もう少しだけ、コストについて考えてみたい。我々勤め人は、つねにコストに追い回されているくせに、じつはコストについて十分わかっていない。その理由の一つは、“目に見えないお金の動き”があるからだと、前回書いた。現代の会計制度では、お金の流れに『損益取引』と『資本取引』の二種類があって、後者は損益計算に表れない。つまり、資本取引でいくらお金が出ていっても、直接にはコストにのってこない。ただ、減価償却などの形で、後になってから時間をかけてコストの姿をとるのである。
コストのわかりにくさを生むもう一つの要因は、共通費用の配付という考え方から来る。ちょっと例を挙げて説明しよう。仮にあなたが、小さなスーパーマーケットを経営しているとしよう(いや、別にスーパーでなく出版社でも芸能プロダクションでもいいのだが、業務がイメージしやすいものを選んだまでだ)。従業員を抱え、店舗を持って商売を営んでいる。扱うのは主に野菜・肉・魚の生鮮三品だ。商売は仕入れが命だから、あなたは朝早く、市場の仕入れにも同行する。大手スーパーの中には仲買に任せきりのところもあるが、自分の目で見るのが大切と信じている。昼間はときに売り場横の段ボール箱を片付けながら、来客にお愛想の一つも言わなければならない。 さて、月末になったので、あなたは必要な支払を済ませ、今月のソロバンをはじいてみる。このような商売の収支は単純である。売上がある。そこから仕入れの費用を差し引く。生鮮品は基本的に在庫がない(持てない)から、在庫棚卸高増減の調整は不要だ。さらに従業員の人件費を払い、水道光熱費や輸送トラックの費用、チラシ広告代などを引いていって、残りが利益になる(売上-費用=利益)。経常利益とよばれるものだ。ここから法人税を払わなければならない。 さて、あなたはスーパーでの店頭小売り以外に、ネットによる注文と宅配の事業も立ち上げ、ビジネスを成長させることを考えた。仕入れルートはほぼ同じである。販売価格も店頭と同レベルにした。消費者から見た違いは、配送料程度だ(それも一定金額以上は無料にする)。一方、あなたの側から見ると、大きな違いがある。まず、店舗の面積が全く不要になる。仕入れ品をおいて荷さばきするスペースがあればいい。もちろんお洒落な外観もレジもBGMも不要だ。従業員も少なくてすむ。 となると経営者としては、店舗事業とネット事業のどちらが、より儲かるかを知りたくなるというものだ。それによって経営の力点がかわってくる。では、どうしたらそれが分かるのか? 売上は当然、店舗とネットで別々につかむことができる。仕入額も、同様だ。だが、従業員の賃金はどうするか。たしかに店舗とネット事業それぞれに直接たずさわる人数は明確だ。しかしそれ以外に、経理や総務・広告など、両事業に共通するスタッフ部門がいる。この人たちの人件費を、元からある店舗事業だけに負わせるのは、なんだか公平とは言えない。似たようなことは、事務所の家賃や水道光熱費、あるいは仕入配送費などについても言える。両事業に共通な費用の負担先を決めなければならない。 あなたは最初、単純に両事業の売上高の比率で案分しようかと思った。しかし、それで本当に良いのだろうか。もしネットの売上が伸びたら、比例して共通費用も多めに負担することになる。すると、店舗事業の収支が良くなる計算だ。それは奇妙ではないか。そもそも、ネットは店舗販売より人が少なくてすむ点がポイントである。ネット事業の責任者には、その長所をいかすよう、人も効率よく使ってもらうようにした方がいい。そこで、共通スタッフ部門の人件費は、二つの事業部門で働く従業員の比率で案分することにした。店舗は40人、ネットは現在20人だから、2:1で、それぞれ費用負担してもらう計算にしたのである。売上が伸びても、人が増えなければ負担はかわらない。 このような損益計算の方法を、共通費用(原価)の配付とよぶ。正しくは会計学では配賦という難しい漢字を使うのだが、英語ではallocationでふつうの配付とかわらないので、ここではこう書いておく。 共通費用を複数の事業に配付する場合、働く従業員の数で案分するべきとは限らない。たとえば水道光熱費などは、明らかに使っている建物面積の比率で配付する方が、リアリスティックに思える。輸送費も、仕入れの物量比率で考えたくなる。とはいえ、あまり細かく計算方法を分けるのも煩雑にすぎよう。だから半々に振り分ける方式だって、ありだ。このように、共通費用の配付においては、計算方式にある程度の選択の自由があることを覚えておいてほしい。恣意性、と言ってもいい。ただし、いったん計算方式を決めたら、むやみに変えるべきではない。そうしないと、費用の過去実績との比較ができなくなるからだ。 さて、小売業では業務分野別の原価計算がいいところで、個別の商品毎の原価まで計算するケースは少ない。商品数が多い割に利幅が小さく、また「特売商品」で客を引きつけて別の商品で元を取る、といった商売をするため、個別原価は煩雑なわりに意義が小さいからだ。ところが製造業では、個別に原価が分からないと不便である。自分の製品のどれが儲かって、どれが損しているか分からないと、売値さえ決めにくいからだ。だから、中堅クラスの製造業になると、製品(ファミリ)単位、あるいは注文(製番)単位での原価管理を志向するようになる。 製造業の原価は、材料費・労務費・製造経費が三本柱である。材料費はいうまでもなく、外部から購入する部品・材料等の費用である。労務費(急にここで「人件費」でなく「労務」という汗臭い言葉が登場する点が、会計用語の不思議さだが)とは、製造現場の作業に携わる人たちの給与等だ。製造経費とは、外注加工費、水道光熱費、物流費、減価償却費、特許使用料などが含まれる。この三本柱を合計したものが、製造費用である。さらに、販売費・一般管理費(通常は現場ではなく本社等で発生する)を加えて『総原価』とよぶ。 さて、これら総原価の中のかなりの費目が、実は複数製品間の共通費用となっている。たとえば労務費は、同じ労働者がいろいろな製品・部品の製造作業にたずさわる(工場が完全に製品別フローショップになっていれば別だが)。水道光熱費、特許料、そして製造機械の減価償却費などもそうだ。もちろん、一般管理費・販売費は言うに及ばぬ。 これら共通費用を、すべての製品単位に配付しなければ、個別原価は計算できない。では、誰が、その計算式を決め、計算を行うのか。原価企画部門のコスト・エンジニアだろうか? あるいは生産管理部門の責任者や工場長だろうか。 おそらく、そうした企業はきわめて少数だろう。たいていの場合、原価配賦計算は、本社の財務部門が担当する。すべての数字が正確・公平に集まるし、また製造原価報告書作成の元締め部署でもある。そして、個別製品に配付された費用単価が、利用部門に通知されるのである。 問題は、この配賦基準を、誰が、どのように決め、どのように見直しているかである。上の例で、あなたは社長として、意図を持って配付の方式を決めていた。原価の配付計算には自由度がある。むろん、配賦計算をどのように決めても、会社全体の損益はかわらない。だから、管理したい目的と意図に沿って決めるべきなのである。そうして求められた個別製品の原価は、売価決定の最重要データとなるだけではない。どの製品をのばし、どの製品は退場させるか等、経営判断の材料となるのだ。経営判断とは、たいていの場合、限られた経営資源をどこに配分するか、という形で表れる。この時、製品別の損益がもっとも重要なデータの一つになるのである。 したがって、共通費用の配付をどのようにするべきか、いいかえれば原価計算の方式は、それ自体が重要な経営上の課題なのだ。ところが、この点に気づかぬまま、「原価というのは何か会計部門が適当な基準で計算してくれるものだ」と勘違いしているマネージャーが多い。人件費単価、いわゆる賃率などについては、多くの人間が知っており、その値に敏感になるが、その計算方法はたいてい、お任せ状態になってしまっている。 かつてSAP R/3の本(「SAP R 3ハンドブック
by Tomoichi_Sato
| 2012-09-24 21:50
| B4 プロジェクト・コストと見積
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