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映画評:「イタリア映画祭 2014」 その(1)

イタリア映画祭」は、毎年5月の連休中に開催される、イタリア共和国後援の映画祭である。会場は例年、有楽町朝日ホールの1箇所のみで、そこで約10本のイタリア映画が2回ずつ公開される。こぢんまりした映画祭だが、監督や俳優なども招待され、上映後には質疑応答の時間もあって、コミュニティ的な良さがある。わたし自身も、このところ毎年のゴールデンウィークの楽しみになっている。今年は連休が前半と後半に分断されたため、映画祭も途中数日間をあけてスケジュールされた。

今年はとくに豊作で、良い映画がそろっていたようだ。イタリア映画界も一時の沈滞を脱し、すぐれた作家・俳優が注目を浴びるようになったのだろう。本国は経済危機にあえいでおり、その話題も今年の映画のあちこちに散見されるが、にもかかわらず映画自体に活況があるのは喜ばしい限りだ。

ことしは6本の映画を観たが、そのうち、最初に見た3本をまずご紹介する。★印はいつものように、3つが満点である。
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★★★ 初雪

監督:アンドレア・セグレ 撮影:ルカ・ビガッツィ 出演:ジャン=クリストフ・フォリー、マッテオ・マルケル、アニタ・カプリオーリ他

リビア内戦のために住みなれた地を脱出し、ボート・ピープルとして地中海対岸のイタリアにたどりついたアフリカ系の難民は1万人に及んだ。彼らを一箇所に収容しきれないため、イタリア政府は、全国各地に分散させた。難民認定までの暫定的な期間は、移動の自由もなく、定職にも就けず、わずかな配給で暮らさなければならない。

この映画は、北イタリアの山地にある寒村に移された、トーゴ出身の若い父ダニーの物語だ。彼は妻と一緒に逃れたのだが、妊娠中の妻は逃避行の途上で女の子を出産し、亡くなってしまう。小さな娘の顔を見るたびに、妻を死なせた自分を責めずにいられない彼だが、山に暮らす男の子、その祖父、そしてその母との交流の中で、すこしずつ自分の感情をとりもどしていく。しかし、そもそも住民にもろくに仕事がない寒村で、難民認定を受けてどうすべきか。我が子を捨ててパリなどの大都市に行くのか? (リビアなど旧フランス語圏の出身者はパリに、英語圏出身者はロンドンやドイツをめざすものが多いが、もちろん大都市が彼らを歓迎してくれるわけではない)

もともとリビア内戦は、EUが関与してもたらしたのだが、その負の結果が、難民の苦難の形で、欧州自身にはね返っている。この映画は、しかし、そうした政治的なことがらではなく、故郷を離れ、家族を失って、かつ生きていかねばならない人間の、孤独と困難の普遍性を描いている。スイス国境近く、ほとんどドイツ語に近いイタリア語方言を話す人びとの素朴な暮らし(少年を含む殆どの出演者は地元の人だ)と、その自然の美しさは、胸を打つ。アフリカ系フランス人の主演ジャン=クリストフ・フォリーの演技もいい。また、ルカ・ビガッツィの撮影する、ほとんど魔術的な美しさは感動的である。

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★★★ 多様な目

監督:シルヴィオ・ソルディーニ 撮影:ラミロ・チヴィタ 音楽:ルカ・カゼッラ
出演:
理学療法士 エンリコ・ソージオ
鉄工所経営者 ジョヴァンニ・ボジオ
音楽学生 ジェンマ・ベドリーニ
音楽家 ルカ・カゼッラ
彫刻家 フェリーチェ・タッリャフェッリ
身障者支援ITコンサルタント ピエロ・ビアンコ ほか

イタリアの視覚障害者たちの多彩な人生をえがいた、驚嘆すべきドキュメンタリー映画。彫刻、音楽、理学療法から、趣味のヨット、スキー、アーチェリー、写真(!)まで、驚くべき数々にチャレンジし続ける視覚障害者たちの生き方を、障害者ものにありがちな「感動物語」をあえて避けつつ、淡々と、でも詩的に描く秀作である。

わたしは学生時代に、点訳ボランティアサークルにかかわっていたので多少知っているが、視力を失った人びとの日常生活には、さまざまな困難が横たわっている。この映画でも、時折、数十秒から1分程度だが、画面を真っ暗にして、ただ周囲の音声だけを流し、電車の乗り換えや、道路を渡るときなどの状況を観客が追体験できるようにしている。

とはいえ、ITの進歩は、視覚障がい者の情報支援を向上させてきたことも事実だ。映画の中では、点筆と点字板や、古くて重たい点字タイプライターも出てきたが、WindowsやiPhoneなどの読み上げ機能を利用して使いこなす姿も写される。

何よりも、この映画を観てあらためて気づいたのは、年齢がいくつになり、どんな境遇になっても、「それまでできなかったことが、できるようになる」=『成長』こそが、人間にとって最も喜ばしいことだ、という真実であった。それを気づかせてくれるだけでも、この映画は多くの人に見てもらう価値がある。

できれば、字幕ではなく、(視覚障害者も聴けるように)音声による日本語吹き替えをつけて、全国で上映可能なDVDにしてくれることを切望する。


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★★★ ようこそ、大統領!

監督:リッカルド・ミラーニ 撮影:サヴェリオ・グアルナ 出演:クラウディオ・ビジオ、カシャ・スムトニャク、オメロ・アントヌッティ他

今年のイタリア映画祭は、なかなか良い作品が多かったと思う。この映画も、上出来のイタリア式喜劇であり、大いに笑えた。政治を扱いながら、お腹の底から大いに笑える映画が、昨今どれだけあるだろうか?

イタリアでは首相が政治の実権を握るが、元首として大統領職がある。議会の投票で決まるのだが、主要会派の妥協がつかないため、嫌気のさした多くの議員は、棄権する代わりに、19世紀半ばのイタリア統一の英雄である故「ジュゼッペ・ガリバルディ」の名前を書いて投票する。ところが、これが一位になってしまい、しかたなくその名前をもつ国民を捜すと、有資格者は北イタリアの山間の村に住む図書館員(クラウディオ・ビジオ)一人だけだと分かる。結果として田舎者の彼が、突如としてイタリア共和国大統領に就任するのだが、老獪な政治ボスたちは一致団結して彼を排除する工作をはじめる・・

この作品の可笑しさは、役者クラウディオ・ビジオの演技に負うところも大きい。しかし何より、近年のイタリア政界の醜悪なごたごたに、いかに国民が絶望しているかを、逆に表しているとも言えよう。ただ、その政治の醜悪さは、国民のずるさを反映している、との視点も、この映画は忘れていない。最後の、クラウディオ・ビジオの大統領演説は、チャップリンのかつての名作「独裁者」の最後の演説を、ちょっぴり思い出させるくらい、感動的だ。そしてもちろん、皮肉の効いたハッピー・エンド。いかにも楽しい、喜劇らしい喜劇映画である。

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なお、イタリア映画祭は5/10-11に大阪でも開催される。関西の方はまだ間に合うと思うので、興味があれば観に行かれることをお勧めする。ことしは秀作ぞろいである。
by Tomoichi_Sato | 2014-05-06 14:25 | 映画評・音楽評 | Comments(0)
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