マネジメント的な認知症を防ぐ

何年か前、まだ肌寒い季節の夕方のことだったと記憶している。車で隣町を移動していると、ふと、助手席にいた連れ合いが、道端を指さして、「あの女の人、さっきもあのあたりを歩いていなかった?」といった。見ると、高齢の女性がぼんやりした様子で立っていたが、パジャマのような衣類の上に、薄いカーディガンを羽織っているだけで、足元はスリッパだった。

わたし達は車を止めて、その女性に声をかけてみることにした。すると、こちらが何か言う前に、女性の方から「あの、○○さんの車じゃありません?」と問いかけられた。
「いえ、○○さんという方は知りませんが、どなたかお待ちなんですか」とわたしは答えた。
「日曜日の朝は、弟が車で迎えに来てくれる筈なんですが、その車かと思いまして」と老婦人は答える。

もちろん、今は日曜の朝ではない。連れ合いと顔を見合わせて、ともあれ、その女性を車に乗せることにした。いわゆる徘徊老人なのかも知れないと思ったからだ。

「寒いでしょうからお宅までお送りしますよ。どちらにお住まいですか?」とたずねた。すると、丘を一つ越えたあたりの住所らしきものを答える。「ご親切にどうもすみません」と、その老婦人は品良くこたえる。そして、この辺りにはもう20年も住んでいる、という。車内でおしゃべりをしながら、その住所の近くに来たら、「ここでいいからおろして下さい。後は歩けますから」という。なんとも心配だったが、言い張るので結局、その女性をおろしてあげた。

帰り道、連れ合いとわたしは、その女性との対話について語り合った。言葉遣いは丁寧で、よどみなくすらすらと受け答えし、ちゃんとした会話になっていたように聞こえる。だが、よく考えてみると、住んでいる年数をはじめ、つじつまが合わない。何より、衣服などから見て、どこか施設から飛び出してさ迷っていたようにも思える。たとえ嫌がったとしても、警察に送り届けるべきだったかもしれない。

それから数日後、わたし達は、一人暮らしをしていた母のもとをたずねた。母はすでに高齢だったが、亡くなるまでずっと、頭はちゃんとしていた。その母が、何かTV番組を見たらしく、こんなことを言い出した。

「認知症になると、ものごとの全体をつなげて考えられなくなるみたいね。たとえば冷蔵庫の中にある材料を使って、今夜の献立を一揃い考える、とかができなくなるらしいわ。つまり、マネジメントができなくなるの。」

老いた母から『マネジメント』という言葉が出たので、わたしはびっくりした。母はずっと職業婦人で、記録映画や映像展示プロデュースに関わる分野において、プロジェクトに従事していた人だ。だからマネジメントとはどういう仕事か、もちろん良く知っている。でも実務の世界から引退して何年もたっていたし、ビジネスの話はあまり自分からは出さなかったので、驚いたのだ。

いま手元にある資源(=食材)を活かして、なんとか価値のある結果(=料理)を生み出すこと。それがマネジメントのだと、母はいっている。まったくその通りだ。そして、部分と部分をつなげて、全体を構想するのがマネジメントの仕事だ、とも。

わたしは、隣町で出会った認知症らしき老婦人のことを思い出した。その人の会話の特徴は、部分部分はちゃんとまともに聞こえるのに、全体としてつじつまが合っていないことだった。また、どこに向かって進んでいこうとしているかも、よく分からなかった。ただ何となく、自分が元いた(らしき)場所に戻ろうと、さ迷っているのだ。

認知症について、わたしはさほど知っているわけではない。身内にそうした人を抱えて苦労した経験も、今のところ、ない。ただ、なんとなく、認知症というのは、カメラのピントがぼやけていくように、その人の世界の認知が少しずつぼやけていくのかと想像していた。

しかしどうやら、そうした先入観は間違っているらしい。細部のピントがぼけはじめるのではない。むしろ、個々のピントは合っているのに、全体の構図が崩れはじめる、という表現の方が合っているようだ。認知症の人は、初期段階ならば、日常生活はさほど支障なくすごせるという。日々の生活でするべき、細々とした動作を、とりあえずちゃんとできるからだろう。一種の条件反射のようなものだ。歯を磨く、顔を洗う、水を飲む、食事をする。こうしたことは、すべて滞りなくできる。

話もできる。話も、一応ちゃんと筋がある(ローカルに見れば)。だが、見当識、つまり自分が誰だとか、今が何月何日だとか、ここがどこかとかいった事が、正確に言えない。事実が客観的に、認識できないのだ。自分の主観の中で再構成された、自分になじみのいい関係性だけが、事実の解釈を乗っ取ってしまう(「弟の迎えの車かと思いましたの」)。

わたしは家に戻り、書棚から、10年以上前に読んだ阿保順子・著「痴呆老人が創造する世界」を取り出して読み直して見た(この本は「認知症」という言葉が普及する前に出版されたが、現在は「認知症の人々が創造する世界」と改題され岩波現代文庫に収録されている)。本書は、看護職だった著者が、文化人類学的な手法で認知症入院患者を調査し記述した、独創的な本だ。

そして、著者の阿保氏によると、施設に入居して介護を受けつつ暮らしている老人たちは、ある意味、驚くほど「豊かな」社会生活を送っている。単に砂時計の砂が流れ落ちるように、崩壊への時を過ごしているわけではなく、架空の地理感覚や家族観念の中で、役割を演じて生きている。つまり彼らは、世界を我流に再構成しているわけだ。

とくに、コミュニケーション、つまり他者との手短かなやり取りは、本人たちの言語機能が壊れているのに、いつまでも残る。内容や意味は他者と通じていないのに、「言葉をかわす行為」自体は非常に良く保たれているのである。彼らにSNSがあったら、タイムラインは意味なきおしゃべりに満ち溢れているだろう。

医学的な認知症は、「エピソード記憶」「分割注意機能」「計画力」の機能不全として現れる。認知症は、単に物忘れがひどい、とは違う。最近の体験的記憶を保持できないのだ。自分の経験から学ばない、とも言える。ただし過去に身についた習慣や、過去の感情の記憶だけは残っている。分割注意機能の障害とは、つまり複数のことに同時に注意を向けることができないという意味だ。認知症の初期の人は、たった一つのことだけに集中しすぎる。そして「計画力」の欠如とは、上に述べたとおりだ。

ミクロには機能している。だが、マクロには方向性もつじつまも合わない。それが「マネジメントができなくなる」という事だと、母は言った。そう言われて、わたしは急に、気になることに思い当たった。

当時、わたしはひどいプロジェクトに関わっていた。ここで詳しくは書けない。だが、それこそ、「ローカルには機能しているのに、グローバルには方向性がなくバラバラ」というプロジェクトだった。個別の設計作業は、それぞれ一応は動いている。だが、全体のスケジュールやコストを守るための戦略が見えぬまま、混沌ともつれた状態のまま進んでいた。

それはたしかに、プロジェクト・マネジメントの問題だった。いや、むしろ力量不足のプロマネをちゃんと支援できない、プログラム・マネジメントのレベルの問題といっても良かった。

さらに、世の中に目を転じてみると、似たようなことはいろいろと見つかる。営業が無茶な条件で取ってきた案件を、プロマネがヒイヒイ言いながら苦心惨憺、遂行するという例は数知れぬ。営業は営業で、受注高の成績を上げなければいけない。だから厳しい競争でも取ってくる。

だが、厳しい条件でスタートするプロジェクト案件ばかりが増えたら、どうなるか。プロマネはなんとか有能な人員を囲い込んで、自分の仕事だけは守ろうとするだろう。個々には合理的に見えるふるまいだが、組織全体では筋が通らぬ。

あるいは、技術的なことについては、論理的に考えるのに、仕事全体の認識となると、とつぜん非科学的になってしまう管理職も、よく見かける。個別の設計では「これだけ負荷がかかるのに、こんなヤワな構造で設計して、持つ訳ないだろ!」と論じていた人が、沢山の仕事を受注できそうなあかつきには、人の配員の問題について「気合いと根性で乗り切れ」みたいなことを言い始める。ミクロには合理的だがマクロには不合理。まことに不思議である。

いや、ことはビジネス界だけではなさそうだ。行政の分野でも、教育の分野でも、メディアや政治の世界でも、なんだかミクロには機能しているのに、マクロにはビジョンが不在、という例を多く見かける。わたし達の社会は、そんなマネジメント的な認知症がはびこりはじめているらしい。どうしたらいいのだろうか?

医学的認知症の人は、知性は壊れているが、習慣的行動と、快不快の感情に駆動された短期的行動はとれる。マネジメント的な認知症も、これに似ている。以前からの習慣と、売上目標だとか原価低減といった目先の判断基準だけで、直近の行動が決まっていく。

加えて、医学的認知症の患者は、自分で勝手に自分の周囲に物語を、それも事実とは似て非なる物語をつくり上げる。マネジメント的な認知症も、似た傾向がある。事実を勝手に自分流に解釈し、脊髄反射的に対応する。これが症状である。

認知症は、自分では病識がない。だから、まず「これは(マネジメント的な)認知症だ」と判断することが、問題解決の出発点だ。

防ぐには、他者と交流しろ(孤独を避けよう)、運動をしろ、脳を刺激しろ、良い食事をしろ。医学的な認知症の予防には、そんなことが言われている。だが、マネジメント的な認知症には効くまい。

マネジメント的な認知症の一番の原因は、上で述べたように、自分の認知を離れて、「客観的に」「他者の視点で」事実を検証しようとする働きがないことにある。問題が起きたら、まず事実を客観的に把握する。その上で、適切な対策を計画する。こうした、あたりまえのことができるようになる必要がある。

そのためには結局、意味のある議論、品質の高い議論を、くりかえしするべきだし、できるような場を組織の中に用意すべきだ、というのが現時点でのわたしの仮説だ。すれちがいの対話やコメントの応酬ではなく、あるいは勝ち負けのある勝負事としての言い合いではなく、お互いの認識と考えを変えるための議論。それを可能とする、コミュニティの存在。縦社会の会社組織の中で作るのはむずかしいが、これを避けていると、自分たちもいつかマネジメントの立場に立ったとき、認知症に陥る危険性がある。

マネジメントは、逆境のときにこそ、重要になる。順調なときは、環境がそろえば、あまり深く考えずとも組織は成長できる。それは昭和の高度成長時代が示したとおりだ。してみるとわたし達の社会は、本当は、ずっと以前から、マネジメント的な認知症の気(け)があったのかもしれない。社会が老成してきた今こそ、わたし達は他者との議論を大切にしていくべきなのだろう。


<関連エントリ>
 →「議論の品質を問う」 https://brevis.exblog.jp/27375732/ (2018-07-04)
 →「どうどう巡りの議論を避けるために」https://brevis.exblog.jp/27411722/ (2018-07-14)




by Tomoichi_Sato | 2018-11-27 12:24 | 考えるヒント | Comments(0)
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