その事情は、おそらく欧州や他の新興国でも似ているのであろう(新興国のマネージャー層は、しばしば欧米のビジネススクールで高度な教育を受けているものだ)。 結果として、JIT納品の旗印のもとに、需要変動のリスクを下請け側に押し付ける「下請け型受注生産」は、極東のガラパゴス的な島国だけに残るような気がする。経営基盤の弱い中小下請けが、サプライチェーンの需給ミスマッチのリスクを背負うような生産形態が蔓延していることこそ、この国の産業構造の弱点であることに、より多くの人が気がついてほしいと願う。 で、気がついた人は、どうすべきか? それについては、項を改めて、もう一度書こう。
by Tomoichi_Sato
| 2019-03-03 13:30
| 工場計画論
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Comments(1)
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by
勉強中
at 2019-03-07 08:53
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いつも勉強させていただいております。ありがとうございます。
生産形態と棚卸リスクの選択の関係だけでも目からウロコが落ちましたが、今回の記事は大変な驚きと鋭いご指摘で、日本の産業界の暗部を明確に浮き彫りにしたものだと思います。 一方で、こういった力関係を巧みに使ったフェアとは思えない取引を継続する事によって、日本の産業界が発展してきたのかと思うと少し残念でした。 次項も楽しみにしています。
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