1996年の夏。私は中東で、ある会社の役員会議室に座っていた。私の隣にはCAP Gemini Americaの上級コンサルタント。そして目の前には米国人とアラブ人の役員たちが、豪華な会議テーブルを囲むように並んでいる。
会議の議題は、「この会社のKPI=Key Performance Indicesとは何か」だった。会議は隣にいる米国人コンサルタントがリードしていく。私と彼は、この会社にERPパッケージSAP R/3を導入するプロジェクトを請け負っており、要求分析をやっていた。すでに日常業務の分析はすんで、今や、役員から見たソフトの必要機能を定義する段階に来ていた。 SAP R/3は財務諸表をリアルタイムに見せることができる能力が売りだ。しかし経営の舵取りには、財務諸表の数字だけでは不十分なことは明らかである。では、いったいどの数字に着目し、どの尺度を用いて、会社の方向や速度を計りたいのか。それがテーマだった。 しかし、このコンサルタントは、いきなりこの命題にとりかからずに、まず単純な一つ質問を役員たちに出したのである。「いったい、この会社の使命 Mission は何か? それを簡単なセンテンスで言うと、どう表現されるのか」と。そして、こうつづけた。 会社というものは、たとえそれがどんな小さなものであれ、何らかのMission Statementを背負っているはずである。そして、そのMissionを達成するための、4つか5つの戦略 Strategyが確立されていなければならない。そのStrategyが明確であれば、その達成度を測る指標としてのKPIも、自ずから明らかになるはずである・・・ 米国流の論理でいうトップダウンの経営理念とはこういうものなのか--横で聞いていた私は、率直に感心した。私は中小企業診断士として多少は経営学についても学び、また、企業経営には中心となる理念が必要だ、と考えはじめたところだったから。 「ところで。」と、そのコンサルタントはつづけた。 「皆さん方の会社にMission Statementなどが存在しないだろうことは、じつは重々承知している。」--こう言うのである。 「だから私も目標達成のための戦略について、あえて問いただしたりはしない。むしろ、役員の皆さんがおのおの自分の担当する範囲で、何を物差しとして選びたいか、率直に言っていただきたい。」 つまり、現実家の彼は、中東のこの合弁会社が自国の利権を守るために米国資本に作らせた、<<便宜的結婚>>の産物であることを知っていたのである。その結果、KPIは戦略実現を助ける道具ではなく、定常業務改善のためのメーターにすぎなくなることも承知していたのだった。 目的を持たないシステムは、自己の安定化と存続が目的となる。これが人間系のからむ全てのシステムに共通する特徴だ。いや、人間のからまない通常のエコシステム=生態系だって、そう「解釈」することはできる。しかし生態系には自己意識も意味づけもない。一方、困ったことに人間はつねに意味をもとめて生きる動物だ。 お金儲けが企業の究極的なゴールである--こういう議論を読むたびに、私は、G・K・チェスタートンの 「徹底して現世的な人間には、じつは現世のことはよく理解できないものだ」 という言葉を思い出す。人はお金がなくては生きてはいけないにもかかわらず、お金のためだけでは喜びをもって働けないからだ。人はパンのみにて生きるにあらず。どんな仕事であれ、それを多少は「好きだ」と思えるところがなければ続けられない。まことに不思議なことだ。 「好きだ」と思えるところに、人は価値を、そして意味を見いだす。人が生きていくとは、自分にとっての意味を再生産しつづけることに他ならないのだろう。 いま、私たちが対決しなければならない相手は、「存続だけが自己目的化してしまった日本企業の病」だ。数値目標でしかない理念、抽象的で無内容な理念ではなく、意味のある経営哲学をつくり上げていくプロセス、それが求められている。 思うに、そのような「意味」を、ただ単に外部のコンサルタントから与えられても、それは決して自分の身には付かないだろう。自分で考え発見したことでなければ、本当の自分の意味にはならない。であるならば、はたの人間ができるのは、答えではなく問いを与えること、なのかもしれない。 コンサルタントにできることはせいぜい、理念という名前の「ヒント」を提示すること、そしてそれを人間集団の中で磨き上げるプロセスを整備していくことなのではないか。そう最近は思っているのである。
by Tomoichi_Sato
| 2009-08-30 00:01
| ビジネス
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