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品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い

わたしのつれあいは長い間、あるフランス製の化粧品を愛用していた。日本でも売っている店はあるのだが、少ないし、値段も高い。だから海外出張に出たときは、かえりに免税店でその会社の製品を買うのが習慣になっていた。化粧品は用途と色と型式で複雑なラインナップになっているから、出がけに手渡されたメモを頼りに、読みにくいフランス語表記の製品を店頭から探し出すのが、わたしの任務だった。

ところがあるときから、その依頼がぱたりと来なくなった。つれあいに理由をたずねると、“なんだか最近、あそこの製品って品質が落ちたのよ。ブラシとか安物でペナペナになってきたし、パフのケースもすぐガタが来ちゃう。きっと中国生産とかでコストを下げて来てるんじゃないかしら”--という答えだった。でも、仮にそうだとしても、化粧品自体の性能に変わりはあったのかい、と聞き返したが、“そんなとこで手を抜く会社の製品が信用できると思う?”と、あきれた顔をされるだけだった。

化粧品に『性能』という概念が当てはまるものなのか、わたしはよく知らない。当てはまらないのかもしれない。あれほど多くの女性達が(一部は男性も)、あれほどの情熱と金銭をかけて選ぶ商品に、客観的な性能指標がないというのも不思議な気がする。まあ、きっと、そう思うわたしの方がおかしいにちがいない。ただし、化粧品の性能は論じられなくても、『品質』なら語ることができそうだ。このフランスの化粧品メーカーは、品質が問題で、長年の顧客を一人、失った訳だ。では彼らは、社内の品質管理部門や品質保証体制をきちっとすれば、この問題を解決できただろうか? なんだか疑問に思える。でも、だとすれば、そもそも品質管理とか品質保証とかは、何の役に立つのだろうか。

ちょっと別の話をしよう。設計の品質はどうやって確保あるいは改善したらよいのか? --この難しいテーマをめぐって、ある会社のエンジニアリング部門に招かれて、講演をしたことがある。もう10年前のことだ。精一杯準備してのぞんだつもりだが、残念ながら上出来な講演だったとは言い難い。引き受けてからずっと考え続けても、「十分レビューする」くらいの事しか思いつけなかったのだ。相手の担当の方には、申し訳ない気持ちが今も残っている。でも、設計の品質とは何なのか? 製造の品質とは何が本質的に違うのか?

それから何年か経った後、別のある顧客の工場を見学させてもらった。偶然にもそこは、かつてわたしが講演をした会社が設計・建設したものだった。ディスクリート系の工場である。加工機械や測定器や自動搬送機械がずらりと並んで、整然とした連続処理を行う立派なシステムだ。しかし、その工場の立ち上げ時にはトラブル続出で、相当苦労した、と顧客の担当の方は言われた。機械も設計し直し・作り直しが多く、納期は遅れ、結局かなり赤字プロジェクトだったろう、と。わたしは機械エンジニアではないから、個別のマシンの設計の良しあしはわからないが、たしかに全体のレイアウトや、搬送のバッファーの置き方など、システム全体で観ると疑問な点がいくつかある。あの講演の題が「設計の品質」だったのは分かる気がした。

品質とは何かについて、もちろんJISやISOに定義はいろいろある。現在のJIS Q 9000:2006『品質マネジメントシステム』では、こうだ:「品質(quality)とは、本来備わっている特性の集まりが、要求事項(requirement)を満たす程度」。これは元々ISO 9000規格の翻訳だから、ここではあえて原語をカッコに入れて並記した。また、日本オリジナルの規格であるJIS Q 9005:2005『質マネジメントシステム』では、「質とは、ニーズまたは期待を満たす能力に関する特性の全体」となっている。

ちなみに後者では、「品質」から“品”の文字が抜けて「」になっている点に注意してほしい。理由は、「品質」ではモノの質のみを表す感じが強い点を嫌ったためだ、と聞いた。たしかに「物品」や「製品」などの言葉を見ると“品=Goods” と感じるかもしれない。だが、品という漢字は元々、「品格」「上品」などのように、クラスが上だという意味も持っていたはずだ。まあここらあたりは言葉の好みかもしれないが。

さて、上記のJISの定義によると、品質とは特性が顧客の要求またはニーズを満たす程度だ、となる。ところで、顧客が商品やサービスに求める最も重要な要求・期待とは、いうまでもなく『価格』である。できる限り低価格であること、あるいはせめてリーズナブルな価格であること、を第一に望まない顧客はいないだろう。それでは、“価格とは品質の一要素だ”と言うべきだろうか? 価格決定は品質管理部が決めるべきなのか? もちろん、価格は品質特性の一部などと考える専門家は誰もいないだろう。

では、顧客が価格に次いで要求・期待する『納期』はどうだろう。短納期であることは高品質を意味するだろうか? --これも、なんだか違う気がする。納期遅れ問題の解決に、品質保証部が取り組むという話もついぞ聞いたことがない。短納期が品質の重要な一部だという事になったら、さぞやスケジューラ・ベンダーも商売が伸びてうれしいだろうが、そうなりそうな気づかいは今のところ無い。納期は品質に含まれないのである。

もちろん、JISやISOの規格屋さんは、こう指摘するかもしれない。「価格や納期は、対象に“本来備わっている特性”ではない。製造や販売の都合で、後付けで決まる特性だ」と。たしかに、ISOの文章はそう慎重にもそう記述している。

だったら、『性能』はどうだろうか? これこそ、顧客が望み、かつ要求する主要な特性ではないか。しかも販売部門や製造部門が恣意的に付与する特性でもない。すなわち、品質の中核である、と。

すると、こうなる:わたし達は例えば、同じ車種でも、1300ccのエンジンを搭載した車より、1600ccのものを搭載した車の方が、「品質が高い」と認識する、と。これは本当だろうか? あるいは、100Wの電球は、60Wの電球より「品質が良い」。そんな言い方を、わたし達はするだろうか? 品質管理の仕事は、より高性能な製品を出すことにあるのだろうか? はっきり言って、こうした差は「性能が良い」状態であって、「品質が良い」のとは違うことがわかる。そういう言葉づかいを、わたし達はしない。性能は品質の一部ではないのだ。

それじゃあ、『素材』はどうだ? いくらなんでも、素材こそ品質の重要な要素であるはずだ。--では、あなたが「綿100%」の表示のついた外国製衣服を買ってきて、実はポリエステル混紡だったと知ったら、低品質をなげくだろうか。“詐欺だ!不良品だ!”と怒るのではないか? もしステンレス鋼を指定したポンプに炭素鋼が使われていたら、エンジ会社はメーカに突き返し再製作を要求するだろう。「重大な不適合だ」と言って。決して「もっと品質を上げろよ」とは言うまい。

では、硬度や透過性や摩擦係数などの『性状』はどうだ? あるいは耐久性や賞味期限や保証年数などは? ・・もう賢い読者の皆さんは帰結を想像できただろう。もう一度、100Wと60Wの電球を思い出してほしい。両者の違いを品質の差と誰が思うだろうか。どんな特性項目であれ、それがユーザの主要な要求事項であり、価格に密接に関係し、かつメーカが表示・保証するものである限り、それはもう「品質が高い・低い」を評価する対象ではなくなるのだ。100Wの電球は、100W仕様であるだけだ。そこにあるのは、「合格」あるいは「不合格(欠陥)」の判断でしかない。なるほど、生産者の側からすると、不合格品の比率を下げること、あるいは不合格品を間違って出荷させないことは、品質管理部門の課題だろう。しかし、購入者の立場からは、買った電球が使えればそれでいい。100Wだから高品質、などと評価したりはしないのだ。

かくして、品質という言葉をめぐってさまざまな特性を吟味してきたが、引き算の結果、おどろいたことに何も残らないことになった。わたし達は『品質』を議論したがるが、これは実体のない中空の概念だ、と。したがって、「設計の品質」を論じるなども無意味なこと--なのだろうか? わたし達の議論は、一体どこで道に迷ってしまったのだろうか? 

次回は、この問題にまったく別の角度から答えを与えてみたい。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2012-04-18 23:29 | サプライチェーン | Comments(0)
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