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「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(その1)

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--ああ、こんな風に車が流れてくれると、運転ってのはなんて楽なんだろう。さっきまでのあの渋滞の中じゃ、何もしていないのにひどく神経が疲れた。今はもっとまともなことに神経を集中していられる。

「流れるべきところを淀ませてしまうものごとって、それがなんであれ、すごく自然にも人間にも反しているのよね。見ためじゃわからないけど、そういう時って精神的にとってもエネルギーを消耗するもの。」

--ほんとだよね。それは見かけの能率だけからじゃわからないことだな・・。
 おっと、このバイパスに降りなきゃあ。

「危なーい。もっとやさしく運転してよ。
 ・・さっきの電子商取引の話の続きだけれど、でも、全然知らない人たち同士が、同じ本や旅行について意見を交換する場所で知り合うことができるのって、いいわね。ITって人と人を結びつけるのに役立つのかしら? だったらそれこそがITの一番の価値なんじゃない?」

--人を結びつける可能性がある、ってのはある程度ぼくもそう思う。それがITの一番の価値だっていわれると、ちと抵抗があるけどね。

「あら、そう? でも、電子メールひとつとっても、すごい発明だと思うけど。あれ発明した人には、ノーベル賞あげてもいいくらい。」

--あれは特定のだれかの発明品じゃないし、ノーベル賞とはまた大げさな・・だったらインターネットの出会い系サイトだって直木賞あげなきゃならん。

「でもね、宇宙旅行のSFはたぶん昔からたくさんあったと思うけど、電子メールが登場するSFなんて昔はなかったんじゃない? 100年前から人類が待ちこがれて、必然的に誕生したってたぐいのものじゃないはずだわ。」

--そりゃま、地球上のほとんど誰もが(まあこれは極端だけれど、かなりの人間が)Eメール・アドレスをもって通信し合う世界なんて、考えてみりゃかなりSF的ではあるな。それでアラブ世界じゃ革命まで起きたものな。でも昔のSFによれば、21世紀にはみんなエア・カーを乗り回していて、いつまでもこんなに地上が車で渋滞してなかったはずなんだけどな。

「いまごろ鉄腕アトムが空を飛んでたはずよね。ロボットとか人工頭脳とかは夢にあったけど、電子メールは夢を超えていると思うわ。」

--さっきの西洋対日本のときも同じ議論したけどね、ぼくは定型化の好きな石頭だから、メール=ITみたいなとらえ方には反対なんだ。君はニッポンの親指メール礼賛論みたいだったけど。

「わたしは西洋との違いを伸ばせといっただけ。だってあなたが若い女の子たちを馬鹿にしているように聞こえたからよ。」

--それはどうも失礼。ぼくにとっては、あやふやな情報をワープロできれいな帳票に打ち込んでは社内メールでたれ流しているおじさん達も、女子高生と同類さ。

「だって石頭のおじさんたちがガチガチに定型化してつくりあげた、日本のこの縦割り社会のおかげでみんな窒息しかかっているんじゃないの! そこに横穴を開けて風通しをよくする電子メールのどこが悪いの。」

--ぼくは定型的な情報の流れと非定型なコミュニケーションは区別しようといっているだけ。それで思いだしたけど、アメリカに有名なホーソン実験というのがあった。

「何それ? 知らない。」

--もうだいぶん以前の話だけれど、アメリカの経営学者たちが、工場労働者の作業能率を向上させる因子は何かを調べようとして、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でいろいろな実験をした。たしか電線か何かの工場で、女子労働者がおおぜい働いていた。

「それで?」

--たとえばね、ある班を選び出して、照明の明るさを上げて作業させてみたんだ。そうすると、確かに作業の能率が上がった。なるほど、これは発見だ! そこで、これを逆の面から確かめるために、照明を暗くしてみた。能率は下がるはずだ。ところが。

「ところが?」

--これまた作業の能率が上がってしまったんだ! 学者たちはわけがわからず、頭をかかえた。

「まさか、工場の明るさが、ちょうど一番作業しにくい明るさだった、ってことなの?」

--ちがう。あれこれと確かめてみた結果、学者たちは、その班がテストの対象に選び出されたということだけで作業の能率が上がることに気がついた。たとえば、チームワークがよくなるといった具合にね。

「女の人たちだったら、十分あり得る話だわ。」

--でも、それは、会社の職制を通じた公的なチャネルによる指示でそうなるんじゃない。非公式な、職員同士の横のコミュニケーションでそういう結果が生まれるんだ。そこで、会社組織内には非公式なコミュニケーションが存在して、それは公的なコミュニケーションと同等に近い重みを持っていることを研究者たちは発見した。これは「ホーソン実験」として経営学の重要な発見となった。

「あっきれた・・だからアメリカの経営学なんてみんな大馬鹿だっていうのよ!」

--おいおい。

「だってそうじゃない! 何が“発見した”よ。職場に横のコミュニケーションがあるなんて、どこの会社に勤めたって3分でわかることよ。女工は命令したら黙々と牛馬のごとく働くもんだと思ってたわけ? ご立派な学者先生よねえ。黒人奴隷を働かせて自分だけ楽していたプランテーションの発想だわ。まったく、『女は世界の奴隷か』だわ。」

--しまった。変なところに火をつけちゃったかな。ぼくがいいたいのはね、組織内での人と人との関わり方には公式なものと非公式なものの二種類があるってこと。電子メールを非公式なコミュニケーションの道具として礼賛する前に、ITが公式コミュニケーションを再編する可能性の方を、もっと評価して欲しいんだ。

「公式コミュニケーション? 命令とかのこと?」

--君の軽蔑するアメリカの経営学によるとね、企業というのは、共通目的協同意識・そしてコミュニケーションの3要素からなっている。これのどれか一つでも失うと、企業組織とは言えないんだ。
 共通目的のない集団の例は、町内会や自治体などの、単なるコミュニティ集団だ。これは企業組織とは言えない。それから、目的は共通だけれど協同意識がない集団もある。予備校のクラスなんかそうさ。組織ではなくライバルの集合体でしかない。そして、目的も協同意識もありながらコミュニケーションのないものは、やはり企業ではなく烏合の衆という。
 これまでの職制を通した公式コミュニケーション、つまり指示や報告は、紙か口頭を通したものだった。伝達に時間がかかるし、正確さも低い。ITは多数の相手に同時に発信できて、蓄積も検索もできる。これはいままでのピラミッド型の組織構造を変える可能性さえ秘めてる。

「そうお?」

--ピラミッド組織というのは、そもそも人口の年齢構成もピラミッド型で、かつ年功序列制のときにはじめて意味があるものだ。今みたいに高齢化社会で年齢構成がいびつになって、なおかつ年功序列もあやしくなった時代にはひずみが多い。

「じゃ、どういう風になるの?」

--ぼくも確かなことは言えないけれど、多分今よりももっとフラットな、機能も権限も分散された組織の形になるんじゃないかな。

「ふうん・・今の、一点集中のタテ型社会が崩れてくれるんならうれしいけど、ほんとにそうなるかしら? たとえばネットが発達すれば、遠くから大都会に通勤したりするかわりに、地方に分散して住んだまま仕事ができるようになるといいのにね。」

--はやりのSOHOだね。

「SOHOって?」

--Small Office, Home Officeの略で、自宅や小さな事務所単位で仕事をする形態のこと。高速ネットワークが整備されれば打合なんかもネット上でできるし、報告書や仕事の成果物もメールで送れるようになるから、みんなが巨大なオフィスに通勤して集まる必要はなくなるはずだ。と、喧伝されている。でも、ぼくには疑わしい気がするけれどね。

「どうして?」


  (この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-05-11 22:48 | ITって、何? | Comments(0)
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