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IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (2) MESの機能と階層を理解する


前回の記事(http://brevis.exblog.jp/25991822/)で、IoT技術の発達はMES(Manufacturing Execution System=製造実行システム)にどのような影響を及ぼすかを考えたい、と書いた。MESの概念が提唱されてから、すでに20年がたつ。その間、限られた一部の業界を除くと、MES自体はあまり大きく広まらなかった。そのボトルネックが、製造現場の機器や人との通信インタフェースにあったことも、前回書いたとおりだ。

そもそも、MESとは何か。どのような機能を持つITシステムなのか。これをきちんとおさえないことには、IoT技術のインパクトも論じられない。MESの持つべき機能については、MESA Internationalが早くから「MESの11機能」を定義していた。「MES入門」の中村実氏の解説を元に列挙すると、次のようになる。(なお、日本語だけだと誤解されかねない部分があるので、元の英語も併記した)

(1) 生産資源の配分と監視 Resource Allocation & Status
 生産資源の監視・管理、資源の配分と予約、資材や設備の監視・管理、などを行う。なおここで生産資源とは、人・機械・治具・金型など、それがないと製造ができないが、材料と違い製造後にも残って他の仕事に使えるものをいう。

(2) 作業のスケジューリング Operations/Detailed Scheduling
 スケジューリングの策定、ロットの発番とリリース、実績の把握に基づくスケジュールの修正。この部分だけを見ると、いわゆる工場スケジューラの機能である。

(3) 差立て・製造指示 Dispatching Production Units
 差立て(ディスパッチ)、製造指示の発行、ロット(現品)管理、現場作業員に対する作業のガイダンスを行う。このうち、製造指示書の発行と差立ては、中堅以上の工場ではどこでもほぼIT化されていると思う。

(4) 仕様・文書管理 Document Control
 仕様・工場モデルの設定・管理(BOM、SOPを含む)、製造記録の管理、ペーパーレス・オペレーションなどを行う。なおSOPとはStandard Operating Procedureの略で、「標準業務手順書」のことである。医薬・食品など品質管理を厳密に求められる分野で重視される。

(5) データ収集 Data Collection Acquisition
 作業報告・POP、データ収集・蓄積などを行う。日本の現場では、作業報告はおおくは日報の形で記録され、翌日上がってくるのが普通だろう。POPとはPoint of Productionの略で、流通業界でPOS(Point of Sales)システムとよばれるものの製造現場版だ。つまり、作業の着手と完了時に、指示書のバーコードをスキャンして、どこの誰が何をいつやったか、リアルタイムに収集する仕組みである。
 他方、「データ収集」(Data Aquisition)と英語で言う場合は、制御系のDCS/PLCなどからタイムスタンプ付きデータを、リアルタイムに自動的に転送してくる仕組みを普通いう。

(6) 作業者管理 Labor Management
 作業者管理・セキュリティ管理などを行う。といっても勤怠管理や現場のゲート・コントロールなどは普通、別に仕組みがあるはずだろう。

(7) 製品品質管理 Quality Management
 統計的品質管理、品質情報の蓄積と管理、品質分析・解析の支援、顧客サービスの向上などを行う。

(8) プロセス管理(工程品質管理) Process Management
 通常のプロセス制御、高度なプロセス制御(工程間制御、フィードフォワード、モデル予測制御など)、例外状況のアラートなどを行う。

(9) 設備の保守・保全管理 Maintenance Management
 保守・保全管理を行う。なお、この部分だけに特化したCMMS(Computerized Maintenance Management System)というパッケージのソフトウェアも存在する。

(10) 製品の追跡と製品体系の管理 Product Tracking & Genealogy

(11) 実績分析 Performance Analysis
 レポート作成、分析作業支援、進捗管理、出荷予測を行う。

・・以上だが、読んでいて、なんだか分かりにくいと思うのはわたしだけだろうか? たとえば、通常のプロセス制御(フィードバック制御など)が、なぜ (8) Process Management機能の一部なのだろうか。これは制御層の仕事ではないのか? また、トレーサビリティ関連の機能が(3)(7)(10)に分散しているように見えるのはなぜだろうか。どうも今ひとつ、自分の頭の中ですわりがわるいのである。

そこで調べてみると、じつはMESの機能モデルはこれだけではないことがわかる。

たとえば、ISA-95 (IEC/ISO 62264)という標準規格がある。ISA-95は、ビジネス(経営)ドメインと製造ドメインとのインタフェース仕様を定めたもので、その中には以下の12の生産関連機能が書かれている(番号はわたしが勝手にふった整理番号である)。

ビジネスドメイン:
 1 オーダ処理、
 2 製品原価管理、
 3 製品出荷管理、
 4 マーケティングと販売、
 5 研究開発および生産技術、
 6 調達、
製造ドメイン:
 7 生産コントロール
両者の境界線にまたがる機能:
 8 生産スケジューリング、
 9 製品在庫管理、
 10 品質保証、
 11 保全管理、
 12 資材およびエネルギー管理

ビジネスドメインと製造ドメインにまたがる機能がMESの役割と考えると、スケジューリング、在庫、品質、保全、資材・エネルギーの5(6?)種ということになる。ただこれらは「お仕事の機能」であって、IT機能モジュールという意味ではないので注意。

ほかに、あまり知られていないが、日本発の標準化を目指した製造科学技術センター(MSTC)の「オープンMES」の9機能というのがある。

1 製造指示管理、
2 工程管理、
3 設備管理、
4 資材管理、
5 搬送管理、
6 製品仕様管理、
7 スケジュール管理、
8 工程仕様管理、
9 保守管理

ISA-95と比較すると、搬送管理や工程仕様管理が入っている点が目をひく。こちらはさらに、製造現場に立脚したモデルという感じを受ける。ただオープンMES自体は、実証目的で試験的実装まで行われたが、技術的及びマーケティング的理由で、現実には広まらなかった。

ところで、ARC Advisory Group(米国の製造業系ITの調査コンサルティング会社)のつい最近の調査レポート:
ISA-95 Integration Standards: Evolution, Revolution or Irrelevance
を読んでいたら、興味深いことが書いてあった。著者はIoT技術の普及進展と共に、MESがいかに影響を受けるかを論じていて、とくにISA-95規格が「進化するのか変革されるのか、それとも無関係なのか」と問うている。その中に小さな図が一つはいっていて、例の3層モデル風の絵が描かれているのだが、そこではMESをさらに

 - Upper MES
 - Lower MES

に分けているのだ。Lower MESは、制御層に一部食い込んでいる(ISA-95はパーデュー大学が開発した機能階層モデルを採用しているので、「制御層」という言い方はしないが)。上位MESと下位MES? 似たような表現を、別の制御ベンダー資料でも見たことがあった。
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いったい、Lower MESとは何か。それは制御層の機能を抱え込んでいるか、切れているのか? これは、上記MESA Internationalの(8) プロセス管理 Process Managementで感じた違和感にも通じている。そもそも、本社機能と現場をつなぐのがMESシステムではなかったのか。だったら現場の機械を動かす制御が、どうしてMESの一部なのか。

こういうヘンテコな現象がMESの機能モデルで生じるのは、じつは理由があるのだ。それは、上述のアメリカ発の標準体系が、ディスクリート系とプロセス系の両方を取り込んだ結果なのである。彼らは抽象化と汎用化を強く志向する人達なので、どんな製造業にも当てはまるモデルを求めたのだろう。だが、それが混乱の元だった。両方をそれなりに見てきたわたしの意見では、プロセス系と組立加工(ディスクリート)系は、制御層の構造がものすごく違っているのである。

簡単に言うと、プロセス産業では、制御レベルで工場(製造ライン)全体が統合されている。プラントにはDCSというシステムが中央制御室にあって、そこから工場内の全てのできごとが監視でき、また主要な機器・バルブなどを操作できるようになっている。

ところが、ディスクリート系では制御が機械単位で行われているのが普通だ。現場に製造機械がある。それのモーションを制御するPLCは、機側盤の形ですぐ横についていて、オペレーターはそのパネルから操作するのが普通だ。搬送機器なども同様である。だが、工場レベルではバラバラだった。前回書いたように、建物の一歩外に出ると、中の機械が動いているか止まっているのかさえ分からないのである。

これではこまるから、複雑な機械作業の連動が必要な半導体や液晶や医薬品工場では、MESが発達したのだ。MESが各機械・設備を統括し、連動して工程間制御の指示を出す。だからMESの中に制御的な機能が入ってくるのである(いわゆるLower MES)。これはプロセス系MESではほとんど不要なことだった。

現場センサーの接続についても、状況はまったく異なっている。プロセス系では、現場の圧力計のトランスミッターと、中央制御室のDCSのメーカーが違っていても、つながってあたり前である。通信がつながるかどうかの心配なんて、誰もしない。もう何十年も前からそうなのだ。だがディスクリート系では、長らく、つながること自体が技術力の証だった。「つながる工場」といったって、つながり度が全然違うのである。

だから制御システム業界では、プロセス系をPA(Process Automation)、ディスクリート系をFA(Factory Automation)と呼び、社内的に区別してきた。技術の考え方がまったく違うからだ。

プロセス系とディスクリート系は、製造における仕様や品質管理の思想も違う。このことは、強調しておいた方が良い。ディスクリート系では、モノに属性がある。また、モノに(やろうと思えば)シリアル番号をふれる。それが当たり前だと、皆、思っているだろう。なぜなら、扱うモノが個体で、混合しないからだ。

だが、プロセス系では、モノではなく、ライン(配管内の流れ)に属性がある、と考える。なぜなら扱うのが流体や粉体で、任意の比率で混合するからだ。そして混合比率も性状も、経時的・連続的に変化する。ただしプロセス系といっても、連続生産でなくバッチ生産の場合は、品質的に均質と言える範囲をロットと定義して管理する必要があるが。

ともあれ、無理に木に竹を接ぐと奇妙なモデルが生まれる。これが、「システム・モデラーが天職」を自称するわたしの、MES標準化活動に関するいささかゴーマンな主張である。もちろん、プロセス系とディスクリート系の境界領域は存在する。わたしのいう「切替型連続生産」業種で、上流はプロセス、下流はディスクリートになる。こういった領域ではモデリングにも細心の注意が必要だと、わたしも思う。

それで、主題はIoT時代のMESの将来であった。わたし自身は、プロセス系のMESについて、すでに「MES入門」「MES活用最前線」でいろいろ書いてきたので、この記事ではあえてディスクリート系のMESについて論じよう。IoT技術が現場とのつながり方を速く広くしてくれたことで、MESはどうなるのか。MESとは工場の製造管理者(工場のホワイトカラー層)を助ける仕組みである、というのがわたしの前提である。一部の欧米人は、本社が直接、MESで製造現場を指示統制できれば製造管理者など不要になると空想しているかもしれないが、わたしはそうは考えない。

その前提の上で、わたしはMESに二つの変化を予想している。だが、今回も問題整理で長くなりすぎてしまったようだ。変化の方向性については、稿を改めて、次回書く。


<関連エントリ>
 →「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの」 http://brevis.exblog.jp/25991822/ (2017-08-19)
 →「工場計画論(6) ディスクリートとプロセス--製造業の分類学」 http://brevis.exblog.jp/12850087/ (2010-06-23)



by Tomoichi_Sato | 2017-08-27 12:54 | サプライチェーン | Comments(0)

IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの

2000年に、中村実氏ら何人かと共著で『MES入門―ERP、SCMの世界と生産現場を結ぶ情報システム』を上梓した。わたしが担当したのは第3章「MESを中核とした垂直統合 -プロセス産業のケース-」というセクションだ。製造業、それも製造現場の情報システム化という地味なテーマの本だったが、一応、それなりの評価を得た。類書が少なかったせいもあるだろう。いまでも、あの本を読みましたよ、という方から声をかけられたりする。

ここで一応、MESとは何かについて、おさらいをしておこう。何年か前に、その名も「MESとは何か」という記事も書いたが、MESとはManufacturing Execution Systemの略で、日本語では「製造実行システム」とも訳される。だが、普通は「製造管理システム」とよんだり、あるいは略称のままMES(メス)ということも多い(ただし英語ではエム・イー・エスとスペルアウトして読むのが正式である)。

製造業のことを良く知らない人は、MESと「生産管理システム」とをよく混乱しがちだが、別のものだ。生産管理システムは全社レベルで、製品別の生産・在庫・出荷などを計画し、部品材料の調達を決め、実績を集計する。さらに原価や収益を計算したりする。だからお金に関わる人達、つまり経営者や営業部門や会計部門も、そのアウトプットを見たりする。だがこうした人達がMESの画面をのぞき込むことは、まずない。

MESの概念は、1993年に、米国の製造業向け調査コンサル企業であるAMR Research社が提唱した、3層モデルに端を発する。AMRは、製造業の機能を、
・主に本社が担当する「計画層」、
・主に工場が担当する「実行層」、
・機械等が働く「制御層」、
の3レベルにモデル化した。しかし最上位の「計画層」という言葉は分かりにくいので、「ビジネス層」と読み替えても良いと思う。ここを担うITシステムはERPである。また最下層の制御レベルで動くのは、たとえばPLCやDCSなどのシステムである。

AMRはその上で、ビジネス層(ERP)からの計画・要求を、現場の機器・制御層(PLCなど)レベルにつなぐ中間層の機能が、IT的な<ミッシング・リンク>(失われた環)になっていると指摘した。そしてこの部分を担うシステムを、Manufacturing Execution System = MESとよんだのである。

わたしは90年代の半ばから、海外プロジェクトでプロセス産業におけるERPとMES層の仕事に、従事してきた。その経験を元に上述の『MES入門』第3章を書いたのだが、その中で「8の字モデル」という概念を提案した。これはAMR Researchの3層モデルを元にしつつ、意味的には換骨奪胎したものだ。AMRは米国流トップダウンの経営思想で、本社の要求を現場に落とし込む、つなぎ機能としてMESをとらえた。だが、実際の現場を見てきたわたしには、MESはオートメーションにおけるミッシング・リンクというよりも、製造管理者の仕事を助ける道具である、という主体的な位置づけの方がふさわしいと思えた。ちなみに製造管理者とは、工場の製造部門のホワイトカラー層のことである。
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「MES入門」第3章より

さて、わたし達はさらに前述の本の姉妹版として、2004年に『図解 MES活用最前線―実践事例でわかるMES(製造実行システム)導入のポイント』という本を上梓する。この中で、かなり幅広い業種・企業から、MESによる製造現場情報化の事例を集めて紹介した。

この本には、自動車会社のALC(アセンブリー・ライン・コントロール)システム、フォークリフト製造会社の工場全体をカバーする本格的MES、そして、今や製品に内蔵したIoTシステムで有名になった建設機械メーカーのMESなど、さまざまな事例が図解付きで紹介されている。なお最後の建機メーカーのMESは、現場への指示中心でPOP的だが、現場ユーザが音声でシステムに指示を出すという点でかなりユニークな事例である。ただ、あいにく出版元の工業調査会自体がすでにないため、どちらの本も今やかなり入手困難だ。

さて、それから10年以上の歳月がたった。では、MESに関わるものごとは、どれほど進展したのか? 

工場にMESがあることが当然であり、MESが製造のほぼ全域をカバーしている、という業種は、2004年の刊行時点では、
  • 半導体工場、その応用として一部の液晶関連工場
  • 石油・化学工場
  • 医薬品工場
  • 自動車組立工場(アセンブリー・ライン)
などであった。それ以外は、製造の情報化について、部分的なトライアルが行われている、一種の事例集であった。

その事態は、2017年の今も、あまり変わっていないように思える(少なくとも日本では)。たしかに17年間でMESソフトウェア情報や、ベンダーの勢力地図は変わった。海外ITベンダーからは、今や、より統合的な(そして高価な)MESパッケージが販売されている。ただし、日本ではあまり売れていないらしい。

こうした新しい仕組みの普及度については、ざっくり三種類に分類できると思う。

(1) 一番上に来るのは、『必須レベル』である。
「それがない工場は考えられない、それがないと製造の仕事が回らない」というくらい、仕事に組み入れられている。たとえば会社のITならば、会計システムだろう。今どき、そろばんと電卓で経理している企業はもう、ない。あるいは車にたとえるなら、オートマチック・トランスミッションか。今どき、新車の98%はAT車で、マニュアル車は例外に近い。

(2) 二番目は、『普及レベル』だ。
「普通はある。ただし、なくてもなんとか仕事は回せる」がこのレベルである。車でいえば、カーナビだろうか。製造業ならば、販売管理(受注管理)システムだ。これがないと、受注番号(製番)を起こせないし、出荷遅れや請求漏れも生じかねない。あるいは設計系ならば、CADシステムだろうか(ただし、3D-CADとなるとあやしいが)。

(3) 三番目は『オプションレベル』だ。
「先進的な工場にはある。あると仕事に優位性や効率性が出る」という種類のものである。口さがない人からは、趣味だとか、好きものだとかよばれかねない。車なら自動ブレーキ、さらには夢の自動運転か。
そして、明らかにMESはまだ、このレベルにいる。

だが、なぜMESは普及しないのか?

一昨年のこと、わたしが所属する「ものづくりAPS推進機構」の委員会で、ある会話に衝撃を受けた。それは、多くの製造現場で使っている自動化された工作機械、NC(数値制御)やMC(マシニングセンタ)に関することだった。こうした高価な自動機を制御するPLCの外部通信インタフェースは、いまだにRS-232Cが主流だというのだ。RS-232C! それって、1980年代に、パソコン通信で使っていた低速のシリアル通信規格ではないか。

いや、その場にいた某大手PLCメーカの人は、「RS-232Cがついていればいい方です。旧いマシンのPLCになると、外部I/Fすらついていませんから」というのだ。だから複雑な加工のどこまで進んだかを、リアルタイムでモニタリングできない。進捗管理はある意味、ショップ・フロア・コントロールの柱だが、それができるようになっていないのだ。まあ、メーカー側ももう少し高機能なNC用I/Fは開発して出している。だがそれもPLCメーカーごとに規格が違う。

その場の話では、ドイツではこうしたI/Fは標準化が進んでいて、どこの工作機械メーカーをもってきても、すぐにつないでリアルタイムに機械の状態を監視できるということだった。わたしはしばらくディスクリート系(組立加工系)の仕事から遠ざかっていたので、日本でこうした状況が続いていることに驚いた。

しかし、NCマシンの切削状態監視どころではない。多くの組立加工系の工場では、工場出入口の扉を後ろ手に閉めて、建物の一歩外に出ると、中の機械が動いているか止まっているのかさえ、分からないのである。最近見た、日本の製造業をリードする自動車産業のTier-1サプライヤーでさえ、いまだにそうなのだ。

ただ、それでこまらなかったのは、カンバン方式に代表されるトヨタ生産システム(TPS)を実現しているためである。トラブルがあっても、「アンドン」で見える化し、現場で近くにいる人がすぐ問題解決するのが、TPSの思想である。だから建物の外から機械の稼働をリモートで監視する必要はない。NCマシンの通信I/Fが古いシリアル通信のままなのも、そういう思想が理由なのだろう。加工プログラムだけNCに送れればいい。加工中に問題が起きたら、現場の多能工がトラブルを解決する。

それは、現場の技能員が優秀ならば可能なやり方である。だからトヨタは「ものづくりは人づくり」と主張し続けているのだろう。だが、「それはトヨタ系だからできること」と、知り合いの中小企業経営者はいう。彼の会社では、現場の人にとてもそんな能力は期待できない。だから、「問題が起きたら俺を呼べ」と、つね日ごろいっているそうだ。

それにしても、現場カイゼンの得意なJITコンサルタント流のIT不要論をきいていると、まるで「熟練のドライバーなら、マニュアルミッション車を上手に運転できるし、地図も頭に入っている」という主張を聞いているようだ。なるほど、たしかに熟達の人ならば、ATやカーナビ的なシステムは不要だろう。だが、「その熟練の技、どうやって海外展開するんですか?」 と聞きたくなる。

いや、その前に、「どうやって後輩に伝えるんですか?」といいたい。・・だいたい今どき、工場に好きこのんで働きに来てくれる、優秀な若者ってどれだけいるの? 夏暑く冬寒い、外気開放の鉄骨スレートの建物の、油煙舞い立つ職場に、誰が来たがるのか。これからの工場というのは、むしろ、見学した人がみな、「ぜひここで働きたい」と思う環境でなければいけないのではないか。そう思うのだ。

いや、つい話がそれた。

製造管理に話題を戻すと、いくら現場が優秀でも、一つの現場だけでは解決しきれない問題、判断しがたい指示変更はいくらでもあるはずだ。複数工程にまたがる変更や、負荷のアンバランスなどである。そして週単位・月単位での、品質や生産性や労働安全の傾向などもそうだ。わたしの言い方でいうと、現場の個別問題は「技術的問題」である。他方、いわゆる「パフォーマンス問題」をこそ、製造管理者は発見し、解決しなければならない。

以前からMESが当たり前に導入されてきた、半導体、液晶、石油・化学、医薬品に共通することは何か。それは、製造エリアがクリーン度を要求される、あるいは危険物質を扱い防爆が必要など、現場作業に人手をかけにくいことだ。結果として、機械設備リッチな工場になる。製造のみならず搬送を含めて、広範囲に自動化される。

こういう工場は、機械との通信I/Fを含めてMESを入れやすい。むしろMESがないと工場が動かない。最初からMESの存在を前提に、工場レイアウトも設計される。だから、「製造現場を後からスマート化する」発想では、そもそもないのだ。ただ、自動車工場の最終組立ライン用ALCシステムはやや例外で、人による組み付け作業が中心になっている。しかし多数の部品と指示からなる複雑な製造システムであることは、共通である。

結局、MES普及のボトルネックはビジネス層とのつながりではなく、制御層・製造現場との接続だった。

ではなぜ、現場の機器・制御層とつなげなかったのか?。ひとつには工場の既存設備の問題があるだろう。機械制御用PLCのI/Fが乏しいばかりか、PLCを持たない単純機械や、手作業もかなり介在する。

またIT技術的な問題もある。工場内の適切な通信プロトコル標準がまだ存在しない。ネットワーク一つとっても、まだベンダー間のバトル状態である。それにセキュリティ対策の懸念もある。

そして、規制や商習慣の問題もある。電気・空調・消防系設備のシステムは、いわゆるビル・マネジメント・システム(BMS)とよばれる領域であり、製造系システムとは別業界で、共通I/Fもない。また仮に製造機械が外部からネットワークでつながったとしても、機械メーカーが外部からの制御を歓迎しない、などがあげられる。

かくして製造管理者と現場との間には、壁ないし岩盤があったのだ。そして、だからこそここに、IoT技術登場のインパクトがある。ようやく、センサーやSCADAを介して、機器やデバイスレベルのデータをとれるようになったのだ。

では、それはどのようなインパクトなのか? 長くなってきたので、続きは次回書こう。


<関連エントリ>
 →「MESとは何か」http://brevis.exblog.jp/14886701/ (2011-06-02)


by Tomoichi_Sato | 2017-08-19 23:57 | サプライチェーン | Comments(0)

納得する、ということ

親戚の娘さんが大学受験の年を迎えた。高校からは、ある女子大に推薦をしてくれると言う。でもその娘さんは推薦入学できる大学に不満を感じた。自分はもう少し上をねらいたい。そこで推薦を断って、あえてもっと上のレベルの大学の受験をチャレンジした。

しかし残念ながら、その年の受験は不本意な結果に終わった。彼女は浪人してもう1年間勉強のチャンスをくれるよう、両親を説得した。ずいぶん前の話で、女子が浪人する事に対し、今よりも抵抗があった頃の事だ。

そして予備校に通って、1年後、今度はかなりの数の大学を受験する。でも、結果として彼女は1校を除き、全て落ちてしまった。唯一受かったのは、なんと彼女が1年前に高校の推薦を断った大学だった。結局、その女子大に入学することを決めた。

親戚の叔母が久しぶりに彼女に会って、その顛末を聞いたとき、こう尋ねたそうだ。「それで、〇〇ちゃんは納得しましたか?」

--納得しました。

「そう。それならよかった。納得できるということは、とても大切ね。入学おめでとう。」

この話を後に聞いて、感銘が深かった。というのも、その叔母さんこそ、もっと古い世代の女性で、戦後初めて共学化された国立大学に入り、その後も職業婦人として、自分でずっと道を切り開いて生きてきた人だったからだ。男尊女卑の弊風の強い特殊な技術社会に入り、偏見と闘いながら、孤軍奮闘してきた。公正なチャンスを与えられていたかどうか、わからない。だが彼女こそ、自分が納得できるように生きてきたのだった。

納得とはなんだろうか。納得は単なる理解とは違う。身をもって知る、腹落ちする、に近い。人がいちど納得した事は、二度と忘れない。教室で聞いた知識は、片端から抜け落ちていくものだ。だが納得した事は、行動に移せる。応用できるようになる。

相手が納得しなければ、説得とは言えない」という言葉もある。交渉の場、たとえばエンドユーザに何かの機能は不要だと説得する場面は、よくある。このとき、理路を尽くして相手に説明し、相手が一応了承したとしても、相手が「納得」していないと、いつかまた蒸し返してきたり、あるいは別の場面で逆襲してきたりする。

理解とはアタマで分かることであり、納得とは感情をともなって分かることだ、という人もいる。そうかもしれないが、純粋に知的なことでも、納得する経験はある。たとえば、数学みたいな分野でも。

相関係数という概念がある。

二つの量について、いくつかの測定値があったとしよう。たとえば日ごとの気温とビールの消費量でもいい。数式風に表現するなら、(x1, y1), (x2, y2), (x3, y3)...という風に表記できる。下の散布図には、7つの点がプロットしてある。このペアになった二つの変数の間に関係はあるのか、ないのか。それを相関係数Rであらわせる。相関係数Rを計算し、それが0だったら、両者の間は無相関、つまり関係がない。相関係数が1だったら、xyは完全に依存関係がある。また逆に-1だったら、逆相関、つまりxが増えるとyが必ず減る、という関係にある。相関係数Rはマイナス1からプラス1までの間の値をとる。

・・とまあ、こういう説明が統計学の教科書にあり、さらにxの標準偏差Sxyの標準偏差Sy、そしてxyの共分散Sxyという量を使って、R = Sxy / (Sx Sy) という計算式が定義してある。だが、数学が今ひとつ苦手なわたしは、この式を読んでも、ピンとこなかった。なぜ、それが-1から1の範囲に入るのか。無相関が0になるのは、なぜなのか。手順に従い、計算自体はできる。計算ソフトだって、Excelをはじめ、いくらだってある。結果を解釈することもできる。事実、卒論ではそうした。だが、腑に落ちなかった。

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ところで、その後、ある本を読んでいて、全然別の説明を見つけた。散布図は2次元に7つの点を打っている。だが、このデータを、(x1, x2, … x7), (y1, y2, … y7)という風に、7次元の二つのベクトル、と考えてみる(正確には、平均値からの偏差ベクトルをとる)。右図のように、7次元空間の中でこの2本のベクトルの角度をθとすると、両者の内積は公式から、
X・Y = |x| |y| cos θ になる。

相関係数Rとは、この式のcos θのことだ、というのがその本の説明だった。相関係数とは、二つの変量を表すベクトル同士の角度のコサインを表す。コサインだから、-1から1の範囲の値をとる。二つのベクトルの向きが全く一致しているときは、θ = 0だから、相関係数cos θは1になる。二つのベクトルが正反対の方向のときは、角度θは180度だから、相関係数cos θ = -1だ。そして両者の角度θが直角、つまり互いに全く度理屈だと、相関係数cos θ = 0になる。

こう説明されて、ようやくわたしには相関係数が納得できた。だとすると、相関係数が0.7ということは、二つのベクトルの角度は約45度、相関係数が0.5だと60度ということで、かなりバラバラの向きを向いている。なるほど。それどころか、こうした関係が分かると、多変数の因子分析だって、つまりは変数間の共分散構造を調べているのだ、という風にとらえることができる。直感型のわたしには、空間のイメージが理解の鍵だったのだ。

わたしはものごとを理解するのが遅いたちだが、それは、こうして一歩一歩納得しないと、なかなか前に進めないからだ。そのかわり知識や概念の場合、いったん自分が納得できると、他のことの理解に応用できるようになる。知識を応用するためには、納得が必要なのだ。

それと同時に、わたしはときどき、世間の頭のいい人達って不思議だ、と感じることがある。教科書に書かれたこと、先進国でいわれていること、メディアで流通している知識や解釈などを、割とスムーズに受け入れて、覚えていく。わたしが納得できずにまごまごしている間にも、そうした最新知識やらを人に語ったり使ったりしていける。すごい能力である。

わたし自身は、「コストセンター」だとか「品質」 だとか「進捗」だとか、世間で常識と思われている概念を一つひとつ確かめずにはいられないし、それをここに書いている。だが、こうした行為はある意味、皆が受け入れている知的通貨を、自分一人が疑っている訳で、かなり生意気な態度だと思われているかもしれない。うーむ。実は不器用なだけだが。

ところで、納得という言葉は、知識だけではなく、自分の決断の結果に対しても使う。

最初の娘さんの事例を思い出してほしい。彼女は、自分の意思で、浪人して勉強した。そしてその結果に納得したのだ。

ただ、誤解して欲しくないのだが、それは大学受験における学力のレベル判定がどこも極めて正確で、それが高校の判断に一致していたのだ、と言う意味ではない。逆である。入試の当落線上においては、むしろかなり運・不運が左右する。試験の内容、その日の体調、ライバルたちの存在など。第二志望に落ちて、第一志望に受かると言うことも、ときどきあることだ。だからその娘さんが納得したのは、自分の偏差値レベルについてではない。

そうではなく、彼女はできる限りの努力をしたので、その結果を受け入れられるようになった、ということなのだ。もし彼女が、高校の勧めるまま推薦入学で最初の大学に入っていたら、どうなっただろうか? たぶん、「自分ならもっと上の大学に行けたはずだ」「無理してでも試験を受ければよかった」、などとさんざん悩んだことだろう。あるいは、回りの同級生をみて、(自分はこの人たちとはホントは違うのだ)と、内心思ったかもしれない。それは、成長において決して良い結果ばかりをもたらさなかったろう。

何かを「しなかった」ことの後悔は、いつまでも心を酸のようにむしばんでいく。だが何かを自分の意思で選んだ場合は、結果としてかりに痛い思いをしても、いつかは乗りこえることができる。

彼女は自分が決めて選んだことに対して、一所懸命に努力したのだろう。合格・不合格はある意味、結果でしかない。だが、必死にチャレンジしたならば、どんな結果になろうとも、それを後悔することはあるまい。人事を尽くして天命を待つ、と言う心境に近い。そうすれば、結果に納得することができる。運不運を含めて、結果を受け入れられるようになる。

知っていることと納得することは違う。

納得感とは、自分の得た知識が、自分の世界観の欠けたピースにぴったりとハマったり、あるいは、自分の決断が価値観を補強してくれた、という感覚を得ることだ。だから行動にうつせるようになるのだ。誰も自分で納得したことでなければ、実行できない。人を動かしたかったら、納得してもらう必要がある。自分で自分を動かしたかったら、自分が納得できるようするしかないのだ。

ところで、「納得」(なっとく)という変わった音読みをするところをみると、これは仏教用語ではないかと思って調べてみると、どうやらそうらしい。仏教では出家して仏名をもらい、剃髪して僧侶になることを「得度」と呼ぶ。納得とは、この得度式を納めた、という意味らしいのである。出家するとは、自分の人生は無限ではなく、限りがあることを認めて、覚悟することである。つまり、納得とは覚悟を決めて生きようとすることなのだ。

わたしも今年、新しいチャレンジを仲間と広げようとしているところだ。それは現代のビジネス社会の中で、ともすれば過大なプレッシャーをかけられ、消耗しがちな技術者たちを応援するための取り組みだ。やるからには、せめて自分で納得がいくように努力したいと思っている。


<関連エントリ>
 →「コストセンターとは何か」(2013-03-11) http://brevis.exblog.jp/19929083/
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い」(2012-04-18) http://brevis.exblog.jp/17805452/
 →「進捗を把握する3つの方法」(2010-06-13) http://brevis.exblog.jp/12797525/



by Tomoichi_Sato | 2017-08-11 23:45 | 考えるヒント | Comments(2)