Merry Christmas!
5年前から、大学でプロジェクト・マネジメントを教えるようになった。今年の前期は東大の大学院で、また後期は法政の学部3年生に教えてきた。それ以外にも、単発的に依頼されて話した事もある。個別のエピソードについては、すでに何度か書いたと思う。しかし全体として、何をどんな風に教えるべきか、いつも悩ましい。 悩む最大の理由は、大学生・院生が実務の経験をほとんど持たない事だ。共同で事に当たることがなければ、プロジェクト・マネジメントの必要性がピンと来ない。また、授業で例題を考えるにしても、ビジネスに関わるケースを採り上げづらい。だからいきおい、「たとえば、あなたが同期30人の集まるパーティの幹事になったとしよう」といった例になってしまう。 それでも、講義を数回聴いた学生は、しだいにその意義が分かる者が出てくる。アンケート用紙にも、「もっと早くからこういう話が聞きたかった」「一年生の時にプロジェクト・マネジメントを勉強していたら、サークル活動であんなに苦労せずにすんだのに」といった感想が並ぶようになる。たしかに、大学ではマネジメント系の講義が(とくに理工系では)ほとんど無いので、新鮮に思えるのだろう。わたし自身、“自分も工学部出だが、みなさんに教えている内容は、すべて社会人になってから勉強したことばかりだ”と伝える事にしている。“だからこそ、こうした授業を大学のうちにしておくことが大切だと信じて、講師を引き受けているのです”とも。 それにしても、5年前につくった授業の資料と現在を比べてみると、自分でも気づく事がある。わたしは次第に、知識を教えなくなっているのだ。プロジェクト・マネジメントの分野では、必須の基本的概念や知識がある。スコープとかWBSとか、PERT/CPM、EVMSといった手法論である。今でも一通りは、教えている。だが、それに関連する詳しい知識、たとえばStart-to-startはどういうとき使うかとかCPIとは何かといった話は、講義資料から消えた。 かわりに、学生にはもっと基礎的なスキルを教えるべきと考えるようになった。コミュニケーションだとか、交渉だとか、To Doリストだとか、そういった事柄である。それも、なるべく演習(二人一組やグループ演習)を授業中にとりいれるようにした。演習を入れるのは、学生を寝かせない、余計な私語をさせない、といった消極的な理由もある(じっさい、「ゆとり教育世代」に属する学生達は、興味が無くなると授業中に平気でふつうの声でおしゃべりをはじめる)。だが一番の理由は、『自分で能動的に考える』ようにしてほしいからである。マネジメントの世界では、一般に普遍的「正解」は存在しない。自分の頭で考えるしかない。ところが、すべてを点数化し競争原理で駆り立てようとする現代においては、手っ取り早い「正解」に頼りたがる傾向が強い。それは学生だけでなく教師の側も同様である。正解のある問題を出す方が、試験の採点も楽で効率的だからだ。 先日の授業では、交渉について教えてみた。今年からのはじめての試みである。いうまでもなく、交渉はプロジェクト・マネージャーにとって最重要なスキルの一つだ。ネゴシエーションがうまくいくかどうかで、その後のプロジェクトの成否が左右される状況も珍しくない。いや、プロジェクトに限らず、現実の世の中では、大小様々な問題に関し、公私を問わず、つねに交渉が必要とされる。にもかかわらず、ネゴのやり方というのは、大学はおろか、中学高校でもまず教えない。まるで、わたし達の社会が、交渉上手な人材を求めていないかのようだ。だいたい、どの科目で教えるべきだというのか? 国語か、社会か、英語か、それともまさか道徳か? 大学でやるとして、それは理系の科目なのか文系なのか? そういう訳なので、わたしはまず交渉の簡単な原則からはじめた。交渉論の本はそれなりに出版されているが、大きく次の3点は共通のようだ: (1) 交渉の成否の半分以上は、その準備段階で決まる。何が事実か、どこに自分の論拠・武器を求めるか、そして落としどころはどこにするべきか、事前に作戦を熟考せよ。 (2) 交渉はゼロサム・ゲームではなく、相手と共同した問題解決のプロセスだととらえよ。相手が「勝った」と思える交渉こそ、良い交渉なのだ。 (3) 最後まであきらめてはいけない。あきらめた瞬間、そこでGame Overとなる。 これに付随して、交渉の場における戦術、ないし定石がいろいろある。最初に大きく要求して相手の譲歩を引き出すのもよし、逆に小さな要求からはじめて最後に相手の懐に飛び込むのもよし。どちらを使うかは、それこそ相手と状況によるので、「正解」はない。 そして、交渉能力というのは、トレーニングによって向上可能なスキルなのだ。この点を授業では強調した。たしかに生まれつきのセンスがあって、交渉上手な人間もいる。うらやましい限りである。しかし、そうでないわたし達だって、なんとか交渉をして世の中を渡っていかなければならない。そのためには、交渉の理屈も知っておくべし。だが、何より場数が必要である。そのための練習の機会を、授業で与える。 じつは、わたしの勤務先では、若手のプロマネ候補生に対して、交渉の教育を実施している。座学による講義もするが、中心となるのは演習である。ケース事例を与えて事前に準備させ、講師側が顧客役になって交渉の実技演習をするのである。わたしも昨年度までは講師の一員だった。それを簡略化して、大学の授業でもやってみたわけである。クラスを班に分けて、発注者・受注者役に分担させ、互いに交渉させてみた。周囲の学生は、交渉している当事者達をじっと観察させ、良かった点、まずかった点などを指摘させる。それを全部の班に順番にやらせてみた。限られた時間内に、交渉の妥協点にたどり着けた組も、そうでない組もあった。だが、アンケートを見ると、「はじめての体験だがとても勉強になった」「もっとこういう機会を設けて欲しい」などの声が多く、やって良かったと感じてホッとした。そして、交渉の勉強はニーズが高いと再認識した。 ところで、上記の3原則の中で、若い人たちにとって最も重要なのは(3)であろう。どのような事柄であれ、まずはあきらめずに勇気を持って交渉の場に乗ってみること。これは、日本のように高度なタテ社会の秩序の中で育つと、身につけるのがかえって難しい。「何を町人の分際で。控えおろう!」という問答無用の論理が、伝統の中に強く残っている。 しかし、ことが世界の他の国々で、グローバルに何かのビジネスをやろうとなると、まったく別の感覚にぶつかることが多い。それは、Everything is negotiable = “何ごとも交渉可能だ”、との論理である。このセリフは昔、フランス人のプロジェクト・マネージャーからきいた言葉である(彼はフランス社会では何事も交渉次第だ、とわたしに教えてくれた)。そして、それはフランスに限らない。欧米、あるいは地中海世界などを通して、人々が共通にもつ感覚なのだ。 じっさい、旧約聖書の中には、悪徳のはびこるソドムとゴモラの町を滅ぼそうとする神様に対して、アブラハムが「わが主よ、あの町に50人の善人がいたとしても、他の悪人たちの故に町を滅ぼされるのですか?」と問う場面が出てくる。神が「50人いたなら、その彼らのために、町は許してやろう」と答える。するとアブラハムはさらに、「主よ、もし50人に5人足りず、45人しかいなかったら、それでも町を滅ぼされるのですか」と問いかけ、その調子でなんと40人、30人、20人と競り下げ、最後は10人まで神様を譲歩させるのである。 全能の審判主に対してさえ、交渉が可能である。そういう信念が、ここには表れている。そして、旧約はユダヤ教とキリスト教とイスラム教の共通の聖典である。ということは、この逸話を聞いて育った人間が、世界には10億人単位で存在するということだ。それが、わたし達日本人をとりまく世界なのである。 学生達が世の中に出ていったとき、将来は見知らぬ他者とも交渉をしなければならない。そのために『折れない心』をもつことが大事だ。ここで、「折れない」というのは、簡単に交渉で折り合わないとか、すぐ喧嘩別れする、という意味ではない。相手を認めつつ、自分も大切にする心をもつという事である。そのために、しなやかだけれども強い自分を育てなければならない。剛毅な、硬直した精神は、しばしば折れやすい。柔軟だが、折れない心--それを育てるには、どうしたらいいのか。世間がひととき静かで平和な時を迎えるこの季節、少しじっくりと考えてみることにしてみよう。 <関連エントリ> →「それは知識ですか、スキルですか、資質ですか?」
by Tomoichi_Sato
| 2013-12-23 17:27
| E4 ビジネスのソフト・スキル
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