バーナード経営者の役割 (有斐閣新書 D 35)
経営学の教科書などを読むと、バーナードの「経営者の役割」は古典として位置づけられている。経営学は20世紀に入ってから形作られた学問で、テイラーの「科学的管理法」、ファヨールの「管理過程論」、それらに少し遅れる形で1938年のバーナードの組織理論が三大基礎と言えるだろう。この3人とも、学者でなく実務家だったのは注目に値する。技師長テイラーの理論はIE(Industrial Engineering)としてフォード・システムの大量生産に組み入れられ、アメリカ産業の発展に大いに貢献したし、仏の資本家ファヨールのライン-スタッフ機能やマネジメントをプロセスとしてとらえる思考法は、現在の企業経営の中心にある。 これに対して、ニュージャージー・ベル電話会社の社長だったチェスター・バーナードの斬新な人間観とシステム・アプローチによって生み出された組織論は、ノーベル経済学賞を受賞したサイモンの理論に引き継がれているとはいえ、現在では忘れられかけているようにも思える。これはなぜだろうか。 バーナードは、『組織』を構成する三要件として、「共通目的」「協働意識」そして「コミュニケーション」を挙げる。このどれか一つでも欠けたら、組織にはならない。たとえば市町村など地域の住民には、行動における「共通目的」がない。予備校に集まる生徒達には「協働意識」がない。だからこれらは組織とは言えないのである。逆に、会社であれ、役所やボランティア団体であれ、この三要件が成立すれば「組織」であり、そこにはバーナードの経営理論を適用することが可能なのである。 バーナードの理論の基礎には、人間論がある。人間は自由意志と責任を具備した存在だと彼は考え、「個人には目的があるということ、あるいはそうと信じること、および個人に制約があるという経験から、その目的を達成し、制約を克服するために協働が生じる」と彼は書く。つまりここには、経済学が看過した『協働論』があるのである(伝統的「経済人」モデルからは競争論しか出てこない)。 さらに彼は「協働システム」の概念を発明し(これはシステム工学などの現れるはるか前だった)、公式組織という抽象的分析の枠組みを構築していく。管理者の諸機能は、この組織をベースに導かれるのである。たとえば組織の能率とは、そのシステムの均衡を維持するに足りるだけの有効な誘因を提供する能力である。いいかえれば、個人にとって有形無形の利益が得られるほど、働く意欲も高まるわけだ。これは当たり前のように見えるが、目に見える金銭的インセンティブと罰則だけで人を動かそうとする今日的な大企業経営と、いかに隔たっていることか。 そもそも米国のビジネス文化を考える際には、あの国の産業がプランテーションから立ち上がったことを理解した方がいい。米国式のマネジメントは、だから、奴隷を使うプランテーション経営に少し似ている。アメと鞭で労働者を収奪し、使い物にならなくなったら別のと取り替える、という思想がどこかに残っている。こうした風土で、「組織は道徳的制度であり、管理は権限中心から責任中心に移行すべきである」と主張したバーナードの卓見は際だっている。 それでは、なぜ今日バーナードは忘れられつつあるのだろうか。それは、経営学が「人の理論」から「お金の理論」にシフトしたことと関係がある。バーナードの時代、株式は無論あったが、社会が富を生み出す源泉は主に工業の労働であった。今日では、端末でのクリックが巨富を生む金融業の時代である。産業の主従が逆転してしまった。金貸しに協働の理論は要らない。しかし、そうした夢がリーマン・ショックとともに泡とはじけてしまった今、彼の理論は再び重要性を取り戻すにちがいない。
by Tomoichi_Sato
| 2010-08-27 23:25
| 書評
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Comments(3)
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「別にすぐに辞めて貰ったって良いんだよ、変わり
なんて、いくらでも居るんだから(笑)」 今も昔も会社に居ると、よく耳に入る言葉になって きました。 恥かしながら、自分も昔に似たような事を 思い行動に起こしていました。 人材派遣会社から 人を派遣してもらい、勤務状態が気に入らなければ切って 首を挿げ替える。そんな事を繰り返していました。けど 生産能率は一定のレベルに達していますが、品質のレベル から見るとグンと落ちるんですよね。 現場がそれに いち早く気が付いて、相談を受けある時から人材派遣の会社 からの供給を断ち全て従業員として雇う事にしました。 時間は掛かるけど、1からの躾をした方が後々まで華が 開くようで。 また、他の人は如何思って居るか知らないけど、責任を持つ からその人の権限がついてくるのでは無いかと考えます。 権限ばかりを振りまわしても、問題が起これば逃げてしまう 人には何処と無くその人の求心力は一見あるようにも見え ますが、利害関係のバランスがあるのみでその人の権威が 無くなれば散ってしまうのではないではないかと考えます。 また、個人にとって有形無形の利益が得られるほど、働く意欲も 高まるとのことですが、これが思ったより難しい。有形だと 報酬を与えるとの手もありますが、無形の場合は難しいですよね。 「その人にやらせたら右に出るものは居ない」っというような 錯覚を本人及び他の人に思わせる扱いをさせるとか、そんな事位 しか思いつかないです。
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そうですね。 そう考えると権限と責任の関係がしっくりしますね。 勉強になります。
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【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 「時間管理術 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務) 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
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