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その時間の使い方は投資? 営繕? それとも価値創出ですか

多忙だ、多忙だ。現代人のわたし達は、よくそんな言葉を口にする。時間に追われる日々から脱して、もっとゆったりした暮らしをしてみたい。そんな気持ちになることも、しばしばだろう。

時間の悩みを解く手法」ーーこれは、わたしが初めて単著で書いた本『革新的生産スケジューリング入門』に付けた、サブタイトルであった。幸い専門書としては好評で、比較的長い間、版を重ねることができたが、このサブタイトルも、興味を持ってもらうきっかけの一つになったのかもしれない。

数年後、日本経済新聞社からの依頼で、日経文庫『時間管理術』を執筆した。先程の本は製造業における生産計画の専門書だが、こちらはより一般的なビジネスマンのための、仕事のスケジューリングに関する内容である。

本の冒頭で、わたしは、「時間なんか誰も管理できない」と書いた。時間は誰かの所有物ではない。何かをしても、何もしなくても、時間は勝手に流れていく。時間それ自体は、管理できない。時間管理とは、実は時間の使い方のマネジメントなのである。

毎日、時間に追われる暮らしから抜け脱し、ゆとりを持って働きたかったら、上手な時間の使い方を、身に付けていかなければならない。

ところで、「測定できないものはマネジメントできない」、という格言がある。何かをマネジメントするためには、測って、モノサシ=指標化することが必要だ。指標化し、標準を定めて、標準値を改善していく。指標化せずに、主観的に良し悪しを感じるだけでは、本当に改善し進歩できているかどうかがわからない。

だから、タイムマネジメントが上手になりたければ、自分の時間の使い方を記録し、指標化することを習慣化するべきである。

時間の使い方の記録とは、すなわち「タイムシート」のことだと考える人も多いだろう。一日の時間の内、どの仕事にどれだけを使ったかを記録する、一種の日報である。

タイムシートをオフィスでつけることを義務化している会社が、何割あるのかは、よく知らない。ちなみに、ちょっと調べてみたら、「人事業務に役立つ情報メディア・HR NOTE」というサイトに、2018年7月時点のアンケート調査として、こんな記載があった:

「タイムカードでの打刻」が26.4%で一番回答が多く、続いて「紙の出勤簿に記入」が19.9%、「PCを起動しWEBブラウザ上で打刻」が15.6%となっています。(「勤怠管理に不満がある従業員が実は多い?|勤怠管理に関する調査」 より引用)。また、就業管理システムのベンダーであるミナジンによる、人事総務担当者への調査(2020年9月)でも、「タイムカードを利用」が33.2%で一番多く、次が「勤怠システムで管理」30.2%、「手書きの出勤簿」が13.8%、であった、という。(「1000名未満の企業では勤怠管理でタイムカードやExcelの利用が半数を超える」より引用)

つまり1/3程度の会社は、どうやら今でもタイムカード方式を採用しているらしい。事務所への入退場時に、カードに時刻を打点するやり方だ。とくに店舗など流通業や工場など、現場業務を抱える会社では、出退勤と労働時間の把握のために、タイムカードを使っているところが多いと思われる。

ただしタイムカードでは、事業所での総労働時間はわかるけれども、その内訳は記録できない。残業時間は給与に紐付くから、これはこれで必要だろう。だが、勤怠管理だけでは、時間の使い方のマネジメントには必ずしも役立たないのだ。ましてこの1 〜2年はリモートワークが普及して、職場への入退場という概念自体が希薄になった。

ところで、わたしの働くエンジニアリング業界では、ずっと昔からタイムシートを採用するのが常識だった。わたしも新入社員の時からつけている。同業のライバル企業に就職した友達は、「会社はこんな事まで管理するのか!」といって憤慨していた。だが、わたしには別に違和感はなかった。エンジニアリングとは本質的にサービス業であり、自分たちのプロフェッショナル・サービスを時間単位で売る仕事だ。弁護士だって、やはりタイムシートをつけているではないか。

もちろんエンジニアリングではプラントや工場のような、目に見える成果物をおさめて代金をいただく形態も多い(むしろそちらの方が中心だ)。それでも社内的なマンナワー(Man-hour)コストを把握するのは必要だし、当然でもある。いずれにしても、もしわたし達が自分の時間の使い方をきちんと把握して、生産性や創造性を上げたいと考えているなら、自分自身のタイムシートを作って記録すべきである。

会社でタイムシートを記録している人も、使っていない人もいるだろう。だが、会社のタイムシートは、あなたのタイム・マネジメントの目的には半分ぐらいしかミートしない。なぜならそれは、あなたが会社に対して、公式に働いている時間だけを記録する道具だからだ。どんなビジネスマンも、自分が所属する企業組織に対して働いている時間と、プライベートな時間がある。もしもわたし達が、会社で働いている時間以外に、自己啓発のために勉強会に参加するとか、あるいは副業を持ちたいとか言う気持ちがあるのならば、自分のプライベートな価値創出の時間も記録したくなるはずだ。

かく言う私自身、もうずいぶん前から、自分自身にフィットするタイムシートを設計して使い続けている。私の場合それは、Excelシートにマクロを組み合わせたツールである。会社のタイムシートには、そこから転記入力している。

ちなみに弁護士事務所やコンサルティング・ファームでは、「Billableな時間、non-billableな時間」という区別をする。つまり、顧客に請求可能な時間と、そうでない時間という意味である。BillableのかわりにチャージャブルChargeableということもある。

私たちが受注型ビジネスに携わっている場合、会社で働く時間のうち、ある部分は特定の顧客にチャージャブルである。例えば特定の顧客のプロジェクトのために、設計書を書く時間は、その顧客に対してチャージすべき時間である。また別の部分、例えば社内の教育研修を受ける時間等は、どの顧客にもチャージできない。そこで受注型ビジネスでは、従業員にタイムシートをつけさせて、チャージャブルな時間は、それぞれのProject番号(ジョブコード)で分類集計できるようにする。

ちなみにわたし達が所属する会社のために働く時間は、全体として会社に対しチャージャブルな時間である。もしも副業を持っていたら、別の雇用主に対するチャージャブルな時間もあるはずだ。

ただし、タイムマネジメントを通して、自分の時間の使い方を向上していくためには、単にどの顧客向けの時間を使ったかを記録するだけでは不十分だ。「時間の使い方の質」も、見る必要がある。とても生産的な時間もあれば、漫然と過ごしてしまった時間もある。いや、一生懸命働いてはいるのだが、実は自分の責任でミスをしてしまった結果を、必死にリカバリーしている時間だってあるはずだ。

マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社では、「バリューを出せ」、という言葉をよく使うと聞く。顧客に対して、本当に価値を提供できているかどうかを、自分につねに問いかける態度を求めるわけだ。したがって、時間の使い方の記録においては、どのようなモードでその時間を過ごしたかの分類も、考える方が良い。

私自身は、時間の使い方を、大きく、3つに分類している。それは、投資、営繕、そして価値創出である。

何か知識を得たり、人の話を聞いたり、あるいは具体的な用途は決まっていないが、先に役立つだろうと思うことを準備しておいたりする時間は「投資」である。インプットがなければ、アウトプットできない。種に水をやり肥料をやらなければ、実は結ばない。投資の時間は直接何かを生み出す事はないが、必要なものである。客先の要求仕様書を読んだりするのも、投資の一部である。

価値創出の時間が、上に述べた「バリューを出す」に対応する事は言うまでもない。例えば資料をまとめて上司にプレゼンテーションをしたり、客先とのネゴシエーションをして追加条件をえたり、もちろん設計成果物を作るのも価値創出である。私にとって、このサイトの記事を書くの価値創出の時間だ。

営繕とは、インプットでもアウトプットでもない、オペレーションとメンテナンスの時間である。雑多なメールの読み書きをする時間、さほど情報量のない会議に出ている時間、出張のチケットを予約したり経費精算をしたりする時間。外出の移動時間。もちろん先ほど書いたような、自分のミスをリカバリーしているのも営繕の時間である。

自分の生産性を上げたいのならば、価値創出の時間を増やし、インプットや、とくにムダな営繕の時間を減らすのがポイントである。もちろん、営繕の時間はゼロにできないし、すべきでもない。わたし達の睡眠時間は、身体の営繕の時間だが、ゼロにすることはできない相談である。

では、自分の働いている時間の中で、バリューを出している価値創出の時間の比率は実際にどれくらいあるのだろうか。 60%? それとも80%?

正直にいおう。わたしの場合、バリューを出している時間の比率は、ほぼ20%である。投資が約40%、営繕も約40%だ。

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20%? 2割しか価値創出の時間がないの? 偉そうに日経文庫に『時間管理術』とか書いている人間が? ——はい。その通りです。そしてこの比率は、わずかずつ高くはなっているが、過去何年間もそう大きくは変わっていない。2割だから、週5日の内、実質1日しか価値創出していないことになる。だが、これが事実なのだ。

わたしの個人的タイムシートは、ToDoリストと一体型になっている。毎朝、最初にToDoリストを開ける。その日の予定、打合せだとか来客だとかを入力する。さらにその日にやるべきタスクを入れ、それぞれ開始時間と終了予定時間を入れる。時間単位は最小15分刻みだ。

そして、チャージャブルな時間の場合は、プロジェクト・コードを表す記号を入力する。また、それが投資なのか、営繕なのか、あるいは価値創出なのかを入れる(1日が終わったときのふりかえりで、「あれは価値創出じゃなくて営繕に過ぎなかったな」などと考えて変更することもある)。

なお、一日の中には必ず、「メール処理」という項目がある。これは様々なプロジェクトやノン・プロジェクトのメールのやりとりで、細かく分類不能な時間の総称だ。これがだいたい一日2〜2.5時間あり、一括して営繕に分類している。つまり時間の約25%が、最初から営繕として天引きされているような状態である。残念ながら管理職とかをやっていると、この種のメールはどうしても増えてしまう。

それで、どうしたら有用で生産性の高い時間の使い方にシフトできるか、である。

もちろん、まずは事実をおさえ、指標化しなければ始まらない。だから自分用タイムシートでデータ化し、バリュー比率を見ているのだ。ToDoリストは必ず日誌とセットで、毎日、毎週1回、そして毎月1回はふりかえりのために見直している(この見直しとふりかえりの時間も、「営繕」に含まれる)。

次は、自分がやらなくてもいい、ムダな作業をしていないか、あるいは、力仕事的なことは、誰かほかの人に頼めないか、考えてみる。テレワークとWeb会議が普及したおかげで、移動のための拘束時間が減ったのはありがたいことだ。

もう一つ、大事なことは、時間を細切れにしないことだ。15分の時間を4回分バラバラに持つのと、集中できる1時間とでは、生産性が全く異なる。小刻みな時間は、どうしても営繕的なことにあてざるを得ない。まとめて時間を確保できたら、バリューのために使う。そのためには、あらかじめタイムテーブルを見て、「自分で自分を予約する」のである。打合せもメール処理も入れない、純粋に作業に集中できる時間帯をあらかじめスケジュールに確保しておく。

今日のプロフェッショナルなオフィスワーカーの時間単価は、6千円から1万円程度にはなる(給与収入ではなく、会社にとっての売値である)。時間6千円でも、1分100円、1秒=1.67円の計算だ。1円玉を落としても、かがんで拾うのに1秒以上かかったら、それはペイしない。あるいは、電車で15分かかるところを、タクシーなら5分で行けるとしよう。もし価格差が千円以内なら、タクシーに乗る方が経済的である。

そういう時間単価を見据えつつ、価値創出の時間比率を測り、たとえ1%でも上げる方策を工夫する能力こそが、多忙な今の時代のわたし達に求められるスキルなのである。


<関連エントリ>
 

# by Tomoichi_Sato | 2022-05-12 23:59 | 時間管理術 | Comments(0)

産業界のカーボンニュートラルについて少し勉強しよう

  • 日本の「2030年マイナス46%目標」とは

日本政府が「2030年の温室効果ガス排出量を2013年に比べて46%削減する」、と宣言してから1年が経つ。

前年の10月、菅首相(当時)は、2050年までに「カーボンニュートラル」化する、と突然宣言して産業界を驚かせた。それまでは、世界の脱炭素の動きから、だらだら言い訳して、ずっと逃げ続けるのだろうと思われてきた。ところが、日本という国は不思議なことに、ずっとこだわり続けている政策が、ある日突然ポッキリ折れたように転換してしまう国らしい。

2030年のマイナス46%という数字は、2050年の炭素排出量ゼロから直線的に逆算したと言われている。2013年の排出実績が14.08億トン。30年目標が7.60億トン。策定時が2021年だから、残る9年でCO2排出を6.48億トン、つまり毎年7200万トン、毎月600万トンという猛烈な速度で削減していかなければならない。

政府資料「地球温暖化対策計画」によれば、産業のエネルギー消費は、4.63億から2.89億へ、1億7400万トンを削減(38%減)。家庭のエネルギー消費は、2.08億から0.70億へ、1億3800万トンを削減(ほぼ1/3に減らす!)。運輸・業務その他・エネルギー転換などの対策も進めることで、エネルギーに関係する削減量は、全体の86%にあたるおよそ5億5800万トンを削減する(45%減)。そして「代替フロン」の回収強化、プラスチックごみの焼却処分削減などで、およそ3650万トンを削減。森林の整備などによって、二酸化炭素をおよそ4770万トン吸収するという計画(というか目標値の計算)だ。

なお、温暖化対策の日本の技術を海外に提供して削減量を相手国と日本で分け合う「二国間クレジット制度」(JCM)も活用する、となっている。その目標値は1億トンで、「我が国として獲得したクレジットを我が国のNDC(国家削減目標)達成のために適切にカウントする」とも記している。

ともあれ、宣言を追うようにして、20年12月、経済産業省が「グリーン成長戦略」を発表、さらに21年10月には、「エネルギー基本計画」を閣議決定する。それによると、2030年の電源構成は、需要抑制により、総発電量自体を2019年度実績の10,240億kWhから、9,300-9,400億kWhに大幅削減する。内訳では、再エネ36-38%、原子力20-23%、LNG20%、石炭19%、石油等2%、水素・アンモニア1%とする。特に、2019年度に37%を占めていたLNGの量的な削減が含まれている点が特徴だ。

  • カーボン・ニュートラルLNGへの期待

さて、産業界の排出量は38%を削減しなければならない(単純計算で毎年4.2%ずつ)。家庭は66%削減(毎年7.3%ずつ)である。どうするのか? 日本企業はすでに苦心して省エネルギーを達成してきた。家庭だって、そんなに急に減る余地があるとは思えぬ。

ということは、発想を転換し、出るのを減らすのではなく、入ってくるエネルギーを、炭素フリーなものにしたらどうか、との考えが生まれてくる。そのための一つの手段が、たとえば、「カーボン・ニュートラルLNG」などの商品である。

欧州最大のエネルギー企業であるShellは、カーボン・ニュートラルLNGについて、すでに3年前にこんな発表をしている:
高品質な自然起源のカーボンクレジットによるオフセットで、天然ガス資源の探査・生産・そして最終消費者による利用まで(つまり後述するScope-1から3まで)をカバーする。天然ガスは石炭に比べて45-55%しか温室効果ガスを排出せず、大気汚染物質は1/10以下である。
ちなみに、「ロシアのGazprom社と協力して進めた」ともある。今は、どうしているのだろうか。

また、こんな記事もある:
こちらは自然起源(Narture-based)のプロジェクトとして、とくにインドネシアの「Katingan泥炭地復興保全プロジェクト」と、ペルーの「Cordillera Azul自然公園プロジェクト」の名前を挙げている。土地の保護、用途転換と再生を図ることで、植物によるCO2の吸収と酸素の放出を進める。また第三者による監査も行うと。

これらのカーボンクレジットは、もちろんお金がかかっている。したがって、カーボン・ニュートラルLNGは、通常のLNGよりも値段が高い。高くても、脱炭素というプレミアムが乗っているから、顧客がいる訳である。

  • LNGとは何か

ちょっと脇道になるが、でもLNGのことが分からないと、この話は先に進まない。そこでごく簡単に解説しよう。LNGは液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)の略称である。天然ガスは化石燃料の中では、石炭・石油製品類に比べて、最もクリーンで環境負荷の小さいエネルギーだと言われている。もちろん燃やせばCO2が出るが、熱量あたりの排出量が最も小さい。

天然ガスは通常、パイプラインでガスのまま輸送する。しかしパイプラインで運べないような場所や、パイプラインを設置しにくい地域には、液化してタンカーで輸送するのである。これをLNGという。

天然ガスの主成分はメタン(CH4)ガスだ。メタンの沸点は-161℃なので、これ以下の温度に冷却すれば液体になり、体積は約1/600に減少する。これを専用の冷凍タンクを持つLNGタンカーで運ぶ訳である。このようにLNGの製造と保存は、超低温の技術を要する(ドライアイスの温度でもせいぜい-79℃程度だ)。そして液化のために、結構なエネルギーも消費する。

世界大百科事典によると、「LNGの本格的なタンカー輸送は,1964年,アルジェリアの天然ガスのイギリスへの輸出によって始まった。日本でも70年前後からLNGの輸入が盛んになり,アラスカ(1969年に開始,以下同様),ブルネイ(1972),アブ・ダビ,インドネシア(ともに1977)など」から順次輸入が拡大した、と記述がある。

LNG terminalとは入出荷設備とLNGタンクを組み合わせたプラントで、日本語では普通、「LNG受入基地」と訳される。今、ドイツがあせって作ろうとしている施設である。「LNG受入基地ではLNG専用のタンクにLNGを貯蔵し,これを再びガス化して発電用や都市ガス用の燃料として使用する。ガス化には海水や工場の温排水が利用される」(世界大百科事典)

LNGの比重は原油の比重の約半分しかない上に、断熱保冷と耐圧のために特殊な金属材料や構造がいる。このため,積載トンあたりの建造費は原油タンカーの数倍も高い。まあ簡単に言って、LNGとは、液化して作るプラントも高価で、輸送手段も高価で、受け入れて都市ガスなど既存パイプラインにつなげる基地施設も高価なのである。それでも、地面の下を掘ったらガスの吹き出してくる国(カタールとかロシアみたいな国)で作れば、価格競争力のあるエネルギー源になりうる。

ちなみに天然ガスではなくLNGを必要とするのは、どんな国か。まず、原則としてパイプラインの届かない、かつ自国で天然ガスの殆ど出ない島国である。日本とか、台湾とか。韓国は地図で見ると島国ではないが、唯一国境線を接する北朝鮮が敵対国なので、地政学的には島国と同じある。

もう一つ、中国やインドのように国土が広大すぎ、かつ沿岸部に大都市が複数あって、ガス・パイプラインでは追いつかない国も、LNG輸入国になる。米国もシェールガス革命までは、輸入国だった。なお、LNG設備は高価なので、あまり貧しい国は借金しない限り利用できない。

  • カーボン・ニュートラルLNGは本当に、排出量ゼロなのか?

話を戻そう。LNG自体は化石燃料で、相対的にはクリーンだが、燃やせばCO2が出てカーボン・ニュートラルではない。そこでShellなどは、『カーボンクレジット』という制度を併用して、「他でCO2削減プロジェクトを並行して進めているから、結果としては足し算引き算で相殺して排出量ゼロになります」といって売っているのである。こういう手法をカーボン・オフセットという。

ご存じの通り、各国政府はパリ協定でNDC(Nationally Determined Contribution)として削減にコミットしている。日本の「46%削減」もその一つだ。この削減義務は、日本国内での排出量に関するものである。ところで、カーボン・ニュートラルLNGで「同時に削減します」といっているのは、海外での森林などによるものである。しかし、海外での削減により発生するクレジットは、日本企業が削減目標を達成するために使えるのだろうか

各国が二酸化炭素排出量の削減に取り組む際には、自国領土内だけでなく、他国における削減の取組への貢献も、NDCに繰り入れることを可能にすべきというのが、国際社会の合意事項だ。炭素という実物商品を国際取引するのと逆で、炭素削減という責務(債務)を取引するので、カーボンクレジットと呼ばれる。

だとしたら、すべてのカーボンクレジット取引は、排出量削減に貢献可能に思われる。しかし正確に言うと、その企業の買うクレジットの削減実績が、日本国自体のNDC義務の達成に使えるかどうかにかかってくるのである。

何が国のNDCにカウントできるかについては、パリ協定の第6条が規定しており、昨年のCOP26でガイドラインが明確になった。それによると、削減プロジェクトのホスト国と日本の間で削減の双方での二重計上を避けるための「相当調整(Corresponding Adjustment)」の合意をしたものだけが、NDCに貢献できるとされている。日本の制度ではJCM(Joint Crediting Mechanism)によるクレジットだけが、これに該当する。

ちなみに相当調整という手続きは、複数国にまたがる国際プロジェクトが排出量削減を実現した際に、その削減が関係国でダブルカウントされないために、必要とされる。たとえば日本企業がインドネシア企業と組んで合弁会社を設立し、日本の資金と技術供与で、Nトンの炭素削減ができたとする。その際に、日本とインドネシアの両国が共に全量を計上すると、地球上では合計2Nトンが削減されたことになってしまう。そうならないよう保証するのが、相当調整の制度である。

さて、日本の民間企業はすでにずっと以前から、温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)での報告義務が課されてきた。今後マイナス46%目標が、どのような形で削減義務として乗っかってくるかは、まだ現状決まっていない。ただ、公的目標にせよ自主目標にせよ、企業による我が国のNDC貢献に対する何らかのコミットメントは避けられないだろう。

その際、貢献にカウントできる海外クレジットは、上に述べたとおり、現状JCMだけだと思われる。なぜなら、「パリ協定でNDC達成へのカウントが認められていないクレジットをいくら海外から持ち込んでも、日本政府として負っている日本全体としての削減義務達成の役に立たないから」というのが、わたしの勤務先のエキスパートの見解である。

Shellなどのカーボン・ニュートラルLNGは、JCMクレジットではない、民間の『ボランタリー・クレジット』を利用している。Gold Standard、Verraなどの認証機関のお墨付きは得ていても、「相当調整」は行われていない。ということは、これをいくら買っても、自社のCO2削減にはカウントできない(少なくとも政府への報告書には記載できない)はずなのである。

  • カーボン削減問題解決への道筋

結局、産業界における脱炭素の問題は、お金だけでは解決できないのである。産業界の削減目標は46%ではなく38%減で、そのうち工場外の事業所などの排出もあるだろうから、工場に限ればおそらく30%にはなる。

だが30%相当、約1.4億トンをすべて、公式なカーボンクレジットを買うだけで解決することはできない。排出権価格は、ウクライナ戦争で暴落したとは言え、欧州で1トン60ユーロ前後はする。そのままでは年間1兆円を超えてしまう。これが製造原価を直撃したら、産業界は耐え切れまい。

また、国を頼りにしてもダメだろう。近年の財界はなぜかお国に頼る傾向が強く、最後はお国が税金を出して助けてくれるという感覚があるようだ。だが、こうした問題における国の発想はたいていの場合、「傾斜配分」である。つまり、業界ごとに濃淡をつけて配分する、となる。もっと分かりやすく言えば、「大事な業界とつぶれてもいい業界に分けて対応する」である。国が大事とする業界がどことどこか、それはご想像にお任せしよう。ただ、プラント・エンジニアリング業界がその中に入っていると思うほど、わたし個人は楽観的ではない。

そうなると、道は三つしかない。一つ目は、日本での工場をたたむこと。ただし、海外に工場を移転しても、それはScope-1の削減にしか貢献しない。原料や電力(Scope-2)はどうせ必要だし、売り先をかえない限りサプライチェーン(Scope-3)だって変わらずに残る。だから、業態にもよるがあまり根本的な解決にならない。

二番目の道は、お金と技術と両方をつぎ込んで、実現方法を開拓することである。

まずは、エネルギー源の転換だ。熱エネルギー源を、化石燃料から電力に転換する。電力ならば再エネ由来の電力を購入することができる。あるいは燃料を、燃やしても二酸化炭素の出ない水素やアンモニアに転換する。ただしまだ燃焼技術には改善課題がたくさんある。それが無理なら、せめて炭素排出量が比較的少ない燃料に転換する。石炭から石油製品へ。同じ石油製品なら重油・軽油からガソリン・LPGへ。そして石油から天然ガス・LNGへと転換する。

動力エネルギー源も、燃料を使う内燃機関から、電力によるモータに転換していく。工場で動力源としてよく利用する圧搾空気も、電力で作る。あるいはエネルギー効率を考えて、直接モータ駆動とする。

もちろん省エネも重要だ。すでにどこの企業もそれなりに省エネに取り組んでは来たが、CO2のクレジットコストが高くつくようになれば、もっとヒートポンプなど省エネ設備を導入するようになるだろう。省エネに比べると技術的にはやや遠いが、燃焼後の排ガスからのCO2分離回収(CCS)も有力な方法ではある。

さらに、他国でのエネルギー削減に協力して、相当調整付きのクレジットを持ち帰ることも有用だろう。国際協力である。日本よりも価格効率性の高いCO2削減機会のある国は、いくらでもある。

そして三番目は、複数企業の協力である。単一企業での取組みに限界があるならば、地域内の企業群や、同一業種・取引関係のある企業群などで協力して、相互的なエネルギー需要の調整をする方法も、理論的にはありえる。工場内のエネルギー需要には高低の波があるが、複数企業で相互にリアルタイムに需要を融通し合うのである。むろん、すぐに実現可能だとは言わないが、むしろ相互信頼に重きを置く日本社会にこそ、実現可能性のある方法ではないかと考えている。

いずれにせよ、こうしたことを考えていくためには、2030年に向けた『工場グリーン化のロードマップ』が必要なのである。スマート工場というと、デジタル化とかロボット化のことばかりが語られるが、わたしはグリーン化も同じくらい重要であり、そのためのロードマップが必要だと信じている。そしてこの問題は、経営・財務戦略だけでなく、技術戦略が重要になる。そういう意味で、ふたたび技術屋の出番の時代が回ってきたと思うのである。

<関連エントリ>
 (2022-01-31)

# by Tomoichi_Sato | 2022-05-01 22:48 | ビジネス | Comments(0)

産業界のカーボンニュートラルについて少し勉強しよう

  • 日本の「2030年マイナス46%目標」とは

日本政府が「2030年の温室効果ガス排出量を2013年に比べて46%削減する」、と宣言してから1年が経つ。

前年の10月、菅首相(当時)は、2050年までに「カーボンニュートラル」化する、と突然宣言して産業界を驚かせた。それまでは、世界の脱炭素の動きから、だらだら言い訳して、ずっと逃げ続けるのだろうと思われてきた。ところが、日本という国は不思議なことに、ずっとこだわり続けている政策が、ある日突然ポッキリ折れたように転換してしまう国らしい。

2030年のマイナス46%という数字は、2050年の炭素排出量ゼロから直線的に逆算したと言われている。2013年の排出実績が14.08億トン。30年目標が7.60億トン。策定時が2021年だから、残る9年でCO2排出を6.48億トン、つまり毎年7200万トン、毎月600万トンという猛烈な速度で削減していかなければならない。

政府資料「地球温暖化対策計画」によれば、産業のエネルギー消費は、4.63億から2.89億へ、1億7400万トンを削減(38%減)。家庭のエネルギー消費は、2.08億から0.70億へ、1億3800万トンを削減(ほぼ1/3に減らす!)。運輸・業務その他・エネルギー転換などの対策も進めることで、エネルギーに関係する削減量は、全体の86%にあたるおよそ5億5800万トンを削減する(45%減)。そして「代替フロン」の回収強化、プラスチックごみの焼却処分削減などで、およそ3650万トンを削減。森林の整備などによって、二酸化炭素をおよそ4770万トン吸収するという計画(というか目標値の計算)だ。

なお、温暖化対策の日本の技術を海外に提供して削減量を相手国と日本で分け合う「二国間クレジット制度」(JCM)も活用する、となっている。その目標値は1億トンで、「我が国として獲得したクレジットを我が国のNDC(国家削減目標)達成のために適切にカウントする」とも記している。

ともあれ、宣言を追うようにして、20年12月、経済産業省が「グリーン成長戦略」を発表、さらに21年10月には、「エネルギー基本計画」を閣議決定する。それによると、2030年の電源構成は、需要抑制により、総発電量自体を2019年度実績の10,240億kWhから、9,300-9,400億kWhに大幅削減する。内訳では、再エネ36-38%、原子力20-23%、LNG20%、石炭19%、石油等2%、水素・アンモニア1%とする。特に、2019年度に37%を占めていたLNGの量的な削減が含まれている点が特徴だ。

  • カーボン・ニュートラルLNGへの期待

さて、産業界の排出量は38%を削減しなければならない(単純計算で毎年4.2%ずつ)。家庭は66%削減(毎年7.3%ずつ)である。どうするのか? 日本企業はすでに苦心して省エネルギーを達成してきた。家庭だって、そんなに急に減る余地があるとは思えぬ。

ということは、発想を転換し、出るのを減らすのではなく、入ってくるエネルギーを、炭素フリーなものにしたらどうか、との考えが生まれてくる。そのための一つの手段が、たとえば、「カーボン・ニュートラルLNG」などの商品である。

欧州最大のエネルギー企業であるShellは、カーボン・ニュートラルLNGについて、すでに3年前にこんな発表をしている:
高品質な自然起源のカーボンクレジットによるオフセットで、天然ガス資源の探査・生産・そして最終消費者による利用まで(つまり後述するScope-1から3まで)をカバーする。天然ガスは石炭に比べて45-55%しか温室効果ガスを排出せず、大気汚染物質は1/10以下である。
ちなみに、「ロシアのGazprom社と協力して進めた」ともある。今は、どうしているのだろうか。

また、こんな記事もある:
こちらは自然起源(Narture-based)のプロジェクトとして、とくにインドネシアの「Katingan泥炭地復興保全プロジェクト」と、ペルーの「Cordillera Azul自然公園プロジェクト」の名前を挙げている。土地の保護、用途転換と再生を図ることで、植物によるCO2の吸収と酸素の放出を進める。また第三者による監査も行うと。

これらのカーボンクレジットは、もちろんお金がかかっている。したがって、カーボン・ニュートラルLNGは、通常のLNGよりも値段が高い。高くても、脱炭素というプレミアムが乗っているから、顧客がいる訳である。

  • LNGとは何か

ちょっと脇道になるが、でもLNGのことが分からないと、この話は先に進まない。そこでごく簡単に解説しよう。LNGは液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)の略称である。天然ガスは化石燃料の中では、石炭・石油製品類に比べて、最もクリーンで環境負荷の小さいエネルギーだと言われている。もちろん燃やせばCO2が出るが、熱量あたりの排出量が最も小さい。

天然ガスは通常、パイプラインでガスのまま輸送する。しかしパイプラインで運べないような場所や、パイプラインを設置しにくい地域には、液化してタンカーで輸送するのである。これをLNGという。

天然ガスの主成分はメタン(CH4)ガスだ。メタンの沸点は-161℃なので、これ以下の温度に冷却すれば液体になり、体積は約1/600に減少する。これを専用の冷凍タンクを持つLNGタンカーで運ぶ訳である。このようにLNGの製造と保存は、超低温の技術を要する(ドライアイスの温度でもせいぜい-79℃程度だ)。そして液化のために、結構なエネルギーも消費する。

世界大百科事典によると、「LNGの本格的なタンカー輸送は,1964年,アルジェリアの天然ガスのイギリスへの輸出によって始まった。日本でも70年前後からLNGの輸入が盛んになり,アラスカ(1969年に開始,以下同様),ブルネイ(1972),アブ・ダビ,インドネシア(ともに1977)など」から順次輸入が拡大した、と記述がある。

LNG terminalとは入出荷設備とLNGタンクを組み合わせたプラントで、日本語では普通、「LNG受入基地」と訳される。今、ドイツがあせって作ろうとしている施設である。「LNG受入基地ではLNG専用のタンクにLNGを貯蔵し,これを再びガス化して発電用や都市ガス用の燃料として使用する。ガス化には海水や工場の温排水が利用される」(世界大百科事典)

LNGの比重は原油の比重の約半分しかない上に、断熱保冷と耐圧のために特殊な金属材料や構造がいる。このため,積載トンあたりの建造費は原油タンカーの数倍も高い。まあ簡単に言って、LNGとは、液化して作るプラントも高価で、輸送手段も高価で、受け入れて都市ガスなど既存パイプラインにつなげる基地施設も高価なのである。それでも、地面の下を掘ったらガスの吹き出してくる国(カタールとかロシアみたいな国)で作れば、価格競争力のあるエネルギー源になりうる。

ちなみに天然ガスではなくLNGを必要とするのは、どんな国か。まず、原則としてパイプラインの届かない、かつ自国で天然ガスの殆ど出ない島国である。日本とか、台湾とか。韓国は地図で見ると島国ではないが、唯一国境線を接する北朝鮮が敵対国なので、地政学的には島国と同じある。

もう一つ、中国やインドのように国土が広大すぎ、かつ沿岸部に大都市が複数あって、ガス・パイプラインでは追いつかない国も、LNG輸入国になる。米国もシェールガス革命までは、輸入国だった。なお、LNG設備は高価なので、あまり貧しい国は借金しない限り利用できない。

  • カーボン・ニュートラルLNGは本当に、排出量ゼロなのか?

話を戻そう。LNG自体は化石燃料で、相対的にはクリーンだが、燃やせばCO2が出てカーボン・ニュートラルではない。そこでShellなどは、『カーボンクレジット』という制度を併用して、「他でCO2削減プロジェクトを並行して進めているから、結果としては足し算引き算で相殺して排出量ゼロになります」といって売っているのである。こういう手法をカーボン・オフセットという。

ご存じの通り、各国政府はパリ協定でNDC(Nationally Determined Contribution)として削減にコミットしている。日本の「46%削減」もその一つだ。この削減義務は、日本国内での排出量に関するものである。ところで、カーボン・ニュートラルLNGで「同時に削減します」といっているのは、海外での森林などによるものである。しかし、海外での削減により発生するクレジットは、日本企業が削減目標を達成するために使えるのだろうか

各国が二酸化炭素排出量の削減に取り組む際には、自国領土内だけでなく、他国における削減の取組への貢献も、NDCに繰り入れることを可能にすべきというのが、国際社会の合意事項だ。炭素という実物商品を国際取引するのと逆で、炭素削減という責務(債務)を取引するので、カーボンクレジットと呼ばれる。

だとしたら、すべてのカーボンクレジット取引は、排出量削減に貢献可能に思われる。しかし正確に言うと、その企業の買うクレジットの削減実績が、日本国自体のNDC義務の達成に使えるかどうかにかかってくるのである。

何が国のNDCにカウントできるかについては、パリ協定の第6条が規定しており、昨年のCOP26でガイドラインが明確になった。それによると、削減プロジェクトのホスト国と日本の間で削減の双方での二重計上を避けるための「相当調整(Corresponding Adjustment)」の合意をしたものだけが、NDCに貢献できるとされている。日本の制度ではJCM(Joint Crediting Mechanism)によるクレジットだけが、これに該当する。

ちなみに相当調整という手続きは、複数国にまたがる国際プロジェクトが排出量削減を実現した際に、その削減が関係国でダブルカウントされないために、必要とされる。たとえば日本企業がインドネシア企業と組んで合弁会社を設立し、日本の資金と技術供与で、Nトンの炭素削減ができたとする。その際に、日本とインドネシアの両国が共に全量を計上すると、地球上では合計2Nトンが削減されたことになってしまう。そうならないよう保証するのが、相当調整の制度である。

さて、日本の民間企業はすでにずっと以前から、温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)での報告義務が課されてきた。今後マイナス46%目標が、どのような形で削減義務として乗っかってくるかは、まだ現状決まっていない。ただ、公的目標にせよ自主目標にせよ、企業による我が国のNDC貢献に対する何らかのコミットメントは避けられないだろう。

その際、貢献にカウントできる海外クレジットは、上に述べたとおり、現状JCMだけだと思われる。なぜなら、「パリ協定でNDC達成へのカウントが認められていないクレジットをいくら海外から持ち込んでも、日本政府として負っている日本全体としての削減義務達成の役に立たないから」というのが、わたしの勤務先のエキスパートの見解である。

Shellなどのカーボン・ニュートラルLNGは、JCMクレジットではない、民間の『ボランタリー・クレジット』を利用している。Gold Standard、Verraなどの認証機関のお墨付きは得ていても、「相当調整」は行われていない。ということは、これをいくら買っても、自社のCO2削減にはカウントできない(少なくとも政府への報告書には記載できない)はずなのである。

  • カーボン削減問題解決への道筋

結局、産業界における脱炭素の問題は、お金だけでは解決できないのである。産業界の削減目標は46%ではなく38%減で、そのうち工場外の事業所などの排出もあるだろうから、工場に限ればおそらく30%にはなる。

だが30%相当、約1.4億トンをすべて、公式なカーボンクレジットを買うだけで解決することはできない。排出権価格は、ウクライナ戦争で暴落したとは言え、欧州で1トン60ユーロ前後はする。そのままでは年間1兆円を超えてしまう。これが製造原価を直撃したら、産業界は耐え切れまい。

また、国を頼りにしてもダメだろう。近年の財界はなぜかお国に頼る傾向が強く、最後はお国が税金を出して助けてくれるという感覚があるようだ。だが、こうした問題における国の発想はたいていの場合、「傾斜配分」である。つまり、業界ごとに濃淡をつけて配分する、となる。もっと分かりやすく言えば、「大事な業界とつぶれてもいい業界に分けて対応する」である。国が大事とする業界がどことどこか、それはご想像にお任せしよう。ただ、プラント・エンジニアリング業界がその中に入っていると思うほど、わたし個人は楽観的ではない。

そうなると、道は三つしかない。一つ目は、日本での工場をたたむこと。ただし、海外に工場を移転しても、それはScope-1の削減にしか貢献しない。原料や電力(Scope-2)はどうせ必要だし、売り先をかえない限りサプライチェーン(Scope-3)だって変わらずに残る。だから、業態にもよるがあまり根本的な解決にならない。

二番目の道は、お金と技術と両方をつぎ込んで、実現方法を開拓することである。

まずは、エネルギー源の転換だ。熱エネルギー源を、化石燃料から電力に転換する。電力ならば再エネ由来の電力を購入することができる。あるいは燃料を、燃やしても二酸化炭素の出ない水素やアンモニアに転換する。ただしまだ燃焼技術には改善課題がたくさんある。それが無理なら、せめて炭素排出量が比較的少ない燃料に転換する。石炭から石油製品へ。同じ石油製品なら重油・軽油からガソリン・LPGへ。そして石油から天然ガス・LNGへと転換する。

動力エネルギー源も、燃料を使う内燃機関から、電力によるモータに転換していく。工場で動力源としてよく利用する圧搾空気も、電力で作る。あるいはエネルギー効率を考えて、直接モータ駆動とする。

もちろん省エネも重要だ。すでにどこの企業もそれなりに省エネに取り組んでは来たが、CO2のクレジットコストが高くつくようになれば、もっとヒートポンプなど省エネ設備を導入するようになるだろう。省エネに比べると技術的にはやや遠いが、燃焼後の排ガスからのCO2分離回収(CCS)も有力な方法ではある。

さらに、他国でのエネルギー削減に協力して、相当調整付きのクレジットを持ち帰ることも有用だろう。国際協力である。日本よりも価格効率性の高いCO2削減機会のある国は、いくらでもある。

そして三番目は、複数企業の協力である。単一企業での取組みに限界があるならば、地域内の企業群や、同一業種・取引関係のある企業群などで協力して、相互的なエネルギー需要の調整をする方法も、理論的にはありえる。工場内のエネルギー需要には高低の波があるが、複数企業で相互にリアルタイムに需要を融通し合うのである。むろん、すぐに実現可能だとは言わないが、むしろ相互信頼に重きを置く日本社会にこそ、実現可能性のある方法ではないかと考えている。

いずれにせよ、こうしたことを考えていくためには、2030年に向けた『工場グリーン化のロードマップ』が必要なのである。スマート工場というと、デジタル化とかロボット化のことばかりが語られるが、わたしはグリーン化も同じくらい重要であり、そのためのロードマップが必要だと信じている。そしてこの問題は、経営・財務戦略だけでなく、技術戦略が重要になる。そういう意味で、ふたたび技術屋の出番の時代が回ってきたと思うのである。

<関連エントリ>
 (2022-01-31)

# by Tomoichi_Sato | 2022-05-01 22:48 | ビジネス | Comments(0)

お知らせ:「工場管理」誌のMES解説記事(後半)、および「Re」誌のスマート工場記事公開

お知らせです。

1.月刊誌「工場管理」にMES解説記事を書きました

今週発売の月刊誌「工場管理」5月号(日刊工業新聞社)に、

MESと は何か ~製造業に広がる背景と活用の実態~(下)

と題する記事を執筆しました。 4月号の記事に続く、後半部分になります。MESとは製造実行システム(Manufacturing Execution System)の略で、本社系のERPや生産管理などのIT系と、製造現場の設備やOT系とをつなぐ役割を果たす仕組みです。

後半記事の具体的な内容は以下の通りです。MESに関心を持つ方に、より実践的で役立つ内容と信じております。

・MESの具体例
  ディスクリート系MESとプロセス系MESの、典型的な画面イメージと機能
・製造マネジメントの各業務とMES
  POP, LIMS, PIMS, WMS, CMMSなど、いわゆる製造マネジメント(MOM)領域に属するサブシステム群の解説
・MES とIoT プラットフォームの関係
  工場内のセンサデータを収集し処理するIoT プラットフォームとMESは、どういう関係にあるのか
・MES 導入の実態とは
  (財)エンジ協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」が行ったMES導入実態調査から見えた、最新の導入活用状況

「工場管理」誌は、大手書店で販売しており、日刊工業新聞社のHPからも定期購読可能です。
また、ネットの書店からも購入できます。


2.「Re」誌に執筆したスマート工場の記事を無償公開します

今年はじめ、(財)建築保全センターの機関誌「Re」2022年第1号に、『これからのスマート工場』と題する解説記事を執筆しました。

ただ、この雑誌は通常の書店では手に入れにくいため、版元のご厚意により、記事全文のPDF版を、日揮のスマートファクトリー関連Webサイトで無償公開させていただけることになりました。

これからのスマート工場

 <コンテンツ>
1 はじめに
2 インダストリー4.0とLighthouse工場
3 工場ぐるみの「スマート」とは
4 スマート工場化への先進的取り組み事例
5 スマート工場へのロードマップ
6 工場づくりはアウトソーシングの時代へ
7 むすび

日揮の手掛けた最新の医薬品工場の事例などを紹介しつつ、次世代のスマート工場とはどんな姿かを論じています。ぜひご覧いただければ幸いです。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


# by Tomoichi_Sato | 2022-04-21 15:00 | サプライチェーン | Comments(0)

そのKPIで本当にいいですか?

「君はなかなかのやり手だと思っていたが、君のこの工場が案外、成績が上がらないのはどういうわけだろう?」「・・わからないのです。おどしたり、すかしたり、おだてたり、あらゆる手段を講じていますが、工員たちはさっぱり働いてくれません。」

ちょうど昼勤組と夜勤組が交代する時間だった。経営者は工場長を連れて現場にいき、工員の1人をつかまえてたずねた。「君の組は、今日、何回鋳物を鋳込んだ?」「6回です」

経営者は何も言わずに、床の上に大きな字で「6」とだけチョークで書いて、出ていった。夜勤組が入ってきて、字の意味をたずねた。「ボスが工場にやってきて、今日、何回鋳物を鋳込んだかと聞いたので、6回と答えたんだ。」

その経営者は翌朝また工場にやってきた。夜勤組が6を消して、大きな字で7と書いてあった。昼勤組が出てくると、床の上に7と書いてあるので、対抗意識を燃え上がらせ、退勤時には10と書き残した。こうしてこの工場の能率はぐんぐん上がり、やがて他の工場がして生産率第1位を占めるに至った・・

経営者の名前は、チャールズ・シュワブ。ずいぶん昔に読んだ、D・カーネギー著「人を動かすで紹介されているエピソードだ。

仕事のパフォーマンスを、何らかの方法で測定して、その値で人を競わせる。こうした方法は、広く用いられている。現代は目標管理と成果主義の時代だ。目標値を個人や組織が自ら設定して、それを達成するように頑張る。この時に使う目標値の物差しを、KPI (Key performance index)と呼ぶ。

最近ではこうした目標値も、最上位のものと、それを構成する中間的なものに階層化し、最上位のものをKGI (Key goal index)と呼んだりする。だが本記事では、両者をまとめてKPIと呼ぶことにしよう。

サラリーマンとは、サラリー(給料)をもらって生活している人種の呼び名である。そのサラリーやボーナスは、多くの場合、業績目標のKPIに紐付いて評価される。(サラリーマンなる言葉は、昭和的な響きがあって古臭く感じられるため、ビジネスパーソンと自称する人も多いだろう。だがビジネスという言葉を使うと、官庁や非営利団体に働いている人が除外されてしまうので、ここではあえて古い言葉を用いた)

繰り返すが、組織や人は、自分たちが高く評価されるよう、モノサシの尺度に合わせて行動する。これが、KPIで互いに競争させる、『KPI経営』の原理である。最初に挙げたシュワブの例が、まさにそれだ。KPI経営は広く行われている。

さて、ここからが本題だ。そのKPIは、誰がどう選んで、決めるのか。

わかりやすい例として、営業部門を取り上げてみよう。多くの企業では、受注高ないし売上高を、営業部門のKPIとしている。小売業やサービス業では、受注・即・売上げだから、この二つのモノサシは同じである。

製造業や建設業では、注文を受けてから、納品して売り上げるまでに時間がかかるので、営業部門のKPIとして売上でなく受注高を選ぶところがも多い。

昭和の高度成長期、ある意味、ビジネスは単純であった。貧しい時代を過ぎて、人々の生活が向上していくので、基本は物不足であり、商品は作れば売れた。この時代の論理は、薄利多売である。なるべく大量の商品を売ることで、コストを下げ、市場シェアを上げて、ビジネスを成長させる。もちろん利潤も大事だが、まずは規模の拡大だ。だから売上高が営業部門のKPIとなることには必然性があった。

ところで物不足時代の営業にとって、足を引っ張る要因が一つあった。それは商品の欠品である。陳列棚にお目当ての商品がなければ、消費者は買うのを諦めるか、別の商品を買っていってしまう。流通在庫の欠品は、売り損ない、すなわち販売機会損失を意味する。したがって、これはぜひとも防がねばならない。

欠品率の逆の指標を、流通の世界で「サービス率」と呼ぶ。サービス率とは、100%から欠品率を引いたものである。 10回に一回、欠品が起こる状況だったら欠品率は10%、サービス率は90%と言うことになる。営業部門はサービス率をなるべく100%に近づけるよう、工場に生産を依頼したり、仕入れを行うことが求められた。

工場ではどうか。物不足だったこの時代、基本的な生産形態は、「見込生産」である。英語では Make to stock = MTS と呼ぶ。それも少品種大量生産である。

薄利多売の論理で会社全体が動いているから、工場も、大量・高速の生産ラインを持つほど、コストダウンが図れる、と考える。そうした生産ラインを構成する高価な製造設備は、稼働率を最大限に高めるべきである。ものを作っていても設備を遊ばせていても、減価償却費は同じようにかかるのだから、ものを作るべきである。作れば必ず売れるのだ。

なおかつ工場は、省人化を図り、労務費を極力抑えることが望ましい。また材料費についても、大量仕入れによって単価を下げるべきである。かくして大量生産がコストダウンにつながっていく。

まとめると、営業部門は「売上高」「サービス率」で、工場は「コスト」「稼働率」で、KPI管理すべきである、ということになる。

さて、昭和の高度成長時代が終わってからすでに30年以上が過ぎた。この間、世の中はどう変わったか。

まず、競合相手が増え、物不足からモノ余り時代に変わった。言い方を変えれば、「プロダクト・アウト」から「マーケット・イン」の時代に変わったのである。作れば売れる時代は、終わった。企業はやむなく、差別化を求めて、新製品を次々投入することになった。あるいは、製品のオプションを増やすことで対応した。

もう一つ、過去30年を象徴する変化がある。それは、生産と販売の力関係、あるいは製造業と販売チャネルの力関係が、逆転したことである。

物不足時代には、ものを作る能力、すなわち生産側が力を持っていた。工場がものを作らない限り、営業部門は商品を得ることができない。ところが技術が成熟してくると、同等の商品を供給できる仕入れ先は国内にも海外にもたくさん出てくる。

むしろ市場での競争が激化しているために、受注販売の方が難しくなってきた。組織内では、難易度の高い、リスクの大きい仕事を成功させる部門の方が、大きい発言権を持つことができる。結果として、生産部門と営業部門の間の、発言力の逆転現象が起きたのだ。

この現象を象徴するのが、子会社の地位である。かつては、「販社」が子会社だった。今は、工場が「製造子会社」化される時代である。

また流通側のチェーンストアが、力を持つようになった。

昭和時代を生きた方は記憶にあるだろうが、全国どこの街にも、小さな電気屋さんがあって、そこはナショナルや東芝やサンヨーといった、電機メーカーの販売代理店になっていた。店頭ではメーカーの家電製品を売り、またその設置工事や修理サービスを受け持っていた。人々が最寄りの電気屋で家電製品を買い、家まで運んで設置してもらうのが普通だった。

今は、そういうことをする人はずっと減ってしまった。ほとんどの消費者は、○○カメラなど大手流通チェーンの店舗に行って、パナソニックやシャープやハイアールなどの異なるメーカーの商品を見比べて、選んで買って帰る。あるいはネットで安い量販店に注文する。

似たような変化は、家電以外にも、化粧品・トイレタリーでも、家庭用医薬品でも、食品でも、ほとんどありとあらゆる業界に起きている。流通販売側で力を持つのは、コンビニやチェーンストアなどである。

そうした大手流通チェーンは、流通在庫を削減し、変動する消費者動向(=需要情報)に即応できるよう、メーカーに短納期を要求するようになった。その結果、現在では、かなりの業種が「受注生産」の形態になっている。

それなのに、製造業の側はいまだに、社内ルールも、評価のモノサシも、古い見込生産時代のままになってるのではないか。貴方の会社では相変わらず、営業部門は受注高で、製造部門はコストと稼働率で、KPIを設定していないだろうか?

考えても見てほしい。受注生産では、作る量は顧客から与えられるのだから、工場が頑張って稼働率をアップすることはできないはずである。稼働率は受注量の従属変数なのだ。それなのに、どうしても稼働率を上げてコストダウンを図ろうとするなら、売れるかどうかわからない商品や中間部品を、作りだめするしかあるまい。それが本当に望ましいことなのか。

そもそもコストダウンに邁進すると言うのは、差別化されていない商品を、相も変わらず作っていることの表れではないのか。

また、かりに差別化を求めて、商品の多品種化を進めてきたのだとしたら、本当に売上高だけで営業を評価して良いのだろうか。もしも単価が同じ1万円ならば、1品種の製品を100個受注するのも、10品種の製品を10個ずつ受注するのも、同じ100万円の売上になる。だが、工場の性質から考えて、1品種の製品を100個作るよりも、10品種の製品を10個ずつ切り替えて作る方が、明らかにコストアップである。その多品種のコストは、一体どこの部門がマネージしているのだろうか。

大量生産時代のマインドセットのまま受注生産を行おうとすることが、今日の日本の製造業における問題の根底にある。そのマインドセットを決めているのは、固定されたKPIである。さらに言うなら、縦割りにした部門ごとに、KPIを与えて競わせれば、全社のパフォーマンスが自動的に上がるはずだと思う、経営思想の古臭さである。

この問題を、わたしは20年以上も前に、「特別な我が社という記事で指摘した。以来、機会があるごとに、講演などでも繰り返し指摘してきたつもりだ。だがあまりにも力不足で、世の中はほとんど変わっていないように見える。

それは結局、KPI=モノサシの持つ力の強さを表しているらしい。私たちの文化は、真面目で、かつ素直な文化だ。学校教育では、国語や算数の点数を上げることを、まず教えられ、期待される。ほとんどの子は真面目に、それに従う。試験の点数というモノサシ=KPIに対する疑問は、あまり入り込む余地がない。わたしのように、中学生の分際で、「こんな英語教育に果たして意味はあるのか」などと生意気にも考えた子どもは、例外中の例外なのだろう。

幸か不幸か、学校英語の成績はそれなりに良かったので、受験ではそれほど苦労しなかった。だがあてがわれたモノサシに対する違和感は、ずっと持って生きている。

冒頭にあげたシュワブのエピソードは、カーネギー「人を動かす」の第三部「人を説得する12原則」に出てくる。だが実は、最後の12番目の原則として紹介されているのだ。その前には、「議論を避ける」「誤りを指摘しない」「思いつかせる」「同情を持つ」などの原則が並ぶ。

人を動かし、人のモチベーションを上げる方法は様々にある。 KPIと言うニンジンで人を駆り立てる方法は、その末位の1つなのである。そのニンジンをぶら下げる棒の方向を、どちらに向けるかによって、人々は右にも行くし、左にも行く。いや、きりきり舞いしてその場にずっと留まることだって起きるのである。それはKPIについて、世の変化とビジネスの方向性に合わせて、考え直すことを怠った結果なのである。


<関連エントリ>
特別な我が社 (2001-02-03)
再び、モノサシを疑え (2021-11-17)

# by Tomoichi_Sato | 2022-04-16 23:15 | ビジネス | Comments(0)