Verizonという会社をご存じだろうか? アメリカの通信事業会社である。専門分化し細分化された米国の通信業界において、長距離通信と携帯通話サービスを中心に健闘している。しかし何よりも、NYのウォール・ストリートを中心とした金融街の通信事業者の中核として、Verizon社はその独自の地位を築いている。
9.11の悲劇から1週間後の月曜日、NY証券取引所はその業務を再開した。全員が「ゴッド・セイブ・ジ・アメリカ」を唱和し、続いて会頭の振りおろすハンマーによって業務を再開する映像は、世界中に放映された。フランスのニュース番組は、『アメリカがここまで信心深いとは知らなかった』と皮肉っていたが、アメリカの社会がもつ再生力を象徴するシーンだったことはまちがいない。 ところで、この劇的な再生シーンの背景に、Verizon社の死にもの狂いの努力があったことはあまり知られていない。 取引と言うと机と紙しかいらなかった旧時代はともかく、現代の金融取引の中心手段は通信である。そして、その通信の物理的な基盤はウォール・ストリート中に張りめぐらされた光ケーブル網であることも、考えてみればすぐ分かることだ。 そのケーブル網は、ワールド・トレード・センターのツインタワーの崩壊によって、当然ながらずたずたにされてしまった。Verizon社の中核設備は同センターの7階区にあったが、これも大きな被害を受けた。そして、ウォール・ストリートの機能の復旧とは、すなわちVeirzon社がどれだけ彼らの顧客への接続サービスを再生できるかにかかっていたのだ。 この間のVerizon社の不眠不休の努力は、Fortune誌(2002年10月15日号)の記事が詳しく書いていた。9月11日の朝、同社の社員たちは、本社ビルからツイン・タワーの崩壊場面を呆然と見つめていた。「これを目撃した以上、全力で復旧作業を行わなければ気が済まないという心理でした。」と彼らは同誌に語っている。事実、ウォール・ストリートから世界各地へと送られる声とデータ情報をサービスし、350万以上のハイ・キャパシティ・サーキットと電話回線30万本を処理していていた4個の巨大な交換装置が危機に瀕していた。 これらネットワークを、危険地区を避けてマンハッタンの別の場所に迂回させ、つなぎ直す作業にどれだけ超人的な努力がいるか、通信技術者でなくても想像がつくだろう。彼らはさらに、金融街に戻ってくる何千人もの企業人の便宜を図るため、携帯電話用の仮説アンテナを設置することまで行なった。 米国の通信業界が細分化され競争社会にあることが、この場合は幸運に働いた。大手企業は複数の通信業者を同時に採用しており、一ヶ所に危機が起こった時に別のルートやサービスが選択できる状況にあった。いわばシステムに冗長性があった訳だ。また、ふだんは競争している通信業者が、このような社会的危機の際には団結し協力して動いたことも大きい。ここらへんは開拓者の子孫たちから成り立っているアメリカ社会の良い面だろう。 再生力のポイントをもう一つ上げるなら、それは自己責任による判断があったことだ。Verizon社が、自社の設備の危険性を承知で、あえて事故後しばらく稼働させたまま放置した(人間は避難せざるをえなかった)こともそれだ。こんな状況にどう対応すべきか、当然ながらそこまで社内規定では決まっていなかったにちがいない。現場判断による一種の賭けである。このおかげで多くの電話回線が数時間のあいだ生き続けて、人々の連絡を助けたのだ。 複数の競争があること、しかしそれを超えた協力もできること、自律性すなわちマニュアルに無い状況でも自己判断ができること・・こうしたことが相まって、ウォール・ストリートのネットワークの再生力を強めた。 これからえられる教訓はなんだろうか? 我々の社会においても、サプライチェーンの危機管理が今や真剣に問われている。危機管理を考えるとき、事故や災害や悪意の攻撃を未然に防ぐ方策は何より大切だ。 しかし、もうひとつ大切なことは、サプライチェーン全体の再生力を高めることだろう。供給のネットワークを単線化せず、複数事業部間で協力ができること、そして何よりも、危機的状況が起こったときに、現場での自己責任による判断が許されるような緊急時の権限委譲が保証されていること・・こうしたことを包含してこそ本当の対策となるのである。
by Tomoichi_Sato
| 2011-03-29 00:00
| A6 サプライチェーン
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