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「ITって、何?」 第13問 情報の値段ってどうやって決まるの?(2/2)

<< 情報とソフトの奇妙な経済学 >> (つづき)

「ねえ、どうしてパソコン・ソフトのコピー・プロテクションって無くなってきたの? 話はそれるかもしれないけれど。」

--うーんとね。初期のパソコンは、君は知らないだろうけどハードディスクが無くてフロッピー・ディスク装置のみが主流だった。ソフトもフロッピー媒体で流通しているものを買ってきてそのまま使ってた。でも、ハードディスク装置が当たり前になり、そこにインストールして使うようになって以来、コピー・プロテクションはかえってひどく不便で邪魔くさいものになってしまったんだ。
 今でも、ゲーム機のソフトはカートリッジになっていて複製が簡単にできないだろ。だからモノのように流通していて、中古市場がちゃんと成立する。

「そうね。」

--ぼくは、音楽や書籍といったコンテンツ商品も、使用許諾権という考え方を明確にすべき時が来ていると思う。

「レンタルはどうなの? ビデオは売買よりもほとんどレンタルが中心よね。」

--レンタルってのはモノとしてのやりとりだけれど、実際には一時的な使用許諾権を与えているようなものだ。売りきりとライセンスの中間みたいなものだね。アナログのビデオテープは複製しても劣化しやすいから、レンタル商売がなりたったんだよ。貸本も同じさ。

「でも、パソコン・ソフトなんか、コピーが簡単にできるようになっても、まだみんな店で買っているわよ。なんで?」

--そういう君自身は、なんでお金を出して買ってるのさ。

「あなたが全部タダでコピーをくれないからよ、・・っていうのは嘘。信じないでね! えーと、やっぱりコピーは違法だって意識があるからかな。」

--見つかったら法律で罰せられるから、というブレーキは確かにあるだろうね。

「そう。それで思いだしたけれど、ヨーロッパ大陸の列車って、駅に改札が無いのよね。でも、みんなちゃんと切符を買って乗ってるの。もし車内の検札で見つかるとすごい罰金を取られるのよね。そう聞いてちょっと納得。それと同じ理屈かしら。」

--ライセンス商売のもうひとつのポイントは、アフターサービスだろうな。売りきりじゃなくて、その後も無料のヘルプデスク・サポートやバージョン・アップをつける。買う側もサポートに価値を見い出してお金を払うという構図だ。ソフトウェアの場合はアフターサービスがかなり大事だから。

「でも、音楽や本じゃサポートはいらないわね。」

--そう。だからまだ当分はコピー・プロテクションの問題ははずせないだろう。ここがコンテンツ商売とソフトウェアの違う点だ。

「でも、コピー・プロテクションなんて、どうせどっかの誰かが破る方法を考えているんでしょう? いたちごっこじゃないかしら。」

--かもしれないね。剣を持つ者は剣に滅びる。技術論で市場の需給関係をコントロールしようとする者は、技術論で失敗する可能性がある。
 とはいえ、音楽がタダで流通したら、プロの音楽家が成立しないから、最終的にはお互いのためにならない。さもなくば、プロはみな録音はやめてライブに徹するしかなくなる。

「そうね、演劇なんかコピー不可能だわ。」

--結局、みなさんの良識向上を待つしかないのかな。

「海賊盤の問題は古代ローマ時代の詩人も嘆いていたくらいだから、良識の進歩は千年単位の時間がかかるかもね。でも、じゃあどうしたらいいのかしら。」

--いずれにしても、既存の流通経路に顔を立てて売りきりの形態にこだわったり、テープやディスクなどの記録媒体に正体不明の「著作権料」をのっけて値段を高くするような事は、愚の骨頂だと思う。簡単に複製できるデジタルコンテンツは、ライセンスも売りきりも実質同じなんだから。「はだかの情報の値段」まで引き下げるしかないだろう。みんなが「その値段だったら払ってもいいな」と納得できるような値段に。

「そんなの、タダが一番いい、ってみんないうに決まっているわ。それに、『はだかの情報の値段』て何よ、最初の質問にもどるけど。」

--ものの値段を決める方法は二つある。まず第一は、これを作るにはこれこれの値段がかかったから、それに見合う代金をください、というやり方。つまり原価積み上げの論理だ。
 これに対してもう一つは、それが手に入ったらどれだけ得するか、手に入らなかったらどれだけ困るか、で値段をつける方法。これが使用価値の論理だ。たぶん市場メカニズムが両者を仲介して「相場」を形成するんだろうけれど。
 はだかの情報の値段は、この使用価値で決まるんじゃないかな。

「どういうこと。よく分からない。」

--つまり、たとえばね、産業スパイがいて、そうだな、入札の競争相手の価格情報を売りにきたとする。あるいは、インサイダー情報で明日これこれの株価が上がります、でもいい。これなんか複製しても意味はない、純粋な情報の値段だろ? これにいくら払う?

「それだってタダが一番いいわ。」

--タダだったら他の奴のところに売り付けに行くだろう。そしたら元も子も無い。

「そっかあ。そうよねえ。」

--たぶん、自分がその情報から得る事のできる利益と、情報を得なかったときの利益を想定して、その差から値段をつけるだろう。経済学的にいえば、情報ってのは、状況に関する知識の不確実性を減らす事で得られる利益とか、減らせる機会損失とかを勘案して、値段が決まるものなんだろうな。

「音楽を聞いても、状況の知識なんか増えないわよ。」

--そうだね。そういう感覚や情緒に訴える情報の値段は、知識的情報とはちがうね。株価情報のように経済学の数式には乗らない。無理にいえば、精神的なリフレッシュ効果とかで計るんだろうけれど。

「その株価情報だって、1回限りの、それも内容を聞いて見なければフェアな値段をつけられないものじゃないの? あなたがさっき言ったように、情報は前払い原則なんだから、聞いて見たら屑情報だったってこともありうるわ。実際に値段をつけるのは難しいと思う。」

--うん。ようするに、情報の価値をお金に替える情報産業には、基本的な矛盾がある。情報は前払い原則なのに、情報の実際の価値は手に入れてみないとわからない、という点だ。
 で、この矛盾を和らげる方法が四つある。
 第一の方法は、前払い原則をやめて、後払い方式ないし定期購読みたいにする方法。
 二番目は、前払いのままだけれども、かわりに情報の一部を先に開示して全体の価値を推察させやすくするサンプル提供方式。

「今じゃ映画の劇場公開はDVD販売のためのショーウィンドウにすぎない、っていわれているらしいけれど、これがまさにサンプル方式ね。」

--そうかもね。それで、三番目は、情報の売り手が誰であるかによって商品である情報への信用を保証する方法。いいかえるならば、売り手の「ブランド力」に頼る方法だ。あの作家の本ならば面白いだろう、というやつだね。もっとも、これは逆の方向にも働いてしまう。梅棹忠夫という学者が「情報産業のお布施論」というのを言っているんだけれど、同じお経を読んでも、偉いお坊さんは沢山のお布施をもらえる。同じ情報なのに売り手のブランド力によって値段が変わるという矛盾がでてきてしまう。

「それで、4番目は?」

--情報を売る代わりにデータを売る方式だ。
 経済的な知識情報を売るのをなりわいとしている企業はね、主観的評価に左右されやすい「情報」を売るようなリスキーな事をするかわりに、継続的なデータを売って暮らしているのさ。株価データや信用データみたいにね。そして、そのデータの中から「情報」をつまみ上げるのは買い手の責任ということにしている。

「なるほどねえ・・。じゃあ、出版とかは今後どうなるのかしら? 後払いは難しそうだし、今まではブランド力に頼る方式だったわ。」

--出版業界では苦肉の策として、「オン・デマンド出版」という考え方がでてきている。

「なにそれ?」

--オン・デマンド出版というのはね、版下をデジタル・データで用意しておいて、消費者からリクエストがあるたびに、1部ずつ印刷し製本して消費者の手元に送るという販売方法だ。これは印刷のかなりの部分が電子化されたから可能になったやり方だ。
 たぶん専門書のような、部数は少ないけれど需要の寿命が長いようなジャンルの本にはけっこうマッチすると思う。

「ふーん。」

--これは電子データのかわりに本という物体を通信販売の形で送るわけだ。もちろん、これでは、コピー・プロテクションにかかわる本質的な問題は解決していない。本の値段が、全ページをゼロックスしてしまう価格に比べて安くなければ、やはり消費者側での違法コピーがまかり通るだろう。

「あのね、わたし思うんだけど、情報コンテンツやソフトウェアみたいな無形のものにお金を払うかどうかって、『良識』とかなんかじゃなくて、その社会が人件費をどうみているか、ってことに結局は帰着すると思うの。翻訳の仕事をしていると、つくづく人件費だけだもの。弁護士さん・弁理士さんとか編集デザイナーさんも同じ。
 洋服を考えてみてよ。たぶん、人件費がめちゃめちゃ安い発展途上国だったら、洋服の値段って本当に物質的な材料生地の部分が99%で、デザインだとか加工の手間賃はタダみたいなものでしょうね。
 でも、だんだん経済が発展すると第三次産業が増えて、人件費だけで生きて行く人が多くなる。人件費が上がってくれば、材料よりも手間賃の方がだんだんウェイトが上がって来るわ。いいデザインにはそれだけの人間の時間が込められているって、気がつく人が増えて来るはずよ。
 人間が頭を使って働く時間がタダではない、という認識が、ソフトやコンテンツもタダではないという理解につながって行くんじゃないかしら。」
 
--そうかもしれないね。今の企業の会計制度って、実はけっこう実物経済中心主義なんだ。基本はモノに付随したお金の価値評価であって、無形の知的財産なんてまだ付け足し程度みたいなものだ。でも、インターネットの時代では、無料で配布しているLinuxなどのソフトウェアが、資産としては0円でも、価値としてはものすごく大きい、という事態が生じてしまう。
 偉そうなことを言うようだけれど、ぼくは経済学というものも、もっと情報やデータの価値をきちんと扱えるように進化しなけりゃならないんじゃないか、と感じるよ。

(この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-01-23 22:08 | ITって、何? | Comments(0)
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