コンサルタント嫌い、について

ジェラルド・M・ワインバーグが今月初めに亡くなった。享年84歳。’97年にコンピュータ殿堂入りを果たした彼は、物理学博士で元IBMの技術者だが、むしろコンサルタント兼エッセイストとして知られる。機知に富んだ、ひねりのある文章と、システムに関するユニークな視点にあふれる彼の著書は、けっこう好きで、何冊も読んだ。

最初に出会ったのは、『一般システム思考入門』だったと思う。まだ学生だった頃のことだ。この中で彼が提起した「中数の法則」とは、システム工学における問題の難しさの所在を論じるものだ。たいていのシステムは、個別に要素を分析・予測するには数が多すぎるが、大数の法則による統計をあてはめるには要素が少なすぎる、と彼は喝破する。また、システムの状態空間をグラフに描いてみて、その軌跡が交差するときは、次元が足りない(隠れたパラメータが存在している)、という見方は、今でも良く覚えている。

70年代に書いた『一般システム思考入門』と『プログラミングの心理学』とが、彼の出世作で、今ではどちらも、コンピュータ科学書の古典とみなされている。しかし、その後、より一般向けでわかりやすい著作を何冊も出し、それが彼の名望を高めたといえるだろう。『ライト、ついてますか―問題発見の人間学』は薄いけれど楽しい読み物だったし、とくに『スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学』と『コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学』は、後年の彼が得意とした「××の法則」の連発で、読み手の思考を刺激してくれた。

『コンサルタントの秘密』は、最初、こういうテーゼから始まる。

秘密第一番
コンサルタント業は、ちょっと見たほど楽じゃない。

そして、読者を「コンサルタント業に関する三つの法則」に誘う。その最初の二つは、こういうものだ:

コンサルタントの第一法則
 依頼主がどういおうとも、問題は必ずある。
コンサルタントの第二法則
 一見どう見えようとも、それはつねに人の問題である。

この二つの法則を、わたしはいつも胸に刻みつけている。どんな組織にも必ず問題はあって、それは常に人間の問題なのだ。これは、すべてのマネージャーが、理解しておくべきテーゼだと思う。

ちなみに、このサイト(Blog)は「タイム・コンサルタントの日誌から」と題しているが、現在のわたしは社内の企画部門におり、コンサル業で身を立てている訳ではない。このサイトを立ち上げた時には、ソリューションの事業部にいたので、こういう名前をつけ、それ以来、たまたま変えていないだけだ。ただまあ、一応、中小企業診断士だし、昔SAP認定コンサルタントの資格なんかもとったりしたので、コンサル・ビジネスについて、多少は論じられると信じている。

さて、ついでながら、社会人としてのわたしが、はじめてコンサルタントなる人種に接した時の体験をお話ししておこう。まだほんの駆け出しの頃のある日、役員の命令で、みんなが大会議室に集められた。壇上には、トヨタ系だかの現場改善コンサルタントがいて、自分があちこちの工場で、いかに指導し納期短縮やコストダウンを行ったか、という話をした。

その話自体は、面白かったと思う。とくにある大手重工メーカーで、各セクションの管理職が口を揃えて、この製品の製造納期はどうしても3ヶ月以上かかる、と主張するのに、彼が手順を変えて、半分以下にしてしまったエピソードは印象的だった。工程間を、ロット単位で輸送していたのを、彼はもっと小さな部品単位で運ばせたのだ。当然、ロット待ちによるリードタイムの浪費は激減する。

しかし、その後がいけなかった。役員はそのコンサルの助言をいれて、エンジニアリング会社の設計業務の劇的なムダ取り・削減を目指した。「その作業はやめられないか」が、合言葉になった。だが、工場のような剛構造の業務と、エンジ業務のような柔構造な仕事に、同じアプローチを取るのは無謀に近かった。

結果として、たいした改善効果は出なかったと記憶する。しかし、実力派の役員が言い出したことだ。皆の意識改革が進んで、活動は成功ということになった。この活動に積極的に協力した部長は翌年、昇進した。

こういう経験があったせいかどうか知らないが、その後、わたしの勤務先では、外部のコンサルタントを呼んで、社内の業務改革をする、という動きはずっと少なくなった。コンサル嫌いになったのだ。

だが、後にソリューション事業部の一員として、顧客にいろいろ接するうち、この「コンサル嫌い」は、かなり広く見られる傾向だと知るようになった。全ての会社が、コンサル相手にむなしい経験をした訳ではあるまい。むしろ、コンサルは一度も入れたことがない所が、過半数だった。だが、多くがコンサルタントという商売に、強い疑念を持っている。

ただし、中には全く逆に、「コンサル好き」というべき会社もあった。あちこちの部署で、次々にコンサルを入れるのだ。ただ比率的には、20社に1社もないとは思う。

コンサルタントは、なぜ嫌われるのか。それが今回のテーマだ(ああ、いつも話の前置きが長い)。

嫌われる理由は簡単だ。コンサルは高い。そして偉そうだ。何も知らないのに、ひとの会社に来て勝手な指導をする。いらぬ仕事を増やす。そのくせ、何も役に立たない。現場がそれでも頑張って、何か成果を出すと、コンサルの手柄にしてしまう。だが上の人間が連れてきたので、簡単に追い出せない。上の人間のメンツがかかっているので、失敗でも成功ということになる。何より癪なのは、自分が馬鹿みたいに見られる事だ。

そのくせ、世の中には不思議な事実がある。かくもコンサルは不人気なのに、メディアや書店では、「元マッキンゼー」みたいな肩書きの人間の文章が、もてはやされることだ。就職・転職先としても人気が高い。それだけ不人気なら、なぜ市場を闊歩し、高い給料をもらえるのか?

事実、帝国データバンクの2014年の調査『急成長する経営コンサルタント業』 http://www.tdb.co.jp/report/specia/pdf/140101.pdf によると、こんな調査結果が得られている:

過去5 年間で経営コンサルタントを営む企業数はで約 1.9 倍、 経営コンサルタント利用者数は約 3.7 倍に増加した。

経営コンサルタント利用数が多い産業大分類の上位 3 業種は、サービス業、製造業、卸売・小売業・飲食店

経営コンサルタント利用企業の割合は、サービス業が1.6%、製造業が0.8%、卸・小売業・飲食店が0.6%


という訳で、日本では全企業の1%内外が、経営コンサルタントを利用している事がわかる。もちろん、まだ小さな数字だが、かなり伸びているのも事実だろう。

マッキンゼーについては、知人が皮肉なことを言っていた。世の経営者たちがマッキンゼーを好んで使うのは、彼らが大したレポートを出せないからなのだ。だから、一度使ってみて、「やっぱりマッキンゼーも大したことはないよ。」と重役が偉そうに発言できるようになるために、使うのだそうだ。

でも、本当かなあ、とも思う。というのも、その知人自身がコンサルタントだからだ。彼は、コンサルという職業自体は、否定しない。ただ、世の中には支払う値段に見合うコンサルばかりでは、ないと言いたいのだろう。あるいは、良いコンサルとダメなコンサルがいるのだ、と。

そこで、コンサルタントの定義について、ふりかえってみるのも、無駄でははあるまい。上記のワインバーグは、コンサルタントの仕事をこう定義している。

人びとに、彼らの要請に基づいて影響を及ぼす術

過不足のない、良い定義だ。人びとの要請がなければ、コンサルは動かない。押し売りはしないし、できる商売でもない。また、「問題を解決する術」ではなく、影響を及ぼす術、としている点も、含蓄が深い。コンサルタントというのは、クライアントの要請に応じて、クライアントの変化を助けることが、仕事なのだ。

そして、経営コンサルと技術コンサルを区別しておくのも、大切だろう。技術コンサルタントというのは、通常、クライアントが抱えている、直接顧客と接する技術問題について、助けを出す。ここでの技術という言葉には、科学技術だけでなく、法律上の技術や税務上のそれも含まれる。そして、こういった技術コンサルを雇うことには、それほど強い抵抗はないと思われる。わたしの勤務先でも、セキュリティや契約交渉などで、コンサルタントを頼んでいるし、それは当然だと皆が考えている。

(なお、技術コンサルの亜種として、ERPコンサルと、ISO-QMSコンサル、とよばれる職種がある。複雑なERPソフトウェアの設定を助けたり、ISOの審査に通るよう、QMS文書作りを指導したりする。きわめて特化した形態だ。顧客に影響を及ぼす、とさえ言えるかどうか微妙で、経営コンサルタントの中には、「あんなのはコンサルという名前にふさわしくない」などという人もいる)。

では、経営コンサルタントを雇うときに、ターゲットとなるのは、どのような種類の問題なのか。それは、わたしが「パフォーマンス問題」とよぶ種類の問題である。つまり、具体的・個別的な製品や案件でのトラブルというよりも、なんだか全体として、会社の売上がふるわないとか、利益率が下がっているだとか、離職率が増えて品質が落ちているとかいった、組織の主要な業務に関する、マクロなパフォーマンスの問題なのだ。

こうした問題の解決のために、外部の経営コンサルタントを呼ぼう、とすると、しばしば社内から反対の声が上がる。問題解決は、ホワイトカラーの本来業務である、という信念が、たぶん、そこにはある。外部からプロの問題解決屋をよぶというのは、つまり、自分の「頭が悪い」と言われているのと、同様なのだ。

会社の主要な業務に、問題はあってはならない。売上や利益率やリードタイムといった、組織のパフォーマンスを示すKPIは、達成できるべく設定している。そしてホワイトカラーの仕事は、問題解決である。以上3点が、黄金則である。それでも、もし問題が生じるなら、それはもう、担当者の個人的無能の証明に他ならない。ゆえに、職場へのコンサル導入は、管理職に対し「無能」の烙印を意味する。

おまけに、コンサルなどは役に立たない。彼らは決して、解決策を持ってこない。持ってくるはずがない。なぜなら、自分の業務は特殊だからだ——これがまあ、決め手となる反対理由だ。

どこが特殊か? たとえば、わたしの勤務先なら、LNGプラントのような超低温・高圧の特殊な製品を扱っているし、そもそも専業エンジニアリング会社などという業態自体が日本には数少ないし、仕事の8割以上は海外だし、と、いくらでも特殊性の理由は続く。

でも、ここがホワイトカラーの智恵の見せ所らしく、どんな会社に行っても、そこの仕事が「特殊だ」「特別だ」、「他社とは違う」という理由説明が可能なのだ。読者諸賢も、ためしに自分の会社が特殊である点を、列挙してみられるといいと思う。自分の会社が平凡で普通だ、という説明よりも、ずっとたやすく、かつ心にもストンと落ちるはずだ。

かくて世の中は、個別で特殊な会社ばかりである。では、経営コンサルタントの人たちは、どうやって、そんなところで仕事をしているのか。そもそも、経営コンサルタントという業種が成り立った理由は何なのか?

(この項つづく)


<関連エントリ>
 →「特別な我が社」 https://brevis.exblog.jp/2641571/ (2001-02-03)


by Tomoichi_Sato | 2018-08-27 23:48 | ビジネス | Comments(0)
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