ちょっと前にも書いたことだが、拙著『BOM/部品表入門
ところで、わたしはこのサイトで「マネジメント」と「コントロール」を区別して使っている。マネジメントはコントロールのいわば上位概念である。であるから、マテリアル・マネジメントとマテリアル・コントロールも、別の仕事と考えている。マネジメントの原義は「人を動かして目的を達すること」、すなわち人に働いてもらうことだ。しかしこの用語は、人間以外にもいろいろな対象を動かして、自分の目的に役立たせるという意味で広く使われるようになった。お金のマネジメントだとか、時間のマネジメントといった具合だ。マテリアル、すなわちビジネス上で扱う物品(材料・部品・製品等)も、マネジメントの対象の一つになる。 もともと英語のManageという言葉には、ちょうど暴れ馬を乗りこなすような、御しがたい相手を何とかして自分の望むとおりに動かす、という語感が強い。他方、Controlとなると、もっと精密な作業の雰囲気がただよう。日本語で制御という訳語があるように、計画した通りに、相手を動かしていく。だから、Controlの対象は人間ではなく、機械や無生物のことが多い。車のスピードをコントロールした、といえば上手な運転手のイメージだ。だが、車のスピードをマネージした、と言ったら、お前の車は大丈夫なのか? と心配になる。そんな違いである。 余談だが、生産管理やサプライチェーン・マネジメントの分野では従来から、まちまちな用語が業種ごと通用し、相互コミュニケーションの障害となってきた。だからわたしは、せめて自分のサイト内ぐらいは、一貫した用語と概念でしゃべろうと努力している。まあ幸い、プロジェクト・マネジメント分野ではPMBOK Guide(R)の強い影響力があり、またISO21600:2012の制定も相まって、用語のブレは比較的小さい。 ただ、分野・業種別の用語のブレと並んで、もう一つ厄介なのが、日本語と英語との間のブレである。『管理』という用語がその最たるものだ。管理という日本語に該当する英語は、Management, Control, Administration の3つある。これはそれぞれ、かなり異なる概念だ。ManageとControlの違いは上に述べたとおりだが、Administrationはどちらかというと事務処理とか行政とかを思わせる言葉である。よく企業の中には、人事・経理・総務・営繕などをまとめて「管理部門」と呼ぶ場合が多いが、これがAdministrationの語感である。 そんなバカな、米国の経営学修士はMBA (Master of Business Administration) ではないか、だからAdministrationは『経営』という意味だ--こう反論される向きもあろう。ところが、そう単純ではないのである。まず、"Master of Business Administration"という名称が制定されたとき、あまり良い用語ではない、という批判が米国内でもあったことは知っておくべきだ(ミンツバーグ著「MBAが会社を滅ぼす この話をさらにややこしくしているのは、英語には『経営』に相当する言葉が存在しないことである。日本語で経営と言えば、企業・官庁・学校などの組織体を維持運営するための、最高位の意思決定権限を含む職務である。経営者と言えば、会社なら社長・会長クラスか、少なくとも役員以上を指すだろうし、学校法人などでは理事・理事長クラスだろう。ところがこういう人たちは、英語ではTop Managementと呼ばれる。彼らの仕事は英語で何というか? 答えは”Management”である。それじゃ課長の仕事と同じじゃないかって? そうなのだ。経営者も中間管理職も、英語では同一の仕事になってしまう。 日本語における「経営」「管理」と、英語における”Management”, “Control”の領域の違いを、おおざっぱに図示したのが下図である。むろん、厳密に言えば、経営者の職域にもControlに属する仕事はあるだろうから、分かりやすく示した目安だと思ってほしい。ともあれ、このような差異があることに、多くの人は気がついていないか、無頓着である。だから、プロマネに任命された若手エンジニアが、何か勉強しようと思ってドラッカーやポーターを読む、といった奇妙な現象が起きるのである。 ![]() そのようなわけで、わたしは無用な誤解を避けるため、このサイトでは極力「管理」という言葉は使わないようにしている。かわりに、カタカナで「マネジメント」「コントロール」と書いている。 マネジメントとは、不確実性が高く、比較的変動の大きな対象を、何とか自分の目的に役立てようとする営為である。その中には、先読みと、リスクテークと、決断が含まれる。そしてしばしば、取り組みのために配下の人間を動員することが求められる。そうした、人を動かすルールを定めるのもマネジメントの一部である。同様に、結果への評価と学びもマネジメントの大事な要素だ。 他方、コントロールとは、比較的予測しやすい対象を、自分の計画したとおりに動かしていく営為である。対象の現状をきちんと観察・測定し、本来の計画からずれている場合は、是正すべくアクションを取る。すなわち、方向を修正したり、スピードを上げさせたり(緩めさせたり)する。ハンドルとアクセルとブレーキで、地図通り運転するようなものだ。マネジメントは道のないところに道を引く。コントロールは引かれた道の通りに、走って行く。 それで(ようやく本題に戻るが)、「マテリアル・マネジメント」という仕事は、御しがたいマテリアルを何とか役立つ状態にしようとする営為だ。企業の中でハンドリングしているモノが少なければ、誰もそんな心配はしない。モノの種類や量や場所が増えすぎて、収拾がつかない状態においてはじめて、必要性が意識される。その要点は、まず、モノの台帳(マテリアル・マスタ)を整備して、何はどれであるか、どんな名前で呼ぶかを、統一することだ。それから、マテリアルの供給の流れ(設計→調達→保管→使用→廃棄)の仕組みを作る。さらに、それぞれの段階では、どのようなルールに則ってマテリアルを登録したり動かしたりするのかを決める。そして、適正な在庫レベルや改廃を判断することなどが含まれる。とくに在庫レベルや改廃の判断には、需要の先読みとリスクテーク、そして評価が不可欠である。 「マテリアル・コントロール」の仕事は、もう少し日々の定常的業務に近い。それは、上記のマテリアルの供給の流れの交通整理役である。現在、どのモノがどこにいくつあるのか、そして来月はそれが増えるのか減るのか、そうしたことを把握する。また、具体的に、マテリアルの保管や移動についても差配する。ただし、実際に人手や機械でモノを動かしたり置いたり仕分けたりする業務は、「マテリアル・ハンドリング」と呼ぶ。コントロールは、モノの流れの制御である。コントロールの仕事は、現状の正確な把握、近い将来の予測、そして予実分析と是正措置の勧告・手配からなる。(計画立案作業もコントロールの職務に含める場合もあるが、ここでは除外しておく) マネジメントの特徴は、先読みやリスクテークや決断といった、人間が介在する行為が中心となる点だ。したがって自動化できないし、コンピュータ・システム化も難しい。他方、コントロールは技術的な客観性が高く、コンピュータ化に向いている。すべてを機械で置き換えることはできないし、すべきでもないが、モノの数を数えたり、位置を記憶したり、先行きの数の計算をしたりといった部分は、自動化しやすい。 逆に言うと、マテリアル・コントロール業務がどれだけIT化されているかで、その企業のマネジメント・レベルを見ることができる。この事情は、コストやスケジュールなど他のコントロール領域も共通で、どれだけきちんとIT化されているかが、マネジメント・レベルの指標となる。もっとも、用語の混乱はこの領域にもあって、IT分野ではしばしば、状況レポートに過ぎないプログラムが「○○マネジメント・システム」などと呼ばれたりしているから、注意は必要であるが。 あなたの会社には、マテリアル・コントロール・システムはおありだろうか? え、「在庫管理システム」ならあるって? もちろん、1工場・1拠点なら、それでも結構。だが、モノを拠点間で動かしたり、外注先に支給したり、設計と並行して調達手配をかけたりしなければいけない業態だとしたら、交通整理は十分だろうか。途中で在庫が行方不明になったりしないだろうか。在庫の数値と現物がしばしば食い違って悩むようだったら、在庫「管理」の内容を、もう一回確かめた方がいいかもしれない。
by Tomoichi_Sato
| 2015-04-26 23:31
| サプライチェーン
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