<   2016年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

『なぜ』からはじめよう - 仕事の目的を設定する

たしか林達夫の西洋史に関する論考だったと思うのだが、「古代ギリシャは豊かなイメージがあるが、社会的な生産性はじつはかなり低かった。ギリシャ社会を支えていたのが、奴隷労働だったからだ」という説明を読んだことがある。林達夫はわたしの尊敬する思想家で、平凡社の『世界大百科事典』の編集長をやった博学の人だ。

人を動かすということが、技術リーダーとして面白い仕事をする必要条件だと、前回書いた。では、具体的に、人は何で動くのだろうか?

一番すぐに思いつくのは、給料などのお金だろう。お金という報酬で、人を動かす。会社というのは、そうなっている。業務上の命令通りに働けば、給料がもらえる。上司の覚えも良くなる。そむけば、叱責されて給料が下がったり、首になったりするかもしれない。つまりアメ(給料・昇進)と、ムチ(罰則・失職)で動かす訳だ。

ここで人を動かすために使われているのは、「強制力」(権力)である。強制力を使うことができるのは、マネージャー職種(=上司)という立場にあるときだ。動かす相手は、部下である。部下以外には、この手はきかない。業務命令と、統制。このような仕組みで組織を動かすことを、英語で"Command and control”という。軍隊が、その典型だ。そして組織の成員が、この中で仕事の代償として期待することは、給料と生活の維持である。

部下でない他人に対しては、直接の命令権はない。給与を左右することもできない。しかし、もう少し別の報酬で動かす方法がある。それは、「貸し借り」で動かす方法だ。人に仕事上やプライベートでの貸し(恩義)を作っておく。そして、あとで「借りを返して」もらう。これは「影響力」と呼んでもいい。職場で上手に貸し借りを利用する人は、あなたの周りにもいると思う。

ほかに人を動かす方法はないだろうか? ある。それは、仕事を通じた成長や、自己実現への期待によって動かすことだ。「この人についていけば、自分も腕が上がるかもしれない。いい仕事ができるかもしれない」、と思えば、命令や貸し借りなしでも、人は動いてくれるだろう。これは、同種の職能から現れるリーダーや、上司という立場にはないプロマネが、もしもそれなりの腕前の人であれば、ふるえる力だ。これも影響力の一種だから、第二種の影響力とよんでおこうか。この場合、チーム員が期待するのは、自分の能力向上や、仕事の成果への満足感である。

そして、さらにその上がある。それはリーダーの信念や、他人への貢献意欲で人を動かすことだ。これはもう、カリスマか教祖の域であろう。そこに加わる人の期待は、他人を助けるという仕事への使命感・達成感だ。

かくして、人はいろいろな理由で動く。まあ、一番最初のレベルというか、デフォルトは「言われたから」「命じられたから」やることである。その最低次元が奴隷労働だ。これに、どれだけ他の要素が混ざるかで、パフォーマンスに差が出る。それはちょうど、三人の職人のたとえ話のようなものだ。

三人の職人の話をご存じだろうか? いくつかのバリーションがあるが、ともかく出だしは旅人が働いている職人たちのそばを通りかかるところから始まる。旅人は職人の一人に、何をしているのですか? とたずねる。最初の職人は、答える。
「見ればわかるじゃないか。レンガを積んでいるのさ。」
旅人がさらに、なぜレンガを積んでいるのですか、とたずねると、その職人は面倒くさそうに
「親方に言われたからさ。そのとおりにすれば、給金がもらえる。さあ、どいた、どいた!」

旅人はつぎに、別の職人に同じ事をたずねる。何をしているのですか?
二人目の職にの答えは、こうだ。
「壁をつくっているんです。どうです、立派でしょう? 親方のところに来たすぐの頃は、こんな風にまっすぐ積めなかったけれど、いまはここまでできるようになった。壁の高さは、この街で一番ですよ。」

さらに旅人は、三人目の職人にたずねる。何をしているのですか?
年老いた職人は、こう答える:「大聖堂を作っているんじゃよ。これが完成した暁には、大勢の信者が集まって、日照りの夏も寒い冬も、一つ屋根の下で祈ったり、ありがたい神様の話をきいたりして過ごせるじゃろう。尊い仕事じゃないか! まあ、完成までにはあと百年近くかかるかもしれんがの・・。」

なぜその仕事をしているのか? —それが出発点である。わたし達が新しいことにチャレンジするとき、まず目的を明確にすることからはじめよう。そう、わたしはPMの授業などで教えている。それが賃金や貸し借りのためなのか、自分の成長のためなのか、あるいは他人や信念のためなのか。べつに給料のために働くことを卑しむつもりはない。それは最低限必要なことだ。だが、それ以上の成果を上げたかったら、「言われたこと以上」を考えて自分から動いてもらわなくてはならない。

目的とは、なんのためにその仕事をするのか、つまり英語の”Why”を示す。どのような期待や価値観によって、一人ひとりが動くのか。よく組織の壁だとか「サイロ化」といったことが問題になるが、Whyを皆で共有することは、サイロ化を防ぐはたらきがある。大きな目的を共有すると、自分や自部門を守ることよりも優先すべきことがある、と分かるからだ。

じつはプロジェクトで一番恐ろしいのは、ゴールが自己目的化することである。ゴール地点にたどり着くこと、決められた成果物を作ること、それが最終目的になってしまう。大学に進学する目的は、大学に入っていろいろ新しい学問を身につけ、成長することであるはずだ。だが、大学受験の勉強を続ける内に、いつの間にか大学合格自体が目的になってしまう。その大学になぜ入るのか、入ってから何をしたいのか、考えないまま、ただ点数競争に駆り立てられる。そうして、自分の適性と大して関係もない学部に、点数ランクの都合だけで進んでしまう。ばかげたことではないか。

同じように、組織で一番恐ろしいのは、存続が自己目的化することだ。組織はもともと、なんらかの目的のために結成されたものであるはずだ。「組織は戦略に従う」という言葉もあるくらいだ。だが、組織ができあがり、大きくなると、いつの間にか「組織を守る」ために仕事を作ったり、仕事をねじ曲げたりするようになってくる。あちこちの官庁や公共団体で、そういう例を見かけないだろうか?

手段が目的化する、というのは、あまりにも陥りがちな罠であろう。ゴールは遠い目的地への、中間地点にすぎない。プロジェクトが何かの成果物を作るとき、それはふつう、なにかの手段なのである。成果物が新製品なら、それはマーケットを拡大するための手段である。成果物が新工場なら、それは生産能力を拡大するための道具であり、成果物が情報システムなら、業務を刷新するための手段であるはずだ。より遠い目的を目指すためにプロジェクトを進めないと、おざなりな成果物を形だけ作って、ユーザが気に入ろうが気に入るまいが一件落着、といったへんてこなことが起きるのだ。それでインパクトのある、面白い仕事ができるはずがない。

目的を明らかにし、皆で共有することが大事である——それは、わかった。だが、具体的に、どうしたらいいのか? 我々は(少なくともわたしは)カリスマではない。仕事だって、大聖堂を建てるような崇高な仕事ばかりではない。そういう時、どうしたら人の心をつかみ、同じ方向に動かせるのか?

Simon Synekという人は、ゴールデン・サークル=『黄金の輪』というモデルを使ったコミュニケーション論を提案している。モデルは単純で、三つの同心円からなる。一番外側はWhat、その内側がHow、そして一番中心にWhyがくる。

Synekによれば、普通の人や企業がやりがちなアプローチは、外側から内側に向けた順番で、物事の意義を説明することだという。つまり、
(1) What「こういう製品です」
(2) How「こんな風にすごいんです」
で、多くのプレゼンや広告は(3)のWhyまでは説明しない。

しかし、本当に人の心を動かしたいのなら、順番は逆で、中心から外側に向けた順序にコミュニケーションしなければならない。それは、
(1) Why「我々はこうあるべきと信じます」
(2) How「だからこんな風にしたんです」
(3) What「それが、この製品です」
である。傑出したリーダーや、優れた企業はこういう話し方をする。
e0058447_6595117.jpg

Synekはその例として、たとえばジョブズ時代のアップルや、キング牧師や、ライト兄弟とそのライバルだった男をとりあげる。彼はこの理論をわずか18分間にまとめてTED Talkで講演しているが、非常にプレゼンの巧い人だし、翻訳字幕もついているので、試しにぜひ見ることをおすすめする。
「サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか」
http://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action.html

Synekは、このゴールデン・サークルを、人の脳の構造から説明している。つまり一番外側に大脳新皮質があり、ここが言語や理知で「What」を判断している。しかし、一番真ん中には古い大脳辺縁系があり、そこは言語化されないが、人の信頼感や行動を決定する。人が決断し行動するのは、理性ではない。もっと深い場所にある、感動や信念が一番強いのだ。(それはたとえば異性に惹かれる時を考えてみれば分かる)。ただ、人に理由をたずねられたら、理屈を後付けすることはできる。(「だって、優しい人だから。」)

まあ、Synekはプレゼンが上手すぎるので、ライト兄弟のライバルの例など、後からよく考えてみると本当に彼の理論で説明できるのかな、という気もするけれど、説得力があるのは事実だ。コミュニケーションは、Whyからはじめる。なぜ、この仕事が必要なのか。なぜ、これには意義があるのか。イノベーターとよばれる人々(100人に2.5人しかいない)は、そうした信念を共有することによって、彼の言う”Early Adaptor”(人口の13.5%)を集める。そして賛同者が20%を超えれば、あとは勢いがついてくる。それによって全体を変えていくことができるのだ。

もし、わたし達がイノベーティブな成果を生みたかったら、なぜその仕事に意義があるのかを知らなければならない。そして、その目的を高く掲げるのだ。今、もし自分のやっている仕事のWhyが明らかでないなら、よく考えて他人と共有するべきだ。考えるのに遅すぎるという時はない。ぜひ、明日からでも考えよう。


<関連エントリ>
 →「スペシャリストか、ジェネラリストか?」 (2016-04-18)
by Tomoichi_Sato | 2016-04-27 07:00 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

スペシャリストか、ジェネラリストか?

わたしが就活をしたのはもう大昔のことだが(当時は「就活」なんて言葉はなくて、みんな「就職活動」といっていた)、エンジニアリング業界志望だったので、今の勤務先のライバル会社も当然、訪問した。そのときたしか先方の人事部長さんと会ったのだが、自分の会社には「42歳定年制」という仕組みがあると言われていたのを今でも覚えている。

当時はどこの会社も定年は55歳だった。ところが、その会社では42歳になったとき、退職するか、勤務を続けるかを選び直すことができるという。「42歳くらいになると、自分が会社で将来どこまで行けるかが漠然と分かるようになる。そのとき、独立して自分の道を選び直せるように会社も支援する」ことが制度の意図だと、たしか説明されたと記憶している。

現在その会社のホームページにいっても42歳定年制では検索にかからないから、すでにその制度はないのかもしれない。しかし、この説明は長く記憶に残った。

「まだ歳も、四十であれば面白き」という江戸時代の川柳がある。40歳というのは、自分はすでに若くないと自覚するときである。世に出て職に就き、それなりに生きてきた。ただ、自分の能力や境遇、そして行く末もなんとなく想像できるようになる。それはまた、迷いの時だ。今までのルートをまっすぐ歩むか、別の道を行くか、思案のときということだろう。

42歳というと、昔はそろそろ課長になろうという年齢だ。主任や係長は経験し、人を使って仕事をする立場に近づく。そのとき、技術系ならば専門技術の現場から離れて、管理職という名のジェネラリストであることを求められる。それでいいのだろうか。技術への未練もある。自分はまだ本当のプロとはいえないのではないか。スペシャリストの道を続けるのか、ジェネラリストの道を選ぶのか、選択を迫られるというわけだ。

キャリア関係のウェブサイトを見ると、スペシャリストかジェネラリストか、などという問いがけっこう出てくる。若い人、とくに技術系の人には、ジェネラリストという職種はピンとこないし、よく分からない。ジェネラル工学なんて言う学科も大学になかったし。だから憧れる人は少ない。

結果として、若手社員のほとんどは、スペシャリストを目指す。

ところで、そんな職種だって、一人前のプロになるにはだいたい10年かかる。医師も、弁護士もそうだ。業界で一流の相手とそれなりにやりあえるまでには、15年かかるという人もいる。しかし、早く専門技術を身につけたい若者には、その時間がもどかしく感じられる。はやく業界に通じるプロになりたい、いざというときは転職しても拾ってもらえるようになりたい。このままでは技術を深掘りするどころか、会社的な雑用ばかりだ、という不満の声もきこえることがある。

そうやってスペシャリスト志向をもつエンジニアにとって、ジェネラリストという言葉が頭に浮かんでくるのは、専門分野を何年間か走ってきて、「はたしてこのままでいいんだろうか?」という迷いを感じたときだ。42歳というのは一つの曲がり角なのだろうが、もっと前から感じる場合もある。どちらを選ぶかは、本人の適性によって決めるべきだ、みたいなアドバイスをキャリア関係のサイトなどは書いている。

ところで、本当に組織はジェネラリストを求めているのだろうか? 求めているとしたら、組織内にどれくらいの比率で必要としているのだろうか?

これは、組織によっていくつかのタイプに分かれるだろう。ある種の組織では、専門家を(種類も人数も)多数抱え、それをごく少人数のスーパー・ジェネラリストがマネージする。中央集権的な形態だ。オーケストラと指揮者の関係と言ってもいい。ジェネラリストの比率は数%以下だ。こういう組織では、権限が集中しているので、即断即決。いろいろなことが機敏に決まる。ただし部下に権限がないので、組織横断的な中規模問題、たとえば品質問題などへの対応に手間取るという弱点がある。お分かりだろうが、米国企業にはこうしたタイプをよく見かける。

これに対比するような書き方をするなら、日本企業の多くは、もっとジェネラリスト比率が高い。社内にミニ・ジェネラリストを多数抱えて、各人が隣接部門とコーディネートする、分散協調型の組織である。コンセンサス(合意形成)型なので、変化に対する意思決定が遅いという弱点がある。そのかわり、現場改善はまあ、得意だ。全体を見通す大局観のある人材がいないため、大規模なシステム作りはへたと言ってもいい。

まあ、現実には両者の間にいろいろなバリエーションがある。とくに、日本の官庁や、官庁に準ずる組織形態をもつ企業では、幹部候補のエリートを、2〜3年単位でいろいろな部署に回す習慣がある。当然ながら、一つの専門知識やスキルを身につけることはできない。最初からジェネラリストとして育てるのである。そして早い段階から管理職ポジションについていく。こういう組織では、そうしたキャリア職種と、ノンキャリア職種がくっきり分かれている。ノンキャリアは局所的には異動があっても、基本は同じ職種を続けていく。キャリアの人数比率は少ない。そういう意味ではまあ、アメリカ型の中央集権に近いと言えなくもない。

ただし、アメリカ型の組織と日本型の官庁組織は、大きく異なる点が一つある。先ほどアメリカ型で采配をふるう人材は「スーパー・ジェネラリスト」だ、という言い方をしたが、じつはそれは正確ではない。正しくは彼らは「マネジメント人材」であり、米国流の考え方では、マネジメントというのはスペシャリティー(専門職)の一種なのである。だからビジネススクールみたいな学校で集中的に学ぶことができるし、学ぶべきだと考えられている。日本流の考え方では、特定の専門分野を持たないジェネラリストであることと、マネジメントができるということが、どこかでごっちゃにされている。

たとえていうならば、オーケストラの指揮者はジェネラリストなのか、専門職なのか、ということだ。最初はビオラを弾き、それからフルートに異動させ、第一バイオリンでコンサートマスターを経験させれば、指揮者になれるだろうという考え方は、たしかにちょっと奇妙である。

だが、ふつうの日本企業の話に戻そう。たとえばある程度、同一分野で経験を積んだエンジニアには、少しずつ隣接する周囲の業務分野も理解させ、ミニ・ジェネラリストにしようと仕向けるようなところも多い。だが、当のエンジニア達はこうしたプレッシャーに、しばしば反発を感じる。それは技術屋の看板を外して、管理職として生きろ、と言っているようなものだ。

たしかに昭和のように、年齢別人口ピラミッドが正三角形で、職位のピラミッドと相似形だった時代なら成り立った策だろう。しかし、今はミドルになっても管理職のポジションがたりないし、仮になっても部下がいなかったりする。おまけに終身雇用だってゆらいできている。だから、専門技術の現場から遠ざかることの代償が「ちょっと出世」では、納得できなくなっているのだ。しかも年齢ピラミッドがゆがんでいるせいで、42歳どころか、もっと若い時分からジェネラリスト圧力がかかるようになってきた。

では、中堅のエンジニアはどうすべきなのか。それを考えるには、エンジニアにとって、「出世」以外に本当に望ましい報償は何か、を問い直す必要がある。それは、「技術屋として面白い仕事をする」ことではないだろうか?  仕事それ自体が、報酬である。なぜなら、技術が好きだから、そして技術が面白いから、エンジニアを選んだ人がほとんどだからだ。

でも、「面白い仕事」とはどんな事だろうか。それは当然ながら、今の仕事のあり方を変えるようなインパクトを持つ何かを、作り上げることだろう。それは魅力的製品かもしれないし、画期的設備やシステムかもしれないし、あるいは業務プロセスそれ自体かもしれない。ただし、それは専門的技術領域を深掘りしていくだけで実現できるのだろうか?

著名なシステム・コンサルタントであるジェラルド・ワインバーグは、かつて成功したシステムと不成功に終わったシステムを比べて、「成功のほとんどすべてが、少数の傑出した技術者の働きに依存していることに気づいた」と書いている。そうした技術者たちは、理工学部出の純粋エンジニアでもなければ、経営学科出のよくあるMBAでもなかった。『問題解決型リーダー』というべき存在であり、彼らに共通する特徴は、他人を動機づける能力、組織化する能力、そして独創的アイデアへのこだわりであった、と書いている(「スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学」)

このことは、いいかえると、本当に面白い仕事をしたければ、アイデアだけでなく、他人を動かす能力をもて、ということになる。それは、「隣接業務を知るミニ・ジェネラリストになれ」とは、ちょっと違うことなのだ。

してみると、中堅技術者にとって、選ぶべきキャリアの道は、専門分野に職人的にこだわり続けるのか、あるいは、他人を巻き込んで新しい仕事を作る道を選ぶのか、二つに一つということになる。後者の場合、面白いことにワインバーグは、上に述べた能力は、あまり技術分野にかかわらず適用可能だという。そして、適切な気づきとトレーニングがれば、自分で伸ばせるとも書いている。

もしかするとわたしは、こういう事ではないかという仮説を持っている。どんな専門分野でも、かなり深掘りして突き詰めると、汎用的な方法論の地下水脈に行き当たるのではないか。そして、いったんそれを手にすると、井戸の壁を抜けて、水脈沿いに、いろいろな場所に行けるのではないか。絵にすると、前々回の「T字型人材像」に通じるのだが、ただし上下が逆で、垂直に底までいくと急に水平に広がる姿である。これこそ、いわゆる「一専多能」といわれる人材像ではないか。
e0058447_2346838.jpg

ただ、このような水脈を掘り当てるには、専門をそうとう掘り下げる時間と努力が必要ではないのか? いや、実はもう一つ別の道があるのだ。それは、一カ所をある程度掘り下げ、何となく達成感ないし行き詰まりを感じたら、別の場所(専門分野)にうつって、あらためて縦堀りしてみる道である。そうしてみることで、「三角測量」的に、元いた技術的専門の距離感や制約が見えるとともに、共通に使える道具立てがあることを気づけるのだ。それはわたし自身の経験でもある。

世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」にも書いたように、わたしは39歳のとき、思い立ってそれまでの設計専門部を離れ、海外プロジェクトの分野に転出した。それはわたしにとって大きな転機だったが、同時に、自分がそれまで何を学んできたかを再認識する機会でもあった。ずいぶん遅い転身ではある。だが、(この点だけは日本の終身雇用制の長所だと思うのだが)専門能力が低いからといって、会社はすぐにはクビにせずに使い続けてくれるのだ。こうした転身は、たぶん米国では難しいチャレンジだったろうと思う。

ちょうどここまで書いたところで、畏友・渡辺幸三氏がBlog「設計者の発言」に、『適用分野と実装手段の組み合わせ戦略』http://watanabek.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-01b8.html という面白い記事を書かれているのを読んだ。ITの世界で、適用対象の業務分野と、実装技術の縦横の軸で、技術者がどのような戦略をとるべきかを論じている。これはちょうど、音楽で言えば「レパートリーの幅」と「楽器の幅」に対応しているともいえる。最初は楽器になじむまで、ずっと一つのジャンルで修練を続ける。それから、別のレパートリーにトライしてみる。そうするとある時点から急に、楽器の使い道が、そして他人とのハーモニーの仕方が見えてくる。そうすると急に、技術的な自由度が増すのだ。

それは決して、何でも屋の「ジェネラリスト」になることではない。一専多能の「問題解決のスペシャリスト」になる道なのである。


<関連エントリ>
 →「組織のピラミッドはなぜ崩壊したか」 (2010-09-16)
 →「見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと」 (2016-04-04)
by Tomoichi_Sato | 2016-04-18 23:54 | ビジネス | Comments(0)

お知らせ:PMIのPodcastでわたしのインタビューが公開されました

お知らせです。

米国PMI(Project Management Institute)のPodcastシリーズ「PM Points of View Podcast: Advances In PM II - Beyond the PMBOK®」の最新の回で、わたしがインタビューを受けて話しています。内容は、わたしの博士論文のテーマである『リスク基準プロジェクト価値』(Risk-based Project Value)のイントロダクション的紹介です。

Podcastは、iTunesで“PMIWDC”で検索するか、あるいは下記のURLから入手可能です
https://www.pmiwdc.org/pm-pov/2016/04/advances-in-pm-part-2

このシリーズは、PMIのワシントンDC支部のKendall Lott氏が中心になって作成しているもので、PMOBK Guide® の枠を超えて最新のPM理論や手法を紹介するものです。PMIはいうまでもなく、全世界で40万人以上の会員を擁する、世界最大のプロジェクト・マネージャーの団体です。

この回では、わたし以外に、
Mike Hannan : 「the lean, single tasking PM」について
Joe Sopko : 「Managing Successful Programs (MSP)」のアプローチについて
のお二人のインタビューによる解説が含まれています。どちらも非常に興味深いものです。

わたしの部分は18分弱、全体で約1時間で、これを聴くことによって1 PDUが取得できます(登録方法についてはPodcastの中で説明しています)。

下打合せなしで、いきなりのSkypeインタビューだったため、たどたどしい英語でしゃべっていますが(ちょっと言い訳^^;)、わたしがお伝えしたいエッセンスが見事な編集によってくくり出されています。BGMの使い方もえらくカッコいい。他の二人の内容も素晴らしいので、最新のPMの進歩について関心を持つ方々に、おすすめします。無料です。
by Tomoichi_Sato | 2016-04-13 07:20 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

学ぶ時間をどうつくるか

前回は、中堅エンジニアがモチベーションを失わずに成長するためには、自分の専門分野以外にも学ぶべきことがある、と書いた。ところで、ここに重大な問題が立ちはだかっている。それは、企業人の学ぶ時間が、次第にうばわれているという事実だ。

普通の企業人は、年間どれくらいの時間を「学び」にあてているのか? 平成23年度調査によると、正社員の延べ受講時間平均は39.5時間だ、という(「人事マネジメント」2012年11月号・門田政己氏の記事より)。
http://www.acroquest.co.jp/company/press/2012/img/20121206.pdf

年間に39.5時間ということは、月にわずか3.3時間だ。週に1時間もない。これでは「学び」どころか、技術やスキルの維持さえおぼつかないではないか。しかもこの数値には、新入社員の集合研修の時間なども含まれている。中堅層だけを抜き出したらもっと少ないに違いない。

この数値の元になっているのは、厚生労働省の「能力開発基本調査」http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/104-1.html である。調べてみると、一番新しい平成27年度では、OFF-JTを受講した者の延べ受講時間平均はのっていない。ただグラフから推算すると、平均24時間弱となり、4年前よりさらに少なくなっている様子だ。また、これは正社員の話で、非正規雇用者への研修時間はもっと少ない。別の政府資料では、20歳代を比較すると1/3程度しかないらしい(「平成25年度年次経済財政報告」 http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je13/h03_01.html)。

わたしが若い頃に聞いた話では、英語を満足に話せるようになるには、だいたい700〜1,000時間の勉強が必要だということだ。もし年間24時間しか時間がないのなら、英会話を身につけるのに30年かかる計算だ。定年退職する頃、やっと海外で英語の仕事ができるようになるのでは、まるきり遅いではないか。

もっとも、上記はあくまでOFF-JT、すなわち座学による研修だ。これ以外にOJT(On-the-Job Training)を実施していると、企業側はいうかもしれない。ただしOJTの計画性はどうかというと、平成23年度調査で63%の事業所が「計画的なOJTを実施していると回答」したのだそうだ。逆に言うと、1/3の企業は計画性なきOJT、つまりまあ「俺の背中を見て育て」式の教育をしている訳だ。

こうした統計から分かる事が、一つある。それは、企業に人材教育をする余裕がなくなっている、ということだ。

人が成長するには、時間がかかる。年単位の時間がかかる。昨今の企業は、それを待てなくなっている。だから「即戦力」などという言葉が飛び交うのだろう。それを大学教育に要求したりもするのだろう。大学教育の側にもいろいろな問題はあろうが、マクドナルドのような作業標準化・マニュアル化の努力もせずに、自社の業務にさまざまな特殊性や例外を残したままで、外部労働市場に「即戦力」を求めるのは、どうかと思う。

こまったことに、研修費用を減らしても、バランスシートではすぐ分からない。株主もあまり文句を言わない。だが、それは組織の自滅への道である。まさに、貧すれば鈍す、だろう。

では、どうするか。答えは、自分で学ぶしかない、ということだ。

自分で仕事について学ぶ行為には、『自己啓発』という用語が使われたりする。ちなみに、さきの能力開発基本調査H27年版によると、正社員では年間に「『10時間以上20時間未満』 が20.7%と最も高い」のだそうだ。月に、平均1時間半程度である。これで十分だとは、みな思っていないだろう。だが自己啓発は自己負担が原則である。そんなお金は出せないよ、が正直な気持ちだろうか。

ところで、複数の知人に聞いた話では、米国ではよく大規模なベンダーコンファレンスが開催され、チュートリアルや研修セッションも同時に行われるが、こうした行事に自費で参加する米国人が、けっこう多いのだそうだ。通常は3〜4日で、参加費も高い。飛行機代・ホテル代もあわせれば、軽く2千ドル(20万円)以上はかかるだろう。それを自費で? ちょっと信じられない気持ちだが、彼らにとっては、それが自分の能力の保証になるから、なのだそうだ。まあそれがゆえに、多くのセミナーでCertificate(受講証明書)だのPDUをだしたりするのだろう。それが転職時に有利になるのかもしれない。

つまり、彼らは「学び」を自分への投資と考える訳である。株を買ったりするかわりに、自分に投資する。そして、学びに優る投資なし、とも言えるだろう。

わたし達は、なぜ学ぶのか。それは自分への投資だから、である。自己の価値を上げる唯一の方法だから。ここでいう自己の価値は、「社内の地位」とはまったく違う。会社に関わりなく、客観的に評価できる能力の意味だ。

では、何を学ぶのか? これについてはすでに書いた。専門分野も継続した学びが必要だ。そして、それ以外に三つ、視野に入れるべきことがある。

そして、どう学ぶべきなのか。ここでは、学ぶ時間に関して、いくつかのヒントを書いておこうと思う。

1.学ぶ時間は細切れにしてはならない

これが、第一の原則である。スキマ時間に学べる事には、限りがある。断片的記憶はすぐに忘れやすい。だから、集中して時間をとることが必要なのだ。

それを、何日間か継続すること。もし週1,2回しかとれないならば、何週間か継続する。また、本を読むときは、同じ分野のものを何冊か続けて読む。これはわたしが恩師から教わった事でもあった。

思考の成果の質は、集中して考えた累積時間に正比例する。集中できる1時間を2回確保するのと、5分間のスキマ時間を24回分つかうのでは、まったく結果の質が異なる。この原則を理解した方が良い。

2.学ぶ時間は自分で自分を予約する

いいかえるならば、「この日この時間は、学びのためにつかうぞ」と、カレンダー上であらかじめマークしておくのである。学びを、余った時間の中でやろうとしてはいけない(決して余らないからだ)。このやり方を、わたしは同僚のA氏に習った。時間の「天引き」という面白い表現を使う人もいる。給料の天引きと同じように、そこはもう自由裁量の中に入れないのだ。

これを実行するのに一番良いのは、先生について、先生の時間を予約することだ。そうすれば、自分の都合や気分だけでは簡単に変えられなくなる。あるいは、勉強会のような仲間との時間でもいい。一人だけでどうにかしようとするから、結局時間が確保できなくなるのだ。

3.学んだ時間を記録する

つまり、日誌をつける、ということだ。日誌は「日記」ではない。自分の時間の使い方、その実績を記録するのが日誌だ。そこに予定時間と実績時間を記録すれば、なおいい。こうすることによって、(空想ではなく)現実の自分を知ることができる。念のために書くと、これはちょっと恐ろしいよ。“俺ってこれだけしか役立つ時間をつかっていないのか”と、分かってしまう。食べ過ぎた後で体重計の上にのるようなものだ。だが、事実を見ることからしか、改善はスタートできない。

わたしは日誌をつける事を、自著『時間管理術』 (日経文庫)にも書いたし、いろいろなところでおすすめしている。日誌は一種の、時間の家計簿である。時間管理を上手になりたかったら、記録し対面することが不可欠だ。

ただし、時間管理の目的は、時間に吝嗇になる事ではない。それは「何もしない」時間をつくること、いいかえれば、学び考えるための時間を自分につくってあげること、である。その点を間違えてはならない。


最後に、わたし自身の体験をすこしだけお話ししよう。

わたしは2007年に、博士号の学位をとろうと、心に決めた。その動機については、いつか別の機会に書くこともあるかもしれない。テーマはPMである。

そのために社会人大学院に通うという方法もあったが、そうではなく、自分一人で論文をかく、論文博士の道を選んだ。これは、学位取得が会社の命令ではなく、まったくのプライベートの意思だったからである。そのため、平日に大学に通うなどもってのほか。すべて土日と、夜の時間にやるしかなかった。

ただしまったくの我流、徒手空拳ではさすがに難しい。月に一度、大学の先生のところに夜かよって、指導してもらうことにした。予約の時間はたいてい夕方6時半か7時である(まったく迷惑な人間だ^^;)。そして、自分が調べ考えたことを説明し、ディスカッションしてもらう。1回に1時間半程度。それから、学会誌の論文の書き方も指導してもらった(最低でも2本以上ないと、学位審査は通らないのだ)。

これを実行するために、自分用の時間記録のツールをあらたに作った。Excelマクロで、改良しながら今も使い続けている。日誌は以前から書いていたが、こちらはToDoリストと会議出張等の予定時間管理を融合させたツールである。

最初の1年は、インプット学習とアイデア創出だった。
次の1年は学会誌の論文投稿。つまりアウトプット学習である。
(言い忘れたが、学びには「インプット学習→アウトプット学習」の二段階がある。最初は知識を獲得し、つぎにそれを自分で使ってみて、はじめて身につくものだから)

最後の1年は学位論文の総まとめと執筆だった。3年目は勤務先でアルジェリアのプロジェクトにアサインされたり、法政大学の非常勤講師を依頼されたりして、けっこう繁忙だったが、なんとかやりとげることができた(まあ、ラッキーだったと思う)。

この間、わたしはできる限り、毎日机に向かうことを自分に課した。できれば一日1時間。酒を飲んで帰ってきた夜も、たとえ10分でも机に向かう。このために睡眠時間を削るのは本意ではないが、たぶん平均30分程度は減っていたと思う(わたしは7時間眠るのが理想だが、平日は6時間半が平均で、このときは6時間程度だった)。ほかに、自分がついムダに時間を使ってしまう「時間どろぼう」を見つけては退治し、やりくりしていた。

では、学位を取って、何かいいことがあったか? 会社のポジションや給料が上がったか? 答えはNOである。だってプライベートなチャレンジだったのだから、それは最初から承知の上だ。ただちょっと驚いたのは、博士号が会社の奨励資格リストに入っていないことだった。PMP資格を取得したり、TOEICで良い点を出すだけだって、奨励金が出るのに、ドクターは価値ゼロなんですかと、エレベーターで鉢合わせた人事部長にイヤミを言った記憶がある。

ただ、それでも学位取得後は、不思議な巡り合わせがいくつかあって、研究部会をはじめたり、出張先で思わぬ出会いがあったり、部署がかわったりと、公私ともにそれなりに大きく変化したのは事実だ。それが資格に直接関係するとは思わない。だが、自分の得た学びに、なにか機縁があったらしいと感じるのだ。それは学びの修了ではなく、新たな学びへの出発点だった。それと、家族の理解と精神的なサポートもあったことも特筆しておこう。

そうだ。だから、大事なことを最後にもうひとつだけあげておく:

4.応援してくれる仲間や家族をもつこと

一人だけで、学びは達成できない。わたし達は、お互いに成長を支え合うべき存在なのである。


<関連エントリ>
 →「見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと」 (2016-04-04)

 →「自分自身を予約する」 (2010-07-22)
by Tomoichi_Sato | 2016-04-10 19:25 | 時間管理術 | Comments(0)

わたしが花粉症の薬を飲まずにすむようになった、1日3分の簡単な習慣

今年は暖冬だったせいか、早くから花粉症がひどい、という声をよく聞く。さすがに4月に入ってピークは過ぎたと思うが、人によっては連休の頃までつらい思いをしている。わたしも例年そうだった。

ところで、今年に限って、わたしは1回も花粉症のアレルギー薬を飲んでいない。

昨年までは花粉症の季節が近づくと、耳鼻科医院にかかって薬をもらうのが常だった。わたしの場合、涙や鼻づまりもあるが、一番こまる症状は頭痛だった。だいたい昼頃からぼんやりと頭痛の予感が始まって、午後から夜まで続く。偏頭痛と違って、頭の深部ではなく表層に近いところが締め付けられるように痛むのだ。目も疲れる。おかげで半日、仕事にならなくなる。そうした症状は春だけでなく、秋にもアレルギー気味になる時期が短いけれどもあって、その時にも飲んでいた。薬箱を見ると何種類もためした跡が少しずつ残っている。エバステルとかエピナスチンとか。最後に飲んでいたのはフェキソフェナジンだったかな。あまり眠くならないのを探していたのだ。

今年、そんな薬を全く飲まずに過ごせているのは、1日わずか3分間の簡単な習慣のおかげだ。夜ねる前に、蒸しタオルで鼻を温めるのである。

わたしはこの方法を、整体師の先生から教わった。きっかけは昨年秋も深まった頃だった。海外出張から帰って今ひとつ体調が優れず、以前ぎっくり腰気味になった時に見てもらった野口整体の先生を、再び訪れたのだ。先生はちょっとわたしの背中や後ろ頭を見たり触ったりしてから、おもむろに「鼻が乾いているせいで、頭の血行が悪くなっていますね」という。え? 鼻が乾いてる? 「ええ。とくに左の頭の血行がとどこおっています。症状はそのせいです」

左頭っていったら、論理脳じゃないか! それで俺は数学が苦手なのか? いや、それは高校生の時からだし・・。ただ、右に比べて左の鼻が詰まりやすい傾向にあるのは事実だった。「どうしたらいいんでしょう?」

施術の後で、先生は言った。「寝る前に、蒸しタオルで鼻を温めてください。」それだけ? 「ええ。」

半信半疑だったが、ともあれ帰ってから、少しの間ためしてみた。しばらくは頭痛も出ず、楽だった。でも季節が過ぎたからかもしれない。冬の間は、とくに何もしなかった。そして1月も後半から、また周囲で敏感な人がアレルギーになりだした時期に、また寝る前に蒸しタオルで鼻を温めることを再開した。

蒸しタオルと言っても、まあ、おしぼりのようなものだ。ただ、普通の湯沸かし器の40℃くらいのお湯では、ぬるくてすぐに冷めてしまう。60℃くらいがいいようだが、お湯をいちいち沸かすのは面倒なので、わたしは電子レンジで1分前後チンすることにした。そして熱くなったタオルを、仰向けの顔の上にのせる。最初、鼻が乾いているというから、湯気が鼻腔を通るようにする必要があるのかと思ったが、鼻筋が温まって血行が良くなることが大事らしい。わずか3分。タオルを用意する手間をふくめても5分だ。

そして、最初はおっかなびっくり過ごしていたが、2月になり3月が過ぎても、いつもの頭痛がほとんど全くないので、これは本物だなと感じるようになった。外を歩くときはマスクをしている。花粉の多い日は眼鏡もかけて歩いている。くしゃみや涙もまあ、出るけれど、それほどひどくはない。でも頭痛がないことがわたしには一番ありがたい。

今年は花粉がひどいので、強い薬を飲んでいる、という人に会うと、最近はこの話をするようになった。もちろん、アレルギーは人それぞれだから、症状がこれでおさまるかどうかは分からない。ただ、たとえ20人に一人でも、それで楽になるのだったら、伝える価値はある。かりに効かなくても、ただの蒸しタオルだから、別に害にはなるまい。そう思うから、計画にもマネジメントにも全然関係ないけれど、ここに書くことにした。

ついでにいうと、(関係があるかどうか分からないが)整体師の先生のアドバイスがもう一つあった。「冬の間は水を飲みなさい」というのだ。え、水? 寒いのに生水ですか?
「そうです。水分を補充するんです」
水のかわりにお茶とか、ジュースとかじゃダメですか?
「ダメです。それじゃ乾きはおさまらない。」
あの、ビールとかは? わたしは希望を込めてたずねた。
「お酒はかえって身体が乾きます。だからアルコール類を飲むときは、必ず一緒に水も飲んでください」

これも、半信半疑ながら冬の間、実行した。毎日、机の上にはミネラルウォーターのペットボトルを置いた。今でもそうしている。

まだ花粉症に悩む方がおられたら、1週間くらい蒸しタオル法を試してみることをおすすめしたい。もちろん、これは一種の民間療法である。有効だという保証は何もない。だからat your own riskでトライしてください、と念のために書いておこう。それでも、たとえ20人に1人、いや2千人に一人でも、これで楽になる人が出るなら幸いである。わたしはこれを無償で書いている。だから、たった一人でも役に立ったという読者がいるなら、このサイトには十分に費用対効果がでるのだ。
by Tomoichi_Sato | 2016-04-07 22:16 | リスク・マネジメント | Comments(2)

見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと

先週の4月2日(土)に浜松市で、合同シンポジウム「サプライチェーン戦略とプロジェクト・マネジメント」を開催した。主催はOR学会・日本経営工学会・スケジューリング学会で、その配下にある「サプライチェーン戦略研究部会」(主査・日本IBM 米澤隆氏)と、わたしが主査を務める「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」が実行主体だ。

講演者には、倉庫管理システムiWMSの開発元として有名な(株)フレームワークスの渡辺重光会長と、ヤマハの曽根卓朗主席技師のお二人をお招きした。お二人の話はどちらも非常に興味深いもので、渡辺氏はロジスティクスとIoTの広範な展望を話され、曽根氏は通信カラオケの製品開発を題材に、生々しい体験をお話しいただいた。最後にパネル・ディスカッションを行い、わたしもパネラーとして参加した次第だ。

幸い大勢の方に来ていただき、立ち見が出そうになったので椅子を補充したほどだった。製造業の街・浜松でのこうしたテーマへの関心の高さを感じるとともに、遠方からおいでいただいた方々にもお礼を申し上げる。

ところで、なぜ「サプライチェーン」と「プロジェクト・マネジメント」という二つのテーマで、合同シンポジウムを企画したのか、その理由について少しだけ補足説明しておきたい。それは、このところずっとわたしが考えている問題と関連しているからだ。その問題とは、

中堅エンジニアがモチベーションを保って成長するには、何を学ぶべきか

という問いである。わたしはたまに、頼まれて、社会人向けの研修セミナーをすることがある。対象者の多くは、中堅のエンジニアである。実際には技術系に限らず事務系の職種も混ざるが、ここでは「エンジニア」と総称しておく。

中堅とは、年齢で言うと30代から40代くらいまでが中心だ。そろそろ「リーダー」的なポジションにつく頃である。たとえ課長係長といった中間管理職ポストではなくても、自分一人だけでなく後輩や部下を采配し、あるいはときに上司や関連部署を動かして、仕事を達成していかなければならない立場になる。

それは同時に、自分の持つ固有技術だけで勝負できにくくなる年代でもある。20代の若い内は、技術が身につくこと自体が面白い。できなかった計算ができるようになり、分からなかったことを知るだけで成長を実感できる。しかし、同じ技術職を5年、10年とつづけるうちに、ふと不安に駆られるようになったりする。不安とは、今の職場から外に出ても、業界で【専門家】として十分通用するか、といったことだ。その年代はまた、人を使うことの難しさにだんだん気がつくときでもある。

それでも、ユニークな上司や、理解力あるトップに恵まれれば、面白い仕事ができ、力を尽くせる可能性はある。曽根氏の製品開発など、まさにその例であったろう。中堅エンジニアこそ、まさにイノベーションの担い手である。

ただ、それはいつでも、誰にでもあるチャンスではない。中堅の取り組みは、しばしば上司や会社の仕組みという壁につきあたる。あなたが今の仕事をもっと良くしたいと考え、たとえば外部のセミナーなどに聴きに行ったとしよう。刺激的で、ためになる話を聞き、感激して上司に報告する。するとどうなるか?

あなたの上司は、あなたから学びたいとは思わないものである。部下が外で学んできた知識は、むしろ自分の「指導力」にとって脅威となる、とさえ感じるかもしれない。どんなに素晴らしい知恵を仕入れたとしても、それが上司のものの考え方や世界観にあわなければ、はじき返されるだけだろう。かりに上司がそれを受け入れてくれたとしても、会社のルールや習慣にあわない可能性もある。かくて、仕事のやり方を良くしたいという、あなたの意欲は満たされぬままとなる。

では、中堅エンジニアがモチベーションを失わずに、成長するにはどうしたら良いのか。専門技術を掘り下げるだけでは十分でなさそうだと、この層の人たちは感じている。だったら「リーダーシップ」や「人間力」を身につけろ、というのが世間の答えらしい。だがそれは、どうやったら身につくのか?

もっと年配層のベテラン達なら、「そんなのは理屈じゃない」「俺の背中を見て育て」、みたいなことを言いそうである。そいつはご遠慮するとしても(笑)、じゃあどうすべきか。ドラッカーでも読むべきなのか。だがそれも、一足飛び過ぎる。経営者でもないのに、経営論を読むのは面はゆい。それに、世に流通するリーダー像は、有名企業の経営者か、あるいは外資系コンサルタントとかベンチャー経営者ばかりだが、コンサルや起業家をめざすだけが人生なのか? あるいは、出世して経営者にならない限り、面白い人生はやってこないのか。誰もが社長になれるわけではないのに、経営者にならなければやりがいは満たされない、だから出世を目指せ、という人生観は、どこか間違っていないだろうか?

よく会社のトップは、「T字型人材」を求めるという話も聞く。T字型とは、縦と横の二本線からなる形だ。縦の棒は専門分野を狭く深く身につけ、横の棒はいろんな分野を広く浅く知っている状態を表す。つまり、一つの専門分野をきちんと習得しスペシャリストになった上で、異なる分野についてジェネラリストたるべし、ということらしい。これは(理由は長くなるので書かないが)日本の組織が求める一つの典型的人材像である。だが、横の棒を張り出すための勉強は、どうやるのか? まさか百科事典を、はしから読むわけにもいくまい。
e0058447_21193615.jpg

これが、現代の日本の中堅エンジニアが直面している、典型的な問題ではないだろうか。自分は個人として成長し、また組織人としてもキャリアを伸ばしたい。だがなんとなく、仕事で見えない壁に直面している。自分は何を、どう学ぶべきなのか。

日本の産業を実際に支えているのは、中堅エンジニア層である。日本を元気にしたかったら、この人たちに元気になってもらうことを考えるべきだ。モチベーションを維持し、成長する方途を示す必要がある。

わたしは、中堅エンジニアが学ぶべき二つのことがあると考えている。

一つ目は、仕事に対するマクロな視点、「仕組み」の理解を持つことである。自分の専門領域というミクロな視点だけではなく、自部署や自社を含んだ、モノとサービスと情報の流れる大きな仕組みを、理解する能力。すなわちサプライチェーンの理解である。わたし達が問題や壁に直面したとき、目を近づけてミクロに解決の穴を探すより、ずっと上から大きな視点で問題構造を理解し、無意識に抱えていた余計な制約条件を外した方が、より根本的な解決策を得ることが多い。だから、サプライチェーン(生産管理や生産計画なども含む)を知ることで、マクロな仕組みを見る力を養うべきである。

もう一つは、仕組みの変え方、人の動かし方の視点だ。こちらは、プロジェクト・マネジメントの理解である。プロジェクトとは、新しいことにチャレンジする際の、人と協働するための方法論である(もっと厳密に言うと、「プログラム・マネジメント」の領域も関連するが、その話は省略する)。ちなみにヤマハの曽根さんは社内的に不本意な状況にあったとき、通信カラオケという(ある意味で卑俗に思われる)製品開発プロジェクトに取り組むことで、自分のモチベーションを維持した。そしてパートナー企業からプロジェクト・マネジメントの技術を学んだことで、自らのリーダーシップを強化できた、という。

サプライチェーンと、プロジェクト・マネジメント。エンジニアは、固有技術を一通り身につけたら、この二つを学ぶべきなのだ。だからこそ、この二つをテーマとする合同シンポジウムを、製造業の街・浜松で企画しようと思い立ったのである。

さらにいうと、三つ目の要素もある。それは、一種のソフト・スキルで、わたしが「チャレンジのOS」とよぶものである。OSとは、体系化された思考と行動の習慣、という意味だ。近著「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 ~グローバルなチャレンジを成功させるOSの作り方」では、これを「S + 3K」と表現したが、中核のSは『システムズ・アプローチ』である。
e0058447_2121227.jpg

ただし、こうした知識は、読む・聞くだけでは十分ではない。実践しないと身につかないからだ。実践すれば、必ず問題にぶち当たるだろう。それをどう超えていくか、ここをサポートする方法論が必要だろう。目に見えづらい問題、正解のない問いに取り組んでいくためには、自分の問題を言語化して、他人と共有する場があった方がいい。問題を他人に話せるくらいに自分の頭を整理できれば、解決に半分近づいたようなものだから。つまり、中堅エンジニアのための、互いの学びの場が必要だということだ。

シンポジウム開催は、その一つの取り組みだった。わずか半日のシンポジウムで得られる知識の量は、限られているが、むしろいろんな人と出会える機会の方が貴重である。こうした場を作り続ける努力が必要なのだろう。高井英造先生が東工大CUMOTで主催されてきたサプライチェーン・マネジメントに関する社会人研修コースも、その取り組みの一つだろうし、わたしが今年度から客員教授としてお手伝いすることになった、静岡大学の大学院MOT(事業開発マネジメントコース)もその一つではある。

ただし、継続的に大学などに通うには、時間も金銭的にも負担が大きい。こうした形以外にも、もう少し取り組みやすい形が必要なのではないか。また以前も書いたように、成長のための仕組みには、『報償系』の存在も大事である。MOTによる修了証書授与以外に、なにか考えられないか。

それがどのような仕組みであるべきかは、わたし自身もまだ模索中だ。ただ、わたしのこのサイトが、なぜプロジェクト・マネジメントとサプライチェーンの二つのテーマを中心としているのかは、お分かりいただけると思う。わたし自身もまあ、会社員として何度も壁にぶち当たる経験をしてきた訳だが、このサイトで文章を編み出しながら自分の考えをまとめることで、少しずつではあるが自分を精神的に保ってこられたように思う。

わたしのこのサイトは、そうした意味で、これから新しい仕組み作りにチャレンジする人、仕事のあり方をかえたいと願っている中堅エンジニアのために、役立つものとなっていきたいと考えている。そのためには、本サイトの構成も、さらに変わっていくべきかもしれない。SCMもPMも裾野の広いエリアにもかかわらず、具体的に、生産管理とは何かとか、WBSはどう作るかといったコンテンツを提供しているサイトは、意外なほど少ないからだ。

そしてシンポジウムの最後でご紹介したように、わたし達は研究部会で「PM教育のためのシステム」構想にとりくむつもりである。わたしが『システム』 というときは無論、コンピュータ・ソフトだけではなく、それを含む大きな「仕組み」のことである。こうした模索に対し、心ある方々の応援や協力をいただけるならば、これほど心強いものはない。
by Tomoichi_Sato | 2016-04-04 21:24 | 考えるヒント | Comments(0)