<< IT投資対効果の話(つづき) >>
--エンゲル係数か、なるほど、そうだね。対売上高比率で1-2%と3-5%という日米の数字の差は、二つの国がITに対してとらえている値うちの差だと思っていいだろう。 「それだけのお金を皆、投資に使っているの?」 --正確に言うと投資と、毎年の運用経費と両方の合計だ。 ちなみにITは、設備投資に比較すると、初期投資金額に対するメンテナンス金額の比率がずっと高い。 「どういうこと?」 --オフィスビルとか工場だったら、毎年設備の維持管理にかかる金額は、投資額全体の、いいところ3~5%だろう(減価償却は除いてね)。だけれどITの場合は、15%から20%近くかかってしまう。おまけに償却年数だって。工場や設備は、十五年から三十年くらいだ。片やITの方は、へたをすれば五、六年で陳腐化してしまう。 「うわー。すごいわね。」 --うん。実をいうと、陳腐化の速度が速すぎて、今の会計上では見えてこない困った問題が出てきてる。ぼくはこれを『過償却』と名付けてるんだけれど。 「過償却?」 --うん。あのね、ふつう情報システムってのは無形固定資産として計上されている。だからとうぜん減価償却がある。 「ふんふん。」 --ところでね、ソフトでもハードでも同じなんだけど、技術の陳腐化にともなって価値がどんどん減っていく。このスピードが速すぎて、税法上の償却なんてあっというまに追い越しちゃうんだ。そうなると、ある期間をすぎると減価償却がゼロを割り込んで資産価値がマイナスに転じてしまう。つまり資産だったものが負債に替わってしまうのだよ。それでも同じものを使い続けていると、次にシステムを更新するための費用が(これはユーザの抵抗その他も全部ひっくるめて言っているんだけれど)最初の投資額よりずっと大きくなってしまうのさ。これがぼくの名付ける『過償却』だ。 「マイナスになっちゃう、ってすごいわね。実物経済じゃ、ちょっとありえないことだものねえ。」 --ま、逆にいえば、世の中の変化の速度が速いときにはソフトウェア投資の方が短期的リターンが大きいので有効である、ともいえるのだけれどね。 「それで会社の経営者の人たちは納得するのかしら。」 --しないよ! うちの会社の場合なんか、ね。『これまでにずいぶん金を使っただろうが? なぜ足りないんだ!?』なあんて怒鳴られるんだ。 「なんだか子どもに小遣いをせびられてチビチビ渡しているお母さんみたいね。『この間もあげたじゃない、いったい何に使ったの?』なんて」 --いや文字どおりちびちび出費しているからいけないんだ。無計画にね。 ITの世界ではね、ミクロをいくら足してもマクロにはならない、ってことを忘れちゃいけない。ほら、IT投資は工場を建て増すのと同じ、っていっただろう? 世の中、無計画に工場を建てる人はいない。グランド・プランなしに建物をつぎはぎしたら不便に決まっている。 ITもまた、見えない建物なんだ。同じお金を払ったとしても、ちびちび無計画に使っていたらその効果は半減しちゃう。 戦略でも、戦力の逐次投入が一番いけない。帝国陸海軍以来の愚行の繰り返しだと思うよ。 「まあ、偉そうね。経営者だったら費用対効果を言うのは当然じゃないの?」 --費用対効果をあまりうるさく言いすぎるとかえって弊害があると、ぼくは思う。 「どうしてなの?」 --ITの一番の効果は、Visibility、つまり可視性を上げることだと思う。いま会社の状況がどうなっているか。これをを、手作業で報告していた時代よりも、ずっと素早く正確に経営者にリポートしてくれる。いってみれば、飛行機により高性能な計器を搭載するようなものだ。肉眼だけで飛んでいたパイロットにとって、計器を追加する価値は費用対効果で表せるかい? ちょうどこのカーナビみたいもんだ。この便利さは使ったことのない人に説明するのはとても難しい。カーナビなんかなくても車は運転できるし、これまでだって問題なく運転してきた。でも今後はカーナビのない車なんて想像できない、という世の中になっていくのは確実さ。 「可視性、ねえ。・・それがそんなに大事かしら。」 --君も自分で運転席に座ったらそう思うようになるよ。 トップ・マネジメントに近い人間ほど、恐れていることがある。それはね、上になればなるほど、自分にとって都合のいい情報しか入ってこなくなることだ。途中の中間管理職の階層でどんどんフィルターがかかって、肝心の生々しいことが見えなくなってしまう。ぼくだって正直言って、あまり都合の悪いことは上司には上げたくないもの。 でもね。ITのもたらす可視性は、職制を通じた報告、つまり今の情報管理ないしフィルタリングの仕組みを変える可能性を持っている。このことの意味に気づいてくれるマネジメントがもっとずっと多ければと、いつも思うよ。 「ITへの投資って、お代は見てのお帰りに、みたいに使ってみてからその満足感で払うような仕掛けにすればいいのにね。」 --はは、でもそんなことをしたら食い逃げする奴が続出するに決まっているさ! でもまあ、ごく一部ではあるけれど、「成功報酬」型の金額の出し方をするケースもある。最初に一種のアセスメントをするんだ。IT導入の結果、どれだけの金額がセーブできるかを算出する。そしてその数字に比例して金額を、投資額として見積もる。そして実際にシステムが稼働した後で、第三者を連れてきて、セーブされた金額を客観的に評価する。もっともこれはアメリカでの話で、日本の企業風土ではなかなかなじまないだろうけれどね。 それにこれはお金のセーブに直接つながる種類のシステムじゃなければ適用できない。お金と値うちの関係って、やっぱり単純じゃないからね。 「そうかしら。」 --そうさ。たとえばね、Linuxという基本ソフトがある。これはパソコンその他いろいろな種類のコンピューターで動く。機能も信頼性も高い。でも、これはもともとフィンランドの学生が、自分の勉強のために始めたプロジェクトで、値段はタダなんだ。会計学的にいえば、買うことができないから金銭価値はゼロだ。 でも値打ちはとてつもなくある。開発者のライナス君はいまだに一文ももらっていないが、Linuxの周辺をめぐる市場はすでに大きなものになっている。インターネットの世界ではね、“面白い”こと自体がすでに価値なんだ。沢山の人間の注目を集めるということ自体、大きな意味がある。 「なんだか広告屋さんみたいなセリフだわ。」 --広告だけではないよ。大勢の人が集まって来るというのは、そこに新しいアイデアやチャンスが生まれる可能性も秘めているって事なんだ。 そうだろ? 「まあ、そうね。」 --IT投資が今現在のそろばん勘定で見て「もうからない」からといって、将来も儲からないかどうかは分からない。 「そうね。そうだわ、生産的であることがあまりしつこく問われない、ってことかしら。・・そうね、たとえば、喜捨で寺院を建たとして。」 --喜捨で寺院! そりゃあまた豪勢だな。 「いいじゃない、うるさいわね。あなたのお金でやるとは言ってないわよ。・・喜捨で寺院を建たとしても、それだけじゃお金を生まないけれど、寺院の周辺に市場が建てば、人が集まって、商売になるかもしれない。そういうことね?」 --ううん・・まあね。もちろん、ふつうのIT投資はそこまで豪奢で向こう見ずじゃないけれど。でも、ぼくの友達にはパソコン・ネットワークで結婚相手に出会ったカップルが何組かいるよ。そういう人たちにとって、ITの価値はお金に替えられるだろうか? 「わあ、IT屋さんが開き直ってる!」 --そうさ。いいじゃないか、いつも会社に言い訳と弁解ばっかりなんだから、たまには演説させてくれ。先のことなんか誰が分かるだろうか? 生まれたての子どもにどんな価値があるかは、誰も分からない。でも、未来に対してオープンな姿勢でいなければ、自分の未来はやってこないんだ。 「他人のつくったお膳立てが押し寄せてくるだけよね。そう、それだけは絶対にいやだわ。」 (つづく) (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato
| 2011-02-14 23:55
| ITって、何?
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Comments(1)
たしか今年の米国の場合、減価償却を単年度で対応して良いと伝えていたの聞いた。つまり、儲けた分をそのまま資産として購入し節税対策そのまま使える。心理経済学の一環で、過償却をさせない仕組みだと認識している。
システムの価値を考えると、やはり稼働率が固定化されている場合、無稼動の時も稼動の時も一緒の固定コストなので、非利用されている時には空いたスペースをいかに安くしてでも稼動させるかが重要だと思う。お試しなどがその部類に入ると思う。 陳腐化する速度が速いと認識して対応すれば、新しい分野に投資し、数年後に開花するようなノウハウに投資するのがベスト。でもそれを見抜くのは普通の人は出来ないから、優秀な人の意見や行動を参考にするのが良い。 最近、凄いと思ったのがソフトバンクの孫さんが、決算発表の時に、中国の動画サイトを200億円投資した事。本人は10年後に見てください!と言っていたのが印象的。すでに2億人が有料会員として登録し、中国ではすでに2時間程度毎日見ている人がいるという現状だけでも1歩先をいくIT投資をしているのが簡単にわかる。
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