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石油市場という名前の不安定システム

一昨年の夏、ジョブズが亡くなる少し前に、Appleが時価総額で世界一の企業になったことは多くの人の記憶に残っているだろう。この時、追い抜いた元の世界一企業はどこだったかというと、石油メジャーのエクソンモービル(Exxon Mobil)だった。石油メジャーときくと、なんとなく長年の間、不動の一位の座を占めていたように感じるかもしれないが、Exxon Mobilが世界一になったのは2005年からにすぎない。Exxonは、1999年末にMobilを買収して(これは当時、史上最大の企業買収だったが、Mobilは元々兄弟のような会社だった)、やっと数年後にその地位にたどり着いたのだ。

石油業界は、じつは不思議な業種である。ふつう、製造業であれ流通業であれ、仕入れる原料の値段が高くなったら、利益は減少するものだ。ところが石油業界だけは逆で、原料(=原油)の市場価格が高くなると、利益も増えるのだ。これは、大手石油会社が、油田などの資源開発と、精製販売のビジネスの両方を持っていることに起因する。ガソリンなど石油産品は、原料アップから製品への価格転嫁が比較的早く、スムーズである。消費者は、原油が相場商品であることをよく知っている。そして油田はいわば地下の在庫資産だから、価格が上がればその分、利益も上がるという仕掛けである。

ExxonやMobil、Shell、BPといったいわゆる石油メジャーは、'70年代に勃興した産油国の資源ナショナリズムの影響を受けて、一時期かなり本業の不振にあえいだ。不振といっても大企業だし、かつ文明の基盤となるエネルギーをおさえているわけだから簡単には倒産しないが、'80年代後半からは業界再編の動きが続いた。彼らが本格的に元気を取り戻すのは、原油の値段が急激に上がりはじめた過去10年ちょっとだ。WTIの指標価格でいうと、'80年代後半以降、バーレル$20前後を長年うろうろしていたが、$25を超えて上昇に転じたのが2000年。ExxonとMobilが合併したのとほぼ同時期だ。以来、2008年のリーマンショック直前に$134という最高値をつけるまで、ずっと上り調子だった(→「社会実情データ図録」参照)。それはExxon Mobilなどの好業績とちょうど時期が重なる。

だが、なぜ原油は2000年代に入って、高騰しはじめたのか。これに対する説明はいろいろありうる。2003年のイラク戦争の影響だとか、米国の石油サプライチェーンの脆弱性とか、中国など新興国の需要増大とか。しかし世界の石油生産量は、じつはイラク戦争の前後も増大し続けているし、中国は石炭にかなり頼っている(だから大気汚染が起きやすい)。だとすると、世界的な原油価格高騰には、他にも何か要因があるはずだ。

わたしが業界筋から聞いた説明は、意外なものだった。その要因は、南米の一人の人物にあった、という。ベネズエラのチャベス大統領だ。先月亡くなった故・チャベス大統領は、反米的な社会主義政策のために毀誉褒貶の激しい人だが、彼が選挙に勝利して政権を取ったのは、たしかに1999年である。そして、じっさいベネズエラは世界第5位の産油国だ。しかし、なぜ彼が石油価格上昇の原因だと言えるのか。

じつは、彼以前のベネズエラはOPECの協定破りの常習犯だったらしい。OPECはいうまでもなく、原油価格の安定維持をねらった産油国のカルテル組織である。相場が安値になると、生産量(出荷量)を調整してしぼり込み、価格が上向くように、彼らは協定を結ぶ。ところが南米ベネズエラは長年にわたり、米国の強い影響下にあった。そして、米国の石油産業に都合のいいように、原油を出荷し続ける「井戸元」国家であった。事実、チャベスの最初の大統領就任式に、米国は何と(国務省の外交官でなく)エネルギー省の役人を参列させたのだ。

そのチャベスが就任後にやったことは、OPECでの協定を遵守することだった。その結果、OPECという名前の石油タンクは以前のような漏れもなく、順々に液面(=つまり原油価格)が上がっていったというわけだ。

チャベスは同時に、米国など海外資本がベネズエラに投資して作った設備資産を、安値で接収し国有化していったから、とくに米国の石油産業からは蛇蝎のように嫌われた。しかし彼のおかげでOPECが機能し、石油価格が上がって、結果としては石油メジャーの業績も安泰となった訳だ。感謝していいくらいかもしれない。もっとも、一般市民や他の産業はガソリン価格の高騰で苦しんだが、その分、石油企業は潤った。マーケットは非情なゼロサム・ゲームの場である(というのが米国経済の論理だ)から、文句も付けにくかろう。

ついでにいうと、石油は戦略物資である。ここで「戦略」というのは、(世間のビジネスマン達が単なるかっこつけのために『戦略』という言葉を多用するのとは訳がちがって)本当に軍略に必須の物資だという意味である。現代では、軍艦も戦闘機も戦車も輸送用トラックも、19世紀以前とは違って石油がなければ動かない。だからこそ、20世紀では石油資源をめぐっていくつもの戦争がおこったのであるし、じじつ米軍は石油メジャーにとって主要な顧客である。石油価格高騰は、軍の予算圧迫という問題を引き起こしたが、同時に「お金がない国は簡単に戦争もできない」状況を作ることによって、世界の戦略バランスを大国中心に引き戻したとも言える。

さて、周知の通り、チャベス没後の大統領選では、チャベス派と反チャベス派がほぼ同数で拮抗している。一応マドゥーロ候補が勝ったことになっているが、当分国内は落ち着くまい。では、この先はどうなるのか。

はっきりしていることは、石油価格はすでにチャベス一人、あるいはベネズエラ一国が左右できる問題ではない、という点だ。たしかに彼は価格上昇のきっかけ作りを助けはしただろう。だが、この10年間に、石油市場は世界的金余り現象の受け皿の一つになっていて、そこでは需給安定化の要因よりも、プレイヤー同士の同調性によるボラティリティが主役の場になっている。つまり、「隣の人が買うから自分も買う」「値が上がりそうだと思うから先物を買う」という、実需とはほぼ無縁の世界になってきたということだ。事実、NY市場だけで見ても1日の取引総額は1日の石油生産量の100倍にもなっている。

以前も書いたことだが、サプライチェーンでは、在庫が需給調整の第一の役割を果たす。在庫が機能しないときは、価格で需給が調整される。ところで、石油は在庫しやすく輸送しやすい商品だ。本来、ローカルな需給の不均衡は起こりにくい。そして自由市場があり、価格でも需給の均衡が作られるはずだ。ところが、2000年代の後半は供給が増加する以上にハイピッチで価格が上がっていき、市場自体がとても不安定な構造になっている。

である以上、石油のサプライチェーンは「小さなきっかけで大きな変化が起きる」不安定なシステムと化している、と解釈すべきだろう。こうした不安定システムの挙動は基本的に予測不可能だ。ただ、経験的に、ビルドアップするときよりも崩壊する時の方が急速に起こる傾向はある。

シェールガスなど、非在来型資源の開発が相次いでいる中、石油と天然ガスなど他のエネルギー商品との価格差は、かなり開いてきている。自分の勤務するエンジニアリング業界の都合だけでいえば、『適度』なところで高止まりしていてほしい。しかし、円安を超える急速なスピードで価格が下がらないと、誰が言えるだろうか。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-19 07:03 | ビジネス | Comments(0)
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