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「ITって、何?」 第18問 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?(3/3)

--それはね、結局、人の問題になってしまう。工場をどうするかではなくて、人をどうするか。つまり文字通り、教育だね。

「そうなの? だったら、日本なんてアメリカ以上に教育レベルは高いんじゃないの?」

--はてね。むやみにアメリカを礼賛したくなんかないけど。でも日本のそれは、はたして、事実に対し多面的かつ客観的にアプローチする方法の教育だろうか? あるいは新しいパラダイムを産み出せるような独創性をそだてる教育だろうか? 情報の価値を認識できる、あるいは物事の進め方をシステマティックに分析できるような教育だろうか?
 正解の知識がどこか天から降ってきて、それをひたすら覚えるだけの、訓古学を試される科挙の制度みたいなものじゃなかったろうか。

「でも、あなたのいう、『システマティック』って何よ? システム・エンジニアならみんなシステム的に考えられるってわけ?」

--いやいや、とんでもない。IT屋がみなシステム分析の方法論を身につけているなら、この国の産業はこんなに混沌状態になってはいないはずさ。ぼくのいうシステム分析の能力というのはね、人間系に対する洞察と、機械系の論理との間をバランスできる思考方法だ。いいかえれば、人間が必要な情報と、機械のあつかえるデータやロジックとの関係をうまく定義できる能力。

「なんだかかっこよく聞こえるけれど、抽象的だわ。そもそもシステムって言葉自体がよくわからないわよね。」

--『システム』という言葉はね、多義語なんだ。元々の意味は「系統」を意味していた。家系図みたいな系統だね。複数の構成員が集まって一つのファミリーをなす、という。

「それなら、英語でいえば太陽系だってsolar systemだわ。日本語で『ソーラー・システム』っていうと、なんだか屋根の上の太陽熱でお風呂を沸かす装置みたいに聞こえるけれど。」

--そうだね。そういう装置のことを指す場合もある。それから、「明朗会計システム」みたいに、手順や方式を表すときもある。でも、もう少し一般化していうと、複数の要素同士が機能を持ちながら有機的に連携して、全体としてある目的を達成する仕組みのことをシステムいう。

「だから太陽熱湯沸かし器は立派なシステムである、と。そうなの?」

--まあね。でも、その中に情報と判断の仕組みが入っているかどうかが大きな分かれ目だ。湯沸かし器にはたぶんそれはない。このカーナビにはそれがある。

「コンピュータが入っているかって事?」

--端的にはね。でも、別にデジタルでなくアナログの計装制御みたいなものでもいいのさ。湯沸かし器に温度センサーがついていて、それでポンプの駆動や弁の開閉をコントロールしてお湯の温度を一定に保っているのなら、それも立派な情報と判断の仕組みだ。初歩的だけどね。とにかく、情報と判断が入るような系は、だんだんシステム・エンジニアの仕事の対象になっていく。そして日本人は、こういう目的の明確な道具を作る、ハードウェアの設計はとてもうまい。

「あれ? 日本人はシステム作りの能力が低いという話じゃなかったの?」

--そうだよ。ところでさ、「会社」ってのはシステムだと思う?

「ええっ? さあー。いろいろな部署が機能を分担しながら一緒に仕事をしていくんだから、システムなんじゃない?」

--目的は何さ?

「そりゃ、民間企業ならお金儲けでしょ?」

--そうだね、最終的には。つまり、営利企業というのは、人間達と、工場などの機械・設備などが一体になって、ある目的を果たそうと機能しているわけだ。その中にはとうぜん情報の流れと判断がある。ね? 社長とかはその判断のためにいる。
 ところで、この人間系も含んだシステム、いや人間系を中心としたシステム、これを設計するのはむずかしい。人間と機械と両方を知らなければならないからだ。むしろ人間の方をより知っている必要がある。人間の持つ論理、性質、感情、ルール、コミュニケーション・・こうしたものを深く理解していなければ、企業の仕組み、ビジネスのプロセスをエンジニアリングすることなんておぼつかない。
 こういう仕事のできる人のことをシステム・アナリストという。

「アナリスト・・分析家ってわけ? 精神分析家みたいな?」

--分析だけでなく処方箋を書けなけりゃいけない。企業の持つ目的だとか、それを実現するための戦略とかに沿った形で、情報システムの機能要件を決めていく。そして人間系における仕事の流れを同時に提案していく。
 残念ながら日本ではこのシステム・アナリストが足りない。そもそもシステム・アナリストという言葉がほとんど知られていないのが、日本の現状ではある。

「わたしも初めてきいたもん。それってあなた一人の勝手な言葉づかいじゃないの?」

--システム・アナリストという言葉は確立した用語さ。まあ肩書きはどうであれ、本来はどの組織にも、アナリストの職能を持った人間がいなくてはいけない。そうでなければ、その組織には自分の仕事を改良する能力がない、ということだからね。

「そういう職種って、プログラマーの人がなるの?」

--全然ちがいます。それはものすごく広くはびこっている誤解だ。プログラマーはコンピュータの内部の仕組みを考えるのが商売。コンピュータが好きで、そういう職人仕事に適した人がなる。システム・エンジニアは情報システムの設計が商売で、これもどちらかというと計算機の方に顔が向いている。
 ところがシステム・アナリストは人間の方に顔を向けなければいけない。コンピュータが好きで、コンピュータの論理しか知らない人間はアナリストには向かないんだ。

「コンピュータが好きな人しかIT屋さんはつとまらないかと思っていたわ。」

--これまで日本ではしばしば、プログラマー→システム・エンジニア→システム・アナリストという風にキャリアを積んで年功序列で出世するもんだと皆が思っていた。でも、こんな奇妙な進化論があるだろうか。プログラマはいわば腕のいい大工さ。でも大工が仕事を続けていれば建築士になるだろうか。

「じゃ、アナリスト、つまり一級建築士の方が、大工さんのプログラマーより偉いと言いたいの?」

--偉いとか高級だとか、そんなこといってるんじゃないよ! まちがえないでほしい。アメリカでは下手なアナリストより高給取りのプログラマーは珍しくない。職種が違うといってるんだ。だから必要な教育も資質も違う。

「ふうん。IT屋さんにも、そんなにいろんな職種があるんだ。」

--その認識が足りないために最近よくある喜劇はね、企業が情報部門を分社化してITエンジニアを全員子会社か何かに追い出してしまうんだ。アナリストも含めてね。ところが、しばらく経つと、自社内の仕事の合理化を検討するためにアナリスト的な人がまた生まれてくる。それが目に付きはじめると、また人員削減と称して、またアナリストを追い出す羽目になる。これをいつまでも繰り返す。ほんとは喜劇だか悲劇だか分からないけどね。
 今どき情報システムなしに組織なんて成り立たないんだから、社内アナリストも必要なのさ。それなのにプログラマーと同一視して外から雇えばいいと思っているんだ。ちょっと話がそれたけど。

「ねえ、そういうアナリストになる人はやっぱり理科系出身なの?」

--文系理系は関係ない。人間系の洞察が一番のスキルだからね。そもそも、入試の時の得意科目で人間を二種類に分けたって意味ないじゃないか。ようは問題をマクロにとらえる能力、部分と全体の関係を理解する能力があるかどうかだ。人間様の情報を、機械のロジックとデータにどうモデル化できるか、そのセンスが問題なんだ。

「データのモデル・・それって、あなたがさっきのインターチェンジでえんえん説明してくれたことでしょう? 結局なんだかよく分からなかったけれど、とっても乱暴な単純化だってことだけは感じたわ。」

--乱暴といわずに“割り切り”といってほしいね。

「いいわよ、割り切りでも。でもね、ああいうアングロサクソン的な割り切りで、切り捨てられてしまうものが情報にはあまりにも多くないかしら? あなたはITが西洋哲学の子どもだ、って威張っていたけれど、あんなイデアとか唯名論みたいな物差しで日本を測ったら、遅れて見えるのは当然だわ。
 あなたは定型化がとってもお好みのようだけど、わたしは携帯の親指メールでコミュニケーションをとるのも立派なITだと思う。それとか、TVゲームとか。」

--たしかに、ゲーム機のハードとソフトだけは、日本が世界でもっとも先進的といってもいい唯一の分野ではあるな。でもまあ、我々の長所は長所としておいてだね、あちらの良い点も学ばなきゃ。

「それじゃダメなのよ! そうやって長所はおいて短所を補い、万遍なく点を取って秀才になろうとするから、日本人ていつもお利口なお馬鹿さんになっていくのよ。」

--おやおや、だったらどうしろと言うんだ。親指の訓練でもしろってか!?

「人と違っていたらね、その違いを伸ばすのよ。日本が西洋と違っていたら、そのちがう点を育てなきゃ。そうでなかったら、どうして個性が伸びるのよ? 個性と個性がぶつかって、磨きあってこそ、あなたのほしがる『独創性』が初めて手にはいるのじゃないかしら。」


              (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-04-15 22:46 | ITって、何? | Comments(0)
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