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「ITって、何?」 第17問 IT業界で成功する秘訣はあるの?(その1)

<< ITビジネスを支配する諸法則 >>

「なんだか数式まじりのややこしい話だったけれど、私の質問とかみ合っていなかったことだけはたしかね。私は会社の大きさの話なんかじゃなくて、IT産業がどういうパターンで発展してきたかっていうことを聴きたかったのよ。それが分かれば、世の中がITってものをどう理解して、どういう価値を認めてきたのかが分かるかもしれないと思ったのよね。」

--ごめん。数式なんかはどうでもいいのさ。今の議論のポイントは、IT企業のサイズ分析をしてみると、この産業が決して直線的な発展ではなくて、分岐増殖型の道をたどってきたことが分かる、ということなんだ。一つの進化の直線上で自然淘汰と生存闘争を行うんじゃなくて、分岐して新しい生存圏を開拓しながら広がっていく。これがIT産業の発展の姿なんだ。そして、幸いまだ弱肉強食の成熟市場にも至っていないことが教訓だ。

「うーん・・。ねえ、じゃあもし世の中がまだそれだけの勢いで、ITにお金を使い続けるのなら、今からでもITビジネスの会社を作って独立すればもうかるんじゃない? 分岐増殖の法則なのならば。あなたも、やりなさいよ。」

--あのね。簡単に言ってくれるけれど、やれば誰でももうかるようなビジネスがこの世にあってたまるかよ。バブル時代の不動産業者じゃあるまいし、それなりの売り物がなければ、商売になりはしないさ。

「あら、ないの? IT業界で成功する秘訣なんてないのかしら? あなただって会社でずいぶんシステムを作っているんだから、売り物にするべきよ」

--そりゃ作っているけれど、ほとんどは自社向けのシステムさ。うちの会社のやり方に従ったシステムを隣の会社に持っていっても、そのまま売れるわけじゃない。
 よそに売るためには、きちんとしたパッケージにしなければならないんだ。機能に多少は汎用性を持たせて、マニュアルもきれいにそろえて、サポートや教育の体制も作らなければいけない。

「だったら、すればいいじゃない。」

--あのね、Brooksというひとが、自著「人月の神話」の中で、こんなことを言っている(図)。
 ┏━━━━━┳━━━━━┓  
 ┃     ┃     ┃  
 ┃プログラム┃プロダクト┃ │
 ┃     ┃     ┃ │
 ┣━━━━━╋━━━━━┫ │(3倍)
 ┃システム ┃システム ┃ │
 ┃部品   ┃プロダクト┃ ↓
 ┃     ┃     ┃  
 ┗━━━━━┻━━━━━┛  

    ──────→
     (3倍)

 この図で左上にある「プログラム」は、普通のコンピュータのプログラムで、自社で使うために作った、単体の機能を持つものを指している。
 これををよそに売るために製品としたものが、右上にある「プロダクト」だ。基本的な機能は同じだけれど、信頼性を高めるためのテストや、分かりやすいマニュアル、経常的なメンテナンス体制などのために、必要とされるマンパワーは、実に三倍にものぼる。

「3倍とは、またずいぶんふっかけたわね。」

--オーバーに聞こえるかもしれないけれど、お金を取って売る以上は責任が生じてくる。社内のだれかが作ったものなら、どこかにバグがあって計算が違っても、“いや、ごめんごめん”ですむかもしれない。でも商品だったらそうはいかないだろ?

「まあ、お金を取る以上は、たしかにアマチュアの作品なみじゃあ困るわね。」

--ところで一方、左下にある「システム部品」は、同じプログラムではあるけれども、それをもっと大きなシステムの中で組み合わせて使えるような部品にしたてたものだ。目的は社内用だが。

「なあにそれ。言ってることがわかんない。」

--そうだな、どういえばわかるかな。
 たとえば、君が自分用に英日の自動翻訳ソフトを作ったとする。

「ちょっと待ってよ! わたしはね、機械翻訳なんて基本的に不可能だし無意味だと、つねづね思っているの。少なくとも印欧諸語と日本語との間なんて使い物にならないし、まったくナンセンスだわ。そもそもね、IT屋さんって・・」

--タ、タンマ。ご高説はいいけど、これは単なるたとえ話なんだからちょっと置いといてくれないかな? まずい例だったかもしれないけれど我慢してもらって、君がとっても素晴らしい英日翻訳ソフトを作ったとする。英文をタイプ入力すると、画面にすかさず日本語の翻訳が表示される、と。

「わかったわよ。それで?」

--これを君は自分用のツールとして使っていた。ところが、まわりの人間が、これはよくできているから、電子メール・サーバのソフトに組み込めないかと提案する。英文で電子メールが外から来ると、自動的に翻訳して、日本語のメールとして宛先にくばってくれる仕組みだ。ね? これは、電子メール・システムという大きなソフトの一部として、部分品として動いてくれる。こういうものをシステム部品と呼ぶんだ。
 システム部品は、基本的な機能は元のプログラムと変わらないけれど、他のサブシステムとのインターフェースの整合性とテスト、共通のデータベース構造の利用、設計文書の整備などのために、手間はやっぱり単体プログラムの開発のおよそ三倍かかる。

「また3倍なの?」

--それが図の下向きの矢印の意味していることだ。
 右下はその二つが複合したもので、「システム製品の中で使う部品」を意味している。これを作るには3倍×3倍で、結局10倍近くのマンパワーがかかることになるわけだ。言っておくけれど、基本的には同じ機能のプログラムなんだぜ?
 この効果を念頭におかないために、たくさんのプロジェクトがスケジュール遅れの泥沼に陥る羽目になった、とBrooksは主張している。自社向けにプログラムを作ったことがあるからといって、世の中に売れる製品が簡単に作れると思ったらとんでもない間違いなのさ。

ネットワーク外部性の法則

「でも、それって自社用のソフトをパッケージ化して売る場合の話でしょう? たんなる受託開発のビジネスの場合はもっと簡単に競争できるんじゃないの?」

--単なる受託開発の請負業で成長するのは、じつはかなり難しいんだ。というのは、この業種は能力の差が見えにくいからさ。能力やアイデアよりも、どうしても業務知識や経験の幅が売り物になる。すると、建設業と同じで、発注側はどうしても過去に実績のある方を選びがちだ。ネットワーク事業ほどではないけれど、やはり大きい企業ほど「信用できそう」な気がする。

「大きい方が能力があるの?」

--実際のプロジェクトになれば、じつはあまり大差はないね。とくに、初期のシステム分析のフェーズは属人性の方が強いから。大企業だといっても、過去に類似の業務を経験した人間がかならず担当者にアサインされるとは限らないし。
 それに、大企業はプロジェクト・マネジメント能力を売り物にしているけれど、その内実はけっこう個人任せで、まだまだ技術というよりスキルのレベルにとどまっていたりする。
 しかし、こういう「信用」というやつはなにせお布施みたいなもんだから、どうしても大小の企業が争うと大の方が勝つ、弱肉強食になりがちなんだ。

「持てる者はますます富み、持たざる者はますます奪われるであろう・・福音書のマタイ伝にでてくる言葉みたいだわ、まるで。
じゃあ、受託開発の業種に小さい企業が参入しても勝ち目はないのかしら」

--かなり特殊な業界のノウハウでも持っているか、あるいは革新的なパッケージでも抱えていれば別だけれどね。この業種で安定して存続し成長するためには、ある程度の大きさが必要になる。つまり、「臨界点」=原子力でいうクリティカル・マスがあるようにおもうね。

「でも、あなたがいっているのはソフトの開発でしょう? 通信ネットワークのサービス企業とかにはあてはまらないはずだわ。」

--ところが、ここにも「ネットワーク外部性」という、大きい方が有利だという法則がある。

「なにそれ。」

--ネットワーク外部性というのはね、ネットワークの価値は、その利用者数の2乗に比例する、という法則だ。いや、2乗以上だ、という説もある。つまり利用者数が2倍になると、価値は4倍以上になり、利用者数が10倍になると、価値は100倍以上になるというんだ。だから、買い手はどうしても大きい方を選びたくなる、ということさ。

「ここでも、持てる者はますます富み・・って具合ね。でも、どうしてそうなるの? たしか経済学じゃ、収益逓減の法則だかなんだかで、売上が増えても利益は比例しては上がらないはずじゃなかったの?」

--収益逓減の法則ってのは、利用者一人あたりの利益に関して言っているわけで、その点ではあたっているのかもしれない。けれども問題なのは、利用者の数がどれだけのスピードで増えて行くかの方にある。
 ネットワークというのは、2点間をむすぶサービスだ。結ばれる線というか、組み合せの数が多ければ多いほど利用者にとってメリットが多い。2点を結ぶ線の数は、数学では点の数の2乗に比例する。
 たとえばもし、携帯電話がそれぞれの事業会社内でしか通じないとしたら、誰だって一番大きい方に参加するだろ?

「でも、現実には他の会社の電話機とも通じるじゃない。」

--だから携帯はある程度、価格競争になってしまった。これを避けるため、各社とも独自のサービス開発に必死だ。その成功例がi-Modeだったわけだ。
 ネットワーク事業は外部接続性が命になる。この場合は図体の大きい、接続「させる」側の発言力が大きくなってしまう。結局大きい方が有利なのさ。

ロック・イン現象

「なんだかあなたの解説って夢がなくてつまらないわね。」

--悪うござんしたね。この業界に十年以上も身をおいていると、いろんな栄枯盛衰を見て、すれっからしになるんだ。飛ぶ鳥を落とす勢いだった企業が、あっという間に失速して、イカロスよろしく墜落していくのも何回か見たし。

「たとえば?」

--そうだね、パソコン・ソフトの世界でいえば、太古の時代のVisiCalc、MultiPlan、CP/M、それからdBASE、WordPerfect、Lotus 1-2-3、Netscape・・もう、枚挙にいとまがない。どれも一世を風靡して、事実上の業界標準とまでいわれたものばかりさ。

「どうしてだめになっちゃったの?」

--どうしてだと思う?

「知らないからきいているんじゃない、いじわるね。・・えーと、競争相手に負けたからじゃないの? コストとか、品質とか、サービスとかで。」

--ライバル製品に負けるといったって、一度は市場の5割以上を席捲したものばかりだよ。簡単にはひっくり返らない。プロ野球で今年は巨人が勝つか阪神が勝つか、みたいなものじゃない。なにより、パッケージ・ソフトの市場には「ロック・イン」の性質がある。

「何それ?」

--いったんある方向に動きはじめると、逆方向にはロック=すなわち歯止めがかかって、後戻りしにくい現象。自転車のチェーンなんて前方向にしか回らないようになっているだろ? あれさ。
 だからね、最初に甲乙ふたつの製品があって、商品力がほぼ互角でも、どちらかの製品が優勢になると、強い方がますます加速度的に強くなるんだ。カウンターバランスが働きにくいからね。

「またなの、ここでも。」

--どうしてそうなるかというと、パッケージ・ソフトの製品は買手側にいろいろな付随的投資を要求するんだね。たとえばユーザ教育・トレーニングの投資。いったんあるソフトの使い方を習得すると、別の製品の使い方を勉強し直すのは無駄に感じられて抵抗が大きい。他のシステムと組み合せて使う時にも、インタフェースの構築に投資する事になる。こうした資産は簡単にきりすてられない。
 それから、データ資産の問題もある。データの保存形式はソフトごとに異なる事が多い。そうなると、ソフトをのりかえるためには、いったん蓄積されはじめたデータを全部コンバートするか、捨てるかしなきゃならない。

「そういえば、個人で使うソフトだって、友達同志でファイルを交換できる方が便利ね。」

--だからどうしても人と一緒のソフトを買おうか、となってしまうだろ? マニュアル本とかも、どうしてもたくさん売れているソフトから先に出版される。アドオン・ソフトも同様さ。雑誌メディアの情報も多くなる・・という訳で、市場のシェアが大きい方がどんどん強くなってしまう。

「でも・・なんだかその説明っておかしくない? ワープロだって何だって、二つどころか何種類も世の中には売っているわよ。」

--そう。ところがね、マーケティングの世界では、いつも結局トップの2者の対決に収束していくんだ。ある程度成長した市場には二人分の席しかないんだね。

「それで、機能がいい方が勝つのね。」

--そうでもない。機能・価格・タイミングの中で一番大切なのはタイミングさ。
 さっきもいったように、市場にはロック・インの性質がある。だから、タイミングが一番大事になる。適度に優れた機能を持つ製品を、早いタイミングで市場に出し、しっかり宣伝する。マーケティングが大事なんだ。市場を征服するのは、プロの目からみれば機能はおとっているが、タイミングがうまかったので勝った製品がほとんどさ。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-03-09 00:21 | ITって、何? | Comments(0)
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