月曜の朝一番、あなたは上司に呼ばれて、ある件に関するレポートを作成するように命じられる。それなりの内容だ。部内の過去の資料などを調べ直さないといけない。3日位はフルにかかりそうな仕事だ。それを今週中に提出してほしいと言う。あなたは他にも定常業務を抱えていて、今その1つに着手したばかりだ。さて、どうするか。 1つの考え方は、やりかけの仕事は脇において、そのレポート作成にすぐ取り組むことだ。早ければ水曜日の夕方には終わるだろう。やりかけの定常業務は、木曜の朝から再開すれば良い。その方が気が楽だし、書き上げたレポートをブラッシュアップするチャンスもあるだろう。 しかしもちろん別の考え方もある。金曜日の夕方に提出すれば良いのだから、ギリギリ水曜日の朝に着手すれば間に合うはずだ。そうすれば一旦、着手しはじめた定常業務の方を、先にある程度片付けることができる。頭脳労働というものは、途中で腰をおられると再開するまでに時間がかかり、その間、能率も落ちる。 早めに着手するか、ギリギリでの完成を狙うか。あなたには選択の余地がある。考えなければいけない因子もいくつかある。やりかけの仕事を中断して、生産性の低下を我慢するかどうか。作成するのに3日かかると見積もったが、その見積もりはどれくらい正確なのか。一旦完成した後で、品質向上のチャンスを残したいかどうか。そして週末に気楽な気分になって、気になっているカノジョに飲みに行こうと声をかけたくなるかどうか…etc, etc。
別にそんな「白か黒」みたいに固く考える必要は無いのではないか。金曜までの間に思いついた時だけ少しずつやれば良い、そんな感想もあるだろう。それはこの仕事をあなた1人だけでやる場合だったら正しい。しかし、仕事の1部を後輩や部下に分担してもらうのだったら、どうだろう。 その時には、仕事の内容やアウトプット、そして期限などを決めて伝えなければならない。ちょうどあなたが上司からそうされたように。 できるだけ早く着手するか、それとも可能な限りギリギリの完成を狙うか。スケジューリングの分野では、前者を「フォワード・スケジューリング」、後者を「バックワード・スケジューリング」と呼ぶ。 この2種類は、どちらもプラスとマイナスがある。 前者の方針をとると、定常業務の生産性が一旦落ちる上に、成果物が完成してから上司に提出するまで、手元に二日間とどまることになる。いわば仕掛在庫になるわけだ。「在庫(=作りすぎ)のムダ」を嫌うジャスト・イン・タイム生産の基準に 従うなら、ギリギリの完成を狙うことになる。 しかしその場合、「三日間」と言う作業期間の見積もりが甘かった場合、納期遅れになるリスクが生じる。飲み会を考える気分的余裕はないかもしれない。 品質を取るか、生産性を取るか。週末の自由度を取るか、納期リスクを取るか。指示を出す人は、決めなくてはならない。誰かに指示を出すときには、決断のための基準がいる。 その基準は、QCDなどのKPIの内、どれを重視するのかとリンクしている。 もちろん毎回個別に考えてもいい。だが、指示を出す業務をITシステム化するときには、何らかの基準と目標を設定する必要がある。
知人のコンサルタント本間峰一氏は以前、「生産管理システムには魂を入れる必要がある」と解説しておられた。うまい表現だと思う。では生産管理システムに入れるべき「魂」とは何か。上で述べた基準や目標値の取り方は、明らかにその重要な要素である。 生産管理システムは、販売管理や経理システムなどとは、かなり違う性格を持っている。販売管理システムは、基本的に営業マンに指示を出さない。売上目標ぐらいは与えるかもしれないが、具体的にどの顧客を訪問し、どう喋って何を売り込め、というような指示は出さない。それらは全て営業マンたちが自分の頭の中で判断して決める。 そして販売業務の結果、引合や注文を受け取ったら、結果を販売管理システムに入力し記録することになる。経理システムも同様だ。経理部門のユーザに対し、何を買えとか、いくら借りてこい、とか指示を出すわけではない。業務の指図と手配は、全てユーザが頭の中で行って、その結果を記録するだけだ。 ところが、生産管理システムは違う。上にのべたレポート業務との類推で、考えてみて欲しい。レポート作成の代わりに、生産ではどの部品を手配し、どの工程でいつ着手するのか、どのサプライヤーに発注するのか、すべて指示が必要だ。そうした指示は基本的に、システムが決めて出力することになる。 もちろん指示の作成・発行は、設定したルールや基準に従って行うわけだ。そして指図を現場に伝えて、初めて実際の業務が動き始める。指示の決め方の基準やルールに応じて、結果の品質や納期やコストといったパフォーマンスが、大きく左右されることになる。 だから、どういうルールや基準に基本的に従うのかを、ユーザたちが選び、設定できるようにしなければならない。これこそが「システムに魂を入れる」部分なのだ。販売管理や経理システムでは、魂を入れる必要は無い。魂は、実際の指示や業務を行う人たちの頭の中にあるからだ。
生産管理システムは複雑だ。BOM=部品表をはじめ、多数のマスタがあり、画面数もトランザクションも多く、外部I/Fだって、各種あり得る。だから担当SEは、全体の仕組みを理解するだけでも、かなりの勉強時間を必要とする。無論、販売だって経理だって、システムはそれなりに複雑で、その点では本質的な違いはない。しかし生産管理系の難しさの中心は、IT側にはない。本当に理解すべきなのは、工場という仕組みとその組織、そして生産業務を構成する諸要素と結果(KPI)との、因果関係にある。ここが実に、分かりにくい。 なぜ、分かりにくいのか。意外に思うかもしれないが、じつはユーザーである製造業の側に、それをちゃんと説明してくれる人が少ないからだ。日本の製造業の多くは縦割り組織になっていてサイロ化が進み、工場業務の全体像を知っている人がほとんど、いない。仮にいたとしても、自分の業界のこと以外は、普通は知らない。 製造業の業務は、生産形態にしても生産方式にしても、非常にバラエティが大きい。生産管理システム・パッケージは普通、できる限り広い業種業態をカバーしようとする。特定業種に適用するには、一種の「翻訳」が必要になる。それに、製造業が高度成長期から令和の現在までに、どのような変化に直面しているのか、それが目標設定にどう影響するのかも、ふつうのユーザは説明できない。 それだからこそ、(ここから少し手前味噌的になるが)幅広い製造業を長年相手にしてきた、エンジニアリング会社だとか生産系コンサルタントといった職種が役に立つのだ。新著『攻めの工場づくり』のような本は、製造業の人ではあまり、書けない。工場の仕組みをゼロからスクラッチで構想し、設計・実装する仕事は、ふつうの企業ならよくて10年に1度程度しかない。だがエンジ会社は、ずっと工場づくりを繰り返している。そして工場のハードウェアは、生産管理のソフトウェアと、ワンセットなのである。 生産をきちんとマネジメントしたかったら、ITシステムの機能や構造を理解するだけでは十分ではない。基準に従って出る指示が、どう実際業務を動かし、その因果関係がどう生産のQCDなどのパフォーマンスにはね返るかを、知らなければならない。冒頭のレポート作成を見れば分かる。すぐ着手するよう指示すべきか、ぎりぎり完成するよう指示すべきか。そのプラスとマイナス、トレードオフを意識できるようになって、はじめて有用なシステムが作れるのである。 <関連エントリ> 「なぜ生産管理システムはちゃんと機能しないのか」 (2015-10-07)
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by Tomoichi_Sato
| 2026-01-18 18:38
| A1 生産マネジメント全般
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お知らせが2点あります。 1点目はリアル参加型の1日研修セミナーで、来る1月28日(木)に大阪で開催します。テーマ名は「生産統制」ですが、計画(Planning)と統制(Control)は車の両輪ですので、前半は生産計画についてきちんと学ぶ構成としています。そして全体を通しては、「納期遅れを防ぐ」がテーマです。コストダウンでも品質でもなく、スケジュールに焦点を当てる。これが特徴です。 この大阪府工業協会さんの生産統制セミナーは10年ほど前にお引き受けし、年1〜2回程度のペースで開催してきました。主な受講対象の方は、協会会員企業である関西圏の製造業、どちらかといえば中堅中小メーカーの実務クラスの方が中心です。こうした企業は、大手セットメーカー(OEM)からの受注生産形態が中心で、しかも品種数も多いため、納期問題に悩むのが常です。 『生産管理』(Production Management)と呼ばれる仕事の範囲は企業によって様々ですが、わたしはその主要なタスクを、下の図のように整理しています。仕事は大きく計画(Planning)と統制(Control)に分かれます。 計画は、(1)製品単位の基準計画、(2)部品・工程展開、(3)生産スケジューリング、(4)指示発行(ディスパッチング)の順に進みます。 他方、統制は4種類のタスクを並列にならべています。(5)工場パフォーマンスの測定(QCDや在庫・リードタイム等)、(6)計画と現実の乖離調整、(7)製造資源のモニタリング、(8)個別作業・モノ・情報のトラッキングと優先づけ、の4つで、これらは並行して進めねばなりません。このような整理の仕方は伝統的な生産管理の教科書とは違いますが、今日の工場で求められている業務内容や主要課題に沿っているつもりです。 このように生産マネジメントは幅広い業務であるにもかかわらず、多くの企業ではここに、スキルのある人財を十分に配置しているとは言えない状況にあります。仕事は多いのに人手不足なのです。そこで本セミナーでは、上記の中から(3)生産スケジューリングと(6)計画と現実の乖離調整に焦点を当てて、納期遅れ問題に取り組む基本を学びます。 具体的には、部品材料の在庫量の計算法(在庫理論)からはじめて、リードタイムの概念と求め方(生産スケジューリング)、カップリング・ポイントを用いたリードタイムの短縮(マテリアル・マネジメント)、ボトルネック中心の生産統制(ただ一つの管制塔を持つ)などをご説明します。 納期問題が主題なのに、在庫理論からはじめるのは奇妙に感じられるかもしれません。一つには、在庫とリードタイムが表裏一体の関係にあるからです。が、それよりもまず、「マネジメントにはちゃんと理論も計算式もあるのだ」という事を実感していただくために、こうした構成にしています。なぜなら多くの企業では『生産管理』を、労務管理か何かの延長、いいかえるとルールと号令の仕事(=文系の業務)、だと思い込んでいるらしいからです。これでは科学的マネジメントの方法論を展開してきた欧米企業や、それに学んでいる中国企業などに勝てる訳はありません。 本セミナーは1日がかりでリアル参加型です(有償)。オンライン配信型よりはハードルが高く、関西圏の方が主になるとは思いますが、その代わり実際にクラスルームで議論し手を動かしていただくことによって、より理解度が深まると思います。直前のお知らせになってしまいましたが、大勢の方のご参加をお待ちしております。 <記> 日時: 2026年1月28日(水) 9:45~16:45 テーマ: 「納期遅れを起こさない 生産統制のポイント」 主催: 公益財団法人 大阪府工業協会 会場: 大阪府工業協会 研修室 セミナー詳細・申込み: 下記Webサイトをご参照ください もう一点、お知らせです。 上図で、下側に赤い点線で囲んだ領域は、しばしば『製造管理』ないし『工程管理』と呼ばれます。そしてMES(製造実行システム)は主に、この領域をカバーする仕組みとして、近年急速に注目を集めています。 今なぜ、MESが注目されるようになってきたのか、また、MESの構想づくりやベンダー選びの障害となっているものが何で、いかにそれを乗りこえるべきかについて、WebメディアであるMONOistにインタビュー記事が掲載されました。 本記事はアビームコンサルティングの阿部洋平氏との共同インタビューで、前半は主にわたしが話し、後半は阿部さんが説明されています。阿部さんは、わたしが主幹事を務める(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場」研究会で、『MES/MOM導入のための標準業務一覧』 策定プロジェクトのプロマネでもあります。こちらもぜひ、あわせてご覧下さい。 ちなみに、このMES標準策定プロジェクトチームが中心になり、現在、MESに関する総合的な解説書を作る構想が進んでいます。タイトルは仮称『新・MES入門』。もちろんこれは、2000年に発刊されて今は入手困難となっている「MES入門」(中村実・正田耕一編、わたし自身は第3章を執筆)の、いわば後継書をねらったものです。もし実現できれば、夏過ぎには発刊になる見込みです。こちらもぜひ、ご期待下さい。 #
by Tomoichi_Sato
| 2026-01-10 12:54
| A1 生産マネジメント全般
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自宅のリビングの窓際に、クリスマス・カクタスの鉢を置いている。小さな緑のサボテンだが、いつもクリスマスの時期になると深紅の花を咲かせる。どうして植物は目も耳もないのに、正確に時を知ることができるのだろう。いつも不思議に思う。時を知るとはどういう事なのか。 「時計の針を進ませておいてはいけない」と、亡き父はいった。よく、『時間に遅れないために』時計の針をわざと数分進ませておく人がいる。時間のゆとりを確保しておくためだ。だが、父はそうした意見に反対だった。家の時計は正確に合わせておくよう、母に命じた。なぜなら、「時計は計器である」。それが技術屋だった父の答えだった。 計器は正確でなければ役に立たない――それが技術者の感覚だ。安心や余裕のために、計器の針をずらしてはいけない。たとえば体温計を考えれば分かる。体温計は計器だ。『健康のために』体温計を0.2~0.3℃、上げておく人がいるだろうか? 事実が分からなくなったら、計器の役には立たない。 ちなみに計器は英語でInstrumentという。これは多義語で、器具や楽器を指す言葉でもある。ただしこれを動名詞化してInstrumentationというと、計器を使った制御、すなわち計装のことを指す(日本で最初にInstrumentationを「計装」と訳したのは、父の働いていた会社だったらしい)。 話を戻すが、計器にはときどきキャリブレーション(較正)が必要である。居間の時計をTVの時報に合わせたりするのが、キャリブレーションだ。仕事で使う計器は、定期的に(必ずしも使うたび毎回ではないだろうが)、この作業が必要になる。その間は設備が使えないので、生産性を下げてしまう。無論、較正は必要である。だが生産性が至上命題の組織や社会で、この種の仕事がどう位置づけられるか、想像に難くはあるまい。当然、後回しになる。そして情報は次第に、正確さからズレていく。
もう20年以上も昔のことになるが、わたしはあるプロジェクトで、発注先の米国のSIerからの追加請求の交渉に直面していた。彼らのクレーム(請求項目)の一つに、サーバ間の時刻同期の問題があった。複数のサーバ群からなる、MESと制御系システムを発注している。当時のことだから、サーバは全て物理サーバで、オンプレミスである。 サーバ群のクロックを同期する仕組みを構築する作業は、最初の仕様書に明記されていないから追加役務だ、金を払えというのが、彼らの主張だった。発注側であるわたし達は、「そんなこと当然だろ」のスタンスだ。最初、議論は平行線だった。しかし対象の制御系DCSから時系列データを、MESの一部であるPI SYSTEMに送るとき、時刻がズレて未来のデータになると、MES側が受け取れない。これはパッケージの仕様であった(当時)。しかも彼らは直前に、同等構成のシステムを顧客に納めているのだから、知らなかったはずはない。これを理由に、追加をはねつけた。 しかし交渉は複数項目の間の駆け引きでもあるので、この件で逃げ切れたのはラッキーだったと思う。ただ、わたしはその時に、キャリブレーションといっても、絶対値に合わせることと、相対的に合わせることの二種類があるのだ、という事を学んだ。相対的に合っているだけでも役に立つ場合があるのだ。 サーバ間の時刻同期は、ISA95でいうLevel-2以下の制御系と、Level-3のMESでは必須である。それぞれが単独で動いている場合は別に問題はない。だが協調して働くときには必須なのだ。そしてこのようなことは、いわゆるOT技術の分野では、昔から常識だった。そのために必要なNTPプロトコルだとか、あるいは近年注目されつつあるTime-sensitive Network (TSN)といった技術の詳細についは、ここでは割愛しておく。ただここでは、近代的なスマート工場を目指すとき、ロボットやマテハン機械でもおなじ問題が起きることだけ指摘しておこう。
OT分野ではずっと以前から常識だった時刻同期問題を、今さら取り上げたのは、これがまだIT分野では課題になりがちだと、最近感じたからだ。IT分野では、たとえ記録計のSoRであっても、秒を争うようなアプリケーションはごく少数だ。情報系のSoEなら、言わずもがな。ましてクラウド化が進めば、クロックの水晶時計のズレを心配する必要などないではないか。 それが、そういってもいられれなくなってきたのは、セキュリティのためだ。サイバーセキュリティ技術は、リアルタイム性がかなり重要になる。悪意ある侵入や攻撃を、いかに瞬時に察知してはねつけるか。それなのにSSOと実体サーバが何秒もズレていては目も当てられない。 ただ、そこであらためてクローズアップされるのは、「リアルタイム性」とはそもそも何か、という問題だ。そもそもこの感覚が、OT技術者とIT技術者の間で、基本的にズレている。「リアルタイムとは何か」については、以前このサイトでも書いた(今調べてみたら、もう15年も前だ)。簡単にかいつまんでいうと、「リアルタイム性とは、対象とする系の時定数よりも、有意に短いこと」なのである。ミリ秒とか、マイクロ秒とかがリアルタイム性の定義なのではない。対象とする相手よりも有意に速いかが、リアルタイムの意味なのだ。 だから、体温を計るのに十数秒かかる体温計だって、リアルタイムなのだ。なぜなら人間の体温の変化は分とか時間単位でしか動かないからだ。機械式の時計は、1秒ごとに針が動く。それでも日常生活のスピードからはリアルタイムだ。昔、SAP社のERPはR/2とかR/3とかいう名前だった。あのRはReal-timeの頭文字であった。なぜなら、企業の会計は、一日単位で集計できれば、十分リアルタイムだからだ。企業経営の指針としての財務バランスは、そういうゆっくりした時定数で動いているからだ。 計器はリアルタイム性が必要である。しかしそれは測定する対象系の「時定数」に依存する。この時定数の感覚、系(物理対象となるシステム)がどれくらいのスピードで変化するのか、に対する感覚こそが重要だ。そして人やモノが協調して働くときには、このリアルタイム性の中で、時を共有する必要がある。 そういう意味で、組織の中に時代認識が違う人がいると、協力しにくい(たとえば人手不足問題などが、いい例かもしれない)。シニア世代と、中堅と、Z世代では、時の感覚が違う。なのにお互い、違いをきちんと認識して、同期することを諦めている。 「時計は正確でなければならない」と、技術屋出身の、経営者でもあった父はいった。事実とデータに基づいて認識し、決断すること。それが、マネジメント判断の基礎である。そういう教訓が、この短い一言に現れている。今の世でいう「データドリブン・マネジメント」とは、すなわちデータに基づくマネジメント判断である。AIを使うかどうかは本質ではない。事実を客観的にとらえようとする態度の有無が、境目なのだ。 だから事実を見て、お互い頭の中の時計を合わせよう。わたし達は協調して働けなければ、何事もなしえないのだから。 <関連エントリ> 「リアルタイムとは何か」 (2010-12-15)
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by Tomoichi_Sato
| 2026-01-05 12:45
| E1 マネジメントの技術論
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Merry Christmas !!
当サイトを以前からご覧いただいている読者の方はお気づきだろうが、わたしは『感情』というテーマに、しばしば触れるようになってきた。その最初はおそらく2011年の「知識労働、肉体労働、そして『感情労働』」かもしれないが、2017年頃から少しずつ増えている、そうなった特段のきっかけがある訳ではないが、感情というものが人間を動かす大きな原動力となっていると気づいた、それが理由である(なお、ここでは感情を「感覚的・情緒的なもの」という広い意味で使っている)。 言うまでもなく、当サイトのテーマは「計画とマネジメントの技術ノート」だ。技術と感情ほど、縁遠いものはない。技術は科学を基礎とした理知的な方法論で、かつ非属人的な移転可能なものである。感情の割り込む余地はない、はずだ。なのになぜ、感情を重要なファクターとして考えるようになったかというと、マネジメントが「人を動かす仕事」だからだ。 自分で手を動かして、設計したりモノを作ったりする仕事は、もちろんとても重要で、それがなければ世の中は回らない。しかしマネジメントとは、自分で手を動かすことではなく、人に働いてもらうこと、少なくとも人と一緒に動くことである。そして、人と人との間には、必ずヒューマン・ファクターが働く。その大きな要因が、感情面だ。 マネジメントにはテクノロジーがある、と長年わたしは主張してきた。人やモノをコントロールする業務プロセスを、誰もが一定のレベルで遂行できるようにする技術が、世には存在するのだ、と。それはたとえば、プロジェクト・マネジメント分野におけるPERT/CPM・EVMSだとか、生産マネジメント分野のスケジューリング・在庫理論などだ。これらの技術や理屈の中には、『感情』はもちろん登場しない。
ちなみに余談になるが、わたしは最近、自分自身のための会社を作った。名前を「株式会社マネジメント・テクノロジー」という。従来から研修・セミナーや、コンサルティングなどの仕事を、中小企業診断士として受けてきた。ただインボイス制度の影響や、大企業の顧客だと個人相手の契約が難しいなどの問題があり、勤務先の承認を得た上で、いわば副業用にヴィークルを作った訳である。 この「マネジメント・テクノロジー」という言葉は、数年前に惜しくも亡くなった勤務先の同僚、故・秋山聡氏が使い始めた用語だった。彼はこれをマネテクと略して、「まねてくニュース」というMLを社内で発信し続けた。なので会社名を登録するときに、故人の霊前に頭を下げ手を合わせ、無言の許可を得てから、登記した次第だ。 そんなことをしなくても別段、法律上の問題は無い。ただ、それでは自分の感情面が落ち着かないのだ。なんだか、申し訳ない気がする。だから、そういう挨拶ないし儀式が必要だった。つまり感情というのは、人間の間の敬意に、結びついている。 人と人との関係には、ほぼ必ず、感情が絡みつく。上下関係にも、勝ち負けにも、貸し借りにも、そして好き嫌いにも、すぐ顔を出す。だとしたら、人が人を動かすマネジメントの仕事に、感情が無関係でいるはずがない。加えて、モチベーションとかウェルビーイングといった人財・組織開発系のキーワードも、やはり感情的価値に関係している。 ところが、(正直に告白するが)わたしは他者の感情に対する感受性が、著しく低い。そればかりか、自分自身の感情に対するセンシングも、うまくない。それでは、他者とよい協力関係で動けるはずがない。自分の感情に感度が低いので、いつの間にかメンタルに感情的負荷が高まっていても、その弊害に気づきにくい。これは心身的にもストレスだし、思考にも良い影響を及ぼさない。だから、感情というものに、ちゃんと向き合う必要を感じ始めた、ということだ。
しかしちょっと勉強しはじめて、不思議な気持ちになった(この「不思議」も感情ですね)。心理学・精神医学・脳科学など、さまざまな学問が感情に取り組んでいる。文学・芸術や哲学も、ずっと主題にしてきた。にもかかわらず、感情という現象は、とても未整理なのだった。よく「喜怒哀楽」というが、このリストアップは文化圏によっても異なる。人間の基本的感情はいくつに分類できるのか、それさえ不明である。 感情にはポジティブとネガティブがあり、強さ弱さの強度があるから、4象限で付置できる、という理論もきいた。でも感情には時間的な波や、遷移もある。そうした動力学はどう扱うのか。そして、現象論は分かったとして、自分はどう感情に向き合い、付き合い、育てたら良いのか。なんだか五里霧中である。 ただ、考えているうちに、感情とは制御システムで言うSV(Set Value = 目標値)とPV(Process Value = 現在値)の差異をあらわす状態信号なのではないか、と思うようになった。われわれ動物は、環境に対して、ある種の期待=目標値を持っている。たとえば体内環境の一つ、体温は36.5℃前後といった風に。そして体温の現在値が目標値からずれると暑いとか寒いという感覚を感じ、フィードバック的対応をとる(ホメオスタシスの制御系)。同様に、心理的な欲求に対して現状をくらべ、快適だとか不快だとか(つまりポジティブとかネガティブの)感情を抱くのではないか。 たとえば承認欲求が満たされれば、自尊感情を感じる。安全欲求が脅かされれば、不安や恐怖を感じる。帰属欲求や所有欲求の対象が失われれば、悲しみを感じるといった風に、である。そして制御システムのように、SVとPVの差異は、それを修正しようとするMVを導き出す。つまり人の行動を促す。そう考えると、人間の多くの行動の下には感情があり、さらにその底には、さまざまな欲求が隠されている。
この事実に気がつくと、自分や他者の思考・行動が、いかに欲求と感情にドライブされているかが次第に見えてきた。見かけ上は、知性や経済合理性に基づいて考えたり発言しているようだが、実はその下に、自分をこう位置づけたい、他者をこうしたい、といった欲求がひそんでいる。わたしの敬愛する英語教育家・中津燎子氏は著書『なんで英語やるの?』の中で、人間の行動の8割以上は感情的な動因にうごかされている、という意味のことを書いていたと記憶するが、この方の洞察力にはいつも感心する。 感情の中でも一番大切なのは、『希望』かもしれない。わたし達は希望に導かれ、つまづきがちな自分の人生を何とか歩んでいく。しかし昨今の社会を見ると、合理性や正義・公正にもとづいて将来像を語る言説の裏に、じつはしばしば、怒りの感情が貼り付いた言い方が、リアルでもネットでもあふれている。怒りの底には、さらに他者への支配欲求とか、自己への承認欲求などが渦巻く。そしてネットのアルゴリズムが、人びとの同調性をさらに加速する。そんな乱流状態を、わたし達は今、体験しているのではないか。 見かけ上どれほど正しい主張でも、怒りの感情に駆られている限り、そこには希望はない。なぜなら、怒りとは、他者を打ち破ろうとする欲求と一体だからだ。支配欲求は、次には負かされた側の攻撃欲求を引き起こす。だから、これは対立を生み続ける心理ゲームである。 「剣をおさめよ。剣を取る者は剣で滅びる。」——夜の暗闇で捕縛されようとしたとき、その人は弟子にこう言った。エルサレム郊外でのことだ。今から2千年前、当時の帝国支配下の植民地状態の小国で、宗教改革者として現れた彼は、指導者層の欺瞞を批判し、命を狙われるようになる。追っ手が彼に手をかけたとき、弟子の一人は剣を取って相手に斬りかかるが、彼はそれを制止する。また、こんな風にも言った:「あなた方はまるで強盗に向かうかのように武装して、夜、捕らえに来たのか。毎日わたしは神殿の境内に座って、教えていたのに。」 怒りと支配欲求で動く者は、結局、怒りと支配欲求で滅びる。なぜなら、欲求に自分を乗っ取られると、後先を考えられなくなるからだ。強い感情は、「我を忘れる」作用がある。だから滅びたくなければ、「我にかえる」必要がある。我にかえって、少しだけ平静さを取り戻し、自分の有限さを思い出すべきである。 当時の夜は、今と違って、空に多くの星が見えただろう。星空を見ると、自分の小ささが分かる。古代人がある種、現代人より謙虚に見えるのは、そのためかもしれない。彼が亡くなって以来、2千年が経ったが、まだ人類は剣に滅びる愚かさを、抜け出ていないようにも感じる。だがこの人の活動は、意味がなかった訳ではない。 宇宙150億年の歴史に比べれば、わたし達は塵のような存在だ。だが、ゼロではない。この世を少しでも良くするために、せめて少しでも平和にするために、この冬至の短い季節に、何を語り何を祈るべきか、心静かに考えよう。 <関連エントリ> 「怒りやすい人びと・怒っていると気づかない人びと」 (2017-06-17) 「わたし達の社会には、感情的価値が足りない」 (2025-09-23)
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by Tomoichi_Sato
| 2025-12-20 23:48
| E6 メンタルと働き方のマネジメント
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時折頼まれて生産マネジメントの研修セミナーの講師を引き受けることがある。その時大体いつも最初に話すのが、「工場を生産のためのシステムとして捉える」と言うトピックだ。 システムと言うと、すぐコンピューターと情報システムを連想する人がほとんどだろう。だが、ここで言うのは「仕組み」の意味で、人間を含むいろいろな要素が、互いに機能し合い、助け合って目的を達するメカニズムのことだ。現代のシステムズ・エンジニアリングでは、仕組みを理解するために、「IPOモデル」を用いる。インプット・プロセス・アウトプットの略である。 工場という仕組みの主要なアウトプットは、当然ながら製品=プロダクトである。プロセスは文字通り、製造工程である。では、主要なインプットは何だろうか。 それは部品材料だ、と言うのが昭和時代の答えだった。部品材料をインプットして、製品というアウトプットを生み出す。これが工場だ、と。まあ部品材料以外に、副資材や用役などもサブのインプットとして必要だろうが。
ところが現代では、この答えはもはや、間違いなのだ。現代の工場の主要なインプットは何か。それは、「需要情報」である。需要情報をインプットして、製品(の形に込められた付加価値)をアウトプットする。サブのインプットとして、部品材料や副資材・用役を用いる。これが現代の生産システムの姿なのだ。 ![]() なぜ、そう言えるのか? 考えてみてほしい。あなたがどこかの工場の、工場長さんだったとする。あなたは、「部品材料があるなら、その分だけ製品を作れ」と指示するだろうか? 需要を無視して勝手に製品を作っても、ムダな製品在庫が積み上がるだけかもしれない。だから需要の明確な製品を優先して、作ろうとするだろう。すなわち、需要情報がメインのインプットに変わったのだ。 このような変化の起きた理由は、単純である。物不足時代は昭和で終わり、市場が成熟した。もはや「作れば売れる」時代ではない。だから企業は差別化を求めて、製品種類を増やしてきた。種類が増えれば、単純な外挿による昨年度並みの計画では当たらなくなる。かくして需要情報が、いちばん大事な、メインのインプットの座につくことになった。製造業とは、需要情報を得て、それを製品に変換する仕事になった。 すなわち製造業の中核部分は、じつは情報処理産業に変わったのだ。この変化にいち早く気づいた欧米人たちは、「スマート製造」とか「インダストリー4.0」といったスローガンによって、この変化を先取りしようとしている。
ところが、ひるがえってわが国では、このような意識変化についていけてない企業や、経営者・メディア・学者たちがまだまだ多いように思われる。 情報処理産業である以上、組織の外部からの情報を収集し取り込む「感覚器官」が必要だ。もちろん組織内部の状態をセンシングする内的感覚器官もなくてはならない。そして何よりも、外と内、中枢と末端をつなぐ情報のチャネル=中枢神経系が必要である。神経系である以上、バケツリレーではなくリアルタイム伝達が必須だし、一方通行ではなく双方向でないとこまる。 そして当然ながら、情報変換機能も必要だ。形のない需要情報、顧客の「ニーズ」を、具体的な製品の形に変換するのは、誰か。むろん、設計部門だろう。では、あえて質問するが、あなたの会社の設計能力は、どれほどの水準だろうか? わたしが見聞きしてきた限り、日本企業では、詳細設計は今でも一流だ。世界的に遜色ないレベルだと言える。 しかし、はっきり言って、基本設計は二流だ。なぜか。顧客の要求事項に個別に対応し続けることが、設計だと思い込んでいるからだ。一流の設計には、設計思想がいる。そして標準化への強い意思がなければならない。まして超一流の設計とは、新しい製品カテゴリーを創造する能力である。 技術カンファレンスなどを見ても、設計のツール論はたくさんあるが、設計論自体は内容が乏しい。設計を導くガイディング・プリンシプルが足りない。
しかし設計機能よりも、もっと問題な部分がある。それはマーケティング・営業である。これは需要情報をインプットし集約するとともに、需要喚起のための製品情報をアウトプットし、顧客を誘引する機能だ。生産システムのメインのアウトプットは製品それ自体だが、同時に製品に伴う情報も、アウトプットし続ける。この情報アウトプットを上手に制御しつつ、インプットの需要情報にうまくフィードバックする仕事こそ、営業に他ならない。 マーケティングとはどちらかというと中枢系の機能で、営業セールスは末端組織の力仕事という区分が、西洋社会にはある。しかし、日本企業ではこの区分が明確でない。マーケティング機能自体が、一部のB2C大企業以外では、とても乏しい。 マーケティング・営業の仕事とは、煎じ詰めれば「いかに高く売るか」を考える仕事だ。しかし、日本企業の多くは奇妙なプル型(下請型?)体質がしみこんでいて、「いかに安く売るか」「顧客にどれだけ従うか」が、思考のモノサシになっている。これでは情報の一方通行である。よい基本設計は、すぐれたマーケティングとワンセットでなければならない。末端組織の一人ひとりの営業マンは足で稼ぎ、エンジニアは詳細設計で汗をかいて努力している。だが肝心の、中枢機能がつながっていないのだ。 こうした状況は、全体システムを統合する経営レベルの問題である。組織図をつくり、KPI・KGIを与えて目標管理で皆をドライブするが、サイロ化した部署の間で、情報の流れがどうなっているのか無頓着でいる。 これらの問題は、すべて工場の外で起きている。日本の製造業を再生したかったら、設計、マーケティング、そして経営者の思考習慣を、何とかしなければならない。 もちろん工場の刷新は、必要だ。デジタル化だって、省人化だって、待ったなしだろう。でも工場のスマート化は、製造業の活性化にとって必要条件だが、十分条件ではない。製造現場にどれだけIoTセンサーを詰め込んだって、スマート製造は実現しないのである。 <関連エントリ> 「生産システム、そのパラダイム・シフト」 (2018-04-28) 「設計という仕事が、本当に目指すべき役割は何か」(2025-09-15) #
by Tomoichi_Sato
| 2025-12-10 17:36
| E3 組織・経営・戦略論
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