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モダンPMへの誘い 〜 EVMSというツールの「使用上の注意」

さて。すでに数回に渡り、Earned Value Management Systemについて書いてきたので、読者の皆さんも、そろそろ飽きてきた頃かもしれない(笑)。

でも本当は、これから以下に書くことを述べたいがために、その前説としてEVMSの基礎について解説してきたのである。ということで、あと1回だけおつきあい願いたい。

すでに述べたように、EVMSはロジカルで素晴らしい、プロジェクト・コントロールの手法である。ただ、現実に適用するには、重大な課題をかかえているとも思える。課題は、わたしの見るところ、大きく三つある。

まず第一に、予算 Budget が明確なプロジェクトでなければ利用できないことである。これは自明だと思う。スコープが契約で明確に規定された『XX構築プロジェクト』を、一括請負で率いているときは、EVに何の曇りもない。

しかし、あなたが仮に某化学会社の研究所で、これから何年かかるか判らない新型アンモニア合成プロセスの開発プロジェクトをやっているとしたら、どうだろう?。あるいは、本社で『意識改革プロジェクト』なる漠然としたテーマを、総務本部長から与えられたら、どうするか?

世の中の多くのプロジェクトは、最初はスコープを定義するフェーズからスタートする。そして、このフェーズだけで数ヶ月とか、ときには1年以上もかかる。エンジ会社だとかSIerといった業種は、すでにスコープがかなり確定したプロジェクトをビジネスの対象としているが、その前の、もやもやした段階は、顧客(プロジェクトの投資主体)がさばいているのだ。

そして、このスコープ定義の間はずっと、EVMSは進捗報告において、無力である。だって、どこまで行ったら終わりか、よくわからないのだから。

第二の問題点は外部調達コストに関わる点で、もう少しやっかいかもしれない。前回記事『モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか』でも論じたとおり、実績コストACの計上タイミングを、どこに設定すべきか、という問題だ。コスト発生には、発注時・請求時・支払時の3種類がある。これを費目・WBSごとに個別にバラバラに選んでいたら、計画と実績の対比に意味がなくなってしまう。であるから、できれば統一した基準を決めたい。

そしてハードの購入や一括発注などでは、発注書(PO)を切ったら、もう予算上ではかなり確定である。1億の予算で、8千万のPOを切ったら、あとは2千万しか自由に使える残りはない。だとしたら、予算管理の観点からは、極力早めのタイミングで出費をつかまえるのが、良いように思える。

ところが、実は発注書を切ったあとで、しばしば追加変更とAmendが出る。そんな、生煮えの状態でACを計上すべきなのか? そもそも、調達(ベンダーの製造)というアクティビティはまだ始まったばかりじゃないのか。アクティビティが完了したらEV/ACを計上するって、最初の方の回で書いていたはずだぞ。

その通りである。これは、一括発注で何かを調達する際に出てくる悩みだ。そこで発注時に出費を計上する場合、ETCの変化を予測するツールを別に作って、コントロールして行く必要がでてくるのだ。でも、だとするとEVMSは補足ツールがいるということではないか。

第3の課題は、さらに深刻だ。EVMSでは、全てのアクティビティにコストを配布して積算する。その結果、クリティカル・パス上に乗っているアクティビティも、そうでない雑多なアクティビティも、すべてコスト配分の重みで評価される。

したがって、クリティカル・パスが遅れていても、他の多数のタスクが予定よりも進行していれば、プロジェクト全体は滞りなく進んでいるかのように見えるのである。プロジェクト全体は遅れているのに、どうでもいいアクティビティだけを急がせて、進捗率を稼ぐことができてしまう・・・

EVMSを使う人は、これら問題点を十分理解した上で、賢明な使用法をされるよう望みたい。


<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか」 https://brevis.exblog.jp/30869005/ (2024/3/25)


# by Tomoichi_Sato | 2024-04-07 23:10 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

新刊のお知らせ:『ITって、何?』電子書籍がAmazonから発売されます

久しぶりの著書発刊のお知らせです。拙著『ITって、何?』 がAmazonから発売されます。電子書籍版は定価99円(Kindle Unlimitedならば無料)で、とてもお得です。

内容は文字通り、ITの入門書で、わたしの好きな対話形式による解説になっています。郷里に向かって車を運転中のITエンジニア(男性)が、助手席の翻訳業の女性に向かって、ITというものの本質は何なのか、どういうインパクトを社会に持ちうるのかを説明します。

対話は「20の扉」風のQ&Aで構成していて、助手席の女性が質問し、運転席のエンジニアが回答するのですが、ただし「○○って何?」(What is ...?)という質問だけは受け付けない、というルールになっています。

Whatの質問をすると、何か道具のメカニズムの説明になりがちです。しかしメカニズムの説明では、ITの本質への洞察は滑り落ちてしまうからです。エンジンの機械工学的な説明をいくら積み重ねても、馬車と機関車の時代に自動車が現れた意義とインパクトは理解できないように。

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実際の20の質問は以下のようになっています:

  • 疑問のはじまり

  • 第01の扉 どうして、誰もITって何かをちゃんと説明してくれないの?
  • 第02の扉 ITを理解している人を見分けるにはどうしたらいいの?
  • 第03の扉 情報技術という言葉はどこからきたの?
  • 第04の扉 定型と非定型はどこがちがうの?
  • 第05の扉 全角と半角は何がちがうの?
  • 第06の扉 バーコードには何のデータが入っているの?
  • 第07の扉 POSレジは何のデータを集めているの?
  • 第08の扉 コンピュータ抜きでもITって可能なの?
  • 第09の扉 IT屋さんは実際の物事をどうデータに翻訳するの?
  • 第10の扉 データの世界に文法ってあるの?

  • インターチェンジ『データをデザインする方法』

  • 第11の扉 インターネットはなぜタダなの?
  • 第12の扉 ホームページはデータベースの親戚なの?
  • 第13の扉 情報の値段ってどうやって決まるの?
  • 第14の扉 システムの値段は誰が決めるの?
  • 第15の扉 システムの値打ちは何で決まるの?
  • 第16の扉 ITビジネスの成長のパターンってどうなっているの?
  • 第17の扉 IT業界で成功する秘訣はあるの?
  • 第18の扉 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?
  • 第19の扉 私でもネットにお店を開けるかしら?
  • 第20の扉 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?

上の問いにすべて自信を持って答えられる方は、本書をお読みになるには及びません(笑)。しかし、一つでも疑問を感じられたら、良ければ本書を手に取って見てください。 少なくとも、Amazonの試し読みで、目次と最初の対話の章だけでも、読んでいただけると幸いです。

ITの解説書ですが、あえてプログラム言語のことは何も触れていません。それもこの本の特徴の一つだと思います。その代わり、データモデルのE-R図の初歩は出てきます。IT専門家になるにはプログラム言語の習得が必須ですが、ユーザとしてITを「ちゃんと理解したい」(助手席の女性の言葉)ためには、むしろデータ構造の認識の方が、はるかに重要ですから。

なお「新刊」と書きましたが、この対話編はじつは(本サイトの昔からの読者の方はとっくにお察しの通り)わたしが2002年に書いた文章の編集採録です。わたしの以前からの友人で、研究部会仲間である未来生活研究所の代表取締役・串田悠彰さんが、弓削商船高等専門学校でITに関する講義を持たれる際の副読本として、電子書籍の形で編集してくださったのです。スマホでも読みやすいよう、編集上の工夫が加えられているのも良い点です。

ちなみに最初は高専の副読本のため、無償配布を考えたのですが、Amazonの規約のために制限があり、最低限の値段をつけることになりました。原文は今も、本サイトから無料で読めますが、電子書籍版の方が自分でも読みやすいです。なお、紙の製本版もオンデマンド出版で入手可能ですが、1,650円します。マニアのコレクターズ・アイテムと思ってご購入ください(苦笑)

20年以上の前の本で、中に出てくる単語も古いものがあります(スマホ以前の時代で、かわりにi-modeという言葉がちょっとだけ登場します)。しかし、内容を改めて読み直しましたが、ほとんど書き直す必要を感じませんでした。それは、ITの本質があまり変わっていないからです。それは、スマホや、クラウドや、生成AIといった道具立てが次々に登場しても、あまり変化していません。

その変化しない本質とは何か? それを知りたい方は、どうかぜひ、本書をご覧ください。




# by Tomoichi_Sato | 2024-03-30 19:18 | ITって、何? | Comments(0)

モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか

前回の記事『モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS』 (2024-02-25)では、「コストとスケジュールのコントロールの主要目的とはプロジェクトの着地点予測である」と書いた。つまり、あなたのプロジェクトはいつ終わるのか、完了時点ではトータルでいくらの費用を使うことになるのか、を予測することが眼目だ。その計算では、現時点での出来高EVと、これまで使った実績出費ACとの比率を表す、Cost Performance Index (CPI = EV / AC)などの指標が重要になる訳である。

ところで、ここで1つ重要な問題を考えなければならない。それは費用を認識し、計上するタイミングの問題である。ここを間違えると、出来高と実績を比較したり、CPI等の指標を計算することに、意味がなくなってしまうからだ。

例をあげよう。たとえば、何らかのマシンを、外部の業者から購入する場合を考える。あなたは機械のスペック(仕様)を決め、見積をとり、価格を交渉し、発注する。そして納期になると、業者は機械を納入すると同時に、請求書を提出してくるはずだ。請求書を受け取ったら、あなたは書類をチェックして経理部門に回し、経理部門はさらに支払口座等をチェックした上で、おそらく月締めのタイミングに、業者に対して支払いを行うことになるだろう。

機械の納期を、仮に3ヶ月としようか。 あなたは1月10日に機械購入の発注書を切る。4月10日になると機械が納入され、その日付で請求書が回ってくる。経理部門がその業者に実際の支払いをするのは、翌5月20日である(手形払い等の場合は、もっとタイミングが遅くなる)。 この時に費用を計上するのは、1月10日なのか、4月10日なのか、5月20日なのか?

言い換えると、外部に対して費用が発生するタイミングは、一般に以下の3種類が存在することになる:

  • 発注の時点(Commit)
  • 請求の時点(Incur)
  • 支払いの時点(Payment)

発注と請求と支払いのタイミングには、 通常ずれがある。ではEVMSで計上し、集計すべきなのは一体いつのタイミングなのか。いいかえると、プロジェクト出費のSカーブを描くとき、どのタイミングを基点とするかによって、3種類のSカーブがあり得るということだ。

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ただし、外部に対する出費がすべて、この3つのタイミングを持っているとは限らない。一番良い例は電車賃だ。電車に乗ってから請求書をもらって、切符代を支払う人などいない。鉄道会社は普通の乗客に対して、そんな面倒な事は許容しない。つまり、交通費と言う費目は基本的に、支払いの時点でしか、認識しようがないのだ。

もう一つ、別の例を考えよう。社内人件費のベースとなるタイムシートである。きちんとプロジェクト制度が敷かれている企業においては、タイムシートも、プロジェクトごとに区別して、集計されるようにできているはずだ。ただ、その集計を、日単位で行う企業は少ない。多くは月単位か、良くても週単位だろう。

プロマネであるあなたのもとに、タイムシートの集計表が回ってくる。それは前月の自分のプロジェクトで消費された社内の時間数を示し、さらに標準単価をかけた金額も、ついてくるかもしれない。この数字は、あなたからの発注でもなければ、働いた人たちからの請求でもない。実際の支払い発生額を示しているのだ。

「いや、まだ実際の給料の振り込みはしていないのだから、これは支払いではなく請求だ」、とあなたは考えるかもしれない。なるほど。

しかしよく考えてみて欲しい。会社と従業員個人の間の支払いについてはそうかもしれないが、あなたのプロジェクトが個人に給与を直接支払う訳ではない。それに厳密に言うと、個人個人で時間単価は少しずつ異なる。なので普通は、会社の決めた標準時間単価を通じて、会社がプロジェクトに費用をチャージするのだ。つまり、プロジェクトと会社の関係では、すでにこれは請求ではなく、支払いと同義なのだ。

では、面倒だから、全部の出費項目は、発注時でも請求時でもなく、支払いのタイミングで集計することにすれば良いではないか。そう考えるかもしれない。だが、本当にそれで良いのか?

あなたが例えばプロジェクトの計画時点で、ハードウェア関連の予算として1千万円を、実行予算表に想定したとしよう。さて、あなたは主要なマシンについて、7百万円の発注書を、業者Xに対して切ったばかりだ。でもプロジェクトがこの費用をEVMSに計上するのは、納品研修後の支払い時点だから、現時点ではまだ実績出費 AC = 0である。

見かけ上、まだ予算は全額残っているように見える。しかしあなたが実際に自由に使えるのは、残る3百万円でしかないのだ。この3百万円という数値は、EVMSの集計表のどこを見れば分かるのか?

社内人件費や、単価を決めた外注作業費のように、全体総額がいくらになるのか、最初の時点で予測がつきにくい品目は、実際の発生時点(請求ないし支払い)で捉えていくしかない。しかし資機材の購入費のように、発注時点で金額がほぼ確定してしまうものは、なるべく発注時点で捉えたい。

このようにEVMSでは、出費の性格に応じて、計上のタイミングを標準的に決めていく必要がある。

そして言うまでもなく、計画PVと実績ACと出来高EVは、同じ種別の品目については、同じタイミングで計上し、比較しなくては意味がない。教科書で読むEVMSの理屈はわかりやすいが、この手法を現実に適用していくためには、こうした実務的な目配りが必要なのである。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2024-03-25 21:32 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ2点:Rockwell Automationのセミナー講演と、拙著『革新的生産スケジューリング入門』朗読配信

お知らせです。

1点目は、講演のお知らせです。来る4月16日と19日に、ロックウェル・オートメーションさんのプライベート・セミナーに登壇します(無償です)。本セミナーは「再生医療製造業向けDX」というテーマ設定のため、ある程度限定された業種向けのイベントですが、わたしはMES/MOMの標準機能と将来像について、あえて医薬品だけには限らぬトピックのお話をする予定です。

最近、わたしが幹事を務める(財)エンジニアリング協会の「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」では、MES/MOMの新しい標準機能の再定義を進めています。ご存じかもしれませんが、MES分野では「標準11機能」と呼ばれるものが、しばしば引用されます。しかし、これは米国の団体が90年代に制定したもので、日本の製造現場の現実には合いにくく、分かりにくいものになっています。これをベースにRFP等を作られると、受け取ったMESベンダーは頭を抱える、という状況です。

そこで研究会の有志が集まって、日本に多いディスクリート系の工場をイメージしながら、新しい標準機能を再定義しようと動いています(ロックウェルさんもその一員です)。成果は近いうちに公表できる予定ですが、講演では本活動を参照しつつ、液モノを扱うが個別性の高い、再生医療系の製造にも通じるような、MESのあり方を考察してみます。

ちなみに医薬品・ライフサイエンス業界で講演する際には、いつも申し上げていることですが、わたしは当分野のプロではありません。勤務先の日揮は過去40年以上にわたり、様々な医薬品工場や研究所・病院を設計し、製造設備を納入し、建設工事を行ってきました。ですが、わたし自身が医薬品工場建設に関わったのは1件のみ、それも10年以上前のことです。とうてい、その道の専門家とは言えません。

ただ、いわゆる製造業のDX(その意味は様々でしょうが、ここでは『情報化』とざっくり捉えておきます)を考える際には、やはりMES(製造実行システム)の導入を外すことはできません。「スマート・ファクトリーとはMESを活用する工場である」 という記事でも述べたとおり、MESを中核とした情報の統合は、これからのスマート製造に必須の取組みです。

とはいえ、一口にMESやMOM(製造オペレーション・マネジメント)システムといっても、その様態は様々です。医薬品工場向け、半導体工場向け、化学工場向け、といった業種の違いもあるでしょう。またMES/MOMの主目的が、製造作業の記録や適正さの保証にあるのか、それとも動的な工程順序のコントロールにあるのか、膨大なセンサーデータの要約と変調検知にあるのか、などユーザに提供する価値も異なります。

しかし情報化ではもう一点、あまり気づかれていない違いがあります。それは自社の製造業務が、「個別性の高い」ものか「繰返し性の高い」ものなのか、の違いです。これは従来、「多品種少量生産か大量生産か」という言い方でくくられてきた観点ですし、「じつは変種変量生産なんです」といえば、気が利いた答えのはずだ、と勘違いしているコンサルも、よく見かけます。

しかし、ここではあえて「個別性」とその罠について、とりあげて論じてみたいと思っています。日本の製造業のPDCA文化は、もっぱら「繰返し性」の上で育ち、花開いてきました。繰返しで検証できるから、Check-Actionが効くのです。

でも、だからこそ、顧客仕様が次第に個別化していくことに、皆が手を焼いているのではないでしょうか。そして再生医療、とくに自家細胞療法などは、『究極の個別製造』です。わたし達は、この個別化の波に、果たして組織ぐるみで気づいて対応できているでしょうか?
 
こうした問題を、ぜひ皆さんと一緒に考えてみたいと思います。ご興味のある方のご来聴をお待ちしております。
<記>

Rockwell Automation Japan【再生医療製造業向けDXセミナー】
 ~製造実行管理システムのあるべき姿と米国再生医療基幹システム導入事例のご紹介~

佐藤の演題:『MES/MOMの標準機能と将来像 ~ 個別性の高い製造をスマート化するために

 日時:
 東京 2024年4月16日 (火)、 大阪 2024年4月19日 (金)、
  いずれも時間は14:00~17:00 (受付開始13:40)
(なお、あらかじめお断りしておきますが、都合により東京での講演は事前録画でお送りします。大阪は登壇いたします)

 費用:無料

 申込先:


◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇

もう一点、お知らせです。

以前もこのサイトでご案内しましたが、佐藤知一・著『革新的生産スケジューリング入門』の朗読を、YouTubeで希望者に配信しています。

本書は2000年に(株)日本能率協会マネジメントセンターから刊行され、合計1万部近くが出ましたが、さすがに何年も前から版元品切れ状態となっています。なんとか入手できないか、との問い合わせをときどきいただきますが、版面権はまだ出版社が持っており、著者とはいえ勝手にPDF化して配布したりすることはできません。

そこで解決策として、著者自身のナレーションによる朗読(図表つき)のビデオを作成し、希望者に配信することにしたものです。約10分程度の長さの動画ファイル単位にまとめ、YouTubeにアップしていますが、権利関係上、限定URLとしてアクセスを制限しています。このURLは、当サイトの購読メーリングリストの読者の方だけに、メールで順次、配信しています(サイトには公表していません)。

朗読の動画は手作りなので、これまで大体、月に3本程度のペースで作成・配信してきました。今月で6回目になります。今回からは、いよいよ第3章の「生産スケジューリング(1)〜古典理論とMRP」に入ります。自分で言うのもなんですが、なかなか面白く書けていると思っています(笑)

朗読ビデオを見たい方は、下記の購読メーリングリストにご登録ください(本MLはBenchmark Emailのサービスを利用しています)

以上、よろしくお願いいたします。

佐藤知一

# by Tomoichi_Sato | 2024-03-18 19:39 | サプライチェーン | Comments(0)

トヨタ生産方式における平準化の意味と意義

前回の記事では、大手メーカーが部品在庫調整を行うことで、部品メーカー等のサプライヤーに対し平準化した安定生産を実現する方が、日本の産業界全体にとって有益であると書いた。そして、従来のいわゆる「JIT納品」による調達方式は、中堅中小のサプライヤーの生産性を阻害し、余計な納期調整にその能力を消耗させている、と批判した。

それでは、この点について、本家トヨタはどう考えているのだろうか。 トヨタ自動車こそ、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の 発明者であり、納入する部品メーカーに対して、時刻指定の納入を義務づけてきたのではないか。その結果、あれほどの利益を生むのであるならば、そのベスト・プラクティスを、他社も見習って採用すべきではないのか。

この点について、本サイトではずっと以前に、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 と言う記事を書いた。 また「 中小企業診断協会生産革新フォーラム」の仲間と一緒に書いた、『“JIT生産”を 卒業するための本〜 トヨタの真似だけでは儲からない』 でも、トヨタ生産方式(Toyota Production SYste = TPS)には、成立の前提条件があるため、違った条件下にある会社が、全く同じやり方を真似するのは意味がない、と説明した。

しかし、トヨタ自動車は相変わらず、日本の製造業のリーディングカンパニーで、世の中にはトヨタのやり方を解説し、どう真似たらいいか、に関する本が、数多く出版されている。あいにくトヨタという会社自身は、寡黙であって、自分たちのやり方について、あまり多くを語りたがらない傾向がある。

しかもトヨタ生産方式は、「システム」と名乗るだけあって、かなり大きな体系である。なので、巨象の全体を知らぬまま、その一部分だけを撫でたような解説がはびこりがちになる。
もちろん、大野耐一著「トヨタ生産方式」 という名著はあるが、 50年近く前の本で、技術的にもあまり細かな点は書かれていない。たまたま、わたし自身はかつて、トヨタの技監(技術の最高責任者、通常の会社のCTO = Chief Technology Officerに相当する)であった、銀屋洋氏の謦咳に接する機会が何度かあり、そこで「平準化はトヨタ生産方式の根幹である」というお話も伺ったことがある。だが銀屋氏もあまり書いたものを出されていない。

そこで、ここでは小谷重徳・著「理論から手法まできちんとわかる トヨタ生産方式」 で勉強することにしよう。著者の小谷重徳氏は元々、トヨタ自動車の技術や生産管理、情報システム部門等を経験した後、生産計画に関連した研究で博士号をとって、首都大学東京の教授に転じた方だ。

その第5章5.1節「かんばん方式を支える平準化生産」は、このような文章で始まる(以下引用)。

「平準化生産」はトヨタ生産方式の前提条件であるが、この節ではかんばん方式との関連を中心に解説することにする。

 一般に、仕事量が変動するより安定している方が望ましいのはいうまでもないであろう。 例えば、生産ラインの日当り生産量が毎日大きく変動する場合、この生産ラインの管理者は日当り生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する。 また、日当り生産量が少なく定時までの稼動ができない場合は、ラインを遊ばすよりは翌日の分を造った方が良いと考え、当日の生産計画以上に造ることになる。これはトヨタ生産方式で最も悪いと考えている「造り過ぎのムダ」となる。
(同書P.108、引用終わり)

そして、部品製造ラインと組立ラインを例にとって、平準化の意義について説明が続くのだが、その前に理解しておくべきことがある。それはトヨタ自動車の乗用車における生産形態、言い換えるなら生産のビジネスモデルが、基本的にATO(Assemble to order=受注組立生産)になっている、ということである。

ATO=受注組立生産とは何か。それはカップリング・ポイント(主たるストック在庫ポイント)を組立工程の直前に置き、確定受注を受けたら、そのオーダーに必要な中間部品等を組み立て、検査して出荷する方式である。

図を見て欲しい。トヨタでは車両の完成日の2日前に、ボディー組立ラインの先頭に、順序計画に従った製造指示を出す。このとき、「車両の組立ラインは、どの仕様の車両もいつでも生産できるように、すべての部品について一定量の在庫を持っている」(同書P. 120)。 すなわち、そこにカップリング・ポイントを置いている。

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カップリング・ポイントの下流側にあたる組立工程では、全て確定したオーダーと個別仕様によって生産指示が与えられる。つまり1台1台の車が、どの顧客向けの、どのようなオプションの車両かが、決まっている。そしてこれをどのような順序で作るか、すなわち「順序計画」 が非常に重要となる。

他方、上流側は、需要予測に基づく生産になる。トヨタは上流側すなわち部品製造工程を、基本的に「かんばん方式」と言う名前のプル型指示によって動かしていく。各工程に対する指示はプル型だが、全体としては予測に基づく計画生産である点に注意してほしい。 そして部品製造ラインの出発点に位置する、原材料・部品の納入も、 計画に基づく予測数量を先行内示としてサプライヤーに示した上で、具体的な納入タイミングと数量は、かんばんで調節するやり方を取る。

こうした構造を頭に入れた上で、平準化生産に関する小谷氏の解説を読もう。少し長いが引用する。
かんばん方式の場合、確定生産計画が安定していれば良いのであろうか。この点はかんばん方式を適切に運用するうえで非常に重要なポイントなので、例を用いて検討してみよう。


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(中略)図では、部品aのラインと部品 bのラインがある。 組付ラインは部品aを用いて製品 Aを、部品b を用いて製品Bをそれぞれ組み付ける。この場合、
 稼働時間=480分、製品Aの生産量=320個、製品Bの生産量=160個
とすると、
 組付ラインのタクトタイム=480 ÷ (320 + 160)=1(分/個)
 部品ライン aのタクトタイム=480320 = 1.5 (分/個)
 部品ラインbのタクトタイム= 480÷160=3 (分/個)
となる。

組付ラインが製品Aを320個連続して生産した後、 製品Bを160個連続して生産すると、 部品aは最初の320分間は1分ごとに1個使用されることになる。部品ラインaのタクトタイムは1.5分/個なので、部品ラインαの生産と製品ラインの部品aの使用は同期化が取れないことになる。 部品bについても同様である。このように生産や使用に関する速度の同期化がとれないと、部品在庫を多く持って対応する必要がある。 (中略)

製品AとBの生産量の比は、320: 160 = 2:1 であるので、製品ラインがA.B.A, A,B,A,・・・と A,B,Aの順序で繰り返し生産すると、部品aは3分に2個、 部品bは3分に1個それぞれ使用されるので、部品ラインのそれぞれのタクトタイムと同じになり、 部品ラインと組付ラインにおいて生産速度の同期化ができることになる。
(同書P.109-110、引用終わり)


このようにトヨタ生産方式では、確定受注に応じた順序計画を作成するにあたって、1日の中で部品引き取りのペースが一定になるよう、製品品種を均等に配分していく。

そしてこれは1日の中の調整にとどまらない。トヨタは月度計画で動く会社だから、 1ヵ月の生産計画の中も、部品の引き取りペースが均等になるように品種を配分していく。これが「平準化生産」である。

上の例では製品が2種類だったから、計算も簡単だが、実際には複数の製品と、非常に多種類の部品がぶら下がるBOMになっている。その条件下で部品レベルまで平準化した品種の配分を決めるには、計算機の助けを借りなければならない。実は小谷氏の学位論文の柱の一つは、この最適化計算ロジックにある(だが、トヨタが生産計画において、コンピュータを用いた高度な最適化計算をしているなどと言う話を、知っている人はほとんどいない)。

さて、月内はそのような形で、品種・数量を平準化するわけだが、では、月単位に生産数量が大幅にぶれても良いのだろうか。1月は1,000台、2月は2500台、3月は800台、というふうに。

もちろん、良い訳がない。上にあげた「生産量が大きく変動する場合、管理者は生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する」 という言葉を思い出してほしい。年間であっても、生産量の大きな変動は望ましくないことがわかる。

つまり「平準化生産」とは、日内も、月内も、年内も、 できる限り、部品の生産量が一定になるようなプランニングを要求するのである。逆に言うならば、月間でも年間でも大きな需要変動があるのに、部品サプライヤーにジャスト・イン・タイムの納品を要求する調達方式は、はっきり言って、リスクを下請けに押し付けているだけだ、と言える。少なくとも、トヨタ生産方式とは別物である。

もっとも、トヨタがこうした生産方式を実現できたのは、自動車が季節性の商品ではない、との事実があるからである。前述のトヨタ技監・銀屋氏は、ある大手空調機メーカーの依頼で生産改善に取り組んだとき、あらためてそのことを実感されたのだという。

そしてもちろん、いくら季節性の小さい商品だからといっても、月間や年間に同じようなペースで安定生産できるのは、販売側がそのために大きな営業努力を払っているからである。「 顧客が求めるものを忠実に売る」のではなく、「工場が安く作れるように売る」ことが、 トヨタ系の営業マンには求められるのだ。

そして自動車会社が自社の系列でディーラー網を握っていると言う体制が、これを可能にしている。 だからこそわたしは、TPSは実は「トヨタ生産販売システム」と呼ぶのがふさわしいと思っているのだ。日本の製造業の問題が、実は調達と販売にあるのだと言う主張を、多少は理解いただけただろうか。

以前も書いたとおり、わたしはトヨタの徹底ぶりは尊敬するが、礼賛はしていない。 また近年は、部品サプライチェーンの混乱等の原因によって、トヨタ自身が、上に書かれたような形では、自社の生産方式を運用できていない、とも聞いている。しかし、その問題は同社がサプライヤーと解決すればいいことで、はたの人間がとやかく批判することではない。少なくとも、批判するならばトヨタ生産方式の全体像を理解した上で、するべきであろう。

なお、生産計画における平準化には、この他に「作業の平準化」という観点もあるのだが、長くなったので割愛する。詳しくは小谷重徳氏の「トヨタ生産方式」 をお読みいただきたい。

と同時に、同書を読み返すにつれ、米国でMRPのような生産計画のロジックが発展した際に、「順序計画」と「平準化」の概念が取り入れられていたら、日本にとって、もっと良かったのにとあらためて感じる。米国の生産はあまりにもロット生産で、かつ大量見込み生産であった。そのことが、今の日本で、ERPそのほかの海外製ITツール導入を難しくしてしまったのである。


<関連エントリ>
「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」https://brevis.exblog.jp/8224763/ (2008-07-01)
「戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する」 https://brevis.exblog.jp/28084323/ (2019-03-12)

# by Tomoichi_Sato | 2024-03-11 10:09 | サプライチェーン | Comments(0)