海外プロジェクトの質的変化と、成功体験の罠

わたしが3年前に技術評論社から上梓した『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』は、製造業で働く若手エンジニアを主人公にした、ストーリー仕立ての本である。基本的な内容は、東大の大学院で教えている「プロジェクトマネジメント特論」の講義資料をベースにしているのだが、淡々とした記述のテキストなど、誰も興味をひかれないだろう。それにわたしは、対話形式の文章を書く方が、なぜか筆が進みやすい。

そこでこの本では、ある日突然、プロジェクト・マネジメントを急に学ばなくてはならなくなった若手技術者を、主役に立てることにした。それが、中堅製造業の製品設計部門に働くエンジニア、小川君である。彼の会社の社長は、出張先のとある新興国の企業経営者と意気投合し、共同でその国向けの製品開発プロジェクトをはじめることを、決めてくる。

しかしご承知の通り、製造業の組織というのは、営業・設計・生産技術・資材・製造・・という風に、機能別に縦割りになっている。製品開発プロジェクトは、これら全ての部署が、大なり小なり関わってくる。では、この海外企業との共同プロジェクトは、いったいどの部署の誰がリードするのか? 一般に、日本の製造業では、プロマネが所属すべき部署が、明確でないことが多い。小川君の会社もそうだった。

プロジェクト・マネージャーが誰なのかも不明なまま、結構な労力とリスクをはらむはずの、新プロジェクトは滑り出す。小川君自身はまだ、プロジェクト・マネージャーを張れるような職位ではないし、その経験もない。だが、会社のこの状況に危機感を抱いた彼は、久しぶりに会った大学時代の大先輩・広田氏に、プロジェクト・マネジメントの考え方を教えてほしいと頼み込む。

海外プロジェクトの経験に長けた広田氏は、何度かに分けて、小川君に基本をレクチャーしつつ、プロジェクトの状況を確かめ、アドバイスしていく。だが、海外通を任ずる常務、腰の引けた部長、妙に強気な課長などの上司の下で、プロジェクトを前に動かそうとする小川君に、つぎつぎと難題がふりかかってくる・・この本は、そういう話だ。

新製品開発という仕事それ自体は、製造業にとって珍しいことではあるまい。何度もそれを繰り返して、企業は成長してきているはずである。それなのに、海外企業との共同プロジェクトということになると、急に勝手が違ってくるばかりか、上手く回らなくなることが多い。それをたいていの会社は、言葉(英語)の壁だとか、技術基準の違いだとか、異文化のせいだとかにしたがる。

しかし、そこにはもっと本質的な、プロジェクト・マネジメント上の違いがあるのである。そして、多くの日本企業は、それを知らないまま、見えない壁のようなものに突き当たっているのだ。

図を見てほしい。横軸は、スコープの固さを示している。右側は自発型プロジェクトの世界で、スコープは自分で調整可能である。左側は受注型プロジェクトで、スコープは外部から与えられる。左に行けば行くほど、スコープは「固く」なる。自社の製品開発は、自分がかなり自由に決めることができるから、図では右側の領域にある。
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縦軸は、プロジェクト組織の規模・複雑さを示す軸だ。上は大型、下は小型プロジェクトの領域を意味する。ただし「規模」といっても、予算金額などで測ったのでは、プロジェクトの分野や種類によってかなり差が出てしまい、イメージが伝わりにくい。そこで図ではあえて、「小型プロジェクト」を、同じ行動習慣を持つ同士の協力、「大型プロジェクト」を行動習慣の異なる他社との協力、と注釈をつけた。

そうなると、従来の新製品開発は、図の右下の領域に位置づけられる。自社系列内で完結する場合もあるだろうし、サプライヤー等の他社と協力する場合もあるだろうが、それでも慣れた同士による国内プロジェクトである。

ところが、ほぼ同じ内容での製品開発プロジェクトも、小川君の会社のように、慣れない初めての海外企業と一緒にやることになると、図での位置が変わってくる。まず、海外企業との協力の場合、お互いの責任分担を文書化・契約化して、きっちり決める必要が出てくる。つまり、スコープがけっこう「固く」なるのである。

他方、これまでの慣れた同士の協力関係と違い、慣れない相手とは、コミュニケーションの言語やチャネルからはじまって、いろいろ目に見えない摩擦や障壁が生じがちだ。だからプロジェクト組織の規模・複雑性が,有意に上がることになる。

かくして、ほぼ同じ内容の筈の新製品開発プロジェクトが、図上でかなり左上にずれてしまう。そして、この図では、左上に行けば行くほど、専門的なプロジェクト・マネジメントが必要とされてくるのである。右下のエリアは、身内同士の阿吽の呼吸で進む領域であって、まあいってみれば、ジャズバンドのような世界である。誰かリーダーのもつ、気合いやリーダーシップで進めることができる。

ところが左上の領域は、いわばオーケストラの世界であって、数多くの演奏家(専門職種)と、指揮者(プロマネ)がいて、整然とことを進めなければいけない。各人がバラバラに動いたのでは、意味のある成果は出てこないのだ。スコープ制約が固く、かつ組織規模が大きい仕事とは、そういう存在だ。それなのに、プロジェクト・マネジメント技術もろくに知らぬまま、「気合いと根性」だけで海外プロジェクトをはじめたら、途中で現場が苦労の嵐に巻き込まれることになる。

これが、今、わたし達の社会のあちこちで起きている問題なのだ。そして、多くの若手エンジニア達が、さんざん苦労している。そういうことを、霞ヶ関の新進気鋭の官僚達にも知ってほしい。そう思って、レクチャーでは、前回も述べたように、スコープの話を主にしたのだが、さて、短い時間でどこまで伝わるかは、定かでない。そこで、あえて念押しとして、もう一枚、図を用意した。

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こちらの図は、左右がある意味、逆になっており、右に受注型プロジェクト、左に自発型プロジェクトを置いてある(不統一で申し訳ない)。上の欄に、(強い)←→(弱い) と書いてあるのは、スコープに対する主導権である。自発型の方が、当然ながらスコープの主導権が強い。受注型では、発注者の承認をもらわなければ、スコープ・チェンジが認められない。

こちらの図の上下は、買い手か売り手かという、商取引の立場になっている。取引では通常、お金を出す側の買い手(顧客)の方が強く、売り手の方が立場が弱い。

そして、この図表の4象限に、日本の海外ビジネスのあり方と変化を集約してある。

まず、高度成長期の’70〜80年代は、左下にある。この時代、衣料品にはじまり、家電・カメラ、そして自動車など、消費財の輸出で日本が伸びた時代であった。優秀・高品質な製品力と、円安による競争力に支えられ、大きく世界に進出していった。自分は売り手だからやや立場は弱いが、どこに何を売るかは自分で選ぶことができた。この時期は、「売ってあげる」型の輸出ビジネスだった、といえる。

それが'80年代後半~90年代前半のバブル時代に入ると、さらに勢いをかって、盛んに海外不動産を買ったり、企業買収・工場建設・営業所開設などのラッシュが続いた。舞台は欧米や豪州など先進国だ。そして自分が買い手で、かつ、自発型プロジェクトである。いわば最強の立場にあった時代だ。

ところがバブルがはじけ、不況の2000年代に入ると、海外調達・部品製造外注・オフショア開発などが、海外ビジネスの中心になってくる。まだ、立場は買い手だ。だが相手地域はアジア・中進国にシフトする。そして現地に行った技術者たちは、本社や日本国内の顧客からの勝手な指示に困惑しつつ、内心、OKY(「お前が来てやって見ろ」)と歯噛みしながら仕事をしていた。

そして2010年代。政府は「日本の新成長戦略」をとりまとめ、新興国に対するインフラ・システム輸出が、成長力回復の切り札だ、と位置づける。しかし、日本のものづくりの成果を海外に持っていくという事は、売り手で、受注型のプロジェクトを遂行することを意味する。すなわち、「買って下さい」型の輸出ビジネスになる、という訳だ。

わたしは長年プラント・エンジニアリング業界に働いてきた身として、それがいかに弱い立場であるかを知っているし、その中でいかに立ち回るべきかも、少しは承知しているつもりだ。そのための有力な武器の一つが、専門的なプロジェクト・マネジメント技術なのだ。だから、それについて本も書き、あちこちで講義したり宣伝したりして回っているのである。

繰り返しになるが、日本の海外プロジェクトは、バブル期頃までの、強い立場・先進国相手・売ってあげる型から、2000年以降の、弱い立場・新興国相手・買って下さい型へと、シフトしてきてきた。ところが、世の中にはまだ、バブル期までの過去の『成功体験』を、自らの栄光の記憶として抱えているシニア・マネージャー層がけっこう、残っている。

だが、彼らの成功体験はもう、賞味期限切れで、今の時代には使えないのである。昭和の古きよき時代はもう、とっくに終わったのだ。そして、そんな過去の成功体験にしがみついていると、現実がよく見えなくなってしまう。そのことを、日本の中枢にいる人たちにも、伝えたいのだ。昭和世代のわたしがこんなことを言うのはおかしいかも知れないが、これからわたし達の社会を担う層の人たちに活躍の場を残すためには、過去の成功体験の記憶を一度リセットして、新しい目で日本と海外を見るべきだと思う。


<関連エントリ>
 →「プロジェクトのスコープには硬軟がある」 https://brevis.exblog.jp/27558796/ (2018-09-20)
 →「海外プロジェクトの変化と、契約意識という不可視のハードル」 https://brevis.exblog.jp/18516049/ (2012-07-30)


by Tomoichi_Sato | 2018-09-29 23:12 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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