『督促』というのは嫌われる言葉だ。される側にとってはうるさいばかりか迷惑千万に感じられ、する側だって楽しくない。この言葉を『催促』と言いかえてみても、もちろん同じだ。鬱陶しいものであることに変わりはない。
「督促する」を英語ではexpediteという。ところで、私の働くエンジニアリング業界には、Expeditorという専門職種がある。日本語に直訳すれば、「督促者」だが、この恐ろしげな名前の人たちは何をする人たちなのだろうか。まさか鞭を持ってオフィス内を歩き回り、人を後ろから怒鳴りつけるのだろうか。 実際には、エクスペダイターは、外注先の工場を定期訪問し、その進捗状況をコントロールする仕事をしている。日本語での名称も、「工程管理」という、もっと受け入れやすい穏和な(?)肩書きをつかう。 エンジニアリング会社は、客先のために工場を設計し、機械や資材を調達し、建設工事を管理することが仕事である。そして、工場に使う産業機械や資材はほとんどが個別仕様による発注品だ。作るメーカーの側から見れば、設計作業を伴う個別受注生産品(英語で言えばETO=Engineer to Order)ばかりである。こうした品目は、受注したらひょいと製品倉庫の棚から出して発送するような見込生産品と違い、納期が長くかかる。いや、標準納期すら存在せず、毎回、受注のたびに個別に納期を設定せざるを得ない。 しかも、受注してからすぐに工場で作り始めるわけではなく、まず設計部門で設計し、外形や重量や機能構成を「承認図」の形でまとめて、いったん発注者に提出し、承認を得る必要がある。それから部品表(BOM)と製作図面の出図にうつる。これだけで2,3ヶ月はあっという間に経ってしまうのが普通だ。部品表にしたがい、主要材料を手配し、納入されるのを待つ。工場側の生産計画にスケジュールを載せる。それからやっと、工場で材料を刻みはじめるのである。さらに組立があり、出荷前性能検査があり、塗装梱包されてようやく出荷となる。 これだけのプロセスを経て進む作業である。まさか発注書を切ったあとは目をつぶって待っていれば、納期の日に、目の前に自動的に製品が忽然と現れる、などと期待する方がどうかしている。ましてエンジニアリング会社の調達先の7割以上が海外メーカーである。Amazon.comで本を1冊買うのとは訳が違うのだ。 そこでExpeditor=工程管理の専門家の必要が出てくる。彼らは、発注先の工場を定期的に訪問する。そして、設計工程や生産工程が予定通り進んでいるかをモニターするのである。メーカーの設計部門が必要とする仕様書や技術図書の最新版が、全てそろっているかどうか(しばしばエンジ会社から営業部門に渡してもタイムリーに技術部門に渡っていかない)、技術上の懸案事項が残っていないか、主要部材は発注したか、工場はちゃんと製造能力に余裕を持っているか、検査要領の手はずは整っているか、等々をくりかえし確認するのである。 このプロセスはある意味で、外注先ではなく社内の他部門に仕事を依頼した時も、同じはずである。製造依頼ばかりとは限らない、設計の依頼でも、なんらかの検討の依頼でも同じである。スケジュール通り仕事を進めたければ、相手側の内部の進捗についても、モニターしていく必要がある。そして問題が発生していれば、タイムリーにそれを検知し、都度解決していかなければならない。むしろ、同じ社内であるほど、「発注書」や「契約書」が存在しないだけに、気をつけなければいけないはずだ。 ということは、社内の他部門に対しても、工程管理の仕事が必須ということになる。しかし、他部署の内部プロセスに口を差し挟むのは、現実にはなかなか困難である。そこで、妥協案として、依頼事項に提出期限をつける、という方法が普通は採用される。この日までにやって下さいね、よろしく、と頼むわけだ。 しかし、この方法には一つ、大きな欠点がある。それは、期限を自分の都合だけでは決められないことだ。相手側の事情も含めて、社内調整が必要になる。こちらは月末までにほしい。でも、相手は他の通常業務もあるので、来月中旬でないと約束できない、等々といった話し合いである。 そして、いったん両者の間で期限が合意されたら、成果物はその期日より前に届けられる可能性は極めて低くなるのが、現実だ。なぜなら、そこに『学生シンドローム』が働き始めるからだ。 学生シンドロームとは、小説『ザ・ゴール』の著者で、制約理論(TOC)の創始者であるエリヤフ・ゴールドラット博士が言い出した言葉である。彼は、夏休み最後の日にならないと宿題に手をつけない学生達を引き合いに出して、人はいったん将来の期日を与えられると、すぐにそのタスクに着手しないで、ぎりぎりまで後回しにしがちである、という。それでも期日に間に合えばいいじゃないか、と依頼を受ける側としては当然思うだろう。しかし、いったん期日を設定してしまうと、学生シンドロームのために、それより前に仕事が終わる可能性は極めて小さくなるのである。 期限にはもう一つ問題がある、とゴールドラット博士はいう。期限を設定する時に、依頼を受ける側は、約束をほぼ守れるように、それとなく期間にサバを読んで長く言いがちになる点である。2週間でたぶんできるな、と内心思っても、それを万が一守れなかったら責められる、じゃあ4週間といっておけば安心だろう、となる。 かくして、社内で複数部門を巻き込んだ仕事(つまりプロジェクト型の仕事)をやろうとすると、あちこちに水増しされた社内期日が設定され、全体工程が長くなってしまう結果になるのである。部分的な期限をつけたが故に、全体が長くなる矛盾が生じるのだ。 では、この問題を解決するにはどうしたらいいか。彼はそこで、あっと驚く解決策を提示する。だが、長くなってしまったので、続きはまた書こう。
by Tomoichi_Sato
| 2009-11-15 15:59
| B3 プロジェクト・スケジューリング
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