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書評:「ななめの音楽」(Ⅰ・Ⅱ) 川原由美子・著

ななめの音楽1 (ソノラマコミックス)」 「ななめの音楽Ⅱ (ソノラマコミックス)」(Amazon)

現代マンガの一つの到達点を示す傑作。それが川原由美子の「ななめの音楽」である。

2017年の個人的ベスト3は、「怒りの葡萄」(スタインベック・著)、「ケセン語訳 新約聖書 【マタイによる福音書】」(山浦玄嗣・著)、そして本書「ななめの音楽」だった。本書の実際の発刊は2011年だが、わたしが読み終えたのはたまたま昨年なので、ここであえてとりあげたい。

現代日本のマンガはきわめて豊穣だ。そのバラエティの幅広さ、表現の深さ、作者・読者層の多様さ、どれをとっても第一級の文化的ジャンルと言える。その中で、あえて本作品を「一つの到達点」と呼ぶのはなぜか。それは、この作品が、手塚治虫以降に発明されてきた現代マンガの主要な技法を、あえて捨てたところで表現を作っているからだ。

こうした話は、実物を見ないとうまく伝えられない。そこで、本書のII巻にある1ページをここに掲載することにする。(こういうことをすると著作権者から抗議されるのかも知れないが、その場合は画像を削除し取り下げることにする)
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見ていただくと分かるとおり、1ページが正確に4つの同じ大きさの長方形のコマに分割されている。本書は全頁がこのようになっている。つまり、どのページも黒地に4コマで、大小のコマ割りもなく、斜めのコマ分割や枠線の消失もない。手塚治虫が「新宝島」で導入した、映画的でダイナミックなコマ割りを一切、使っていないのだ。

それだけではない。空中を飛んでいる飛行機に、その動きを表すような線が一切、描かれていない。そして爆音も描かれていない。つまり、いわゆる「漫符」がないのである。動きの線、心理状態を表す模様、「シーン」といった沈黙音の表現、その他マンガ特有の一切の補助表現が、ここにはない。まるで江戸浮世絵か西洋絵画を見ているようだ。ただ、本当に目に見えるものしか描かれていない。

そして、会話を表す吹き出しに、吹き出し線がないことにも注目してほしい。このため、このマンガでは誰がしゃべっているセリフなのか、言葉の内容のみから推測するしかない。一コマ目、

 「こゆるさん ひとつお話ししておきたいことがあります」
 「はい」

この対話から、最初の話者が、「こゆる」(主人公の名前)以外の人物であること、これに対して、こゆるが相づちを打っていること、などがわかる仕組みになっている。吹き出し線抜きで、空の上でのこうした対話を描写することが、実際にはいかに難しいか、想像にかたくない。

このような制約を自らに課すことで、作家・川原由美子が表そうとした世界は、いったい何か。

「美しい機体と少女たちが 蒼い空を翔る 近未来ドラマティック スカイ・ストーリー」
と、帯のアオリ文句にある。戦闘機と、空中戦と、そして戦う美少女たち、というのは、実に現代日本のマンガが大好きな題材だ。しかしここに展開されるのは、きわめてシリアスな心理ドラマだった。

主人公の高校生・伊咲こゆるは、大好きな先輩・光子を追って、北ヨーロッパの空で展開される航空機レースに一緒に参加する。そして光子の祖父(ドイツ系の貴族)に仕える女性ラウラ・シュミート、日本からTV局の中継のために訪れているアイドル歌手の久永まな希らと出会いつつ、奇妙で複雑なバトルレースに巻き込まれていく。その中で、こゆるは、なぜ光子がいつも笑わずにいるのかを次第に知るようになり・・

タイトルの「ななめの音楽」Shrage Musikとは、どういう意味か。「ジャズのことですよ。」と、I巻でラウラは、こゆるに説明する。アメリカからジャズが輸入されたとき、ドイツの音楽家たちは、歪んでズレた音感(と彼らには聞こえたのだろう)を、そうよんで揶揄した、という。ただし、「ななめの音楽」にはもう一つの意味があった。それはII巻をよんでいただくとして、無邪気で美しく見えた世界が、すこしずらすと深刻で悲劇的な意味を持ち始める、というテーマは、本書に繰り返し現れてくる。

本書の扉には、”Based on non existent novel written by Michiaki Sato”というクレジットが書かれている。イラストレーターでメカデザイナーの佐藤道明氏による、刊行されていない小説を原作としているという意味だ。ネットの情報によると、佐藤道明は一時、川原由美子のアシスタントだか助手だかをしていたことがあり、実際、同じタイトルによる作品を’90年代に共作で発表しているらしい。ただ、その時は光子が主人公であったようだ。本書は視点を、こゆるという後輩の少女に移している。つまり佐藤道明のストーリーをベースにしつつ、20年後に川原由美子が一人でリライトしたのが、本作品なのである。

ちなみに川原由美子氏は高校を中退して漫画家になったらしい。1960年生まれだから、ずいぶん長いキャリアである。わたしは本書がはじめて読む作品だったが、初期の本の書影を見ると、じつにまあ、ごく普通の正統的少女マンガである。絵も単純に見える。近年は寡作のようだが、本書のような造形はそうスピード生産できるものでもない。そして絵も信じられないくらい、巧い。本書の次に刊行された「TUKIKAGE カフェ」も読んだが、こちらも美的に見事である。たとえ中卒であっても、職人芸をつきつめて、ここまでの表現レベルに達する作家がいるのだ。それが、現代マンガの豊穣の証左かも知れない。

戦闘機の飛び交う世界でありながら(第II巻の巻末には、ご丁寧に「ラウラさんの翼くらべ」と題する航空機解説ページがおまけについている)、しかし本作品は、伊咲こゆるという主人公の成長の物語であり、まことに正統派の少女マンガになっている。

正統派の少女マンガの主題とは何か? それは、「自分が女性であることを選択する」物語である。

男女の性別は、生まれついたときから備わっているが、子どもの時はだれもが無性な存在だ。しかし、この世界は基本的に男性中心にできあがっている。その中で、自分自身が女性になることを、女の子たちはある段階で、自分から選び取らなければならない。これが少女マンガの中心にあるテーマなのだというのが、わたしの仮説だ。

だから、こゆると光子との二人の魂の、変転と成長を描くこの物語は、まことにこの作者にふさわしい正統な少女マンガなのである。この伊咲こゆるというキャラの視点がよほど気に入ったのだろうか、作者は後に、こゆるとの共作名義の本も出しているくらいだ。(ちなみに男性中心に出来上がりすぎた社会は、結局、男の子をも不幸にする。だから最後の方で作者は、「つぎの世紀は男性につらい時代になるはず」と、光子のセリフを借りて予言している)

美しく静謐な画面と、劇的な序破急のストーリー。それに加え、魅力的なキャラクター、意外な結末、そして鮮やかな幕切れ・・本書は、じつに多彩なマンガの魅力を持っている。まことに傑作である。


by Tomoichi_Sato | 2018-02-18 14:30 | 書評 | Comments(1)

人間主義のプラスとマイナス

「よくこんな非効率で危険な現場運営を、A社は許しているな。」

思わずわたしは、つぶやいた。もう10年近く前、ある中東の大国で、科学技術施設の建設現場を訪れたときのことだ。顧客との打合せが目的で、現場視察のために行ったのではない。だが、どうしても仕事柄、現場のことが目に入ってしまう。建設工事を請け負っているのは、中東エリアで名の知れた大手建設会社2社。巨大な建設現場で、大勢の労働者が投入されていた。

その施設の建設は国の威信をかけたプロジェクトだったのに、例によって納期に遅れつつあった。そこで、国営石油会社であるA社が政府の依頼で、発注側に立ってテコ入れをしているときいていた。A社は国際的に準オイルメジャー級の企業であり、その国で本当に巨大なプロジェクトのマネジメント能力を持つのは、A社くらいしかない。畑違いだが、やむを得ない対策と思われた。

ところで、国際メジャー級の企業は、建設現場におけるHSEの要求も厳しい。HSEとはHealth, Safety & Environmentの略で、つまり労働安全衛生と環境保護の要請だ。以前も書いたことがあるが、メジャーの建設現場では、安全教育を受けずに現場入りしてはいけないし、ヘルメット・防護グラス・安全帯などの装備を身につけることが必須である。ちょっとでも高所作業をする際には、ハーネスをかけて落下予防をする、といった基本動作が事細かく求められる。

ところがその現場は違った。2階以上の高さでも安全帯をかけずに作業をやっているし、地面を掘った穴には十分な安全柵が立てられていない。とにかく及第点以下なのだ。それどころか現場に、図面も持たず材料・工具も持たぬ労働者が大勢うろうろしている。

当たり前だが、直接作業に従事する者は工具や材料がなければ仕事ができないし、監督者(スーパーバイザー)は施工図面を持たなければ仕事にならない。だとするとあの大勢の手ぶらの連中は何のためにいるのか。何の生産性にも貢献していないことになる。いくら突貫工事で大勢を追加動員したといっても、これでは効率が上がらぬ。そればかりか、万が一大きな労働災害事故が発生したら、現場周辺は作業を一切とめて対応せざるをえない。ますます仕事が遅れるのだ。大手顧客がHSEをやかましく言うのも、無事故が作業の生産性に直接つながるからでもある。

ところで同じ時期に、わたしの勤務先は、中東エリアの別の場所で、建設現場における全く新しい取組をおこなっていた。"Incident and Injury Free"の頭文字をとって『IIF活動』とよばれるこの取組は、建設現場の安全性とパフォーマンス向上に画期的な成果を生み出しつつあった。もっとも、これはわたし自身が直接関わった活動ではないし、その詳細について開示する自由を持たないので、具体的には以下のUrlなどを参照いただきたい。

日揮のIIF活動
JGCIIF活動(英語だがより詳しく書いてある

その活動のエッセンスだけを紹介すると、以下のようになる(もちろん、これはわたしの勤務先のことなので、宣伝半分じゃないかと疑う読者諸賢もおられよう。その場合は、バイアスを割り引いて読んでほしい):

IIF活動とは、現場のHSE向上を目的として、安全文化の構築と啓蒙を中心とする活動である。プラントの建設現場というのは、基本的に、誰もが出稼ぎのために故郷を離れて働きにやってくる。そこで、「建設工事に携わる誰もが、無事故で元気で家に帰る」ことが、皆に共通する一番の願いとなる。そのために、「お互いをケアする」(Respect & Care)ような安全文化を、組織(集団) 全体に構築していく。

具体的には、現場で働く作業員の気持ちを掴み、個々のモチベー ションを高めるための活動をする。たとえば現場責任者が、率先して毎朝欠かさず建設現場内を歩き、現場作業員たちに「おはよう。元気ですか」などと声をかけ、握手るなどスキンシップをとり、人間関係の壁を取り除く訳である。

また、互いの出自の紹介をして、名前を持つ人間同士として関係をつくることに取り組む。つまり、お互いに名前を覚えるのだ。大きな建設現場となると、数十の工事業者が関わり、労働者は5千人とか1万人以上になる。そこを、分け隔て無く実践するのである。

あるいは、分かりやすい図面パネルを制作して現場に持って行き、作業員達に、彼らが今、作っている装置の役割の説明をする。プラントは複雑で、見ただけでは何をする装置か分からないし、そもそも建設労働者達にそんな説明をする習慣はなかった。だが、そうした意義の説明を通じて、誇りとやりがいが生まれるし、全員が同じ目標に向かって作業している「仲間」である意識ができてくる。

こうなると、お互いが安全に向けて声をかけ合い、注意し合うカルチャーが醸成されてくる。現場作業には思わぬ危険が潜んでいるし、人間には必ず不注意やミスもある。それを、近くにいる他人(他の会社の人間かも知れない)が、声をかけて防げるようになってくる。

一般に労働安全活動は、「警察取締り型」と、「相互扶助型」のタイプがある。ふつうは、前者だ。危険を見つけたら注意し、繰り返しても改善されなければ、現場退去を命じる。しかし、警察型の活動は、いろいろな事故防止のテクニカルな対策を併用しても、事故発生率の低下に、ある壁があった。IIF活動は相互扶助型によって、その壁をブレークスルーすることを目指している。

結果として、たとえばUAEで遂行したIGD Habshan 5プロジェクトでは1億時間以上にわたり、LTI(Lost Time Incident=休業災害)ゼロを実現したし、カタールでのBarzanプロジェクト建設現場では、なんと1 3,000 万時間超の休業無災害を記録した。1億時間といってもピンとこないだろうが、中東の建設現場は1日10時間・週休1日で月260時間勤務が通常なので、つまり約40万人月以上の無災害である。たとえば2万人の労働者が、丸20ヶ月、一人のケガによる休業も出さなかった、という規模がこの数字である。

しかし、生み出した成果はそれだけではない。相互扶助型のIIF活動は、結果として、工事における品質向上と生産性アップの効果を生み出した。それは、皆が自分の仕事の意義を理解し、また周囲と協力しやすくなったことから生まれた結果だろう。

IIF活動は、人を人として遇することの大切さを、わたし達に教えた。目の前の労働者を、無名の、いつでも取り替えのきく存在として見るのではなく、名前もあり家族もある一人の人格=対等な仲間として遇すること。中東の現場を終えて数年ぶりに帰国した幹部が、「あの活動に取り組んで良かった。この歳になっても、まだ学ぶことがあるんだと分かった」といっていたのが印象的だった。

こうした、異国の途上国の労働者を「対等な人として遇する」点は、日本企業の方が、欧米系よりも自然にできるかも知れない。日本人に差別意識が薄いなどと言うつもりはないが、 社長も平社員も同じ食堂で食べる日本企業の文化(少なくともわたしの勤務先は、社員食堂がある時代はそうだった)に、現れているのではないか。1950年代のアメリカ映画「アパートの鍵、貸します」には、「役員専用のトイレ」の鍵というものが、象徴的に出てくる。役員専用のトイレなどない企業の方が、現場労働者を人として扱う『人間主義』に近いのではないか。
だが、物事にはつねに、両面がある。日本企業の人間主義には、マイナスの面もある。

最近、聞いた話だが、現場改善や経営指導に長い伝統のある某団体が、企業向けに各種研修セミナーを行っている。ところで、その頂点に当たる経営者用コースの内容というのが、たとえば「禅の心」とか「先達の型の伝承」といったテーマであり、人心掌握が中心であるという。そういう話が、企業経営者には人気があるらしい。つまり、経営とは人だ、という認識が広くあると言うことだ。

経営は人なり。なるほど、確かにそうなのだろう。だが、それをもう少し延長すると、どのような認識を生み出すか?

いうまでもない。仕事で良い結果が出たのは、人が優秀だったおかげ、結果が出なかったのは、人がダメだったため、という説明が生まれてくる。仕事のパフォーマンスを決める要因には本来、外部環境もあるし、技術も仕組み(システム)もツールもあるはずだ。組織のルールもまた、制約条件の一種であろう。だが、そうした他の要因は捨象され、すべては、個人の人格だか人徳だかで説明されてしまう。これもまた、ある種の「人間主義」である。

経営は人なり、という認識からは、当然ながら「経営者の使命は、すぐれた人物を見いだして育てること」という方針が出てくる。そこには、組織を安定して進めていく仕事の『仕組み』(システム)をつくること、という課題意識が抜けている。

また、その経営セミナーの話は、かつて書評した、日経文庫の「はじめてのプロジェクトマネジメント」(近藤哲生・著)をも想起させる。本を読んで驚いたのだが、そこにはWBSもなければクリティカル・パスの説明もなく、EVMSも見積手法論もない。いわゆる近代的PMの技術論は一切無くて、いきなりプロマネの心構え論になってしまう。そしてひたすら説明されるのは、部下のモチベーションと掌握と問題解決への心構え、といった話だった。でも何より驚いたのは、その著者が日立の情報通信部門のベテランだったという事実だ。うーむ。そういう人間主義の会社だったんだ、と感心(?)した記憶がある。

上記の経営セミナーの話をわたしにしてくれた人によると、英国と日本では、歴史教育に大きな差があるらしい。英国の歴史教育では、たとえば「産業革命」という事象を取り上げて、何がそれを可能とする条件なのか、なぜイギリスは世界に先駆けて産業革命を経験することになったのか、それによって及ぼした社会への影響は何か、といった構造的な説明がなされる。そして、その説明にはあまり固有名詞が出てこないのだそうだ。

ところが、日本の歴史のテスト問題というのは、年号と人名の暗記問題である。ジェームズ・ワットが蒸気機関を発明、ついでスティーブンソンが蒸気機関車を開発、といった事は覚える。だが、産業革命一般とはどのような事象であるのか、どの国・どの社会で早く発生し、遅れたのはどのような地域だったか、といった、大きな歴史構造はよく分からぬままの場合が多い。大きな社会変化が起きるにはそれなりの条件が必要だ。だが、まるでワットとスティーブンソンという有能な個人たちの出現が、それを可能にしたかのような歴史像しか頭に残らない。それは明治維新などをめぐっても似たような認識になる。西郷隆盛やら勝海舟やらの大人物が織りなす、点と線としての物語。

人と人とのドラマが、世界を動かしている。経営とは人である。仕事の成果を左右するのは、個人の能力である・・このような人間主義の世界観で、何がまずいか。それは、仕事の能力の「移転ができない」ことである。

知識・技術というものは、基本的に移転可能だ。文字にして伝えることができるし、ツールを作って渡すこともできる。だが、個人に内面化された技能を他者が継承するには、長い時間をかけるしかない。そのために、徒弟制度風のOJTを重視する組織は多い。それでも、昭和世代と平成世代の間のギャップ問題は、どこでも悩みの種となっている。

また、移転に時間がかかるということは、異なる製品やプロジェクトの間での、教訓(L&L)の学びが効きにくいことを意味する。もちろん、海外工場をつくっても、すぐに仕事を移転できない。つまり、組織としてスケーラビリティがないということだ。

そして、現代の世界市場規模での競争において、スケーラビリティがないことは、企業にとってほとんど致命的である。少なくともわたしの見る限り、欧米系ではどうやって仕事をシステム化し、展開可能とするかに、かなり注力している。だが、こうした危機意識が、わたし達の社会には非常に希薄だ。個人の能力(技能)を、科学の力を借りて客観化し、それを技術として移転する、という基本的な発想が、エンジニア達にも欠けているとしか思えない。そうした例は、ゲーム開発の分野からスポーツまで、あちこちに転がっているというのに。

労働者一人ひとりを、人間として遇すること。そのことが、仕事へのオーナー意識を生み、「やらされ感」で働かされるよりは、ずっと高いパフォーマンスを示す。これが人間主義のポジティブな面だ。だが、それをずっと延長していくと、「経営は人だ」「すべては人間の技能と気持ち次第だ」という認識が出てくる。かくして、技術やシステムの軽視、スケーラビリティの喪失が起きる。これが人間主義のネガティブな面だ。しまいには、竹槍でB29戦闘機と戦おうとする、奇妙な精神主義にまで至るかもしれない。

わたしは二つの違うものを、無理やり一つに並べているのだろうか? もし、どこかに断絶点があるなら、教えてほしい。だが、もしそうでないなら、わたし達の社会の人間主義には、両面があることを、意識すべきなのだ。



by Tomoichi_Sato | 2018-02-14 23:48 | ビジネス | Comments(0)

人が働く場としての工場

「あんな人の使い方をすべきではないな。」

駐車場を出たとき、車の後ろの席で、P社の社長はそうつぶやいた。わたしは関西にあるPという株式会社を訪問して、工場を見学させていただき、そこの社長さんと何人かの方と一緒に、車で新幹線の駅へと向かう途中だった。車は途中で一旦、とある屋外駐車場による必要があった。

駐車場の入り口には、昔の電話ボックス位の大きさの小屋があり、そこに番人が座っていた。顔にシワの刻まれた、中高年だったと思う。彼はそこに来る日も来る日もたった1人で座り、車の出入りや場所の移動等の作業をしていくのだ。同僚との会話もなく、明確な休憩時間もない。暑さ寒さも厳しい。自動ゲートの機械を入れれば済むのだが、駐車場のオーナーは単純労働者の低賃金で済ましているのだろう。

後ろの座席でのP社長のつぶやきを聞いて、わたしは、「人が働くとはどういうことか、人をどう使うのが良いのか」について、つねに自問している方だと思った。わたしは今、見てきたばかりの工場を思い出した。P社は関西のメーカーで、中堅企業である。生産財を作るB2Bの企業なので、普通の人は知らないが、業界では比較的名の通った存在だ。どこの工場でも使う、目立たないが必須の設備を製造している。その品質、とくに信頼性と静音性はたいしたものだった。

この会社は、タイムリーなアイデアの新製品投入で、着実に成長してきた。工場はきちんと整理され、流れがある。危険性のある作業は自動化されていた。工場内に無駄な仕掛りや滞留品が置かれている様子もあまりない。空調までは記憶が無いが、外気開放でなかったことは確かだ。良い製品を、リーズナブルなコストで作っている。「中国製なんか出てきたって、負けやしませんよ。」社長は自信を持ってそう言っていた。

前にも書いたが、工場とは、「人が働くとはどういうことか」について、その会社の思想が具現化された場所である。人が働くことは創造的な行為だ、と考えていれば、それにふさわしい場所を作る。労働者は消耗品だ、と信じていれば、それにふさわしい場所になる。

工場作りが、わたし達エンジニアリング会社の仕事だ。どんな工場でも、お客様のご要望に従って作る。だが、どうせ作るなら、明るく働ける工場作りに携わりたいと考えてきた。

最近、親しい大学の先生と見学したQ社の工場は、いたく感心できる場だった。工場は10年ちょっと前に、都市郊外に集約されたらしい。主に量産型の機械加工組立工場で、まだ新しい建屋に入っている。清潔と清掃も行き届いている。大型のプレスラインと、中間品を置く自動倉庫と、組立ラインからなる構成だ。

驚いたのは、大型のプレス機の金型交換が、わずか80秒で済むと言う。普通、10分以内でできたら、「シングル段取り」と言って褒められる作業である(ゴルフ用語でシングルとは、ハンディが10以内の腕前を指す)。だからロットサイズを小さくでき、中間在庫の量も驚くほど少ない。組立ラインへの部品供給は、AGVを使って自動化されている。

さらに驚いたのは、アッセンブリー・ラインだ。複数台のロボットと加工機が柔軟に組み合わさっていて、人手の作業は最後の外観検査だけだった。ここだけは消費者に直接届く部分なので、細かな塗装の傷なども目視検査が必要だと言う。だがQ社は、最後の検査工程も、なんとか自動化できないかと工夫を重ねている。人の眼による検査は、どうしてもムラが出るからだ。

Q社の工場は、全体が空調されている。大型のプレスラインのような機械をいれた建屋を空調するのは、なかなか費用がかかる。念のため、なぜ工場を空調しているのか、たずねてみた。「やはり、その方が人間の仕事が安定しますから」だった。これが他所の企業だったら、「精密なロボット群を入れてますから」という答えになるところだ。ロボットのためなら、空調する。人間が働くなら、空調はいらない。これが多くの会社の感覚なのだが、Q社を見ると、いかに「普通の常識」が逆立ちしているかが分かる。

この会社は、「自分の使う設備は自分で作る」というポリシーで経営されている。だから高度に自動化された組立ラインも、80秒で型替えできるプレスラインも、自社で工夫しながらインテグレーションしてきた。ロボットは外部購入だが、それをどう組み入れ、どう制御し、どう使うかはすべて自分たちが設計して組み上げる。製品の品種数が多いが、それをロボット群が扱いやすいよう、顧客の製品開発にまで入り込んで、ともに工夫するのだという。

こうした事例を見ていて、あらためてわたしは、現代の経営思想には二つの異なる方向性がある、と感じた。一つめは、この会社のような、垂直統合志向である。自社の使う設備は、自分で作る。これは「内製化」志向と言ってもいい。さらに、部品や材料の製造まで、自社で手を伸ばす企業もある。日本でその代表例は、ファスナー製造のYKKだろう。安くて良いファスナーを作るためには、布地も自分で作る、金属の地金も自分で作る。そういう風にして、世界の市場を席巻してきた。

一方、まったく逆の方向を向いた経営思想もある。それはいわば、専門分化志向である。自社は、コアの競争力に特化する。それ以外の機能は、すべて外注化する。その方が結局は、外部の専門業者から、安くて品質の高いものを手に得られる、と考える。「外注化」志向と言ってもいい。あるいは、さきほどの垂直統合志向を「インテグラル型」企業とよぶならば、こちらは「モジュラー型」企業と呼んでもいい。

現代では、こうした外注化志向・モジュラー型の経営思想の方がメジャーになってきているように感じられる。少なくとも、米国企業の方向性は、多くがこのタイプであろう。こういう思想の元で、外注加工が進み、あるいは工場にも構内外注業者を取り入れ、さらには工場全体を子会社化したり、製造委託会社(EMS)に売却する、といった流れができる。コアの競争力は、あくまで製品開発とマーケティングにある、と考えるからだ。

では、内製化志向・インテグラル型と、外注化志向・モジュラー型と、どちらを選ぶべきだろうか? どちらにより多くの利点があるのだろうか?

ここでわたしは、かつて日立製作所の生産技術部門を率いた、吉田朋正氏の教訓を思い出すのである。吉田氏は日立のOBで、もう80歳になられるが、最近その講演を聞く機会があり、とても印象深かった。ちなみに氏の経験は、「事業再生のイノベーションモデル」(吉田朋正・田辺孝二共著、言視舎・刊)という本にまとめられているから、興味がある方は参考にされると良い。

吉田氏は現役の頃、日立の本社に生産技術部を作り、各工場から俊英を集めた。そして彼らを、赤字事業再生のタスクチームに送り込むのである。日立は数多くの事業部門と製品群を抱えており、その中には赤字で苦しむものも、ときどきある。それを再生するのが、このチームのミッションである。事業再生の期限は3年。もちろん、ご自分でも3年で黒字化を多数達成している。

吉田氏の方針は明確だ。黒字化のためには、コア技術の根本見直しと、設備内製化を軸にする。他所の会社から買ってきた製造設備だけで、差別化製品は作れない。この方針は、言われてみると確かにそうだ。だって、ライバル企業だって同じ設備を買える訳だから。そこで吉田氏は「設備開発」を重視する。

氏によると、製造業の総原価は、ざっくりいって
・直接コスト 6割(そのうち、直接人件費は5%)
・間接コスト 4割(減価償却・間接経費)
からなる。これはたぶん日立の全体平均で、会社によってもちろん異なるだろう。だが、とにかく直接コストを下げたかったら、優位となる固有技術開発をするしかない。そして間接コストの方は、リードタイム短縮が効く。リードタイムを半分にすればざっくりいって2割、原価が下がる。

だが、「優位となる固有技術開発」とは、具体的にはどうするのか? それは、生産方式の単純化であると吉田氏はいう。それは、3つの「無」からなる。
・無調整化 → 高精度技術(ユニット単体で精度が出るようにする):この効果は大きい
・無組立化 → 部品数減:これの効果は中くらい
・無加工化 → 工程数減:効果は小
そして、顧客に近いところ(下流工程)から改善していくべきだ、という。

ライバル企業の製品を買ってきて分解・分析すれば、その設計は大体分かるし、真似ることもできる。だがコアとなる優れた製造技術は、分解してもすぐは真似できない。それはプロセスだからだ。

氏によると、日立のように多品種生産の企業では、製品設計部門が幅をきかせるらしい。「赤字にならない限り、設計屋は他人の言うことを聞かない」のだそうだ。だから、赤字に陥ったところで生産技術屋が助けると、価値が理解されるという。そして、その核は、上に述べたように、無調整を実現する高精度技術で、このためなら新しい加工装置を開発するくらいの覚悟が必要だ。「キー・コンポーネントを持てない製品は作るべきではない」とまで、吉田氏は語っていた。吉田氏の思想は明らかに、内製化志向・インテグラル型だ。

ところで、内製化か外注化かは、設備に対する場合も、働く人に対する場合も、同じではないかと、わたしは思う。コア部品の設備の内製化を進める会社が、働く人だけは外注で良いと考えるだろうか?

現在の日立製作所が、吉田氏の思想に従っているのかどうか、わたしはよく知らない。あれだけの巨大企業でもあるし、いかに傑出した技術者であっても会社全体の向きを決めるのは難しいかと思われる。わたしの見たところ、日本の電機業界は全般として、あまり内製化志向は強くない。半導体だけは自分で手がけたが、それ以外の部品材料はサプライヤーから買って、最終組立だけ自社内で行うパターンが多かったのではないか。

部品はサプライヤーから買う。じゃあ、工場で働く人も派遣で良い、という風に論理は続きそうだ。いや、いっそ製造工場自体を委託してしまえ。これがEMS化の流れである。後押しをしたのは、生産に価値なんかない。コストがかかるだけだ、という「スマイルカーブ論」かもしれぬ。その行き着く未来像は、製造業を捨ててサービス業に、ビジネスモデルをシフトするべきなのだという近年の論調だろう。(もっとも、そのお手本だったGEがこけて、みんなロールモデル探しに最近こまっている様子だが)

最後にもう一つだけ、別の事例を出そう。それは富士フイルムの教訓だ。銀塩フィルム業界は、デジタルカメラの普及と共に、急速に市場が失われていった。このおかげで米国の老舗企業コダックは倒産したが、富士フイルムは液晶・医薬品などに業態を転換して、見事に生き延びた。なぜ、この2社はかくも異なる命運をたどったのか? 

これもわたしが講演で業界の人から直接聞いた話だが、富士フイルムは製造ラインを自社でかかえていて、高分子フィルムや表面技術といった幅広い技術の蓄積があった。そこから、新しい製品への展開がなんとか可能になった。ところがコダックの方は、米国流で、自社の製品企画開発以外の部分は、どんどん外注化していったらしい。わたしもエンジニアだから言うのだが、技術というのは外に出して3年もたつと、もう自分ではうまくできなくなる。そういうものなのだ。市場が失われたときは、もう自分を新たに支える柱が見つからなくなってしまう。

コア技術の強みは、自社が大切に保持しなければならない。それが、以上に並べた4つの事例からくみとった教訓だ。そして自社のコアの強みが、もし特許申請書の紙ではなく、働く人にあるのなら、よろこびを持って働ける場としての工場を作らなくてはならない。



by Tomoichi_Sato | 2018-02-05 23:32 | 工場計画論 | Comments(2)