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Auto Plot PATHFINDER ~ 多目的最適化エンジンを用いたプラント・レイアウトの自動設計 (2)

(前回からの続き)
わたし達の作り上げた、『Auto Plot PATHFINDER』と名付けたレイアウト自動設計のシステム構成は、以下のようになっています:

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レイアウト自動設計システム『Auto Plot PATHFINDER』の機能構成(前回記事の再掲)

全体は大きく4つの機能モジュールからなります。

最初の「①機器グループ化」は、プラントのPFD (Process Flow Diagram)と、機器リストを主要なインプットとして、機器のグループ化を行います。PFDとは、プロセスシステムを構成する機器類と配管による機能的関係を図化したもので、いわば化学プラントの回路図に相当します。この回路図PFDは、業界内ではほぼ世界共通の記法で描かれています。機器リストとは、PFDの構成要素である機器の各種諸元データを並べた、一種のデータベースです。
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PFD (Process Flow Diagram)
=化学プラントの回路図

プラントの全体を「ユニット」と呼ぶ機器グループに分割する作業は、従来プロセス・エンジニアが、機器間の機能的連関性を判断しつつ、行ってきました。これはこれで合理的だったのですが、今回わたし達は、Graph Clusteringの手法を用いて、より精密なグループ化をすることにしました。そして、従来よりも細かな単位の機器グループに分割することで、最適化の余地を高めています(この手法は当社の特許です)。

今回は、ある化学プラントを題材に、結果を示します。本プラントは137基の機器と、それらをつなぐ513本の配管からなります。我々はグラフ・クラスタリングにより、これらを27の機器グループに分解しました。
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次の「②単位面積計算」とは、①で分割した各機器グループの所要面積を計算するモジュールです。この計算は二段階からなります。

まず、各機器それ自体の必要な専有面積を、基本的なサイズ等の諸元と、その機器回りの配管等の取り回し、ならびにメンテナンスのためのアクセス性を考慮して、3次元的な空間とその投影面積を出します。たとえば、先にお話ししたように、熱交換器は定期的に中のチューブバンドルを引き抜いて、洗浄しなければなりません。そうした引き抜きスペースも考慮に入れるのです。

次に、機器グループ内での相対的な位置を計算し、グループ全体が必要とする形状・面積、そしてパイプラックへのアクセス方向を割り出します。ここに、ベテラン・エンジニアの設計ノウハウを形式知化(ルール化)した知識が活きるのです。
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③最適なグループ配置」では、遺伝子アルゴリズムGA (Genetic Algorithm)を用いた多目的最適化エンジンを回します。インプットとなるのは、機器グループの形状・所要面積、対象エリアの全体形状、そしてパイプラックのトポロジーです。

パイプラックとは、プラントにおける配管用の通路で、多くの場合は中心軸にメイン・パイプラック、そして、そこから垂直に枝のように張り出したサブ・ラックからなります。

今回のケースでは、敷地の南北方向(縦方向)にメイン・パイプラック、そして西(左)側に1本のサブ・ラック、東(右)側に2本のサブ・ラックがあるようなトポロジーを与えています。4本のラックの太さは決めてありますが、絶対的な位置や長さは決めず、最適配置計算の中で自動調整していきます。
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多目的最適化計算においては、配管コストとエリア面積の2つの評価関数をとり、全部で30ケースの希求水準を設定して、GAを回してみました。その計算結果を下図に示します(ただしデータが多いため、一部のケースのみを抽出しています)。図中の各点は、それぞれのレイアウト結果を表します。色はGAの世代によって分けています。◆は、満足化トレードオフ法で設定した「希求点」の例です。

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遺伝子アルゴリズムGAは、世代を重ねる毎に、希求点に向かって近づいていこうと進化します。この図では、右上から左下に向かって、いくつかの進化系列が見て取れます。しかし、あるところまで進んでいくと、見えない壁にぶつかったように、進化が止まってしまいます。それは問題の性質上、超えられない限界です。

たとえば縦軸はエリアの面積ですが、これは機器グループの面積の合計より小さくなることは、理論的にあり得ません。また横軸の配管物量(配管径と配管長の積和)も、ある種の最小値があるはずです。しかもトレードオフがあるため、両者は同時に最小化できませんから、全体としてはグラフで左上から右下にかけて、「見えない壁」として下に凸のカーブが存在するはずです。これを多目的最適化のパレート境界 Pareto Frontといいます。

パレート境界上にある点は、どれも「最適解」(非劣解)です。このように多目的最適化問題では、全体最適の解がたくさんあるのです。たとえば上図の点A・B・Cは、いずれもパレート境界近くの設計結果を示していると考えられます。そこで最適解の中から、「さらにベストな」答えを探さなければなりません。ここから先は、定性的評価の出番で、まさに計算機ではなく人間の存在価値が活きてくる場面です。

そこでわたし達のAuto Plot PATHFINDERシステムでは、グラフ上に表示した任意の点を選択して、その配置イメージを表示できるようにしています(「④ 3D可視化」機能)。たとえば、代表的なレイアウト結果のA・B・Cを見てみましょう。パターンAは配管コストが比較的低く、プロット面積が大きくなっています。一方Cは小さな面積ですが、そのかわりに配管コストが高くなります。BはAとCの中間のスコアを持っています。このように個々の配置は大きく異なり、様々なレイアウトが自動生成されているのです。
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エンジニアは、これらの3Dイメージを見て、操作性・保守性・安全性・建設性などの観点から、その良し悪しを吟味します。そして、必要があれば、一部の機器の位置を修正したり固定したりして、再度、最適化エンジンを回すこともできます。またOKであれば、配管の自動ルーティング・システムに持ち込み、さらに本格的な3D-CADシステムで詳細モデリングに進むことになります。

冒頭に申し上げたとおり、従来、Plot Planの作成には、熟練技術者でも2~3ヶ月の時間を要し、かつ複数ケースを作成・比較することは、ほとんど困難でした。本システムによって、ようやく複数の最適解を選択肢として選ぶことができるようになりました。複数の3Dモデルを比較・選択することで、設計の質を向上させ、また人間の発想に縛られぬアイデアを得ることができるのがメリットです。

以上をまとめます。本システムの特徴は、次の通りです。

  • 設計とは多目的最適化問題である、というコンセプトに基づいています
  • 希求点の設定は、エンジニアにとって直感的でわかりやすい
  • システムが自動的に複数ケースの最適解を生成します。いいかえると、人間の仕事は、定性評価と修正を行うことであり、複数ケースの中から、もっとも『満足度』の高いPlot Planを選べるようになります
  • FEED(プラント基本設計)およびEPCの初期の業務フローに、シームレスに組み込めます

そしてもう一つ、機械学習ではなく、多目的最適化技術による設計問題へのアプローチであることも協調しておきます。「AI設計」という標語を、我々も社内で使ったりするのですが、今、世の中で言われているAIとは主に機械学習です。機械学習は原理的にパターン識別であって、そのままでは設計問題には使えません。設計ルールに従い、解を自動的に生成し、それを進化・強化していく方法でなければ、自動設計のツールにはならないのです。

2018年末に、当社は「IT Grand Plan 2030」を発表しました。本システムによるプロットプランの自動設計は、設計のイノベーション・プログラムの重要なマイルストーンに位置づけられます。開発と実用化までには、3年半かかりましたが、少なくともエンジニアリング業界の最先端を行くツールであると自負しています。
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そしてなにより、Auto Plot PATHFINDERは、単なる設計作業の効率化ツールではなく、最適設計ツールであることを申し上げて、本報告を終わりたいと思います。

(以上)


<関連エントリ>
  (2022-09-26)

# by Tomoichi_Sato | 2022-10-01 18:48 | 工場計画論 | Comments(0)

Auto Plot PATHFINDER ~ 多目的最適化エンジンを用いたプラント・レイアウトの自動設計 (1)

(先週9月17日に開催されたスケジューリング学会の年次大会「スケジューリング・シンポジウム2022」で、首記のタイトルの講演発表を行った。発表の共著者は、小生の他に、日揮グローバル(株)の山田祥徳・小糸弘之・嘉山陽一殿、そして香川大学の荒川雅生教授である。

本テーマはプラントのレイアウト設計であって、スケジューリングとは直接関係が無いが、最適化手法の専門家が多く集まる学会のため、あえてこの主題で発表させていただき、おかげで発表後も会場で有益なディスカッションができた。ただ、学会の場はどうしてもアカデミアの方が中心となり、実務者の参加は多くないため、本サイトでも、紙上講演の形で再現させていただくことにした。なお、ご興味がある方は、末尾の学会予稿集論文を参照されたい)

◇- — -◇- — -◇- — -◇- — -◇


ただいまご紹介いただきました、日揮ホールディングスの佐藤です。本日はプラントのレイアウト自動設計について、この3年半ばかり取り組んできた成果について発表させていただきます。

化学プラントや石油プラントにおけるレイアウトの設計は、その投資額と操業費用を左右する重要な因子で、ある意味、エンジニアリング会社の競争力の源泉の1つともいえます。しかしレイアウト設計は、数多くの要素を考慮に入れなければならない複雑なプロセスのため、従来は熟練したエンジニアが、数週間かけて、ようやく1つの案を作成することができました。できるなら、複数の案を作成し比較検討して、より良い提案をしたいのですが、そのような時間は多くの場合許されません。

いわゆるプラントの基本設計の手順は、大きく4つの段階からなっています。最初に、プロセス・システム全体の物質収支とエネルギー収支をとって、全体システムとして必要な性能と、機能的な制約条件を満たすように、装置構成と各機能を決めます。この結果は、Process Flow Diagram = PFDと呼ばれる図面に表現されます。

次に、プロセス・システムを構成する各装置の機能要件から、その装置のサイズや段数・材質等の諸元を計算して定めます。その結果は、機器リストと呼ばれるデータベースに格納します。

3番目に来るのが、レイアウト設計のステップです。すなわちPFDと機器リストをもとに、機器群のレイアウト・配置設計を行います。レイアウト設計の結果を表明した平面配置図のことを、プロットプランPlot planと呼びます。

最後に、レイアウト設計の結果を受け、プラント配管の流体力学的な制約、あるいは制御の要求を考慮し、スタートアップやシャットダウン時の必要性なども勘案しながら、プロセスシステムのより詳細な構成と機能を定めます。この結果は、Piping & instrumentation diagram = P&IDとよばれる図面に集約されます。

プロットプランを作成する際は、最初にマクロな視点から制約条件を考えます。具体的には、まず敷地の全体形状が制約になります。また、プラントと外部との取り合いの位置も考慮しなければなりません。例えば、図で言うと製品の出荷は左下のバースから行うとか、原料は南側の隣接するプラントから受け入れる、といった取り合い点です。これを、バッテリーリミットと呼びます。
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また風向きも考慮しなければいけません。図の右上にある「フレア」とは炎を発する装置のため、引火性を考慮し、その下流に置ける装置が限られます。さらに隣地境界との騒音レベルや、離隔距離など、各種の法規に従わなければなりません。そしてまた建設段階において、搬入すべき機器の大きさとその搬入経路についても考慮が必要です。

このマクロな全体レイアウト図の、一つ一つの四角いブロック(一部は不整形ですが)を、通常「ユニット」と呼びます。

レイアウト設計では、各ユニット内のミクロな視点での制約条件もあります。

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例えば個別のユニットのエリアの形状、ユニットの外部との取り合い位置などです。プラントの中は通常、パイプラックと呼ばれる、いわば配管専用の通路が用いられます。このパイプラックに沿って、外から原材料を受け入れたり、出来上がった中間物質を送り出したりします。外にも、高圧ケーブル等の引き込みの場所も考慮しなければなりません。風向きや、機器間の離隔距離にも、同様に制限があります。

さらにオペレーターによるアクセス性や視認性が、操業上大事なポイントになります。加えて、メンテナンスのためのアクセスも必要です。例えば図の下側には熱交換器が並んでいますが、熱交換器は定期修理の際に、中のチューブバンドルを引き出して、洗浄する必要があります。このためチューブの引き抜きスペースを確保しておかなければなりません。他にも、顧客やライセンサーの設計上の規格等も、守る必要があります。

では、そうした数々の制約条件を守って作成した、レイアウトの評価尺度にはどのようなものがあるでしょうか。表には、7つほど代表的なものを挙げています。操作性・保守性・安全性、これら3つは運転と保守のやりやすさを表しますから、操業費用を左右します。

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拡張性も重要な要素です。頭の左下の④番は、将来拡張のためのスペースを確保したエリアです。

そして配管の物量(すなわち配管長と内径の積ですね)、これもプラントの投資額の大きな部分を占めます。上手にレイアウトすると、配管物量をかなり削減することができます。それからパワーケーブルや、計装用ケーブルといったケーブル長。さらに全体の広さなどが評価尺度としてあげられます。

最後の3つの尺度(配管物量・ケーブル長・敷地面積)は、比較的簡単に計算することができる定量尺度です。これに対して、最初に挙げた4つは、どうしても定性的な判断になります。

以上のように、プロットプランの設計とは多目的最適化問題である、と考えられます。

しかも、複数ある評価尺度の間には、あちらを立てればこちらが立たず、といったトレードオフがしばしば生じます。敷地面積を節約しようとして機器を詰め込めば、メンテナンスのためのスペースが取れなくなる。あるいは、配管物量を削減しようとして、太い配管同士で接続された機器を隣接させようとすると、逆にそれ以外の細かな機器が周辺に散らばってスペースが広がってしまう、などです。

多目的最適化ですから、唯一無二の「全体最適」の解はありません。このような問題、本当にコンピューターで解けるのでしょうか?

私たちはこの問題に、以下のようなアプローチで取り組むことにしました。

まず、中核となる配置問題には、多目的最適化手法を用います。定量評価関数については、満足化トレードオフ法に従い、ユーザが希求点を設定し、パレート解(非劣解)を探索します。最適化エンジンは、遺伝子アルゴリズムGAを用いて実装します。

配置問題を解くにあたっては、最初に、敷地内のメイン・パイプラックと、サブ・パイプラックのトポロジー形状を与えることにします。プラントでは、配管の通路となるパイプラックの相対的な位置が、重要だからです。その上で「機器グループ」を、ラックに沿って配置します。

ちなみにプラント全体を、いわゆるユニットに分割するにあたっては、従来、プロセス・エンジニアが、関係の強い機器群をまとめてきました。しかし我々は、従来のユニットよりも、もう少しだけ細かな点「機器グループ」に分割することにしています。これはレイアウト設計における最適化性能を、より上げるための工夫です。機器グループへの分割においては、PFDと機器リストのデータから、グラフ・クラスタリングの計算によって行います。

分割生成された、各機器グループの必要面積を計算するために、私たちは、熟練技術者の暗黙知をEppinger(2016)らのDSM = design structure matrix手法によって形式知化することにしました。実はこの作業だけで一年近くかかったのですが、ともあれ、機器リストから諸元データを与えれば、メンテナンススペースも含めた必要面積を導出するロジックを、ほぼ確立することができました。

これらデータを、多目的最適化エンジンにインプットし、得られた複数の解は、3Dで表示します。プラント用の本格的な3D CADは、かなり重たい仕組みなので、計算結果の3Dモデル表現は、より軽量な3Dツールで実装しました。これを見ながら、ユーザ(技術者)が、定性評価を行います。そして、もし計算結果に不都合や不満な点があれば、例えば「この機器はこの場所に固定すべきだ」といったフィードバックを与えて、最適化エンジンを再度回すようにするのです。

満足化トレードオフ法については、わたしよりもこの学会に集まった皆さんの方がよくご存知かと思います。

中山弘隆らが開発したこの手法は、最初に、希求点を設定します。目的関数に対して、計画者が目標値と考える希求水準を定めるわけです。その上で、重み付最小化問題を解きます。この重みは、計画者が与えた希求点によって計算されます。
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簡単に言うと、エンジニアは、最適化エンジンに対して、がんばって目指すべきゴール地点を最初に与えるわけです。コンピュータは、所与のパイプラックのトポロジー形状を守りながら、遺伝子アルゴリズムGAを回し、そのゴール地点に向かって次第に世代を重ねるごとに前進していきます。もちろん制約条件があるため、どこかに見えない壁があって、そこで前に進めなくなり、計算は打ち切ることになります。この見えない壁のつながった連続したカーブが、多目的最適化問題で言う「パレート境界」を形成するわけです。

わたし達の作り上げた、『Auto Plot PAPTHFINDER』と名付けたレイアウト自動設計のシステム構成は、以下のようになっています:

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(この項つづく)


<参考文献>
佐藤・山田・小糸・嘉山・荒川(2022): Auto Plot PATHFINDER - 多目的最適化エンジンを用いたプラント・レイアウトの自動設計, スケジューリング・シンポジウム2022講演論文集, pp.148-151

<本記事に引用した画像の権利はすべて日揮ホールディングス(株)に帰属します。無断転載・引用はご遠慮ください。Auto Plot PAPTHFINDERは日揮グローバル(株)の商標です>

# by Tomoichi_Sato | 2022-09-26 08:56 | 工場計画論 | Comments(0)

コストセンター論を超えて

  • コストセンターとサービス・レベル

『コストセンター』論について、このところ2回続けて考えている。「価値を生まないコストセンターは企業にとって重荷である。できれば外注化し、せめて子会社化してコストカットをはかるのが、正しい経営のあり方である」という信憑が、わたし達の社会の通念となってきた。

そしてこの通念こそが、実はさまざまなあり方で日本の産業界を歪め、その競争力を低下させる結果を生んできたのではないか?——これがわたしの問題意識である。これについてはずっと以前から考えており、9年半前にも「コストセンターとは何か」 (2013-03-13)を書いて、小さな警鐘を鳴らしたつもりであった。記事の中で、わたしは次のように書いた:

コストセンターは、サービス・レベルとコストに対して管理責任を持つ組織である

ところで、この『サービス・レベル』という言葉は、やや誤解を招きやすい。とくにIT業界の人は、サービスレベル・アグリーメント(LSA)という用語によって、年間どれだけの比率でサービスが利用可能だったか、という可用率を連想するだろう。1年で1日だけダウンタイムがあった、だからサービス・レベルは364/365 = 99.73%だった、という風に。

だが、上で述べたいのは、そんな狭い意味の基準ではない。念のためいうと、元の記事には、こうも書いた。

「製造のようにマテリアルを供給する機能の場合は、品質・納期になる。物流のようにサービスを提供する機能の場合は、誤配率に代表される物流品質ということになる。言いかえるなら、サービス・レベルである。」

だが、この説明だけでもまだ言葉足らずだったように思う。そこで今回は結びとして、コストセンターが管理責任を持つべきKPI、いいかえるならば価値評価指標を考えたい。

コストセンターが価値を生まない存在だ、という通念が間違いであることは、前回の記事でも書いた。とはいえ、ある機能部門が生み出す価値を、具体的に金額計算するのは、(たとえリスク確率の概念を導入しても)それほど簡単ではない。それでも、何らかの評価尺度は可能だし、必要だろう。では、それは何なのか。


  • コストセンターは受注生産型である

コストセンターとは、直接の収入は生まない機能部門である。そういう意味で、従来型の縦割り組織の会社では、営業以外の殆どの部門がコストセンターになる。もしも企業が事業部制やBU制度をとっていれば、製品群単位に開発・製造・販売がまとまった部門となり、多くはプロフィットセンターだ。それでも、人事・経理・法務・ITなど共通機能は、コストセンター部門になる。

そして機能とは、インプットをアウトプットに変換するプロセスである、ということができる。そのプロセスを支えるために、人的リソースや、機械設備・ITツールといったリソース、そして知識・技術情報などが利用される。コストセンターとなる機能部門とは、こうしたリソースと情報を維持し、それを活用してアウトプットを生み出す部署である。

コストは、リソースの採用・購入と維持、そしてインプットとなる原材料やデータの購入費用、などからなる。コストセンター部門が、コストに管理責任を持つ、というのは、こうしたリソース費用やインプット購入費用を、適切なレベルに抑えるべく、マネージするという意味だ。

そして、コストセンター部門が、(方や)アウトプットのサービス・レベルに責任を持つ、とはどういう意味なのか。なぜ、それがアウトプットの量や仕様ではないのか?

それは、コストセンターの生み出すアウトプットの数量・項目・仕様が、基本的に、そのユーザ部門のニーズによって決まるからだ。コストセンター部門側が勝手にアウトプットを生み出し、ユーザ部門がそれを活用して売るのも売らないのも自由、という企業は考えにくい。つまり、コストセンター部門とは、基本的に「受注生産」に相当するビジネスモデルなのである(ただしR&D部門の研究機能など、一部の例外はあるが)。

たとえば、法務部門という例を考えてみよう。法務自体は普通、外部から売上をもたらさない(仮に裁判で何かの賠償金を勝ち取っても、それ自体は法務部の売上ではない)。典型的なコストセンター機能である。法務部は問題解決が主務だから、自分から能動的に仕事を大量につくり出すことは難しい。他の部門のニーズに従って、機能を提供するのである。典型的な受注生産だ。

法務部のアウトプットの全体量は、何で測るのか。無論、産出する紙の量ではあるまい。契約書の件数などで測ることも可能かも知れないが、むしろ、専門知識を持つ法務部員の実稼働時間で測ることになろう。問題多発でフル稼働しても、あるいは問題が起きずに法務部員がヒマであっても、とにかくサービス可能な時間数でコミットする、というのが適当であろう。

では、法務部門のサービス・レベルとは何なのか。稼働時間ベースでコミット(母体企業と約束)しているのだから、もちろん、稼働時間の可用率が主なKPIではあるまい。そこで登場してくるのが、品質と納期の概念である。


  • コストセンターをマネージするための適切なKPIとは

まず、品質について考えてみよう。コストセンター部門の生み出す、プロダクトおよびサービスの品質だ。
周知の通り、品質には、(1)提案力・開発力を含む前向き品質と、(2)規定された通り製造・実装する後ろ向き品質の、2種類の尺度がある。ここでは受注生産モデルを考えているので、当面、(2)の後ろ向き品質(「当たり前品質」ともよぶ)について着目しよう。

後ろ向き品質とは、その製品・サービスが当然備えているべき品質特性をいう。法務部門だったら? 訴訟に勝つ比率? いやいや、訴訟に100%勝つなんて、どの法律事務所にだって不可能だ。そうではなく、むしろ訴訟にならない比率、訴訟を未然に防ぐ比率の方が、順当だろう。契約書はそのためにあるのだから(それでも相手の不法行為で訴訟を起こすことはあり得る)。

では、物流部門の品質とは? 誤配送や、保管中の破損などの起きない比率だろう。IT部門の品質とは? システムの可用性もあるが、まずは機能仕様通りにシステムが運用されること、バグが重大な結果をもたらさない比率だろう。経理部門の品質とは? むろん、経理にミスが無く、末端の不正を見逃さず、きちんと決算ができる事、などなどが考えられる。

もっと抽象化して言うと、機能部門の品質(後ろ向き品質)とは、そのアウトプットが、余計な作業や、やり直しを誘発しない、という比率なのである。製造品質とは、製品が試験に通り、製造のやり直し(リワーク)を発生しない比率だと理解すると、分かりやすいかも知れない。


  • コストセンターの生産性は誰の責任か

ついでに言うと、生産性とは何か。生産性の定義とは、投入コストあたりの産出実績である。産出実績とは、産出したアウトプットのうち、品質がOKなものの量を言う。使えない物をいくら生み出しても、生産性にはカウントしない。

コストセンター部門は、投入するコストに管理責任を持っている訳だから、品質を上げれば生産性も上がることになる。したがって、品質を測る何らかの尺度を、用意するべきだということになる。人事サービスの品質とは何か? 詳細設計の品質とは何か? もし人事や設計がコストセンターだと認識されているなら(それは会社によると思うが)、その問に答える準備が必要である。

ちなみに、生産性はコストセンターに委託する業務量とバリエーションに依存する。製品・サービスの種類が少なくなるほど、通常は生産性が高くなる。逆に言うと、多品種化は生産性を低下させ、コストを増大させる。このことを、ユーザ部門側は認識しなければならない。

さらにいうと、生産性はふつう、稼働率が高くなるほど、向上する。ただし、ある臨界稼働率を超えて仕事量が増えると、待ち行列理論に従って仕掛かり在庫量が急増し、納期が延び、結果として逆にコストが上昇していく。ユーザ側はこのことも意識して知っておかなければならない。

コストの管理責任はコストセンター側になると書いたが、生産性は(受注生産モデルである限り)、品種数と量を決めるユーザ側との共同責任なのである。
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  • 納期=動的な適応能力

さて、品質から納期に、話を進めよう。納期とは、いいかえれば需要変動への適応力(リードタイムの短さ)を示す。

もしも事前(たとえば半期とか1ヶ月前)に示した数量・品種のとおり、現実が動けば、コストセンター側も一定レベルの品質・生産性を達せられるだろう。だが数量や品種が需要変動に従ってめまぐるしく変化する場合、品質・生産性は低下することになる。同様に、次々に新しい品種が投入される場合も、品質・生産性は低下する。

ちなみに、モノの世界では、納期とは『マイナス在庫』に相当する。逆に言えば、在庫とは、納期よりも早く供給してストックしている状態である。したがって、納期の短さと、在庫量の少なさは、表裏の関係にある。在庫だけ減らして納期が長くなったり、納期は短いがムダな在庫が山ほどある、というのはアンバランスである。需要と供給がぴったり同期化されていれば、納期も在庫もミニマムな状態になるはずなのだ。

モノではなくサービス的機能においても、納期の概念はもちろん適用できる。法務部門の例に戻れば、契約書1件あたりの、レビュー依頼から合意までの平均期間で測る(ただし相手側が消費した期間は除く)、などである。

ただし、需要と供給をぴったり同期化するためには、ある程度、需要が予見可能でなければならない。供給側のプロセスは、動かすための時定数があるからだ。需要の予測をユーザ側が与えるのか、コストセンター側が行うのか、予測精度はどちら側が責任を持つのかにもよるが、ここもある程度、ユーザ側の共同責任が生じる。

結局、ここで言う納期とは、そのセンターにとって予期しがたい変動に、素早く対処できる能力を表すのである。自動車にたとえれば、生産能力が最高速度だとすると、動的な適応能力は加減速や回転半径など「小回りの良さ」に相当する。


  • コストセンターに求める能力とは

動的な適応能力。これは、英語で言えば「ダイナミック・ケイパビリティ」ということになる(元のD・ティースの定義はもう少し広義だが)。本シリーズの第1回で説明した、製造実行システムMESのもたらす機能が、これである。これに対して、何の変化もない状態、単一品種をずっと生産していくような場合の生産キャパシティは、「オーディナリー・ケイパビリティ」と言えるだろう。車で言えば、前者が小回りの良さ、後者が最高速度や最大積載重量である。

そして自社は、その「コストセンター」とよぶ機能組織に、何を求めるのか。最高速度なのか、小回りの良さなのか。スポーツカーがほしいのか、宅配便の配送車がほしいのか。そこを明確にすることが大切だ。というのも、車で分かるように、最高速度と小回りの良さは、必ずしも両立しないからだ。

もしもスポーツカー的能力を求めるならば、営業する側も、それを活かすような売り方が必要だ。すなわち、「うちはこの標準品しか売りません、そのかわり最速でお届けします」というタイプの営業である。

もしも逆に「客先の要望は可能な限り全部聞く」が販売ポリシーならば、スポーツカーではなく、動的な適応能力の高い配送車が必要だ、ということになる。そして、小回りの良さを(つまりたとえば短納期を)価値にかえるような売り方をすべきだ。

そうした価値化の方策ぬきで、ただ気まぐれな顧客の需要に同じ価格で付き合うならば、それは自社の動的な適応能力を浪費していることになる。コストセンターのあり方が、じつはプロフィットセンターの戦略をある程度、方向付けることにもなるのだ。


  • コストセンターの中のコストセンター

ところで、コストセンターの機能は受注生産的だ、つまりユーザ側のニーズが起点だ、と上に述べた。では、コストセンターの中に、自発的な業務はないのだろうか? たとえば法務部門は、ただ持ち込まれる事案のみに対応する部署なのか?

そんなことはあるまい。まず、法務としての専門知識の蓄積がある。そして自社内の契約形態の標準化といった仕事もある。そして世の中の変化に応じた、法務やコンプライアンスの戦略を経営層に提案する、といった重要な仕事もある。これらはすべて、見込生産的なモデルである。別の言葉を借りれば、『Push型』の業務である。

そして、従来のユーザ側の問題対応は、『Pull型』の業務と呼べよう。Pull型は、後ろ向き品質を問われる。Push型の、提案型の業務は、前向き品質(魅力的品質)で評価すべき領域だ。

あるいは、前回のようにリスク確率で評価してもいい。新製品開発のアクティビティは失敗のリスク確率が高かったが、これは提案型・Push型の業務である。技術開発的な仕事は一般に、とりうる選択肢(自由度)が広いが、適切な答えが存在する領域はとても狭い。だから失敗のリスク確率が高いのである。

さて、このように考えてくると、従来の「コストセンター vs. プロフィットセンター」という図式は、いかにも表面的に過ぎることが分かる。本当は、一つの部門の中に、Push型の提案的業務と、Pull型の応対型業務が混在していて、そのどちらが主体かによって、部門の性格付けを考えるべきなのだ。

Push型の企画・戦略立案業務や、技術開発・蓄積業務は、中長期的な意味で、組織のダイナミック・ケイパビリティを向上させる。その意味で、きわめて重要なものだ。

ただし、いわゆる成熟したライン業務部門において、こうした提案型業務を担うのは、たいてい技術とか企画という名称のついた小さなチームである。そして、こうしたチームは、そのコストセンター部門内における、一種のコストセンターと見なされてきた。会社の経営者の論理に従えば、それは重荷であり、できれば切り捨てた方が良い存在だということになった・・

ということで、そろそろ結論をいおう。「コストセンター内のコストセンター」として、技術開発や企画提案能力を切り捨てていったことが、日本企業の技術力低下を、ひいては提案と競争力の低下をもたらしたのである。もしわたしたちが産業の競争力を回復したければ、「コストセンター=重荷論」ではなく、短期および中長期のダイナミック・ケイパビリティを向上させる「Push型の企画提案業務」を、組織の中に確保する必要があるのである。


<関連エントリ>
(2022-09-04)
(2022-09-11)

# by Tomoichi_Sato | 2022-09-20 07:36 | ビジネス | Comments(0)

コストセンターは本当に価値を生まないか?

  • コストセンターの貢献とは何か

前回の記事「工場はコストセンターか? そしてIT部門はコストセンターか?」 (2022-09-04)では、『コストセンター』という会計概念が、『プロフィットセンター』と対比されるうちに、いつのまにか組織と経営戦略を歪めていった経緯について説明した。その根底には、「コストセンターは価値を生まない」という信憑があった訳だ、だが、はたして、この考え方は正しいのか? まず、そこから検討していこう。

最初に、ごく簡単な例を考えてみる。あるところに、発明家(技術者)と実際家(セールスマン)がいた。二人は以前からの知り合いだが、発明家の方は最近、画期的なアイデアを思いついた。わずか20万円ほどの部品を使って、すばらしい価値を持つ新製品を作れるという。

セールスマンの方は、もしそんな製品が本当にできるのたら、自分が買い手を捜してやろう、ともちかける。そんな新製品だったら、100万円の値段をつけても、売れるだろう。かくて、二人はスタートアップ・カンパニーを設立することにした。この二人の事業は、「製造」と「販売」の2アクティビティからなる、きわめてシンプルな製品開発プロジェクトである。

ただし、発明家は、本当にその新製品を組み上げられるかどうか、初めての試みだけに、五分五分の見込みだという。他方、セールスマンは、もし製品ができさえすれば、9割方は買い手を見つける自信がある。製造のコストは20万円だ。販売のコストは、電話代や交通費が多少かかるが、ここでは無視してゼロと仮定しよう。
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お分かりの通り、新製品の製造を担当する技術者は、完全なコストセンターである。お金を使うだけだ。これに対し、販売を行うセールスマンは、収入を得るので、プロフィットセンターと考えられる。

さて、ここで問題である。新製品が首尾良く出来上がり、それが100万円で顧客に売れたとしたとしよう。このとき、二人の貢献は、どちらがどれだけ大きいだろうか?

(1)技術者の方がずっと貢献が大きい
(2)セールスマンの方がずっと貢献が大きい
(3)二人の貢献はほぼ同じである


  • 貢献価値を計算する

わたしはこの問題を、大学のプロジェクト・マネジメントの講義の最後の方で出題し、皆の意見を問うことにしている。学生院生たちの答えは、いつもだいたいバラバラである。企業人に聞いても、見解は分かれる。

ところで、この問題は、見解だの価値観だので答えるべきではない。ちゃんと、数字で答えが出るのだ。二人が100万円の収入を得た際(原価が20万円かかったから利益は80万円だ)、各人のフェアな取り分が計算できる。以下、どのように考えるかを説明しよう。

彼らのプロジェクトは、2つのアクティビティからなる。第1のアクティビティは新製品製造で、最初にかかるコストは20万円。そして失敗のリスク確率は50%である。第2のアクティビティは販売で、コストはゼロ、失敗のリスク確率は10%だ。成功すると、100万円の収入がある。

さて、仮に今、プロジェクトが真ん中の段階まで到達したとしよう。発明家は20万円使って部品を買い、無事に新製品の組立と試験に成功した。万歳! さて、この時、彼らのビジネスの金銭的価値は、いくらだと考えることができるか?

まだ、売上の100万円は手にしていない。ただ、販売のリスク確率は10%、いいかえると成功確率は90%である。ということは、彼らのビジネスの収入の期待値は、100万円 × 90% = 90万円だ、と考えることができる。他方、20万円のコストは、すでに使ってしまった。だから、彼らのビジネスの価値は、プロジェクトの中間地点では、70万円である(知財の価値は? と思う人も居るだろうが、現時点では発明家もまだ真の成功要因が分からないのだから、ゼロ査定としておく)。

では、彼らがスタートアップを始めた当初、つまりプロジェクトの開始時点では、どうなのか。売上の期待値は、100万円ではない。90万円ですらない。新製品製造の成功確率は50%なのだから、100万円 × 90% × 50% = 45万円、にすぎない。だが、プロジェクトの最初に、20万円コストは突っ込む必要がある。
ということで、最初の計画段階では、彼らのビジネスの金銭価値は45 - 20 = 25万円なのだ。それが、途中段階では70万円に、そして最終段階では80万円に、増大していくのである。

完了時点:100万 - 20万 = 80万円
途中時点:100万 × 90% - 20万円 = 90万 - 20万 = 70万円
着手時点:100万 × 90% × 50% - 20万円 = 45万 - 20万= 25万円
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そして(ここからが大切なのだが)、「新製品製造」アクティビティは、彼らのプロジェクト価値を25万円から70万円に押し上げた。「販売」アクティビティは、70万円を80万円にした。つまり、

「販売」アクティビティの貢献価値 = 80万 - 70万 = 10万円
「製造」アクティビティの貢献価値 = 70万 - 25万 = 45万円

であるから、発明家の貢献の方が、セールスマンよりも、ずっと大きいという計算になる。二人のフェアな分け前は45:10、すなわち約65万円と15万円なのである。


  • バリューチェーンにおける貢献価値とリスクの関係

お分かりだろうか。「コストセンター」だと考えられた新製品製造の方が、「プロフィットセンター」である販売よりも、価値への貢献が高いのだ。

そして、このような結果になった主な原因は、リスク確率にある。新製品製造の方が、ずっと失敗の可能性が高い。すなわち、「難易度が高い仕事」なのである。

それは、このリスク確率の設定を変えてみれば分かる。たとえば、数値を正反対にしてみよう。製造自体は比較的簡単で、失敗のリスクは10%だとする。だが、そんな新製品を買ってくれる顧客を見つけるのは難しく、セールス失敗のリスク確率は五分五分、50%とする。

同じような計算をしてみると、こんどは、以下のようになる。

完了時点:100万 - 20万 = 80万円
途中時点:100万 × 50% - 20万円 = 50万 - 20万 = 30万円
着手時点:100万 × 50% × 90% - 20万円 = 45万 - 20万 = 25万円

完了時点と着手時点のプロジェクト価値は同じだが、途中時点での価値が大きく変わった。この結果、貢献はセールスの方がずっと大きくなる。

「販売」アクティビティの貢献価値 = 80万 - 30万 = 50万円
「製造」アクティビティの貢献価値 = 30万 - 25万 = 5万円

つまり、一般にリスク確率の大きいアクティビティ、難易度の高い仕事を仕上げて成功させた部門の貢献価値が、高くなるのである。それは、コストセンターであるかどうかには、関わらない。ビジネス収入の期待値は、バリューチェーンをさかのぼる程、小さくなるが、各段階での高低差こそ、各機能・各部門の価値貢献を示すのだ。

(ついでに言うと、失敗のリスク確率を0%と設定すると、その貢献価値もゼロになる。つまり、誰がやっても必ず成功する作業は、特段の価値はなく、それこそどこかにアウトソースすれば良い、ということになる)


  • リスクと「価値」は誰がどう決めるのか

ここまでの議論の要点は、『リスク確率』にある。リスクの存在を認めたからこそ、アクティビティの貢献価値が出てくるのだ。

しかし現在の会計基準には、リスクの出番がない。財務諸表を見ても、「リスク」だの「期待値」といった項目は、どこにも出てこない。なぜなら、リスクとは将来の可能性を示すのに対し、会計とは現実に起きたことの記録だからだ。

たしかに有価証券報告書には、事業リスクについて何やら定性的な説明文章がつくが、それはおおむね外的環境に関することだ。定量評価は原則、しない。まして内部の業務プロセスについて、リスクがあるなどとは、書かない。そんな事を書けば、「ちゃんと経営してるのか」という突っ込みが来るからだ。

だが製造の現場、設計開発の現場、ITの現場、物流の現場では、もちろん様々なリスクが存在している。それは数値化されていないかも知れないが、現場で働く者の実感である。

もちろん、プロフィットセンターであるはずのセールスの現場にも、リスクが存在する。その最大のものは、「失注のリスク」である。顧客がつねに三者相見積をとるようだったら、互角な競合相手とたたかって受注できる確率は、1/3しかない。失敗のリスク確率は、67%である。

だが、こうしたリスク確率は、ふつう定量化されないし、財務部に報告されもしない。そうなると、社内的には「何となく」ムードで主観的評価が行われやすくなる。

もしあなたが、営業畑出身の役員なら、セールス現場の難しさは実感しているから、その難易度は高いと思うだろう。それに比べ、設計やITの難しさは、分からない。人は、経験したことがないものは、適切に評価できないからだ。

あなたが設計畑出身の経営者なら、工場は図面に出したものを作るだけ、物流は言われたとおりに物を運ぶだけ、と思うかもしれない。そんなところにリスクがあってたまるか、そこは価値を生まないコストセンターだ、と。

そう思う人間が多いのは、理由がある。なぜなら、製造の技術は成熟しているからだ。かつての高度成長期に、機械設備を導入し大量生産を実現するには、高度な技術が必要だった。だがもう、そういう時代は(一部の業界を除いて)終わっている。

製造だけではない。ITや物流もそうである。いずれも、うまく動いて当たり前。問題がおきれば「責任者が無能」とされた。かくて、こういった部門は、一括して価値を生まないコストセンターとよばれ、さっさとアウトソースすべき重荷と考えられるようになったのである。

・・では、そのような「コストセンター部門」は、本当はどのようにマネージすべきなのか。コスト以外に、適切なKPIがあるとすれば何なのか。コストセンター部門に求める能力べきとは何か。そういった事を論じるつもりだったが、例によって説明が長くなりすぎた。この問題について、次回考えよう。


なお、上に述べたリスク確率と貢献価値の問題については、いろいろと浮かんでくる疑問もあろうと思う。完全にビジネスが中断するリスクしか述べなかったが、ある程度成熟した技術分野では、それはリワーク(再作業)のリスクに転化するのが普通であり、結果はコスト超過やスケジュール遅延としてはね返ってくる。もしこれらの理論的な側面にご興味があるならば、小生の学位論文である「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」(AmazonでDVDとして購入可能)を参照いただきたい。

また、実は当サイトでも以前、似た趣旨で論じたことがあった。だが、もう12年も前のことなので、あらためて書きおこした次第である

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# by Tomoichi_Sato | 2022-09-11 12:36 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)

工場はコストセンターか? そしてIT部門はコストセンターか?

先週の9月1日(木)に開催したオンライン・シンポジウム『工場スマート化のための製造実行システム”MES” ― 広がる導入と実例に学ぶ活用方法』には、おかげさまで大勢の方にご参加いただけた。まずは深くお礼を申し上げたい。昨年10月に続き、MESをテーマとする2回目のシンポジウムで、ほぼ一日という長丁場だったにもかかわらず、たくさんの来聴者があったことは、この主題に対する関心の高さを示すと思われる。

わたしは(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」の幹事という立場で、今年の企画に関わった。昨年はどちらかというと、MESベンダーさんによる最新の製品情報提供が中心だった。そこで今年はよりユーザ側に立ち、具体的な先進事例を中心に、活用のベストプラクティスを紹介したいと考え、プログラムを組んだつもりだ。

幸い、どの講演も非常に中身の濃いもので、ねらいはある程度達したと思う。でも、反省点もあった。全体に時間が短かったのである。本当は各講演に、もっとお話しいただきたいポイントがあったと思うのだが、十分伝わりきれなかったように感じる。

そこで、当日もアナウンスしたが、今回の参加者を対象に、オンライン形式の「MESに関するQ&Aセッション」を別途、企画しようと思っている。参加者の方々にはアンケートにご協力をいただき、その返礼という形で今回の講演資料をお送りしている(9/06より順次送付予定)。その資料を読み込んでいただいた上で、ディスカッションする機会を作りたい。

ちなみに当日はわたし自身も、経産省製造産業局の松高課長補佐のご講演に続いて、基調講演をさせていただいた。だが、時間の関係でスキップせざるをえなかった箇所があった。そこで、本サイトで補足しておこうと思う。それは下記のスライド「MES/MOMの提供価値」の、第1行目に書いている箇所だ。すなわち、

工場はコストセンター。品質と納期を守って、コストダウンを果たせ」

が日本の普通の経営感覚だろう、という点だ。だが、まさにこの意識が、今の製造業の問題を、ひどく難しくしているのである。
工場はコストセンターか? そしてIT部門はコストセンターか?_e0058447_11310872.png

  • 日本の工場は投資不足である

これは月刊誌「工場管理」で連載開始した記事「ゼロから始める新工場づくり」にも書いたことなのだが(記事はこちらからダウンロードできる)、とにかく日本の工場は投資不足である。

どこの工場に行っても、20年前、30年前の古い設備を、保守しながら使っている。その努力には頭が下がるが、現代では欧米どころか中国・東南アジアの工場でさえ、もっと最新鋭の機械を入れ、空調だってちゃんと入った建物の中で使っている。ましてIT面の投資不足については、言うに及ばず、である。

 投資不足
  → 老朽化・生産性低下
   → コスト競争力不足
    → 利益が得られない
     → ますます投資不足 →・・

という悪循環がそこでは起きている。そしてこのサイクルの根源にあるのは、「工場はコストセンター、コストだけで管理するべし」という経営の通念にある、と言いたかったのだ。


  • コストセンターという概念

「コストセンター」とは、元来は会計用語であり、かつ、中立な(価値判断を含まない)概念のはずであった。収入がなく、費用だけが集計される部門単位を、英語でCost centerと呼ぶ。「原価中心点」と訳されているが、皆カタカナでコストセンターとよんでいる。

コストセンターの対義語は、「レベニューセンター」で、収入のみが集計される部門だ。だが、こちらの用語は殆どの人が知らない。なぜなら多くの人は、コストセンターの反対は『プロフィットセンター』だと信じこんでいるからだ。

プロフィットセンターという概念は、じつはP・ドラッカー(日本では神格化されている経営学者)が提案した。プロフィットセンターは、収入も費用も集計される部門単位と、理解されている。まあ収入のみで費用が一切発生しない部門など現実世界では存在しないので、世の中の部門はプロフィットセンターかコストセンターのどちらか、ということになる。

ところが、この概念はドラッカーの意思を離れて、一人歩きをし始める。中立だったはずの会計概念が、経営論の世界では、いつのまにか、

プロフィットセンターはコストセンターよりも偉い

という話に変化していく。会社の中では、収益を生まぬコストセンターのマネジメント(部門長)は、発言力が弱い。結果として、コストセンターの所属では出世できない、などの傾向が生じてきた。


  • 「コストセンター=重荷論」の登場

こうした経営論の文脈では、コストセンターの評価尺度は、コストである。コストセンターとは、コストに管理責任を持つ部門である。コストだけが財務KPIとして集計されるのだから、コストが安ければ安いほど、ほめられる。

そして、コストセンターは価値を生み出さない、と考えられるようになった。あるいは「付加価値」を生み出さない、という言い方をされることもある(日本では価値と付加価値をちゃんと区別する人は、残念ながら少ない)。なので、コストセンターのプロフィットセンター化を、などと提言するコンサルタント諸子も、あちこちにいる。

いずれにせよ、企業にとって、価値を生み出さぬコストセンターは重荷である。だから軽ければ軽いほどよい。できれば切り離したい、という理屈が生まれる。これを「コストセンター=重荷論」とよぼう。

切り離すと行っても、日本では従業員の首を簡単に切れないから、まずは子会社化する。それによって給与水準を下げる。また、子会社から提供される物品・サービスには、何らかの価格(移転価格)をつけるが、それは原価+アルファ程度にとどめる(原価の数字は親会社にも見えている)。そのアルファが子会社の利益分になる訳だが、何せコストダウンが使命の会社なのだから、これは可能な限り薄くする。

このために、子会社は十分な内部留保を持てず、自分だけの判断では投資ができなくなる。現場の事情もろくに知らない親会社が、財務諸表のP/Lの数字だけをみて、投資判断することになる。これが、製造子会社となった多くの日本の工場で、起きていることなのだ。


  • 「コストセンター=重荷論」の犠牲者たち

こうしたコストセンター=重荷論は、日本の高度経済成長期には見られなかった。この議論がはびこるのは、長い不況に突入する90年代以降である。ついでにうとERP(とくにSAP)が、この「コストセンター=重荷論」を強めたという風に、筆者は見ている。だがこの話をし始めると長くなるので、別の機会に触れよう。

ともあれ、「お前たちはコストセンター」と名指しされ、重荷論のくびきを負わされた代表的部門が、以下の4つであった:
・生産部門(=工場)
・IT部門
・研究部門(R&D)
・物流部門

工場の投資不足のサイクルについてはすでに述べたので、例として、2番目のIT部門に対し、この重荷論がいかに作用したかを見てみよう。いいかえると、日本企業のIT投資不足はいかに生じたのか、いや、もっというと、なぜ日本のIT業界がダメになってきたのか、の経緯である。

昔はどこの企業内にも情報システム部門があり、かつ、それなりに内製化もしていた。開発も運用も自社でやっていたのだ。ところが、90年代頃から、「ITはコストセンターだから切り離せ」で、情報子会社化されるようになってきた。

それでも本社内には、情報企画的な仕事は残った。まあ、当然である。業務は変化していくし、その業務変革をすすめるためには、ITツールが必要だからだ。という訳で、いつのまにか本社内に、ITエンジニア風の視点を持つ人間が増えていった。だが増えると目立ってくるので、「いつのまに何で増えたんだ」「こいつらも子会社に移せ」とあいなった。

これを2〜3回繰り返すと、IT企画や要件定義の仕事など、こわくて誰も近づかなくなる。業務プロセスを情報とデータの観点から切り取って、改革を考える人間は、ユーザ企業からいなくなった。

情報子会社の方は、どうなったか。なにせ「コストセンター」だから、人件費切り下げが、会社の管理目標だ。優秀な人間が長く居続けるだろうか? 我こそは、との気概があり、腕に覚えのある人間は、ユーザ系企業から、IT専業に移っていく。

だがIT専業の業界は、大手ITゼネコンが仕切る、多重請負構造だった。一括請負というSIビジネスは、発注者のプロジェクト・マネジメントのレベルが高くなければ、受注側にリスクがしわ寄せされるだけで、決して儲からない。で、その発注側は誰か? 先ほど述べた情報子会社である。ここに高いPMのレベルを期待できるだろうか。

そこに、突然という感じで、欧米発のAIブームが来た。IoT・スマート工場ブームも来た。その後は、DXブームだ。

DXブームに火をつけたのは、欧米の大手ITベンダーと、外資系コンサルティング会社の面々である。カッコいいので、経済メディアも大いにかついだ。メディア産業は元々、ヒットとブームには抵抗できないのだ。

その結果が、今日である。誰もどこにも、新しいデジタル技術を業務の中核に取り込んだグランドデザインが存在しない。グランドデザインが不在だと、何をしたら良いのか分からないので、できそうなところからちょっとだけPoCと称して手をつけてみる。支払い能力の多少ある大企業は、外資系コンサルに「戦略プラン」を外注する。おかげで今やマッ○○ゼーもボス○○もアク○○○○も、バブル状態で人員急増、報告書の品質が心配される状況と相成った。情報化の現場自体は、置いてきぼりである。

本来ならば、社内および情報子会社にしかるべき人材を育て、あるべき業務の姿を作るために粛々とITシステムを構築し回していなければいけないはずなのに、IT投資に回るはずのお金は、高額なコンサルフィーとして消えていく。あるいは彼らのプランに従い、大枚はたいて入れたERPは、「世界標準のベストプラクティス」だそうだが、オペレーションの現実に合わないので、山のようなアドオンを追加して運用している始末である。業務プロセスとITの双方に精通した人間が居なければ、そうなるのも必定であろう。

これが、「コストセンター=重荷論」のもたらした帰結である。いったい、なぜこうなったのか? どこで間違ったのだろうか? この問題に答えるのは簡単ではないが、それでも次回、考察してみよう。

<関連エントリ>
 →「コストセンターとは何か」 (2013-03-11)

# by Tomoichi_Sato | 2022-09-04 11:50 | ビジネス | Comments(1)