不確実性のマネジメント - 新薬創出のR&Dの「解」
医薬品の中には、1gあたりの価格が宝石よりも高いものもある。画期的な新薬の開発にうまく成功すれば、一品目だけで数年から十数年にもわたって、製薬企業の収益を支えることができる。まさに宝物である。 そのような画期的医薬品の代表例の一つが、三共(現・第一三共)の高脂血症治療薬「メバロチン」であった。1991年から2003年まで、13年間にわたって日本の医療用医薬品の売上高トップの座を維持した。しかし、本書によれば、メバロチンの開発は計画の線に沿って進展したプロジェクトではなかった。'73年にコレステロール合成阻害作用を持つリード化合物が発券されていたが、マウスによる動物実験ではまったく効果が出なかったという。しかし、飲み屋での偶然の出会いから、別の動物の非公認実験の協力者を得て活路を見いだし、'81年からは前臨床試験、そして'84年から人による臨床試験が始まる。認可を得て販売開始したのは'89年で、ここまでに16年の歳月がかかっている。また臨床実験では通常、数十億円の費用がかかる。 このように偶然や運が大きく作用する医薬品開発プロジェクトは、どのようにマネジメントされているのか。これが本書の研究テーマである。著者は筑波大の助教授(出版当時)で経営学者であるが、比較的読みやすく書かれている。 新薬開発の成功確率は、2006年の業界団体調査によれば、約1万2000分の1である。まさに一攫千金の宝探しと言っていいい。製薬企業のマネージャーの中には「医薬品の研究開発はマネジメントできない」という人さえいる。にもかかわらず、著者の調査による比較では、日本の製薬企業の間における新薬開発の生産性(成功率)に関し、歴然とした差が見られるのである。その差はいったいどこから来るのか? 「粘り強い研究が画期的な成功につながる」というストーリーは、しばしば聞かれる。しかしこれでは、逆に言えば「いつまでもプロジェクトを止められない」問題も生じる。 著者は、新薬プロジェクトを、上流(探索段階)と下流(開発段階)に分けて考察する。そして、継続か打ち切りかの「go or no-goの判断」が最重要である、との仮説にたどり着く。ところで、臨床試験段階に入ったプロジェクトは、すべて厚生労働省に申請して始める事が義務づけられている。すなわち、医薬品業界は、新製品開発プロジェクトの公的な統計が存在する、きわめて珍しい業界なのである(殆どの業界では、すべて秘密裏に進むために失敗統計が公表されない)。著者はこれを利用し、「生存時間解析」という手法を用いて、主要10社のデータを分析比較する。 その結果わかったのは、フェーズ2と呼ばれる有効性試験の途中で、明確に絞り込む事が最も効率がよいらしい、との事だった。そして、10社の中で最も成績の良い武田薬品は、まさにこのパターンの戦略にしたがっているのである。(余計な話だが、わたしはこの桑嶋氏のデータに対して、リスク確率に基づいたプロジェクト価値分析を行って、フェーズ2成功の価値貢献が最大である事を、2010年のスケジューリング学会で報告した) 本書の後半1/3は、優れた製品開発マネジメントの産業間比較にむけられる。そして、「市場ニーズの多様性」と「製品構造の複雑性」という2軸での整理による藤本・安本モデルをもちいた分析が行われる。 本書の主要な主張は、不確実性と運に大きく支配される製品開発においても、組織によるマネジメントはあり得るし、有効でもあるという事にある。その鍵は、意志決定と、勇気ある中断撤退にある。本書の副題が、「新薬創出のためのR&Dの『解』」であることにも示されるように、製品開発マネジメントとリスクについて興味ある人々にとって必見の書物である。
by Tomoichi_Sato
| 2011-08-30 23:28
| G 書評
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