工場見学が趣味である。いや、趣味というのは言い過ぎかも知れないが、とても好きなことは確かだ。昨年から思うところあって、いわゆる組立加工系の工場について、機会があれば業種を問わず見学して歩いている。国内外あわせてすでに1ダースを越えたから、平均すると一月に1ヶ所は訪問している勘定だ。むろん、工場の改善指導をしているプロのコンサルタント諸氏には及びもつかないが、まあそれなりに見ている方ではないか。 工場見学に行ったら、何を見るべきかについては、すでに記事も書いた(「超入門:上手な工場見学の見方・歩き方」 https://brevis.exblog.jp/21898734/ 2014-04-16)。とくに製造現場を歩いているときは、できるかぎり、現品票を見ることにしている。 現品票とは何か。それは、工場の中を行き来している部品・材料などの現品に添付されて回っている紙の帳票のことである。なお、機械加工系では、加工対象の物品のことを「ワーク」Workとも呼ぶ。英語のworkは仕事・作業の意味が強いが、仕掛品のことをWork in Process(略称WIP)と呼んだりもする。そこで以後、この記事の中では、現品とか物品という代わりに、ワークということにする。現品票とは、工場内でワークに添付されている紙の帳票のことである。 ワークはそれぞれが個別だから、現品票もそれに1対1でついている必要がある。ただしワークが小さな部品である場合や、ロット単位でずっと流れていく場合は、複数個のワークに1現品票のこともある。ただ、その際は、複数個のワークが、通い箱や台車などに入っていて、物理的にワンセットで動かなければならない。そうしないと、ワークと現品票の対応関係が崩れてしまうからだ。 現品票とは、ワークについて「これは何か」を示す名札のようなものだ。小学校の新入生につける名札と思えばいい。高井戸小学校・1年4組・佐藤知一、という風に(たしか1年のときは4組だったと思う・・違っているかも知れないが)。現品票には、少なくともそのワークの品目コード・品名が表示される。 そして、通常は、そのワークが使用される『製造オーダー』の番号と付帯情報も示される。もっとも、日本では生産関係の用語に統一がないため、企業によっては製造オーダーではなく「製番」「製造指図番号」と呼んだりする。付帯情報とは、製造作業の納期、必要数量、製作図面の番号、どの最終製品に使われるか、どの工程(作業区)で使用されるか、等々だ。ちなみに、トヨタ生産方式で使われる「かんばん」も現品票の一種である。 工場内には多種多様なワークが流れている。それに対して、一対一で現品票を発行し添付するのは、手間とコストがかかる。ただ、それをやらないと、目の前のモノが何なのか、本来どこに置くべきか、いつまでに使用されるのか、等々が、「良く知っている担当者」以外の人には分からなくなってしまう。だから、すべてのワークに現品票がついているかを見ると、その工場のマネジメント・レベルがすぐ判断できる。 そして、現品票にバーコードがついているかどうかも、大事なポイントだ。 現品票には、人間に必要な情報は印字してある。では、バーコードは何に使うのか? 答えは、POPに使うのだ。 POPとはPoint of Production、すなわち「生産時点情報管理」の略称だ。ふつうは、それを支えるITシステムのことを指す。流通業界、たとえばコンビニでは、お客が買い物をすると、レジで商品のバーコードをスキャンして、品目・数量を確認し、金額を計算する。この時点で、購入情報はレジを通して吸い上げられる。この仕組みをPOS(Point of Sales)=「販売時点情報管理」という。そしてバーコードリーダと通信機能のついているレジを、「POSレジ」と呼ぶ。 POSシステムが表れる前は、商店は、一日が終わって棚の残量をチェックするまで、販売数量を知る方法がなかった。その時点で翌日の仕入れ数量を決めるのでは、遅すぎる。だからPOSという概念が現れた。 同じように、従来多くの工場では、一日が終わって作業者が「製造日報」を記入するまでは、何がどれだけできたのか、把握する方法がなかった。これでは、短納期化した注文に追いつくことが難しい。そこで、流通業界を真似る形で、POPシステムを導入する工場が現れるようになったのだ。 POPシステムでは、現場の作業者が新しいワークに対する作業に着手するとき、現品票のバーコードをスキャンする。また、作業が完了したときも同様に、スキャンする。これによって、作業区単位(ないし機械単位)に、どのワークを、いつ着手/完了したかを、システムがリアルタイムに把握する。 POPの目的は、大きく三つある。一つめは、個別オーダーの進捗把握である。受注生産では通常、個別の注文(オーダー)ごとに、納期と数量が決まっている。生産管理担当者は、製品単位の「生産オーダー」を、部品展開(工程展開)して、各部品ごとの「製造オーダー」に展開する。この時点で、各工程ごとの数量と期限が決まる。そして、これを製造現場に指図として送る(これを「差し立て」ないし「ディスパッチング」とよぶ)。と同時に、それぞれの部品に対して「現品票」を発行し、現品に添付させるのである。 したがってPOPシステムを利用して、予定した製造作業の期限に対し、きちんと完了の信号があがってきているかをチェックすれば、進捗状況が把握でき、遅れがある場合は検知できる。現品がどの作業区にあるかについて、ラフな所在管理もできる。 二番目の目的は、作業時間の計測である。着手・完了時刻を取得している訳だから、作業時間を計算するのはたやすいし、従来の日報に比べて、正確だ。作業時間が分かると、賃率をかけることで、個別オーダーのコストの集計・管理ができるようになる。すると、オーダー単位の利益が計算できるし、また次の見積にも基礎データとして役に立つ。 三番目の目的は、生産性の把握だ。こちらも作業時間の計測が基礎になるが、さらに機械単位ないし作業者単位に、どれだけの生産数量ができたかを集計し、生産性を比べることができる。もしも標準工数が決まっているのならば、作業区別の負荷と余力も推算することができる、という訳だ。 POPシステムの概念は決して新しいものではない。図は、わたしが1992年に、中小企業診断士の受験参考書のために描いた、手書きの図(笑)である。日刊工業新聞社「工程管理ハンドブック」を参考に作図した。今から26年も前の話なので、「ホスト・コンピュータ」などと書いてある。今ならPCサーバとかエッジサーバと書くところだろう。 ちなみに、POPに隣接する概念として、SOPおよびデジタル屋台の支援システムがある。SOP(Standard Operating Procedure=標準作業指示書)とは、適正な作業を行い品質を保つ目的で定める、作業の詳細な手順指示である。これは医薬品製造や食品製造などの分野で広く用いられる。これを電子化し、現場の作業者に端末経由で示し、それにしたがって確認記録を入力することで、製造作業をガイダンスする仕組みを、この分野ではよく用いている。とくに医薬品はGMP(Good Manufacturing Practice)の法的要請があり、適正な作業記録が義務づけられるからだ。 デジタル屋台とは、組立工程における一種のセル生産の仕組みである。ちょうど屋台のように、作業台を一人1台ずつ与え、台の周囲に部品供給用の引き出しやラックを置く。そして、作業台にはモニターを設置して、作業者に対して組立作業をワンステップずつ、3D的に図解して示すのである。とくに組立の部品点数が非常に多いケースや、個別受注で組立手順が毎回少しずつ違うケースに有効である。 さらに、作業者が部品棚から正しい部品を正しい個数取り出したか、とか、適正なトルクでネジを締めたか、といった点までセンサーでモニタリングすることも行われる。現在、静岡大学客員教授の関伸一氏が、2000年代にローランドディージー社で見事なデジタル屋台システムを作り上げ、広く知られるようになった。この事例では、作業者一人ひとりの生産性を測定し、自分の能力アップを実感できる仕組みにして、作業者のモチベーション向上に大いに貢献したという。 SOPもデジタル屋台も、必ずしも現品票とバーコードを活用するとは限らないが、作業時間を計測しているので、いろいろと付加的な機能を持てる点で共通している。 このようにメリットの大きいシステムであるにもかかわらず、日本の全ての工場に常識的に普及しているかというと、決してそうでもない(だから毎回、工場見学のたびに現品票とバーコードをチェックしているのである)。技術的には、25年前から存在し、ある意味、もう枯れた技術である。なのに、なぜ普及しないのかについては、ここではあまり深入りしないが、大きく3つの要因がある。一つめが、こうした製造現場のIT化投資に関する経営側の無理解、二つめが現場作業者のもの言わぬ抵抗、三つめは生産管理(とくに生産計画)担当部門の力量不足である。(さらに4番目をつけ加えるなら、現場に強いITエンジニア不足もあるが) ところで、この1〜2年ほど、少し潮目が変わったかな、という感じを受けている。IoT技術の進展と、スマート化・AIブームなどの影響で、再び製造現場のIT化の遅れが問題視されるようになった。今回は特に、深刻な人手不足問題が追い打ちをかけている。自動化を進めないと、受注をさばききれない、という状況があちこちに生じたのだ。その結果、たとえばわたし自身も、MES(Manufacturing Execution System=製造実行システム)に関する問合せを受けるようになってきた。MESの話題なんて、この15年間、特定業界以外の人はほとんど誰も口にしなかったのに。 MESが何かについては、別に解説記事も書いた(「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの」 https://brevis.exblog.jp/25991822/ 2017-08-19)ので、ここでは繰り返さない。ただ、POPとMESの関係だけは整理しておこう。簡単に言うと、POPとはMESの第一歩である。 そもそも、組立加工系の工場におけるMESの機能要素は、7種類くらいに分けることができる(世間的にはMESA Internationalの「11機能」を列挙するのが通例だが、あれはプロセス系も混ざり込んで分かりにくいので、自分流に整理し直した) (1) 詳細な工程(作業)展開と指示発行(SOP含む) (2) 機械設備の高度な連携制御(DNC含む) (3) 製造プロセスのモニタリング →これは、機械・人の状態監視と、ワークの所在・数量・移動の把握に、さらに区分できる (4) 製造オーダーのトラッキング →これも、進捗と完了予測、そしてトレーサビリティ機能に区分できる (5) 品質と製造パフォーマンスの計測 →すなわち、品質・リードタイム・生産性の計測と分析である (6) 製造資源の維持・保守 (7) 製造技術情報(製作図面・BOMを含む)の共有・検索 逆に、MESでは通常、対象外となる機能もある。すなわち、 (8) 通常の制御系機能 (9) 調達・コスト管理機能 POPは、上の機能リストで言うと、(1)と(3)を部分的にカバーしている。つまり、MESのサブセットという訳だ。もちろん、別に上の機能全てをカバーしなければ、MESと呼んではいけない、というつもりはないし、工場によって必要な機能のセットは異なるだろう。そこはもちろん、IT化の手間と効果、そしてコストの見合いで決めるべき事柄だ。一般に、対象業務の規模が大きくなり、コントロールすべき物事の数が増えたら、IT化の効果が出やすい。 さらにいうなら、市販の生産管理システム・パッケージや、ERPパッケージにも、ある程度POP的な機能が実装されている場合が多い。現代では、選択肢はいろいろあるのだ。ただ、生産管理やERPが、どちらかというとコスト管理目的に傾斜しがちであるのに対し、単体のPOPやMESは、製造プロセスの円滑なマネジメントが主目的であるという違いはある。それに応じて、現場に要求される作業も微妙に変わってくるだろう。 わたしの個人的な意見としては、最初から製造現場に細かなコスト管理の仕組みを持ち込むよりも、まずは製造が遅滞や不良なく円滑に進むことを、優先すべきではないかと思っている。ここは異論のあるところかもしれないが、もしも納期遅延や生産性に悩んでいるのなら、単体のPOP構築からはじめてみるのが、賢い選択ではないだろうか。 <関連エントリ> →「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの」 https://brevis.exblog.jp/25991822/ (2017-08-19)
by Tomoichi_Sato
| 2018-03-21 14:56
| サプライチェーン
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Comments(1)
「デジタル屋台」をPOPの好例として紹介していただいて光栄です。ありがとうございます。当時の私はPOPと言う概念すら知りませんでしたが(笑)
今思うと「デジタル屋台」はIoTとビッグデータを活用した生産管理方法と言う大きな側面がありますね。 知一さんが工場見学がご趣味だとは♪私も現場を見るのは大好きで、2013年に静岡県御前崎市の「木村鋳造所」を見学した時にあまりに感動したので、そのレポートを「日経ものづくり」に掲載できないかと相談しました。それが「関伸一の強い工場探訪記」連載につながりました。 自分の文章を売り込んだのはそれが最初で(今のところ)最後です。
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