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プロジェクトの進捗を計る「アーンド・スケジュール法」とは何か 〜 (1)その基本

アーンド・スケジュール」の概念を初めて知ったのは、2006年のことだった。オーストラリアのシドニーで開かれた、プロジェクト・マネジメントの国際大会ProMAC 2006でのことである。わたしは、後に自分の学位論文のコアになる『RPV(Risk-based Project Value=リスク基準プロジェクト価値)』の考え方を発表するため、そこに参加していた。

豪州はPM研究の盛んな国であり、この大会も日米豪アジアから様々な講演発表があって、非常に面白かった。その一つが、米国海軍のコンサルタントWalter H. Lipke氏による、「アーンド・スケジュール」の発表だった。それまでのEVMS(Earned value management system)の弱点を、うまく補った手法だと、聞いていて感心した。

そこで、日本に帰ってから、すぐこのサイトでも、新しい方法論の提案があったと記した。
 →「プロジェクト・マネジメントの世界は変わりつつある」(2006-10-11) https://brevis.exblog.jp/4313708/

面白い考え方だから、すぐに日本の学会などでも盛んに紹介されるだろう、と思っていた。だが、これはいささか見込み違いだったようだ。あれほど日本人が大勢参加した大会だったのに、日本で一部の先進的な人がこの手法を研究し始めたのは、さらに数年後のことだった。

それが、10年以上経った今、急にネットなどでもこの用語を見かけるようになった。なぜか? その理由は、PMBOK Guide第6版に、アーンド・スケジュール法が正式に載ったからである。PMBOK Guideに載ると、PMP資格試験に出るから、勉強の対象になる。試験に出なければ、あまり研究しない。わたし達の社会の、外部からの知恵の学び方には、多少の歪みがあるのではないか?

まあ、そんな皮肉はさておいて、具体的にどう言う方法なのか、説明しよう。

ただ、アーンド・スケジュール手法を理解するためには、まず従来のEVMSにおける考え方をおさらいしておく必要がある。EVMSでのスケジュール・コントロールは、どのような指標を用いてきたのか。

いや、その前に、そもそも進捗コントロールとは、何のためにあるのか?

図を見てほしい。横軸にプロジェクトの開始から終了までの時間を取り、縦軸に使う費用の累積をプロットした、よくある図だ。一般にプロジェクトの開始時期はゆっくり立ち上がり、やがて活況に入るが、最後はまたスローダウンする。関わる人も同じ様に、少数→大人数→少数、という風に変化する。だから普通、このグラフはアルファベットのS字のような形になるため、「Sカーブ」と呼ばれる。

さて、計画段階で予想したSカーブは、図の黒い点線のようだった(計画線=Planned Valueと呼ぶ)。これに対して、現実の累積出費の線を、現在日付まで引いたら、青い実線のようになった(実績出費=Actual Cost)。この図から、どんなことが言えるだろうか。
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一見してわかる通り、計画時点での出費予定に比べて、実績出費の方が大きくなっている。つまり想定したよりも、お金が出て行っているのだ。これはまずい状態だ! 大変だ! ・・これが普通の感覚だろう。そして、これがたとえば広報予算だとか電気代といった、定常的な出費なら、それは正しい。

しかし、これはプロジェクトなのだ。プロジェクトとは、達成すべきゴールがある、一過性の仕事である。だからそこには、『進捗』の概念がある。進捗が進んでいればいるほど、プロジェクトが早くゴールに到達するから、良いことだ。ところで、仕事が早く進んだら、そのぶん、出費も前倒しで出ていかないだろうか? その場合、実績出費ACの線は、計画線PVより、左(上)に来るはずである。

となると、この図は、どう読み取るべきなのだろうか。出費が予定よりもかさんだ、まずい状態というべきなのか。それとも、仕事が予定よりも早く進んでいる、良い状態なのか?

答えは、「分からない」、である。この図の2本の線だけでは、プロジェクトの現状が良いのか、まずいのか、区別できない。穴があくほどこの図をにらんで見たって、判断はできない。なぜなら、この図には、「費用」と「進捗」の情報が、混ざっているからだ。その二つを区分するために助けとなるデータがなければ、正しい判断はおぼつかない。

では、その二つを区分するためのデータとは何か? それは、「その時点までに完了しているアクティビティの予算額を累計した金額」=「出来高」と呼ばれる量だ。これを英語で、Earned Value= EVという。

出来高(EV)と実績出費(AC)は、何が違うか。実績出費は、すでに完了しているアクティビティに使った、現実の金額の累計だ。だが、出来高は、予算額の累計である点が異なる。たとえば、あるアクティビティは100万円でできるだろうと計画していたが、現実には120万円かかってしまった。EV=100万で、AC=120万である。

しかしEVの線は、元の計画線(PV)も異なる。なぜなら、タイミングが異なるからだ。元の計画では、当該アクティビティは5月15日に完了する予定だった。だが実際には6月1日に完了した。そうなると、PVには5/15に計上されるが、EVには6/01にならないと計上されない。

        費用  タイミング
計画線(PV)  予定  予定
出来高(EV)  予定  実績
実績出費(AC) 実績  実績  

そこで、図に3本目の線として、出来高EVの線を描き加えて見たところ、次の図のようになったとしよう。EVの線は、計画線PVよりも下側に来ている。これから、何がわかるか。
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出来高EVが、計画線PVよりも小さいということは、
 「すでに完了したアクティビティの予定出費累計」<「計画上では完了しているはずだったアクティビティの予定出費累計」
であることを示している。言い換えると、このプロジェクトは、予定よりも進捗が遅れているのだ。

さらに、出来高EVは、実績出費ACよりも小さい。これは、
 「すでに完了したアクティビティの予定出費累計」<「すでに完了したアクティビティの実績出費累計」
を意味する。つまり、見積もっていたよりも大きな費用が出ていっているのだ。

まとめると、こうなる:本プロジェクトは、予定よりも進捗が遅れており、かつ、予定よりも費用がかかっている。だから、非常にやばい状況のプロジェクトなのだ!

非常にまずい状況にあることは、最初の2本の線だけでは、判別できなかった。これがわかったのは、3本目の出来高EVの線を描き加えて、比較したからだ。このように、出来高Earned valueという指標を使って、プロジェクトの進捗とコストについて予実管理する手法の体系を、Earned value management system = EVMSと呼ぶ。

上の表に示したように、EVとPVとを比較すると、両者とも費用は同じなので、タイミングの差=進捗の差が検出できる。ここで
 SV = EV - PV
を、「スケジュール差異」schedule varianceと呼ぶ。SVは値が大きいほど、良い。マイナスだったら遅れていることを示す。

また、EVとACを比較すると、両方ともタイミングは同じなので、費用の差だけが検出できる。つまり
 CV = EV - AC
は、「コスト差異」cost varianceと呼ばれる量で、これも大きいほど良い。マイナスは、赤字を示す。

スケジュール差異SVも、コスト差異CVも、出来高EVを比較の軸にしている点を覚えておいてほしい。だから、この手法をEVMS(出来高マネジメント・システム)と呼ぶのだ。

EVMSは、WBS(Work Breakdown Structure)、PERT/CPM(クリティカル・パス法)と並んで、モダンPM理論における三本柱となっている。周知の通りプロジェクトの三大制約条件は、コスト・スコープ・スケジュールである。そしてEVMSはコストを、WBSはスコープを、PERT/CPMはスケジュールを、定量化しコントロールするための方法論なのだ。だから、この三つの概念と手法を理解し使いこなせるかが、プロジェクト・マネジメント能力のバロメーターになっている。

ただし、スケジュール差異SVは、実務的には、若干使いにくい点がある。なぜなら、SV=EV-PVで、その単位は金額なのだ。現時点までにPVは1000万円になっているはずだった。だが現時点の出来高EVは700万円でしかない。だから進捗が遅れているわけだが、

 「プロジェクトはどれくらい遅れているのか?」
 「はい、300万円ほど、遅れています。」

・・じゃ、話がわかりにくい。そこで、実務の世界では、『進捗率』に換算して議論するのが普通だ。

 進捗率=[現在のEV]/[完了時のEV]

たとえば上記プロジェクトの完了時のEV(ということは、とりもなおさず予算総額だが)が1500万円だったとしよう。EVが700万円なら、進捗率は700 / 1500=46.7%、ということになる。計画線では、66.7%の進捗が達成されているはずだった。だが現実は46.7%しかない。遅れは、全体の20%ぶんに相当する・・この方が、はるかに直感的で分かりやすい。

という訳で、EVMSによる進捗のコントロールは、理屈の上でもすっきりしているし、現実にも計測しやすい、はずであった。

だが実は、EVMSには一つ、非常に厄介な弱点があった。そして、それを克服するために、「アーンド・スケジュール法」が考案されたのだった。長くなって来たので、続きは次回書こう。

(この項つづく)


# by Tomoichi_Sato | 2019-05-17 07:48 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)

書評:「超予測力」 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー著

超予測力」 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー(Amazon.com)


「イタリアは今年末までに債務再編ないし債務不履行(デフォルト)をするか?」
「欧州の調査機関は、故アラファト議長の遺体から、通常より高濃度のボロニウムを検出するか?」
「ロンドンの金価格は半年以内に1oz $1,850を超えるか?」
「今後8ヶ月以内にエボラウィルスの発生を報告する国は何ヶ国にのぼるか?」

こうした未来予測に関わる問いは、経済や政治や環境に対して、いずれも重要な影響を与える問題だ。だから普通は、その分野の専門家に、回答をたずねる。だが、えてして専門家も、「可能性はありますが・・」といった曖昧な語尾をつけて、明言を避けることが多い。

専門家の未来予測が案外頼りにならない、という話だったら、「さもありなん」と感じるだけだ。ところが、こうした広い範囲に渡る問題について、各分野の専門家連中をはるかに上回る、正確な未来予測のできる人たちがいると聞いたら、驚かないだろうか。著者は、こうした『超予測者』が存在することを、初めて見出し、研究としてまとめた。その成果が、この本だ。

では彼ら『超予測者』は、どういう能力を持った、どういう職業の人たちなのだろうか。じつは、ほとんどが市井の無名の一般人だった。だが彼らは、いったい全体、その驚嘆すべき予測能力を、どのようにして身につけたのだろうか?

これは、未来予測についての本である。昨年、わたしは仕事の関係で、2030年頃をターゲットとした長期予測に関する本を、何冊も集める必要があった。公的機関・メディア・有名無名のシンクタンク・・さまざまな未来像を読んだが、本書はその中で、最も面白かった一冊である。

「企業経営者、政府高官から一般人まで、有効性や安全生の確認されていない得体の知れない薬なら絶対に飲まないが、こと予測については行商人が荷台から出してくる不老不死の薬と同じぐらい怪しいものでもさっさと金を払う」と、著者は言う。だが、それはこれまで、諸専門家による未来予測が言いっ放しで、だれも結果を採点し公平に評価しなかったからだ。

著者のテトロックは、意思決定に関わる社会心理学の研究者で、ペンシルバニア大学経営学部の教授だ。ノーベル経済学賞を受賞した、著名な行動経済学者ダニエル・カーネマンとも親交がある。彼が米国政府のIARPA(情報先端研究計画局)の資金を得て研究したテーマが、「未来予測能力の客観評価」であった。

周知の通り、米国のインテリジェンス・コミュニティ(CIA・NSA・DIAなど情報機関と関係者の総称)は、2002年に「サダム・フセインのイラク政府が大量破壊兵器を保有している」と報告した。CIA長官のテネットは、これを「スラムダンク」(確実)だ、とまで表現した。その報告を元に、アメリカはイラク戦争を起こした。だが知っての通り、戦争という大きな犠牲をはらってイラク全土を探したが、結局、大量破壊兵器保有の証拠は見つからなかった。

この結果、米国情報機関の官僚組織の威信は、根底から揺らいだ、という。2006年、政府内に「情報先端研究計画局」(IARPA)が発足する。略称はもちろん、インターネットの生みの親であるDARPAを意識してとったものだ。そして、アメリカ学術研究会議(NRC)に、情報分析に関する先端研究を依頼する。

彼らは、「チュニジア大統領は来月亡命するか?」「H5N1型インフルエンザで今後6ヶ月間に中国で10名以上の死者が出るか?」といった共通の予測問題に関する、複数研究者間でのトーナメントを提案した。それは2010年から4年間かけた、大規模研究プロジェクトであった。そして彼は一般人のボランティアを募って、普通の人の予測能力向上について調べようとした。だが、こころで驚くべき発見をする。

著者テトロックの研究チームに応募したボランティアの一人が、ダグ・ローチという初老の引退したプログラマだった。民間人の彼は、一切の機密文書を読める立場にないのに、豪華な執務スペースと給料をもらっているベテラン情報分析官たちさえ、全く太刀打ちできないほどの好成績を収めたのだ。彼の予測能力を示す「ブライアー・スコア」は0.14で、驚異的だった。

ちなみにブライアー・スコアBSの定義とは、次のようなものだ(英語版Wikipediaによる ):

 BS =(予測確率 − 実測値)の2乗の平均値

ここで実測値は、発生したら1、発生しなかったら0とする。この定義では、スコアは小さいほど予測として優秀になる。百発百中の正解の場合、スコア=0となり、逆にすべて外れた場合、スコア=1である。五分五分(当てずっぽう)だったら0.25。

天気予報が降水確率30%と予測して、本当に雨が降らなかったら、その回のBS=0.09だ。逆に外れたら、0.49になる。ただし、本書ではなぜか、上の定義を2倍した数値を使っている。だからダグ・ローチの年間スコアが平均0.14(上記の計算式なら0.07)というのは、百を超える難問に対し、次々正確に回答し続けたことを示している。

未来予測というのは、専門家でもしばしば間違える。たとえば有名な例では、2007年4月、マイクロソフト社CEOバルマーは、「iPhoneがいずれ注目に値するほどの市場シェアを取ることなどありえない。可能性ゼロだ」と予測した(p.69)。

どうしてこういう間違いをするのか。それは、専門家といえど、さまざまな判断へのバイアスが入るからだ。たとえば、自分の政治的信念だったり、経済学的な学説(仮説)である。強い信念を持つ人は、昔話のハリネズミに似て、主張もはっきりしているが、事実の変化をなかなか柔軟に受け入れない。

だから著者の調査によると、政治予測でも経済予測の分野でも、「(メディアでの)知名度と、正確さには逆相関が見られた。有名な専門家ほど、その予測の正確さは低かった」(p.102)。なぜなら、メディアは「ハリネズミ型」の、自説に固執するタイプの専門家を好んで使うからだ。

では、超予測者たちは、どんなタイプの人間で、どのようにして困難な問題の確率を推算するのか。彼らは聡明だが、知能テストでみると別に天才ではない。数字に比較的強いが、現代数学に精通している訳でもない。情報通でもニュースオタクでもない。つまり、知的だが、普通の人間なのだ。

ただ、彼らは予測問題に取り組む際に、複雑な問題を比較的取り扱いやすい小問題に分解する。たとえば
「故アラファト議長の遺体から、通常より高濃度のボロニウムを検出するか?」の問いを、超予測者のひとりであるフラックは、こんな風なステップに分解して考えた:

(1) 減衰の速いボロニウムを、本当に数年前の遺体から検出できる方法はあるのか?
(2) ボロニウム陽性の結果が出るほどアラファトの遺体が汚染されることがありうるか?
(3) イスラエルはボロニウムを保有ないし入手できたか?
(4) イスラエルは大きなリスクも厭わないほどアラファトの死を望んでいたか?
(5) イスラエルにはボロニウムをアラファトに守る手立てがあったか?

あるいは、フランスの風刺新聞社シャルリー・エブドがテロに襲われる事件があった直後、IARPAは「今後70日間にフランス、イギリス、ドイツ、など欧州主要8カ国でイスラム過激派によるテロは起こるか」という問題を出した。

これに対し、ログという超予測者は、こうした。まず
(1) 過去5年間で対象8カ国に何件のテロ攻撃があったか?
を調べて年平均1.5回という数値を得た。しかし
(2) 近年はISによる影響が増大し、件数は増大傾向にある
(3) ただ同時に、各所でセキュリティ対策が大幅に強化された
ここから、基準値の年間テロ件数を1.8とする。対象期間は70日だから、発生確率は34%となる、と推定した。

ただ彼は、この予測を仲間に公開し、チームメイトの意見も聞いている。もっと多くの視点を取り入れようとしたのだ。そして超予測者は、自分で立てた予測値を修正することを厭わない。そして、たとえネットで接触するだけのバーチャルチームであっても、超予測者にはチームが有効だった。彼らの「スーパーチーム」の予想は、予測市場のそれをも上回った(p.266)。経済学者がいう、「市場は何でも知っている」というテーゼより、超予測者たちの方が上手だったのだ。

ちなみに超予測者は37%とか4%とか、非常に目の細かい予測値を出す。「彼らの予測の、ゆうに三分の一は1%単位である」(p.191)。そして、その数値を、新たな情報を得るに従い、小刻みにアップデートしていく。これが超予測者に共通するやり方だ。

なお、「ただ一度だけの出来事に、本当に『確率』を言えるのか? 確率とはサイコロ投げのように、繰返し試行での割合をいうのではないか」と、疑問を感じる読者もおられるかもしれない。上記のようなケースでいう確率とは、ベイズ推計における『主観確率』である。ただ、主観だからいいかげんで理論化できない、ということではない。主観確率は「命題への信憑性」を0〜1の範囲で与える、という形をとり、その上にも厳密な確率理論を立てることができる。

一般にプロジェクトにおける確率推計(とくにリスク確率のアセスメント)では、主観確率を扱っている訳である。「このプロジェクトの受注確率は」と論じる場合、それはベイズ推計の議論なのだ。

わたしは以前、著書の中で、計画立案という仕事を次のような式で定義した:

 計画=予測+意思決定

計画を立てるには、その基礎として、予測が必要なのだ。ただ、砲弾の着地点予測と違って、ビジネスや市場の世界における予測問題は、複雑である。そして信念だの希望的観測だのが、まぎれこみやすい。だから、ちゃんとした未来予測の手法論を学ぶことが、絶対に重要だ。

だから、この本に価値があるのである。巻末にある「超予測者をめざすための10の心得」を読むだけでも、価値がある。実際、トーナメント参加者にこの心得を読ませたところ、その後1年間の予測の正確性が10%向上したという。

もちろん、どんな予測を立てても、絶対に当たる、ということはない。では、予測や計画など意味がないのか? それについて、著者はアイゼンハワー元米国大統領の言葉を引用している(p.312)。軍人だった彼はかつて、こう語ったそうだ。

「計画は役に立たない。だが計画を立てるプロセスは絶対に必要だ。」



# by Tomoichi_Sato | 2019-05-08 07:45 | 書評 | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(5月21日)開催のお知らせ

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2019年第2回会合を開催いたします。

デジタル・トランスフォーメーション(略称DX)という概念が、今やビジネス界を席巻しています。最近発達の著しい『デジタル技術』をキーに、新しいビジネスドメインを開拓し、事業のあり方を変える、との意味で使われていることは、皆さんもご存知のことと思います。

そしてDXのための手法として、デザイン思考(Design Thinking)が注目されています。デザイン思考とワークショップ形式で衆知を結集し、アジャイル開発によってその成果をMVP(Minimum Viable Products)に結実します。これを核に、新しい価値を創出するのだ、という説明をよく聞くようになりました。これは従来の、「ITシステムは業務の効率化が目的」「システムはSIerが受託開発する」「開発プロジェクトはウォーターフォール型で遂行する」という常識から、相当に飛躍することを要請します。

そこで今回は、日本を代表するSI事業者である富士通のシニアフェロー・宮田一雄様をお招きして、同社におけるデジタル・トランスフォーメーションへの取り組みについてお話いただきます。宮田様は元・富士通ウェストの社長で、TOC理論によるクリティカルチェーン実践なども進めておられましたが、新たに本社で「デジタルフロント」ビジネスグループを立ち上げ、陣頭指揮をとられています。

同社が顧客のDXを支援する取り組みも興味深いものですが、同時に、天下の富士通さんが、従来の受託SI事業から転身(トランスフォーメーション)する試みとしても、非常に注目すべきと思います。

大勢の皆様のご来聴をお待ちしております。

<記>

■日時:2019年5月21日(火) 18:30~20:30

■場所:田町キャンパスイノベーションセンター 
 5F スペース:509AB
 (いつもの慶応大学三田キャンパスとは場所が違いますのでご注意下さい!
  JR田町駅の芝浦口から右方向の階段をおりて、50mほど先の右手の建物です)

■講演タイトル:
「デジタル時代に対応する富士通の取組ご紹介
 ~ デジタルイノベータの育成 ~」

■概要:
 DXの潮流の中、富士通自身が新たな価値を創造しないと破壊されてしまうという危機感を強く感じている。
 お客様のDX推進パートナーとして認知されるために、2017年1月に社内出島としてデジタルフロントビジネスグループを設立して、社内のモード2人材を発掘して新たなデジタル人材の育成とビジネス開発に取り組んできた。
 2年間の人材育成の取組内容や生まれてきた成果と課題、そして今後目指す2階建て経営への展望を紹介する。

■講師:宮田 一雄(みやた かずお)
 富士通株式会社 シニアフェロー

■講師略歴:
 1977年富士通入社。SEとして銀行(信金・地銀)・証券・通信キャリアなど、数多くのお客様を担当。
SEとして、プロジェクトマネージャーとして、大規模SIのプロジェクトを数多く経験する。
 2011年に株式会社富士通アドバンストソリューションズ、2015年から株式会社富士通システムズ・ウエストの代表取締役社長に就任。ICT業界におけるプロジェクトマネジメントの問題改善のため、TOCやCCPM理論に基づいた取り組みを進める。2016年11月から富士通株式会社の執行役員常務に就任。
 デジタル社会に向けたビジネスの変革と人材育成を進め、2019年2月からMobilityビジネスを担当。

■参加費用:無料。
 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。
 参加を希望される方は、確認のため、できましたら前日までに三好副幹事までご連絡ください。

 以上、よろしくお願いいたします。


佐藤知一@日揮(株)


# by Tomoichi_Sato | 2019-05-02 19:36 | プロジェクト・マネジメント | Comments(1)

感情のマネジメントとは、どういう事を指すのか

夜中に目が覚めて、しばらく眠れなくなった。仕事の多忙で、身体は疲れているはずだ。なのに、うまく眠れないまま、いつの間にか、ある問題状況について考え始めていた。最近起きた、ひどくイライラするトラブルだ。おかげで頭がさえて、さらに眠りから遠ざかってしまう。「夜中にそんな事を考えても、仕方がない」−−そう自分に言い聞かせてみたが、心はまたその悩みに戻って行く。そして堂々巡りの思考の中で、休息すべき時間が失われてしまう・・

こういう経験をしたことがない人は、うらやましい。働いていて悩みが全くない人は、滅多にいないだろうが、悩みに煩わされる程度は、人によって違うようにも思える。夜中に目がさえるような時は、起きている間も、いつの間にかその問題を考え続けている。ただ、考えるといっても、たいていは同じ場所を巡っているだけで、出口の見つからないことが多い。つまり、脳の中のある部分がずっとループしたまま回り続けていて、メモリやリソースを占有してしまっている感じだ。

とはいえ、わたし達の脳がコンピュータと違うのは、そこに『感情』というモードが伴うことだ。怒りだとか、不安だとか、恐れだとか。もちろん幸福という感情だってたまにはあるが、夜中に幸せすぎて目が冴えたという体験は、まだない。大抵は不快な、ネガティブな感情が伴っている。いや、逆かもしれない。感情的な問題がまずあって、それを解決したくて、知的な回路がぐるぐる回っている、という事なのだろう。

感情とは、なんだろうか。それは、マネージすることができるのだろうか?

自分は感情というものに対して、決定的に鈍感なのではないか。そう、疑い始めたのは、中年になってからだった。ずっと技術職だったから、理屈を通すことで仕事を回してきた。若いうちは、それで仕事を回せると思ってきた。

だが、プロジェクトというのは、複数の人間が協力し合って、共通の目的を達成する仕事である。人と協力するには、人の役割分担や能力も大切だが、人のモチベーション、その気分や感情も大切だ。信頼関係のないところに、良い仕事は生まれない。

自分はちゃんとチームを動かしているつもりなのに、「〇〇さん、あとで怒ってましたよ」「××君、ひどく疲れてがっかりしていたね」といった指摘を、人から受けることもたびたびあった。そして家族からも、他人の感情について鈍感だ、と思い知らされるに至って、これは何とかしなければ、という問題意識が生まれてきた。

先日、わたしが主催する「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」で、『感情のマネジメント』という珍しいテーマを選んで講演してもらうことにしたのも、その問題意識からだった。アイシンク(株)の丸山奈緒子様に講師をお願いした。ところで驚いたことに、この回は過去最高の参加希望者があり、しかも初参加の方が多かった。このテーマに関心を持つ人が自分だけでないことに、あらためて印象付けられた。

以下、わたしが学んだことを、研究部会における丸山さんの講演資料「プロジェクトマネジャーが高めたい『感情マネジメント』スキル」をベースに、多少引用させていただくが、もちろん文責は筆者にある。

まず、感情とは何か、である。

当たり前だが、わたし達が抱える感情には、多種多様な種類がある。では、何種類に分けられるのか? じつは感情というものは、基本的な分類基準さえ、世間的には確立していないのだ。自家用車にはどんな種類があるか、金融投資にはどんな種類があるのか、わたし達は大まかな分類の軸をあげることができる。だが、感情はそれができない。それくらい、近代的なわたし達の生活において暗黒大陸、ないし未開の沃野なのだ。

それでも、とりあえず感情にはポジティブとネガティブがありそうだ、というくらいは分かる。ネガティブ感情にしばしば悩まされると、上にも書いた。では、ネガティブな感情は、さらにどう区分できるのか?

わたし達は赤ん坊の時から、感情をもっている。知性や自我の前から、あるのだ。ただ最初は、未分化な状態にある。自分が成長していく過程で、少しずつ、「あんたは怒ってるの?」「うれしそうね」「ぼくはそれ悲しい」「さびしいな」などと、言葉で表現するようになる。名付けることによって、感情は対象化され、また自分でも気付きやすくなるものらしい。感情の分類と、感情の発達・分化は関係しているのだ。
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そこで講演では、参加者に、自分が感じている感情を、言葉と数字を使って、表の形で書いて見るワークが出題された。直近の一週間を振り返って、自分はどんな時、どの感情を感じていたか。その強さは0-100%であらわすと、何%か?

単純なワークだが、これをやっていると、自分が毎日、いろんな気持ちを抱きながら過ごしている事に、あらためて気づく。それもプライベートだけではない。職場などの公的な時間でも、いろんな感情とともにいるのだ。

丸山さんによると、感情には、二つの重要な機能がある。一つ目は、自分自身への「信号」として、である。感情は、自分にとって重要な何かが起きていることを、知らせる。それによって、直接的具体的な行動を促す働きがある、という。たとえば、怒りは「戦え!」「相手を排斥しろ」という信号だし、恐れは「走れ、危険が迫っている!」 と自分に知らせてくれる。

もう一つは、他者との「コミュニケーション」を活性化する機能だ。感情は、他者に自分に関する副次的情報を伝えることで、他者とのコミュニケーション活性化のきっかけとなる。たとえば、悲しみは「助けて!」「わたしは傷ついています」と他人に訴えかける力がある。喜びは、「協力しよう」「再現しよう」 という気持ちを伝えてくれる。

ポジティブ感情には、「心身を回復する」ないし「注意と行動の範囲を広げる」働きがある。そして、ポジティブな感情は、その大きさ・深さよりも「頻度」が大切だという主張にも感心した。小さくても、頻繁に、自分に対してポジティブな感情のストロークを蓄積する。それがストレスを軽減するのだろう。

講演はさらに、ネガティブ感情を受け入れる、というテーマに進む。ネガティブな感情も、適度であれば、自分にメリットをもたらす。不安は、慎重さや準備、予防策のきっかけになるのだ。しかし、不安感情が過剰だと、デメリットが目立つようになる。パニックになる、他のことが手につかない、などの状態に陥るからだ。

そして、自分のネガティブ感情に「応対戦略」を考えるワークを、皆で行った。二人一組になって、それぞれ、自分がしょっちゅう悩まされるネガティブ感情をとりあげ、それに「あだ名」をつけるのだ。このとき、ちょっとコミカルなキャラづけになるような名前を考えるのがいい、という。

自分の場合は『怒り』だな、とわたしは思った。じつは気が短いので、つまらぬことでもすぐ怒ってしまう。とくに馬鹿げた、筋道の通らない話をされると、ついカッとなり、それが攻撃的な口調となって出てしまう。これで何度、損をして痛い目にあったことか。では、なんてあだ名をつけようか。

よし、「イカール大帝」にしよう、と決めた。ご存知の通り西洋史には、カール大帝という、英雄だが戦争好きな君主が出てくる。それのもじりだ。イカール大帝が登場すると、しょっちゅう、あちこちでケンカをやらかして、まずい事態を引き起こす。自分の中にいるのだから、そんなに偉大な存在ではないけれど、暴君なのだ。では、どんな時に現れてくるのか。この人と、どう付き合ったらいいか。それを考えて、相方に説明し、一緒に相談する。

これはなかなか興味深い体験だった。何より、自分が前からとらわれている感情を対象化し、しかもコミカルに擬人化するところがいい。そうすると自分にとって、何とか応対可能な相手だという感じがする。あだ名をつけるというアイデアが、卓抜だ。さすが専門家はだてに専門家ではないな、と思った。

それと同時に、こうした研修講演にはワークが必須なのだ、と気づいた。聴いて、知った気になるだけでは、自分の行動に結びつかない。身に着けるには、練習が必要なのだ。ただ、実りあるワークのためには、ある程度、自分の感情を人に晒せるような、相互に信頼感のある場づくりが必須である。

今回は、本来1日かかる研修コースの内容を、丸山さんを拝み倒して、わずか1時間半に凝集してもらった。ただ、明らかにこれだけで十分ではない。だから、自分自身で感情に気づくエクササイズを、日常で繰り返す方がいい。そのためにも、日誌による「ふりかえり」の習慣は有益だろうと思う。

ところで、以下は個人的な感想ないし疑問だが、はたして感情とは「マネージ」「コントロール」するべき対象なのだろうか?

感情のマネジメントという考え方が広まった背景には、EQという概念の普及も関係しているらしい。EQは、80年代後半に米国のメイヤーとサドベイが提唱したもので、IQ(知能指数)にヒントを得た用語であある。彼らは、「感情をうまく管理し、利用することは、知能である」と主張する。

優秀なリーダーは、自分の感情を把握・コントロールする能力と、他者の感情を知覚する能力が優れている、という研究があり、彼らの主張はこれに基づいている。つまり、ビジネスの成功には、知的なIQと、感情のEQが必要だ、という主張である。まあ、ある意味、いかにも「ビジネスの成功=社会的理想」とする米国的な考え方ではある。

ところで、日本語には「知情意」という言葉がある。知性、意思、感情という、心の働きの主要な3つを表した言葉だ。この三つについて、上記のEQのような考え方では、意思に基づいて知性を働かせ、その知性によって感情をマネージする、という風にとらえられる。つまり、

 意思>知性>感情

という優越関係にあるようだ。ただ、本当に感情とは、自分(自我の持つ意思・目的)が利用すべき資源にすぎないのか。暴れん坊だからコントロールすべき、家畜のような存在なのだろうか?

感情は、じつは自分の一部ではないのか。知性や意思と対等な、自分自身を作り上げる構成要素ではないか。そういう風にも、わたしには思える。感情の働きは、じつは自分の生に意味や価値を与えるのではないか。

人間は、なぜかしらないが、感情を共有したがる生き物である。丸山さんはこのことを、感情には「伝染性」がある、と表現された。そしてまた、感情には「流れ」があり、それはお金の流れと同様に重要だ、という経営者もいる。興味深い考えだ。

そして、感情は身体とかなり直接、結びついている。負の感情が肉体的な不調を呼び起こすことも、よくある。身体だって、自分の一部であって、単に「自分の所有物」ではあるまい。所有物みたいに思って暮らしていると、そのうち、身体の反乱によって痛い目にあう日が来る。同じように、感情をただ「マネジメント」の対象として、上から目線で考えるのは、いささか一方的だと感じるのだ。

「プロマネの仕事は技術をリードすることだ、だから優秀な技術者がやればいい、と信じている組織が世間ではほとんどです。だが本当は、感情とリスクのマネジメントがその8割以上なのではないかと、参加した皆さんもきっと思われるようになるはずです。」--研究部会の案内文に、わたしはそう書いた。

夜、目覚めて眠れず困る時間をすごす代わりに、自分の中の感情に気づき、自分を支える一部として認め共存することが必要なのではないか。そして、他者の感情をも、同じように尊重することが大切なのではないか。これが、理詰めで世の中を渡ろうとしてきたわたし自身の、最近の本心である。


# by Tomoichi_Sato | 2019-04-26 21:36 | 考えるヒント | Comments(0)

BOM/部品表に関するセミナー講演のお知らせ(6月18日・東京)

お知らせです。
来る6月18日(火)に、BOM/部品表に関する有償セミナーを行います。場所は東京・新宿です。

ご承知のとおりBOM/部品表の構築と保守は、製造業にとって古くて新しい問題です。わたしは2004年に「BOM/部品表入門」を上梓しましたが、この本は発刊後15年経っても、いまだに現役です。昨年も増刷され累計1万部を超えたばかりか、中国語版もかなり売れています。

それはしかし、BOMのマネジメントに関わる根本の問題が、多くの企業で、未解決のまま長く残っている事を意味します。とくに近年は、
 ・新製品開発・投入のサイクルが早くなったことと、
 ・製造のサプライチェーンが国境をまたいで海外に伸びたこと、
 ・企業買収や提携が進んでいること
などの要因が相まって、BOMの維持運用を難しくしています。

ともあれ、近年製造業でも多少は情報化投資の余裕が出てきたことと、データ・サイエンスや統合データ・マネジメントに関心が集まったことで、ふたたび注目されているのでしょう。また過去15年間に、この分野でたしかに進展もありました。たとえばBOP(Bill of Process=工程表)概念の普及や、海外を中心としたPLM(Product Lifecycle Management)ソフトウェアの発達などが挙げられます。

わたしは最近、有償セミナー講師をいささか控えてているため、このテーマで講演するのは2年ぶりとなります。今回はとくに、著書に詳しく書いた量産型の製造業だけでなく、BOMを扱いにくい個別受注生産における知恵にも光を当てて、「自分で考え身につく」セミナーを目指します。

この問題に関心のある方のご来聴をお待ちしております。

<記>

日時: 2019年6月18日(火) 10:30~17:30

テーマ: 「BOM/部品表の基礎と効果的な構築・活用ポイント ~演習付~

主催: 日本テクノセンター

会場: 〒163-0722 東京都新宿区西新宿二丁目7番1号
     小田急第一生命ビル22F

セミナー詳細: 下記をご参照ください
     →詳しい開催案内


 よろしくお願いします。
               (佐藤知一)


# by Tomoichi_Sato | 2019-04-16 22:45 | サプライチェーン | Comments(0)

PMBOK Guideに欠けている、3つの重要事項

春である。4月の花咲く頃になると、今年は何人くらい受講生がいるかな、とそわそわした気持ちを抱えながら、つくばエクスプレスに乗る日が来る。東大の柏の葉キャンパスで「プロジェクト・マネジメント特論」の開講日を迎えるからだ。まだ働いた経験のない学生たちに、PM論を教えるのは、あまり簡単でない。それでも柏の葉キャンパスは大学院なので、皆、とりあえず自分の卒論で多少は苦労した経験を抱えて、入って来る。つまり小さくて個人的ながら、プロジェクト的な取り組みをした訳だ。だから学部生よりは、少しだけ教えやすい。

PM論を教えるにあたって、どんな構成・体系で説明を進めるべきかも、悩ましい。大学で講義を持っている、というと、「じゃあPMBOKを教えるんですね」とたずねてくる人が時々おられる。こういう人は、PMBOK Guide®︎が『教科書』だと信じているのだろう。だがあれは、いくつかあるガイドブックの一つにすぎない。よくまとまっているが、あまり書かれていない部分、足りない部分もある。

たとえば、プロジェクトの類型論である。これがないのは、けっこう痛い。古今東西、すべてのプロジェクトが同じ一つの道具立てでマネージできる訳ではない。数ある技法やプロセスの、どれを使うべきか、どれが自分のプロジェクトにあっているのかを、判断する具体的な基準が、PMBOKには書いていない。

最初に読んだときから感じているのだが、PMBOK Guideには、無意識に前提されていることが一つある。それは、プロジェクトが比較的「固い」スコープをもって出発する、との前提である。そこで、SOW(Statement of Work=作業範囲記述書)を初期インプットとして、プロマネがProject Charter(=PMBOK日本語版では「プロジェクト憲章」と訳されている)をまず作る、といった作業プロセスが規定される。Charterはさらに、プロジェクト・マネジメント計画書のインプットとなり、その中でWBSが展開される・・と続く。SOWは、まさにプロジェクトの出発点である。

では、そのSOWなるものは、どこから来るのか? プロマネが受け取るのだから、プロジェクト・チームの外部から、ポンと来るわけだ。解説書などを読むと、プロジェクトの成果を利用する組織が作る、と書いてある。社内利用なら、内部のsponsoring organizationが、また外部顧客の利用なら、顧客から来る、と。だとすると、自動車の新車開発プロジェクトでは、まだ見ぬ顧客からSOWが届くのだろうか?

種明かしをしよう。SOWは、プロジェクトの発注者から来るのである。米国PMIで初期のPMBOK Guideをつくった人たちの多くは、防衛産業・航空宇宙産業やエンジニアリング産業の出身だった。彼らにとって、プロジェクトとは受注型のビジネスであり、「何を作るべきか」は発注者(国防総省とか石油メジャーとか)が決めるものであった。そして(少なくとも米国においては)国の機関や大企業は、自分達の要求事項は事細かに、紙に書いて入札を行うのだ。それは業界によってITBとかRFQとかいろいろな名前で呼ばれるが、抽象化してStatement of Workと呼ぶことにしたのだろう。

初期のPMBOK Guideにおいては、プロジェクトとは受注型であり、かつ明確なスコープから出発するものだ、という無意識の前提があった。だから、エンジニアリング業界に身を置くわたしのような者が読むと、なんだか似たような業種の匂いがぷんぷん感じられた。ただし、プロジェクトには自社が決めて行う、自発型のものもあるし、PMBOK Guideが標準である以上、それにも適用可能な記述でなければならない。だから、「社内利用の場合はsponsoring organizationがSOWをつくる」といった、なんだか無理の多い話になるのである。新車は誰が利用するものだろうか?

PMBOK Guideがもう一つ、無意識に前提したことがあった。それは、プロジェクトは複雑で大型の営為である、という感覚である。これも、防衛宇宙産業やエンジニアリング産業からみれば当然のことであった。大規模プロジェクトの場合、必然的に、「計画」「契約」そして「計数管理」が大切になる。わたしはこれを、プロジェクト・マネージャーの3Kと呼んでいる。この三つが、プロマネの仕事をひどく大変にするのだ。また、受注型プロジェクトではたいてい、コスト制約・スケジュール制約が厳しい。したがってプロマネに、より強い権限を与えるような組織体勢が望まれる。

ところで、世の中には自発型のプロジェクトもある。新製品開発がその典型だ。あるいは、イノベーティブな技術開発とか、自社向けの業務システム開発などもそうだろう。こちらは、ふつうスコープが柔かい。コスト制約よりも、プロジェクト価値の最大化がねらいになる。そこで、品質(とくに設計の品質)が重要になる。このような種類のプロジェクトに、計画・契約・計数管理を持ち込んでプロマネに権限を集中し、ギリギリやっても、あまり楽しい結果が出てきそうにない。別の種類のマネジメント技法が望まれるのだ。

これに関連して思うのは、PMBOK Guideに設計論がない、ということである。なぜ、10個の知識エリアには、『設計のマネジメント』が入っていないのか? プロジェクトが独自の製品・サービスを生み出すための有期性の業務であるなら、必ずその中には設計業務があるはずではないか。その設計のあり方、良し悪しが、その後のプロジェクトを大きく左右する。ヘマな設計をすると、作りにくく、時間がかかり、コストもかさむ。

設計によって、その後の段取りや作業が全く変わることも多い。3階建ての建物を作るとき、鉄骨造で設計するのと、木造2X4(ツーバイフォー)で考えるのでは、工法や要員や作業手順が全く変わる。それどころか、力学的構造が全く異なるので、建築デザインの見た目も、大きく異なる。それくらい、設計段階の意思決定は重要なのだ。

なのに、PMの知識エリアには品質やコストはあれど、「設計」がない。設計抜きで、構築(製造・実装・建設)だけがプロマネの仕事、という観念は奇妙である。え? 設計は分野ごとに個別性が高いから、Guideに書くのは適当ではない? だが、そもそも、分野ごとに個別性が高いのがプロジェクトの特性であろう。それでも、共通なプロセスを考えることは十分可能なはずだ。

その一例が、システムズ・エンジニアリング分野から発した「V字モデル」である。これは対象がシステムであれば、人工衛星であろうがワープロソフトだろうが共通に当てはまる。また、「エンジニアリング・マネジメント」という言葉は、日本ではプラント業界くらいしかお目にかからないが、米国にはEngineering Managementを教える専門学科だって存在する。だったらなぜ、PM論の中に、設計マネジメントがないのか?

なお、ここで問題にしているのは「プロジェクトのデザイン」(=WBSをどう作るか)の話ではない。また、製品デザイン(=美大を出たデザイナー達が行う仕事)だけの話でもない。エンジニア達の普通の仕事としての「設計論」である。

現在のPMBOKに設計論が欠けている理由は、わたしの想像であるが、おそらく米国における分離発注の商慣習にあったのではないか、と思われる。つまり、

 「基本設計」の段階 →(見積と競争入札)→ 「構築プロジェクト」(実装・製造・建設)の段階

の二段階に、発注を分離する、という商慣習である。たとえば建築業界では、20世紀前半から、「建築設計」→「施工」が別々の主体で、別契約になることが一般的だった(少なくとも英米では)。プラント業界でも、80年代頃には、「基本設計」(FEED)→「詳細設計・調達・建設」(EPC)が別になるのが一般化した。防衛宇宙産業のことはよく知らないのだが、米国政府発注なので、似たような分離発注形式をとっていたのではないか。

前段の基本設計において、かなり詳細な(=コスト見積が可能なレベルの)仕様書を作成しておき、契約書の雛形も用意しておく。競争入札を経て、後段の構築プロジェクトに入る。そしてPMBOK Guideを作った初期の人たちは、構築プロジェクトにもっぱら携わる業界人だった。だから、プロジェクトの最初にSOWがあるのは、彼らにとって当たり前だったのだ。そして、設計の主要な部分はもう終わっているのだから、知識エリアに設計マネジメントは入らなかった、と。

ところで、これが本当だとすると、IT業界にとってはいささか気の毒なことだった。なぜなら、SIプロジェクトの分野で、「要件定義」→「設計・実装」が別フェーズとして分離するのは、もっと遅かったからだ。ソフトウェア開発プロジェクトでは、一般に要件定義が「柔らかい」(固めにくい)ため、設計・実装のスコープも柔らかくなってしまう。そして、IT系プロジェクトの難しさのかなりの部分は、このスコープの曖昧さから生まれるからだ。

おそらく、初期のPMBOKコミュニティには、IT業界の人が少なかったのではないか。そして、少し後になってから、PMが注目されるようになった(日本での普及期は2000年台に入ってからだ)。そして、PMBOK Guideを学ぶことが推奨された。だがPMBOKが無意識に前提するハード型の一括発注契約を、ソフト型であるIT開発プロジェクトに適用したことが、多少の無理を生んだのではないかと想像される。

そして、この不足を補うべく、BA(ビジネス・アナリスト)の実務標準を最近になって付け加えたのだろう。設計(とくに基本設計)が、プロジェクトにおいて重要だと、あらためて皆が痛感したからである。

ちなみに、IIBAの「ビジネスアナリシス知識体系ガイド (BABOKガイド)」https://amzn.to/2OQvnMF などを読んでいると、同じような設計マネジメントのアプローチが、IT以外の分野でも必要だし有効だ、と気づく。ただ、BABOK自体、Version 3.0になってずいぶん良くなったが、まだ発展途上だという印象が強い。デザイン思考がIT分野で注目を集めている今日、もっと設計論は必要だと思う。

さて、PMBOK Guideに書いておいてほしかった第3のポイントは、プロジェクトの評価論(価値論)である。

プロジェクト・マネジメントの最大の仕事は、決断することだ。決断とは、複数の選択肢から、最も良いと信ずるものを選ぶことである。だが、最も良いとは、どういう意味か?

プロジェクト・マネージャーの責務とは、プロジェクトの価値を最大化することだ、とも言える。それがプロマネの査定、成績表になるはずである。では、プロジェクトの価値とはいったい何か? スコープ・コスト・スケジュールの制約条件(「鉄の三角形」)を守ることだろうか? それとも、成果物のもたらす顧客満足なりベネフィットを最大化することか?

もし後者だとしたら、じゃあ、「ちゃんと作ったけれど、使われないシステム」の価値はどうなるのだろうか? わたし自身も過去にそういうものを作った苦い経験があるから書くのだけれど、その場合、プロマネの点数は落第点となるのか。たとえば、ユーザが旧来の仕事のやり方を変えることに抵抗したら? それはプロマネの責任範囲なのだろうか。

あるいは、逆に、あえて機能とスコープを増やしたおかげで、予算を超過し納期も遅れたが、顧客が喜んで使ってくれるようなシステムを作るのは、是か非か? つまり、プロジェクトの価値とは、成果物(アウトプット)で評価するのか、アウトカムで評価すべきなのか。これが決まらないと、プロマネは判断できないではないか。だが、こうした価値論が、現在のPMBOK Guideには欠けている。

多くのプロマネは、しばしば二律背反のトレードオフに直面するものだ。外注先は、価格の安さを取るか品質を取るか。計画では、コストを取るか、スケジュールを取るか。目標設定では、リスクを取ってでも、リターン(利益)の最大化を狙うべきか? こうしたトレードオフについて、ある程度までは、出発時のミッション・プロファイリングとCharterで、判断基準の優先度を事前定義できる。だが、プロジェクトの途上で起きる全ての判断パターンを、事前に定義できる訳もない。

ところで、PMBOK Guideには価値論がないが、モダンPM論の世界に、全く欠けている訳ではないことは、知っておくべきだ。英国の商務省が開発した標準の中には、「Management of Value」(略称MoV)という標準書がある。現在はAXELOSという会社が版権を所有している。内容をざっと知りたければ、たとえば下記のSlideShareをみるといいと思う。
AXELOS - MoV® - Management of Value - Foundation

このMoVでは、Valueという尺度を、次式で定義している。

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つまり、単にベネフィット(便益)を最大化しても、それに投入する資源(コスト等)がむやみに増えてしまったら、全体としてはプロジェクトの価値が下がるのだ。この定義式は概念的なもので、必ずしも定量化に向いている訳ではないが、一つのわかりやすい表現ではある。そして、こういう議論は、とても欧州のPM論に特徴的だな、とわたしは感じる。欧州のPM研究では、プロジェクトのスコープを所与のものとして扱わず、より大きな社会的文脈の中で評価しようという視点が強いからだ。

類型論、設計論、価値論--この三つを、今後のPMBOK Guideはもう少し盛り込んで欲しいと、わたしは思っている。念のためにいっておくが、わたしは別にPMBOK Guideを批判したり否定している訳ではない。ただ、それが完璧な教科書だと信じて、鵜呑みにしないようにしよう、と主張しているだけだ。

前にも書いたが、教科書を暗記しすぎる人は、プロジェクト・マネージャーには向かない。PMBOKというのは、署名にもある通り、Guideである。ガイドなのだから、皆、自分自身で考え、自分の足で山に登っていく必要があるのだ。


<関連エントリ>
 →「プロジェクトのスコープには硬軟がある」 https://brevis.exblog.jp/27558796/ (2018-09-20)
 →「オーケストラの指揮者かジャズ・バンドのリーダーか - プロジェクト・マネジメントの4つの類型を知る」 https://brevis.exblog.jp/21641066/ (2014-02-02


# by Tomoichi_Sato | 2019-04-06 20:48 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ:「化学工学」誌に論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える 』が掲載されました

「化学工学」誌の2019年4月号に、わたしの論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える』が掲載されました。

化学工学、という学問名称には馴染みのない方も多いかもしれません。これは化学プラントの設計論を研究する工学で、19世紀の終わり頃から急速に発達した分野です。

英語ではChemical Engineeringと呼び、Mechanical Engineering(機械工学)とか、Electrical Engineering(電気工学)などと並んで、かなりメジャーな技術の一つです。ただ、戦前日本に輸入された際、英語を直訳したため、一つの学問名称の中に「学」が2回登場するという奇妙なことになりました(似たような例は、他に「科学哲学」がありますが)。

「化学工学」誌は、文字どおり化学工学会の学会誌です。以前は紙媒体のみでしたが、現在はWeb化されており、2019年4月号は下記のURLから閲覧ができます。
〔目次〕

わたしの「ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える」は、以下の場所です:

なお、わたしの論文にある次の図が、今月号の表紙を飾っています。
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ただし本サイトの読者は、学会員でないためアクセスできない方がほとんどだと思いますので、少しだけ説明します。この図は、一般的なシステムにおける二種類のアーキテクチャーを示しています。上が、密結合された「インテグラルなシステム」、下が、疎結合な「モジュラーな集合体」です。

システムとは一般に、「目的を成し遂げるため、相互に作用する要素(element)を組み合わせたもの」と定義されます(国際システム工学協会INCOSEによる定義)。その意味で携帯電話もシステムですし、自動車もコンピュータもシステムです。

そして工場も、システムの一種です。ただ、その要素に、働く人も含まれている点に特徴があります。工場を設計するとは、単に機械や建物の設計図を書くだけではなく、機械と人と建物とITからなる、複雑なシステムを設計することに他なりません。

ところで日本では、化学・石油などいわゆるプロセス産業の生産設備を「プラント」と呼び、自動車や家電製品などを作る場所を「工場」と呼ぶならわしになっています。英語ではどちらもPlantなのですが、日本では別物だと思われています。実際、外見もずいぶん違います。前者は屋外にあって配管が縦横無尽に走っており、後者は建物の中にあって工作機械やコンベヤと人が並んでいる、と。

たしかにその通りなのですが、じつは両者の最大の違いは、システムとしてのアーキテクチャーの違いにあるのです。いわゆるプロセス産業のプラントは、密結合された「インテグラルなシステム」であり、他方、組立加工系産業(ディスクリート型ともいいます)の工場は、「モジュラーな工程の集合体」になっています。

そして、このようなアーキテクチャーの最大の違いは、その運転(操業)のあり方に現れます。いわゆるプラントでは、「中央制御室」があって、そこから工場内の主要な工程は全てモニタリングされ、決定されています。ところが組立加工系の工場にはそうした仕組みが一般になく、現場の各工程が分散的に意思決定をするようになっています。
(なお、正確にはプロセス系とディスクリート系の間には、その混合的な性格を持つ「切替型連続生産」という形態がありますが、ここでは省きます。興味がある方は拙著『革新的生産スケジューリング入門』をごらんください)

わたしの論文では、このようなアーキテクチャーの差異が、じつは扱うマテリアルが流体か固体かという、単純な違いに起因することを明らかにします。この差は、さらに工場の設計方法(手順)にも大きな影響を及ぼします。インテグラルなシステムであるプラントでは、化学工学の一領域である「プロセスシステム工学」が最初に全体を設計し、ついで機械装置や配管・計装など要素の設計に進みます。ところがディスクリート系の工場は、こうした流れが確立しておらず、機械設計と建築設計が独立して平行に進んだりします。

ところで日本の化学産業は、近年、エチレンなどの基礎原料(バルクケミカル)から、機能性素材などの製品に利益の源泉が移っています。機能性素材の多くは個体のハンドリングが要求され、ディスクリート系の性質を強く持っています。したがって最近の化学工場は、両者の特性を併せ持つ「ディスクリート・ケミカル工場」ともいうべき存在になっており、その設計論は新たな進展が要求されている、というのが論文の骨子です。

ここまでなら、たぶん化学産業以外の人には、さほど興味ない話題だと思います。事実、わたしは2006年に『ディスクリート・ケミカル工場』の概念を、化学工学会の展望講演で発表し、このサイトにも関連記事を書いたのですが、ほとんど反応はありませんでした。

ところが最近になって、ここにIoTという注目の技術が登場します。IoTとセンシング技術は、従来モジュラー型でしか設計し得なかった組立加工系の工場を、インテグラルなシステムに変える潜在的可能性を持っています。この可能性に早くから着目したのが、ドイツの「インダストリー4.0」構想でした。

ただ、あいにく日本では、ただ単体の機械にセンサーをつけてデータ解析するだけの、部分的な「スマート化」としか理解されませんでした。そもそも、システムのアーキテクチャー、といったシステム工学の概念が、工場設計(生産技術)の分野で希薄だったのです。それに追い打ちをかけたのは、リーマンショック以来の生産技術部門の弱体化でした。

わたしが昨年来、「次世代スマート工場」のエンジニアリングに関する研究会組織を立ち上げて活動しているのは、そういった背景があるのです。このまま日本の工場作りの弱体化を見過ごすべきではない、という気持ちを、エンジニアリング業界の人間として、強く感じています。

この「化学工学」誌の特集『プロセス産業のスマート化への挑戦』には、他にも東芝(前Siemens)の島田太郎氏による「プロセス業界におけるIndustrie4.0」をはじめ、注目すべき解説論文が並んでいます。ご興味のある方は、ぜひ読まれることをお勧めします。



<関連エントリ>
 →「ディスクリート・ケミカル産業」 https://brevis.exblog.jp/3240905/ (2006-04-17)
 →「ディスクリート・ケミカル工場を設計する」 https://brevis.exblog.jp/3304091/ (2006-04-26)
 →「『スマート工場』はスマートか?」 https://brevis.exblog.jp/27295851/ (2018-05-26)
 →「『インテグレーター不在』という深い谷間」 https://brevis.exblog.jp/27172645/ (2018-04-01


# by Tomoichi_Sato | 2019-03-30 22:48 | 工場計画論 | Comments(0)

パン屋問題の解決、または中小製造業の生き残る道

あなたは町のパン屋さんである。以前は都会でエンジニアとして働いていたのだが、やむを得ぬ事情で郷里のパン屋を継ぐことになった。店は昔ながらの商店街にあり、店の奥では職人が小さな工場(こうば)でパンを焼いている。ところで、地域のチェーンストアからサンドイッチ製造の仕事を依頼されたのだが、受けてみたら大変な仕事だった・・という事情までは、前々回の記事「下請け型受注生産という日本的形態を考える」https://brevis.exblog.jp/28051644/ に書いた通りだ。

何が大変かって? チェーンストアは、コンビニの向こうを張って、いわゆる「JIT納品」(ジャスト・イン・タイム納品)を要求してくる。1日4回、FAXで注文が来て、2時間以内に納品しなければいけない。おまけに製造後6時間以内の品であること、という鮮度指定もついている。ところが注文を受けてからカツを揚げてサンドイッチを作っていては、2時間の納期に間に合わないのだ。

したがって、あなたはやむなく1日のはじめに、見込みで数量を決めてカツを揚げ、食パンやその他の具を用意させることにした。ちなみにFAXの注文は、朝8時・10時・12時・午後2時に来る。納期はそれぞれ2時間後だ。だが朝8時にサンドイッチを作り始めては間に合わない。だからあなたは6時半すぎには店に出て、指示を出すようにしている。パン屋だから、朝早いのは慣れて来た。しかし、朝の見込みと現実とが違って、その日の売れ行きが良すぎると途中で足りなくなり、逆に売れ行きが良くないと売れ残りが生じてしまう。

普通の町のパン屋だって、もちろん売れ残りは頭痛の種なのだ。だから閉店間際になると値下げして、なんとか売り切ろうとする。しかし、チェーン店向けのサンドイッチは、プラスチック包装も専用だし、具の肉や野菜もそのチェーンから仕入れるので、自分の店で勝手に売ってはいけない契約になっている。結局、見込み違いが起きると、結構な数のサンドイッチを捨てることになる(家族やパートが引き取って食べたりするが、量はしれている)。食べ物を捨てるのは胸が痛むし、じつは自分のお金を捨てている訳なので、財布も痛む。

何とか解決できないものかと、あなたは考えてみる。

問題は、サンドイッチの製造に着手してから納品までの生産リードタイムが、納期の2時間より長いことにある。そう気づいたあなたは、リードタイムの内訳、すなわち各工程に必要な時間を、代表的なロット数量である60食分について調べた。結果は次のようになった:

カツの調理(75分) →サンドイッチに具をはさみ袋に入れる(45分) →出荷輸送(30分)

リードタイムの合計は、2時間半である。他に、チーズや野菜類の具もあるのだが、やはりカツが一番時間がかかっている。食パンの方は、学校給食用などもあり、もたくさん焼いているのでネックになることはない。

自社の生産能力不足を外注で補うような器用な真似は、この小さな町ではできない。また、人や設備能力を増やして製造のリードタイムを短縮するには限界がある。具をはさむ作業は、人を増やせば短縮できるだろう。人を3倍に増やせば、計算上は45分が15分に縮まって、リードタイムの2時間に収まる勘定だが、そんな短時間だけのパートはありえない。他方、カツの調理は、肉を解凍して衣をつけて揚げる作業なので、解凍時間や揚げる時間にしばられる。人を増やしても短縮効果は小さい。

顧客の要求納期は2時間だ。だとしたら、具(カツ)とパンを、前回の記事で解説した「カップリングポイント」の在庫理論にしたがい、ストック在庫しておけば、いいことになる。製品にまで作ってストックする必要はなかったのだ。そうすれば、受注から納品までのリードタイムは1時間15分に縮まる。注文を受けたら、カツをはさんで出荷する。出荷した分のカツを、並行して揚げて補充する。

では、どれくらいのストック在庫量が必要なのだろうか?

需要が毎日8時間で240食なら、およそ平均2分のポアソン到着になるのだろう。平均値=60のポアソン分布の標準偏差は、平均値の平方根だから、だいたい8弱だ。形は正規分布に近いはずだし、欠品の危険率を2.5%とすると、安全在庫数量はその1.96倍とればいいから、16食、という計算かな? 元エンジニアのあなたは、昔取った杵柄で、暗算で考えてみる。つまり、60+16=76食の基準在庫量を維持すればいいのか。

いや、これではダメなのだ。そもそもサンドイッチの需要は日中の波が明確にあって、単純なポアソン分布は当てはまるまい。それに夕方、76食が在庫に残っても、それは捨てるしかないのだ。あなたは首を振る。在庫に有効期限がある場合、あまり需要に近い下流に在庫ポイントを置くのは、危険である(それは、前回記事で述べた「はなまるうどん」の事例も、暗示している)。

どうしようか。このままでは、多忙なばかりで、利益は出ない。店の改修もおぼつかない。

いや、待てよ。チェーンストアとの契約では、「サンドイッチは作ってから6時間以内」となっている。別に、「カツを揚げてから6時間」とは、規定していないじゃないか。前日の夕方揚げたカツを、翌朝パンにはさんで出荷して、何がいけないのか。衛生管理はちゃんとしていて、たいして傷む訳でもない。客も気がつくまい。そうだ。そうしよう・・

その時、下の娘が店に来て、目の前で売れ残りのサンドイッチを厨房から持っていった。もう食べ盛りなのだ。そして、あなたは、はっと我に返った。自分の娘に、18時間前に揚げたカツをパンにはさんで、新品だといって食べさせるだろうか? お弁当に持って行かせるだろうか? 自分なら、しない。だったらなぜ、顧客なら構わないと思ったのか。

危ないところだった。あやうく、パン屋の魂を失うところだった。ちゃんとしたものを売る−−そこが作り手の最低限の誇りじゃないか。あなたは前職の会社で、ある大手サプライヤーの品質問題で迷惑を被ったことを思い出していた。自分の会社よりもずっと大企業のサプライヤーだったが、品質記録を偽装していたのだ。おかげで膨大な出荷マスタを、端から全部チェックさせられるはめになった。

品質欠陥で、顧客に実質的な損害はあたえていない、とその会社は弁解していた。そうかもしれない。だが、このところ何年間も、似たようなニュースが繰り返し報じられている。そのほとんどは、「納期のために品質を犠牲にした」ケースだったのを、あなたは思い出した。今は、その裏にある事情を、少しだけ理解できたような気がする。だが、その結果、失ったものは何だったか。

それは「学び」の能力なのだ。品質の記録は、PDCAの基礎である。品質データが事実でなければ、改善のサイクルなど回せるはずがない。すると、日本企業が一番得意としたはずの、現場改善が回らなくなり、現場が事実から学んで成長することができなくなる。それは、会社が成長を放棄することなのだ。だったら、パン屋の経営者のあなたは、別の方策を考えなければいけない。

カツの形での在庫は無理だ。だが、パン粉をつけて、揚げる直前の形で冷凍しておくのだったら、品質劣化の心配は、はるかに少ないと思いついた。揚げ物の時間は、鍋の大きさ(面積)がネックだ。そこであなたは、ガス台と鍋をもう一台ずつ増やし、倍の量を一気に揚げさせることにした。油きりのバットも増やした。かかる時間は、45分。こうして、かろうじて注文から2時間で納品できるようになった。野菜の在庫ロスのリスクは残るが、目をつぶろう。

もっとも、いったん解凍した肉を再度冷凍すると、香りや歯ごたえが少しだけ失われる。だがそこはもう、客の判断に委ねるしかない。これで売れ行きが落ちたら、この仕事からは撤退しよう。そう覚悟しながら、でも、あなたは売れ行きを見届けたくて、納入先のチェーンストアをそっと訪れてみた。一番近い店舗は、歩いて10分のところにある。

昼前から夕方まで、サンドイッチ売り場の棚を行きつ戻りつ、客のふりをしながら横目でじっと観察した。そして、そのうち気づいたことがあった。お昼のピーク需要は短期的で、11時半過ぎから1時ごろまである。だが夕方は、4時(これが最後の納品だった)から、7時ごろまで、少しずつダラダラと売れて行くのだった。そして最後にストアは値引きして、サンドイッチを売り切ってしまう。

だとしたら、4時の納品は、分納させてもらってもいいのではないか。これがあなたの思いついたことだった。たとえば50個の注文が来たとする。それを、4時に25個、5時に25個、分けて納入させてもらう。それでもストアの商品が欠品することはないはずだ。もしこれが可能なら、最後のロットだけは、3時間のリードタイムがあるから、確定受注生産が可能になる。それにより、ストック在庫量のレベルをギリギリまで下げられるはずだ。

あなたはチェーンストアの仕入れ係に、ダメ元で交渉してみることにした・・

* * *

今回のシリーズの記事で、読者諸賢に、パン屋問題の解決方法を募集したところ、大勢の方からご意見を頂戴しました。まずは何より、深く感謝いたします。そして、似たようなシチュエーションにある方が結構いらっしゃることにも、あらためて驚きました。

もとより、この問題にきちんとした正解があるわけではありません。上に述べたストーリーは、単に一つの例です。そもそも、工程別の時間などの詳細なデータを書かなかったので、具体的に考えようがないじゃないか、と憤然とした方もおられたでしょう。その点についてはお詫び申し上げます。

いただいた案のすべてはスペースの制約上記載できませんが、素晴らしいと感じた指摘のいくつかをご紹介します。

「カツを、あらかじめ揚げる直前の状態まで作って冷凍で持っておく」というアイデアをご提示いただいたのは、中小製造業経営者の庄司さんです。また匿名の方(「素人パン屋」さん)からも、同じく「揚げる前までまとめて加工し、冷凍保管」とのコメントをいただきました。これは、上述のわたしの案と同じです。

前回のうどん屋の事例をご教示いただいた愛知県の江藤様からは、「2段階のストック在庫を設置する」、すなわち「日々の需要変動に追従するのは難しいが,週・数日単位では平準化される」という視点から、在庫ポイントの活用策があるはずとというメールを頂戴しました。加えて、「保存技術に投資することで,カップリングポイントをよりゴール付近に持っていくなどが将来の打ち手」とされています。これはわたしの思いつかなかった、優れたアイデアだと思います。

これらはいずれも、在庫の持ち方の工夫による問題解決です。

先ほどの庄司さんは、さらに、「スーパーの要求種類をそのまま作るのでなく、特別メニューを開発して、そればっかり注文が入るようになれば、生産や廃棄量も自社で調節できるようになる」とも書かれています。これは、匿名の方(「素人権限なしマネージャー」さん)の「チェーンストアとの間で、味を最終的に決める調味料とパッケージ以外を、店頭販売で使用できるよう交渉します。」という提案にも通じますね。特定顧客仕様という前提をはずせば、たしかに『下請け型受注生産』から卒業できるようになります。

チェーンストアとの交渉という点では、井上様(製造業勤務)から「早期に納期と数量の確定注文を出してもらった場合、何%OFFにするといった『早割』サービスを提案」との面白い案をいただきました。関連しますが、製造業OBの西牟田様からは、「小さな約束ごとを積み重ねるているうちに、発注元がこけたり
ミスしたりします。その時に、短い自社のリードタイムを活かして(もしくは、短納期飛び込み)で、相手を助けてあげると、以降はこちらの希望もある程度聞き入れられるようになります。」とのアドバイスも頂戴しました。

ちなみに上に引用した庄司さんは、自社では「一人を多能工化して、終段の追加工は全部できるようにし、メインの製造を撹乱しないようにします」と書かれています。これは一種のATOによる短納期化の工夫です。

知人の経営コンサルタント・本間さんからは、(下請け型受注生産という)「日本型ATOに追い込まれている背景には、内示という商慣習問題があるように思います。コンサル先には、必ず内示精度を分析するように伝えます」という指摘をいただきました。トヨタ式の内示については、記事「Pushで計画し、Pullで調整する」 https://brevis.exblog.jp/21721306/ にも書きましたが、精度と計画に対するコミットメントが重要です。

予測精度については、片本様(製造業)から、「需要予測をストア側と二重で行うのではなく、パン屋側に取込み一本化したい。精度向上のためPOSデータをもらい、2時間のオーダーロットを可能な限りリアルタイム化する」との案をいただきました。さらに、匿名の方(「Y.U」さん)は、「チェーン内での需要見込みの共有を提案」とコメントされています。

わたし自身は、この指摘は非常に重要と考えています。というのも、結局この問題は、需要予測の精度の低さを、JIT納品という形で、サプライヤーにおしつけた点から発生しているのです。である以上、パン屋の主人がやったように、店頭の売れ行きを実際に共有した上で、次の予測を立てていく方が合理的だと思うからです。

すでに米国では30年も前に、小売のウォールマートと製造のP&G社が、在庫のかさばる紙おむつ「パンパース」の販売データを共有することで、合計10週間分あった流通在庫を、3週間分まで削減することに成功しました。これがQuick Response運動として、SCM改革の原型となったのです。このエピソードは20年前に共著で発刊した『サプライチェーン・マネジメントがわかる本』 でも、中村実氏が紹介しましたが、残念ながらバブル崩壊後の日本では、馬の耳に念仏だったように感じます。

JIT納品に関しては、先の本間峰一氏が、「むしろ発注元の企業の方が在庫を持って変動をカバーし、発注先の中小企業には平準化した量を作らせる方が、サプライチェーン全体ではコストが安くなるはず」と、かねてから提案されています。卓見だと思います。安定した計画生産ならばサプライヤーの品質も保てるし、実需要に近く財務体質の強い側がストック在庫を持つというのは、理にかなっています。

しかし、元の問いに戻りましょう。それは、「このことに気づいた貴方は、どうすべきなのか?」でした。

* * *

それで、もしも貴方が、この国の製造産業政策の根幹を担う立場の方だとしたら、ぜひともこの問題を是正するために、どういった施策が有効なのか考えて欲しい。すでにこの国の中小製造業が疲弊していることは、周知の通りだ。そして大企業のメーカー達も、近年とみに不祥事が頻出し、経営がおかしくなってきている。大企業は従来、下請けに寄りかかって身を支えてきたのだが、下請けの納期問題や廃業等で、もはやそれが通用しにくくなっているのだ。早く手を打たないと、危ない。

あるいは、かりに貴方が生産工学や経営学の研究者だったら、このような生産形態がどれほど広く行われているのか、ぜひとも実態調査を行って欲しい。こうした調査は、わたしのような会社勤めの人間が、片手間でできることではない。明らかにアカデミアの仕事である。そして、それを政策立案者と共有していただきたい。正確な統計調査と事実把握こそ、良い政策立案の基礎だからだ。

実は昨年から政府は、EBPM(Evidence-based Policymaking=「証拠に基づく政策立案」を、中央省庁の全ての歳出分野に適用することを決めている。逆にいうならば、事実と証拠がなければ、政策は変わらないのだ。
こうした生産形態の調査研究が、科研費を取りやすいかどうか、また論文誌にのりやすいかどうかは知らないが、この国の急務であろう。ぜひ、よろしくお願いしたい。

あるいは、貴方が多くの下請けを使う製造業の経営者だったら。まあ、そんな方がこのサイトを読んでいる可能性は微塵もないと思うが(笑)、その場合、ぜひとも自社がJIT納品の旗印のもとに、需給リスクを下請け企業にヘッジしていないか、調べて欲しい。そして、むやみにトヨタの真似をしてJIT生産を導入しても、自社のサプライチェーン特性に合わない場合が多いばかりか、むしろ製造現場が混乱疲弊するばかりだ、という認識を持っていただきたい。そして、それを財界の中で広めてほしい。

さて。産業政策の枢要を担う訳でもなく、アカデミアの俊英でもなく、経済界の重鎮でもない、読者諸賢は、どうしたらいいのか。つまり、筆者のこのわたしと同様、世に号令をかける立場でない人間は、どうすべきなのか? 

なかなか難問だ。この問題の解決は、アメリカの経営書を探しても載っていない。ただ、一つ言えることがある。それは、「このパン屋の問題は、パン屋だけでは解決できないし、するべきでもない」という認識を、世に広めることだろう。そうなのだ。無理な生産形態は、無理な大手のリスクヘッジが生み出したものだ。そして、一つだけ確かなことがある。

世の中で、無理は決して長くは続かないのだ。



# by Tomoichi_Sato | 2019-03-23 22:00 | 工場計画論 | Comments(0)

戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する

前回の記事 https://brevis.exblog.jp/28051644/ では、「下請け型受注生産」とも呼ぶべき生産形態が存在し、それは特定顧客仕様の製品を、需要を見込んで生産する形態だ、と書いた。このような生産形態は普通の生産管理の教科書には出てこないが、わたし達の社会では、案外広く見られる。特に、大手セットメーカーが、「JIT納品」をサプライヤーに要求する場合、部品メーカー側はこの形態を強いられることが多い。

そして、このような生産形態は、サプライチェーンの需給ミスマッチのリスクを、経営基盤の弱い中小下請けに背負わせるうようなやり方であり、この国の産業構造の見えない弱点になっている、とも述べた。この指摘は、なぜか意外と多くの読者の注意を引いたようで、驚いている(というのも、似たようなことは10年以上前から、書いてきたつもりだからだ)。

では、どうしたらよいのか?

そもそも「下請け型受注生産」の形態が生じる最大の理由は、「顧客の要求する納期が、自社の生産リードタイムよりも明らかに短い」ことに起因する。

だったら答えは明瞭だ。生産リードタイムを短縮すればいいのだ。

前回の記事で、パン屋の主人であるあなたの悩みは、FAXで注文を受けてから2時間後に納品しなければならないのに、サンドイッチを作るのに2時間以上かかることだった。もし、これが2時間以内だったら、悩みは基本的に解決する。

でも、どうやってリードタイムを短くすればいいのか?

えーと、その前にここで注意を一点ほど。「リードタイム」という言葉は、しばしば漫然と使われている。だが、リードタイムにはいくつもの種類があり、どれを指しているのか明確にしないと、誤解が生じる。生産リードタイムと、納入リードタイムは違う。そのことについて、すでに書いたはずだ。と思って探したら、やっぱり解説があるじゃないか。なんて役に立つサイトだろう(笑)
 「リードタイムとは何か」 https://brevis.exblog.jp/7376582/ (2008-02-27)

ついでにこちらの記事も読んでおいてほしい。こちらは12年前に書いたものだ。
 「購買リードタイムとは何か?」 https://brevis.exblog.jp/6006346/ (2007-07-01)

さて、生産のリードタイムを短縮する方策として、たいていの場合思いつくのは、以下の4つだろう。
(1) 能力オーバーの分を外注に出す
(2) 機械化を進めて生産性を上げる
(3) 人を増やす
(4) あらかじめ作りだめしておく
では、これらを一つ一つ検討してみよう。

ただしこの先は、論点を分かりやすくするため、6時間の鮮度指定の制約を、いったん外して考えよう。つまり機械部品などのように、作ったら1週間でも1ヶ月でも、置いておけるとするのである。

納期対策として、まず誰もが思いつくのは、(1)外注化である。需要のピーク時に、自社の生産能力が追いつかない場合、外注化して量をさばくやり方は、従来から多くの製造業で行われてきた。外注するかどうかを生産管理部門が決める場合もあるが、製造現場が自分たちの判断で、一部を外注化してしまうケースも、実際には見かける。あるいは飲料業界のように、季節性が高いため、製造委託業が広く行われてきたところもある。

しかし、外注化はじつは両刃の剣である。社内で作れる製品を外注化すれば、当然ながら自社の粗付加価値(つまり利幅)は薄くなる。それに昨今、どこも空雑巾を絞るような人減らしと設備廃棄をしてきた後の、降って湧いたような人手不足状態である。製造能力を持て余している工場など、それほどない。おまけに、あなたのパン屋のケースについていうと、日中わずかの時間帯だけサンドイッチ製造を引き受けて欲しい、という要望だ。小さな町で引受け手を見つけるのは無理だろう。

余談だが、工場の余剰能力を、UberやAir B&Bみたいに気軽に取引できるようにするべきだ、という議論もある。可能ならば、それはそれで結構であろう。だが、小口の製造委託を受けるとは、言いかえれば納期を確約することを意味する。そうでなければ、誰が頼むだろうか? だが、自分の工場でさえ受注オーダーの正確な納期回答が難しいのに、よその工場では確約できるはずだと考える根拠は、一体何か。

昨今、結構大手の企業においても、納期問題や品質問題が多発しているが、その多くの部分が、サプライヤーや外注先に由来しているようだ。大手企業が従来のように、下請けの納期をコントロールできなくなっているのだ。いや、もっとはっきり言おう。従来は大手の無理難題を聞き入れてくれた下請けが、もう応えられません、という状況になってきている。そのあおりを受けて、大手の社内でも生産スケジュールが混乱する。混乱すれば、結果は品質にはね返る。

かつてのような、能力ピークをしのぐための外注化は、簡単にできなくなった。では、自社内でどこまで作れるか、どう判断すべきか。製造の実態は、ITシステムを見てもわからず、実は現場の班長と毎日書き換えるExcelだより、という状況下では、適切な外注判断はとても難しい。

この問題は結局、自社の生産能力を正確に把握することが困難である、という根本原因から生じている。これ以上は話が長くなるから深入りしないが、多品種を扱っている工場では、どこも納期確約は難しいのだ。タクシーやホテルみたいな調子では、工場の能力はなかなかB2B取引できないことを知っておいてほしい。

では、二番目の方策はどうか。すなわち機械化である。もっと大きなパン屋なら、それもあるだろうな、とあなたは思う。しかしサンドイッチに具をはさむ機械とか、ビニール袋でラップして段ボール箱にしまうロボットとか、本当にあるのだろうか? たとえあったとしても、品目が増えたり、レシピが変わったりしたら、自分で設定を直せるだろうか。

店のパン焼き職人は、もっと大型の食パン専用焼き窯が欲しい、とも言っていた。だが、パンを焼く速度が全体を律しているとは思えない。それに、学校給食が減っているのに、食パンだけ能力増強するのも、アンバランスではないか。機械化による生産性向上は、量産型のところでないと、なかなか功を奏さない気がする。

それなら、(3)人を増やす、という古典的な対策は? まあこれは人手不足の昨今、容易でないことはご承知の通りだ。それに、いったん人を雇ったら、すぐに首は切れない。でも、景気も需要も変動しがちである。人を増やせばリードタイムを短縮して、余計な製品在庫を抱えるリスクを減らせるが、その代わり不稼働な余剰人員(リソース)を抱えるリスクを増やすことになる。実はリスクが姿を変えただけである。

この問題があるから、過去25年間の不況の間、企業は正規従業員数を増やしたがらず、パートや季節工など、人数の増減がしやすい雇用形態へシフトしてきた。特に今世紀に入ってからはその傾向が加速し、派遣労働に頼る割合が増えた。つまりリソースを変動費扱いできるような状況を、企業経営者は求めてきたのである。

だがその結果、今度は労働者の側に、いつ仕事を失うか分からない、というリスクとなった現れた。「メーカーの在庫リスク」→「下請けの余剰人員リスク」→「労働者の雇用リスク」、という風に、リスクが姿を変えながら、より弱い立場に転嫁されてきたことが分かる。そればかりか、低賃金で不安定な雇用条件の人口が千万人単位で増加し、総需要が減って、ものの売れない状況が、ますますが固定化してしまった。

まあそれはさておき、今時、パートでさえ確保は困難だ。おまけにあなたのパン屋さんの場合、1日の中でも昼前が一番忙しく、午後は暇になって、ピーク人数だけでは考えにくい。家族を手伝わせるのも限界がある。

ということで、どうも答えは、(4)「需要を見込んであらかじめ作りだめしておく」、しかないように思えてくる。実際、下請け型受注生産を強いられている部品材料メーカーの中には、顧客納入先の近くに倉庫を借りて、作りだめした製品をストックして置く企業も、それなりに存在する。注文を受けたら、そこから出荷する。中には、サプライヤー同士で共同倉庫を運営しているところさえある。

だが、そんな非効率な形態はやめたいから、解決策を考えているのだ。とはいえ、何を、どこまで作りだめしておいたらいいのか? いろんな段階の部品も製品も、全部作りだめしておくのか?

ここに、『カップリングポイント』という重要な概念が登場する。

図を見てほしい(この図は2015年に書いた記事「「すべての製造業は受注生産かつ見込生産である」 https://brevis.exblog.jp/23904094/ の再掲である)。生産を始めてから終わるまでの工程が、一列に並んでいる。ところで、各生産工程に要する時間を合計した総リードタイムは、顧客の要求するリードタイムよりも長い。これが問題の根源なのだ。
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問題を解決するためには、出荷からさかのぼって、要求リードタイムよりも長い上流側(図の左側)の部分を、あらかじめ計画的に作っておくしかない。そして、途中まで製造した中間部品ないしサブアッシーを、在庫としてストックしておくのである。顧客から確定注文が入ったら、そのストック在庫から出発して、残る右側の工程を粛々と進めていく。このような在庫点を、カップリングポイントと呼ぶ(APICSの用語ではCODP = Customer order decoupling point)。

カップリングポイントの左側、上流側は需要予測に基づく計画生産になる。そして右側、下流側は、確定受注にひもづいた受注生産である。つまり、このような生産形態は、見込み生産と繰返し受注生産を、カップリングポイントで接合した形である。いわばハイブリッド型の生産形態といえよう。カップリングポイント以外の在庫は、できれば減らすほうがいい。

もちろん、上の図は直鎖的な工程だけを描いたが、実際には複数部品を組み合わせるケースも多いだろう。また多品種で共通する資材もあるだろうから、カップリングポイントの設定は、それなりに複雑である。また、カップリングポイントのストック在庫量の適正値はどう決めるか、という問題もある。ただ、こうした細部については、今回は割愛しよう。

なお、カップリングポイントを持つハイブリッド型生産形態とは、全体としてATO(Assemble-to-order)ではないかという疑問をお持ちの方もあるだろう。確かに似ているが、厳密には少し違う。米国生産・在庫管理協会APICSは、ONBOK第3版でATOをこう定義している:

(拙訳)「ATOの形態では、製品は、顧客の注文を受けた後に、部品から組み立てられる。組立工程ないし最終工程に使うキー部品類は、あらかじめ顧客の注文を想定して計画生産し在庫しておく。注文を受けたら、組立を開始する。オプション選択の組合せによって製品に多くのバリエーションがあり得るが、共通部品の組立てで製造可能な場合に、この戦略は有効である。」
(参考)APICS Operations Management Body of Knowledge Framework, Third Edition 4.2節

つまり、ATOとは、カップリングポイントをできるだけ下流側に引きつけて、注文を受けたら一気呵成に組立出荷する形態であり、かつ、多数の製品バリエーションを実現する工夫でもある。

ところで、逆に考えると、カップリングポイントをどこに置くかによって、あなたの会社は納入リードタイムを設計できる、ということだ。ポイントを極力、下流側(図の右側)に置いて、注文から出荷までを短くし、短納期を競争力にすることもできる。ただしその場合、最終需要に近い中間部品をストックすることになるから、在庫の陳腐化リスクも高まる。

逆に、カップリングポイントを上流側(左側)に置けば、注文から納入までのリードタイムは長くなるが、より共通性の高い基礎的な部品材料をストックするだけで済むため、おそらく在庫リスクは小さくなる。また、在庫ポイントは普通、自社で持つから、それ以降は内製が基本だ。内製する部分が多くなれば、それだけ利益も、粗付加価値額も高まるだろう。

このように、自社の強み・訴求点をどこに持つかに応じて、どのような納期を設計し、どこまでを内製化するかが決まる。つまり、自社の生産形態というのは、すぐれて戦略的な決定事項なのである。

この概念を説明するのに、わたしは以前からうなぎ屋のたとえを使ってきた。しかし最近、愛知県の江藤様という読者の方から、大変素晴らしい事例を教えていただいたので、簡単にご紹介させていただきたい。それは、うどん屋チェーンのケースである。

うどん屋は、顧客の注文を受けてから作る、繰返し受注生産である。そのチェーンの代表が、「丸亀製麺」と「はなまるうどん」だ。ところでこの両社は、実は異なる戦略を取っている、というのである。
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(写真は江藤様の資料より引用)

「丸亀製麺」は、小麦、野菜などはすべて素材形状のままで在庫し、店内で麺打ちから調理し販売する。他方、「はなまるうどん」では、麺や揚げ物はすべて別の工場(セントラルキッチン)で調理したものを使い、店舗では最終の茹で、揚げを行うのみである。

「丸亀製麺」は、麺や汁を計画生産してカップリングポイントとし、揚げ物や茹でなどは受注生産する、ハイブリッド型形態である。ただ、注文を受けてから具を作るので、リードタイムが長い。それをカバーするため、大勢のリソースを厨房に使う。顧客に手作りかつ出来立てのうどんを提供できるのが特徴だ。

逆に「はなまるうどん」は下流側にストック在庫持つことで、短い納品リードタイムを実現している。つまり受注組立生産(ATO)に近い。そして少ないリソース、狭い店内で顧客要求に対応できる。このように、両者には一長一短がある。肝心の味に関しては、両派ともに言い分があろう。

うどんは多品種的な商品だし、それを組み合わせで実現できるから、はなまるのATOは一応、理にかなっているように見える。しかし、よく考えてみると、カップリングポイントが最終需要に近いため、需要の読みが正確でないと、在庫ロスが生じやすい。またセントラルキッチンからの輸送時間・コストもかかる。出店はセントラルキッチンと一緒に計画する必要があるため、面で出店計画を考えざるを得ない。丸亀製麺なら、店舗を個別に増やすことが可能だ。

では、両者の業績はどうなのか。その比較は、以下の通りだ。

丸亀製麺    2018年3月期: 904億円、利益140億円(利益率15.5%) 792店舗
はなまるうどん 2018年2月期: 306億円、利益 6.7億円(利益率2.2%) 458店舗

この二つの会社は、ほぼ同じ時期(2000年)に一号店を出店した。だが、今や差は歴然としている。この差がすべて、上記の生産形態に関する違いから生まれたかどうかは、定かではない。ただ、現時点までを見ると、丸亀製麺の方が上をいっている。おそらく、より的確な戦略を繰り出せたのだろう。

生産形態というのは、製造業にとって、非常に重要な戦略なのである。それは、よくよく考えてデザインすべきだ。それなのに、過去の経緯に引きずられて、漫然と決めている企業が多すぎるように思う。それは単純に「もったいない」のである。わたし達の社会には、技術も現場も、優秀な人には事欠かない。しかし、会社全体・サプライチェーン全体を見た戦略が、足りないのだ。戦略の欠落を、なんとか戦術で補おうと、真面目な人たちが苦心惨憺している。それは本当に、人の使い方が「もったいない」のである。


<関連エントリ>

カップリング・ポイント
 →「工場計画論(5) BTOと製品アーキテクチャー」 https://brevis.exblog.jp/12306818/ (2010-03-14)

デリバリーの設計とCODP
 →「すべての製造業は受注生産かつ見込生産である」 https://brevis.exblog.jp/23904094/ (2015-11-25)

(追記)
あなたのパン屋の場合も、うどん屋のように、在庫の賞味期限(鮮度指定)の問題がある。だからサンドイッチという製品で在庫するのは、もちろん得策ではない。でも、部品であるカツやパンだって、期限がある。こちらはさらに難問である。読者の皆さんだったら、どうアドバイスされるだろうか? たまには双方向で、議論して見みたいと思うので、メールでもコメント欄でもいいから、解決策を書いてみていただけると幸いである。



# by Tomoichi_Sato | 2019-03-12 23:34 | 工場計画論 | Comments(3)

下請け型受注生産という日本的形態を考える

あなたは、小さなパン屋の社長さんだ。町の商店街に店をかまえ、店の奥には小さいながらパン焼き工場(こうば)に職人も抱えている。店の売り場は、親族が受け持つ。実はあなたは少し前まで、都会でエンジニアをしていたのだが、やむを得ない事情で、郷里のパン屋を引き継ぐことになったのだ。

店を引き継いだ時は、赤字経営だと税理士さんから聞かされた。御多分に洩れず、地方都市の商店街は地盤沈下で客足が遠のき、売上の柱だった小中学校の給食パンも、少子化で減っていた。パン作りについては素人で何の知識もないが、ただ、あなたは一応、会社勤めで得たビジネス・センスを、多少は持っている。何とか頑張って、店や雇い人たちを盛り立て、まだ経営は低空飛行ながら、ようやく収支トントンのところまで持ち直した。

そんなあなたのところに、面白そうな商談が舞い込んできた。その地方のチェーンストアの店舗に、サンドイッチを納めないか、というのだ。あなたが人脈づくりのために顔を出した商工会で、昔の同窓生を経由して、そんな話が来たのだ。早速、先方と会って話を聞いてみる。

そのストアでは、コンビニに対抗してお弁当お惣菜コーナーをもうけ、そこにサンドイッチも置く計画だ。サンドイッチは、毎日250食以上が見込める、という。そのかわり、コンビニ並みに、JIT納品の方針である、と伝えられた(JITはジャスト・イン・タイムの略)。1日4回、2時間おきの納入である。注文の数量は、2時間前にFAXで送られてくる。

忙しそうだが、業容拡大のチャンスだ、とあなたは思う。うまくいけば、月商100万円近い売上増になる。パートを雇っても、何とかペイするだろうと、ソロバン勘定をしてみた。利益が出れば、古くなった店の設備も新しくリニューアルできるかもしれない。

ところで、生産管理の用語でいうと、あなたの店は今まで、顧客の需要を予測して商品を作る、見込生産(MTS = Make-to-stock)の生産形態だった。しかしチェーンストアの注文を受けてサンドイッチを作るビジネスは、繰返し受注生産(MTO = Make-to-order)の形態になる。

一つの会社が、商品種別ごとに、異なる生産形態を持つこともありうるのだから、これは格別おかしなことではない。だが、このような生産形態の変更は、あなたのパン屋ビジネスに、どのような変化をもたらすだろうか?

(注:前回の記事ではMTS = "Make to Stock"と書いたが、つい最近入手したAPICS Dictionary日本版を見たら、間にハイフンを入れている。そこで今後は、"Make-to-order”のように表記することにする)

さて。1ヶ月も経つと、あなたは次第に大変な仕事を引き受けたと感じ始める。

注文(納入指示)は2時間前にFAXでくる。しかし、カツサンドなどの調理をしていると、2時間のリードタイムには、間に合わないのだ。しかたなく、あなたは一日のはじめに、出荷量を想定してカツ調理の指示を出すことにした。注文の分だけ、パンにはさんで出荷する。

だが、見込がちがうと売れ残る可能性がある。しかも、チェーンストアの仕入れには、鮮度指定があり、製造後6時間以内のものでなければ受け取ってくれない。これはライバルであるコンビニなどとも同様だ。

何よりも困るのは、材料仕入れだった。毎日の出荷変動が激しいため、余裕を多目にとって発注するしかない。だが、どれだけ在庫量を持つのが適正だろうか? それに肉などは、賞味期限がある。たくさん買えば安くなるのはわかっているが、あまり大量に買い込んでおくわけにもいかぬ。

おまけに、もう一つ、誤算があった。月末になると、出荷数量に応じて請求書を作り、チェーンストアに請求する。ところが、この時点でさらに、単価のネゴをうけるのだ。その月に、たくさん売れれば、値引きを要求される。でも逆に、売れなければ、自分が廃棄ロスを背負うことになる。

注文を受け納品した後で、単価値引きの要求をされるなんて、不合理な商習慣だ、とあなたは憤慨する。だがストアの仕入れ担当者は、商売なんてこういうものだ、と平然としている。自分がかつて勤めた企業でも、購買部門ではこんなことをしていたのだろうか?

前回 https://brevis.exblog.jp/28031713/ の記事で、生産形態は4種類に大別できると、わたしは書いた。だが、あなたのサンドイッチの生産形態は、本当に繰返し受注生産(MTO)なのだろうか? MTOは、注文を受けたら、資材購買をかけて、製造する形態のはずである。だが、あなたのサンドイッチ・ビジネスは、どう見ても先に資材購買しておき、さらにカツにまで調理している。

だとしたら受注組立生産(ATO = Assemble-to-order)なのだろうか? 確かに、食パンの間にハムやカツをはさむ作業は、「組立」工程だと言えなくもない。するとあなたは、常備品としてのカツを、いわば機械系工場におけるサブアッシー(Sub-assemblyの略称で、あるまとまりまで組み上げた部品のこと)として、常備在庫でストックしているのだろうか? そして注文が入るたびに、組立てて出荷しているのだ、と?

だが、顧客であるチェーンストアは、「製造後6時間以内」との鮮度指定をしていることを、忘れないでほしい。ATOにおける常備品在庫とは、性質が違うのだ。ATOは需要変動を、常備品在庫で吸収する点が最大の特徴だ。注文が少なかったら捨てるしかないような在庫は、常備品とは言えない。

おまけに、あなたのケースでは、チェーンストア向けのサンドイッチは、ハムもパンも調味料も同社特有の仕様になっており、他の客に売ることはできない契約になっている。そもそも専用のラッピングで包装しているから、作りすぎた製品を、自分のパン屋の店頭には置けない。

しかもATOは、ある程度バラエティのある顧客の注文を、常備品在庫した部品やサブアッシーを使って、モジュール的に組み合わせて実現できる点に長所がある。特定顧客の固定した仕様だけを実現するなら、別にモジュラー型の製品アーキテクチャは必要ない。サンドイッチは組立製造にも見えるが、これがアンパンやデニッシュだったら、誰も受注組立製造だとは思わないだろう。

明らかに、あなたのチェーンストア向けビジネスは、ATOではない。少なくとも、アメリカの教科書に定義してあるATOとは、はっきりと異なる。だが、ATOではないとしたら、一体どんな生産形態なのか?

わたしはこれを、「下請け型受注生産」と呼ぶことにしている。下請け型受注生産の定義は、次の三つの条件を満たすことだ:
(1) 特定顧客向け仕様の製品を作っている
(2) 需要は変動しやすい
(3) 受注から納品までのリードタイムが、必要な製造リードタイムよりも明らかに短い

あなたが困っている根本の理由は、FAXで注文を受けてからサンドイッチを作り始めても、2時間の納品リードタイムに間に合わないからだ。だから、あらかじめカツを作り置きしておいて、ちゃんと6時間以内に出荷(消費)されるかどうか、心配していなければならない。もしこれが、十分に間に合うような納期(例えば12時間)だったら、あなたは冷凍庫に材料の肉を常備在庫しておいて、注文に応じて作ればいい。

あるいは、たとえ納期が2時間だったとしても、毎日の出荷量がいつも時刻毎に正確に同じだったら、全然困らない。予定を立てて、計画生産できるからだ。需要が読めない。それなのに、注文を受けてから製造したら間に合わない。だから、あなたの自己責任で、廃棄のリスク込みで、途中まで製造に着手していなければならないのだ。

それでも、その製品が汎用的で、いろいろな顧客に売れるようなものだったら、まだしも救いがある。チェーン店向けに作りすぎて残っても、店頭で売りさばくことができる。仮に通常の部品類だって、A社がダメでも、B社が買うかもしれない。たとえ個別には需要の変動が大きくても、複数顧客の需要を足し算すると、プラスの変動とマイナスの変動が打ち消しあって、相対的にリスクは小さくなる。これは数学的にも明らかだ。

上記(1)(2)(3)の条件を満たすような生産形態では、明らかに受注側は、需要を先読みして購買と製造に着手しておかなくてはならない。機械や電子部品のように賞味期限がない製品は、最後まで作っておいて、製品在庫として抱えておくことになるだろう。あるいは、あなたと同じように途中まで作っておいて、中間在庫とするかもしれない。いずれにせよ、発注者側はその在庫リスクを取ってくれない。つまり、契約上は受注生産のように見えるが、実態は形を変えた「見込生産」なのだ。

わたしが見てきた多くの事例では、一般に、発注側が受注側(中小部品メーカー)に対し、製造に十分なリードタイムを与えず、かつ、直前に数量を確定してくるケースが大半だ。特に発注者(大手セットメーカー)がJIT生産・JIT納品を標榜している場合がそうだ。まあ業種によっては、発注者側が大枠の先行内示を出してくるケースはあるが、それでも数量が2,3割ずれるのもざらである。

こういう商慣行が通用している場合には、生産管理の教科書にあるような「繰返し受注生産」は、成り立たない。

以前も指摘したことだが、JISの定義によると、受注生産とは
 「顧客が定めた仕様の製品を生産者が生産する形態」
ということになっている。他方、見込生産とは
 「生産者が市場の需要を見越して企画・設計した製品を生産し,不特定な顧客を対象として市場に出荷する形態」
である、という。(JIS Z 8141 「生産管理用語」https://kikakurui.com/z8/Z8141-2001-01.html

だが、あなたのサンドイッチ生産は、明らかに顧客が定めた仕様の製品を、需要を見越して生産している訳だから、JISの定義のどちらにも当てはまらない。このような矛盾が生じるのは、JISの規定が、考え足りないからだ。仕様が特定顧客向けかどうかと、生産の起点が需要見込か確定受注か、というのは独立した問題である。

したがって、生産形態とは、本当は次の図のような二次元の表になっていなくてはならないはずだ。

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この図は、わたしが『“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない』(日刊工業新聞社・2011年)で、初めて導入したものだ。そしてここには、5番目の生産形態として、「下請型受注生産」を入れてある。そして、このよう奇妙な生産形態があることは、以前からこのサイトでも繰り返し指摘してきた。だが残念ながら、未だに生産管理の常識にまではなっていない。

顧客仕様品の見込生産
「受注生産という名前の見込生産」 https://brevis.exblog.jp/8271502/ (2008-07-08)

受注生産と見込み生産の混合
「受注生産企業に生産計画は必要か?」 https://brevis.exblog.jp/23882328/ (2015-11-18)


日本の製造業における生産管理が混乱しがちなのは、このように、その基礎であるはずの生産形態の概念自体が歪んでいて、実態を反映していないからだ。

ちなみに、日本には下請法という法律があり、発注者(「親事業者」)による「優越的地位の濫用」を抑制する建前になっている。例えば、内示書を出したのに、下請け業者がその通り納品しても、全品を受け取らない、といった行為は法律で禁じられている。

(参考) 下請法 − 対象となる4つの取引と11の禁止事項 

ただ、この法律には、資本金による制約がついている。受注側の資本金が3億円以上だったら適用されないし、それ以下でも、発注者側の資本金が1千万円以下だったら対象にならない。それに、あなたのサンドイッチ・ビジネスの場合、発注者は先行内示を出さずに、FAXによる注文で全品受け取る訳だから、禁止事項には該当しなさそうだ。明らかに在庫リスクを下請け側に押し付けているのだが、法律は守ってくれない。(ただ月末の値引き再交渉は、「下請代金の減額」に該当する可能性があるかもしれないが)

なお、日本の自動車業界では、先行内示を前々月から出しておいて、かんばん等で実需を調整するやり方が広く行われている。そして、中には内示と実需がかなり食い違う会社があって、部品メーカー泣かせとなっている。ところが、わたしが業界の人から聞いた限りでは、同じ日本の自動車会社が、北米ではこのようなやり方をせず、部品メーカーには確定注文を出し、その通りに引き取るという。

なぜこのような違いが生じているのか、詳しい事情は分からない。でも(ここから先は想像だが)、北米の部品メーカーはそれなりの企業規模であり、かつ法律知識も権利意識も高いので、在庫リスクを押し付けるような発注契約が難しいのではないか。そして、その事情は、おそらく欧州や他の新興国でも似ているのであろう(新興国のマネージャー層は、しばしば欧米のビジネススクールで高度な教育を受けているものだ)。

結果として、JIT納品の旗印のもとに、需要変動のリスクを下請け側に押し付ける「下請け型受注生産」は、極東のガラパゴス的な島国だけに残るような気がする。経営基盤の弱い中小下請けが、サプライチェーンの需給ミスマッチのリスクを背負うような生産形態が蔓延していることこそ、この国の産業構造の弱点であることに、より多くの人が気がついてほしいと願う。

で、気がついた人は、どうすべきか? それについては、項を改めて、もう一度書こう。



# by Tomoichi_Sato | 2019-03-03 13:30 | 工場計画論 | Comments(1)