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天の時・地の利・人の和と、プロジェクト

プロジェクトに関わる仕事をずっとしていると、プロジェクトの成否はプロマネの手腕やチーム員の努力だけでなく、「天の時・地の利・人の和」とでも言うべき要因によって左右されがちだ、と感じることがある。いわば、プロジェクトの出発点における環境条件である。こうした環境がプロジェクトのパフォーマンスにどのような影響を与えるのか、まだ十分に解明されていないように思う。

たとえば、「天の時」である。

プロジェクトのスタートするタイミングは、さまざまな形でパフォーマンスに影響する。端的には、マーケットの状況だ。市場全体が活況を呈しているかどうか。受注型プロジェクトの場合なら、契約金額が上昇気味かどうか? これは、プロジェクトの採算性にとって重大である。また、外部に発注するリソースや資機材の値段が上がりつつあるか、どうか。これも採算に影響する。

自社が好調か、それとも苦しい時期かも大きな要因だ。苦しい時期だと、どうしても無理して仕事を取りに行く姿勢が強まる。当然、予算は厳しくなる。

こうした全体的な市況は、プロマネ自身が勝手に選べるものではない。まったく同じ前提条件ではじめても、スタートする時期が好況期で売り手市場なのか、あるいは不況期で買い手市場なのかによって、結果は相当異なるだろう。途中で市況が急変することだって、ある。わたしは10年近く前、あるビッグ・プロジェクトの見積をしていたが、途中でリーマンショックが深刻化し、プロジェクト自体の成立が急に危ぶまれたことを思い出す。そうなると、億の単位でかかる見積費用が、パーになってしまうのだ。たまったものではない。

次の、「地の利」とは何か。

プロジェクトを遂行する上で、立地的な優位性があるかどうか、の意味が第一だ。プロジェクトを遂行したり成果物を納入する場所の近くに、自社の拠点があるかどうか。これは、ふつうプロマネが自分で決められる条件ではない。海外プロジェクトの場合は、そこに支社や合弁相手がいるかどうか。いるとして、その能力はどうか。あるいは、日本から出かけていかなければならないのか。これらは大きな違いを生む。たまたまわたしは今、この文章をジャカルタの空港で書いているが、多くの日本企業がすでに存在していることも、ある種の地の利であると考えられる。

地の利は、より象徴的には、競合状態が厳しいかどうか、を表す。たとえ市況は好調期、現地に拠点があろうとも、競合相手が5社も10社も現れるようでは、レッド・オーシャンそのものである。勝ち抜くのは、かなり厳しい。

では「人の和」は、プロジェクトにとって、何を意味するか。

もちろん、それはまず、プロジェクト・チーム自体の協働意識を、そのまま表す。だが、そこはプロマネがある程度は醸成できるし、しなければならない。

しかしさらに掘り下げると、適切なメンバーがアサインされているか、という問題になる。メンバーがプロマネの固定的な部下であるような組織では、まあ、これは問題になるまい。が、機能型組織やマトリクス型組織では、複数の部門からメンバーをアサインしてもらわなければならない。とくに製造業ではライン部門長の権限は強大だ。プロマネが好きに人を集められる訳ではない。

もっと言うと、プロマネ自身の任命が適切か、ということもある。これはPMO的な視点から言っているのだが、「あのプロジェクトの最大のリスク要因は、XXさんがプロマネをやっていることだ」という笑えない冗談も、生まれたりする。良い仕事は、チームワークから生まれる。ぎくしゃくしたチームから、優れた仕事が生まれる可能性は、少ない。

しかし、人の和に関する、より深刻な問題は、外部のステークホルダにある。たとえば顧客(発注者)、ユーザ、協力会社、ベンダー、監督官庁、地域住民などである。とくに顧客は重要だ。受注型プロジェクトで、訳の分からん顧客に当たって、苦労した経験のあるプロマネは多いだろう。顧客と和の気持ちを持って、適度に緊張した関係を続けられるかどうかは、プロジェクトの成否を大きく左右する。

このほかに、かなり大事な要素として、プロジェクト・スポンサーの能力をあげたいところだ。スポンサーとは、経営層に近い上級管理者で、プロジェクトに予算枠を与え、プロマネを任命する権限を持つ人のことである。「スポンサー」のかわりに「プロジェクト・オーナー」と呼ぶケースもある。

プロジェクト・スポンサーは、プロマネの後見人であり、相談相手でもある。この人が、プロジェクトに理解があり、適切に経営層を動かせるかどうかが大事だ。大事なのだが、そもそも日本企業では「スポンサー」の役割が存在していなかったり、十分に認識されていない場合が多い。そうなると、「人の和」に、重大な欠落があることになる。

(余談だが、拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』は、海外企業と合同でプロジェクトを始めることになった製造業を舞台に、主人公の若手技術者が、プロマネもスポンサーも誰だか曖昧な状況下で、なんとか成功させようと懸命に奮闘する物語である。つまり、あれは和を尊しとなす日本企業で、じつは機能的な「人の輪」が欠落している問題を扱っている)

元々、天の時・地の利・人の和とは、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という孟子の言葉から来ている。これが日本では、戦国時代に兵法の判断条件として、流布されるに至った。人の和が一番大事だと、孟子はいう。だが、戦国大名ならいざ知らず、現代のプロマネにとっては、上記の通り自分の力だけで人の和を作り上げることはできない。まして天の時や地の利は、所与の条件、としか言いようがない。

こうした要素は、環境としてプロジェクトに影響を及ぼす。ここで環境とは、「プロマネの意思では短期間に変えられないものごと」を意味する。

プロジェクトの成否は、受注時点で半分以上が決まっているーーそう言ったら、読者諸賢は、オーバーだと思うだろうか。だが、これに近い実感を、受注型プロジェクトに長年従事する実務者は、少なからずもっている。受注の時点で、天の時・地の利がもう決まっている。人の和も、かなり重要な部分が定まってしまっている。残された自由度の中で、プロマネは奮闘をはじめなければならない。

問題は、プロジェクトの採算が結果として悪化した時に、その原因のうち、環境因子による部分と、プロマネに起因する部分が、それぞれどれだけあるか、客観的な評価が難しいということだ。もちろん、「半分以上が環境」というのは、感覚論にすぎない。これについて定量的な分析を、あいにくわたしは見たことがない。

「プロジェクトの結果・採算は、全てリーダーであるプロマネの責任」、という結果責任の原則をとる企業は多い。これは、プロマネに責任感を持たせて育てるためには、良い指針である。プロマネがいつも責任回避的、あるいは他責的な人間では、会社はこまってしまう。

しかし、だからといって、プロジェクトの最終的な損益金額だけで、プロマネたちを、
 「貴方は今期2千万円の黒字を出したからA評価」
 「お前は今回、5百万円の赤字を喫したからC評価」
と、単純に査定していいだろうか?

それはあまり賢明ではない、と、わたしは考える。個別の案件の結果は、短期的な環境因子に左右されやすいからだ。プロ野球の一流バッターだって、打率は3割台である。1打席ごとの結果は、その時の状況に左右されやすい。能力の査定はある程度、長期的に見るべきだ、というのがわたしの意見である。ただ人事の査定は、半年ないし一年ごとに行わざるを得ない。数プロジェクトの平均打率を計算していては、間に合わない。では、どうするか。

わたしの提案は、プロマネの査定を行う前に、「プロジェクトの評価」を組織として公式に行うべきだ、というものである。会社として
  • プロジェクトの成果物、
  • 達成した金銭的価値、
  • 非金銭的な達成(人材の成長や実績レコードの確立など)、
  • 出発時点での環境条件、そして
  • 今後への教訓など
を評価し、記録する。このとき、損益の数字だけでプロジェクトを評価しないことが大切であろう。

その上で、出発点から到達点までの、プロマネの貢献を考量する。それが査定のベースとなるべきである。たとえプロジェクトの最終評価が低くとも、出発点での環境条件が厳しい場合は、その分を勘案する。

そのためには、プロジェクトの出発時点で、『案件のプロファイリング』を行う必要がある。市場環境(天の時)・競合状況(地の利)・顧客特性と組織メンバー(人の和)などを、プロファイリングして事前評価しておくのである。別に5段階評価程度でもいい。このような作業は、営業段階における受注戦略・案件選別においても有用だろう。営業部長の胸先三寸にすべてを任せるより、少なくとも公平に思える。

念のために書いておくが、上記のようなことを、わたしの勤務先がすべて実践しているから真似た方がいい、というような話をしているのではない。そうではなくて、環境条件の重要性に目を向けて、各社でそれを評価するようにしたらどうか、と提案しているのだ。また、そういう問題に定量的に取り組む研究者が、できれば現れてほしい。

その上で、厳しい環境条件が揃っている場合は、組織として積極的にプロジェクトの支援を行う。そうして、プロジェクトが倒れないように支える。そういう仕組みが必要だろう。

支援で人を出すと、その人件費のぶん、採算がさらに悪化する。すると、プロマネ自身は赤字をおそれて、支援を遠慮するかもしれない(問題を抱え込んで、上に報告しない可能性さえある)。しかし、放置したら会社としては、もっと赤字が膨らむ。それを防止することが、全体としては重要だ。

会社がプロマネを任命して、「プロジェクトは結果が全てだ」「あとは死ぬ気で頑張ってこい。」というのは、以前も書いたようにレベル1のマネジメントである。それで良い場合もあるが、いつでも正しい訳ではない。適切なマネジメントの仕組みを作るのは、会社の側の仕事である。

またプロマネの側も、本当に良い仕事をしたければ、人の和をつくり、地の利を整えた上で、天の時を待つだけの忍耐力が必要だということになる。それを昔の人は、「人事を尽くして天命を待つ」と言った。

それだけの謙虚さが、わたし達には必要なのだろう。気合や根性よりも、天の時への謙虚さが。


<関連エントリ>
→「マネジメントのレベル0からレベル2まで」(2017-09-22) http://brevis.exblog.jp/26064558/








by Tomoichi_Sato | 2017-11-12 18:16 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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