講演のお知らせ:「生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮のポイント」(12月5日)

お知らせです。12月に、生産スケジューリングとリードタイム短縮をテーマとした研修講演を行います(有償)。6月に実施した講演がお陰様でほぼ満席だったため、再企画したアンコール版です。

何度も書いていますが、わたしは長年、エンジニアリング会社で国内外の工場・プラント作りに関わってきました。また、それなりに多くの工場も見学しましたが、疑問を感じるケースも少なくありません。「なぜ、こんな所に在庫を持つのだろう?」「どうしていらないモノはたくさんあるのに、必要なモノは欠品しがちなのか?」「ここを工夫すれば、もっと効率よく、かつ楽に仕事ができるはずなのに」

そうした非効率が生じるのは、生産活動の仕組み=『生産システム』の基本デザインに問題があるからです。つまり、生産活動のシステム・エンジニアリングが欠けているのです。むろん、ここで言うシステムとは、コンピュータのことではありません。情報系も一要素ですが、むしろ働く人々と、機械設備と、物流と、それを包む建築空間のことをいっています。こうした基本的なことを抜きにして、ただ最近の流行であるAIやIoTなどの「スマート化」技術を追いかけても、部分的な改善効果しか生まないのがつねです。

また生産システムは、自社を取り巻くサプライチェーンの特性に応じて、適切な機能構成を選ばなくてはなりません。単に、業績の良い他社の物真似をしても、生産形態が違えば、役に立たないのです。

拙著「革新的生産スケジューリング入門」や「BOM/部品表入門」をお読みになった方はご承知の通り、わたしは具体的なテクニック論のみならず、原理に関する体系的な理解を重視します。そのため、生産システムをより良く運用するにはどうしたらいいかを考える『システムズ・アプローチ』をとります。そのため業種分野については、わりと間口を広くとってお話しできる点が特徴です。

普通の現場改善コンサルタントや、ITベンダー系コンサルタント達の提言に、飽き足りない気持ちでおられる技術者の皆さんの、ヒントになればと思っています。


生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮への活用ポイント」(12月5日)

日時: 2018年12月5日(水) 10:30 ~ 17:30
主催: 株式会社日本テクノセンター
会場: 株式会社日本テクノセンター研修室
     東京都新宿区西新宿2-7-1 小田急第一生命ビル22F
     (都営地下鉄大江戸線「都庁前」駅または丸ノ内線「西新宿」駅)

生産計画とスケジューリング、リードタイム短縮について、事例と演習を含めてお話しします。

セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます)

関心のある大勢の方のご来聴をお待ちしております。


佐藤知一


# by Tomoichi_Sato | 2018-10-11 22:21 | サプライチェーン | Comments(0)

書評:「デザインのデザイン」 原研哉・著

デザインのデザイン」 原研哉・著 (Amazon.com)

美ということについて考え直したくて、本書を手に取った。信頼する職場の友人が勧めてくれた本でもある。そして事実、読む価値のある本だった。

普段のわたしは、美とは縁遠いところで仕事をしている。別に醜いものを作っているという意味ではなく、機能だとか効率だとかコストだとかいった尺度でもっぱら測られる業務、という意味だ。

それでもエンジニアリングという仕事に携わっている以上、『設計の品質』という問題にもしばしば、直面する。設計は英語でDesignである。だが、デザイナーと設計者は、日本語では違う。どこの何が違うのだろうか。設計という営為には、「サイエンス」の面と「アート」の面がある。では、工業設計におけるアートの面とは、何だろうか。それは品質と、どう関わるのか。

さらにいうと、マネジメントという仕事も、サイエンスとアートの両面を持つ、といわれる。日本ではマネジメントに科学があるという観念自体が薄いので、こういうことを言うのは主に欧米人である。ただし英語の”Art"という言葉は、日本語の「アート」や「芸術」よりもずっと守備範囲が広くて、やり方という意味もある(だから、いわゆる芸術をさす場合はあえてFine artと限定詞をつける)。だがもちろん、artは美と強く関連づけられた概念である。

マネジメントは意思決定の連続だ。ところで、人が何かを決めるときは、その人の価値観にしたがう。では、人間の価値軸には、どのようなものがあるのか? もちろん、ビジネスでは損得が真っ先に来るだろう。あるいは、ライバルとの競争では勝敗(序列)も大事だ。社会的な意識の高い人は、善悪にもこだわる。研究者なら当然、真偽も重要だ。さらに誰だって、好き嫌いというものもある。

損得、勝敗(序列)、真偽、善悪、好き嫌い・・そして、美醜。もまた、人間の価値観の大切な要素だ。損得や勝敗で決めているように見えて、じつは美意識(=美学、美に関する価値観)にしたがって動く人びとが、意外に多いのではないかと、最近のわたしは考えている。分かりやすくいうと「カッコよさ」である。

損得・勝敗・真偽・正邪などは、合理的にほぼ説明可能な基準だ。そこには一応の客観性がある。しかし美醜の判断基準は、個人差が大きい。美醜は合理性からは遠いのだ。

わたしたちが商品、とくに高額だったり身につけて大切にする商品を選ぶ場合、その機能(使用価値)の他に、美しさ(美的価値)も大事な判断材料になる。たとえばスティーブ・ジョブズは、そうした点にこだわった人だった。でも、商品における「美しさ」とは、何なのか? 設計とデザインは別のことなのだろうか。「デザイナー」とは美大の教育をうけた人のことか。工学部を出た人は「エンジニア」だが、工学部の教育に美学論は不要なのか? ・・疑問はつきない。

本書の帯には、「デザインを分かりたい人達へ。」とある(プロダクトデザイナーの深澤直人氏の推薦文)。そして本文は「デザインを言葉にすることはもう一つのデザインである」と、はじまる。これは、まさにそうした問いに向き合う本なのだ。

「21世紀を迎えた現在、テクノロジーの進展によって、ものづくりやコミュニケーションにおける価値観がゆらいでいる」(P.1)。ここではまず、デザインとは「ものづくりやコミュニケーション」のためにある、という主張がある。

「デザインの発生は、社会思想家のジョン・ラスキンやウィリアム・モリスの思想がその源流と考えられている。その源流を辿ると150年ほど前にさかのぼる。」(P.3)と、著者はまず歴史を振り返る。それはちょうど、産業革命時代の英国だった。「生活環境を激変させる産業の(機械的量産)メカニズムの中に潜む鈍感さや不成熟に対する美的な感受性の反発、これがまさに『デザイン』という思想の発端となったのである」(P.4)

そのあとデザイン史は、モダン・デザインに進んでいく。そして、その行きすぎに対抗して、ポストモダンの運動がでてくるのだが、「ポストモダンはデザイン史の転換点にはなり得ていない」(P.18)と著者はいう。

そして著者自身が中心的に関わった「リ・デザイン展」や「デザインの原形展」、そして田中一光から引き継いだ無印良品に、話は続いていく。例となる写真も多く、どれも内容は非常に面白い。

だが、相変わらず分からない点も多い。一番、自分のような技術者との違いを感じるのは、「美」が最初から、仕事の目的意識に、無条件にある点だ。その違和感は、読み続けても、なかなか消えない。

わたしがたとえば蒸留塔を設計する場合、段数とか、内径とか、温度圧力材質などを決めていく。そこで「美」が前景化することはない。デザイナーと、なぜそこが違うのか。

「デザインは問題解決である」という言い方は、時々見かける。だが、これも奇妙な定義だ。技術者だって、問題解決はしている。そればっかりの毎日だと言ってもいい。でも、美とは疎遠である。

美の概念は、ふしぎと数学の問題解決には使う。「エレガントな解法」「美しい方程式」など。でもそれ以外の理学では、あまりお目にかからない。

デザインという言葉は、ふつう音楽の作曲にはつかわない。たまに「音のデザイン」と形容してみることはあるが。詩や小説など文芸創作にもつかわない。言語(概念)操作による問題解決(法的解決や哲学など)にも、ふつうは使わない。

こうして考えてみると、デザインとは「形をつかった問題解決」であることに気がつく。

工学では、具体的な創造物(人工物)に対して、美の概念が立ち現れることはある。タービンのブレードとか、住宅建築とか、ジェット機の翼とか。どれも形による問題解決だからだ。宮崎駿の映画「風立ちぬ」で、主人公のエンジニアが、食堂で魚の骨をとりあげて、その形状の美しさに感心するシーンがあった。航空工学では、「形」は力学的構造と機械的機能の両方を満たさなければならない。機能と構造の結節点に「形」がある。

形といっても、物質的なものでなくてもいい。組織図もその一例だ。良い組織デザインという言葉には、違和感は少ない。

「デザインは『形と機能の探求』という理想主義的な思想の遺伝子をその営みの内奥に抱えており、経済というエネルギーで運動しながらもクールな求道者のような一面をも維持してきている」(P.23)と著者はいう。なるほど。

さらに著者は、「デザイナーは本来、コミュニケーションの問題を様々なメディアをどうしたデザインで治療する医師のようなものである」(P.204)ともいう。コミュニケーションは、聴覚、視覚、触覚など五感を通じて人に働きかける。理知のほかに、感覚の路を通る。感覚路を設計するのも、デザイナーの仕事なのだ。

さらに著者は、「あったかもしれない万博」として、没になった愛知万博の初期計画に関して、こう語る。

「古来より日本人は、叡智は自然の側にあり人間はそれを汲み取って生きていると考えてきた。これは人間を神の視点に近いところに位置づけて、叡智を人間の側のものとし、荒ぶる野生としての自然を人間の知性で制御しようとした西洋的な思想風土とは異なる発想である」(P.179)
「中心に人間を置いて世界に向き合うという西洋的な発想は、生きる主体の意思と責任を表明する態度であり、それなりに説得力を持ってきた。」(P.179)

だから日本のデザインは西洋のそれとは異なる解決を提供する事になるはずである、と。

それは分かるが、この本を読んでいくとデザイナーという人種には、奇妙な被害者意識と不思議なエリート意識のないまぜになった感覚がある事に気づく。これはなぜだろうか。

文明は人間に利便性をもたらし、文化は人間にアイデンティティを与えるシステムである。文明の仕組みは、標準化・規格化・単純化を志向する。大量生産は文明の生み出したものだ。しかし、アイデンティティの基礎は、他者との違い、差別化である。

規格化され単純化されたものにも、「美」はありうる。ただし、人間の感受性は、繰り返しに対して鈍感になっていく。最初は美しいと感じたものも、次第に見慣れて、当たり前になっていく。だから、本質的に「美」は差別化と個別性を志向する。ただ、それは、あまり経済的ではない。美は贅沢の要素である。

巨大化した文明は、その歯車の中に、美を作り出すデザイナーを取り込もうとする。とくに「高級感のある商品」に、美は不可欠である。商品には使用価値(期待する機能を満たす程度)の他に、美的価値(感覚的なよろこびを与える程度)も、確かに持ちうる。

しかし、それは美を、商業の目的(損得の価値基準)に従属させようとする動きだ。美醜は損得とは独立した価値だと信じ、とくに美に殉じたいと願う人達には、屈辱である。

構造と機能を取り結ぶのが、「形による問題解決」としてのデザインだ、と先ほど書いた。文明の持つ普遍性と、文化的な個別性の狭間で、両者をなんとか調和させようともがいているのが現代のデザイナーなのだ。それを知ることができただけでも、本書を手に取る価値はある。


<関連エントリ>
 →「映画評:『風立ちぬ』」 https://brevis.exblog.jp/21064033/ (2013-09-14)


# by Tomoichi_Sato | 2018-10-08 22:04 | 書評 | Comments(0)

海外プロジェクトの質的変化と、成功体験の罠

わたしが3年前に技術評論社から上梓した『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』は、製造業で働く若手エンジニアを主人公にした、ストーリー仕立ての本である。基本的な内容は、東大の大学院で教えている「プロジェクトマネジメント特論」の講義資料をベースにしているのだが、淡々とした記述のテキストなど、誰も興味をひかれないだろう。それにわたしは、対話形式の文章を書く方が、なぜか筆が進みやすい。

そこでこの本では、ある日突然、プロジェクト・マネジメントを急に学ばなくてはならなくなった若手技術者を、主役に立てることにした。それが、中堅製造業の製品設計部門に働くエンジニア、小川君である。彼の会社の社長は、出張先のとある新興国の企業経営者と意気投合し、共同でその国向けの製品開発プロジェクトをはじめることを、決めてくる。

しかしご承知の通り、製造業の組織というのは、営業・設計・生産技術・資材・製造・・という風に、機能別に縦割りになっている。製品開発プロジェクトは、これら全ての部署が、大なり小なり関わってくる。では、この海外企業との共同プロジェクトは、いったいどの部署の誰がリードするのか? 一般に、日本の製造業では、プロマネが所属すべき部署が、明確でないことが多い。小川君の会社もそうだった。

プロジェクト・マネージャーが誰なのかも不明なまま、結構な労力とリスクをはらむはずの、新プロジェクトは滑り出す。小川君自身はまだ、プロジェクト・マネージャーを張れるような職位ではないし、その経験もない。だが、会社のこの状況に危機感を抱いた彼は、久しぶりに会った大学時代の大先輩・広田氏に、プロジェクト・マネジメントの考え方を教えてほしいと頼み込む。

海外プロジェクトの経験に長けた広田氏は、何度かに分けて、小川君に基本をレクチャーしつつ、プロジェクトの状況を確かめ、アドバイスしていく。だが、海外通を任ずる常務、腰の引けた部長、妙に強気な課長などの上司の下で、プロジェクトを前に動かそうとする小川君に、つぎつぎと難題がふりかかってくる・・この本は、そういう話だ。

新製品開発という仕事それ自体は、製造業にとって珍しいことではあるまい。何度もそれを繰り返して、企業は成長してきているはずである。それなのに、海外企業との共同プロジェクトということになると、急に勝手が違ってくるばかりか、上手く回らなくなることが多い。それをたいていの会社は、言葉(英語)の壁だとか、技術基準の違いだとか、異文化のせいだとかにしたがる。

しかし、そこにはもっと本質的な、プロジェクト・マネジメント上の違いがあるのである。そして、多くの日本企業は、それを知らないまま、見えない壁のようなものに突き当たっているのだ。

図を見てほしい。横軸は、スコープの固さを示している。右側は自発型プロジェクトの世界で、スコープは自分で調整可能である。左側は受注型プロジェクトで、スコープは外部から与えられる。左に行けば行くほど、スコープは「固く」なる。自社の製品開発は、自分がかなり自由に決めることができるから、図では右側の領域にある。
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縦軸は、プロジェクト組織の規模・複雑さを示す軸だ。上は大型、下は小型プロジェクトの領域を意味する。ただし「規模」といっても、予算金額などで測ったのでは、プロジェクトの分野や種類によってかなり差が出てしまい、イメージが伝わりにくい。そこで図ではあえて、「小型プロジェクト」を、同じ行動習慣を持つ同士の協力、「大型プロジェクト」を行動習慣の異なる他社との協力、と注釈をつけた。

そうなると、従来の新製品開発は、図の右下の領域に位置づけられる。自社系列内で完結する場合もあるだろうし、サプライヤー等の他社と協力する場合もあるだろうが、それでも慣れた同士による国内プロジェクトである。

ところが、ほぼ同じ内容での製品開発プロジェクトも、小川君の会社のように、慣れない初めての海外企業と一緒にやることになると、図での位置が変わってくる。まず、海外企業との協力の場合、お互いの責任分担を文書化・契約化して、きっちり決める必要が出てくる。つまり、スコープがけっこう「固く」なるのである。

他方、これまでの慣れた同士の協力関係と違い、慣れない相手とは、コミュニケーションの言語やチャネルからはじまって、いろいろ目に見えない摩擦や障壁が生じがちだ。だからプロジェクト組織の規模・複雑性が,有意に上がることになる。

かくして、ほぼ同じ内容の筈の新製品開発プロジェクトが、図上でかなり左上にずれてしまう。そして、この図では、左上に行けば行くほど、専門的なプロジェクト・マネジメントが必要とされてくるのである。右下のエリアは、身内同士の阿吽の呼吸で進む領域であって、まあいってみれば、ジャズバンドのような世界である。誰かリーダーのもつ、気合いやリーダーシップで進めることができる。

ところが左上の領域は、いわばオーケストラの世界であって、数多くの演奏家(専門職種)と、指揮者(プロマネ)がいて、整然とことを進めなければいけない。各人がバラバラに動いたのでは、意味のある成果は出てこないのだ。スコープ制約が固く、かつ組織規模が大きい仕事とは、そういう存在だ。それなのに、プロジェクト・マネジメント技術もろくに知らぬまま、「気合いと根性」だけで海外プロジェクトをはじめたら、途中で現場が苦労の嵐に巻き込まれることになる。

これが、今、わたし達の社会のあちこちで起きている問題なのだ。そして、多くの若手エンジニア達が、さんざん苦労している。そういうことを、霞ヶ関の新進気鋭の官僚達にも知ってほしい。そう思って、レクチャーでは、前回も述べたように、スコープの話を主にしたのだが、さて、短い時間でどこまで伝わるかは、定かでない。そこで、あえて念押しとして、もう一枚、図を用意した。

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こちらの図は、左右がある意味、逆になっており、右に受注型プロジェクト、左に自発型プロジェクトを置いてある(不統一で申し訳ない)。上の欄に、(強い)←→(弱い) と書いてあるのは、スコープに対する主導権である。自発型の方が、当然ながらスコープの主導権が強い。受注型では、発注者の承認をもらわなければ、スコープ・チェンジが認められない。

こちらの図の上下は、買い手か売り手かという、商取引の立場になっている。取引では通常、お金を出す側の買い手(顧客)の方が強く、売り手の方が立場が弱い。

そして、この図表の4象限に、日本の海外ビジネスのあり方と変化を集約してある。

まず、高度成長期の’70〜80年代は、左下にある。この時代、衣料品にはじまり、家電・カメラ、そして自動車など、消費財の輸出で日本が伸びた時代であった。優秀・高品質な製品力と、円安による競争力に支えられ、大きく世界に進出していった。自分は売り手だからやや立場は弱いが、どこに何を売るかは自分で選ぶことができた。この時期は、「売ってあげる」型の輸出ビジネスだった、といえる。

それが'80年代後半~90年代前半のバブル時代に入ると、さらに勢いをかって、盛んに海外不動産を買ったり、企業買収・工場建設・営業所開設などのラッシュが続いた。舞台は欧米や豪州など先進国だ。そして自分が買い手で、かつ、自発型プロジェクトである。いわば最強の立場にあった時代だ。

ところがバブルがはじけ、不況の2000年代に入ると、海外調達・部品製造外注・オフショア開発などが、海外ビジネスの中心になってくる。まだ、立場は買い手だ。だが相手地域はアジア・中進国にシフトする。そして現地に行った技術者たちは、本社や日本国内の顧客からの勝手な指示に困惑しつつ、内心、OKY(「お前が来てやって見ろ」)と歯噛みしながら仕事をしていた。

そして2010年代。政府は「日本の新成長戦略」をとりまとめ、新興国に対するインフラ・システム輸出が、成長力回復の切り札だ、と位置づける。しかし、日本のものづくりの成果を海外に持っていくという事は、売り手で、受注型のプロジェクトを遂行することを意味する。すなわち、「買って下さい」型の輸出ビジネスになる、という訳だ。

わたしは長年プラント・エンジニアリング業界に働いてきた身として、それがいかに弱い立場であるかを知っているし、その中でいかに立ち回るべきかも、少しは承知しているつもりだ。そのための有力な武器の一つが、専門的なプロジェクト・マネジメント技術なのだ。だから、それについて本も書き、あちこちで講義したり宣伝したりして回っているのである。

繰り返しになるが、日本の海外プロジェクトは、バブル期頃までの、強い立場・先進国相手・売ってあげる型から、2000年以降の、弱い立場・新興国相手・買って下さい型へと、シフトしてきてきた。ところが、世の中にはまだ、バブル期までの過去の『成功体験』を、自らの栄光の記憶として抱えているシニア・マネージャー層がけっこう、残っている。

だが、彼らの成功体験はもう、賞味期限切れで、今の時代には使えないのである。昭和の古きよき時代はもう、とっくに終わったのだ。そして、そんな過去の成功体験にしがみついていると、現実がよく見えなくなってしまう。そのことを、日本の中枢にいる人たちにも、伝えたいのだ。昭和世代のわたしがこんなことを言うのはおかしいかも知れないが、これからわたし達の社会を担う層の人たちに活躍の場を残すためには、過去の成功体験の記憶を一度リセットして、新しい目で日本と海外を見るべきだと思う。


<関連エントリ>
 →「プロジェクトのスコープには硬軟がある」 https://brevis.exblog.jp/27558796/ (2018-09-20)
 →「海外プロジェクトの変化と、契約意識という不可視のハードル」 https://brevis.exblog.jp/18516049/ (2012-07-30)


# by Tomoichi_Sato | 2018-09-29 23:12 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

プロジェクトのスコープには硬軟がある

先月のことだが、霞ヶ関のある有力省庁に呼ばれて、プロジェクト・マネジメントについて1時間ほどの簡単なレクチャーをしてきた。聴衆は、製造業を所轄する部局の、若手中堅の官僚20人弱である。先方からは『ビジネスで成功を勝ち取るプロジェクトマネジメントとは』という、いささか大げさなタイトルを頂戴したが、いかんせん1時間弱でしゃべれる事は限られている。

短い時間でプロジェクト・マネジメントのエッセンスを紹介するなら、何を話すべきか。相手にもよるが、わたしはスコープとWBSの概念の話をすることにしている。プロジェクトにおいて、日本人は概して、計画軽視だ。与えられた目標や暗黙の目的意識のもとで何となく走り出し、人を集め、あとは各人の努力と互いのすり合わせで進めていく。「現場重視」「歩きながら考える」の習慣が、とても強い。

欧米人と一緒に仕事をした経験のある人なら、彼らはまず、全体の計画を立てるところからはじめる習慣が強いことを、ご存じだろう。計画を立てずに走り出すことは、まるで地図を持たずに旅に出るようなもので、心配になるらしい。プロジェクト・マネジメントという概念も、PMBOK Guideのような標準書も、このような文化の元で生まれ育った。

計画力と現場力は、車の両輪で、どちらが弱くても真っ直ぐちゃんと走れない。ただ、自分たちが何に弱いかは、そこに強い相手と組んだり闘ったりしないと、なかなか気づかないものだ。たまたまわたしは、海外プロジェクトを中心としたビジネスをする企業にずっと勤めてきたので、ある程度は両方を知っている。

とくに、日本は製造業の影響力が大きいので、「QCD」、すなわち品質・コスト・デリバリー(納期)の制約については、多くのビジネスマンが常識として肌身で知っている。しかし、現代プロジェクト・マネジメント(モダンPM)の柱は、

 QCD+S

の4つなのである。4番目のSは、『スコープ』の頭文字だ。いや、海外の文献などを読むと、品質は当然の前提としてQを抜かし、SCDの3つがプロジェクトの柱だ、という言い方が多い。スコープは、モダンPMの第一の柱、最大の制約条件なのだ。事実、PMBOK Guideを見てもらえれば分かるように、10の知識エリアの記述順は、最初に統合マネジメント、次がスコープとなっている。

そして、スコープの具体的表現手法として、WBSがある。これはプロジェクト・マネジメントの基礎となる手法で、60年代頃から整備されてきた。だが、この一番肝心なスコープとWBSの概念が、日本では良く理解されていない。

プロジェクトは、何らかの成果物やサービスを生み出すための営為である。ただ、プロジェクト全体は大きいし,出発時点ではもやっとしていて、それを全体として扱うのはやりにくい。そこで西洋人は、彼らの思考習慣である"Structured Approach” にしたがって、大きな問題を小さな部分問題に分割していく。つまりプロジェクト全体を、やらなければならない具体的な個別の要素作業に、階層的に分解するのである。

この要素的作業を『アクティビティ』とよぶ(日本のIT業界では「タスク」ということが多いようだが、PMBOK Guideは昔からActivityという用語で統一している)。そしてプロジェクト全体のスコープ(仕事の責任範囲)を、アクティビティ(タスク)の集合として捉えるのである。まあたとえて言えば、日本全土を、都道府県に分け、さらに県を地形に従い市町村に分割するようなものだ。そのようにして、全体のエリアを、統括可能な部分に分けて地図を作る。

わたしのレクチャーでは、簡単なプロジェクトの例をとって、それを構成するアクティビティの洗い出しを10分ほどの演習で体験してもらった(さすがに優秀な人たちが多く。通常の社会人相手のときより倍近い早さで進んだ)。そして、次は洗い出したアクティビティを、紙の上で階層的に図示してもらう。これだけでも、気づかなかった抜け漏れや作業のアンバランスなどが、気づきやすくなる。

スコープとはプロジェクトのなすべき責任範囲のことであり、それをアクティビティに階層的に分解して、管理番号を付番したものがWBS(=Work Breakdown Structure)である。これは仕事のスコープの見取り図、地図に相当する。WBSこそはプロジェクト・マネジメント計画の出発点であり、その出来不出来によって、その後のマネジメントの成果を大きく左右する。

WBSの一例を、図に示す。これはわたしの勤務先の得意とするプラント・エンジニアリング系のプロジェクトについて、WBSの骨子を示したものだ。本当はもっとずっと詳細なのだが、骨格を理解してもらうのが目的なので、枝葉はばっさり切ってある。
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なお、ここに示したWBSの構成は、Functional-WBS(略称F-WBS)とよばれる種類のもので、主に仕事の機能のプロセスを主体としたものだ。他に成果物の構造にしたがったProduct-WBS(P-WBS)もあるのだが、話が複雑になるのでここでは省略する。

このWBSには、とくに時間の概念はないことに注意してほしい。まだ、ガントチャートは、ない。この後、それぞれのアクティビティの作業量を見積り、割り当てるリソースの量を決めて必要な期間を推定し、さらにアウトプットとインプットから生じる関連性(他のアクティビティとの依存関係)を考慮して、初めてガントチャートが作成可能になる。

日本ではガントチャートのことをWBSだと誤解したり、スコープを明確化する前に、いきなり線表を描き始めたりする『ダイレクト・ガントチャート』方式の人が少なくないが、それでは成功するはずのプロジェクトだってうまくいかない。こうしたことを、日本の中枢を担う若手官僚に分かってもらいたかったのである。

さて、ここから先は、PMBOK Guideにあまり書いていない、大事な話になる。それは、プロジェクトはスコープのあり方に応じて、二種類に分けられ、それに応じてマネジメントの力点も変わる、ということだ。

どういうことかというと、プロジェクトはスコープが『ハード』なものと、『ソフト』なものに分類可能なのである。ハードなスコープとは、プロジェクトのなすべき責任範囲がかなりかっちりと規定されているタイプのものだ。これに対して、ソフトなスコープは、プロジェクトの範囲が、途中でかなり変わりうる(自分で変えうる)タイプである。

なお、プロジェクトについての”Hard”, “Soft"という用語は、2000年頃から欧米のPM研究論文などに現れるようになってきた。ただし、これは別にコンピュータのハードとソフトの話をしているのではないので、注意されたい。鋼鉄製の橋を架けるのはハードなスコープで、木の吊り橋はソフトだ、という話でもない。あくまで、なすべき仕事の領域・範囲の変わりやすさ、硬軟をいっている。

簡単に言うと、自社が自らの意思ではじめる「自発型プロジェクト」、たとえば製品開発や社屋新設などのプロジェクトは、スコープがソフトな場合が多い。他方、誰か顧客から請け負う「受注型プロジェクト」は概して、スコープがハードだ。スコープがふにゃふにゃして曖昧だったら、そもそも見積ができないから、契約が成立しない(無論、単価契約とか派遣契約にすれば別だが、その場合はプロジェクト・マネジメントの責任を受注側は負わない)。

スコープがかっちりと固まっている受注型プロジェクトにおいては、プロマネは通常、コストと納期を、よりシビアにコントロールすることが求められる。したがって、ハード・スコープのプロジェクトを沢山遂行する組織においては、プロマネにより権限が与えられなければならない。権限がなく、判断もできずに、責任など負えないからだ。マネジメントの主眼は、スケジュールとコストになる。

(ただし余談だが、日本のIT企業の方の話を聞いていると、プロマネにはコスト管理の権限がなく、ただ与えられた予算と人員の中で、スケジュールをなんとか守る事が求められているケースが多いようだ。これはわたしのような他の業界人からは、奇妙に見える。コストの権限が上司が握ったまま、納期と品質の責任だけを問われるのでは、まるで後ろ手にしばったパン食い競争みたいで、ずいぶんだと思うのだが)

さて、ところで、自発型プロジェクトは受注型とかなり違う。たとえば新製品開発を考えてみよう。予算を満たし納期を守っても、できあがった製品に魅力がなければ、プロジェクトは失敗だ。したがって、プロマネは何よりも、ユーザにアピールする品質(「前向き品質」)を上げるべく、スコープを調整することになる。この種類のプロジェクトでは、プロマネは管理・監督よりも、創造の役割を強く求められる。

だから、ユーザを惹きつけないと成立しない、いわゆる『SoE』(Systems of Engagement)では、アジャイル開発などの手法に価値が出てくるのだ。アジャイルでは、スコープを動的に入れ替え、調整して進んでいく。しかし、設計図通りに橋梁を建設するようなプロジェクトには、アジャイルは使えない。スコープがハードだからだ。

さて、スコープについて、一般的教科書にあまり書いていないことまで説明したのは、理由がある。せっかく霞ヶ関まで行って、日本の製造業や貿易政策を担う省庁の人たちに聞いてもらうのだから、もう一つ、説明しておきたいことがあったからだ。

それは、海外プロジェクトの進め方に関する留意点、彼我の違いについてである。日本企業とその製品群は、70年代頃から、世界を席巻した。自動車、家電、カメラ、パソコン等、あげればきりがない。高度成長期とはまた、日本企業の国際化・グローバル化の進展でもあった。——そういう風に、マスコミをはじめ、多くの人たちが思っている。

だが、その思考には、意外と大きな大きな罠がひそんでいるのだ。そして、それが『スコープ』の硬軟の概念と、密接に関係しているのである。

(この項つづく)


<関連エントリ>
 →「ダイレクト・ガントチャート方式の問題点 〜 やはりExcelで工程表を書いてはいけない (1)」 https://brevis.exblog.jp/26231556/ (2017-12-02)
 →「Structured Approachができる人、できない人」 https://brevis.exblog.jp/18336958/ (2012-07-08)


# by Tomoichi_Sato | 2018-09-20 23:54 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

ミニレビュー:ジャパンナレッジ

しばらく前から、『ジャパンナレッジhttps://japanknowledge.com/ を使っている。小学館系の(株)ネットアドバンスが提供する有償サービスだ。iPhoneでは、専用のアイコンをホーム画面において、すぐアクセスできるようにしている。

一番使う用途は、英和辞典としての利用かな。ランダムハウス英和大辞典やプログレッシブ英和中辞典、理化学英和辞典、Cambridge English Dicstionaryなどの複数の辞書が、まとめて一括で検索できる。これは楽だ。

つぎによく使うのは、百科事典としての利用だ。平凡社の世界大百科事典、日本大百科全書(ニッポニカ)が同時に検索でき、電子辞典だから当然ながら、他の記事や他の時点とも相互にリンクされている。

さらに、会社四季報も検索できる。加えて、Imidasや現代用語の基礎知識などの情報源も使える。上記の検索が、すべて一括で行えるから、ある企業の沿革を百科事典で見てから、経営状態と株価推移を確かめる、といった複合的な調査を、一発で行える点がとても便利だ。

それにしても、世の中にはGoogle・Yahoo!など、有力な検索エンジンがいろいろある。そして、知識についてもWikipediaという便利なものがあるのに、なぜ、わざわざ有料のサービスを使っているのか。

それは、自分の検索を、ネットの有力企業に勝手に調べられたくないからだ。GoogleやYahoo!でなにかを検索すると、彼らはわたしの検索履歴を、ちゃんと記憶している。そして、ちょっと何かを調べると、すぐに関連する広告が閲覧中のWebページに表示されたりする。読者諸賢は、自分が買いたいわけではないモノを調べただけなのに、すぐ広告欄に「おすすめです」みたいに表示された経験を、お持ちではないだろうか? わたしには、なんとも気分が良くない。余計なお世話だし、こうやって自分のプライベートな情報が全部、誰かの筒抜けになっているのはやりきれない。

Wikipediaも、最近あまり利用したいと思わなくなった。無償なのは素晴らしい。記事のエントリー数もすごい。内容はまあ、はっきり言って玉石混交だが、もちろんよく書けている記事もある。記事内容の正確性は、市販の百科事典に比べて遜色がない、という話を、何年も前に聞いた。

だが、わたしは執筆者も仮名、組織の代表者も不明、という形で提供されるコンテンツを、本心から信頼できない。ウィキペディア日本語版のリーダー、日本代表者は誰なのだろうか? いや、そもそも日本には、ウィキメディア財団のLocal Chapterすら、いまだに設立されていない。なぜなのだろう? 不思議である。

ウィキペディアの記事は、誰でも執筆・編集できるわけだが、記事に[要出典]等の、さまざまな批判的ラベルを貼って、印象を操作しようと思えば、できないわけではない。公正さを要請するためにあるはずのラベルだが、じつは印象操作にも使えるのだ。Wikipedia日本語版の編集に、某大手広告代理店が関わっているという噂は、もちろん根も葉もないものだと信じたい。しかし、なんだか変だなと思うことも、たびたびある。

わたしは、原則として公開するコンテンツは著者名を明らかにするべきだ。と考えている。なぜなら、著者が明らかならば、どんなにバイアスのかかった記事であっても、「ああ、またこの人が書いているのだな」と受け取れば済むからだ。バイアスのない人はいない。間違いのない人もいない。偏りも不正確さも含めて、文章を書くという行為の責任の一部だと思う。だから、わたしのこのサイトだって(会社員なのに)実名で書いている。Wikipedia日本語版のように、著者も編集者も運営者も、すべてが匿名可能なメディアには不信を感じるのだ。

もともとジャパンナレッジにたどりついたのは、平凡社の世界大百科事典が使えるからだ。かつて、この事典の編集長だった林達夫氏を、わたしは日本最高の知性の一人として、尊敬している。以前はCD-ROMで販売されていた時期もあったが、最近は聞かなくなった。そこで調べたら、ジャパンナレッジに含まれているということが分かったのだ。

おまけに、iPhoneで気軽に使える、しかも信頼性の高い英和辞書もほしかった。ながらく英辞郎を買って使っていたが、いくつかの点で使いにくくなった。ジャパンナレッジなら、辞書と事典が一緒にひける。これは本当に便利だと思う。

おまけに、ジャパンナレッジが素晴らしいのは、辞書事典以外にも、「本棚」として、平凡社の『東洋文庫』(692冊)と、小学館の『新編 日本古典文学全集』(88巻)が、ネットでいつでも読めることだ。

東洋文庫の奥深さは、まことに驚異である。アラビアのロレンス「知恵の七つの柱」がある。ギリシャとインドの哲学対話を描いた「ミリンダ王の問い」がある。西洋人による戦国時代の日本の貴重な記録である、フロイス「日本史」がある。もちろん、「アラビアン・ナイト」全巻もある。「白居易詩鈔」も「聊斎志異」もある。おお、なんと素晴らしい!

日本古典文学全集だって負けてはいない。古事記も日本書紀も、新古今和歌集も、能の謡曲も、ふりがなつき注釈付きで、全部読める。

そして、「週刊エコノミスト」も、直近号まで読める。テキストでもPDFイメージでも表示可能だ。

知識情報は、いかに厳選するかが大切な時代になっている。今や、売りたい側の企業や組織が、資金の力で有無を言わせず、無償の情報をプッシュしてくる時代だ。わたしたちは、かなり防戦一方になってきている。ジャパンナレッジは、そんな現代において、信頼に足る情報源として、また古典的な書籍の無料の電子図書館として、とても有用だ。料金は年契約で、月額1,350円。安価だとはいわない。でも、十分価値があるとわたしは信じて、毎日使っている。


# by Tomoichi_Sato | 2018-09-12 12:07 | 考えるヒント | Comments(0)

コンサルタントは何かの役に立つのか?

 ある日、白雪姫が森の中を歩いていると、5人のこびと達が座って、シクシク泣いていました。
——まあ! どうして、みんな泣いているの? それに、あと2人は、どこにいるの?
 すると、5人のこびとは答えました。
「コンサルタントのA. T. ○ーニーが来て、7人も要らないからって、2人リストラされちゃったの。」

・・いつだったか聞いた、アメリカのジョークである。ちなみに、特定の会社を批判するのが目的ではないので社名は伏せ字にしたが、A社は大手経営コンサルティング会社である。とくに、コスト削減のアドバイスで有名な企業だというあたり、皮肉がきいている。

経営コンサルタントという業種は、20世紀初頭から存在するが、以前の記事にも書いたとおり、米国で大きく伸びたのは1970年代からと言われる。なぜ伸びたかというと、少なからぬ大企業が、事業の再編成を強いられる状況になったからである。

「再編成」(Restructuring)は、日本では「リストラ」というカタカナ言葉に略され、首切り人減らしの意味で使われている。米国では全く違っていて、組織を再設計することであり・・といいたいところだが、結果としては、大量の人減らしを伴うのが普通だ。働いている人にとっての心配の種であることは、かわりがない。むしろ、米国では人のクビを切るのも割と簡単だから、よりシリアスだ。

そして経営コンサルタントの利用価値の一つは、この「組織の再編成」を、経営者のかわりに立案してくれる点にあった。基本構想を作り、組織案を練り、職種と人数を定め、どんなクオリフィケーション基準で残る者を決めるかを、きれいなレポートの形で提案してくれる。あとは取締役会で通すだけ。リストラの首謀者は、自分の手を汚さずに、人減らしを遂行できる。’70年代は、アメリカの製造業の曲がり角の時代だった。だから経営コンサルタントが繁盛するようになったのだ。

経営コンサルは首切りのために雇われる、というのは別にわたしの勝手な私見ではない。たとえば著名な経営学者C. N. パーキンソンは、「パーキンソンの成功法則」の中で、早くも'60年代に、こう書いている。

「ビジネス・コンサルタントの戸口に現れるお客は、次の二つのうち、どちらかの動機を持っていることがわかった。ひとつは、かれらがすでに決意している組織の再編成(=リストラ)遂行の身代わりを求めるためだし、もうひとつは、こういう再編成の生ずるのを防ごうとするためだ。」(P. 63)

「デトロイトのホースレス・キャリジ社の重役連中は、その幹部の半分をクビにし、残り半分に何か仕事らしい仕事をさせようと決定した。(中略)そして、自分たちの提起した再編成案を外部のコンサルタントに委ねることに同意した。(中略)コンサルタントが用いられるのは、コンサルタントにはその場でまごまごしている必要がないという利点があるためだ。かれはジェット機のドアに片足をかけながら、報告書を提出し、誰かが第一節(そこには協力者への謝意しか記していない)を読み終えぬうちに、2万フィートの高さまで逃げ出すことができる。」(P. 64)

パーキンソンらしい、皮肉に満ちた書き方だが、米英でコンサルタントがどう利用されたかを、見事に描き出している。もちろん、首切りだけではなく、本当に事業の再展開や、内部の遂行の合理化などを、まじめにアドバイスしたコンサルタント達も、大勢いたとは思う。彼らはとくに、新事業のマーケティングや、財務問題をうまく整理してくれただろう(その一端は、たとえば『世界一やさしい問題解決の授業』渡辺健介・著などに見て取れる)。

だが、英米の経営者にとって一番主要な機能は、こういうことだ:

1 外部コンサルタントは、首切りと社内政治に役に立つ


世の中に存在するのは、個別で特殊な会社ばかりだと、前回の記事https://brevis.exblog.jp/27520991/ でわたしは書いた。しかし、組織再編成の計画づくりは、その会社の業種や技術の特殊性にあまり依存しない。どんな会社にも人事部や営業部が存在し、部長社長といった職位が存在する。それを再設計するのは、分野を超えた共通性の高い仕事なのだ。だから、経営コンサルタントたちは、個別性の泥沼に足を取られずにビジネスができるのである。

ところで、日本の経営事情は、英米などとはだいぶん違う。まず、人のクビを簡単に大量には切れない(少なくとも、以前は切ることに抵抗が大きかった)。新規事業に人を採用するといっても、人材市場の流動性は少なく、大勢を短期間で採用することは難しい。

じゃあ、日本の経営コンサルタントは、どうやって仕事を確保してきたのか。その答えは、人材研修・社員教育ではないかと、わたしは見ている。残念ながら根拠となる統計調査データは示せないが、それなりに大手から独立個人まで、いろいろな経営コンサルタントと付き合ってきた中で得た感触である。おおざっぱにいって、中小規模のコンサル会社の仕事の半分以上は、じつは教育研修ではないか、とにらんでいる。

理由は簡単だ。日本企業のかなり多くが、人材育成で悩んでいるからだ。たしかに、社内に立派な教育の仕組みをつくっている超大手企業も存在するが、それはむしろ例外で、たいていの会社は、教育にまでは手が回らない。人を育てるとしてもOJT(実地教育)しかなく、つまり「俺の背中を見て育て」方式である。会社は教育機関ではないのだから、「即戦力」だけを採用しよう、と考えるところもある。だが昨今の人手不足では、それもままならぬ。

人材育成に共通する悩みとして、技術継承の問題と、ナレッジマネジメントもあげておこう。今後はシニア世代層の引退がつづく。しかし若年層は、そもそも人口が少ない。どうやって、先輩世代が蓄積した技術やノウハウを継承するのか。これもまた、広い意味の研修である。またナレッジマネジメントとは、経験したプロジェクトの失敗事例などから、教訓(Lessons & Learns)を、他の案件にも共有し、品質問題を避けることを目的としている。これも知識の移転だから、広義の研修に隣接した概念だろう。

そこで、経営コンサルタントが呼ばれる、という訳だ。

でも、なぜ、異なる企業をまたいで、研修ができるのか。業種分野が違えば、異なる知識が必要ではないのか? その答えは、人材研修に共通な課題があるからだ。一般の経営コンサルタントは、直接、技術や技能を教えたりしない。製品の設計の仕方や、旋盤の回し方をコーチはしない。そうしたことは、技術コンサルの仕事である。

経営コンサルタントが教えるのは、業種や分野をまたいだ共通性の高い知識、すなわち経営や管理にかかわる考え方である。わたしの言い方でいえば「マネジメント・テクノロジー」である。在庫管理の仕方は、それが日用雑貨であれ半導体であれ建材であれ、ほぼ共通だ。人事評価の方法論や、財務諸表の見方なども、会社の違いに関わらない。むしろ、積極的に他社と比較することが望まれる。そしてほとんどの会社員は、こうした事柄を、高校や大学で教わっていないのである。

ついでにいうと、日本のホワイトカラー層は教育程度が高い上に、自分の余暇時間にビジネス書などを読んで、勉強熱心な人も少なくない。こうした人たちは、他業界や外国の先進的な経営スタイルを見て、自分の会社でも取り入れてほしい、と願う。ところが、彼らの上司たる経営者たちは、なかなか、そうしてくれない。それは、経営者の知識が足りないからだ、あるいは意識が低いからだ、と思える。こうした人たちは、コンサルタントに、自分の会社の経営層をこそ、教えてやってほしいと期待する。

だから、日本における、経営コンサルの主要な機能は、こうだ:

2 外部コンサルタントは、社員を(または経営層を)教育するのに役に立つ


ところで、上では「技術継承の問題」という言葉を使ったが、多くの企業で問題となっているのは、本来は「技能継承」の問題、とよぶべきものである。え、技術と技能は、どう違うかって? 

技術と技能の違いは、いわば、<電卓とそろばんの違い>である。電卓は手にすれば、誰でも、計算にすぐ使える。そして素早く正確に計算できるようになる。後輩に電卓を渡せば、翌日から、素早く正確に計算ができるようにになる。電卓による計算の能力は、移転可能なのである。

しかし、そろばんによる計算は、そうはいかない。そろばんは、習練に長い時間がかかる。そろばんを後輩に手渡すことは簡単だ。だが、翌日から素早く計算できるようには、ならない。そろばんの計算能力は、属人的なスキルだからだ。こうした属人的スキルを、本来は『技能』とよぶ。

技術は元々、移転可能なものである。なんらかの能力を、移転可能な状態にすることを、技術化という。これに対して、技能は簡単に移転できない。訓練に長い時間がかかるのが、ふつうだ。もちろん、真に上達すれば、機械をしのぐ能力を発揮する人もいる。そろばんの上級者は、頭の中だけで、素早く正確に計算をこなす。だが、その能力は、すぐ移転可能ではない。

だから多くの企業が、移転継承になやんでるのは、技術ではなく技能の問題なのである。たとえ、見かけ上は工学的な設計上の能力に見えても、個人のセンスや経験に依存するのであれば、それは技能である。トヨタ系のように「技術員」と「技能員」を区別している会社もあるが、多くの企業では、そもそも技術と技能について、概念上の区別ができていない。

そして、日本企業の共通の悩みというのは、じつは「仕事の成果を個人の技能に頼っていて、技術化を怠っている」ことにあるのである。だから、経営コンサルは、業種分野が違っても、クライアント企業ですぐ仕事のタネを見つけられるのだ。わたしは大昔の2001年に書いた記事「特別な我が社」で、

「日本の製造業が抱えている問題点というのは驚くほど共通性が高い。それは、『大量・見込み生産の体制を残したまま、多品種少量の受注生産に移行しようとしている』ということだ。」

と書いた。だからコンサルタントは、たとえ作っているモノが違っても、製造業相手に仕事ができるのだ、と。それと似たようなことが、人材育成についても言えるのだ。

前回引用した、ジェラルド・ワインバーグの『技術コンサルタントの秘密』には、コンサルタントの3つの法則が書かれていた。第1と第2は、次のようなものだ:

コンサルタントの第一法則
 依頼主がどういおうとも、問題は必ずある。
コンサルタントの第二法則
 一見どう見えようとも、それはつねに人の問題である。

人の問題を解決するのに、「人を入れ替えれば良い」というのが、英米式の考え方だった。だから彼らは、経営コンサルタントに、リストラの支援を依頼した。

日本企業は、「人を育てるしかない」と考える。そこで経営コンサルに、人材育成の支援を依頼する。それはいいけど、本当に経営コンサルタントは、この問題を、クラスルームの集合研修で、解決できるのか? マネジメント・テクノロジーそれ自体の教育は、たしかに役に立つ。しかし、企業が本当に継承したいと考えている仕事の能力が、属人的な技能なのだとしたら、そこにギャップが生じないか?

そうなのだ。もし、仕事のパフォーマンスに関する悩みが、「人の問題」ならば、解決法は二つあるはずだ。一つは、人を育成して、仕事の技能を身につけさせること。これは長い時間がかかる。バラツキも大きい(向かない人にはソロバンはできない)。

もう一つの解決法は、「仕事から属人性をなくすこと」である。誰が仕事をやっても、一定のレベルの成果が出るような、仕組み(システム)を作っていくこと。たとえば人材教育なら、OJT以外の教育の仕組みをつくること。たとえば在庫管理なら、在庫レベルをコントロールする方法論とシステムを導入すること。こうすれば、人によるバラツキの悩みは小さくなる。

そして、本当に有能な、役に立つコンサルタントは、社員研修の仕事を半分受けるかたわら、顧客が「仕組みの欠如」という真の問題に気づくよう、仕向けていくのである。

経営コンサルタントは、問題解決のために雇われる。それも、パフォーマンス問題という、構造の見えにくい、やっかいな問題だ。そして人々は無意識に、期待する。コンサルは、新しい知識を持ってくる。そして問題を解決してくれる、と。問題が解決すれば、業績が向上して、企業が成長できると。

ところで、成長すると言う事は、変わると言うことだ。変わらなければ成長できない。

だが、自分自身や周囲を見回して、よく考えてみよう。人は、そう簡単に変わるだろうか。あなたは、誰かを変えることができただろうか。いや、説得してその人の意見を変えさせることさえ、滅多にできないのではないか。

人はある年代を過ぎると、生き延びることが先決になり、成長することは二の次にしてしまう。その時点で、人は他人の言うことをきかなくなる。その年代がいくつ位かは、その人のキャリアパスや働く環境によって異なるだろうが。とにかく、「変わらない人」になってしまう。

そういう人にとって、問題解決とは、自分以外の誰かを変えることである。問題のある部下とか後輩とかを変える、あるいは他の部署の融通のきかない同僚を変える、あるいは無能な上司を変えることが、解決である、と。そういう人から見た問題は、自分自身の変化は決して含まない、非常にゆがんだ問題設定になりがちだ。組織全体のパースペクティブから俯瞰した問題認識ではなく、他責的な問題になってしまう。

このような、偏った問題設定を排し、いろいろな業界を見てきた目から、客観的でよりベターな問題を設定できることが、外部の人を入れる価値なのだ。だから、コンサルの最も望ましい使い方は、こうだ:

3 外部コンサルタントは、より良い問題設定をする役に立つ


そして、当たり前だが、問題解決の行動をするのは、自分たちである。自分で汗をかかない限り、問題は解決できない。コンサルが解決するのではないのだ。ここが一番、誤解の多いところだろう。コンサルは道具の一種だ。道具を買っただけで解決できる問題は、少ない。ゴルフの腕前に悩む人間が、1本10万円のゴルフクラブさえ買えば、万事OKだろうか?

だからワインバーグのいう、コンサルタントの第3法則は、こうなっている。
「料金は時間に対して支払われるのであって、解答に対して支払われるのではない、ということを忘れてはならない。」

役に立つコンサルタントとは、カーナビのようなものである。あなたが行きたい目的地を明確に示せば、そこへの道を示してくれる。複数の可能な経路を示してくれるかもしれない。だが実際にアクセルを踏み、ハンドルを切り、障害物を避け、現実の走行規制に従って車を動かすのは、あなたの方の責任なのである。


<関連エントリ>
 →「生産マネジメント手法の系譜を考える(2) 日本型生産思想のあり方」 https://brevis.exblog.jp/27462519/ (2018-08-02)

 →「書評:『世界一やさしい問題解決の授業』 渡辺健介・著」 https://brevis.exblog.jp/23647609/ (2015-09-06)

 →「パフォーマンス問題へのシステムズ・アプローチ」 https://brevis.exblog.jp/24951754/ (2016-11-21)



# by Tomoichi_Sato | 2018-09-05 22:24 | ビジネス | Comments(0)

コンサルタント嫌い、について

ジェラルド・M・ワインバーグが今月初めに亡くなった。享年84歳。’97年にコンピュータ殿堂入りを果たした彼は、物理学博士で元IBMの技術者だが、むしろコンサルタント兼エッセイストとして知られる。機知に富んだ、ひねりのある文章と、システムに関するユニークな視点にあふれる彼の著書は、けっこう好きで、何冊も読んだ。

最初に出会ったのは、『一般システム思考入門』だったと思う。まだ学生だった頃のことだ。この中で彼が提起した「中数の法則」とは、システム工学における問題の難しさの所在を論じるものだ。たいていのシステムは、個別に要素を分析・予測するには数が多すぎるが、大数の法則による統計をあてはめるには要素が少なすぎる、と彼は喝破する。また、システムの状態空間をグラフに描いてみて、その軌跡が交差するときは、次元が足りない(隠れたパラメータが存在している)、という見方は、今でも良く覚えている。

70年代に書いた『一般システム思考入門』と『プログラミングの心理学』とが、彼の出世作で、今ではどちらも、コンピュータ科学書の古典とみなされている。しかし、その後、より一般向けでわかりやすい著作を何冊も出し、それが彼の名望を高めたといえるだろう。『ライト、ついてますか―問題発見の人間学』は薄いけれど楽しい読み物だったし、とくに『スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学』と『コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学』は、後年の彼が得意とした「××の法則」の連発で、読み手の思考を刺激してくれた。

『コンサルタントの秘密』は、最初、こういうテーゼから始まる。

秘密第一番
コンサルタント業は、ちょっと見たほど楽じゃない。

そして、読者を「コンサルタント業に関する三つの法則」に誘う。その最初の二つは、こういうものだ:

コンサルタントの第一法則
 依頼主がどういおうとも、問題は必ずある。
コンサルタントの第二法則
 一見どう見えようとも、それはつねに人の問題である。

この二つの法則を、わたしはいつも胸に刻みつけている。どんな組織にも必ず問題はあって、それは常に人間の問題なのだ。これは、すべてのマネージャーが、理解しておくべきテーゼだと思う。

ちなみに、このサイト(Blog)は「タイム・コンサルタントの日誌から」と題しているが、現在のわたしは社内の企画部門におり、コンサル業で身を立てている訳ではない。このサイトを立ち上げた時には、ソリューションの事業部にいたので、こういう名前をつけ、それ以来、たまたま変えていないだけだ。ただまあ、一応、中小企業診断士だし、昔SAP認定コンサルタントの資格なんかもとったりしたので、コンサル・ビジネスについて、多少は論じられると信じている。

さて、ついでながら、社会人としてのわたしが、はじめてコンサルタントなる人種に接した時の体験をお話ししておこう。まだほんの駆け出しの頃のある日、役員の命令で、みんなが大会議室に集められた。壇上には、トヨタ系だかの現場改善コンサルタントがいて、自分があちこちの工場で、いかに指導し納期短縮やコストダウンを行ったか、という話をした。

その話自体は、面白かったと思う。とくにある大手重工メーカーで、各セクションの管理職が口を揃えて、この製品の製造納期はどうしても3ヶ月以上かかる、と主張するのに、彼が手順を変えて、半分以下にしてしまったエピソードは印象的だった。工程間を、ロット単位で輸送していたのを、彼はもっと小さな部品単位で運ばせたのだ。当然、ロット待ちによるリードタイムの浪費は激減する。

しかし、その後がいけなかった。役員はそのコンサルの助言をいれて、エンジニアリング会社の設計業務の劇的なムダ取り・削減を目指した。「その作業はやめられないか」が、合言葉になった。だが、工場のような剛構造の業務と、エンジ業務のような柔構造な仕事に、同じアプローチを取るのは無謀に近かった。

結果として、たいした改善効果は出なかったと記憶する。しかし、実力派の役員が言い出したことだ。皆の意識改革が進んで、活動は成功ということになった。この活動に積極的に協力した部長は翌年、昇進した。

こういう経験があったせいかどうか知らないが、その後、わたしの勤務先では、外部のコンサルタントを呼んで、社内の業務改革をする、という動きはずっと少なくなった。コンサル嫌いになったのだ。

だが、後にソリューション事業部の一員として、顧客にいろいろ接するうち、この「コンサル嫌い」は、かなり広く見られる傾向だと知るようになった。全ての会社が、コンサル相手にむなしい経験をした訳ではあるまい。むしろ、コンサルは一度も入れたことがない所が、過半数だった。だが、多くがコンサルタントという商売に、強い疑念を持っている。

ただし、中には全く逆に、「コンサル好き」というべき会社もあった。あちこちの部署で、次々にコンサルを入れるのだ。ただ比率的には、20社に1社もないとは思う。

コンサルタントは、なぜ嫌われるのか。それが今回のテーマだ(ああ、いつも話の前置きが長い)。

嫌われる理由は簡単だ。コンサルは高い。そして偉そうだ。何も知らないのに、ひとの会社に来て勝手な指導をする。いらぬ仕事を増やす。そのくせ、何も役に立たない。現場がそれでも頑張って、何か成果を出すと、コンサルの手柄にしてしまう。だが上の人間が連れてきたので、簡単に追い出せない。上の人間のメンツがかかっているので、失敗でも成功ということになる。何より癪なのは、自分が馬鹿みたいに見られる事だ。

そのくせ、世の中には不思議な事実がある。かくもコンサルは不人気なのに、メディアや書店では、「元マッキンゼー」みたいな肩書きの人間の文章が、もてはやされることだ。就職・転職先としても人気が高い。それだけ不人気なら、なぜ市場を闊歩し、高い給料をもらえるのか?

事実、帝国データバンクの2014年の調査『急成長する経営コンサルタント業』 http://www.tdb.co.jp/report/specia/pdf/140101.pdf によると、こんな調査結果が得られている:

過去5 年間で経営コンサルタントを営む企業数はで約 1.9 倍、 経営コンサルタント利用者数は約 3.7 倍に増加した。

経営コンサルタント利用数が多い産業大分類の上位 3 業種は、サービス業、製造業、卸売・小売業・飲食店

経営コンサルタント利用企業の割合は、サービス業が1.6%、製造業が0.8%、卸・小売業・飲食店が0.6%


という訳で、日本では全企業の1%内外が、経営コンサルタントを利用している事がわかる。もちろん、まだ小さな数字だが、かなり伸びているのも事実だろう。

マッキンゼーについては、知人が皮肉なことを言っていた。世の経営者たちがマッキンゼーを好んで使うのは、彼らが大したレポートを出せないからなのだ。だから、一度使ってみて、「やっぱりマッキンゼーも大したことはないよ。」と重役が偉そうに発言できるようになるために、使うのだそうだ。

でも、本当かなあ、とも思う。というのも、その知人自身がコンサルタントだからだ。彼は、コンサルという職業自体は、否定しない。ただ、世の中には支払う値段に見合うコンサルばかりでは、ないと言いたいのだろう。あるいは、良いコンサルとダメなコンサルがいるのだ、と。

そこで、コンサルタントの定義について、ふりかえってみるのも、無駄でははあるまい。上記のワインバーグは、コンサルタントの仕事をこう定義している。

人びとに、彼らの要請に基づいて影響を及ぼす術

過不足のない、良い定義だ。人びとの要請がなければ、コンサルは動かない。押し売りはしないし、できる商売でもない。また、「問題を解決する術」ではなく、影響を及ぼす術、としている点も、含蓄が深い。コンサルタントというのは、クライアントの要請に応じて、クライアントの変化を助けることが、仕事なのだ。

そして、経営コンサルと技術コンサルを区別しておくのも、大切だろう。技術コンサルタントというのは、通常、クライアントが抱えている、直接顧客と接する技術問題について、助けを出す。ここでの技術という言葉には、科学技術だけでなく、法律上の技術や税務上のそれも含まれる。そして、こういった技術コンサルを雇うことには、それほど強い抵抗はないと思われる。わたしの勤務先でも、セキュリティや契約交渉などで、コンサルタントを頼んでいるし、それは当然だと皆が考えている。

(なお、技術コンサルの亜種として、ERPコンサルと、ISO-QMSコンサル、とよばれる職種がある。複雑なERPソフトウェアの設定を助けたり、ISOの審査に通るよう、QMS文書作りを指導したりする。きわめて特化した形態だ。顧客に影響を及ぼす、とさえ言えるかどうか微妙で、経営コンサルタントの中には、「あんなのはコンサルという名前にふさわしくない」などという人もいる)。

では、経営コンサルタントを雇うときに、ターゲットとなるのは、どのような種類の問題なのか。それは、わたしが「パフォーマンス問題」とよぶ種類の問題である。つまり、具体的・個別的な製品や案件でのトラブルというよりも、なんだか全体として、会社の売上がふるわないとか、利益率が下がっているだとか、離職率が増えて品質が落ちているとかいった、組織の主要な業務に関する、マクロなパフォーマンスの問題なのだ。

こうした問題の解決のために、外部の経営コンサルタントを呼ぼう、とすると、しばしば社内から反対の声が上がる。問題解決は、ホワイトカラーの本来業務である、という信念が、たぶん、そこにはある。外部からプロの問題解決屋をよぶというのは、つまり、自分の「頭が悪い」と言われているのと、同様なのだ。

会社の主要な業務に、問題はあってはならない。売上や利益率やリードタイムといった、組織のパフォーマンスを示すKPIは、達成できるべく設定している。そしてホワイトカラーの仕事は、問題解決である。以上3点が、黄金則である。それでも、もし問題が生じるなら、それはもう、担当者の個人的無能の証明に他ならない。ゆえに、職場へのコンサル導入は、管理職に対し「無能」の烙印を意味する。

おまけに、コンサルなどは役に立たない。彼らは決して、解決策を持ってこない。持ってくるはずがない。なぜなら、自分の業務は特殊だからだ——これがまあ、決め手となる反対理由だ。

どこが特殊か? たとえば、わたしの勤務先なら、LNGプラントのような超低温・高圧の特殊な製品を扱っているし、そもそも専業エンジニアリング会社などという業態自体が日本には数少ないし、仕事の8割以上は海外だし、と、いくらでも特殊性の理由は続く。

でも、ここがホワイトカラーの智恵の見せ所らしく、どんな会社に行っても、そこの仕事が「特殊だ」「特別だ」、「他社とは違う」という理由説明が可能なのだ。読者諸賢も、ためしに自分の会社が特殊である点を、列挙してみられるといいと思う。自分の会社が平凡で普通だ、という説明よりも、ずっとたやすく、かつ心にもストンと落ちるはずだ。

かくて世の中は、個別で特殊な会社ばかりである。では、経営コンサルタントの人たちは、どうやって、そんなところで仕事をしているのか。そもそも、経営コンサルタントという業種が成り立った理由は何なのか?

(この項つづく)


<関連エントリ>
 →「特別な我が社」 https://brevis.exblog.jp/2641571/ (2001-02-03)


# by Tomoichi_Sato | 2018-08-27 23:48 | ビジネス | Comments(0)

書評:「アンナの工場観光」 荻野アンナ・著

アンナの工場観光 」(Amazon.com)

1993年。日本がまだ、バブル経済後の余熱の中にあった頃である。全国の新聞社に記事を配信する共同通信社は、芥川賞をとった新進気鋭の作家・荻野アンナに依頼して、月1回「アンナの工場観光」なる記事を書いてもらうことになった。ごくお堅い「工場」と、お遊び気分の「観光」という、ある種、相反する二語をワンセットでタイトルに掲げるあたりが、この作家の稚気の表れだろう。ともあれ、編集部の小山さんと、イラスト担当の影山女史との3人コンビで、毎月全国の工場を見学して回ることになる。

本書は、その取材を元にあらためて書き下ろした、かなり笑える楽しい連続エッセイである。そして、笑いのかたわら、25年前の日本の製造業の姿、考え方、そして社会のあり方が透かし模様のように、見事に見えてくる。第一級のルポルタージュでもある。

「試供品、もらえないかしら。」−−最初の工場見学先が決まると、さっそく著者はこう、所望する。それもそのはず、記念すべき第1回は、東京王子にある大蔵省印刷局・滝野川工場であった(組織名は全て当時のまま)。もちろん、お札を製造する工場である。ちなみにコインを作るのは造幣局で、お札は印刷局になる。この工場で、年間33億枚製造されるお札の、ほぼ1/3を印刷している。彫刻技師による原版のデザイン、つまり製品設計も行っている。

工場見学の最初に、紙幣印刷工場を選んだのは、とても慧眼の選択であったろう。典型的な量産型工場だ。二階建てアパートくらいに見える、特製の「ドライオフセット凹版印刷機」で、1ロット500枚ずつ、製造される。そして、厳しい品質管理が要求される。人による目視検査もある。量産だが、すべてにシリアルナンバーを印字し、トレーサビリティを記録しなければならない。そして模造が困難であるような、高度な製造技術が要求される。まことに当時の日本製造業を象徴するような、工場ではないか。

工場の人は、製造した紙幣を「お品」と呼ぶ。そして、できた1万円札を、1枚22円で日本銀行に売る。まあ、ほぼこれが製造原価だと思えばいい。製品としてのお札の寿命は、わずか2〜3年である。市中のお札が銀行経由で戻って日銀を通過する際に、自動監察機でより分けられ、古いものは廃棄されるのだ。ともあれ短い時間の見学で、お札の世界の良品とは、目に美しく、偽造が困難であることだと、著者は本質を喝破する。

この調子で、著者の一行は、全国12箇所をめぐる。京都のマネキン工場、静岡・袋井のポーラ化粧品工場、相模原の特殊自動車(霊柩車)工場、横浜の小さな煎餅工房、山形のシャンパンワイナリー、岩手県一関市・富士通ゼネラルのワープロ工場(あの時代には専用ワープロという商品があってかなり売れていたのだ)、東京池上の食品サンプル工場(デパートの食堂の店頭に飾ってあったりした、あのロウ細工である)、三重県松坂の養豚場、名古屋の三菱重工宇宙ロケット工場、山口・宇部の制服工場、そして最後は目黒清掃工場である。

ややB2C系の、消費財製造の分野に偏っているきらいはあるが、それでも良い目配りだ。お金の工場からはじまって、最後にゴミ処分工場に終わる、という構想もなかなか気が利いている。そして、どれも非常に面白い。

目黒の清掃工場では、「こちらでは何が原料で何が製品にあたるのか、考え出すと頭が痛い」(P.308)と書く。だよね。ゴミを燃やして出た煙から有害物質を除去するため、「まずは冷却し、ススとチリを取ってから、水で洗う。煙の水洗い。まさに煙に巻くような技術である。」(P.316)。だから巨大な煙突からは、無色透明な煙(?)だけが外気に輩出されていく。

この工場は、収集したゴミを原料に、千度近い焼却炉で燃やし、熱や電気という「製品」にかえる。そして、副産物の灰は、東京湾の埋め立て地に送られる。著者達一行は、その埋め立て処分場にまで、車に同乗して出かけていく。この、東京ディズニーランドを対岸に望む人工島の、文明の果てともいうべき滑稽かつ荒涼とした場所の描写は、さすが文学作家である。

ところで、この清掃工場には、中央制御室がある。機械化・自動化が進んでいるからだ。当然といえば当然だが、この本に登場する工場の中で、中央制御室らしきものがあるのは,他に化粧品工場くらいだろう。あとは、すべて人間の紙による指示か、あるいは伝票もなしに、現場の人の判断で動いていくのだろう。だから工場建屋から一歩外に出ると、中で動いているのかトラブっているのかさえ、よく分からない。25年前も今も、そうだ。こういう点での進歩のなさのおかげ(?)で、この本は現代でもちゃんとリアリティーを持って読めるのだ。

著者は、しきりに自分は文系だ、と強調する。たしかに「セラミド」や「固体燃料」といった専門用語は、その分野の技術者でないとわからない。だが、目の前に見える現実を、いろいろな角度から多面的に見て、その本質を理解する能力は、別に文系理系にかかわらない。

たとえば、作家にとって商売道具であるワープロの工場にいく。部品や配線と聞いて著者がイメージした、昔のラジオの中と違って、プラスチック下敷き3枚分の「基板」を走る細い筋が配線で、チップマウンターで実装される板チョコ状の「CPU」が、全体の頭脳となる部品だと知る。そこで著者は急に、名優ジャン・ルイ・バローと日本の能役者が「鐘をつく」動作をしてみせるときの、その差を思い出す。バローの筋肉を動かすリアリスティックな演技に対し、能役者は最小限の動作で、観客にその意味を伝える。

「記号化によるエネルギーの節約で、(中略)最小限の動作と空間へ切り詰めていき、そこから最大限の機能を引き出す。この言い方なら、能とICを横並びに置くことも可能だ。」(p.158)

こういう風に、物事の本質をズバリと抽象化して理解する知性を、この作家はもっている。同時に、効率よく自動化されたマウンターのすぐ後の工程で、女性達が並んで基板を目視検査しているのも見逃さない。工場内の物流を担うAGVを、「ロボット君」と呼んでかわいく描写するが、「不健全在庫低減」の標語を叫ぶウルトラマンの職場ポスターも見つける。この会社がが基板やICチップに見せた『記号化と機能化』を、工場の生産マネジメントにも発揮しているかどうか、著者は何も批判的なことは書かないが、よく見ているのだ。

それにしても、ここに取り上げられた工場のいくつかは、すでに業容をかなり変えているだろう。なくなっている所もあるかもしれない。この当時は外国人労働者も少なかっただろうし、派遣労働者制度も工場は適用外だった。

バブル時代の前、日本の工場は「追いつけ追い越せ」「高度成長」で生産量増大に燃えていた。バブルの最中は、「高付加価値」なる言葉で、要するに贅沢品志向に変わった。バブルがはじけると、一転して工場は「コストダウン」「人件費低減」の嵐だ。そして「海外移転」へと、多くの経営は舵を切っていった。本書に描かれているのは、不況へと転じる入口の時代だ。

しかし当時の工場と、今の工場と、本当にどこがどれだけ変わっただろうか? ‘90年代の製造設備を使い続けている工場は、ごまんとある。職人芸的な手作業に依存する部分も、少なくない。全品目視検査の工程も、ザラだ。バブル時代には一時はやりかけた自動化設備も、その後は緊縮予算で増えていない。

こうした工場のあり方を支えてきたのは、二つの理念だ。まず、きちょうめんで忍耐強く優秀な労働者を、比較的低価格の賃金で、いつまでも雇い続けられる、という信憑。とくに注意力を要する職場には、多く女性が割り当てられる(このことを、著者はやんわりと描き出している)。そしてもう一つは、大量生産における全品目視検査といった、非常に単調な仕事でも、機械より安ければ人間にやらせるのが当然だ、という価値観である。

「人が働くとはどういうことか」に関する、その企業の思想が露骨に現れる場所が、工場なのだ。来る日も来る日も、基盤の欠けや札の印刷の汚れだけを、チェック続ける。機械のミスを人間がチェックする。そんな仕事に、人は一生をかけられるだろうか。親戚の子どもがその仕事に就いたら、「おめでとう」と言えるだろうか。25年前にはまだ、画像検査装置は高価だった? その通りだ。性能も低かった。では、そうした工程は今やすべて自動化されているだろうか。「人間の方が機械より正確だから」という理由をつけて、相変わらず大勢の女工を並べている工場も、あるのではないか。そうした会社が、他の従業員をどう扱うか、推して知るべしではないか?

この本の中で、やはり読んでいて面白いのは、小さくて個別性が高く、全体をある程度見通せるような職場である。養豚場とか、ワイナリーとか、霊柩車とか、マネキンの工場だ。工場というよりは、工房かもしれない。そうした世界では、働く人は生き生きしている。日本人の職人気質なところが、長所として出ている。だったら、こういう中小企業を、より大切にするべきではなかったのか。

そういえば、職業的小説家もまた、職人的手工業の世界である。だから、作り手の気持ちが、より通じているのかも知れない。そういう点で、本書は、村上春樹の『日出る国の工場と並ぶ、作家による工場ルポルタージュの傑作である。ぜひ探してでも読むことをお勧めする。


# by Tomoichi_Sato | 2018-08-20 23:12 | 書評 | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(8月31日)開催のお知らせ

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2018年第4回会合を開催いたします。


今回は、元フジテレビ海外特派員、テレビ静岡会長で、現在は一般社団法人静岡アジアパシフィック協会理事長の曽根正弘様に、メディアから見た世界の転換点と、その取材とについてご講演いただきます。


ご存じの通り、現在のマスメディアは時間的な媒体であり、とくにTVの場合は取材におけるリアルタイム性の高さが求められます。そして、対象とするのは、繰り返しのない一過性の出来事で、かつライバルとの激しい競争もあります。
そのような現場を抱える中、どのような形で世界的な出来事にかかわり、それをレポートしているかについて、貴重な体験をベースにお話しいただきます。


他では聴けない、興味深いご講演は、暑い夏の夕べ、一服の清涼剤となるはずです。

大勢の皆様のご来聴をお待ちしております。


<記>

日時:2018831日(金) 18302030

場所:慶応大学三田キャンパス

 北館会議室21階)(定員:28

 https://www.keio.ac.jp/ja/maps/mita.html

 キャンパスマップ 【1


講演タイトル:

タイトル「TV特派員が現場で見た世界の転換点」


概要:

フジテレビ特派員としてモスクワ、ワシントン、ニューヨーク、ロンドンと転任する中で、東西冷戦の終結、ソ連のクーデターに端を発する体制崩壊を千載一遇の機会を生かして現場レポートをすることができた顛末を語る。


講師:一般社団法人 静岡アジアパシフィック協会

理事長 曽根正弘(そね・まさひろ)


講師略歴:

略歴:

静岡県出身

1964年早稲田大学卒、()フジテレビジョン入社。

1970-71 米国ミシガン大学、MITに短期留学。

1982-85 モスクワ特派員・支局長。

1989-90 ワシントン特派員・支局長、FCI報道担当副社長。

1990-94 ロンドン特派員・支社長。

1994-98 フジテレビ総合調整局長、社長室長、取締役国際局長

1998 ()テレビ静岡移籍

1998-2017 同社専務取締役、代表取締役社長、会長、相談役、顧問

(この間、静岡商工会議所情報文化部会長、静岡交響楽団理事長、静岡市

 行財政改革推進審議会会長ほか兼職多数)

現在:()TOKAIホールディングス社外取締役、東京音楽大学特任教授、

 静岡県ニュービジネス協議会統括副会長ほか。


参加費用:無料。

 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥2,000)は免除されます。

 参加を希望される方は、確認のため、できましたら前日までに三好副幹事までご連絡ください。



佐藤知一@日揮(株)



# by Tomoichi_Sato | 2018-08-18 17:58 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

生産マネジメント手法の系譜を考える(3) 90年代以降の発展とこれから

--ちょっとこれまでの流れをおさらいします。生産マネジメントの手法は20世紀前半に、米国の自動車産業が牽引する形で誕生・発展しました。複雑な機械製品を、大量生産することが主眼でした。60年代には計算機を利用するMRPという計画手法が開発され、需要に合わせてロット生産のタイミングを調整し、工場全体を采配する事が現実化します。

「集中管理の実現ですね。」

--そうです。そしてMRPはその後も、発展を続けます。資材調達だけでなく、人員や資金など、製造に必要な経営資源全体の計画ツールにまで拡大し、80年代にはManufacturing Resource Planning = MRP IIという概念が生まれます。そして、これにヒントを得て、ドイツのSAPという名の企業が、Enterprise Resource Planning = ERPという用語を作ります。こちらは皆さんご存じですね。

「ERPって、元は生産管理用語から来たんですね・・」

--はい。だから、今でも主要なERPパッケージは、その生産マネジメント部分にMRP IIのロジックを実装しています。
 ところで一方、日本では70年代ごろから小ロット・多品種で、市場の需要にきめ細かくより添う、トヨタのような生産方式が主流になります。かつての「メード・イン・ジャパン=安物」の汚名をそそぐべく、また現場のモチベーション向上も込めて小集団活動を中心としたTQCが盛んになり、石油ショックも手伝って、日本製品は米国市場で力をふるいます。そして80年代後半には、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」、日本型経営礼賛の時期が来ます。

「なんだか遠い昔の話を聞いているような気がします。」
「でもこれ、今も変わらぬ現実だと思ってるオジサンたちも多そう・・」

--かもしれません。ところで、この間、米国も指をくわえて見ていた訳ではありません。あなたがアメリカ企業の経営者だったら、どうしますか?

「ええと。関税をかけるよう政治家を動かして、輸入をブロックします。」

--なるほど。政治に頼る解決ですね。実際、そういう動きもあって、日本の自動車会社は米国での現地生産に取り組みはじめます。しかも、部品の現地比率その他の規制までかかって、単に部品を全て米国に持って行って、現地で最終組立だけするような生産方式は通じなくなります。部品の調達からやらざるを得ない。かくして米国企業は、日本の工場マネジメントのやり方を間近に見ることができるようになります。そして気がつくんです。これは単に、安価な労働力を人海戦術的に使ったやり方ではないのだ、と。

「当たり前ですよ!」

--また、日本にも盛んに調査団を送ります。その結果を、MITが’90年代の初めに報告にまとめ、こうした日本企業の生産方式を「リーン生産」と名付けます。Leanとはお肉の赤身のこと。贅肉のない、つまり徹底して在庫を減らした生産マネジメント方式です。また品質問題についても考え直し、「シックス・シグマ」という概念に至ります。徹底した品質追求から、生産のムダやムラをあぶり出す方法論です。

「日本のやり方を、呼び名を変えて真似しただけじゃないか。」

--そうとも言えません。彼らは概念の体系化に長じていますし、技法も生み出します。それに日本のQCだって、もともと米国の統計的品質管理から学んだのです。

「たしかにITマネジメントの世界でも、アメリカではLean Six Sigmaという言葉を時々見かけます。」

--ところで、少し話は戻りますが、貿易摩擦と関税による障壁は日本企業だけでなく、米国企業をも悩ませることになりました。すでに部品製造を安価な外国にかなりシフトしたしまった会社は、同じく関税に直面します。それだけではありません。米国内での生産と、中米やアジアでの部品製造を、どう上手につなぎ、どうタイミングを合わせるか、という問題に直面します。そしてここから、『サプライチェーン・マネジメント』という重要な概念が登場してくるのです。

「SCMですね。」

--そうです。サプライチェーンという言葉や、供給連鎖という概念は、古くからあったものです。しかし、その全体をマネージしよう、との発想は’90年代以降のものです。最初は流通業における企業間の取り組みからスタートし、製造業にもその概念が波及します。そしてSCMとともに、個別最適 vs. 全体最適、といった問題意識が出てくるのです。

「へえ。全体最適とか、昔からある議論かと思ってました。」

--80年代後半はちょうど、計算機が汎用機からPCへとシフトし、かつ計算能力も通信速度も、飛躍的に伸びていく時期でした。そこでサプライチェーン・マネジメントを実現するために、ITを利用した、新しい発想による技術が生まれます。それが、Advanced Planning & Scheduling = APSでした。APSは、MRPの難点であった負荷計画問題を克服し、最適な生産スケジューリングを可能にしたのです。そして90年代には、実用の時代に入ります。
関税が政治に頼る解決だとしたら、こちらは論理とITに頼る生産マネジメントの改革法です。

「マネジメントのIT化、ですか。うーん」

--同時期にもう一つ、米国では重要なマネジメント理論が現れます。イスラエル出身の物理学者ゴールドラットが、制約理論(Theory of Constraints = TOC)を提案するのです。彼は最初、OPTというAPSソフトウェアを開発していたのですが、ソフトよりも生産マネジメントの考え方の変革の方が重要だと考え、’84年に『ザ・ゴール』という、ベストセラーになったビジネス小説を書きます。これがSCMの概念とマッチして、90年代には生産マネジメントの世界に多大な影響を及ぼしました。TOC理論は、MRP IIなどの持っていた、計画偏重・中央管理のやり方とは一線を画す思想から生まれ、それがSCMにマッチしたのです。ポイントは何だったと思いますか?

「え、何だろう。現場の自主性を尊重するんですか?」
「私、TOCのクリティカル・チェーンという、プロジェクト管理の方法を聞いたことがあります。現場尊重っていうより、なんか、バッファー・マネジメントとかって話だったような気がします」

--そうです。TOC理論では、現場にはいろいろな変動要因があり、計画通りになかなか進まない、という認識がベースにあるのです。生産マネジメントでは、DBRとかDBMといった方法論が提案されます。これらは、工場にある「ボトルネック工程」へのコントロールに集中して、工場全体のスループットを最大化しよう、との発想が中心にあります。複数のサプライヤーをまたぐSCMでは、こうした変動への対処が、さらに重要になるのです。
 でも、日本の製造業は、こうした新しいマネジメント手法には、馬耳東風だった・・。

「え?」

--アメリカから日本に、MRP IIやSCMなどの考え方が紹介されるのは、じつは10年近く遅れたのです。わたしは’98年に、仲間と共著で『サプライ・チェーン・マネジメントがわかる本』を出版しました。この中でAPSやTOC理論の紹介もしたのですが、これは日本語で書かれた入門書としては、かなり早いものでした。なぜ、そんなに情報が遅れたのだと思いますか?

「わかりません。いつもアメリカの情報はすぐ入ってくるのにな。」
「バブル崩壊と関係があるんじゃないですか?」

--バブル崩壊よりも、バブル経済それ自体に関係があります。つまり、’80年代の半ばから’90年代の前半まで、日本人は鼻高々の絶頂期にあった。日本型経営、日本のものづくり、これは世界最高である、と。「もうアメリカに学ぶものはない」--そういう標語さえ、世間を闊歩していたのですよ。

「嘘みたい・・」

--この時期を、わたしは「生産マネジメントの失われた10年間」だと考えています。90年代、バブル崩壊で日本の製造業は、困難に直面します。工場も海外移転し、サプライチェーンが長くなってしまった。でも、日本の生産現場や、経営それ自体の考え方に、ITの重要性がすこしずつ認識されるようになるのは、ようやく2000年代に入ってからでしょう。

「それって、IT開発プロジェクトの世界も、似ているのかもしれません。米国でPMBOK Guideが初めて出たのは90年代前半とききました。でも、日本のIT業界が、PMに真剣に取り組みはじめるのは、2000年代の半ば頃からだったそうです。」

--たしかにね。90年代中頃までは、半導体もPCも、日本の計算機メーカーが世界市場を制覇していました。日本のIT技術は世界一である、とメーカーが思っていたとしても、不思議はありません。

「それってハード製造の分野だけの話で、ソフトウェアが弱いのは昔からなんですけれど。」

--そうですか。まあ、ともあれ、21世紀に入っても、日本からは新しい生産マネジメント思想が生まれません。「現場力」が大事で、職人的な技を磨く「ものづくり」が企業を支える、みたいな考えが強く、あとはヒットする新製品をどう生み出すかが、話題の中心になりました。トヨタは相変わらず強いので、トヨタ生産方式の表面的な真似をする人たちは、たくさん出ましたが、最初に申し上げたように、生産形態も需要特性も違うところに、技法だけ持ち込んだって活きないのです。

「2000年代に、欧米から新しい考えはでてきたのですか?」

--いい質問ですね。二つあげましょうか。米国の「工場物理学」と、ドイツの「Industry 4.0」です。米国では、MRP II・APS・SCMといったメインの流れに沿って、大学にも生産マネジメント学を教育する学科があります。その中からW・ホップという学者が、Factory Physics(工場物理学)という考え方を提唱します。これは待ち行列理論を出発点として、工場内のモノの滞留現象を解析し、リードタイム短縮をねらうとともに、より効率性の高い生産ラインを設計しようという考え方です。これまでの生産マネジメント思想は、すでにある工場を、どう効率よく運用するか、という問題意識でしたが、こちらは一歩踏み込んで、より効率的な工場の生産ライン設計にまで踏み込んでいきます。

「それと、例のインダストリー4.0、ですか?」

--そうです。これは2013年に、ドイツの科学アカデミーが国策として提唱した概念です。最初はかなり抽象的でしたが、だんだんと具体的な技術論に発展してきました。こちらは世界でも高賃金で労働時間の短いドイツが、それを維持しながら国内製造業の競争力をどう向上すべきか、という問題意識が底流にあります。賃金の安い国に工場を移転すればいい、という風には彼らは考えません。かわりに、彼らは市場の要求にきめ細かく対応できるような生産マネジメント能力を作る必要がある、とします。このための手段として、スマート機械とスマート製品の二本立てで、フレキシブルなバリューチェーンを構築すべきだ、と構想します。

「バリューチェーンって、サプライチェーンと違うものですか?」

--バリューチェーンは本来、同一企業内の価値連鎖を指す経営学の言葉ですが、Industry 4.0では複数企業間をまたがるようなケースも想定しています。製品の個別仕様ごとに、違った経路を部品が渡り歩く、というイメージです。ドイツも自動車産業の国なので、量産型機械のイメージが強いのですが、単なる大量ロット生産ではなく、顧客の個別の要求にあわせた製品を作る必要があります。これを、「マス・カスタマイゼーション」といいます。

「日本では、当たり前に実現していることじゃないですか!」

--ですが、それは下請け部品メーカー達の、相当な努力と犠牲で成り立っていることを、忘れてはいけません。それと、機械加工系の工場では、従来、各工程の進捗をつかむのが大変でした。工作機械は皆、スタンドアローンで動いているからです。生産スケジュールをどんなに精密に立案しても、現実の進捗をちゃんとフィードバックしてあげないと、工程表はすぐ絵に描いた餅になります。日本はこれを、現場の職長達の判断でフォローしています。
 ドイツは、IoTなどの技術を使って機械をよりスマート化し、リアルタイムに状態を把握できる仕組みをつくればいい、と考えました。また、CAD/CAMの設計データを、工作機械に直結して流せるよう、あらゆる機械のインタフェースを標準化できる「管理シェル」を作っています。こうしてERPから現場の機械までを垂直統合する「スマート工場」が生まれます。

「あの、スマート工場というのは、何となく分かる気がするんですが、スマート製品って何ですか?」

--部品や製品自体に、たとえばチップか何かが載っていて、自分が何か、今どこにいるか、次にどこに行くべきかを、自分で判断できるような仕組みをつけたものです。組立加工系の工場の悩みは、モノの場所探しにあります。それを、複数企業からなるサプライチェーンの中でも、行き先不明にならないよう、スマート化しようという訳です。さらに顧客の手に渡っても、どのような使い方をされているかを逐一、記録し報告することで、さらなるサービス価値を生み出せる,という訳です。

「それだって、コマツの建機などはもう実現していますよ!」

--製品的には、おっしゃる通りです。日本企業は個別には、Industry 4.0の目指すところを実現している例があります。ですが、システム化とか標準化になると、突然弱くなる。特定個人や企業の強みが、日本全体の強みに共有されません。なぜだか、分かりますか?

「え! ・・産業界にリーダーシップが足りないから、ですかね。」

--ほお。トヨタさんにも、リーダーシップが足りない、と?

「それは違うような気がします。・・でも、分かりません。」

--わたしの答えを言いましょうか。マネジメントに関する科学的・体系的思考が弱いからです。科学として考えないから、技術として定着できない。体系的でないから、個別事例で終わってしまう。あるいは、もっと皆さんに分かりやすい用語を使うと、「システム思考が弱い」になるかもしれません。マネジメントの問題を、リーダーや現場の「人間力」のレベルだけで説明する考え方など、その典型です。

「でも、人間力のどこがいけないのですか?」

--じゃあ皆さんは、デスマーチに陥ってしまったITプロジェクトの問題を、プロマネ個人の人間力不足として、人事評定されたら満足ですか? そうじゃないからこそ、こうやってわざわざ生産マネジメントについて、勉強しにいらしたのでしょう?

「それはそうですが。でも、そうしたら私たちは、この表にあるいろいろな考え方の、どれを学べばいいのでしょうか?」

--どれかを学べば、それがすぐ皆さんの役に立つとは考えない方が良いです。というのも、マネジメントの手法というのは、それぞれ、その時点で直面していた課題を解決するべく、開発されたものだからです。(わたしはボードの表に欄を書き加えて説明した)
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--フォード・システムは連続大量生産の実現が課題でした。それができるようになったら、次は多品種での大ロット生産の在庫適正化のために、MRPが生まれます。他方、より少量生産で、かつ多品種混流でのコストダウンのために、トヨタ生産方式が工夫されます。TQCは品質向上と現場のモチベーションアップが課題でした。
 リーン・シックス・シグマは同じく在庫最小化と改善活動を、米国の企業文化の中で実現することがねらいです。APSはMRP IIの生産計画をより現実的なものとし、SCMを可能にしようとしました。TOCはスループットの最大化と変動へのフレキシブルな対応が、問題意識の中心でした。工場物理学はリードタイム短縮と工程設計論を目指し、インダストリー4.0は先進国の製造業における生産システムの将来形を構想し、マス・カスタマイゼーション実現をターゲットとしています。
 こういう風に、マネジメントの方式は、それぞれ課題意識があって生まれているのです。世の中には今のところ、完全無欠な生産マネジメント手法はありません。それぞれ、何を主要なねらいとするかによって、とるべき手段がかわるのです。

「じゃあ、私たちがトヨタ生産方式に学べるところは、ないのでしょうか?」

--多くの日本企業がトヨタに学ぶべきところは、生産と販売が同じ計画で動くことを徹底している点です。彼らは月度計画と呼びますが、とにかく、実行可能な計画を立てて、それを生産側も販売側もきちんと守る点が、あの会社の最大の強みなのです。つまり、トヨタのやり方は、実は「トヨタ生産販売方式」と呼ぶべきだと、わたしは思っています。ところが、多くの企業では、生産と販売の両輪がかみ合っていない。とくに多くの企業では、販売側が弱い。

「僕の会社では、営業の方が強いですけど。」
「IT系企業を見ると、たいていそうですね。お客様の会社でも、営業の方が強いところが多いです。」

--わたしが言っているのは、社内の発言力の強さのことではありません。計画を立てて、その通り実行できる能力のことです。計画なのか精神目標なのか分からない数字を立てて、そこからズレたら全部、製造側に変動を押しつけるようなやり方は、能力が高いとはいいません。生産と販売が共同で立てる計画のことを、英語ではSales & Operation Plan = S&OPと呼びます。この概念は、MRP IIの中で80年代に生まれたものです。皆さんの会社にS&OPと言える計画はありますか?

「・・ないと思います。」
「しいて言えば、半期の予算計画かなあ。あれも当てにならないけど」

--ITは分かりませんが、製造業では最低でも月サイクルで回していかなければ、S&OPとは言えません。ここがブレると、まずリソースに余計な負荷がかかります。調達にも影響が出て、サプライヤーをこまらせることになります。納期も延びコストも上がるでしょう。

「IT分野でも、人ごとには聞こえません・・」

--さらに物販の場合は、製品在庫が過大になったり欠品したりします。これらは全部、製造と販売がリンクしないために起こります。それを避けたければ、リソースに無理やムラが生じないように、営業側も販売努力しなければならない。

「ですが、営業部門の事なんて、私たちの手に余ります。技術の側で、学ぶところはありませんか?」

--ありますよ。仕事=作業+改善、というのも、トヨタの考え方です。改善におけるPDCAサイクルの概念は、TQC以来、広く普及しています。ですが、業務に必要な作業をしているだけでは、仕事をしたとみなさない、というトヨタの徹底ぶりは学ぶべきです。

「受注したプロジェクトのために、設計や実装作業をしているだけでは、たとえそれが新しい技術要素を含んでいても、改善とはいえない、ということですか? 厳しいですね。」
「でも、自分から新しい方式にチャレンジすることだって、やっていますよ!」

--標準なくして改善なし、というのも、トヨタの標語です。だから先ほど皆さんに、改善活動による効果についてご質問したのです。バグ数でもいい。生産性指標でもいい。何か、これが標準、と定めた上で、その標準をどうやって持ち上げていくかを考えるのが、改善の姿です。
 いや、この考え方は何もトヨタにはじまったものではありません。もっとずっと前、フォードとほぼ同時代に、米国で初めて「科学的管理法」という概念を打ち出し、近代経営学の基礎を作ったテイラーも、それを実践しました。彼の方法論を受け継いだInustrial Engineerng = IEの人たちも、同様です。

「でも、ITの仕事は、工場の労働者とは本質的に違います。繰返し性が少ないんです。」

--プロジェクトはすべて個別だから、比べられない、と皆さんはおっしゃる。たしかに表面的にはその通りです。ですが、その違いの下にある共通プロセスを明らかにして、そこに科学の光をあててこそ、マネジメントが技術となるのではないでしょうか?
 仕事のパフォーマンスを測定し、数値化し、原因を分析して、工夫を加える。これがマネジメントに関する科学的・体系的思考の姿です。それを全部、リーダーや経営者の人間力のせいにしていたら、何の進歩もなくなってしまいます。皆さんがもし、エンジニアとしての自負をお持ちなら、ぜひ、仕事を科学する意識をもっていただきたいのです。


<関連エントリ>
→「生産マネジメント手法の系譜を考える (1)」 https://brevis.exblog.jp/27426439/ (2018-07-23)
 →「生産マネジメント手法の系譜を考える(2) 日本型生産思想のあり方」 https://brevis.exblog.jp/27462519/ (2018-08-02)

# by Tomoichi_Sato | 2018-08-11 23:24 | サプライチェーン | Comments(0)