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ネゴ(交渉)が苦手な人のために 〜 顧客のペインを推測する

Kさんは、わたしの大学の1年先輩である。大学院では同じ研究室で過ごした。Kさんは大手メーカーに就職し、地方の工場勤務からキャリアをはじめた。後に研究開発部門にうつり、社会人ドクターも取得したが、ある時、転職して外資系のベンチャーに入った。そこは優秀な技術を持っており、数年後に、もっと大手の外資系企業に買収された。当然、小さな日本法人も、その大手の日本支社に吸収合併されることになる。

このような状態で、その会社に働き続けるかどうか、先輩は迷ったらしい。大学時代の恩師に相談したところ、意外な助言を受けた。「君は営業マンになれ。外資系企業では、研究開発は結局、欧米にある本社の仕事だ。現地では、ローカライズやサポートが技術者の仕事に過ぎない。それでは上にあがれない。上がらなければ、面白い仕事もできないだろう。もし日本支社で上に上がりたかったら、セールスで実力を見せるしかない。」

繰り返すが、この人は博士号も持っている、生粋の技術者だ。それなのに恩師は、生き残りたかったら、営業の仕事をしろと言う。先輩は結局、この助言に従うことを決めた。そして本当に頭角を現し、この会社の日本支社長まで上り詰めた。

Kさんは人当たりの柔らかい、温厚で誠実な人だ。だが、いわゆる典型的な「営業マン」タイプではない。根っからセールスの才能に恵まれている人とは思えない。わたしは久しぶりにお目にかかったときに、思い切って、「セールスに成功する秘訣とは何ですか?」、とたずねてみた。というのも、わたし自身、仕事の限界というか、自分の殻を破って成長するためには、他人と交渉する能力が必要だと感じていた時だったからだ。

といっても、別にわたしが何か特定の商品を、誰かに売ろうとしていた訳ではない。わたしが「売り」たかったのは、自分の提案、ないしアイデアだった。相手は顧客であり、社内でもある。わたしは受注型プロジェクトの仕事をずっとしてきて、その途上では、顧客の追加要求だとか気まぐれな好みだとかに、しばしば振り回される。そのまま従うと、納期やコストにインパクトが出る。そこで対案を考えて、社内の合意を取り付け、顧客に提示して説得しなければならない。つまりネゴ(交渉)である。

世の中にはネゴが得意で、交渉が大好きな人も、たまにはいるのだろう。だが身の回りを見ても、わたし自身も、それほどではない。もちろん仕事で必要だから、交渉はする。だが、顧客の説得がもっと上手だったらなあ、といつも思っている。

さらに、受注プロジェクトの現場を離れてからも、説得の機会は減らない。たとえば社内のIT系プロジェクト。あるいは業務改革の提案活動。いずれも社内ユーザの仕事のやり方に変化をもたらす。当然、当事者の同意が必要になる。そして大抵の人は、慣れたやり方を変えたがらない。その相手に、こういう新しいやり方のほうが、会社全体としてはメリットが有るはずなんです、と説得しなければならない。

英語では、こういうとき、自分のアイデアを『売る』(sell)と表現する。すごく直接的な言葉だが、核心をついている。人を説得し、自分の提案に同意してもらう。それは、アイデアの販売であると、彼らは考える。だとすると、わたし達が何かを「売り込み」「営業する」機会は、思ったよりもずっと多いことになる。だから、わたしは先輩に、営業の秘訣を訪ねたのである。

するとこの先輩の答えは、とても意外なものだった。「米国のセリングに関する本で理論と手法を学び、そのまま実践した」と。理論と手法! さすが理論派の技術者だとは思ったが、ふつう、セールスは人間系のスキルが決め手だと言われている。対人関係とか、熱心さとか誠実さとか、さらには根性とか。誠実さや根性がスキルなのかどうかは、かなりあやしいが、とにかく「文系」的な価値観が支配する世界だ。それなのに理論とは。

納得できない顔のわたしに、先輩は説明した。「ぼくが売るのは、ケータイやクルマみたいに、目に見える製品じゃない。目に見えないソフトウェア、つまりソリューションだ。『提案型営業』と言ってもいい。だから、ちゃんとした売り方の方法論が必要だ。」

そして先輩が紹介してくれたのが、『ソリューション・セリング』(M・ボスワース著)という本と、そこに書かれているエッセンスだった。とくに、顧客のペインをつかむ事の重要性を、教えてくれた。

著者ボスワース(と訳されているが、ボズワースと濁るのが正確な発音かと思う)は、顧客のニーズは3段階からなる、というモデルを考える。それは、
(1) 隠れたペイン
(2) ペイン
(3) 解決策のビジョン
である。

そして、提案型営業(ソリューション・セリング)とは、顧客のニーズを(1)→(2)→(3)と掘り起こして導いていくプロセスで、これを経ずに、いきなり何かの「解決策」を提示しても、相手はそれを必要とは思わない、という。
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たとえば(と、ボズワースは例を挙げる)ウォールストリート・ジャーナル朝刊に、「ジェネテック社が男性の禿げの遺伝子の分離に成功した。5年以内に米国男性のハゲという問題は解決するだろう」という記事が載ったとする。

頭のてっぺんの髪が薄くなってきている自分にとって、薄毛は問題(ペイン)だ。だが、解決方法がないとあきらめて、意識にはのぼらせてこなかった。つまり、「(1)隠れたペイン」だったのである。しかし、この新聞記事をよんで、にわかに「(2)ペイン」として意識化される。

もちろんまだ、この段階では、そのジェネテック社の新薬を買うとは決めていない。安全性も、値段も未知数だ。だが、この問題は意識化され、活性化された。そして解決策を真剣に考えはじめている。

「(1)隠れたペイン」と「(2)ペイン」の違いは、『希望』である。わたし達をとりまく問題は数多い。仕事でも、プライベートの生活でも。だが、人はあまり多数の事柄を、意識の前景におくことはできない。心理学によると、意識は同時に、7±2個、すなわち5〜9個くらいしか、注意すべき主題を保持し続けられない。だから多くの問題は、当面解決策がないと思われると、潜在意識の下に追いやられ、忘れられてしまう。

自分が相手に何かを売り込みたければ、無意識の中にしまい込まれ、忘れられていたペインを、相手の意識に登場させる必要がある。すなわち顧客に希望を与えることで、その一つの方法は、参照事例を示すことなのだ。解決の実例を見せて、その方法や状況は多少違っていても、自分の問題が解決可能らしい、と思ってもらうことが、セリング活動の第一歩である。

「しかし、一番難しいのは、相手のペインを知ることだ」と、先輩のKさんは言った。人は悩みとか問題といったものを、簡単に他人に打ち明けたりはしない。まして相手が部下とか他者の人間だったら、なおさらだ。自分には何も問題はない。そういうポーズを、誰だって自分を守るために、とっている。

相手が抱えているペインは様々だ。だが、自分が売りたいパッケージ・ソリューションの多くは、幸い、いろいろな機能を持ち、ユーザに対して多面的なベネフィットを提供できる。だから、相手のペインをなんとかして探り当て、その内容に応じて、売り方を変えるべきだ。どんな顧客に対しても、同じ売り方をしては、いけない。これが先輩のアドバイスだった。

この話を聞いて以来、わたしは顧客や社内他部門へのプレゼンテーションを作る際、必ず相手のペインを考えることから、はじめることにした。そのためには周到な情報収集と、想像力が必要だ。

プレゼンテーションを、自己(自社)紹介や最近のトレンドからスタートする人が多い。だが、わたしはそうではなく、相手の隠れたペインを想定し、それに類似するシチュエーションの説明からはじめることにした(ただし、押しつけがましくならないように、自分自身の類似トラブル体験を持ち出すこともある)。

そして、できれば、解決した参照事例の話を、さらりと紹介する。相手が興味を持ち、身を乗り出して聞いてくれるようになったら、問題の背景と、自分の提案について順を追って説明するようにする。

例えば自分が、IoTシステムの導入を社内で提案したいのだと仮定しよう。それによって機械設備の稼働状況と、人の動線を可視化し、工程改善に使いたい。説得する相手は、場合により、生産技術部かも知れないし、工場長かも知しれない。あるいは財務部門の場合もあろう。

この3者は、おそらく抱えている潜在的ペインが異なる。生産技術部は、機械の故障が悩みだろう。ただ設備投資は抑えられているので、古い設備を保守しながら、だましだまし使っている。じゃあAIで予知保全、などと考えるのは、いきなりジャンプしすぎだ。まず、「だまし運転の危険」で話を始めてみる。それが労災を引き起こした例、生産がしばらくストップした例、そして機械の深刻なダメージが起きた例をあげる。

大事なのは、機械の保守記録と、累積稼働時間だろう。でも今は、工場の建屋の外に一歩出てしまうと、機械が動いているか止まっているかすら、分からないのだ。では、それが遠隔でモニタリングできたら、どうだろう。こういう風に、ペインを構成してみる。

相手が工場長なら、機械故障よりも、生産性や稼働率の向上が悩みの種かも知れない。だが今は、製造部の配下の各現場リーダーに、「改善しろ」「頑張れ」と指示することしかできないのだ。受注生産の場合、営業が仕事を取ってきてくれない限り、稼働率は上がらない。これが、隠れたペインだ。

でも、工場内の重要な工程について、稼働率と余力が可視化されたら、どうだろう。工場にはまだ、これだけの能力が余っているから、もっとこういう種類の仕事を取ってきてくれ、と営業部門に働きかけることができる。人の配置も、無駄な偏りが毎日、具体的に見えれば、再配置を命じることができるだろう。そう考えると、稼働率や人の配置が可視化できていない、というペインが前景に浮かび上がる。

そして財務部門が相手の場合は? もちろん、原価管理に訴えるしかない。今の状況では、どの機械にどれくらい人がはりついているのか、よく分からないのだ。ということは、真の原価がとらえ切れていない訳だ。すると・・

このように、同じ仕組みを売り込むのだって、相手の立場や関心によってペインのあり方が異なるから、ハイライトすべきベネフィットも、よく考えて選ぶべきなのだ。

もちろん、こういうアプローチが空振りすることもある。一種の賭けである。腰が痛くて悩んでいる人に、「あなたに必要なのは胃腸薬だ!」と提案したって、拒否されるに決まっている。わたしも後になって、相手は思いもよらなかったことに悩んでいた、と気づくこともしばしばだ。ただ、はずれることを怖れて、誰にも共通するような、薄まったペインを持ち出しても、なかなか多忙な相手をひきつけることは難しい。

そして、相手がペインを意識化したら、一緒に解決策のビジョンの構築をたどるべきなのである。これを飛ばして、いきなり解決策のビジョンだけ示したって、絵に描いた餅を買いたいと思う人は少ない。

ボズワースは、多くの広告はこの点を間違えている、という。「広告の80%は単に『ビジョン』を提示しているように思えます。しかし、これでは売れることにはつながらないのです。(中略)買い手の隠れているニーズを(意識の中に)運び込み、買い手に自分がそれを買えば、自分の問題は解決するのだとと思わせるものでなければなりません」(邦訳 P.86-87)。

「皆さんが大人になったとき、セールスマンになっていればいいな、と思っていたお母さんは何人くらいいたでしょう?」と、彼はセミナーの受講生にたずねるのだそうだ。だが皆、答えずに笑うらしい(アメリカ人が質問に答えず笑うのは、よほど恥ずかしいときだ)。セールスマンは、その程度の社会的尊敬しか受けていない。

だが、目に見えないアイデアのセールスは、想像力をフルに使う、非常に知的な仕事である。そして、技術者を含むわたし達全員が、そのための交渉能力を身につける価値がある。もしもあなたが、他人に同意してもらいたい、ブリリアントな技術的アイデアを抱えているなら、あなたはそれにもかかわらず、まずセールスマンになる覚悟とスキルを身につけるべきなのだ。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-19 23:18 | ビジネス | Comments(1)

キャパシティか、スループットか 〜 生産能力を理解する

生産マネジメントに関連して、混乱しがちなもう一組の用語について考えよう。それは生産量(生産能力)を表す言葉だ。

キャパシティ』とは何か。それは、ある機械設備なり、一連の工程なり、あるいは工場全体の生産能力を表す、設計上の値である(そしてたぶん、この言葉の用法については、あまりブレがない)。

たとえば、前回の記事と同じく、パン焼き窯を題材にしてみよう。窯には30個までのパンの材料を置くスペースがあり、焼き上げるまでに必要な時間は2時間だ。ということは、平均すると、(パンを窯に出し入れする時間を無視すれば)1時間あたり15個、ないし1分あたり0.25個、という「キャパシティを持っている」といえる。

もちろん、パンが出来上がるタイミングは断続的で、2時間に1回だ(こういう生産方式を『バッチ』型と呼ぶ)。毎分、1/4個ずつ、にょろにょろパンが生まれでてくる訳ではない。だからキャパシティとは、ある時間幅における「平均値」を示している。

店のパン焼き工場(こうば)が、1日8時間勤務の体制ならば、1日あたり120個を生産できるキャパシティをもっている。もしも3交代制・24時間勤務なら(そんなパン屋があるかどうかは別として)、1日あたり360個のキャパシティである。店が週休二日で、1月4週間で換算すれば、月産7,200個のキャパシティになる。

お分かりの通り、日単位以上でキャパシティを考える際には、「稼働時間」の項目が入ってくる。だが、時間平均であること、稼働時間の設定が入ることさえ忘れなければ、キャパシティは、その機械設備の最大限の生産能力を意味する訳である。あるいは、ピーク時の生産可能数、といってもいい。

ただし、先ほど、釜にパンの材料を入れたり、焼き上がったパンを出したりする時間は無視すると書いたが、実際には、セットするのに10分取り出すのに5分、平均するとかかる。つまり全体としては、1つのロットから、次のロットまで、2時間15分かかることになる。一分あたりに直すと0.22個(=1時間あたり13.3個)になる。つまり、毎分0.25個という先程の数字から比べると、約11%の生産能力ダウンであると考えることができる。

パンを焼く2時間という実稼働時間に対して、材料を準備したり取り出したりする、付帯作業の時間を、段取り時間と呼ぶ(英語では、set-up timeという)。より詳しくいうと、パン材料を入れる作業を「前段取り」、焼き上がったパンを取り出す作業を「後段取り」と区別する。付帯作業としての段取りは必須なので、製造ラインのキャパシティーを考える際は、段取り時間を考慮に入れなければならない(釜や炉の場合は、余熱やクールダウン時間の考慮も、本当は必要だ)。

さて、前後の段取り時間を考えると、30個のパンを焼くのに2時間15分かかる。もし1日の稼働時間を8時間とするならば、実際には、4回焼くのは難しく、3回しかパンを焼けないことになる。パンという商品の性質上、夕方途中まで焼いて、次の朝、続きを焼くようなことはできない。つまり1日の生産量は30 x 3 = 90個である。単純な実稼働時間から計算した、最大生産能力に比べて、店の生産キャパシティは25%もダウンする。

そして、窯が動いている時間は2時間15分×3=6時間45分だから、一日のうち1時間15分は、窯は使われずに遊んでいることになる(なお、話を単純にするため、ここでは昼休み時間は無視している)。

ところで、店では手作りパンを売っている。つまり、小麦粉をねってイーストのパン種を仕込み、様々な形にしたり具を入れたり、といった作業もしている。食パンもあれば、菓子パンも作る。これはほぼ、手作業だ。

食パンは形が比較的単純なので、それだけに集中すれば、1個を3分、1時間に20個分の、「あとは焼くだけ」状態になったパン材料を、準備できる。ただし食パンは大きくて場所ふさぎなので、1個が普通のパンの3倍の場所を取る(パン焼窯には10個しか並べられない)。普通のパンに換算すると、60個分が準備できるわけだ。30分あれば、パン焼き釜1回分の材料が作れる。

だが、後工程であるパン焼窯のキャパシティは、段取り時間を考慮すると、1時間あたり食パン10/2.25 = 4.4個しかない。ということは、食パンだけを作るとしたら、あなたの店は全体として、やはり毎時4.4個の生産キャパシティになる。パン焼き窯の能力が、全体のボトルネックになっているのだ。1日8時間営業の場合、釜は3回しか使えないから、1日で30個。普通のパンに換算すると、1日90個分となる。

ちなみに、菓子パンの類は、具を入れて形を作り、焼く前の姿にするまでに、もっと手間がかかる。だいたい、1個に平均5分はかかる。1時間に12個だ。こうなると、パン焼き窯よりも遅いことになる。もしも菓子パンだけで考えるなら、店は全体として、毎時12個の生産キャパシティという計算だ。キャパシティ上のボトルネックは、作る製品によって、場所が変わる可能性があるのである。

パン焼き釜の容量30個分の菓子パン材料をつくるには、2時間半かかる。1日8時間営業では、やはり3回しかパンを焼けないはずだ。だから、もしも菓子パンだけを作るなら、やはり1日90個が、生産キャパシティになりそうだ。

ところで、よく考えてみてほしい。朝9時に、営業が始まるとしよう。パン職人は9時から、まず菓子パンの材料づくりをはじめる。30個分を作るのに、2時間半。それからパン焼き窯にセットする。つまり、パン焼き釜が動き始めるのは、11:30だ。かりに職人がすぐさま、次のバッチの菓子パン材料を作り始めても、準備完了するのは、その2時間半後の14:00。焼き上がるのは、16:15。店の営業時間は夕方5時までだから、あと45分しか残っておらず、もうパンは焼けない。

つまり、菓子パンだけを作る場合、パン焼き釜は1日に2回しか動かず、生産量は60個にとどまる、ということだ。材料作りの工程や、パン焼き工程が、それぞれ持っている生産能力よりも、全体での生産能力は明らかに、小さい。

 材料作りの工程の生産能力:1時間12個、→8時間で 96個
 パン焼き釜の生産能力:  1時間13.3個→8時間で 90個
 パン屋全体の生産能力:        →8時間で 60個

なぜこうなるかというと、それは生産スケジュールの制約(とくに稼働時間と段取り時間の制約)のためなのだ。つまり、工場全体の生産能力は、生産計画に依存する、ということになる。

そして、生産計画は、需要の変化に応じて、どんどんと変わっていく。店にしても、食パンだけ、菓子パンだけを作る訳にはいかないだろう。プロダクト・ミックス(製品の構成比率)は、動的に変わりうるのだ。

ちなみに、次のようなタイム・テーブルで、食パンと菓子パンを作れば、食パン1回、菓子パン2回分を焼くことができる。菓子パン換算で1日90個の生産量を確保できる。菓子パンの方が利益率が高いから、ちゃんと需要とマッチするなら、こちらの方がパン屋としては好ましいだろう。

 材料作りの工程:       パン焼き工程
  9:00 - 9:30 食パン    9:30 -11:45 食パン
  9:30 -12:00 菓子パン  12:00 -14:15 菓子パン
 12:00 -14:30 菓子パン  14:30 -16:45 菓子パン

実際のプロダクト・ミックスと、生産スケジューリングにしたがって、生産量は変わりうる。このような、現実の生産量のことを、スループットと呼ぶ。キャパシティは設計上の最大能力のことを指すのに対し、スループットは実際の結果を示す値である。このことをあえて強調するため、『実効スループット』とよぶこともある。

(なお、ここで言うスループットとは、TOC理論の「スループット会計」でいうスループットとは別の概念である点に注意されたい)

ちなみに、スループットとは現実の値であるから、どこかの工程が遅れたり、材料が足りなくなったり、設備が故障したり、といった予期せぬ変動や、仕掛品の滞留なども、すべて含んだ数字になる。

多品種を作る工場においては、各設備・工程毎の生産キャパシティを設計することができる。ところが、工場全体のキャパシティとなると、プロダクト・ミックスを仮定し、生産スケジューリングを考えないと、推算することができない。生産システムの設計では、ここがポイントになる。

工場づくりの仕事をしていると、しばしば最新鋭の高速の製造機械を導入したい、と考える顧客にぶつかる。それはそれで結構だ。技術的にもチャレンジングで、面白い。だが、本当にその工場にとって、定まった品種の製品を高速大量に作るニーズが大きいのか。じつは、製品ラインナップは多品種化が進み、生産量も変動が大きいのではないか。

高速の製造機械は、セットアップの段取り時間もそれなりにかかることが多い。それならば、高速の機械1台を買うよりも、中速の機械2台を入れて、上手に品種切り換えをスケジューリングしながら作る方が、賢いのではないか。たとえていうなら、町中をちょこちょこ走って荷物を届けるのには、高速なスポーツカー1台より、小型のセダン2台の方が効率的ではないのか。

技術者はつい、単体のキャパシティを追求したがる。だが、本当に必要なのは、総合的なスループットなのだ。

そして稼働後は、実効スループットをきちんとモニタリングして、設計時とどこがずれているのかをチェックする必要がある。その違いは、プロダクト・ミックスすなわち需要の違いによるものなのか、それとも生産スケジューリングの制約から来ているのか、それとも計画では予期しなかったトラブルによるものか。そうした分析がなければ、工場全体の生産量の、真に適切な改善はできない。

もちろん、各工程設備や作業の、個別の改善は可能だろう。そして、そうした努力は続けるべきだ。ただ、改善すべき優先順位は、生産活動全体を仕組み(システム)としてとらえ、データに基づいて分析しなければ、判断できないのである。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-12 14:03 | 工場計画論 | Comments(0)

リードタイム、サイクルタイム、タクトタイム 〜 何がどう違うのか

数年前、「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」を書いたとき、プロジェクト成功の条件として、「チャレンジのOS」を定義した。組織のOSとは、体系化した思考と行動の習慣を意味する。そして、チャレンジのOSは、頭文字でいうと「S+3K」の4つの項目からなっている、とした。S+3Kのうち、最初のSは、システムズ・アプローチ、すなわちシステムな見方である。

あとの3Kとは、
・言葉を大切にする
・契約と責任を重んじる
・かならず計画をたてる
の略だ。そして、このOSを組織で共有しいていることが重要だ、と(登場人物の口を借りて)主張した。

なぜ、あえて『言葉を大切にする』を最初にあげたのか。理由は簡単。「言霊のさきわう国」のはずだった、わたし達の社会で、多くの人が言葉をぞんざいにしているからだ。いや、ぞんざいという意識はないのだろう。だが、自分の使っている言葉が正確に何を指しているのか、そして、その言葉が自分の所属するムラを離れて通用するのか、意外と無頓着に思えたからだ。

たとえば、「リードタイム」という言葉がある。リードタイム短縮、などという課題もよく耳にする。だが、そこでいうリードタイムとは、具体的に何を意味しているのか? そこを置き去りにしたまま、自分たちの文脈で勝手に理解して、議論が始まってしまう。そこで時々、リードタイムという言葉で何を指そうとしているか、問いたださなければならない。

わたしがよく使う質問は、「15年もののウィスキーをネットで注文したら、3日後に届いた。リードタイムはどれだけと言うべきか?」だ。それは15年なのか。3日なのか?

15年もののウィスキーを作るには、明らかに15年(以上)かかる。「リードタイム短縮」のために、作る期間を10年以内に短縮したら、詐欺である。では3日後に届く商品を、翌日配送できるようにしたら、それはリードタイム短縮ではないのか? いったい、リードタイムとは、何の期間のことを指しているのか。

言葉の意味が問題になるとき、世間では従来、広辞苑などの権威ある辞典をひらいて、定義を見る、みたいなことがよく行われた。最近ではかわりに、無料のWikipediaを検索したりする例もある。だがはっきり言って、Wikipediaはマネジメント・テクノロジー系の語彙に弱い。では、JISはどうか? JIS Z 8114:2001「生産管理用語」という規格はある。だが、この冊子を座右に持っている人は多くないだろうし、率直に言って、問題もあると考える(「下請け型受注生産という日本的形態を考える」 参照のこと)。

ウイスキーの例については、以前も論じたから、簡単に繰り返すにとどめるが、「リードタイムとは、何らかの指示(order)が発せられてから、それが完遂(fulfillment)されるまでの期間をいう」のである。そして、生産や物流の世界では、いろいろな種類の指示・オーダーがある。製品単位の生産オーダーだったり、部品・工程単位の製造オーダーだったり、倉庫からの出荷(納品)オーダーだったり。

したがって、リードタイムの種類は、オーダーの種類と同じだけある、ということになる:

生産リードタイム:生産オーダーが発せられてから、製品ができあがるまでの期間
製造リードタイム:個別の部品(工程)の製造オーダーが発せられてから、それが完了するまでの期間
出荷リードタイム:出荷指示が倉庫に発せられてから、実際に出荷されるまでの期間
搬送リードタイム:物流搬送指示が発せられてから、搬送が完了するまでの期間
納品リードタイム:顧客から納品オーダー(=注文)を受けてから、納品されるまでの期間
・・・

15年もののウィスキーの生産リードタイムは、明らかに15年以上である。樽で熟成する工程の製造リードタイムだけをとっても、15年かかるからだ。その前に原料の醸造や蒸留があり、熟成後もボトリング・包装などの工程がある。ただし、納品リードタイムは3日である。それは、出荷リードタイム2日と、搬送リードタイム1日の合計かも知れない。受注したら即日出荷の体制を作れれば、納品リードタイムは2日に短縮するであろう・・

では、リードタイムに類似した言葉である、サイクルタイムはどうか?

仮にあなたが、パン屋の主人だったとしよう。店の旧型のパン焼き釜には、1回に30個のパンを仕込める。焼き上げるまでの時間は、2時間だ。このとき、パン焼きのサイクルタイムは?

JIS Z 8114:2001によると、サイクル時間とは「生産ラインに資材を投入する時間間隔。通常,製品が産出される時間間隔に等しい」のだそうだ。あなたは、2時間毎にパンの材料を釜に投入する。ということは、サイクルタイム=120分である、と。

ところで、あなたは設備投資をして、新しいパン焼き釜にとりかえることにした。今度は、コンベヤ式の連続炉だ。もちろん、炉の中を通り抜ける時間は2時間かかる。ただし、連続生産なので、同じ量を生産するなら、4分に1個ずつ、パンの材料を投入する。JISの定義によると、サイクルタイム=4分になる。

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1日の生産量は同じで、釜の中で焼く時間もまったく変わっていないのに、サイクルタイムは1/30だという。何か、間違っていないだろうか? もっというと、パン材料が液体で連続供給され、コンベヤの上に1個ずつノズルから絞り落とされるような自動化工程だったら、どうするのか? JISのサイクルタイム定義は、固体のことしか考えていないと言わざるを得ない。 

元が横文字の言葉の場合は、米国の生産在庫管理協会APICSの出している、APICS Dictionaryが一応、頼りになる。そこのCycle timeの項には、こういう意味のことが書いてある(拙訳):

サイクルタイムとは、1) IEで、2個の生産物の時間間隔。2) マテリアル・マネジメントで、資材が生産設備に到着してから、そこを出るまでの時間。

語義が2つ書いてあるが、最初はIE(生産工学=Industrial Engineering)の用語で、ストップウォッチを使った作業員の動作時間の分析などに用いる用語である。なので、一つのモノを作ってから次の部品を手に取るまで、といった比較的ミクロな時間を問題にしている。

生産管理に関連する、工程ないし工場レベルのマクロな用語は2番目で、こちらは明確だ。そして、この定義に従えば、パン焼きのサイクルタイムは、どちらも120分であることが分かる。設備(工程)を通り抜ける時間は、普通の釜だろうが連続釜だろうが、変わらない。そしてサイクルタイムは、設備ごとに値が変わりうる。

いいかえると、リードタイムはオーダーを起点とした概念、サイクルタイムは資源(工程)視点からの概念といっていい。でもまあ、一連の工程単位、あるいは工場全体を問題にした場合、リードタイムと、サイクルタイムはよく似た概念である。

もっとも、APICSの定義を注意深く読むと、サイクルタイムは「資材が生産設備に到着してから、出るまで」といっている。つまり、もしもその設備の前に、たくさん処理すべき資材が溜まっていたら、そこで滞留している時間もサイクルタイムに含む、ということになる。もっとも、標準リードタイムの方だって、その設備の前に常に滞留があるのなら、それを考慮する必要があるから、平均的な滞留時間を含むはずである。

で結局の所、リードタイムは「計画上の標準的な設定時間」、サイクルタイムは「実際にかかる時間の実測値」という使い分けをされる場合も多い。

じゃあ、連続釜の4分というのは何か? じつは、これは製造ラインにおける「タクトタイム」なのである。Taktとは、オーケストラの指揮者の振る棒のことで、ようするに一定のリズムのことを指している。とくに量産型の製造ラインで用いられる尺度だ。たとえば乗用車の最終組立ラインは、1分間に1台、というタクトタイムで動くことが多い。

少しまとめよう:

リードタイム(LT):
 オーダーが出されてから完遂されるまでの時間。オーダーの種類毎にある。
 顧客注文から納品完了まで  =納品リードタイム
 生産オーダーから生産完了まで=生産リードタイム、等

サイクルタイム(CT):
 工程単位のCT=工程への到着から完了までの平均所要時間
 工場全体のCT=原料投入から製品出荷までの平均所要時間
  (上記には原料在庫・中間在庫や滞留の待ち時間も含む点に注意)
 リードタイムは計画上の値。実効値をサイクルタイムという。

タクトタイム(TT):
 複数工程やラインで、同一製品を同期して均等に生産する場合のサイクルタイム

最初におことわりしたように、世の中では言葉の使い方はまちまちである。しかも日本にはAPICSの資格試験みたいな生産管理分野での標準資格もないため、方言が使い放題だ。だから、上述の解説は、あなたの会社の用語とは違っている可能性も大きい。

しかし、あなたの会社の中でさえ、部署によって違う意味でつかっているかもしれない。そういうときは、何か基準を作ることが必要だ。その時に参考になるかもしれないと思い、あえてここに解説する次第である。

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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-03 08:24 | 工場計画論 | Comments(0)

リードタイム、サイクルタイム、タクトタイム 〜 何がどう違うのか

数年前、「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」を書いたとき、プロジェクト成功の条件として、「チャレンジのOS」を定義した。組織のOSとは、体系化した思考と行動の習慣を意味する。そして、チャレンジのOSは、頭文字でいうと「S+3K」の4つの項目からなっている、とした。S+3Kのうち、最初のSは、システムズ・アプローチ、すなわちシステムな見方である。

あとの3Kとは、
・言葉を大切にする
・契約と責任を重んじる
・かならず計画をたてる
の略だ。そして、このOSを組織で共有しいていることが重要だ、と(登場人物の口を借りて)主張した。

なぜ、あえて『言葉を大切にする』を最初にあげたのか。理由は簡単。「言霊のさきわう国」のはずだった、わたし達の社会で、多くの人が言葉をぞんざいにしているからだ。いや、ぞんざいという意識はないのだろう。だが、自分の使っている言葉が正確に何を指しているのか、そして、その言葉が自分の所属するムラを離れて通用するのか、意外と無頓着に思えたからだ。

たとえば、「リードタイム」という言葉がある。リードタイム短縮、などという課題もよく耳にする。だが、そこでいうリードタイムとは、具体的に何を意味しているのか? そこを置き去りにしたまま、自分たちの文脈で勝手に理解して、議論が始まってしまう。そこで時々、リードタイムという言葉で何を指そうとしているか、問いたださなければならない。

わたしがよく使う質問は、「15年もののウィスキーをネットで注文したら、3日後に届いた。リードタイムはどれだけと言うべきか?」だ。それは15年なのか。3日なのか?

15年もののウィスキーを作るには、明らかに15年(以上)かかる。「リードタイム短縮」のために、作る期間を10年以内に短縮したら、詐欺である。では3日後に届く商品を、翌日配送できるようにしたら、それはリードタイム短縮ではないのか? いったい、リードタイムとは、何の期間のことを指しているのか。

言葉の意味が問題になるとき、世間では従来、広辞苑などの権威ある辞典をひらいて、定義を見る、みたいなことがよく行われた。最近ではかわりに、無料のWikipediaを検索したりする例もある。だがはっきり言って、Wikipediaはマネジメント・テクノロジー系の語彙に弱い。では、JISはどうか? JIS Z 8114:2001「生産管理用語」という規格はある。だが、この冊子を座右に持っている人は多くないだろうし、率直に言って、問題もあると考える(「下請け型受注生産という日本的形態を考える」 参照のこと)。

ウイスキーの例については、以前も論じたから、簡単に繰り返すにとどめるが、「リードタイムとは、何らかの指示(order)が発せられてから、それが完遂(fulfillment)されるまでの期間をいう」のである。そして、生産や物流の世界では、いろいろな種類の指示・オーダーがある。製品単位の生産オーダーだったり、部品・工程単位の製造オーダーだったり、倉庫からの出荷(納品)オーダーだったり。

したがって、リードタイムの種類は、オーダーの種類と同じだけある、ということになる:

生産リードタイム:生産オーダーが発せられてから、製品ができあがるまでの期間
製造リードタイム:個別の部品(工程)の製造オーダーが発せられてから、それが完了するまでの期間
出荷リードタイム:出荷指示が倉庫に発せられてから、実際に出荷されるまでの期間
搬送リードタイム:物流搬送指示が発せられてから、搬送が完了するまでの期間
納品リードタイム:顧客から納品オーダー(=注文)を受けてから、納品されるまでの期間
・・・

15年もののウィスキーの生産リードタイムは、明らかに15年以上である。樽で熟成する工程の製造リードタイムだけをとっても、15年かかるからだ。その前に原料の醸造や蒸留があり、熟成後もボトリング・包装などの工程がある。ただし、納品リードタイムは3日である。それは、出荷リードタイム2日と、搬送リードタイム1日の合計かも知れない。受注したら即日出荷の体制を作れれば、納品リードタイムは2日に短縮するであろう・・

では、リードタイムに類似した言葉である、サイクルタイムはどうか?

仮にあなたが、パン屋の主人だったとしよう。店の旧型のパン焼き釜には、1回に30個のパンを仕込める。焼き上げるまでの時間は、2時間だ。このとき、パン焼きのサイクルタイムは?

JIS Z 8114:2001によると、サイクル時間とは「生産ラインに資材を投入する時間間隔。通常,製品が産出される時間間隔に等しい」のだそうだ。あなたは、2時間毎にパンの材料を釜に投入する。ということは、サイクルタイム=120分である、と。

ところで、あなたは設備投資をして、新しいパン焼き釜にとりかえることにした。今度は、コンベヤ式の連続炉だ。もちろん、炉の中を通り抜ける時間は2時間かかる。ただし、連続生産なので、同じ量を生産するなら、4分に1個ずつ、パンの材料を投入する。JISの定義によると、サイクルタイム=4分になる。

リードタイム、サイクルタイム、タクトタイム 〜 何がどう違うのか_e0058447_08202732.jpg
1日の生産量は同じで、釜の中で焼く時間もまったく変わっていないのに、サイクルタイムは1/30だという。何か、間違っていないだろうか? もっというと、パン材料が液体で連続供給され、コンベヤの上に1個ずつノズルから絞り落とされるような自動化工程だったら、どうするのか? JISのサイクルタイム定義は、固体のことしか考えていないと言わざるを得ない。 

元が横文字の言葉の場合は、米国の生産在庫管理協会APICSの出している、APICS Dictionaryが一応、頼りになる。そこのCycle timeの項には、こういう意味のことが書いてある(拙訳):

サイクルタイムとは、1) IEで、2個の生産物の時間間隔。2) マテリアル・マネジメントで、資材が生産設備に到着してから、そこを出るまでの時間。

語義が2つ書いてあるが、最初はIE(生産工学=Industrial Engineering)の用語で、ストップウォッチを使った作業員の動作時間の分析などに用いる用語である。なので、一つのモノを作ってから次の部品を手に取るまで、といった比較的ミクロな時間を問題にしている。

生産管理に関連する、工程ないし工場レベルのマクロな用語は2番目で、こちらは明確だ。そして、この定義に従えば、パン焼きのサイクルタイムは、どちらも120分であることが分かる。設備(工程)を通り抜ける時間は、普通の釜だろうが連続釜だろうが、変わらない。そしてサイクルタイムは、設備ごとに値が変わりうる。

いいかえると、リードタイムはオーダーを起点とした概念、サイクルタイムは資源(工程)視点からの概念といっていい。でもまあ、一連の工程単位、あるいは工場全体を問題にした場合、リードタイムと、サイクルタイムはよく似た概念である。

もっとも、APICSの定義を注意深く読むと、サイクルタイムは「資材が生産設備に到着してから、出るまで」といっている。つまり、もしもその設備の前に、たくさん処理すべき資材が溜まっていたら、そこで滞留している時間もサイクルタイムに含む、ということになる。もっとも、標準リードタイムの方だって、その設備の前に常に滞留があるのなら、それを考慮する必要があるから、平均的な滞留時間を含むはずである。

で結局の所、リードタイムは「計画上の標準的な設定時間」、サイクルタイムは「実際にかかる時間の実測値」という使い分けをされる場合も多い。

じゃあ、連続釜の4分というのは何か? じつは、これは製造ラインにおける「タクトタイム」なのである。Taktとは、オーケストラの指揮者の振る棒のことで、ようするに一定のリズムのことを指している。とくに量産型の製造ラインで用いられる尺度だ。たとえば乗用車の最終組立ラインは、1分間に1台、というタクトタイムで動くことが多い。

少しまとめよう:

リードタイム(LT):
 オーダーが出されてから完遂されるまでの時間。オーダーの種類毎にある。
 顧客注文から納品完了まで  =納品リードタイム
 生産オーダーから生産完了まで=生産リードタイム、等

サイクルタイム(CT):
 工程単位のCT=工程への到着から完了までの平均所要時間
 工場全体のCT=原料投入から製品出荷までの平均所要時間
  (上記には原料在庫・中間在庫や滞留の待ち時間も含む点に注意)
 リードタイムは計画上の値。実効値をサイクルタイムという。

タクトタイム(TT):
 複数工程やラインで、同一製品を同期して均等に生産する場合のサイクルタイム

最初におことわりしたように、世の中では言葉の使い方はまちまちである。しかも日本にはAPICSの資格試験みたいな生産管理分野での標準資格もないため、方言が使い放題だ。だから、上述の解説は、あなたの会社の用語とは違っている可能性も大きい。

しかし、あなたの会社の中でさえ、部署によって違う意味でつかっているかもしれない。そういうときは、何か基準を作ることが必要だ。その時に参考になるかもしれないと思い、あえてここに解説する次第である。

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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-03 08:24 | 工場計画論 | Comments(0)

リードタイム、サイクルタイム、タクトタイム 〜 何がどう違うのか

数年前、「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」を書いたとき、プロジェクト成功の条件として、「チャレンジのOS」を定義した。組織のOSとは、体系化した思考と行動の習慣を意味する。そして、チャレンジのOSは、頭文字でいうと「S+3K」の4つの項目からなっている、とした。S+3Kのうち、最初のSは、システムズ・アプローチ、すなわちシステムな見方である。

あとの3Kとは、
・言葉を大切にする
・契約と責任を重んじる
・かならず計画をたてる
の略だ。そして、このOSを組織で共有しいていることが重要だ、と(登場人物の口を借りて)主張した。

なぜ、あえて『言葉を大切にする』を最初にあげたのか。理由は簡単。「言霊のさきわう国」のはずだった、わたし達の社会で、多くの人が言葉をぞんざいにしているからだ。いや、ぞんざいという意識はないのだろう。だが、自分の使っている言葉が正確に何を指しているのか、そして、その言葉が自分の所属するムラを離れて通用するのか、意外と無頓着に思えたからだ。

たとえば、「リードタイム」という言葉がある。リードタイム短縮、などという課題もよく耳にする。だが、そこでいうリードタイムとは、具体的に何を意味しているのか? そこを置き去りにしたまま、自分たちの文脈で勝手に理解して、議論が始まってしまう。そこで時々、リードタイムという言葉で何を指そうとしているか、問いたださなければならない。

わたしがよく使う質問は、「15年もののウィスキーをネットで注文したら、3日後に届いた。リードタイムはどれだけと言うべきか?」だ。それは15年なのか。3日なのか?

15年もののウィスキーを作るには、明らかに15年(以上)かかる。「リードタイム短縮」のために、作る期間を10年以内に短縮したら、詐欺である。では3日後に届く商品を、翌日配送できるようにしたら、それはリードタイム短縮ではないのか? いったい、リードタイムとは、何の期間のことを指しているのか。

言葉の意味が問題になるとき、世間では従来、広辞苑などの権威ある辞典をひらいて、定義を見る、みたいなことがよく行われた。最近ではかわりに、無料のWikipediaを検索したりする例もある。だがはっきり言って、Wikipediaはマネジメント・テクノロジー系の語彙に弱い。では、JISはどうか? JIS Z 8114:2001「生産管理用語」という規格はある。だが、この冊子を座右に持っている人は多くないだろうし、率直に言って、問題もあると考える(「下請け型受注生産という日本的形態を考える」 参照のこと)。

ウイスキーの例については、以前も論じたから、簡単に繰り返すにとどめるが、「リードタイムとは、何らかの指示(order)が発せられてから、それが完遂(fulfillment)されるまでの期間をいう」のである。そして、生産や物流の世界では、いろいろな種類の指示・オーダーがある。製品単位の生産オーダーだったり、部品・工程単位の製造オーダーだったり、倉庫からの出荷(納品)オーダーだったり。

したがって、リードタイムの種類は、オーダーの種類と同じだけある、ということになる:

生産リードタイム:生産オーダーが発せられてから、製品ができあがるまでの期間
製造リードタイム:個別の部品(工程)の製造オーダーが発せられてから、それが完了するまでの期間
出荷リードタイム:出荷指示が倉庫に発せられてから、実際に出荷されるまでの期間
搬送リードタイム:物流搬送指示が発せられてから、搬送が完了するまでの期間
納品リードタイム:顧客から納品オーダー(=注文)を受けてから、納品されるまでの期間
・・・

15年もののウィスキーの生産リードタイムは、明らかに15年以上である。樽で熟成する工程の製造リードタイムだけをとっても、15年かかるからだ。その前に原料の醸造や蒸留があり、熟成後もボトリング・包装などの工程がある。ただし、納品リードタイムは3日である。それは、出荷リードタイム2日と、搬送リードタイム1日の合計かも知れない。受注したら即日出荷の体制を作れれば、納品リードタイムは2日に短縮するであろう・・

では、リードタイムに類似した言葉である、サイクルタイムはどうか?

仮にあなたが、パン屋の主人だったとしよう。店の旧型のパン焼き釜には、1回に30個のパンを仕込める。焼き上げるまでの時間は、2時間だ。このとき、パン焼きのサイクルタイムは?

JIS Z 8114:2001によると、サイクル時間とは「生産ラインに資材を投入する時間間隔。通常,製品が産出される時間間隔に等しい」のだそうだ。あなたは、2時間毎にパンの材料を釜に投入する。ということは、サイクルタイム=120分である、と。

ところで、あなたは設備投資をして、新しいパン焼き釜にとりかえることにした。今度は、コンベヤ式の連続炉だ。もちろん、炉の中を通り抜ける時間は2時間かかる。ただし、連続生産なので、同じ量を生産するなら、4分に1個ずつ、パンの材料を投入する。JISの定義によると、サイクルタイム=4分になる。

リードタイム、サイクルタイム、タクトタイム 〜 何がどう違うのか_e0058447_08202732.jpg
1日の生産量は同じで、釜の中で焼く時間もまったく変わっていないのに、サイクルタイムは1/30だという。何か、間違っていないだろうか? もっというと、パン材料が液体で連続供給され、コンベヤの上に1個ずつノズルから絞り落とされるような自動化工程だったら、どうするのか? JISのサイクルタイム定義は、固体のことしか考えていないと言わざるを得ない。 

元が横文字の言葉の場合は、米国の生産在庫管理協会APICSの出している、APICS Dictionaryが一応、頼りになる。そこのCycle timeの項には、こういう意味のことが書いてある(拙訳):

サイクルタイムとは、1) IEで、2個の生産物の時間間隔。2) マテリアル・マネジメントで、資材が生産設備に到着してから、そこを出るまでの時間。

語義が2つ書いてあるが、最初はIE(生産工学=Industrial Engineering)の用語で、ストップウォッチを使った作業員の動作時間の分析などに用いる用語である。なので、一つのモノを作ってから次の部品を手に取るまで、といった比較的ミクロな時間を問題にしている。

生産管理に関連する、工程ないし工場レベルのマクロな用語は2番目で、こちらは明確だ。そして、この定義に従えば、パン焼きのサイクルタイムは、どちらも120分であることが分かる。設備(工程)を通り抜ける時間は、普通の釜だろうが連続釜だろうが、変わらない。そしてサイクルタイムは、設備ごとに値が変わりうる。

いいかえると、リードタイムはオーダーを起点とした概念、サイクルタイムは資源(工程)視点からの概念といっていい。でもまあ、一連の工程単位、あるいは工場全体を問題にした場合、リードタイムと、サイクルタイムはよく似た概念である。

もっとも、APICSの定義を注意深く読むと、サイクルタイムは「資材が生産設備に到着してから、出るまで」といっている。つまり、もしもその設備の前に、たくさん処理すべき資材が溜まっていたら、そこで滞留している時間もサイクルタイムに含む、ということになる。もっとも、標準リードタイムの方だって、その設備の前に常に滞留があるのなら、それを考慮する必要があるから、平均的な滞留時間を含むはずである。

で結局の所、リードタイムは「計画上の標準的な設定時間」、サイクルタイムは「実際にかかる時間の実測値」という使い分けをされる場合も多い。

じゃあ、連続釜の4分というのは何か? じつは、これは製造ラインにおける「タクトタイム」なのである。Taktとは、オーケストラの指揮者の振る棒のことで、ようするに一定のリズムのことを指している。とくに量産型の製造ラインで用いられる尺度だ。たとえば乗用車の最終組立ラインは、1分間に1台、というタクトタイムで動くことが多い。

少しまとめよう:

リードタイム(LT):
 オーダーが出されてから完遂されるまでの時間。オーダーの種類毎にある。
 顧客注文から納品完了まで  =納品リードタイム
 生産オーダーから生産完了まで=生産リードタイム、等

サイクルタイム(CT):
 工程単位のCT=工程への到着から完了までの平均所要時間
 工場全体のCT=原料投入から製品出荷までの平均所要時間
  (上記には原料在庫・中間在庫や滞留の待ち時間も含む点に注意)
 リードタイムは計画上の値。実効値をサイクルタイムという。

タクトタイム(TT):
 複数工程やラインで、同一製品を同期して均等に生産する場合のサイクルタイム

最初におことわりしたように、世の中では言葉の使い方はまちまちである。しかも日本にはAPICSの資格試験みたいな生産管理分野での標準資格もないため、方言が使い放題だ。だから、上述の解説は、あなたの会社の用語とは違っている可能性も大きい。

しかし、あなたの会社の中でさえ、部署によって違う意味でつかっているかもしれない。そういうときは、何か基準を作ることが必要だ。その時に参考になるかもしれないと思い、あえてここに解説する次第である。

<関連エントリ>

# by Tomoichi_Sato | 2021-06-03 08:24 | 工場計画論 | Comments(1)