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マイルストーンとEVMSのねじれた関係

プロジェクト・スケジューリングの理論では、日程表の中に書き込む要素を、アクティビティとイベントに大別する。アクティビティは明確な始まりと終わりを持った出来事で、生産スケジューリングにおけるタスクにほぼ相当する。一方、あるプロセスが何らかの達成点に到達する瞬間をイベントとよぶ。たとえば、「卒業式」はアクティビティだが、「卒業」はイベントである。

イベントの中でも特に重要な意義をもつものが、マイルストーンである。マイルストーンはプロジェクト・スケジューリングで大事な役割をはたす。たとえば、基本設計完了だとか、製品の工場出荷などはしばしばマイルストーンとして扱われる。通常、マイルストーンは、そこを通過したら仕事が後戻りをすることはない。仕事のプロセスの逆止弁のような役割を果たす。プロマネにとってはほっと一安心でき、また気持ちをリフレッシュできるタイミングである。

そこで、プロジェクトの進捗度管理において、マイルストーン達成日時の予定と実績を対比して、とどこおりなく仕事が進んでいるかをチェックする方法がある。マイルストーンの予実をリストアップしたものをマイルストーン管理表と呼ぶ。プロジェクトのガント・チャートを書く場合は、マイルストーンはしばしば☆印や旗印などで図中に表記される。

ところで、通常の教科書に書かれているアーンドバリュー分析(EVMS)の手法では、このマイルストーンはうまく組み込まれていない。最近普及の著しいアーンドバリュー分析は、プロジェクトを構成するすべてのアクティビティの予算(PV)と完成出来高(EV)・実際費用(AC)を対比して、進捗率およびコストの予実を把握する手法だ。そのベースとなるのはアクティビティの予算である。しかしイベントやマイルストーンには、予算を割り当てようがない。したがって基本設計が承認されようが製品が工場を出荷しようが、出来高はほんのちょっと(対応するアクティビティの予算分だけ)上がるのみである。気分的にメリハリのないことおびただしい。

そんなのは単に感情的な問題に過ぎないじゃないか、と考えるのは浅慮である。じつは、マイルストーンの達成とは、通常なんらかの不確定性・リスクが大きく下がる瞬間でもあるのだ。設計が固まる、製品がトラックに積み込まれる、これらの瞬間を重要だと人間が感じるのは、その時点において設計変更や納期遅延のリスクが完全に遠のいたからなのである。通常のEVMSでは、この意義をハイライトすることができない。

そこで、現実のプロジェクト進捗計算でしばしば採用されるのは、アクティビティ以外にマイルストーンにも何らかの重みを与える手法だ。基本設計承認では、アクティビティとは別に5%の進捗率アップを計上する、という風に行う。EVMSとマイルストーン管理表の折衷的な方法で、理屈の点ではあまり美しくないが、実務上の納得感を与えることができる。

受託型のプロジェクトでは、実際問題として、支払い条件にマイルストーンをからめて設定することが多い。プロジェクトのキックオフで20%、設計完了で40%、製品出荷で80%、検収完了で100%、といった風に、マイルストーン毎に支払いを行う契約である。必然的に、マイルストーン管理表の手法に近づいていく(EVMSだって、もとは「出来高払い」という支払い慣習に根ざして生まれた)。

その際にマイルストーンの設定において注意すべきことは、クリティカル・パスを構成するアクティビティの後ろにマイルストーンを置くことだ。そうすれば、マイルストーンの遅れがすなわちプロジェクト全体の遅れに直結するので、注視する意味が出てくる。フロート(余裕日数)を持つアクティビティ上に置いたのでは、プロジェクト全体の進捗の指標にならない訳だ。

とはいえ、そもそもアーンドバリュー分析は、プロジェクトのスコープが明確で、WBSを最初からきちんと組み立てることができるような「ハードな」種類のプロジェクトに適している。研究開発初や新製品開発のように、最初の段階ではスコープも納期もあいまいな種類の「ソフトな」プロジェクトでは、むしろ最初からマイルストーンで把握していくほうが適切である。

このように、EVMSとマイルストーンを適切に使いわけたり、あるいは適度に併用したりすることは、理論を知らない結果と言うより、現実的なプロジェクト・マネジメントを理解している証しだ、と考えるべきだろう。
by Tomoichi_Sato | 2011-10-18 19:43 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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