書評:「自由人物理」 西村肇・著


自由人物理―波動論 量子力学 原論」西村肇・著(Amazon.com)


1927年10月。数年に一度開かれる国際的な科学者の会合であるソルヴェイ会議に、錚錚たる物理学者たちが集まっていた。ニールス・ボーア、アインシュタイン、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、パウリ、ド・ブロイ、ディラック・・。会議のテーマは原子内における電子と光について。だが、議論の内実は、量子力学の主流派であったボーア、ハイゼンベルク、ボルンらの「コペンハーゲン解釈」の主張と、それに反対するアインシュタイン、シュレーディンガーらの批判だった。

ハイゼンベルクらが行列力学と不確定性関係を提唱したのも、シュレーディンガーが波動力学を提案したのも、その会議のほんの1〜2年前のことで、原子内部の物理像については百家争鳴の状態だった。しかし、数日間の猛烈な論争は、主流派の勝利に終わった。そしてこの時以来、「粒子と波動の相補性」「不確定性原理」「波動関数の確率解釈」を中心とした物理現象の説明が、アカデミアと教科書を支配するようになる。

しかし、コペンハーゲン解釈を柱とした説明は、物理モデルとして奇妙な(直感的に理解できない)問題をいろいろと残した。それは、たとえば電子線の2スリット干渉問題であり、内部構造を持たないはずの電子の「スピン」(自転)だったりした。後に、シュレーディンガーは確率解釈を皮肉って、有名な「シュレーディンガーの猫」という思考実験を披露した。

主流派の武器はハイゼンベルクの行列力学だった。対する波動力学も、数学的には等価であると証明されたのだが、シュレーディンガー側の不備もあって、論争には負けた。ただ、ここには奇妙な現実がある:じっさいには誰も、行列力学なんか計算に使わないのだ。とくに、量子化学の分野では。

物理学は科学の帝王である、純粋科学である、という自負を、物理学者たちは内心抱いている。物理学では、すべては原理から演繹的に・連続的に導出されるよう構成されている。知識の暗記など、本来は不要である。たとえば化学はディスクリートな学問で、沢山の知識を要求する。物理はそうではない。だから物理学者は単純な基礎現象に集中したがる。素粒子を多数組み合わせた原子や分子の挙動など、「あとは化学の問題に過ぎない」と彼らは言った。

ところで、個人的なことになるが、わたしは大学入試で、物理と化学を理科の選択科目とした。そして物理は最後の1問を除き満点だったと思っているが、化学はほぼ白紙回答で提出した。それほど化学嫌いで、物理が好きだったはずなのに、大学に入ってしばらくすると、いつのまにか物理学への興味も情熱も失ってしまった。点数は赤点スレスレ。いったい、どこで道に迷ってしまったのか?

大学の物理の授業は、沢山の数学(数式)はあるが、背後の思想の説明がない。今にして思うと、それが原因だったような気がする。いったい何を目指し、どうしたいから、そんな数学的手法をつくるのか。その目的意識が分からぬまま、いわば行き先不明のまま、先人の後をついて山登りをするような気がした。当時はそんな風に言語化できず、ただ自分は理系の劣等生なのだと感じていたのだが。

たとえば、大学初年でラグランジュの解析力学を習う。ニュートン力学の微分方程式問題が、最大最小問題(変分問題)と等価であることを習い、また一般化された座標系の使い勝手を知る。だが、なぜそんな面倒な定式化を考えるのか、なぜラグランジュアンが運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差なのか、納得がいかないまま、授業はどんどん先に進んでしまう。わたしが知りたかったのは、研究の「いかに How」だけではなく、「なぜ Why」だったのかもしれない。

研究者とは、思想を持つ存在である。優れた研究者とは、学問における戦略性と体系化にたけている人だ。アインシュタインとか、数学のグロタンディークを思えば良い。まだ未解決の中核問題をみつけ、巧みなアプローチで攻める。また優れた学者は、概念の体系、ゴシック建築のような美しい構造物を作り上げる。それが本来の姿だろう。

しかし、現代の科学者は基本的に大学人であり、アカデミアの中で生きて競争している。その結果、支配的なパラダイムに適応する必要がある。また論文になりやすい研究をする。研究費を稼ぐ必要があるからだ。とくに、現代物理学は巨大な実験装置を必要とする学問である。研究費も組織も役職も大切である。そして、ここに一種の「淘汰圧」が働く。主流のパラダイムに適応して生き残るための、淘汰圧だ。つまり、職業人の物理学となりがちなのだ。

自由人物理』とは、独立研究者による物理学である。ただひたすら、真理の探究と理解を目的とする、物理愛好者の学問だ。どこからも研究費も報奨も出ない。発見自体が面白い、という事だけが唯一の報奨である。巨大実験を排して、思念(と数式)だけでどこまで到達できるか、が問われる。

その到達点を示すのが、本書「自由人物理 〜波動論 量子力学 原論」である。

著者の西村肇氏は、物理学者ではない(少なくとも社会的には)。氏は東大工学部の名誉教授だが、機械工学出身で、東大宇宙研で工学博士の学位をとった。そして化学工学科(現・化学システム工学科)で終生勤め上げ、とくに学会ではプロセスシステム工学のパイオニアとして著名だ。

しかし、アカデミアの分類でいえば、物理学には「素人」である。ついでながら、この人の大学での最後の10年間はバイオテクノロジー研究だったが、生物学にも素人だ。Natureに論文まで載ったが、農学部からは「生物の素人がなぜ学生に教えているのか」と抗議が来たという。

そして、定年退官後はまったくの自由人として、2001年に「水俣病の科学 増補版」を研究・執筆し、毎日出版文化賞を受賞する。

水俣病研究の最後の鍵は、工場の反応器内でのメチル水銀の生成過程だった。それまで、有毒なメチル水銀は、水俣湾の環境中で生成するという推測が多数派だったが、著者はそれをくつがした。厳密な量子化学の問題として、新しい発想で解決し、共同実験で確認した。それは「水俣病の科学」の最後の部分に書かれている。ただ、その探究の中で、著者の頭には、分子軌道(Molecular Orbitals)論とは何なのか? 電子の存在確率、そして排他律を支配する量子数=スピンとは何か? という根本的な疑問がわいてきたらしい。

著者の学風の特徴は、大胆なモデル化を用いた、複雑な系の解明と予測にある。元々、化学工学Chamical Engineering自体が、モデル化を多用する学問である。そこに、技術物理(機械工学)の発想を持ち込む点が著者のユニークな点だ(ちなみに、本書で初めて知ったのだが、旧ソ連では、物理と技術は地続きであって、純粋物理が学問として偉い、という思考は薄いらしい。著者は英語の他にロシア語も堪能だから、若い頃そちらからも影響を受けたのかもしれない)。

モデル化を武器とする学風を持つ著者が、物理学の発展という、長く複雑な対象系を分析し、「量子力学の混迷」と著者が呼ぶ中核問題に挑んだのが本書である。すなわち、非常にユニークな物理学史の記述、再構成になっている。その際に用いるのが、物理学者の思想・学風を「数学派」「物理派」に二分する大胆なモデルである。

著者によれば、数学派の代表格は、古典力学ならばニュートン、量子力学ではハイゼンベルクやフォン・ノイマン、となる。日本ならば朝永振一郎だろうか。他方、物理派の代表格は、古典力学のラグランジュ、マックスウェル、また量子力学ではシュレーディンガー、ド・ブロイ、ディラック、であるという。日本ならば武谷三男、もっと後ならば南部陽一郎だ。

そして1927年のソルヴェイ会議は、数学派と物理派の格闘であり、数学派が勝利して主流の地位を得た、というドラマであった、と解釈される。なお、ここでいう数学派・物理派とは、数学が得意だとか実験物理が得意といった、研究者の資質による分類ではない。そうではなく、この世界を数学的秩序で記述することを求めるか、それとも物理像(物理モデル)を重視するか、という基本的な思想の違いだと、著者は言う。

話は、古典力学からはじまる。

ニュートンの「プリンキピア」は、ギリシャ幾何学にならった、宇宙の公理論的な記述方法であった。しかし同時に、ニュートンという人の底意地の悪さについても、かなり詳しく書かれている。

ちなみに、著者は可能な限り原著・原典にあたり確認する姿勢を怠らない。そこはさすが学者であって、安易な孫引きに頼った、素人の印象批評ではない。ここには書斎で安楽椅子に座りながら、資料だけで事件の全容を解明していく探偵小説のような面白さがある。

ニュートンの力学から、ラグランジュの方程式(最小作用の原理)、そしてハミルトンの正準方程式というのが、大学授業での普通の説明コースである。これは、単なる数学的発展のように見える。しかし、その背後には思想的なドラマがあったことが、本書を読んではじめて理解できた。ラグランジュが、先人モペルテュイの提案した最小作用量の原理を、変分問題に発展させたのは、「質点系(剛体)の問題を、静力学と動力学を統合した形で記述したい」、という目的意識があったからだ。

それだけではない。ラグランジュが活躍したフリードリヒ大王の宮廷が、当時の啓蒙時代(著者によれば「理性革命」時代)のヨーロッパ大陸の思想界にあって、どのような地位を占めていたのか。イギリス経験論哲学からフランス革命につながる縦糸の、どの結節点に位置していたのかを、著者は大きな見取り図の中で示してくれる。数学・物理学・哲学・社会思想は、すべて一つの大きな知的活動の部分的様相にすぎないし、当時の学者はそういう意識の中で生きていた。こうした記述論的な部分こそ、本書の真骨頂であろう。
(ちなみに数式の説明もあるが、どこもごく簡略になっていて、わたし程度ではとても追い切れなかった)

古典力学は、ラグランジュによる作用量関数の定式化を経て、ハミルトン=ヤコビの方程式へと続く。ここでのポイントは、力学と光学の並行関係である。光の進む道は、最短時間の経路をたどるという「フェルマーの原理」が、光学の基礎にある。ハミルトン=ヤコビの方程式と、電磁気学のマックスウェル方程式が、量子力学への架け橋になる。

ここから本書は第2部・量子力学に入る。そして、まず「量子」概念の発見者は、プランクなのかアインシュタインなのか、という問題が提起される。実はこの論争をしかけたのはアインシュタインなのだが、彼が自分で矛を収めたため、現代ではあまり知られていない。この論争は、量子化される物理量の原像はエネルギーか、作用量か、という事を問うている。

プランクの発想のきっかけとなったのは、黒体輻射問題だった。著者はこの問題を、マクスウェルの電磁波理論・ハミルトンの正準変換・調和振動子の統計力学を援用して丁寧に分解し、作用量の離散性こそが本質であると論証する。「作用量子論は運動法則に素量を認める立場です。(中略)量子を実体の性質とみるか、運動法則と見るかで、結論は大きく変わってくる筈です」(p.151)−−これが、第2部を通した大きな布石となる。

第2部では、著者はハイゼンベルクの交換関係(pq - qp = h/πi)の発見と、ボルン、ジョルダンによる「行列力学」化についても、同じような再構成を試みている。つまり、研究者の目的意識からみた、発見の手順である。位置pと運動量qの積が可換ではない、ということは、量子力学の世界での物理量は、演算子(操作)であることを示す。これはわたしにとって、ずいぶん新鮮な学びだった。

ただ、「数学派」のハイゼンベルクらは、数学的な無矛盾性さえ達成できれば、原子内部の物理的描像については無頓着だった。「粒子でありかつ波である」とか「内部構造のない電子が自転する」といった説明が、人間の直感に反していても、「そういうものだ」で済ませてしまうのだ。

これに対し、貴族で素人物理学者だったド・ブロイの発想は違っていた。彼は、フェルマーの原理にしたがって、粒子の運動を先導する物質波というものを構想する。ある変換によって、電子の運動に対するフェルマーの原理が、モーペルテュイの最小作用量原理とまったく一致することに気づいたのだ。彼の構想を、シュレーディンガーは波動方程式へと発展させる。さらにそれを相対論化した、ディラックの波動方程式へと続く流れである。

「物理派」のアインシュタイン、ド・ブロイ、シュレーディンガー、ディラックに共通する思想とは、波動による物理像(モデル)である。それはコペンハーゲン解釈への批判でもあった。

著者はさらに、パウリの「スピン」論とディラックのスピン解釈へと、考察を進める。ここから、いよいよ分子軌道論の話になる。そして、物理学者達が「化学の問題に過ぎない」といった分子構造論について、ハイトラー・ロンドンの共有結合(波動関数の交換積分)、化学結合におけるウッドワード・ホフマン則を経て、著者による“化学と物理を結ぶ”分子軌道に関する新モデル(「分子内ド・ブロイ・モデル」)になる。ここでは、電子の「スピン」の著者流の再解釈が披露される。

「物理派」と「数学派」の対立軸で、量子力学台頭期の論争を読み解く視点は非常に面白い。ただ、「物理派」と「数学派」の対立軸を、著者は「無神論(Atheist)」と「キリスト教」の区分で捉えている。その面もあるかもしれないが、この対立はもっと深い(古い)問題に根ざしているのではないかと、わたしは思う。それは、「宇宙は単純で美しい数学的秩序から生成しているべきだ」という信念をもつかどうかの違いである。

たとえば、つい先日、物故した物理学者ホーキングを例にとってみよう。彼は先輩筋に当たるロジャー・ペンローズの著書「心は量子で語れるか」に反論を寄せて、こういう。

「私(ホーキング)は恥知らずな還元主義者であると、まず最初に言っておきます。(中略)基本的にペンローズはプラトン主義者で、唯一の観念の世界が存在すると信じている。一方、私は実証主義者で、物理理論は私たちが構築する数学モデルにすぎないと思っている。」

数学派のペンローズは、彼のツイスターという純粋に数学的着想を中心に、量子重力論という宇宙像を描き出そうと努力している。その彼を、ペンローズは「プラトン主義者」と呼ぶ。プラトン主義とは、イデアの世界の実在、ここではシンプルで美しい数学的原理から宇宙は生じた、と信じる思想だ。

ただし、このような思想は、歴史上プラトンが創始者という訳ではない。バートランド・ラッセル「西洋哲学史」によると、実はもっと古く、紀元前6世紀に活躍したピタゴラスにさかのぼる。

「ピタゴラスと共にはじまった数学と神学との結合は、ギリシャ、中世、そしてカントに至る近代における宗教哲学を特色づけた。プラトン、トマス・アクィナス、デカルト、スピノザおよびカントにおいては、宗教と理性との、無限なるものへの倫理的渇望と論理的賛美との、内密な結合があって、これはピタゴラスに発している。
プラトン主義と見えているものは、本質的にはピタゴラス主義である。感覚にではなく知性に対して啓示された永遠の世界という全概念は、彼に由来している。」(林達夫・訳より)

このような「数学と宇宙観との結合」は、ギリシャから欧州に流れ込み、西洋的な思想の一つのルーツ、あるいは特徴となっている。キリスト教は中東の片隅で誕生した宗教だが、ヨーロッパで大きく育ったため、こうした感覚を色濃く受け継いでいる。著者はハイゼンベルクを例にひいて、「数学派は必ずしも数学能力が高い人ばかりではない」といっているが、そもそも数学派とは「宇宙の基礎にはシンプルで美しい数学的原理があるはずだ」と信じる人たちなのだろう。一方、物理派とは、「数学モデルは物理現象の近似モデルに過ぎない」と考える人たちである。

あるいはW・パウリを考えてみてもいい。ユダヤ系キリスト教徒の家に生まれ、幼児洗礼ではエルンスト・マッハが名付け親になった。だが大人になり、最初の結婚に失敗した頃から、キリスト教会を離れ、「半分ユダヤ人」と自称する。ただ、彼は数秘術みたいなものに関心を持ち続け、微細構造定数が素数137の逆数である理由を、生涯探求した。そういう点で、彼はキリスト教徒ではないけれども、数学派だった。

数学的秩序が宇宙の基礎にあるはず、という感覚は、われわれ東アジアの文化圏には乏しいものだ。日本にも数学的能力の高い物理学者はいるが、彼らを単純に数学派といいきれないないのはそのためだろう。たとえば日本生まれで後に米国に帰化した南部陽一郎は、一般書「クォーク」第2版18章で、こんな風に書く。

「神が宇宙の設計をしたとき、重力、電磁力、強い力などの構成について公式に従って正確に図面をひいた。しかし弱い力に来たとき計算ちがいをしたのか、物指しを読みちがえたのか、図面のところどころにくいちがいが生じてしまった。直線は垂直に交わらず、四辺形はうまく閉じない。そして弱い力の骨組みが他の力の枠に対して少し傾いている。けれども遠くから見たのではあまり目立たないので、神はそれをそのまま使って宇宙を建ててしまった。」(p.222)

しかし南部は、宇宙がかくも不整合で美しくないからといって、当惑している様子もない。同じ著書の別の箇所で、南部は「超弦理論」を批評して、

「超弦理論だけですべてが解決するかどうかは、少なくとも私には大いに疑問である。自然はわれわれの想像以上に複雑豊富なものであると思うからだ。」(p.309)

とも述べている。ハドロンの弦モデルはもともと南部が考案したものだが、現代の超弦理論はある意味で、数学派の権化のようなところがある。南部は明らかに、そのような思考には組みしていない。

そのような訳で、著者が指摘するように、日本の物理学は式と計算に熱中する割に、あまり根っからの数学派は多くないように思われる。まあ、西洋人のいうことを信奉しやすい日本人は多いので、数学派風のパラダイムで仕事をすることに、さして疑いを持たないのだろうか。批判すべきとしたら、むしろこの点だと思う。

数学を単なるモデル化や近似の手段であるとする態度は、数学を宇宙の構造の中心におく信念とは、正反対のものだ。前者は現象から帰納的に物理法則や原理を発見しようとし、後者は原理から演繹的に物理現象を予測する。健全な科学にとって、この二つのアプローチは車の両輪だ。しかし論争となると、帰納派は演繹派よりも分がわるい。帰納は完全にロジカルではないからだ。単純で説明力の高いモデルを構築するのは、一種のアートでもある。

著者が本書で描いた二つの対立軸、
 <数学派 = コペンハーゲン解釈学派 = キリスト教> と
 <物理派 = 波動関数学派 = Atheist>
も、一種のモデルだ。こういうモデルを用いると、混迷を理解し整理しやすい。わたしはキリスト教かどうかよりも、ピタゴラス主義かどうかというパラメータを使う方が便利だと考えるが、どちらを採用しても、いろいろな例外は生じよう。しかし、例外があっても、モデルは有用なのだ。我々の理解と予測を助けるからだ。"Models are all wrong, but they are useful."という格言があるように。

わたしが西村研究室に入ったしたのは1980年。修士1年のときだった。そして、考えてみると、モデル化を重んじつつも、それに酔わない態度は、西村さんの学風に影響されて、わたし自身、身につけたものだと思える。だから、こうした態度を教えてくれたこと自体が、わたしにとって一番の財産ではないかと思う。

別にわたしが弟子だったから、本書をほめている訳ではない。本書は高度に論争的だが(そして論争的なのも西村さんの学風なのだ)、理路整然としていて内容的に非常に面白いのだ。そして、本書の一番の長所は、読むと「もっと物理を勉強したくなる」ところだろう。

ただ、本書は仙台の出版社から上梓されているが、事実上の自主出版であり、プロによる編集が足りない点が、いささか残念ではある。やはり、編集者はだてに編集をしている訳ではないのだ。

本書の最後の章は、著者自身の半生を(あるいは戦闘歴を)一瀉千里に振り返っている。東大紛争をきっかけに、化学プロセスのシステム工学から、社会システムの問題(公害)の研究に踏み出すのだが、その結果、東大を追い出される寸前までいく。しかし、著者は別に、社会運動家でも左翼思想家でもない。ただ単に、権威や権力に依存した人間の、非合理性を憎むだけだ。つねに、物理(モノのコトワリ)にこだわる人なのだ。

だからこそ、「自由人物理」なのである。


by Tomoichi_Sato | 2018-04-23 22:14 | 書評 | Comments(0)
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