|
Exblog読者の皆さん、 いつも本サイト「タイム・コンサルタントの日誌から」をご覧いただき、ありがとうございます。今般、思うところがあり、サイトを下記に移行することにいたしましたので、お知らせします。 『マネジメントのテクノロジーを考える』 https://mgt-technology.info/ 今後の新しい記事は、こちらの新サイトに掲載いたします。Exblogの過去記事は、すべて移行済みです。Exblogのサイトも当面は残しますが、いずれかの段階でクローズするつもりですので、ブックマーク等を更新されるようお願いします。 Exblogでブログ形式のサイトを開始したのは、2007年のことと記憶しています。それ以前は、『革新的生産スケジューリング入門』という(署名と同じタイトルの)サイトを自分でつくり、更新していました。スタティックなhtmlファイルを作成してはアップロードするという、インターネット初期のやり方でした。始めたのは2000年のことで、元はそもそも、上記の書籍の正誤表をアップする場所として始めたものでした。 しかし正誤表だけでは面白くない、ということで、少しずつ自分のオリジナル記事を追加していきました。2000年代中盤になるとBlogという形式が流行するようになり、自分もトラックバックやコメント機能が欲しくなって、主要な記事をこのExblogにダブルポストする運用に変えました。 今回、Blogをクローズして、別サイトを立ち上げることにしたのは、大きく三つの理由があります。 まず第一に、読者の方の利便性を上げるためです。とくに、記事のカテゴリー分類を詳細化するとともに、記事の表示順序も、入門的なコンテンツから高度なものへと、内容の論理的つながりを考えながら、表示をコントロールしようと考えているためです(移行先の新サイトの表示順序は、現時点ではまだ時系列ですが、今後変えていく予定です)。 いわゆるBlog形式の弱点の一つは、記事エントリを、著者が意図した順番で提示できない事にあります(noteなども同様に感じます)。これは、複雑なテーマを構造化して説明するには非常に不便です。そしてプロジェクト・マネジメントとかSCMなどは、まさにそうした複雑なテーマである訳です。 二番目の理由は、Blogの特徴だったコメント機能やトラックバック機能に、あまり魅力を感じなくなったためです。Bogのコメントは匿名で記入可能ですが、わたしはネットの匿名性があまり好きではありません。自分でも最初から氏名を明かしてサイトを運営しています。匿名性にもある種の利点があることは分りますが、何か実のある議論をする際は、自分のIDを明らかにして話すべきではないか、というのが、わたしの考えです。 また、スパムコメントや商業目的のコメントを消して回る時間も、もったいない。わたしはBlogを自費で運営しており、しかも読者の方の利便性のために、わざわざお金を払って広告も非表示にしています。それは無責任な誰かの売り込みに使ってもらうためではありません。 三番目の、そしてたぶん一番深刻な理由は、「ブログというメディア形式が、次第にフェードアウトしつつある」ということでしょう。2010年代に入ると、TwitterやFacebookなど、いわゆるSNS全盛の時代に入ります。20年代はYouTubeをはじめとしたビデオコンテンツにネットの主要人口が移りました。 Exblogのアクセス数で見ると、ピーク時は月間10万PVに届いたときもありました。しかし近年は長期低落傾向にあり、とくに2年ほど前からかなり顕著にPV数が減っています。一つには、検索エンジンが「AIによる検索結果」を表示するようになったことと、関係していると思われます。生成AIが勝手に、他人の記事の要約やパラフレーズを提供してしまうため、オリジナルのサイト記事を参照する数が減っているのでしょう。 わたし自身、いつの間にか他人のブログを読む時間が減り、最近はPodcastを聴く時間が増えています。両手がフリーになり、スマホ画面をじっと眺める必要もなくて、楽だからです。それはネット全体のトレンドでしょう。 しかし、ご承知の通り、現在のブログ・プラットフォームは広告モデルで動いています。このトレンドが続くと、広告収入が減少していくでしょうから、いつまでプラットフォームが維持されるか分りません。自衛の意味も含めて、独立したサイトに移行しようと決めたのです。 広告モデルと個人の匿名性は、現代のネットの隆盛をもたらした要因であるとともに、現在のコンテンツの質の低下をまねいた二大要因だと考えます。自前のサイトに主軸を移すのは、この二つからできる限り、縁を切りたかったからです。 ちなみに『マネジメントのテクノロジーを考える』のサイトは、実は2017年に立ち上げたものです。しかし前回は不徹底な移行だったため、あまり手を入れず半分放置状態でした。今回改めてきちんと移行・整理をし直し、使える状態に直したつもりです。もちろんまだ、引越し後の家のように片付いていない部分もあります。お気づきの点や、こうした方が良いとのアドバイスなどがありましたら、ぜひお寄せください。 わたしは、それなりに長い文章の記事を書きつづけてきました。論旨をつなげていくと、どうしても必然的にその長さになってしまうのです。テキストに図表を組み合わせた表現形式でないと、伝えにくいコンテンツ内容もたしかに存在し、とくにPMやSCMといった複雑な分野では顕著です。ですから、今後もそれなりの文章を書き公開していくでしょう。 それが、少しでも人様のお役に立つことを望んでおります。 (追記: サイトの新着記事をメール配信するサービスは継続します。登録は当Exblogサイトのサブメニューからも、新サイトからも可能です。社内LANからブログやWordPress系サイトにアクセス制限がかかっている方はぜひご利用ください) (佐藤知一)
#
by Tomoichi_Sato
| 2026-05-07 17:08
| F1 思考とモデリングの技法
|
Comments(0)
「『ゆらぎ』と『遅れ』」 (新潮選書) (Amazon.co.jp) 自分にとって数学とは、なんだか片思いに終わった初恋の相手のように感じる。好きだったのだが、決して自分の味方にはならないのだ。 小さい頃は、つまり小中学生の頃は、算数・数学が得意だった。小学校6年の時に、すでに微分や積分の本を読んで理解していた。成績も優秀。それが、高校2年の時に突然、スランプに陥った。きっかけは最大最小問題だったと思う。とにかく、それまでは何となく分かった問題への解法が、さっぱり「降りて」来なくなった。 悔しい思いでなんとかキャッチアップして、大学は理系に進んだが、大学の数学でまた挫折感を味わう。解析学の厳密な論証にも、線形代数の目的や意義にも共感を持てぬまま、工学部に進む。一応それでも、簡単な微分方程式は解けるくらいの、つまり工業数学の最低ラインには到達したが、それまでだ。到底、自分の数学能力に自信が持てぬまま、高等教育は終わった。 50代になってから、博士論文を書いた。工学部の学位請求論文だったので、数式だらけだ。プロジェクト・マネジメントの研究だが、実験のできない分野なので、OR的なアプローチを取るしかなかった。微分方程式も最大原理も扱ったが、数学的には工学部の学部生レベルである。今でもときどき、家庭教師について数学を学び直したい、と夢想したりする。 本書は、不確実性と安定性に関するやさしい入門書である。著者は高校までは文系だったが、卒業後に米国_英国に留学。最後は米シカゴ大で博士号をとり、ソニーコンピュータサイエンス研究所勤務を経て、名古屋大学教授という人だ。 最初に「ゆらぎ」として、単振動などの振動現象、共鳴、ブラウン運動などが解説される。そして著者は「確率共鳴」の効果を紹介する。信号に、ある程度のノイズを乗せた方が、検知性能が上がる現象である。それから、フィードバック制御における「遅れ」の話になり、「ゆらぎ」との組合せで、棒の倒立制御が紹介される。 倒立制御とは、手のひらに棒を立てて、倒れないように手を動かすことで、小学生なら誰でもやったことのある遊びだろう。これは著者が研究上の興味をもつ問題らしく、人間の被験者にいろいろな実験をさせる。あえてノイズを加えるために、棒を立てている手とは逆の手で、ペットボトルを持って振らせたりすると、成績が向上する人が多いという。 著者はさらに、「遅れランダム・ウォーク」モデルや、それと確率共鳴を組み合わせた「遅れ確率共鳴」の数理モデル研究にも進んでいるが、内容がやや数学的に高度なためか、本書ではあまり詳しく書かれていない。ちょっと残念である。 とはいえ、不確実性と安定性についてきちんと理解するためには、測度論を基礎とした確率論と、複素関数解析の理論が必要なはずだ。残念ながらわたし自身はそのレベルに到達していない。まあ、だからこそ、本書のような入門書にひかれるのだろう。 数式をなるべく排して数理学を語ろうという、著者の方針はたいへん興味深い。だが、いろいろな現象への言及が多くて、若干「ゆらぎ」が大きく、もう少し骨太な編集であっても良いのに、とも感じた。縦書きの本で、数式を載せにくいのも分かる。でも教養書では、高校数学くらいまでは許容範囲ではないだろうか。著者は高校は文系で数2までしか習わなかったという。だからこそ、そのレベルまでは平然と書くぐらいで良いと思うのだが。 「インフレーション宇宙論―ビッグバンの前に何が起こったのか」 (ブルーバックス) Amazon.co.jp 子どものころ、ブルーバックスを読むのが好きだった。講談社から出ている、あの科学専門の新書版シリーズである。光沢のある白地に、青いアクセントカラーのカバー表紙。昭和の頃からほとんどスタイルが変わっていないが、今でも続いているのは心強い限りだ。科学とは不思議への探求で、だから何となくワクワクする。学問の根本に、そういう感情的価値を宿している。 「この宇宙には『はじまり』があったのだろうか? それはどのようなものだったのか? かつては、これらの疑問に答えられるのは、宗教や哲学しかないと考えられていました。しかし、いま、『科学の言葉』でこれらの疑問に答えることができる時代になってきています。」——本書の序文はこんな風に、はじまる。まさに、ワクワクするではないか。 著者の佐藤勝彦氏は東大名誉教授で、世界の宇宙論を長らくリードしてこられた方だ。本書は2010年の刊行だから、東大を退官された翌年の著作になる。素人向けに、いわば退官記念講演をまとめられたような形だ。そしてこの人は、素人に分かりやすく説明する能力に長けておられる。それは上記の序文の平明な言葉づかいや、自然体に見える漢字の選び方などを見ても、よく分かる。 宇宙の始まりは火の玉で、それが「膨張していく中で次第に 温度が下がり、ガスが固まって星が生まれ、銀河や銀河団が形成され、現在のような多様で美しい宇宙が作られた」(p.41)。これが『ビッグバン』理論だ。それはマイクロ波背景放射の観測によっても支持されている。 しかしビッグバン理論には難点もあった。現在の宇宙の曲率がなぜか、ほぼゼロであるという「平坦性問題」、なぜ始まりが火の玉だったかを説明できない点、などなど。これらを解決するために、著者やグースらが同時期に提唱したのが「インフレーション宇宙論」である。 インフレーション宇宙論では、1ナノメートルよりも小さかった宇宙が、10の-34乗秒後に、137億光年(現在の観測可能な宇宙の半径)よりもずっと大きなサイズに指数関数的膨張をした、と考える。そうなる理由は、真空が持つ真空エネルギーの相転移による斥力であった、と。 真空は完全な空虚ではなく、不確定性原理にしたがって素粒子が対生成・対消滅を繰り返している場所だということは、これもブルーバックス「真空とはなにか 〜じつは空っぽではなかった」(広瀬立成・細田昌孝 著)を昔読んで、知っていた。相転移についてもまあ、一応、大学で習った化学熱力学のアナロジーで分からんことも、ない。というような、半可通な理解で先を読みつづける。 しかし、ビレンケンの理論になると、なにせ虚数時間でゼロから宇宙が始まり、トンネル効果で実宇宙が誕生してから、実時間がスタート、その後インフレーションと共に真空の相転移が生じて火の玉になった…という話だから、なかなかついて行くのは大変である。「虚数時間が本当にあるのかは、分かりません」と著者も正直に書いている(p.83) この後、本書はさらにダークマターとダークエネルギー、多世界宇宙(マルチバース)、膜宇宙論へと進んでいくが、はんちくなダイジェスト紹介はもうやめよう。興味がある方はぜひ、本書を手に取って読んでほしい。実に読みやすく、読者を引きつけるような書き方がされている。著者は研究能力だけでなく、イマジネーションと説明能力も傑出した人だと分かる。科学書ファンに強くお勧めする。 #
by Tomoichi_Sato
| 2026-04-30 20:24
| G 書評
|
Comments(0)
『BOM/部品表入門』を山崎誠氏との共著で上梓したのは2005年のことでした。幸いまだ本書は現役ですが、さすがに20年以上前のため、触れられなかったトピックや、その後登場した新しいキーワードがあります。その代表例は「BOP」(Bill of Processes)でしょう。簡単に言うと「工程表」ですが、これが何を指す概念かについては、まだ世の中に揺れがあります(たとえば「BOP(Bill of Process)とは何を意味するのか ~ 三種類の用法を再整理する」参照)。 また、これと並ぶ用語として「BOE」/「BOR」もあります。それぞれ、Bill of Equipment, Bill of Resourcesの略語で、工場内の装置・機械設備の表と、より広い「製造資源表」を意味します。製造資源とは機械設備以外にも、金型・ツール類、そして要員を含む概念です。 さらに、「150% BOM」も挙げましょう。これはどちらかというと設計部品表E-BOMの分野の用語で、複数のオプション構成を含む製品のBOMを、包括的に示したものです。たとえば外装の色が赤・青・黄とあったら、それらをBOMに並列に並べる訳です。実際にはその中の一つを選んで製造するので、100%よりも大きなBOM構成となっており、だから150% BOMという言い方が広まりました。他に、「S-BOM」(サービスBOM)を挙げても良いかもしれません。こちらは顧客納入後の保守サービス履歴を含む、個別性の高いBOMになっています。 そして触れられなかったトピックとして、たとえば「個別受注生産のBOM」の作り方、そして「マルチE-BOM/マルチM-BOM」のバリエーション実現手法、などがあります。2026年の現代において、BOMを考え直し再構築しようとする企業は、こうした概念や課題トピックを避けて通れないと思います。
それにしてもなぜ、『BOM/部品表入門』を出して20年もたった今さら、BOMが問題とされるようになったのでしょうか? そこには、製造業のITシステムをめぐる発展ないし複雑化がからんでいるように感じます。 拙著はBOMをめぐって、製造業の幅広い部門が議論し合う構成になっています。しかし読んでいただければ分るとおり、中心には生産管理(MRP)システムとM-BOMがありました。BOM概念は元々、60年代に米国でMRPシステムとともに確立してきた歴史があるからです。それは我が国の生産管理システムにも大きな影響を与えました。 しかし今世紀に入り、設計業務のCAD/デジタル化が広まります。その延長上に、PLMシステムが来ました。以前の記事にも書きましたが、日本国内ではPLM市場はERPよりも大きいのです。PLMの中にはBOM関連の機能があります。ユーザのどれだけがBOM機能を使いこなしているか、実態は今ひとつ不明ですが、せっかく高額なパッケージを入れるのなら、その機能も活用したいと考えるのは当然です。 さらにこのところ、ERPの見直しの波が来ています。日本でのERP導入の第一ブームは2000年の頃でしたが、その更新リプレースが大企業を中心に進んできました。ERPは調達・原価管理を重要と考えますから、製品から部品展開して部品購買に使う事例が多い。ここで、BOMを含むマスタ連携の問題が、他のレガシーシステムとの間で生じます。 加えて、(最近わたしが強調しているように)MES導入が次第に普及してきました。さらに生産スケジューラAPSも欲しくなってきた・・そうなるとPLM-ERP-MES-APSの間で、BOMをどうマネージするんだ?という、実務上の切実な問題が出てきます。つまり、業務側の変化というよりも、情報システム側の変化(成熟?複雑化?)で、BOMの再整理が必要になった、ということだと考えられます。
ところが、ここに、日本企業の特徴である「組織のサイロ化」=組織間の壁が立ちはだかります。BOMデータには、控えめに数えても1ダース近い部門・機能が関わります。しかし、このやっかいな問題について、誰が火中の栗を拾うのか? その前に、そもそも全貌を知っている人間がいない――これが最大のハードルになっています。 おまけに外部コンサルタントも、設計側と製造側の両方が分る人間が少ない、という事実があります。ITコンサルは、設計系がメインの人が多い(PLMが大きな市場だからです)。他方、生産系に強いコンサルは、現場改善がメインでITに弱い傾向が顕著です。設計と製造にギャップがあり、業務とITに壁がある・・まことにBOM問題は、日本の製造業の状況を象徴するアキレス腱になっています。 もう、課題指摘はこれだけで十分なような気がしますが(笑)、もう一つだけ。じつは部門間連携に伴って、品目コード問題があらためて浮き彫りになってきています。典型定期な例としては、開発部門と製造部門と販売流通部門で、同じ自社の製品に違うコード体系を使っている。原料部材の品目コードについては、言うに及ばず。こういう状態で、グローバル・サプライチェーンの最適化、云々を議論するのがいかに奇妙か、お分かりになると思います。
ということで、宣伝です。わたしのBOMセミナーは、かなり包括的な視点でトピックを組立て、部門間をつなぎ、業務とシステムを統合するための共通理解を作ることを目指します。そのため、まずBOMの基本概念と種別を、BOMの世代を追いながら理解することから始めます。そして、『BOM/部品表入門』で触れられなかった概念や課題を説明します。 また、マテリアル・マスタと品目コード採番についても、かなり実務的な説明と演習をします。これも他にない特徴でしょう。 エンジ会社の人間として長年、エネルギー産業から機械組立系産業まで広く関わってきましたので、組立加工系のBOM(部品集合的な「A型BOM」)以外の業種ニーズにも触れることにしています。 そして、BOM(再)構築プロジェクトの進め方も解説します。プロジェクト・マネジメントは、自分のもう一つの専門分野です。その難しさも、解決のためのヒントも、専門家として承知しているつもりです。 1日セミナーとは言え、限られた時間ではあります。ですから、なるべく参加者とQ&Aを通じてインタラクティブに進めます。ぜひ何か得るものを持ち帰っていただく。それを目標にセミナーを進めていまいります。 <記> 「BOM/部品表の基礎とBOM構築/再構築への応用テクニック ~演習付~」 日時: 2026年6月22日(月) 10:30~17:30 主催: 日本テクノセンター 会場: 〒163-0722 東京都新宿区西新宿二丁目7番1号 小田急第一生命ビル22F セミナー詳細・申込み: 下記をご参照ください(有償です) 大勢の方のご来聴をお待ちしております。 (株)マネジメント・テクノロジー 代表取締役 佐藤知一 #
by Tomoichi_Sato
| 2026-04-22 18:09
| A5 BOM(部品表)
|
Comments(0)
「一流の大学を出た優秀な新入社員は、設計開発部門に配属する」というポリシーを持つ製造業の企業は多い。一流の大学とは何か、優秀な新入社員とはどういう意味か、という謎には、ここでは深入りしない。とにかく、デキる人間には設計を(それも基本設計を)させる、との方針である。 もちろん、こういうポリシーはふつう、言葉にはされない。もし明文化してしまうと、製造とか品管とか物流に配属された人間は、“なんだ、俺たちは会社から優秀じゃないと思われてるのか”と、へそを曲げかねないからである。会社というところは、全員にとにかく馬車馬のごとく働いてもらうべし、という論理でできている。最初からモチベーションを損なうようなことは避けるのだ。 それでも、なぜ優秀な人間を基本設計部門に働かせたいかというと、魅力的な製品を作ってほしいからである。顧客を引きつけ、売上を伸ばし、競合他社に打ち勝てる製品が欲しい。そう願うからだ。優れた製品は、成長のエンジンだ。平凡な製品では、価格競争に巻き込まれ、生き延びるだけでカツカツだ。経営者はたいてい、そう思っている。 魅力的な製品を作れるのは、設計部門である。設計が決まってしまってから、営業や製造や品管やらが寄ってたかって努力しても、今さら製品の魅力度をぐんとアップするのは、難しい。だから設計部門が大事なのだ。
そこまではまあ、納得するとしよう。問題は、良い設計、魅力的な製品を生み出す設計能力を、どう確保するのか、である。優秀な人間を注ぎ込めば、それだけで実現するのか? それはちょっと楽観的に過ぎよう。仕事のパフォーマンスを改善するためには、何らかの尺度で測って標準を設定し、それに影響する因子を攻めていくのが、常道である。 ではそもそも、設計の良し悪しは、どのように測るのか? つまり、設計の品質はどう定義するのか、そして、それをどう改善するのかを考えていく必要がある。 たとえば、設計ミスというのは、明らかに品質問題だ。長年エンジニアリング会社で働いてきた身にとっては、シリアスな問題である。設計は人間のやることなので、ミスのない設計は無い。そして設計ミスは、製造や建設のフェーズになって表面化するのが普通だから、修正に多大なコストがかかる。それを設計段階でどれだけ減らせるか、が重要な課題になる。そして「設計レビューの徹底」などの対策が講じられる。 しかし、ちょっと考えてみてほしい。ミスを減らすことは大事だ。だが「ミスのない設計=魅力的な設計」なのだろうか。ミスはないが、平凡な設計というものも考えられるだろう。つまり、ミスがないことは良い設計の必要条件だが、十分条件ではないのだ。
このような問題に対し、品質管理論はどのような解決策を教えてくれるか。結論から言うと、あまりめざましい提言はない。現代の品質管理論の根幹は、「品質はプロセスで保証する」である。これは、「品質は検査で担保する」という昔風の考え方をオーバーライドしたものだ。 ということは、設計における検査=「設計レビュー」だから、レビューで品質を向上するというアプローチは、一時代まえの方法論ということになる。検査・レビューは必要だ。だが、それだけでは十分ではない。ちなみに、品質管理論ではフィードバックを重視する。検査(レビュー)結果を、作業者(設計エンジニア)に、できるだけ迅速にフィードバックせよ、と。はいはい。それはまあ、設計レビューでは普通やってるよね(形骸化していない限り)。 もう一つ。統計的品質管理論では、成果の平均値だけでなく、ばらつきを問題にする。したがって、設計プロセスを標準化せよ、属人化させるな、ということになる。こういう話題は大抵、ツールや方法論とセットになる。だからCADやPLMベンダーの売上が成長するのだし、要求工学だシステムズ・エンジニアリングだMBDだ、という舶来思想の導入になっていく。で、設計の質は向上したの? 統計的品質管理論からは、魅力的品質は生まれない。「魅力的」は、平均値ではないからだ。正規分布の山の頂上に、魅力点がある訳ではない。右の方の、ずっと外れた方に生まれるのだ。だとしたら、標準化して個人差をなくすのは、望ましいことなのか。
もっとも、品質管理論の中にも、「魅力的品質」という言葉は存在する。前向き品質(Forward Quality)と呼ばれたりもする。この概念は、「当たり前品質」(後ろ向き品質=Backward Quality)とセットで論じられることが多い。 「魅力的品質」とは、それが備わっていると顧客満足がとても高まるが、なくても満足度が下がるわけではないような、品質特性である。「当たり前品質」はその逆で、あって当然、と顧客が思っているが、ないと満足度がはなはだ下がるような特性だ。液晶ディスプレイは、全部のドットが表示されて当然、どこか数カ所に黒い欠落があったら商品価値が急激に下がる。これが「当たり前品質」である。 では、液晶ディスプレイの魅力的品質とは何か。画素数とかディスプレイのサイズ・広さとか解像度とかリフレッシュレート、だろうか? そうではない。それらは皆、カタログに性能・仕様として明記されている。顧客が普通、あるとは期待していないが、あると急に満足度が高まるもの。これが魅力的品質である。画素数も解像度も、無いとは誰も思わない。 「品質」という言葉のあやふやさについては、ずいぶん前になるが、すでにこのサイトで書いた。品質管理論は、「品質とは顧客の満足度で測られる」というテーゼにのっとっている。しかし品質という言葉の用法を冷静に調べてみると、それは正しくない。なぜなら「価格」や「納期」や「性能」が顧客の最大の要求事項なのに、それらは品質特性ではないからだ。 その時のわたしの概念分析では、品質とはむしろ「ユーザが暗黙のうちに持っている期待を満たす程度」なのだった。言語化された機能要求、数値化された性能や材質を満たすこと自体は、品質ではない。100Wの電球が60W電球より「品質が高い」とは、誰も言わない。明言された約束を果たすことは「当たり前」である。100W電球が点らなかったら、たしかに品質問題だが、それは点って当然だからだ。 つまり我々が品質うんぬんを論じる場合、それは「当たり前品質」のことであって、しかもそれは「言語化されていない(ないし、数値化しにくい)品質特性に対する期待値」なのである。ITシステムの分野には「非機能要件」という概念があり、あまり他の工業製品分野では使われないが、「当たり前品質」とは、非機能要件を満たす程度、だと言いかえても良いかもしれない。
では、「魅力的品質」とは何か。液晶ディスプレイだったら、その魅力的品質とは何だろうか。それは、ユーザの思いもよらない機能性かもしれない。たとえば、縦横に回転可能なディスプレイを初めて見たときは、本当に驚いて、飛びついて買ったものだ(実際にはそんなに頻繁に、縦横にチルトしたりしないのだが)。あるいは、ハードウェア製品としての「美」の魅力などもあるだろう。工業製品にも、美がある。単に機能すれば良いはずの工業製品に、美があると、たしかに魅力は増す。 こうしてみると、魅力的とはまさに、従来の品質管理論の枠の外側にあることが分る。品質は顧客満足であり、顧客要求を満たす程度だ、というのが品質管理論だ。だが、魅力は違う。魅力とは、「顧客が思ってもみなかった機能や美の実現」なのだ。これは明らかに、要求分析やシステムズ・エンジニアリングでは、出てこない。だって思ってもいないのだから。もちろんCADやPLM導入でも、実現はしない。 「美」は明らかに、魅力の重要な一部だ。だがよく考えてみてほしい。美は非属人的な、普遍性があるのか。むしろ美とは、個性的なものではないか。たとえばダ・ヴィンチ「モナリザ」や王羲之「蘭亭序」は、見たら誰もが美に恍惚とするのか。バッハ「マタイ受難曲」は聞いたら誰もが涙を流すのか。そうとは限るまい。美には個性があり、必ず好き嫌いがあるからだ(ちなみに最後の例については、そのような演奏がいかに困難か、わたしは体験的によくよく知っている:笑)。 こうしてみると、最初の問いに戻ってくる。魅力的設計のためには、一流大学を出た人材が適切なのか。日本の高等教育は、減点主義だ。最近こそAO入学の普及とともに変わりつつあるようだが、旧センター試験に象徴されるマークシート問題は、ミスのない秀才を選ぶための仕組みだった。個性的な人間は、加点主義でないと生き残れない。そして企業内の設計部門でも、個性的人材を加点主義で評価しなければ、個性ある設計はできまい。 そして、魅力的設計とは、顧客が思ってもみなかったような製品の設計なのだ。ということは、市場調査では出てこない、雑誌によくある各種性能の比較表をはみ出すような、新しさが必要だ。つまり、新たなカテゴリーの製品である。新たなカテゴリーの製品を生み出し、顧客は指名して買いに来るようになる。少なくともそれが基本設計の目標でなければならない。あなたの会社では、そのようなテーゼで設計部門は動いているだろうか? と同時に、どう作り、どう売るかの方法論がなければ、新カテゴリーの製品は生きない。つまり製造や営業や物流など、関係する全部門の協力が必要だということになる。魅力的設計は、設計部門だけの取組みではなく、クロス・ファンクショナルな統合が大事なのだ。 顧客・市場の要求に忠実に従い、継続して改良している――それはそれで、結構だ。だがそれは設計の「当たり前品質」でしかない。それなりの差別化技術を有し、価格競争よりも性能やユニークな機能で勝負している? その方がベターではある。だが、その差別化のポイントは魅力だろうか? 写真はダイソン社の扇風機だ。このような扇風機が可能だとは、誰も思わなかった。ユーザの誰も、このような機能・構造を定義しなかった。創業者のジェームズ・ダイソンは設計技術者で、彼はあえて自社のCEOにはならず、チーフ・エンジニアの職に留まっている。ダイソンの製品は高い。それが高利益の源泉だ。だが利益を出すだけのために、彼は会社をやっているのではない。利益は企業が存続し、次の投資ができるための必要条件でしかない。何の投資か? もちろん、次の技術である。新しいカテゴリーの技術開発を実現するために、彼は会社を回しているのだ。 <関連エントリ> 「品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い」 (2012-04-18)
#
by Tomoichi_Sato
| 2026-04-14 10:29
| A4 コスト・品質・安全
|
Comments(0)
スイスに本部を置く「世界経済フォーラム」(World Economic Forum、略称WEF)は、ダボス会議の主催者として有名ですが、それ以外にも様々な領域で産業の現代化のために活動をしています。その一環として、数年前から、世界中の先進的工場を選んで、"Lighthouse"の称号を与えてきたことは、昨年も記事に書いたとおりです。 しかし世界全体では200近くの工場がLighthouseに認定されているのに、日本にはまだ、3ヶ所しかありません。少ない理由については、WEFが調査する意向とも聞いていますので、本当はその結果を待つべきでしょう。ただ、わたし自身の仮説を述べておくと、こうなります:「日本の工場は、技術やパフォーマンスは優れているが、その理念や設計思想を言語化できていないため」、であると。 欧米人はある意味、理念先行型と言ってもいいと思います。現実の技術よりもまず理念が大事で、ちゃんと理念が説明され理解できないと、動けない傾向があります(少なくともホワイトカラー層は)。これは言葉にせずとも、以心伝心でコラボしながら動ける日本とはかなり違う文化です。 とはいえ、じゃあ日本企業は言語化していないだけで、工場に関しては皆、確たる考えを持っているかというと、そこには疑問があります。仕事柄、それなりに多数の工場を訪問し見てきましたが、どうしてこんな配置レイアウト、機械選定、建屋設計、物流動線なんだろうか?と疑問を感じるケースが少なくありません。 おそらく増改築と、製品の変化に伴うライン移設・撤去などの繰返しの結果、そうなってしまったのでしょう。ただ、そうした(ちょっといい方は失礼かもしれませんが)「温泉旅館」型工場は、設計思想云々より以前に、オペレーションが整然と流れにくい状態にあります。そもそも、生産マネジメントやコントロールなど、工場のソフト側に、設計思想がないケースが多いのです。そうなってしまった理由は、いわゆる経営の『コストセンター』論とコストミニマム・ポリシーなのでしょうが、ここでは深入りしません。
工場見学とは、優れた工場を見るものです。自社より劣っている工場を見る意義はありません。ただし優れた工場は、簡単には真似できないのも事実です。なぜなら、工場の設計思想に基づいて、複数の大技の組合せでできあがっているからです。 見ると「すごいな〜」と感動はしますが、大技は簡単に取り入れられません。真似できるのは、小技だけです。自社に帰って、見学の成果を聞かれても、感想は言えますが、即効性のある答えは限られるのが普通です。 それでも、優れた工場をを見学する意義はあります。それは、自社の問題を客観的視点から見直す契機となるからです。自分の工場にはいろいろ問題がある。ただ、それは互いに絡み合っていて、解決の糸口がつかめない。その際に、リファレンスとなる工場があると、比較できるようになります。比較は分析の第一歩だからです。 そしてもう一つ。こうした工場見学は普通、いろいろな企業からの参加者と一緒に行います。それは、志ある同輩と出会い、議論ができる場となる可能性があるのです。ちょっと大げさに言うと、現在の製造業の雰囲気は、幕末の諸藩の状況に少し似ているかもしれません。各社(各藩)は歴史や経緯を背負っていて、身動きのとれない煮詰まった状況にある。国全体に多分、考え方を変えるべきところがある。そのなかで志をもって活動する人がいると分かるだけで、少しは勇気づけられるではありませんか。
今回のお知らせでご紹介する「スマート工場構想企画人材育成セミナー」の一番の目玉は、工作機械メーカーであるオークマ本社工場(Dream Site)の見学です。それも、この工場プロジェクトをリードされた、領木正人特別顧問(元副社長)の講演つきです。 我々、(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場」研究会では、これまで毎年、座学と議論を中心とした研修プログラムを開催してきました。昨年7月には、はじめて工場見学付き2日間コースの研修プログラムを、雪印メグミルク阿見工場さんのご協力を得て実施しました。それがとても好評だったため、今年も続けることにしたのです。昨年は北関東でしたが、今年はオークマさんにご協力いただけることになり、東海地方で実現できる運びとなりました。 ちなみに、オークマさんは工作機械メーカーですから、いわゆるディスクリート型の組立加工系の工場です。とくに中大型で重量もある金属部品などを扱い、精密加工・組立が要求され、かつ制御系も重要な点などに、特色があります。では、そういった業界以外の企業は、見ても得るものは少ないのかというと、決してそんなことはないはずです。工場見学では、固有の生産技術よりも、むしろ工場の設計思想と管理技術の考えを学ぶ機会になると思うからです。 研修プログラムの1日目は講義とグループディスカッション、2日目は工場見学と質疑という構成です。日立アカデミーさんのご協力のもと、初日は名古屋市内にある同社の会議室をお借りし、二日目に愛知県大口町のオークマ本社工場をバスで訪問します。 なお「合宿型」と書きましたが、東海地方にお住まいの方はもちろん、通いで構いません。逆に宿泊が必要な方は、プラス1万円で名古屋駅前のホテルを手配することも可能です。工場見学が目玉ですが、一応、オンライン受講も可能です。ぜひ多くの方のご参加をお待ちしております。 <記> 第6回 SP-T1「スマート工場 構想企画人材 育成セミナー」 日時: 2026年6月4日(木)・5日(金) 10:00 ~ 17:00 事前登録制 会場受講: 28名 オンライン聴講:12名 講演者と内容:(予定・敬称略) 一日目
二日目
セミナー詳細: 下記をご参照ください(申込みは4月8日からです) <関連エントリ> 「『第5回スマート工場シンポジウム』(9月3日)開催のお知らせ」(Lighthouse工場について) (2025-07-20) #
by Tomoichi_Sato
| 2026-04-06 14:48
| C2 スマート工場論
|
Comments(0)
|
検索
カテゴリ
全体 A 生産マネジメントとSCM A1 生産マネジメント全般 A2 生産計画と生産スケジューリング A3 在庫・調達計画 A4 コスト・品質・安全 A5 BOM(部品表) A6 サプライチェーン B プロジェクト・マネジメント(PM) B1 プロジェクト・マネジメント全般 B2 スコープ・WBS・プロジェクト組織 B3 プロジェクト・スケジューリング B4 プロジェクト・コストと見積 B5 プロジェクトの価値とリスク B6 プログラム・PMO・ガバナンス C システムとしての工場 C1 工場計画論 C2 スマート工場論 D 情報システムのマネジメント D1 製造業のITシステム D2 ITアーキテクチャ・データ活用技術 D3 ITって、何? E ビジネス・マネジメントと管理技術 E1 マネジメントの技術論 E2 設計のマネジメント E3 組織・経営・戦略論 E4 ビジネスのソフト・スキル E5 時間管理術 E6 メンタルと働き方のマネジメント F 考えるヒント F1 思考とモデリングの技法 F2 社会・言語・文化 G 書評 H English articles 未分類 最新の記事
記事ランキング
著書・姉妹サイト
ニュースレターに登録
私のプロフィル My Profile 【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 「時間管理術 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務) 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
2026年 05月 2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 more... ブログパーツ
メール配信サービス by Benchmark 最新のコメント
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||