プロジェクトのスコープには硬軟がある

先月のことだが、霞ヶ関のある有力省庁に呼ばれて、プロジェクト・マネジメントについて1時間ほどの簡単なレクチャーをしてきた。聴衆は、製造業を所轄する部局の、若手中堅の官僚20人弱である。先方からは『ビジネスで成功を勝ち取るプロジェクトマネジメントとは』という、いささか大げさなタイトルを頂戴したが、いかんせん1時間弱でしゃべれる事は限られている。

短い時間でプロジェクト・マネジメントのエッセンスを紹介するなら、何を話すべきか。相手にもよるが、わたしはスコープとWBSの概念の話をすることにしている。プロジェクトにおいて、日本人は概して、計画軽視だ。与えられた目標や暗黙の目的意識のもとで何となく走り出し、人を集め、あとは各人の努力と互いのすり合わせで進めていく。「現場重視」「歩きながら考える」の習慣が、とても強い。

欧米人と一緒に仕事をした経験のある人なら、彼らはまず、全体の計画を立てるところからはじめる習慣が強いことを、ご存じだろう。計画を立てずに走り出すことは、まるで地図を持たずに旅に出るようなもので、心配になるらしい。プロジェクト・マネジメントという概念も、PMBOK Guideのような標準書も、このような文化の元で生まれ育った。

計画力と現場力は、車の両輪で、どちらが弱くても真っ直ぐちゃんと走れない。ただ、自分たちが何に弱いかは、そこに強い相手と組んだり闘ったりしないと、なかなか気づかないものだ。たまたまわたしは、海外プロジェクトを中心としたビジネスをする企業にずっと勤めてきたので、ある程度は両方を知っている。

とくに、日本は製造業の影響力が大きいので、「QCD」、すなわち品質・コスト・デリバリー(納期)の制約については、多くのビジネスマンが常識として肌身で知っている。しかし、現代プロジェクト・マネジメント(モダンPM)の柱は、

 QCD+S

の4つなのである。4番目のSは、『スコープ』の頭文字だ。いや、海外の文献などを読むと、品質は当然の前提としてQを抜かし、SCDの3つがプロジェクトの柱だ、という言い方が多い。スコープは、モダンPMの第一の柱、最大の制約条件なのだ。事実、PMBOK Guideを見てもらえれば分かるように、10の知識エリアの記述順は、最初に統合マネジメント、次がスコープとなっている。

そして、スコープの具体的表現手法として、WBSがある。これはプロジェクト・マネジメントの基礎となる手法で、60年代頃から整備されてきた。だが、この一番肝心なスコープとWBSの概念が、日本では良く理解されていない。

プロジェクトは、何らかの成果物やサービスを生み出すための営為である。ただ、プロジェクト全体は大きいし,出発時点ではもやっとしていて、それを全体として扱うのはやりにくい。そこで西洋人は、彼らの思考習慣である"Structured Approach” にしたがって、大きな問題を小さな部分問題に分割していく。つまりプロジェクト全体を、やらなければならない具体的な個別の要素作業に、階層的に分解するのである。

この要素的作業を『アクティビティ』とよぶ(日本のIT業界では「タスク」ということが多いようだが、PMBOK Guideは昔からActivityという用語で統一している)。そしてプロジェクト全体のスコープ(仕事の責任範囲)を、アクティビティ(タスク)の集合として捉えるのである。まあたとえて言えば、日本全土を、都道府県に分け、さらに県を地形に従い市町村に分割するようなものだ。そのようにして、全体のエリアを、統括可能な部分に分けて地図を作る。

わたしのレクチャーでは、簡単なプロジェクトの例をとって、それを構成するアクティビティの洗い出しを10分ほどの演習で体験してもらった(さすがに優秀な人たちが多く。通常の社会人相手のときより倍近い早さで進んだ)。そして、次は洗い出したアクティビティを、紙の上で階層的に図示してもらう。これだけでも、気づかなかった抜け漏れや作業のアンバランスなどが、気づきやすくなる。

スコープとはプロジェクトのなすべき責任範囲のことであり、それをアクティビティに階層的に分解して、管理番号を付番したものがWBS(=Work Breakdown Structure)である。これは仕事のスコープの見取り図、地図に相当する。WBSこそはプロジェクト・マネジメント計画の出発点であり、その出来不出来によって、その後のマネジメントの成果を大きく左右する。

WBSの一例を、図に示す。これはわたしの勤務先の得意とするプラント・エンジニアリング系のプロジェクトについて、WBSの骨子を示したものだ。本当はもっとずっと詳細なのだが、骨格を理解してもらうのが目的なので、枝葉はばっさり切ってある。
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なお、ここに示したWBSの構成は、Functional-WBS(略称F-WBS)とよばれる種類のもので、主に仕事の機能のプロセスを主体としたものだ。他に成果物の構造にしたがったProduct-WBS(P-WBS)もあるのだが、話が複雑になるのでここでは省略する。

このWBSには、とくに時間の概念はないことに注意してほしい。まだ、ガントチャートは、ない。この後、それぞれのアクティビティの作業量を見積り、割り当てるリソースの量を決めて必要な期間を推定し、さらにアウトプットとインプットから生じる関連性(他のアクティビティとの依存関係)を考慮して、初めてガントチャートが作成可能になる。

日本ではガントチャートのことをWBSだと誤解したり、スコープを明確化する前に、いきなり線表を描き始めたりする『ダイレクト・ガントチャート』方式の人が少なくないが、それでは成功するはずのプロジェクトだってうまくいかない。こうしたことを、日本の中枢を担う若手官僚に分かってもらいたかったのである。

さて、ここから先は、PMBOK Guideにあまり書いていない、大事な話になる。それは、プロジェクトはスコープのあり方に応じて、二種類に分けられ、それに応じてマネジメントの力点も変わる、ということだ。

どういうことかというと、プロジェクトはスコープが『ハード』なものと、『ソフト』なものに分類可能なのである。ハードなスコープとは、プロジェクトのなすべき責任範囲がかなりかっちりと規定されているタイプのものだ。これに対して、ソフトなスコープは、プロジェクトの範囲が、途中でかなり変わりうる(自分で変えうる)タイプである。

なお、プロジェクトについての”Hard”, “Soft"という用語は、2000年頃から欧米のPM研究論文などに現れるようになってきた。ただし、これは別にコンピュータのハードとソフトの話をしているのではないので、注意されたい。鋼鉄製の橋を架けるのはハードなスコープで、木の吊り橋はソフトだ、という話でもない。あくまで、なすべき仕事の領域・範囲の変わりやすさ、硬軟をいっている。

簡単に言うと、自社が自らの意思ではじめる「自発型プロジェクト」、たとえば製品開発や社屋新設などのプロジェクトは、スコープがソフトな場合が多い。他方、誰か顧客から請け負う「受注型プロジェクト」は概して、スコープがハードだ。スコープがふにゃふにゃして曖昧だったら、そもそも見積ができないから、契約が成立しない(無論、単価契約とか派遣契約にすれば別だが、その場合はプロジェクト・マネジメントの責任を受注側は負わない)。

スコープがかっちりと固まっている受注型プロジェクトにおいては、プロマネは通常、コストと納期を、よりシビアにコントロールすることが求められる。したがって、ハード・スコープのプロジェクトを沢山遂行する組織においては、プロマネにより権限が与えられなければならない。権限がなく、判断もできずに、責任など負えないからだ。マネジメントの主眼は、スケジュールとコストになる。

(ただし余談だが、日本のIT企業の方の話を聞いていると、プロマネにはコスト管理の権限がなく、ただ与えられた予算と人員の中で、スケジュールをなんとか守る事が求められているケースが多いようだ。これはわたしのような他の業界人からは、奇妙に見える。コストの権限が上司が握ったまま、納期と品質の責任だけを問われるのでは、まるで後ろ手にしばったパン食い競争みたいで、ずいぶんだと思うのだが)

さて、ところで、自発型プロジェクトは受注型とかなり違う。たとえば新製品開発を考えてみよう。予算を満たし納期を守っても、できあがった製品に魅力がなければ、プロジェクトは失敗だ。したがって、プロマネは何よりも、ユーザにアピールする品質(「前向き品質」)を上げるべく、スコープを調整することになる。この種類のプロジェクトでは、プロマネは管理・監督よりも、創造の役割を強く求められる。

だから、ユーザを惹きつけないと成立しない、いわゆる『SoE』(Systems of Engagement)では、アジャイル開発などの手法に価値が出てくるのだ。アジャイルでは、スコープを動的に入れ替え、調整して進んでいく。しかし、設計図通りに橋梁を建設するようなプロジェクトには、アジャイルは使えない。スコープがハードだからだ。

さて、スコープについて、一般的教科書にあまり書いていないことまで説明したのは、理由がある。せっかく霞ヶ関まで行って、日本の製造業や貿易政策を担う省庁の人たちに聞いてもらうのだから、もう一つ、説明しておきたいことがあったからだ。

それは、海外プロジェクトの進め方に関する留意点、彼我の違いについてである。日本企業とその製品群は、70年代頃から、世界を席巻した。自動車、家電、カメラ、パソコン等、あげればきりがない。高度成長期とはまた、日本企業の国際化・グローバル化の進展でもあった。——そういう風に、マスコミをはじめ、多くの人たちが思っている。

だが、その思考には、意外と大きな大きな罠がひそんでいるのだ。そして、それが『スコープ』の硬軟の概念と、密接に関係しているのである。

(この項つづく)


<関連エントリ>
 →「ダイレクト・ガントチャート方式の問題点 〜 やはりExcelで工程表を書いてはいけない (1)」 https://brevis.exblog.jp/26231556/ (2017-12-02)
 →「Structured Approachができる人、できない人」 https://brevis.exblog.jp/18336958/ (2012-07-08)


by Tomoichi_Sato | 2018-09-20 23:54 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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