クリスマス・メッセージ: 序列でも競争でもなく

Merry Christmas!


大学を出て随分経つのに、入学式のことを、不思議と今でも覚えている。当時は、学内にあった講堂が事情で使えず、学外の大きな会場を借りて行っていた。わたしたち新入生が神妙な顔で並んでいる前を、まず学部長達が入ってきて、ステージ上に並んだ椅子に順に腰掛けていった。そして最後に、学長が入ってきて、「新入生諸君!」といった感じで、訓示が始まる。

わたしの入った大学はマンモス校というか総合大学で、学部は全部で10あった。ところで、司会者が学部長を端から紹介したのだが、その順番が奇妙だった。まず法学部、次に医学部、さらに工学部、そして文学部・・といった風なのだ。文系・理系の区別でもないし、もちろん入試枠の順番でもない。何なんだ、この順番は? と不思議だった。

その順番の意味が分かったのは、入学式からずっと後のことだった。そこの大学では、学部の偉さの順位というものが、なぜか決まっているのだ。一番偉いのが法学部で、次が医学部、三番目が工学部・・ということで、学部長はその序列にしたがって、式典に並ぶしきたりになっている。だが、なぜ法学部がトップなのか、理由はよく分からなかった。一番新しくできた教育学部とか薬学部が最も下位らしいので、できた順番か、とも思ったが、必ずしもそうでもないらしい。

わたしはそれまで、学問なんてみな対等で、別段、学部に上下などないのだと信じ切っていた。だが、その大学では、違っているらしかった。少なくとも、下位の学部からは、学長を出せないのだそうだ。学長は選挙で決まるはずだ。だが、選挙に立てないし、もし立っても当選できないのだと聞いた。

まあ、これは昭和時代のことだ。今では事情は、まったく変わっているのだろう。変わっているだろうと思いたい。でも、つい今しがた、念のため大学のHPをのぞいたら、学部紹介の順番は相変わらず法医工文理・・という順番だった。ま、何というか、伝統に忠実な(あるいは因習に固陋する)立派な組織ではある。

ついでにいうと、その大学では学長を「総長」と呼んでいた。私立のマンモス校ではおなじみの呼称である。ところが、公立・国立では、学長ではなく総長と呼べるのは、たった2校のみと決まっているらしかった。さらにいうと、国公立大学で、法学部を持てるのは旧帝大のみ、ということも知った。なぜあちこちの都道府県に、法律を学ぶ場所を設置しないのか、わたしは理系だったが、不思議に思った。

しかし、大学間には、そうした「」というものが、厳然と存在するのだ。そして、大学内にも、学部間で、やはり「格」だとか偉さの順番という序列が、見えない形で生きている。

社会に出てからも、この国には、目に見えない序列と規制の網の目が張り巡らされていることを、次第に実感するようになった。やっかいなことに、こうした序列や規制は明文化されていないか、されていても目立たぬところに書かれているらしい。何も知らぬ新人は、壁にぶち当たって痛い目に遭わないと学べない。いや、この歳になってからも、まだわたしはいろいろな序列の存在に驚かされている。

たとえば経団連の会長には、製造業の社長でないと、なれないのだそうだ。なぜ金融や通信や不動産ではいけないのか、わたしは知らない。いや、これだけ激変の時代なのだから、どんな業種だろうと、ビジョンと力量のある企業が会長になってリードすればいいじゃないかと考えるのだが、財界はそう考えないらしい。

あるいは、最近、小説を読んでいたら、「東京地検特捜部は、検察の中のエリート集団だ。だから彼らがいったん狙いをつけた案件は、必ず有罪に持ち込む」という記述があって、驚いた。別に最近の某有名外国人経営者の逮捕事件を連想して驚いたのではない。わたしは愚かにも、東京だろうが大阪だろうが名古屋だろうが、地域である以上は、対等だろうと思っていたのだ。でも、たぶん作家の方が正しい。最も優秀な「エリート」は、なぜか東京に配属されるのだ。

きっと似たような事情は、全国の地域をまたがる組織群には、陰に陽に存在しているにちがいない。電力会社も、鉄道会社も、たぶんガス会社も、みんな東京が序列の一番トップにいるのだろう。言われてみれば、そういう兆候をなんとなく見聞きしたように思う。東京の組織で功成り名を遂げた人は、地方の組織に天下ったりする。だいたい、東京以外をまとめて「地方」と呼ぶのはなぜなんだ。

わたし自身は東京の郊外の生まれだが、東京が全国で一番偉いという感覚はない。北海道だろうが四国だろうが、地域はみんな対等だと思っていた。今は横浜市民だが、もちろん横浜は東京と対等と思っている。でも、わたし達の社会では、東京がデフォルトで偉さの序列のトップにくるらしい。わたしは自分の間抜けさを思い知らされた気がした。

もう一つ言おうか。自分が中小企業診断士のはしくれだから感じるのかも知れないが、わたし達の社会では、「大企業」と「中小・零細」では、単なる実力の差以上に、ハンディキャップがのしかかっている。銀行の金利であれ、機械の保守費であれ、中小零細は大手の倍以上の負担を迫られる。販売ルートの確保にいたっては、言うまでもない。大手はいつまでも大手で、中小企業はいつまでも中小、というのが社会のデフォルトの想定なのだ。

それにしても、この、目に見えない位階というか序列というものは、何なのだろうか? なぜ、このような不合理なしきたりが、平成も終わろうとしている21世紀のわたし達の社会に生きているのだろうか。

それで急に思いだしたことがある。何年も前のことだ。勤務先のある優秀な中堅の人に、「なぜ出身のX県ではなく、ウチのような横浜の会社に就職したの?」とたずねたことがあった。懇親会の席上で、軽い話題のつもりだった。彼の出身地・X県は、豊かで立派な産業があり、気候も温和な、良いところだ。だが、彼の答えは意表を突くものだった。「X県は、いまだに江戸時代なんです。だから、どうしても県外で就職したかった。」というのだ。

江戸時代? どういうこと!? そうたずねると、彼は答えた。ーーX県では、江戸時代の士農工商みたいに、あらゆる会社の順位が決まっているんです。X県で他を圧倒する大企業の○○社があり、それの系列会社や販売代理店やさまざまな周辺企業が、順にランクづけされています。町内会や地域行事も、いろんな会社がランクごとに援助しています。それだけではなく、お父さんの勤務先や職位によって、奥さんや子ども達さえも、微妙にランク付けされるんです。

○○社を頂点とした序列が、社会生活の隅々まで覆っているのがX県だ。彼はその息苦しさに耐えられなかったと言う。

わたしは噂に漏れ聞いた○○社の内情を思い出した。定年退職した工場の技能者は、その人の生涯の成績が最上位だと、会社から家まで、高級車で送ってもらえる。次のランクの人は、車で最寄りの駅まで送ってくれる。さらにその下のランクは・・定年退職で工場の門を出るときまで、処遇の差が見える化されているのだ。そして同じ企業内でも、激しい工場間・部門間の競争があり、社内競争でボーナスも決まる。

それがどうした。競争社会とはそういうものじゃないか。そんな声もきこえそうだ。たしかにそうかもしれない。だが、それと、X県の(あるいは○○社の系列の)会社間に、まるでどこぞの大学の学部のように、見えない序列があることと、どう両立するのか。どの職位の管理職が、どこの会社に天下りするかみたいなことが、格付けで決まっているのも奇妙ではないか。企業というのは、努力して伸びたら業界の上に行けるものではないのか? わたし達の社会の競争原理というのは、どこかで何かが歪んでいないか。

競争こそ、世の中を進歩させる原動力だ、という信念は強い。たしかに、人に勝ちたい、負けたくないという気持ちは、たいていの人の心の中にある。そして、とりあえず競争に勝ってきた人間は、競争の意味を疑わない。学歴競争や実力競争で勝ち残ってきた人ほど、その擁護者になる。だからメディアでも学識経験者でも、競争礼賛的な言論が流通しやすい。

だが、わたし達の社会の競争原理には、どこか寸足らずのところがある。大きな枠組みでは、すでにエレベーターのように、高層階行き、中層階行きと出発時点で決まっていて、ひっくり返せない。そしてエレベーターの箱の中で、どんぐりの背比べみたいに、互いに競争している。

このような社会では、小勝負に長けた人は出ても、大勝負に挑む人びとは出にくい。大きな勝負は、すでに枠組みで序列が決まっているからだ。

小勝負の方は、土俵もルールも勝敗の評価基準も、上から与えられている。こうした仕組みは、与えられた目標、命じられた事だけを必死に実行する人間だけが勝ち残りやすい。つまり兵卒や下士官だけを、輩出する事になる。一方、エリート層はエリート層で、彼らの小さな箱の中で競争させられ、勝った負けたといって、大多数が挫折感だの劣等感だのを抱き続ける。くだらぬことである。

そして、何よりもっともまずい事は、協力のためのコミュニティが育ちにくい点だ。

著名な経営学者ミンツバーグが来日したとき、講演で彼は、アメリカの経営学はリーダーシップを強調しすぎてきた、今大切なのは、職場における「コミュニティシップ」だ、と提起していた(Community-shipというのは彼の造語で、通常の英語辞書にはない)。コミュニティがないと、共通の知恵を蓄積することができない。本当の創造的アイデアも、品質の高い議論のスキルも、育ちにくい。もちろん個人個人の自律性も。

工場間の競争でボーナスが左右される上記の会社を、思い出してほしい。たぶん優れた技術的工夫は、改善大会で表彰され共有されていくのだろう。だが、その時までは共有されない。それどころか、マクロな業務プロセスは、工場ごとにバラバラだったりする(これは納入するSIerから聞いた)。業務プロセスにこそ、共通した管理技術が活きるのだが、部門が互いに競争していたら、標準化・共通知化など進む訳がない。

わたし達が生きているのは、苛烈な競争のみが支配するアメリカ社会とも違う。序列意識のスキマに競争原理が導入された、珍妙な社会である。序列の中でのみ、競争が行われる。

そうした序列は、しかし、いつまでも永続的なものではない。海外との競争にさらされると、いきなり危機を迎えるのだ。江戸時代にずっと続いた、「親藩>譜代>外様」の序列は、黒船の到来でいきなり崩壊した。外敵への対応能力は、序列と関係ない事が明らかになったからだ。

大学の序列も、似ている。国内で最高だと自負していた大学も、世界でのランキングでは10位にも入らないので、どぎまぎしている。(そんな海外のランキングなどくだらないことだ、自分たちは我が道を進む、と主張するなら見所もあるが、外部から競争尺度を与えられると、それを無視できないのが彼らの常だ)

こうした価値の転換に備えるには、横のつながりによるコミュニティに優るものはないと思う。異なる視点と経験を持った者同士が、対等に議論できる場。コミュニティという場は、原則として、お互いが対等な仲間が集って作り上げるものである。対等とは、互いに権利を主張し合えることだ。

アメリカとバヌアツは、国際社会では対等である。対等に、権利を主張し合える。むろん、対等であることと、結果として平等であることとは違う。この世は残念ながら、なにかと不平等にできている。いうまでもなく、アメリカは比較にならぬほど、強大なパワーを持っている。

ただし、不平等社会でパワーを持つ者は、そのために重い義務も背負っている。権利と義務は秤で釣り合っている、というのが対等の原理だからだ。逆に、労苦は下の階層の者が背負うべき、というのが序列の原理である。それが江戸時代の、士農工商の論理だった。序列社会に競争原理を持ち込んだ、木に竹を接いだような社会に、どうして活力が生まれるだろうか? みんながレミングのように同じ価値観と方向性で進んでいくのは、滅びに至る道である。

滅びに至る門は広く、そこから入るものは多い」と、かつて2千年前の賢者は言った。彼の生まれた中東の地では、都市は城壁で囲まれ、そこには大きな門があって、その脇に小さな通用門のような入口がついていたらしい。大きな門は、王侯や軍隊が入城するときの門である。下級市民は、小さな門を入った。

だが彼は、あえて、命を得たければ狭い門から入れ、と説いた。天の下で、あらゆる人間は対等だと、彼は信じていたからだ。

また彼は、去る前に、心を一つにした人が「二人あるいは三人集まるところには、わたしのその中にいる」という意味の言葉を残していった。彼は共同体というものに、信頼を置いていたのだ。

与えられた序列と尺度で走るだけ、与えられたことを実行するだけの生き方は、もう卒業すべきだ。小さな勝負はできるけど、大きな勝負はできない人では、小さな改善はできるが、大きな刷新は難しい。わたし達の社会はそろそろ、そういう刷新の時期なのだ。世の中がひと時、戦火を閉じて平穏になるこの季節、本当に何をなすべきかを、既成の秩序は忘れて、静かに想いをめぐらすときが来ている。


そして、どうか読者の皆さんの上にも、平和なクリスマスがありますように。



by Tomoichi_Sato | 2018-12-24 17:30 | 考えるヒント | Comments(0)
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