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「ITって、何?」 第14問 システムの値段は誰が決めるの?

<< システム作りの方法とコスト >>


「あなたの説明で、いちおう情報のもつソフトな価値は、いままでのモノの価値とはずいぶん違う性質のものだってことは何となく分かったわ。それで、データそれ自体は中立で意味を持たないけれど、情報を生み出す潜在的な可能性が大きいから、やっぱり価値があるわけでしょ?
 でも、それじゃ、そもそもあなたみたいなIT屋さんたちが作って売ってる、情報システムっていうのかしら、そういう仕掛けの方は誰がどうやって価値を決めるの? PCとかパソコン・ソフトなんかもそうだけど。」

--PCや携帯電話みたいな情報機器は、ハードウェアだ。これは電子部品の集まりで、原価の計算は分かりやすい。それに同じ製品を大量生産して薄利多売するわけだからね。部品のコストに組立・検査の費用と利潤をのっければ、まあ販売価格になる。これはいいだろ?
 パソコン・ソフトみたいなパッケージ・ソフトは、開発費用がコストの大部分を占めている。それに多少のマニュアル印刷代・箱代なんかが乗っかる。だから後は広告宣伝費に利潤を乗せて、何本くらい売れるかを想定して採算がとれるように値段を逆算する。それに競合製品が多数あるから相場もある。
 むずかしいのは個別受注生産みたいにして作るソフトウェアだ。これは比較の対象がないから相場というものが成り立ちにくい。

「でもオーダーメードの洋服でも相場っていうものはあるわよ。」

--まあね。洋服の場合はデザイン料と、布地の代金と、縫製の手間賃とで成り立っているわけだろう。情報システムの場合もある意味では同じことだ。デザインの料金と、材料にあたるハードウエアやパッケージ・ソフトの値段、それから作り込みやテストの人件費で構成される。
 問題は、最後の「人件費」の占める比率が、べらぼうに大きいということだ。

「どれぐらい多いの?」

--そりゃケース・バイ・ケースだけれど、最低でも半分程度、多ければ九割以上が人件費だと思っていい。

「え、それじゃまるで人海戦術じゃない。」

--そう。ソフトウエア開発は、労働集約型産業と呼ばれている。つまりほとんど人手で、手作りなんだね。

「どうして機械化しないの?」

--したいけど、まだできないんだ。

「やだぁ、ソフトって工場みたいなところで、どんどん自動的にできてくるのかと思ってた。ITって先端産業みたいだけど、人手が頼りだなんてずいぶん遅れてるのね、内実は。」

--まあね。実際にはまだマニュファクチュア、つまり工場制手工業の段階なんだ。

「それじゃまるきり産業革命以前じゃない。」

--それはある意味じゃ当たっている。ただ、どうしていまだにそうなのか、その理由を理解してもらうにはシステムの作り方をすこし説明しなけりゃならない。
 カスタム・メイドの情報システムの作り方ってのは、たとえて言うならば建築に少し似ている。
 まず最初に、お客さんが何を作って欲しいのか、何に使う目的のものなのかを引き出す。建築でもITの世界でもこれは同じだ。IT用語ではこれを要求分析という。
 
「要求分析・・へんな言葉ねえ。」

--そうだね。まあ業界の用語だから。これは建築で言うと基本計画にあたる。
 次に設計の段階が来る。建築の場合ならば図面を引き始めるところだ。外観はどうするか、構造やレイアウトをどうするか、給排水や空調などの設備はどこに入れるか、そんなことを考えて設計図に落とす。情報システムの場合なら、ユーザ・インターフェースはどうするか、データ構造やプログラム構成はどうするか、通信はどうするかみたいなことを考えて設計書を作るわけだ。

「やっと、どんなものができてくるのか少し分かるのね。」

--そう、だからこの段階で当然お客さんの承認を得る。
 それから実際のモノ作りがはじまる。建築ならば、基礎工事からはじまって、躯体工事・設備工事と、職人さんが大勢出入りして作り上げていく。
 情報システムの場合も、プログラマーという名前の職人たちが集まって、プログラムを一つひとつ作り上げていく。
 そして検査だ。建築の場合と違って、情報システム開発では、この検査が非常に重要で、じつはプログラムづくりと同じくらい手間がかかる。

「そんなに!」

--うん。とくに総合テストといって、単体でバラバラに作り上げたプログラムの部分品を組み合わせて、お互いに矛盾がなく動くかどうかを確かめなければいけない。完成検査にはお客さんも立ち会う。
 最後が導入準備だ。情報システムの場合はユーザへの教育・トレーニングが重要になる。建築だと、そうだなあ、什器備品の搬入とか、空調や給廃水設備のならし運転とかがこれにあたるかな。
 こうしてようやくカット・オーバー=稼働開始ということになる。

「それで?」

--建築ってのは、どうしても職人仕事から逃げられない。工場の中でビルを丸ごと一個自動的に造るのは無理だろう? 同じように、オーダーメードの情報システムは手間暇のかたまりなのさ。ただ、板やコンクリートみたいな材料の費用がかからないために、職人仕事の人件費がむき出しになってしまうってところがある。

「つまり、ITってのは『目に見えない建築』だ、って言いたいのね?」

--ご明察! 目に見えるのはコンピュータや通信装置のちっぽけなハードウェアだけしかないけれど、それは言ってみれば建物のファサードで、その後ろに巨大な奥行きがある。人間の手仕事で作られた奥行きだ。でもITの素人は、ファサードだけ見て奥行きが想像できない。まるで映画の書き割りみたいに思ってしまう。

「プロだったらわかるってわけ?」

--もちろん。それがプロと素人の境目さ。ファサードを見て、玄関の扉に相当するメイン・メニューの画面を見れば、その後ろ側にどれだけ膨大な奥行きがあるかが、ほぼ想像できる。

「でも、そういうのって会社の経営者とかには理解がむずかしいんじゃない?」

--そこが問題なんだ。情報システムの投資はへたすれば億単位の金がかかる。それこそビルが建っちゃう金額だろ? ところが、目に見えるものだけ見て、こんな「書き割り」になぜそんな金が必要なんだ、というところからもう話が食い違っちゃう。こっちは目に見えないけれど新しいビルを建てているんだぜ。建てたら使ってメンテしなけりゃ生きてこない。
 いやはや、誰か「IT可視化装置」みたいなのを発明してくれないかな。そのゴーグル眼鏡みたいのをかければ、自分のまわりに全く新しい建物が建っているのを見て触ることもできる、と。そうなれば偉い人たちとの話も楽なのに。

「だったら、あなたが作ればいいじゃない。やりなさいよ。きっと、一攫千金よ」

--うーん、まあねぇ。
 ただ、このITと建築のアナロジーって、けっこうあたっているところが多いんだ。
 たとえば、一般建築というのは水平市場だろ?

「何、その水平市場って?」

--地理的に全国に広がっていたり、業種的にどこでも必要とされるのをマーケティング用語で水平市場っていうんだ。情報システムもオフィス・ビル建築もそういうふうに対象が広い。もその反対は垂直市場で、これは狭い業種に限られていたり、地域が限られていたりするようなビジネスの事さ。たとえば、うーん、そうだなあ、同じ建築でも工場とか空港とか、非常に特殊な業種相手か大都市周辺にしか需要のない仕事だろう。

「つまりあなたはオフィス・ビルを作ってるってわけね」

--ま、そうです。
 もっとこのアナロジーをおし進めるとだね、たとえば建築設計だったら意匠・構造・設備の3分野がある。これがITだと、それぞれヒューマン・インタフェース設計、データ構造設計、ネットワークやユーティリティ設計にたとえられる。見た目・つくり・サービス機能にそれぞれ該当するからね。

「ふうん。でも世の中、似たような建物が多いわよね。ITも似たようなシステムが多いものなのかしら」

--そりゃ、多くの会社のビジネスのやり方は共通性があるからね。会計・人事・販売・物流・・みんなそれほど大きな違いはないから、システムもみな共通性がでてくる。

「だったらコピーで大量生産出来ないの?」

--それに近い事をやろうとしているのが基幹業務用パッケージ・ソフトだ。ERP(=Enterprize Resource Planning)パッケージといって、企業活動の基幹部分を全部まとめて面倒見ようというものが出てきている。こういうソフトは、相手企業毎に毎回ゼロから作り直す手間をさけて、あちこちの設定を変えるだけで、個別企業のニーズにフィットするよう機能が変化する。それでコストを安く出来る仕組みなのさ。

「つまりプレハブ建築みたいなものかしら」

--そうも言えるね。完全手作りに比べると、最初の段階が工業化されている。こういうパッケージ・ソフトを使った導入だと、かかるコストの殆どはカスタマイズといって顧客の個別ニーズに合わせて設定を変える部分、それから周辺の既存システムとのインタフェース構築(つなぎこみ)とデータ移行、それにバージョンアップといったたぐいのものになる。投資額としては軽くなる。それに導入期間自体が短くなるメリットもある。

「でも、そんなに投資額が高いんだったら、それこそリースにでもしちゃえばいいんじゃない?」

--コンピュータのハードウェアは昔からリースやレンタルでの利用が普及していたさ。でも、ソフトウェアは「もの」じゃないからね、貸し借りできるものじゃない。ライセンス料をはらって使わせてもらっているだけなんだ。

「そのライセンス料は買い取り価格なの?」

--ま、ソフトによってはたしかに月単位・年単位でのライセンス契約というのもある。それと最近ではネットワークの速度が速くなったから、ハードもソフトもぜんぜん別の場所にある会社のものをかりて、端末だけつなげて使うという方法も出てきた。どこかネットワークのかなたに存在しているシステムを使うので、クラウドというんだ。そして、ソフトとハードの使用料を払う。ま、一種のリースみたいなものだ。

「その場合、データは誰が保管するの?」

--いい質問だ。クラウドのサービス・プロバイダーが責任を持って保管するのさ。ほら、どこの会社でも現金は最低限を残してあとは銀行に預けるだろ? データを銀行に預けるのがクラウドの仕組みだ。

「銀行といったって、利息は付かないんでしょ?」

--ま、たしかに別にデータに利息は付いてこないけれど。
 でも、こういう業者が所有しているデータ・センターをつかうのは、一社単独では金がかかり過ぎるIT投資を多少なりとも軽くする工夫だといっていいと思う。ただね、同じソフトは買った後でも、マスタ・データのメンテナンスなんかがユーザにとって必要となりつづける。だから、リースそれ自体よりも、データのメンテナンスを商売にした方がいいかもしれないと思うよ。それが利息みたいなもんかもしれないけれどね。

              (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-01-30 23:43 | ITって、何? | Comments(0)
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