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「ITって、何?」 第16問 ITビジネスの成長のパターンってどうなっているの?(1/2)

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しばらく彼女は黙っていた。

--どうしたの? もう質問は終わりかい?

「考えていたのよ。たしかもう15問したから、20の扉もあと5つしか残っていないわ。それなのにまだITって何なのか、よくわからないんだもの。」

--まだ5つも残っている、とも言えるな。

「あなたって楽天家ねえ、まあいいけど。今までに、まずデータと情報の違いの話を聞いたでしょ? それから、データのデザインのなんだかややこしい話。で、情報の価値の話になったのよねえ。値段と価値は違うってこと。それから情報システムの価値はどうきまるかって話・・ううん、そうじゃなくて、どう決まらないか、って話だったわ。」

--ぼくとしては一貫して、ITには目に見えない価値がある、って説明してきたつもりだけれどな。人間は情報に価値を見いだす。ところで情報を機械でうまくハンドリングするためにはデータに換えなけりゃならない。データを処理するためのツールとしてITがある。だからITの価値を認めてほしい。とても理屈がとおっているだろう?

「その筋道のどこかに、なんだか欠けているところがあるのよ。すりかえっていうか・・。あなたはITをお仕事にしているから、なんとか自分の仕事に価値を認めてもらいたくて一生懸命みたいだけれど。」

--誰だって自分の仕事にはとうぜん価値を認めてもらいたいだろう! 仕事っていわば自我の延長なんだから。ぼくは自分の仕事に誇りを持っていますよ。君だってそうだろ、翻訳の仕事は横のものを縦にするだけじゃない、って日頃から言ってるじゃないか。

「でも、価値ってとても主観的なものじゃないかしら。」

--主観的。そうかもしれないけど、それじゃ一銭も稼げないじゃないか。ぼくとしてはお金に換算してもらいたいね。システムを作って、ある人は百万円の価値があるといい、ある人は一円の価値もないという。それじゃ商売にならないよ。ぼくとしては、百万円なのか80万円なのか、という議論に持っていってもらいたいんだ。

「価値あるすべてのものがお金で買えるとは限らないわ。」

--あのね。そりゃそうだけど、愛や友情はお金では買えないわ、とか、一人の命の価値は地球よりも重たいわ、とかいった議論を今さらぼくらはしなきゃいけないんだろうか。保険会社は命の価値さえ値段表にしてしまう。それが資本主義ってものだろう? ITだって立派な産業なんだから、お金で計らせていただきたいもんだ。

「産業・・そうね、ITは巨大産業だわ。たしかまだ工場制手工業の時代だっていう話だったけれど、どうやって巨大になったのかしら。ITビジネスの成長のパターンってどんな風になっているの? これがわかるとITの性格が見えてくるかもしれない。」

・IT業界の生態学

--うーん。それってけっこう難しい質問だと思う。君への答えに直接なっているかどうか分からないけれど、IT企業の大きさの分布については、ぼくなりに最近調べてみたんだ。大企業と小企業に二極分化していないかどうか、まだ成長の余地があるのかどうか知りたくてね。

「会社の大きさの話なの? まあたしかに、ITって巨大企業もいるわりに小さな会社もいっぱいあるみたいね。ふつう、大企業独占か中小零細企業だらけか、どっちかになりそうなものだけれど。」

--ところで、まずね、この世のたいていの偏った分布の形は、“ジップの法則”で説明できるといわれている。

「なんなの、薮から棒に。数学の話?」

--いや、大企業と中小企業の話なんだけれどね。どの大企業だって最初は中小企業から出発したわけだろ?

「NTTやJRみたいに、東西に分割されても大企業からはじまる、ってあるわよ。」

--ま、例外は認めよう。しかしほとんどの会社は小さな規模からはじまって、しだいに成長してくる。もちろん成長し損なって消滅してしまうものとか、合併吸収されてなくなってしまうものもある。でも、基本的には、中小規模のものの数はやたら多くて、大きくなればなるほどその数は減っていく。
 つまりね、これは一種の生態学の問題なんだ。生き物の数と大きさに関する分布の学問がつかえる。
 
「そうなの? 統計学じゃなくて?」

--ふつうの統計学って、こういうときにはちょっと不便な学問なのさ。基本的にガウス分布という分布型しかない。

「ガウス分布。昔きいたことあったかもしれないけど忘れちゃった。」

--正規分布ともいう。多数のサンプルをとって値を測ってみると、平均値のまわりにだいたいきれいに分散している、というのが正規分布だ。ヒストグラムを描いてみると、中央に平均値があって、その左右に対称にきれいな釣りがね型の分布型をえがく。たとえば人間の身長なんてそんなパターンに従う。

「だったらそれを使えばいいじゃない」

--そうはいかないんだ。会社にはある平均的な大きさがあって、個別の会社はその上下にばらつく、という風だったら、世の中は中企業ばっかりが多くて大企業も小企業もすくない、ってことになるはずだろ? ところがそうはなっていないんだ。世の中は中小・零細ほど数が多くて、大企業は指折り数えるほどしかない、というケースがほとんどさ。

「そういえばそうね。」

--だから、経済的市場における企業の成長パターンの分析には、ふつうの統計学は使えないんだ。

「そこでいきなり生物学のお出まし、って訳なの? 飛躍しすぎてない?」

--生物学じゃなくて生態学。生物学は個々の生物を研究する学問だけれど、生態学は生物の集団のあり方や、それをとりまく環境との相互作用を研究する学問で、もとは生物学から発したけれども、ある意味ではもう少し広い対象を相手にしている。
 企業ってのも、生き物の集団に似ているところがある。だから生態学の知恵を応用するとうまく現象を説明できるときがある。
 
「すっごい無茶に聞こえるけれど・・たとえば?」

--生態学ではよく、地域の中における生物集団の数が問題になる。自然を構成する植物や動物の種は、地域や気候によりさまざまだけれど、『生物の種とそれに属する個体数の頻度分布』という次元に抽象化すると、そこにはある程度の傾向が見えてくる。手っ取り早く言えば、“大多数の個体は、少数の種に集中する”という傾向だ。

「もう一度言ってくれない?」

--例えば、ある島に二十種類の鳥類が、合計1000個体確認されたとする。するとおそらく、せいぜい二、三種類の鳥が全「人口」の半分以上を占めているだろう。これがその島の『代表的な鳥類』になる。

「はーん、それであとは少数民族になるのね。分かる感じ。」

--他の別の島では別種の代表的鳥類が生息しているかもしれないが、個体の大多数が特定の少数の種に集中する現象には変わりがない。そして、個体数のヒストグラムの形が、正規分布のような対称形になることはまずあり得ない。それはどの種もほぼ同じくらいの数が同居しているということだからね。
 ところで生態学の教えるところによれば、競争と協調の下での種の個体数分布には、三種類の原型的パターンがあるとされている。
 
「どんな?」

・独立モデル・分岐増殖モデル・弱肉強食モデル

--第一の原型は独立型モデルといわれる。
 このモデルでは個体はそれぞれ、他と独立で全く無関係である、と仮定する。いいかえれば「無構造」という構造だ。一定面積の流域の中にいランダムに個体をばらまくと、その中に存在する個体数の頻度分布は、Poisson分布という分布形に従う。この分布形は平均値を大きくなると数学的には正規分布の形に近づいていく。

「なんだか頭が痛くなりそう・・」

--これは一種の数学的な純粋論だから、忘れてもいいよ。
 しかし普通生物の生息密度が上がると個体間の相互作用が無視できなくなり、現実には別の分布形に近づいていく。それが分岐増殖モデルと弱肉強食モデルだ。

「分岐増殖モデル?」

--分岐増殖モデルは『コロニー』の考え方が基本にある。今ある地域いくつか生物のコロニーがあり、それ自体は一定の増殖率(ε)で個体数が、増えていく。その一方で同時にコロニーからは時々個体が独立して飛び出し、新しいコロニーの元となる。新しいコロニーの出現する確率は、現在のコロニーの数に比例する(比例乗数μ)。

「コロニーを“会社”だと思えばいいわけ?」

--その通りです。会社自体は一定のスピードで、成長して大きくなっていくが、それと同時に、会社からスピンアウトして、新しい会社を作るやつらが出てくる。その確率は、現在存在している会社の数に比例する、と。

「ははあ。ちょっぴり話がつながってきたわね。分岐して増殖するのね。」

--こういう仮定をおくと、コロニーの大きさ(個体数)xは、それを大きさの順に並べたときの順位kにたいして、

    -(ε/μ)
 x∝k

という関係式が成り立つ。つまり、順位kの(ε/μ)乗に反比例するということになる。

「なんだかちんぷんかんぷん。」

--べつに数式は理解できなくてもいい。大事なことは、大きさの順位表をつくってみると、順位と大きさとの間にきれいな数値的関係が見いだせるってことだ。
 この関係を初めて生態系の中に発見し、その理由を数学的に示したのは、Yuleという学者で、1920年代のことだった。けれど、40年代になってジップという経済学者が、個人の所得分布やいろいろな言語の中の単語の使用頻度分布など、情報と人間行動に関連した分野で、かなり広範に見られることを発見して以来、『ジップの法則』と呼ばれるようになった。
 
「ふうん・・。でも、三つのモデルといったなら、もう一つあるはずよね?」

--三番目は弱肉強食モデルです。このモデルは、もっとはっきりと生存競争が行われる場合を仮定している。いまn種の生物がいて、それが生息場所をめぐって争うとする。この生息場所のことを生態学ではニッチ、という。

「『ニッチ』って、すき間市場を指すマーケティングの言葉じゃなかったの?」

--いまはそっちで有名になっちゃったけど、もとは生態学の概念なのさ。ところで、生物種の間には強弱関係が明確にやって、弱者は強者に会うとそこで消されてしまうと考える。

「まあ。そうしたら一番強いものだけが生き残るの?」

--もしも全体の領域が狭ければそうなる。けれど、ある程度広ければ弱者も生き延びる場所を見つける幸運に恵まれるだろう。この時、個体数分布は、

      -r
  x=bk

となる。
 たとえば湖の底棲動物などはこのパターンに従うことが知られている。

「なんだかため息が出てきちゃった。長々とご説明いただいたけれど、だから結局何なのよ?って感じ。話の筋道が見えないんですけれど。」

--これからが本題さ。IT業界の企業ランキングを調べて、今説明した3種類のモデルを当てはめてみると、面白いことが見えてくる。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-02-21 23:46 | ITって、何? | Comments(1)
Commented by ニッチしか見えないw at 2011-02-22 20:04 x
生態学におけるニッチ概念。勉強になりました。
ソフトバンクの孫さんは、生まれてからニッチなど狙っていない!最初はニッチだけど、それが将来、大きな産業になるからニッチを選んだ!と述べていました。流石ですね。
普通は組織規模が零細の場合は、パズルのように1個1個組んでいくのですが、孫さんのような英才は、ニッチなんだけど「面」を狙う。その面自体が高さを持つようにしている。
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