ビリー・ワイルダー監督の映画が好きだ。20世紀中盤に活躍したアメリカの映画監督で(出身はオーストリア)、軽妙だがよく練り込まれた脚本と、俳優の持ち味を生かす演出やキャメラが特徴である。先日も「深夜の告白」をBSで放映していたので、すかさず録画した。彼は「サンセット大通り」「アパートの鍵、貸します」「昼下がりの情事」など、映画史に残る有名な作品をいくつも撮っているが、古い人なのでややマイナーな作品はなかなか見るチャンスがない。
ビリー・ワイルダー監督の一番好きな点は、『職人的』であることだ。妙に芸術映画をねらったり、あるいは大作で観客動員をあてこんだりする映画作家も多いが、彼は堅実な作風で、かつ観客のかゆいところに手が届くサービス精神に満ちている。その上で、ときに忘れがたい名シーンを作り上げる。職人に徹しながら、ある瞬間、職人芸を突き抜けて普遍的表現に至る。その点で、ヒッチコックや、もっと古いところでバスター・キートン(喜劇俳優・兼・監督)にも、ちょっと似ている。というか、わたしはどうも、そういう人たちが好きらしい。 職人的であることとはどういうことなのか、ときどき考える。永六輔に「職人」(岩波新書)という本があり、期待して読み始めたのだが、途中で 「売ろうと思って作っているのではないのですよ。作ったものが、ありがたいことに売れていくだけです。」 との発言がありがたそうに収録してあり、その時点でわたしは読むのをやめてしまった。これは、職人の言うセリフではない。いつの間にか芸術家(民芸家)になってしまった、元職人のセリフと感じたからだ。職人というのは、商売であり、職業感覚をつねに持っている。考えてみてほしい。大工や左官屋(=壁を塗る職人)が、“売ろうと思って作ってはいない。作ったものが、売れていくだけ”などと言うだろうか? 職人は注文に対して、仕事をする。自己満足のために仕事はしないのだ。日用品は注文が無くても作るかもしれないが(=見込生産)、使い手の実用品を作っている意識はなくさないはずだ。 1年半ほど前、わたしはこのサイトで、これからの日本の若い人たちは職人的な手仕事や農業に再び向かうのではないか、という予測を書いた(「2年後の日本を予測する」2012/01/09)。大学や専門学校などで高い教育を受けた人たちが(日本の専門学校は世界的に見て非常にレベルが高い)、手仕事に向かうのは、良いことだと思う。 昭和の時代には、職人や農民は工業高校や農業高校出だった。知的訓練の場としては十分とは言い難いが、作れば売れる高度成長期には、あまり複雑に考える能力は不要だったろう。でも現代では、ちゃんとしたマインドがないと、規模の小さな専門的商売はうまくやっていけない(世の中には、“一流エリート校以外の大学は不要だ、二流三流の大学はつぶしてしまって、平民は高卒の給料で働かせれば十分だ”と考えている人たちもいるらしい。だが、わたしは若い時期の数年間の知的訓練は、決してムダではないと思っている)。 ただし、今では忘れられつつあるが、昭和時代の職人は、それなりにきちんと収入を得られる職業だった。家族を養い、弟子を育てる余裕もある、立派な職業である。だから、自負も高かった。それが工業の大量生産に押され、次第に自立が難しくなり、平成のバブル時代に事実上、絶滅に瀕することになったのだ。ただ、現代の日本はもはや、画一的な大量生産だけでは生き残れない時代に変わっている。そこにもう一度、手仕事へのチャンスが生まれるのではないか。そもそも、日本人の資質はこうした職業に向いている。いや、むしろ今のわたし達の社会では、組織に属しネクタイを締めて通勤していても、内面の実質は職人である人も多いかもしれない。 そういうわけで、「職人的であること」の適性を調べるためのチェックリストを作成し、ここに供する次第である。読者諸兄も、自分の同僚や上司や部下に、「ネクタイを締めた職人」がいないかどうか、チェックしてみてはいかがだろうか。リストは5項目からなる。 1.ツール: 職人気質は、道具へのこだわり・愛着が強い。この点は説明不要だろう。自分の道具は自分で研ぎ、自分の道具箱は人に勝手に触らせないのが職人の典型である。 2.名誉心: 職人は世間で有名になることよりも、同業仲間で一目置かれることを目指す。職人は寡黙なのだ。メディアにこびを売るのは芸人やマーケター達のする事である。 3.独立心: 職人は、組織よりも職種への帰属意識が強い。だから独立心も強い。かつて大勢の職人を抱えていた人の話によると、何年も働いていても、気に入らないことがあると、ある日プイっと辞めて、いなくなってしまうという。手に職があれば、また次の仕事が見つかるのである。 4.報酬: 職人は、きちんとした報酬のために働く。ただし、金銭は必要条件だが、十分条件ではない。それよりも、「いい仕事」が最大の報酬(満足)である。だから時には、多少赤字になっても、満足のいく仕上げに努力したりする。 5.細部への指向: 職人は、細部の仕上げに努力を惜しまない。 ご存じのとおり江戸時代の身分制度は「士農工商」で、職人は三番目の身分と言うことになっていた。で、上記の5項の頭文字を集めると、ツール(T = Tool)・名誉心(H = Honor)・独立心(I = Independence)・報酬(R = Reward)・細部への指向(D = Detail oriented)で、"THIRD"となる次第だ。まあ、これ以外にも、職人は仕事の手順にこだわる(良い成果が出ても手順が不正だと認めない)とか、数値管理されることを嫌う(量より質だ)、とかいろいろ思いつくが、5項目くらいが扱いやすいだろう。 職人は今や絶滅危惧種だが、職人に類似した生きものに、「エンジニア」と「アーティスト」がいる。これらはみな、『モノづくり』種族に属する。ただし、エンジニアは背景に西洋近代科学があるため、普遍性・汎用性を指向する。ここが大量生産時代にマッチしていたため、職人と入れ替わるように一時かなり繁殖した。一方アーティストはつねに少数だが、独創性・個別性の世界に生きている。 ![]() いいかえれば、職人は「自分がやれば、つねに90点」の仕事をめざす。エンジニアは「誰がやっても、だいたい80点」の仕事をつくろうとする。そしてアーティストは「0点か、さもなければ120点」の仕事をねらう(そして同じモノを見ても、人によって0点か100点か違ったりする)。求めるものが、異なるのだ。 こまったことに、自分ができると思っていることと、世の中から求められることは、ときどき差がある。職人として求められ、職人として働ければ、それはそれで幸せである。逆に、エンジニアとして会社に雇われているのに、実質は職人で、しかも自分はアーティストだと自負していたら、それはかなりの悲劇だろう。だからこそ、自分自身は職人として仕事に徹し、しかも時にアーティストの燦めきを見せる、ビリー・ワイルダー監督のような人がわたしは好きなのである。 関連エントリ →「2年後の日本を予測する」 2012/01/09
by Tomoichi_Sato
| 2013-07-15 12:04
| F2 社会・言語・文化
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