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クリスマス・メッセージ:幸せな人

Merry Christmas !!

ちょっと前、電車の中で広告を見た。まだ年若い、南アジア風の女の子の写真に、

 「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」

というキャプションがついている。途上国で、女性に生まれたが故に差別的な境遇におかれている、そういう子供たちを支援する活動の広告のようだった。

人種・性別・肌の色など、自分で選んだわけでもないことで、社会的に不利益な状態におかれるのは、不公正だと、わたしは考える。広告主も、それを訴えたかったのだろう。だが、この広告を見たとき、わたしの心の中に浮かんだのは、まったく別のことだった。

 「ああ、マリアさんだ。」

そう、思ったのである。

マリアさんは、当時のパレスチナ風の発音では、ミリヤムとかいう感じになるのだろう。後に『キリスト』という称号で知られるようになるイエスの、お母さんである。当時のユダヤ人社会の慣習では、13, 4歳で結婚するのが普通だった。彼女もそうだったはずだろう。

ところで、この年若いマリアさんに子どもができた。まだ、正式な結婚前である。婚約者だった大工のヨゼフは、そのことに気がついた。気づいて、非常に苦しんだに違いない。当時の法律では、既婚の女性の姦淫は、石打ちの刑、すなわち死罪である。結婚式の前でも、結納金をおさめて婚約したら、もう既婚に準じた扱いをされる。ふつうなら、刑に処されても仕方がない。だがヨゼフは心優しい人だったので、婚約者がそのような目に遭うことを望まず、ひそかにマリアと別れることにした。密かに公証人を買収して、彼らの婚約を無効なものにしてもらおうとしたのかもしれない。

ところが、そう決心した日の夜、『マタイ伝』によると、ヨゼフの夢枕に天の使いが立つ。そして、彼にこう告げるのである:“心配するな、ヨゼフ。マリアを嫁に迎えろ。あれは聖霊によって身ごもった子だ・・”。目覚めたヨゼフは、その忠告通り、マリアさんを嫁に迎える。

一方、別の伝記『ルカ伝』によると、話はもっと華麗で劇的である。天使は、ヨゼフではなくマリアさんのところに現れる。それも、昼日中やってくるのだ。もっとも、今のわたし達は、天使と聞くと背中に羽の生えた人をすぐ想像するが、これは後世の絵の影響で、当時は普通の人間と同じ格好をしていると考えられてきた。

さて、その神の使いは、扉を開けるなり、“おめでとう、マリア。神はあなたとともにおられる。あなたは祝別された女性で、御胎内の子も祝別されている”、と挨拶する。マリアさんはこの言葉を聞いて、“なんじゃこりゃ。何事なんだこの挨拶は?”、と思った−−かどうかは知らないけれど、何かただならぬことは感じたらしい。それでも、彼女はつつしみ深く賢い女性だったので、「わたしは神様のしもべです。お言葉のとおりになりますように。」と答えるのである。

このときマリアさんが、そうだ、この子を産もう、と心に決めなかったら、その後2000年の西半球の歴史は、がらりと変わっていたにちがいない。それくらい大きな決断を、この人は下すのである。

天の使い(その名もガブリエル=『神の人』)は、生まれる男の子に「ヨシュア」という名前をつけるようにいって、去って行った。ヨシュアは『神の救い』という意味で、彼女の住んでいたガリラヤ地方の方言ではイェシューという風な発音になる。のちにギリシャ語→ラテン語を経て、今日の日本語ではイエスと発音されている。英語では似ても似つかぬ、ジーザスみたいな発音になる。

さて、マリアさんはその少し後、親戚のエリザベトという女性におめでたを祝福されて、「わたくしのたましいは主をあがめ」ではじまる、有名な長い賛歌を歌った、とされる。とても立派で美しい詩である。農村の十代の娘が、そんな詩を即興で歌うわけがないじゃないか、第一、伝記作家ルカはその場で見ていたわけでもないし、などと言ってはいけない。それは、古代の宗教的伝承を、まるでジャーナリストか研究者の報告のように読みたがる、今日のわたし達の誤りだろう。昔の人は、そうであったろうと信じた。それだけのことだ。

その賛歌の中で、マリアさんは、「後の世の人は、わたくしを幸せな女と呼ぶでしょう」といっている。きっと、うれしかったのだろう。ほかに、「権力あるものをその座から引きずり下ろし」などと、不穏なことも言っている。今日だとテロリスト扱いされるかもしれない(笑)。

その後は、よく知られている話だ。ローマ皇帝アウグストゥスの命令で人口調査と戸籍登録が行われ、マリアさんは夫の一族の本籍地ベツレヘムに旅しているさなかに、子どもを産む。旅館が満員で泊まれず、生まれた子どもは飼い葉桶の中に寝かされる・・。やがてその子は成長すると、布教をはじめ、宗教活動で大勢の人をひきつけるが、最後には首都エルサレムの権力と、正面から激突する。


現代トルコの地中海沿いに、イズミールという古くから栄えた都市がある。そこからバスで1時間ほどいったところに、エフェスと呼ばれる小さな町がある。’90年代のはじめ、まだ第一次湾岸戦争が終わって間もない頃、わたしはつれあいと一緒に、その地を訪れたことがある。いくつかの古い遺跡のほかに、「マリアの家」といわれる古い石造りの建物があった。最古の部分は1〜2世紀にさかのぼるという。そこは、マリアさんが生涯の最後の日々をすごした場所だと伝えられている。

マリアさんの後半生は不明な点が多い。東方教会の伝承では、エルサレムで亡くなったと言われている。西方教会は、その点はあいまいである。ただ、亡くなる直前のイエスによって、近くにいた一番年若い弟子と養子縁組することになり、その弟子とともにエルサレムから難を逃れたとも考えられる。カトリックの正統教義では、たしか聖母マリアはその身体ごと昇天したとされているはずだから、もちろん墓は存在しない。ただ、地中海のいろいろなところに、マリアさんが逃れてきたという伝説があるだけだ。

エフェスの「マリアの家」では、トルコのイスラム教徒たちも大勢訪れていた。なんでも聖典「クルアーン」(コーラン)に女性で唯一名前の出てくるのが、マリアさんなのだという。だからムスリムからも尊敬されているらしい。

後の世はきっとわたしを幸せな女と呼ぶでしょう、と歌ったマリアさんが、その晩年に自分の生涯を思い起こして、幸せだったと思ったかどうかは、わからない。身重で長旅に出て、旅先の陋屋で出産。その後も、王の迫害を避けるために、小さな赤ん坊を連れて、はるかエジプトまで亡命したといわれる。故郷に戻った後も、夫ヨゼフには早く死に別れ、女手一つで子どもを育てなければならなかった。苦労して育てた息子はしかし、大工職を継がずに宗教活動にこって出奔。仲間を連れて国中を放浪する。そして、最後はローマ帝国への反逆者として、十字架という残酷な刑罰に処せられ、彼女の目の前で息を引き取るのだ。その後も、彼女は迫害を逃れ、さらに祖国の独立戦争と敗北の混乱の中を、年若い弟子とともに逃げ回る・・。ふつうにいう幸せな人生とは、ずいぶんへだたりがある。

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<エジプトへの逃避行。ティントレット画(部分)>

では、マリアさんは、自分の人生は無価値だったと思ったろうか? −−そんなことはあるまい。わたしはそう、信じている。彼女の人生は、とても大きな価値があった。そのことだけは、確信があったにちがいない。

だとすれば、幸せであることと、価値があることとは、すこし違うのだ。たいていの人間は、よりよく生きることを望む。より良く、とは、幸せであったり、価値があったりすることだ。

わたし達は、自分が大切に思う人には、それが親兄弟であれ子どもであれ恋人であれ、“幸せであってほしい”と願う。それは自然なことなのだろう。「幸福を追求する権利」は天賦の人権の一部である、という思想もある。

でも不幸せだからと言って、無価値ではない。幸せか不幸せかは、感じ方の問題でもあろう。生涯の最後の時に、自分の人生には価値があった、と感じられることが、本当の意味では一番幸せなのかもしれない。それは、逆の場合を考えてみれば分かる。生きている間、どんなにお金や、才能や、境遇に恵まれたとしても、死ぬ前に「わたしの人生は無価値だった」と感じたとしたら。残された人たちは、“かわいそうな人だった。せめて故人の魂に平安あれ”と、思うのではないか。

価値とは、考え方である。価値の大きな部分は、人と人とのつながりからできている。そしてもう一つ。価値を生み出すためには、勇気のある決意が必要なのだ。だからそれは、信念の問題でもある。

世界が多少は静かになるこの季節に、わたし達ももう一度、自分にとっての価値とは何かについて、落ち着いて思い巡らせてみるのもいいかもしれない。そのためには、平和な時間が必要だ。そして、自分にとってかけがえのないことについて、少しばかりの勇気をもつべきなのだろう。それは今から二千年前、西アジアの片隅で、ある幸せな決意をした若い女性が、生涯をかけて信じていたことではなかったろうか。
by Tomoichi_Sato | 2014-12-23 15:48 | 考えるヒント | Comments(0)

書評: 「我が国文化と品質」 圓川隆夫・著

我が国文化と品質―精緻さにこだわる不確実性回避文化の功罪 (JSQC選書)(Amazon.com)


薄くて小さな本だけれど、驚くほど内容がつまっている。著者は東工大教授で、日本の経営工学会の重鎮だ。専門は生産管理、品質管理、そしてSCM。長年の卓越した功績で、2013年には紫綬褒章を受章されている。

本書は日本規格協会からでているJSQC選書の一冊である。この選書では、以前、飯塚悦功「Q‐Japan―よみがえれ、品質立国日本 (JSQC選書)」を読み、そちらも非常に面白かった記憶がある。品質管理というと、どうしても工場の生産ラインにおける品質測定とか統計的管理ばかりを思い出しがちだし、また他方、ISO9000のQMSという文書手続き主義が連想されるケースも多いと思う。しかし現代の品質管理学は、むしろ設計段階における『前向き品質』をどう確保するか、という方向にむかっている。そこでキーになる概念は、“品質とは顧客の期待を満たす程度である”という、顧客基準の品質の考え方だ。

著者は長年、企業の顧客満足度(Customer Satisfaction = CSと略す)の調査を行ってきた。世界の国別の「国際競争力ランキング」を、スイス国際経営研究所(IMD)が毎年発表しているが、日本は「CS重視の経営」の項目ではつねにトップにランクされており、日本企業の強みとなっている(p34)。ところで、顧客満足度CSについてはマーケティング理論でいろいろなことを言われているが、その一つに「CS向上は再購買や売上増に結びつかない」という主張がある。

しかし著者は長年の継続調査を通して、企業製品のCS度は、景気の良さに逆比例する、という法則性を発見した。景気が良くなると、人々の期待度合いが上がり、相対的に同じ製品でもCSが下がってしまうのである。グラフを見ると、バブル期にはてきめん、CSが下がる。そこで、CS測定での経済変動バイアス指標は、株価で補正するのが一番簡便で良い、という。そして、こうやって補正したCS値をつかうと、CSは明らかに企業の売上・利益と相関する(p96)し、再購買や売上増に結びつかない、という論調も否定される(p97)。やはり、顧客の期待に応えること、いいかえると、「品質の高い製品づくりは、企業の業績を向上させる」ことが、科学的・客観的に明らかになったのである。これこそ、工学研究の威力であろう。

ちなみにCS調査は、個別の製品や企業単位だけでなく、国家レベルの測定の試みもある(p99)。1989年にスウェーデンではじまったもので、企業に対するCSを測定し、それを業界単位で集計し、最後に国レベルの平均値をもとめるものだ。現在では米国・欧州・アジアに広まっているが、残念ながら品質管理の本家だったはずの日本には、公的機関による取り組みがない。著者の研究室では独自調査を元に、「日本の顧客満足度」を集計し、他国と比較している。そこからわかったことは、CSの国際比較で我が国は著しく低い、という事実だ(p102)。米国や北欧諸国は国レベルのCSが高いが、日本の消費者は、質に対して厳しいのである。

話はさらに広がる。国レベルでの顧客満足度のみならず、じつは、「生活満足度」あるいは「幸福感」も、世界的な統一基準で定期的に測定され、多くの研究がなされている(p107)。そして日本は、幸福感においても、世界の中でかなり低い方だ。

面白いことに、豊かな国の方が幸せか、というとそうでもない。年間所得が15,000ドルを超えると幸福感と所得に相関がなくなるのだ(p108)。日本の幸福感はGDPが10倍になっても一定に推移しているおり、CSはバブル時代に下がったが、幸福感はかわっていない(p112)。なお、中南米諸国の幸福感は一様に高く、旧共産圏は一様に低い、という(p110)。

さて、著者はホフステードによる文化の国際比較研究に着目する。ホフステードは'70年代にIBMの全世界の従業員を対象とした調査から、国別の文化の特性を数値的に抽出する研究分野を創設した人で、彼の主著「(多文化世界 -- 違いを学び未来への道を探る 原書第3版)」は、グローバルに活躍したいと思うビジネスマンの必読書だ、と著者は言う。(ホフステードの国際文化比較は「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」入山章栄・著でも取り上げていた)

ホフステードは文化を測定する要因として、「権力格差」「個人主義」「男らしさ」そして「不確実性回避」の4つの傾向をあげる。ところで、上記の「幸福感」をホフステードの文化要因で相関分析をかけると、説明因子として「不確実性回避」だけが残り、負の相関を持つことを著者は見いだす(p110)。不確実性を避ける傾向が強い文化ほど、幸福感が低いというのだ。

不確実性回避のスコアが高いのは、ギリシャ、ポルトガル、そして日本である(p50)。この3カ国に共通するのは何か? 考えてみれば分かるが、財政破綻である(^^;)。その因果関係は不明だが。なお、ドイツなども西欧諸国の中では比較的、不確実性回避傾向が高い。不確実性回避が弱いほど、自己肯定文化である(p129)が、日本人はいつも一種の自己否定的(self-criticism)であるというのもうなずける話だ(p60)。日本は世界最高の長寿なのに、世界の生命保険の約2割を買っているのである。

ところで、日本人があいまいさに不寛容だ、といっても、その対象は物(キズ)や時間(遅配)などに対して、である。思想や概念に対しては、逆に淡白である(p59)と著者は指摘する。これは非常に鋭い指摘だと思う。目に見えるものに対してはシビアだが、目に見えにくい、抽象的なものには関心がない。日本人の強みは「あいまいな状況でも先に進める」(飯塚悦功東大教授)という説もあるくらいだ。

概念・思想があいまいでも前に進める、ということが、「マネジメント不在でも現場が何とか出来る」企業文化を生んでいる(p134)。これが現代日本の抱えている大きな問題なのだ、というのが著者の主張である。その証拠に、前述したIMD国際競争力ランキングで、日本の弱みとしてあげられているのは、つねに「トップマネジメントの効率性」(p34)なのだ。

さて、我が国のよって立つところはものづくりにある、と著者は考える。それをもたない香港やシンガポールとは、国の戦略を全くことにするはずである(p117)。しかし、「競争優位戦略」で有名な経営学者ポーターも指摘するように、日本での失敗産業はほとんどが政府主導の形で進められた。その代表例が
・政府による共同事業化(航空機)
・合法カルテル(化学)
・免許による海外参入規制(銀行)
・補助金(ソフトウェア)
・輸入制限(チョコレート)
などだ(p76)。政府に頼って産業育成、という方程式は今やもう、役に立たないのだ(政府は「武器輸出」で同じことをまた、やろうとしているようだが)。

では、どうするべきなのか。

企業経営理論はそれが考案された国で有効なだけで、超優良企業への道は一つではない(p46)と著者は言う。そこから著者は、得意分野であるSCMの分析に話をつなげていく。著者はSCMロジスティクススコアカード(LSC)を考案し、これを武器に、企業のSCM性能と財務データの関係を測定した。その結果、SCM組織力が高いほどROAは高くなることが明らかになった(p126)。

しかし、強い「不確実性回避」の傾向が、企業のSCM組織力を低くしている(p129)。そして、驚いたことに、SCM組織力の低い状況では、IT活用度が高まると、逆にROAは下がってしまうことが分かった(p127)。この事実は非常に衝撃的である。ふつうは、IT投資を活発にすれば、企業業績向上につながる、とコンサルタントは口をそろえるのだが、SCM組織力が低い企業では、逆の結果になってしまう、というのだ。他方、著者の調査では、海外ではICTの活用がSCMの経営戦略とリンクしたものになっている(p130)。

したがって、日本企業のチャレンジすべき大きな課題は、SCM能力の向上だという結論になる。ちなみに、同一企業内で調査しても、SCM組織力の自己評価は、現場に近い人ほど低く、トップマネジメントほど高い。つまり、認識にギャップがあるのである(p131)。そして、認識ギャップが小さいほど組織成熟度は高くなることを、右下がりの非常にきれいな相関グラフとしてデータで示している(p136)。

顧客の期待を考え、顧客満足度を高めることを目指すこと。そのために、SCM能力を高め、サプライチェーンの見える化を進めること。そして何より、トップと現場の、自社の能力に関する認識ギャップをなくすこと。それを推進できる人材を育成すること。こうした地道な一歩一歩の努力により、日本らしい特性を生かしたものづくりのアイデンティティを復活できる--これが著者の示す処方箋である。

目に見える物事には極度の精緻さを要求する。しかし目に見えぬ概念やシステムには無頓着である。この現代日本の傾向が、「過剰品質でありながら、顧客の期待に合致するという意味での根本的な質を欠いた製品群」を生み出している。高品質なのに低品質である。この矛盾にわたし達は早く気づくべきなのだ。

顧客満足度と業績の関係などは、言葉のレベルならばどんな議論も可能だ。だが数値的な根拠を示しながら思考を進めていけるのは、まさに経営工学という学問の威力である。本書は4年前の発刊だが、その後もブランドバリューなどに関して、従来の常識をくつがえす発見を続けられていることを、最近著者から伺った。次の本が楽しみである。もちろん本書も、非常に面白い。強く推薦する。
by Tomoichi_Sato | 2014-12-17 23:41 | 書評 | Comments(0)

『プロジェクト・アナリスト』はなぜ必要か

わたしが「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」を立ち上げたのは、3年半ほど前のことだ。2011年の5月、まだ東日本大震災と原発事故の余波がさめやらぬ頃で、毎日、小さな余震におびえ、計画停電という名の不便を皆が強いられていたときだった。スケジューリング学会会長(当時)の八巻・静岡大教授と、慶応大学の松川教授のご支援をいただいて、隔月に慶応三田キャンパスで勉強会を開く、今のようなスタイルに落ち着いたのはその年の秋頃だったと記憶する。第1回目は、発起人として、「リスク確率にもとづくプロジェクト評価と合理的意志決定の基準」という基調講演をした。内容は、その前年に出した自分の学位論文が中心で、数式だらけのOR的研究だが、なぜこんな研究部会が必要なのか、どうして長ったらしくて聞き慣れない会の名称をつけたのか、についても触れている。

それは、『プロジェクト・アナリスト』という職種の確立が必要で、そのためにはプロジェクト価値分析手法の研究が喫緊の課題だと信じたからだ。

設立趣意書には研究部会の目的として、次の三つの項目を挙げた:
・プロジェクトと、その上位概念であるプログラムの、価値・スケジュール・リスクなどの客観的分析と評価手法を工学的に確立する
・これにより、組織におけるプロジェクト/プログラムの意思決定に資するとともに、「プロジェクト・アナリスト」の専門職域を新たに構想する
・現実のプロジェクト/プログラムの事例検討を行う。それを可能にするクローズドな場をつくる

3年たった今、研究部会の活動を通して、これら目的の実現に少しでも近づいたかというと心許ないが、目指しているものは間違っていないと、今でも思う。プロジェクトには、第三者としての専門家であるアナリストが必要である。プロジェクトの上位概念であるプログラムにも、しかり。アナリストの仕事は、プロジェクトやプログラムの計画や遂行状況を客観的に分析し、その価値とリスクを評価し、進めるなり止めるなり(あるいは強化するなり)の提案をマネージャーおよび経営者層に対して、行うことだ。

なぜ、第三者が必要なのか? 経営者と、プロジェクト実行の当事者であるプロマネがいれば、意思決定には十分ではないか。プロマネ以上に、そのプロジェクトの全体像について詳しく理解しているものがいるだろうか。経営者以上に、その組織における判断に適任な者がいるだろうか。だとしたら、なぜ、知識においてはプロマネに劣り、判断において経営者を超えられぬ第三者をつれてこなければならないのか。そう、思う人も多いだろう。

その理由は、「プロジェクトは賭けである」からだ。大きな労力と、費用と、時間とを投資した賭け。それをやりぬくには、夢とパッションが必要だ。だから良きプロマネは、例外なしに情熱の人である。かりに見かけはクールで冷静でも、内なる確信と熱意を秘めている。そういう人でないと、大きなプロジェクトは、やり通せない。つまり、プロマネとは職業的楽天家であるということだ。

そして『賭け』である以上、失敗するリスクもある。誰もが絶対成功するなら、それは賭けとは言わぬ。先の見えている、ただの日常業務に過ぎない。十分に見通せないから、リスクがある。

リスクのある使命に、楽天家であることを職業的に義務づけられている人が任命されたら、どうなるか。答えは簡単である。「何とかやり抜きます」という発言だけが、かえってくる。「この仕事はやる意味がありません。止めさせてください」とは、口が裂けても、いえない。それはギブアップ宣言だからだ。つまりプロジェクト・マネージャーとは、自分で決して仕事を止められない職業なのだ。

止める・止めないといった大げさな話でなくても、同じだ。プロジェクトがある段階まで進んだとしよう。いつ、その仕事は完成するのか。完成したときにコストは予定内に納まるのか。そう、経営者が問いかけたら、情熱を持ち自信家のプロマネほど、楽天的な答えを返す。大丈夫です、今はちょっと遅れているけれど、かならず予定通りに終わらせます。予算だって、きっとプラスにして見せます−−。もし同僚が、前の類似プロジェクトではこれこれのトラブルがあったから、同種のリスクに気をつけた方がいい、と進言したとしても、プロマネはこう言い切るだろう:「自分だったら、そんなドジは踏まない。」

これが、有能で責任感の強いプロマネ達の危険性なのだ。彼らの元では、プロジェクトの問題は最後の段階にならないと表に出ない。能力の低いプロマネが、プロジェクトをひどい状況に陥れている場合、危険は誰の目にも見えて明らかだ。一日も早く交代させて、プロジェクトを立て直すか、いっそ中止させるべきだと、皆が思う。だが優秀なプロマネが多いほど、組織は大きなリスクという爆弾を抱え込むことになる。リスクの一部は押さえ込んでくれるかもしれぬ。だが全部は無理だろう。

うまくいっていないプロマネを交代させ、意義の薄いプロジェクトをキャンセルするのは、本来、プロジェクトの上位に位置するプログラム・マネージャーの仕事だ。もし、そういう人が組織にいるならば、だが。しかしまあ、わたしの知る限り、ほとんどの日本企業には、そんな役職者はいない。民間企業のみならず、政府官庁にも地方公共団体に外郭団体にも、まず、いない。

その結果、何が起こるのか。わたし達はもうそれを十分知っている。誰も使わぬ空港、誰も通らぬ高速道路が、それだ。民間企業の中にも、作ったが使われぬ情報システム、開発したが売れない新製品などがごろごろしている。それに投資したお金も労力も、まったくリターンを生まない。お金の使い方には、「生きた使い方」と「死んだ使い方」があるが、こうした失敗プロジェクトは明らかに後者である。後には借金が残るだけだ。

だから、第三者による冷静なプロジェクト評価が必要なのである。そのための専門家を、企業も、官庁も、社会も、必要としているのではないか。

わたしの働くエンジニアリング業界では、プロジェクト・マネージャー(PM)以外に、チームの中にプロジェクト・コントロール・マネージャー(PCM)という職種を置く。PCMはプロマネを補佐する立場で、プロジェクトの三大要素:コストとスケジュールとスコープについて、ベースライン計画を作成し、進捗と出費を集計し、予実管理を行う職種だ。通常、経営者に対する報告は、全体の責任者であるプロマネが行う。

ところで欧米企業の中には、このPCMが直接、プロマネとは別に、経営者に報告をあげるシステムをとっているところがある。つまり、プロマネとPCMから、二重に報告を受ける訳だ。なぜこんな仕組みを作るのか。それは、計量管理の専門家であるPCMに、プロマネの情熱や主観のバイアスをはずした、客観的な状況報告をしてもらうためだ。こうして経営者は複眼でプロジェクトを見るのである。

複数の視点から立体的に物事を見る。これは”Structured Approach”と呼ばれる態度の一例であり、欧米人はこのアプローチにたけている。とくにイギリス人は、客観的な第三者をつかってチェックするのが好きだ。一種の三角測量であろう(人によっては、いや、あれは英国文化の根強い人間不信が生み出した悪弊である、と主張するかもしれないが)。

ただし、プラント業界におけるPCMには、欠けている面がある。それは、プロジェクトのコストは集計するが、ベネフィットは評価しない、という点である。今作っているプラントが、完成後、誰にとってどのようなベネフィットを生み出すのかは、PCMの職務範囲の外だ。だが、コスト(費用)を見てベネフィット(便益・効果)を見ないのでは、結局、経営判断において半面が抜けてしまうではないか。プロジェクトは賭けであり、投資である。だったら、投下費用に対するリターンがあって、はじめてその価値が測れるはずだ。

念のために書いておくが、ベネフィットとは、プロフィット(利益)ではない。長年、受注型ビジネスの世界にいると、この両者の区別が分からなくなってしまいがちだが、それは最終ユーザーの視点を忘れてしまうからだろう。プロジェクトは、何らかの施設や仕組みを作るために実行される。もう少し抽象化した言い方をすると、プロジェクトは、組織がなんらかの『能力』を得るために行うのである。工場ならば生産能力を得る。新製品ならば、市場開拓能力を得る。ベネフィットとは、こうして得られた能力の価値を表している。

では、通行料を取らない、普通の橋をかけるベネフィットは? 無料なのだから、何も価値を生み出さないではないか? −−そんなことはない。交通工学によれば、地域間を行き来する交通量(トリップ数)は時間距離の2乗に反比例して増大する。橋ができて近くなれば、交通が増え、それは経済活動や通勤・通学などの社会的便益を生み出す。そしてそれは、きちんと計算できるのである。

もちろん、プロジェクトの便益は、そうした金銭で換算可能なものばかりではない。プロジェクトを通して得られる経験値とか、人材の成長とか、無形の便益もいろいろある。それら便益を総合し、投下する費用・時間との対比を通じて、プロジェクトの価値が評価できるのである。そして、このようなプロジェクト価値評価を客観的に行う専門職として、『プロジェクト・アナリスト』が望まれるのだ。

ところが、現在のプロジェクト・マネジメント学には、この価値評価理論が欠けている。せいぜいあるのは、金融工学におけるDCF法によるNPV・IRRとか、さらにCAPM理論やリアル・オプション理論だが、あいにくプロジェクトのダイナミクス(動力学)や内部構造までは、切り込む力が弱い。そもそも、金銭面しか測れない。だから、プロジェクト価値評価の研究が必要であり、それがために研究部会を立ち上げたのである。

以前も書いたとおり、プロジェクトの成功を、「スコープ・コスト・スケジュールを満足させたか」だけで測ることに、わたしは基本的に賛成しない。それは成功の一部でしかない。本当の成功というのは、「プロジェクトが大きな価値を生み出すこと」であるはずであり、プロジェクト・マネジメントの仕事とは、「プロジェクト価値を最大化すること」でなければなるまい。プロジェクト・アナリストの仕事は、それを助けることなのである。プロマネの仕事を経営者の仕事にたとえると、プロジェクト・アナリストの仕事は証券業界のアナリストにたとえられる。自分でチームを統率し実行するのとは、別種の能力がそこには求められる。

今、わたし達の社会は、経済の低成長に悩んでいる。GDPを押し上げるには、国内投資が必要である。民間企業が国内に投資しないので、公共投資がそれを引っ張るべきだという議論がある。経済成長とは、お金が貯まることではなく、お金が回ることだからだ。だが投資には、生きたお金の使い方と、死んだ使い方がある。車の通わない橋、旅客の来ない空港をいくら作っても、そんなプロジェクトには「価値がない」。しかし、現在の経済理論は、その区別を無視しているように思える。あるいは、うまく区別できずにいる。

わたし達の社会が、投資を有効に行うためにも、プロジェクト・アナリストの職域確立が急務だと、わたしには思えるのである。


<関連エントリ>
 →「プロジェクト・マネジメントの理論は科学たり得るのか 〜 EDEN PM Seminarに参加して」(2014-09-14)
by Tomoichi_Sato | 2014-12-09 22:48 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

海外型プロジェクトの難しさ − それはOSレベルの問題である

先日、あるプライベートな勉強会に招かれて、議論する機会があった。テーマは「海外型プロジェクトの進め方」である。中堅ないし準大手の製造業およびソフト会社で、それなりに海外展開を進められている企業の実務家がメンバーであった。プロジェクト・マネジメントについては、すでに社内でもいろいろな取り組みをされているところが多いと見受けられたので、「PMBOK Guide(R)とは」みたいなレベルの、基礎的な解説はさけることにした。わたしは、国内では一応うまくいきつつあるプロジェクトが、なぜ一歩海外に出ると急に難しく感じられるのか、それは『組織のOSレベルの問題である』という見方の話をすることにした。

「組織のOSレベルって何のことだ?」と怪訝に思われた方もいるだろう。少し順を追って説明したい。過去10年ほどの間に、日本でプロジェクト・マネジメントの体系や技法がそれなりに普及したおかげで、プロジェクトの成功率が上がってきたことは、統計にも表れた事実である。たとえばIT系プロジェクトにおいて、日経コンピュータ誌の調査によれば、2003年の成功率はわずか26%だったものが、2014年の調査では75%が成功だったという。ここでの『成功』の定義は、QCDを達成したことであり、果たしてそれで真に成功と言えるのかという問題は別途あるが、ここでは脇に置いておこう。またJUAS(日本情報法システム・ユーザー協会)の2014年度調査によれば、予定通りあるいは予定より早く完了したプロジェクトは合計で74.2%だった。製造・建設など他の分野はあまり統計を見かけないが、それにしてもかなりプロジェクトの成功率が上がっているのは確かだろう。

ところで、プロジェクト成功率上昇の理由は、優秀なプロマネが日本にどんどん増えている、ということなのだろうか? たしかにPMP取得者数は増えただろう。だが、それだけではないとわたしは考えている。企業におけるプロジェクト・マネジメントの能力は、プロマネ個人だけで決まるものではあるまい。日本企業は、過去10年間の間に、プロジェクト遂行の能力を組織ぐるみで構築してきた。その結果が、統計に表れているのではないか。

これは逆の例を考えれば分かる。今まで全然プロジェクトらしい仕事を経験したことのない組織に、突然外から指折りのプロマネを引き抜いて連れてきたとしよう。その一人だけで、プロジェクトは十分なパフォーマンスを上げられるだろうか? 相当難しいに違いない。プロジェクトを計測する仕組みもなければ、過去のデータもなく、業務の標準的な手順やWBS体系もなく、さらに組織全体ががプロジェクト的に動く習慣のないところで、どうやって計画を立て統制できるというのか。

わたしの知っている、ある年配の元プロマネの方(もう現役は引退されている)から聞いた話だ。この人は有力なエンジニアリング会社出身だが、’90年ごろ転職して、別の巨大メーカーに入った。ちょうどそのメーカーはプラント輸出に注目して、海外でのプロジェクト展開に力を入れようとしていた。そして運良く、この会社はアジアの某国向けの案件を受注した。中規模の中ではかなり大きな案件だし、技術的にも国内で実績を積み、手慣れたものだった。ぴったりのタイミングで、この人はプロマネとして着任した訳だ。

ところが、この方いわく、「本当に死ぬかと思った」というくらい大変なプロジェクト遂行になった。なぜか。社内組織がちっとも動かないのである。プラントは機械・電気・制御・建築など多種多岐にわたる技術のかたまりで、プロジェクト・チームはいわば技術者のオーケストラのようなものだ。にもかかわらず、プロマネの振るタクトにあわせて誰も演奏しないのだ。では皆は誰の方を見て仕事しているかって? それぞれが所属するライン部門長の方だ。大きなメーカーでは、ライン部門長は強大な権限を持つ。人事面でも、予算面でも。その部門長達にとっては、国内での定常業務の運営が最大の関心事で、技術も人も、まずそちらに優先配分するのだ。「XXプロジェクト? それはお前たちが勝手にとってきた仕事じゃないか」というようなことを言う。いや、勝手にとったのではなく、会社として取り組んで受注したんじゃないか、と言ってもまったく馬耳東風である。

また、配属されたメンバーも、ちっともプロジェクト的に動けない。海外型プロジェクトでは基本、文字にかかれた契約がすべてである。そして、顧客に最終的な決定権がある。だが日本国内で人も知る巨大企業に働いてきた技術者達は、顧客の方を向いて、要求されたとおりに仕事する習慣がない。顧客や業者への説明能力・交渉能力にも欠けている(国内では殿様企業だったのだ)。過去の経験がないから、キーマンが自分で工程表を書けない。問題が生じても、部門をまたがる問題だと、お互いにそっぽを向いて自分で調整しない・・。

この例を見ても分かるとおり、プロジェクト・マネジメントの能力とは、組織の能力である、というのがわたしの理解だ。図に示せば、下のようなビラミッド構造である。最上位には、プロジェクト・マネージャーの個人的スキルがある。これは、さらにハード・スキルとソフト・スキルに分けることができよう。ハード・スキルとは、知識・技法など、主に座学で身につけることのできる能力である。ソフト・スキルとは問題解決力や交渉力など、いわゆるセンスや修練を要求される「人間力」的な能力だ。

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プロマネ個人のスキルを支える中位の層には、三つの能力的な柱がある。(1) プロジェクト遂行のための標準的な業務手順・WBS体系、(2) プロジェクト管理のための情報システム、(3) 過去のデータベース、の三つである。これらがあってはじめて、プロマネは力が発揮できる。これらは、広義の「マネジメント・システム」だと言ってもいい。そして、このシステムを整備するのは、いわゆるPMO(Project Management Office)という部署の仕事だ。

ところで、この三本柱の下に、最も底辺の能力層がある。それがプロジェクト遂行に関する組織体勢・行動習慣なのである。プロマネが力をふるうためには、プロジェクト・チームの全員が同じ方向・同じベクトルを向いて動き、かつ権限や態度や行動習慣などにコンフリクトがない状態になっていなければならない(大事なことは、組織図にかかれたスタティックな状態ではなく、組織がどうダイナミックに動くかという姿勢の問題だから、あえて組織「体勢」という字を使っている)。たとえば、プロマネが「右向け、右」と号令をかけても、チーム員が上司であるライン部門長から別の指示を受けていたら、プロジェクトは迷子になるだろう。あるいは、皆がきちんとプロジェクト単位で記録やデータをとっていなかったりしたら、業務標準や過去データが生きてこなくなる。

3つの能力レイヤーを、ITの世界にたとえて言うなら、最上位の層はコンテンツ(知識)レベルの能力であろう。中位層は、アプリケーション(道具)レベルの能力に相当する。そして一番底辺の層は、いわば組織のOSレベルの能力である。組織のOSとは、言いかえるならチーム員全員にビルトインされた、「組織化され体系化された態度・行動の集合」なのだ。これがあってはじめて、プロジェクト・マネジメントは働きを得るのである。OSがおかしくなっていると、プロマネが何を言っても「笛吹けど踊らず」、データも情報システムもガーベッジ・インの状態になる。

そして、日本国内と海外プロジェクトでは、チーム員に求められるOSの質が違うのだ。なぜか。それは、大きく言って、4つの制約があるからだ。「『前例』も『正解』もない」という制約。「外国人同士で意思疎通が難しい」という制約。「前提としている価値観が違う」という制約。そして「先が予測しにくい」という制約の4つである。だから、海外型プロジェクトに日本人が携わる場合は、必ずこれら制約を意識した行動習慣が必要になり、それをサポートする組織体勢が必須になる。

『前例』も『正解』もない」ことの理由は言うまでもあるまい。だが日本は世界でもまれに見るほど高度に発達し組織化された社会だ。ありとあらゆる分野に、前例と正解が存在し、それを見つけて従うことが大事だとの思い込みが蔓延している。始めてとりくむ、構造もわかりにくい問題に、大局観を持って取り組むという、思考の習慣が身につきづらい。

意思疎通の難しさ」についても言うに及ぶまい。外国語だから、英語のうまい人間を連れてくれば解決、などと思ってはいけない。問題は、互いに共有する文脈(コンテキスト)のレベルの違いなのだ。日本は、世界でも有数の「ハイ・コンテキスト」レベルの社会である。言葉を連ねなくても、あうんの呼吸で通じる。そして、言葉を受けた側が、相手の意思を忖度して行動する習慣がある。世界で言うと、このようなハイ・コンテキスト社会は少数派で、個人的実感で言えば2割もあるまい。8割以上は、「言葉にしない限り通じない」相手なのだ。

価値観が違う」という制約は、文化の問題ではない。成功した海外プロジェクトでは、日欧米をはじめ何十という国から異なる文化背景の人間が集まってきて、それでちゃんと遂行できている。お金を儲ける、というビジネスの究極の目的だって一緒だ。だが、そこに至る過程・前提が違う(会社目標より部門成果、という前述の巨大メーカーの例を思い出してほしい)。だから、誰もが共通して納得できるプロジェクトとしての価値観を明示し尊重できなくてはならない。

先が見えない」も同様。皆が通ってよく踏み固められた道が存在していないのだ。だとしたら、自分でまず道筋を描いて、かつ、道中にぶつかる障害をうまくよけながらすすむという行動習慣がなくてはいけない。

こうした4つの大きな制約条件を乗り越えるために、日本人として訓練し身につけるべき組織体勢・行動習慣を、わたしは「OSレベル」の能力と呼ぶ。それはちょうど、(あまり良いたとえではないが)工場における「5S」のようなものだ。「5S」とは整理・整頓・製造・清潔・習慣化の頭文字で、よく組織された工場労働者は、これらを尊重するような行動習慣を持っており、おかげでものの流れにも機械の調子にも遅滞がない。

海外型プロジェクトの場合、OSレベルではだいたい8つくらいの基本的習慣に整理できるだろう。たとえば、以前かいた”Structured Approach"というのもその一つだ(「Structured Approachができる人、できない人」http://brevis.exblog.jp/18336958/)それは国内の仕事をずっと続けるならば、とくに不要な能力だ。だがこの先、もし外に出て行って仕事をしたいなら、せめてチーム単位で、身につけていく必要がある。この10年間にモダンPMの理論手法が普及したのはとても良いことだった。しかし、その副作用として、EVMSだとかCPMだとか道具レベルの能力さえ身につければ大丈夫、というような錯覚も生まれつつあるように思える。もっと下の、基礎的レベルの能力を忘れてはいけませんよ、とそろそろ声を大にして言わなければならないのだろう。

そして、ことは海外型プロジェクトだけではあるまい。優秀な人もしっかりした制度・システムもある。だが、何となく先が見えず、前例も役立たず、価値観もばらばらで、お互いに意思疎通がうまくできないような、もやもやとした状況の中で問題をかかえている組織や社会にも、こうした行動習慣は有用だと思われる。だからこの先、できるだけ機会を見つけては、具体例をこのサイトでも紹介していくことにしよう。また現在、海外型プロジェクトの進め方というテーマで、本も書くつもりでいる。早ければ、来年の春頃には上梓できるかもしれない。よければそちらもご期待ください。


<関連エントリ>
 →「Structured Approachができる人、できない人」 (2012-07-08)
by Tomoichi_Sato | 2014-12-03 08:30 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)