新春、R先生を久しぶりに訪問した。先生は半ば引退した経営コンサルタントで、人生の大先輩である。
「最近、大学でプロジェクト・マネジメントを教えているそうだが、どうだい? 調子のほどは。」 --なかなか、難しいですね。やっと2シーズン目が終わったばかりですが、相手は大学3年生です。プロジェクトどころか、人と一緒に何か働いたという経験が、ほとんどありません。そういう人たちに、半期とはいえ実質3ヶ月ちょっとの期間で、プロジェクトのポイントを伝えるのに苦心しています。 「そりゃま、そうだろうな。そもそも社会人の世界でも、『プロジェクト』という感覚が薄いからな。」 --そうなんです。そこで2年目は、以前先生にいただいたアドバイスを思い出して、授業で教える知識の量を少し減らしました。かわりに、例題を出して自分で考えてもらうようなグループ演習を増やしてみたのですが。 「そうか。少しは効果があがったかね?」 --どうでしょうね。でも、教室で知識だけ教えたって、どうせすぐ右から左に抜けてしまうのは、自分の学生時代を思い出しても当然のことでしょう。『自分の頭で考えついたことしか、人は実行できない』と昔先生がおっしゃっていた言葉が、あらためて身にしみます。 「そのとおりだよ。それが、コンサルティングする場合の要諦でもある。君みたいに、客先の問題を全部自分で解決して見せよう、なんて力んでみても、うまくは行かない。相手に考えてもらうんだ。もちろん、ヒントくらいは出すけれどね。」 --でも、そこが実行が難しいんです。相手の頭の中にある、問題を捉える枠組みみたいなものがあって、それが変に固定されてしまっているために、一つの視点に捉えられて別の見方ができないケースが多いんですよ。たとえば、技術志向の強い人の場合、なんとかして技術論で問題を解決しようとします。じつは契約条件を変えれば問題が解消するにもかかわらず、そっちに水を向けてもかえって感情的に反発されたり・・。 「でも、あくまで向こうに考えさせなければいけない。思考の枠を外して考えれば、かならず解決策は出てくる。そして、うまく小さな成功体験ができれば、それをきっかけに少しずつ変化が拡がっていくはずさ。それがコンサルティングのテクニックというものだ。むろん、時間と根気は必要だがね。 学生の授業に話を戻すが、どんな構成で授業を組み立てているのだね?」 --まあ、ありきたりですが、イントロダクションの後は、スコープ、WBS、スケジュール、コスト・・と、一通りPMBOK Guide風に項目を追って進めます。さらに進捗コントロール、コミュニケーション、リスク、プロジェクト評価と進んで、最後にグループの課題発表会をして終了です。最終課題には1ヶ月くらいの期間を与えてます。 「学生はどの項目に興味を示す?」 --うーん、どれでしょうかね・・。コストなんて、人件費の絡みで自分達の就活にも関わるので、注意して聴いています。スケジュールもまあ、わたしの得意分野でもあるし、クリティカル・パスを見つける演習なんかで理解はしてくれてるようです。 難しいのは、日本語に対応する概念のない、スコープとかリスクでしょうね。あと、コミュニケーションというのは逆に、若い人の言語運用能力が低いので、うまく教えていく必要のあるところだと感じています。 「スコープ意識やリスク感覚の無さ、そしてコミュニケーション能力の乏しさは、大人たちだって同じだろう。学生というのは社会の鏡だからな。当然の結果だ。」 --コミュニケーションでは何を教えようかと悩んだのですが、とりあえず、『事実』と『意見』を区別して述べる、を中心にしました。この区別は、日本じゃ学校でもほとんど教えませんが、外国人とコミュニケートする場合はほぼ必須のスキルです。今の学生は、遠からず否応もなくいろんな外国人とやりとりする場面に投げ込まれるでしょう。その時、客観的に見える“ものの言い方”ができないと、頭のわるい幼稚な人間に見えてしまって、ひどく不利になります。 「そのとおりだ。リスクについては何を教えてる?」 --これが難しくて。わたし自身は、リスク登録簿中心にリスク・プランニングさえすれば事たれり、というPMBOK Guide風の考え方はあまり好きではありません。それは必要最小限の出発点でしかないわけです。が、どうしても教科書風に、リスク対策の基本戦略とは、って感じの講義になっています。 「リスク対応の基本戦略とは何だね。」 --そりゃあ、回避する・転嫁する・低減する・保有する、の4つの戦略ですよ。もとはR先生から教わったことじゃないですか。 「なんだ、そのことか。しかし、それではリスクに向かう一番肝心なところが抜けている。両手両足があって、胴体がないようなものだ。」 --え。胴体ですか。 「知らんのか、君は。リスクに向かうときの基本中の基本となる態度だ。それが無かったら、いかなるリスク対策も意味がなくなる。考えてみなさい。」 --うーん・・。どういうことでしょう。 「分からなければ、宿題にしておこうか。これで先生だと言うんだから、困ったもんだな。」R先生は大げさに顔をしかめてグラスをとった。「学生達のことだから、リーダーシップ論とかには興味を持たないのかね?」 --あるのかもしれません。でも、あまりリーダーシップ論や戦略論は教えないつもりなんです。MBAや経営学の講義じゃないですから。もっと地に足のついた、大げさじゃないプロジェクトの進め方を学んでほしいと思ってます。リーダーシップとマネジメントは違うんだ、という話は最初にしてますけど。 「さて、それはどこまで伝わってるのかな。若いうちはヒーローが好きだし、ヒーロー的リーダー像に憧れるものだ。ちがうかな。」 --でも、誰もがヒーローになれる訳ではありませんが、たいていの社会人は大なり小なり、マネジメントにたずさわるようになるものです。マネジメントって、ずっと散文的で実務的なもんですから。 それで思い出したんですが、最近、世の中のリーダーシップ像に3つの類型があると気がついたんです。知性型と、意志型と、強運型リーダーです。それが、予測可能性と、意志の力と、運不運との三つの軸にそれぞれ対応しているんですね。ちょうどこんな三角形に表現できます。 わたしは『リーダーシップの3タイプ--その価値観と望まれる能力』の図を、紙の上に描いてR先生に説明した。先生はしばらく図をじっと見ていたが、顔を上げて眼鏡の奥からわたしを見た。 「この図にはもう一つ軸が欠けているよ。」 (この項つづく)
by Tomoichi_Sato
| 2011-02-03 22:11
| ビジネス
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