天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話
日本語の副題は「誰も語らなかった株とギャンブルの話」だが、原題は"Fortune's Formula: The untold Story of the Scientific Betting System that Beat the Casino and Wall Street"、すなわち「幸運の方程式 - 誰も語らなかった、カジノとウォール街に勝つ科学的賭け方の話」である。原題にいう幸運の方程式とは、『Kellyの基準』といわれる式で、賭の確率的エッジ(分)を知っている者が、手元資金に対してどうかけるのが最適かを示した理論である。この理論を提案したケリーは通信科学者で、この式は「資産の増加速度の最大値=エッジ情報の通信速度」という形で表記した。 本書は、わずか40歳で夭折したベル研の俊英ジョン・L・ケリーの発見が中心にはなっているが、しかし物語的には天才的な賭け師ともいうべき2人、すなわち通信理論の創始者クロード・シャノンと数学者エドワード・ソープ(後にファンドを創設し大成功した)の伝記を主軸に、さらにノーベル賞経済学者サミュエルソン、ニューヨーク連邦検事(後に市長)ジュリアーニ、電信初期のギャングたち、カジノ経営者たち、ファンド・マネージャーたちなど一癖もふた癖もある連中の逸話を配した、バロック的な構成である。これだけ様々な登場人物と広範な学術領域をカバーして、まとまりのある理科系的ルポルタージュを作り上げる著者パウンドストーンの力量には脱帽である(彼の著書では、以前『ライフゲイムの宇宙 ケリー基準とは、確率的な賭を繰り返し行う場合に、自分の持つエッジと、世間一般のオッズの比率の分だけ、自分の持ち金から賭けろ、という式である。エッジは期待値を掛け金で割った値で、オッズは配当金を掛け金で割った数から1を引いた値だ。自分の得ている情報と、世間一般の知っていることに差がない場合は、掛け金はゼロになる。 ケリーの公式はきちんと証明されているにもかかわらず、現在の経済学からはなぜか異端扱いされている。その理由はサミュエルソン教授による執拗な攻撃のせいだ。彼はなんと、ケリー基準の支持者を論難するための論文を、すべて1音節の英単語だけで書いた(これは日本語で言えばひらがなだけで論文を書くようなもので、相手の知能程度はそのレベルだと暗示しているわけだ)。なぜ彼がかくも執拗にケリー基準を嫌うのか不明だが、本書にあるようにケリー基準は対数効用説によく合致するという理由かもしれない。 しかし、本書のもっとも衝撃的な部分は、そんなところではない。第1章と最終章は、米国を陰で動かした賭博者たちの群像にささげられている。第1章では、八百長競馬と電信で大儲けしたマフィアたち犯罪者集団。初期の通信産業は、闇賭博の資金から大いに利益を得て成長したのだった。そして、賭博業界は通信業の恩恵にあずかった。皮肉なことに、その金は現在の米国メディア界にかなり流れ込んでいる。そして、その連中はまた、純真な数学者ソープの出資者でもあった。 そして最終章では、ヘッジファンドを率いる金融家集団が描かれる。この章を読んだ者は誰でも、人はファンド・マネージャーを目指すべきだと思うだろう。他人から集めた金で大博打を打ち、勝てば自分も分け前をもらう。だが、負けても金など返す必要はないのだ。さっさと店をたたんで、アフリカに野生動物写真でも撮りに行けばいい。まことに、これほど良い商売はない。そして、彼らが世界最大の経済国の金融政策を動かしているのであるから。
by Tomoichi_Sato
| 2010-04-26 22:39
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