生産システム、そのパラダイム・シフト

「工場づくりが仕事です」と、よく自分のことを説明してきた。ときどき、「おたくの会社はプラント屋じゃないの?」といわれることもある。だが、英語でたとえばCar plantとは自動車工場であり、Plant Managerは工場長を指す。だから「プラント」と「工場」を区別するのは、日本独特の習慣だとも言える。

ところで、「工場」とは、そもそも何を指す言葉か? じつは、ここにいささかややこしい事情が生じる。というのも、工場とは、以下のような複数の意味合いで使われるからである:
・建物を指す場合(「工場建設」のように)
・組織を指す場合(会社組織図で、AA事業部の下に「aa工場」がある)
・機能を指す場合(「ウチの工場は納期が長くって」・・)
こうした問題があるため、工場を論じると、しばしば誤解や行き違いが生じる。まことに面倒である。

かりに、ここで工場を「生産機能」として括ったとしても、それでは、工場に製品設計の機能は含むのか、購買機能や物流出荷機能はは含むのか、という疑問が生じる。いや、工場と呼ぶからには、純粋に製造機能だけを指すべきだ、というご意見もあろう。しかし、「純粋な製造機能」だけを、はたして括り出せるのか。たとえば、部品保管や、配膳や、電気・水・ガス供給は、製造ではないのか? 等々。

そこで、わたし自身は、機能的な仕組みを表すとき、あえて「工場」ではなく、『生産システム』という言葉を使うことにしている。

(本サイトの読者には毎度の注釈で、くどいけど、「システム」とは『仕組み』を指す言葉である。コンピュータ・システムだけのことを指しているのではない)

では、生産システムとはどのようなものか。実際の工場には、機械加工もあれば組立もあれば化学も金属精錬も食品もある。すべて個性があり、ばらばらだ。それら全てに共通する「仕組み」なんて、あるのだろうか?

もちろん、ある。そうでなければ、たとえばドイツは「インダストリー4.0」なんてことを考えなかっただろう。ものごとの個別性・共通性は、相対的なものだ。林檎とオレンジは、まったく別物だともいえるが、木になる果実で、丸くて手にのるサイズだ、というレベルでは共通だとも言える。わたし達の文化はなぜか個別性にこだわりたがるが、西洋文化はわりと抽象化思考を好む。

そこで、「生産システム」についても、かなり抽象化したレベルでの、共通モデルを示すことは可能だ。システムの機能を説明するときは、インプット・プロセス・アウトプット(頭文字をとってIPOモデルと略称することもある)を理解することが鍵である。それが図だ。この図は2年前にも説明したが、あえて再掲しておく。
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生産システムのアウトプットは、製品(の形で具現化された付加価値)である。これに対し、主要なインプットは、需要情報である。需要情報とは、確定した受注かもしれないし、予測された需要の場合もあろう。そして、原料資材と、副資材・ユーティリティが、脇からのサイド・インプットとなる。

設計情報について言うならば、受注設計生産の場合は、生産システムの中で設計が行われる(設計機能がシステムに含まれる)。それ以外の生産形態(繰返受注生産や見込生産など)では、設計はすでに終わっていて、外部からインプットとして与えられることになる。設計部門はたぶん、本社に座っているのだろう。いや、工場の建物にいるのかもしれないが、そこは生産システムとは別のライフサイクルで動いている機能だ。

生産システムの主要な構成要素(構造)をあげると、以下のようになる:
・働く人
・機械設備(ツール・金型・治具等を含む)
・空間と、それを支える建築(用役供給を含む)
・情報系(伝票とコンピュータ・システム類)

この中を、モノが流れていくわけだ。いわゆる生産の「4Mといわれるもの(Man=人、Machine=機械、Material=モノ、Method=方法)のうち、加工対象のモノ(マテリアル)は機能の対象であり、仕組みそれ自身には含めない。

そして、生産システムには動的特性に応じた制御が付随する。「制御」といっても、このレベルでは、通常「生産管理」と呼ばれる機能を指す。すなわち、計画系(指示)と実績(報告)系の、両方からなるコントロールである。計画・指示のない生産管理はないし(それは管理ではなく「なりゆき」と呼ばれる)、実績・報告のない企業では、お金をきちんと勘定できない。

指示と報告の対象としては、
(1) 数量・納期の指示と結果(進捗)報告
(2) 仕様の指示と、性状(品質)の報告
があげられる。もちろん、「かんばん」のような同期化の仕組みも、制御の一種である。そして、異常の発見と処理も、制御の一部だ。

生産システムは、その要素に人間を含む第二種のシステム(法政大学西岡教授の用語)だから、制御に隣接した項目として、ルールや評価尺度も含むことになる。また、生産システムをとりまく環境・制約条件なども、考慮する必要がある。

こうした、いわば最上位レベルの機能・構造・制御は、業種や品種によらず、ほぼ共通である。ただ、実際の工場づくりに進むためには、業種業態に応じて、この下のレベルに設計(システム・デザイン)が入ることになる。

ところで、2年前の記事「生産システムとは、どういう仕組みだろうか」 https://brevis.exblog.jp/24388827/ でも書いたことだが、四半世紀前の時代は、生産というもののとらえ方は一般に、もっと単純だった。それは、「原料・部品」を主インプットとし、「用役・副資材」がサイド・インプットで、アウトプットは「製品」だった。この絵には、どこにも需要情報が登場しない。かりに描くとしても、サイド・インプットの扱いだろう。
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なぜか。それは、作れば売れたから、である。これが戦後復興期から昭和の高度成長期を経て、平成初期まで長く続いてきた、従来の考え方だった。基本的に、社会の側に、需要はある。良いものを作れば、必ず、売れる。そうした無意識の仮説が、ずっと世の中を支配してきた。

先日も、自動車業界のある大手企業に招かれて講演をした折に、上記の図をお見せしたところ、生産システムの主要なインプットが「需要情報」であるのはなぜか、との質問をいただいた。昔は、原料・部品が生産における重要な制約であったが、今は需要情報の方が大事になったので、主客逆転が起きたのだ、とお答えした。たとえ手元に十分な原料部品があり、品質について満足できる状態であっても、需要がないところで製品を作ることは、現代では無意味なのだ。

ところが、多くの日本企業では、この思考方法の転換(パラダイム・シフト)がうまくいっていない。

プル型の生産方式、という言葉は、世の中に普及するようになった。Pull型とは、すなわち、需要情報を主要なインプットとして、工場を動かす方式を言う訳だ。だから、実質的には同じ事をいっている。では、工場のマネジメントの人に、絵を描いてもらったら、上記のような絵になるだろうか? 相変わらず、原料・部品が製品に変わる絵を描くのではないか?

もう10年以上、いや15年以上も前から書いてきていることだが、「大量見込生産の仕組みを残しながら、多品種短納期の受注生産に対応しようとしてる」ことが、日本の製造業を難しくしている根本問題である。時代の変化についていくためには、生産システムの抜本的な再考・再設計が必要なのである。

そこを、多くの会社では怠ってきた。そういう問題意識で、物事を見てこなかった。

では、システムとは、どう設計すべきものなのか。それを考えるためには、システムとは、どういった性質を持つものかを理解しなければならない。

システムを考える際、まず理解すべきことは、「ミクロを積み上げてもマクロにはならない」という原理だ。全体は部分の総和ではない、と言いかえてもよい。

これはすなわち、「ベストなプレイヤーを9人集めればベストな野球チームになる」とは限らないことを示している。あるいは、「総員その持ち場で最善を尽くせ」、という類いの方針が、全体の最良のパフォーマンスを生む保証はないのだ。

むしろ余計な、ムダに見える部分を置くことで、かえって全体がよくなることがある。これを意図して行うのが、システム設計のポイントである。そもそも、限られたリソース(経営資源)を、どこに傾斜配分するかがマネジメントの鍵だ。経営資源には限りがある。

上から順にベストなメンバー9人をチームに揃えられないとき、じゃあ、どこを強くしてどこは抜くかを考えるのが、野球の監督の仕事だ。同じように、どこを手厚くし、どこは緩くしておくかを、生産システムでは考えなければならない。

そしてシステムでは、効率性(生産性)と柔軟性(追随性)は、しばしば相反する。列車の目的は移動することで、速く走れて多くの乗客を乗せられる新幹線はある意味、最高の効率をもつ。だが、その線路は簡単に引いたり変えたりすることはできない。車にたとえるならば、最高速で走れるレーシングカーは、しかし、狭い町中を小回りするには向いていないのだ。そこにはトレードオフが存在する。同じように、低コストと短納期だって、簡単には両立しない。だから、何を重視し、何を犠牲にするかについて、設計思想がいるのだ。

したがって、工場を構想する人は、システムの設計原理を知るべきである。工場づくりは、すぐれてシステムズ・エンジニアリングの問題なのである。こういう思考方法をすっ飛ばしたまま、自動車業界で有名な「なんとか生産システム」の、道具立てだけ導入しようとしても、ふつう役には立たない。無理にそんな事をトライしても、結局「コンサル疲れ」した現場が残るだけだ。

そして、わたしがここに書いたようなことは、本当は、経営レベルが理解すべき事である。

だが、世の現実を見ると、工場を監督する立場にある人は、本社の営業出身か設計出身の事業部長だったりして、「工場が生産システムである」ことを知らないことが多い。だからせめて、現場を預かる中堅技術者は、知っていなければならないと思うのである。営業云々と書いたが、これは文系・理系の問題ではなく、そういう視点を持ち得るかの問題である。

だからわたしは、工場よりも本社の多い東京・新宿で、あえて生産計画系のセミナー を引き受けているのである。「生産システムとは何か」を、ここに書いたよりは1段階詳しいレベルで、理解してもらうためだ。セミナー講師が生業ではないから、せいぜい年に1回か2回程度だが、演習を交え、多少自分の手を動かして、身につけられるようなコースにしている。こうした視点でモノを考えてみたいという方のご来聴をお待ちしている。

この1〜2年、IoTブームがきっかけとなって「スマート工場」が脚光を浴びている。さらに人手不足が深刻化したせいで、生産自動化のための投資も、久しぶりに承認を得やすい状態になってきている。そうした仕組みを考えるためにも、ぜひ「生産システムズ・エンジニアリング」の分野への関心が高まってほしいと願う次第である。


<関連エントリ>
 →「生産システムとは、どういう仕組みだろうか」 https://brevis.exblog.jp/24388827/ (2016-05-17)
 →「特別な我が社」 https://brevis.exblog.jp/2641571/ (2001-02-03)


by Tomoichi_Sato | 2018-04-28 14:56 | サプライチェーン | Comments(0)
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