<   2014年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

風雲忍法帖・舞竹城あじゃいる異聞

「半蔵。半蔵はおらぬか!」

−−・・御前に。

「おお、そこか、半蔵。苦しゅうない、近く寄れ。・・い、いや、そんなに近くなくてもよい。もちっと下がれ。・・よし、そこでよい。」

−−ははっ。して、殿、御用向きは。

「うむ。他でもない。隣の藩の動きじゃ。我が藩の長年の宿敵・舞竹藩の動きが、ちかごろ不審との噂が耳に入った。行って、動静を探って参れ。」

−−その事でしたら、手前どもも耳にして、すでに調べを開始しております。街道筋の商人の話では、所蔵米を放出して売り先を探しているとか。また特産品の漆を増産させて現金を得る傍ら、木材・砂鉄を買い集め、職人たちも呼び寄せているとのこと。何やら大掛かりなものを造ろうとしているフシがございます。」

「そうか。気づいておったか。さすが忍び頭じゃ。敵の様子を知ることこそ、兵法の要ぞ。」

−−敵情報知、略して情報

「うむ。情報を制する者こそ、天下を制す。だからこそ、お主を『最高情報責任者』に任じておるのだ。行って、舞竹藩が何を造ろうとしているのか調べて来い。」

−−はっ。(姿を消す)


<ご承知のように『情報』という言葉の語源や意味については、議論がある。森鴎外が考案したとの説もあるが、実はもう少し古くから、「敵情の報知」という意味で用いられていたらしい。「情けに報いる」との意味だという解説もときおり聞くが、俗論だろう。というのは、昭和中期までは「諜報」に通じる、暗いイメージの伴う言葉だったからである。いずれにせよ中国では『信息』という別の用語を使うから、日本で生まれた漢語であることは確かだ。>


−−殿、戻りましてござりまする。

「おお半蔵か。ご苦労であった。どうだった。詳しく聞きたい。近うよれ・・い、いや、何もくっつかなくてもよい。暑苦しいではないか。」

−−失礼つかまつりました。それで、舞竹藩の動静ですが。

「うむ。どうであった。」

−−やはり、藩をあげて大がかりな構築事業をしているのは、確実でございます。最初は、古くなった舞竹城の改築かとも思ったのですが、それだけではありません。出入りする職人の種類が違います。

「なんと。城を作り直すだけでなく、それ以外にも何かを築いていると申すか?」

−−御意。なんでも、老朽化した城塞を近代化して軍備にそなえるかたわら、藩の得意とする産業を成長させ、国を富ます政策とか。産業育成のため、城の隣地に大きな建屋をつくり、藩直営の作業場とする計画のようです。それを『富国強兵策』だか『新成長戦略』だとか申しております。

「なにを生意気な。だが捨て置けぬ奴らだ。しかし、そのような策にはかなりの金が入り用であろう。」

−−さすがは、殿。それがため、かなりの資金を必要としているようです。舞竹藩の勘定奉行はもともと非力な方で、奥方の弥生さまの助けを借りて公務を執行していた様子。しかし、城主お世継ぎの若殿が江戸より赴任されたのを機会に、権益を強めようと画策し、外から軍師を呼んで助言を得つつ、職人集団に築城をさせています。そこで殖産を同時に進める策をとったようです。

「築城は金がかかるからのお。」

−−おおせの通りです。殿は以前、シメジ藩で新規築城があったのをご存じでしょう。

「おお、シメジ城のことか。白鷺が飛び立てずに、うずくまったような姿の城だと聞いておるが。」

−−シメジ藩では失敗を認めずに、「300年後は世界遺産でユネスコに登録だ」などと強がりを申しております。が、そもそもあの種類の築城方式では、ゼロからすべて人足が手作業で組み上げますゆえ、時間も費用もかかります。

「うむ。難儀なことじゃ。」

−−それを見た舞竹藩では、手作りをやめて、外から半製品を買ってきて組み上げる方式を考えております。それがため、あえて新参の職人を雇ったと。

「なに。城作りといえば、老舗に任せるのが習慣ではないか。」

−−はっ。これまでは、公儀ご用達の、肥立組・不二痛組・日雷組など大手に築城を任せるのが通例でござりました。しかるに、舞竹は、渡りの特殊職人集団を呼んでいます。

「ワタリの集団じゃと。まさか頭目の名前は『四貫目』ではあるまいの?」

−−いえ、違います・・殿は昔の少年マンガにもお詳しいようで。なんと毛唐の集団『強拍組』を雇ったとのこと。そして南蛮渡来の、『いーあーるぴぃ』なる築城法を用いると。

「いーあーるっぴぃ? なんとも奇態な名前じゃのお。毛唐からものを買うなど、ご禁制の抜け荷ではないのか?」

−−数年前黒船が現れて以来、ご公儀も半ば無理矢理、いろいろな品物の持ち込みを許可させられています。また強拍組は、いーあーるぴぃ導入こそグローバルスタンダードでベストプラクティスなストラテジーだと申しております。

「なんだか急にカタカナが増えたが、それでうまく行くのか?」

−−そこが肝心なところでございます。そもそも舞竹藩の特産品は漆とロウソク。その製造は釜で蒸したり漉したり反応させたりと、化学処理によるものづくりです。ところが、舶来のいーあーるぴぃは、元々、組み立て型の作業向きとか。適用に手こずって、集められた藩内の農民たちからも不満の声が上がっており、費用も余計にかさむのではないかとの噂です。

「ふん。いいざまじゃ。ちなみに、似たようなことに手を出した先例はないのか。」

−−先年、北国のナメコ藩が、もっと小型のいーあーるぴぃに手を出したと聞きましたが、内実は、まだ。

「半蔵。行って、ぜひ探って参れ。舞竹藩のたくらみが思わぬ失敗に陥るかどうか、もっと情報を集めるのじゃ。」


<歴史的に見て、忍者という存在がどのような職能集団に起源を持つかについても、諸説ある。また徳川家の抱えた伊賀者のみならず、各地に同種の技能者集団があったらしい。一説には、築城職人とも関係があるといわれるが詳細は不明である。ただ、築城は秘密漏洩が最大のリスクであり、逆に敵の城内を知れば攻略もたやすい点で、情報戦の焦点になりやすい。なお忍者は武装を許されているものの武家の身分ではなく、足軽ないしそれ以下の階級であった。>


「・・どうであった、半蔵。何か役に立つ知らせは得られたか。」

−−はっ。興味深い情報を得ました。

「そうか。苦しゅうない、近く寄れ。ただし、90cmまでだぞ。お主は対人的な距離感が、なんだか今ひとつ欠けておるからな。」

−−はっ、恐縮です。それでまず、ナメコ藩の内実ですが、いーあーるぴぃ導入の事業は、業務に合わせるための追加構築費用がかさみ、当初10万両だった予算が最後は25万両まで膨れ上がったと聞きました。

「なんじゃと。あそこは、ただでさえ小藩。そんなに費用が超過したら、国が傾くではないか。築城で国が傾いては、本末転倒であろう。愚かな。」

−−その通りにござります。さて、問題の舞竹藩ですが、さらに忍び込んで調べましたところ、意外なことが分かりました。

「何だ。」

−−舞竹藩は、勘定方の業務には、いーあーるぴぃを使うものの、漆の生産・物流・商流には断念し、別の方式で構築を行うと決めた、とのこと。それが、非常に興味深いやり方でして。合い言葉は『あじゃいり』方式とか。

「阿闍梨? 仏僧の職位のことか。」

−−語源は定かではありませぬ。が、これの面白い点は、少数精鋭の職人集団が、図面も引かずにいきなり建物の一部を作り始めることです。それを、使用者に見せ、使い勝手の意見などをもらいながら、改修増強しながら建て増して、最後には立派な建物としてしまう方法だそうです。これを根来の忍び衆が差配しております。

「それの、どこが面白いのじゃ。そもそも建物は、最初に大工の棟梁が施主の要望を聞いて図面を描き、木材にケガキして切り出すのが基本であろう。」

−−ですが、そのやり方ですと、水が高きところから低きに流れるように、やり直しがきかぬ上、どうしても時間がかかるため、できあがった頃には施主殿の求めと異なるものができあがる懸念がありました。ジャストインタイムの思想に反しておると、トヨタ駕籠屋の古参も批判されているとか。

「お主もカタカナに毒されてきおったな。」

−−どうか、殿、お聞きください。当藩の天守閣も、すでに築城以来年数がたち、業務に合わぬ点も多くなって参りました。しかし、おっしゃるように築城改修は大仕事。棟梁に命じて職人を多数集め、いったん作業を始めたら、簡単には方向を変えられませぬ。築城特殊技術を本務とする、我が配下の忍び衆さえも、図面や指図書を出す諸奉行の人足扱いになってしまいます。築城の仕掛け工夫の知恵は、人一倍ありながらも、です。

「しかし半蔵、それが昔からのしきたりではないか。」

−−たしかに。ただ、この『あじゃいり』方式、従来よりもずっと早く結果が出せるとのこと。わが藩にても、試す価値はありかと。

「何を言う、半蔵。さては舞竹藩の異人に接して、かぶれたのか。」

−−恐れながら、殿。わが忍び組は、このところ毎年のように経費削減を命ぜられ、手当も前年比1割カットの憂き目を見ております。しかし、かの新方式が、安価に築城を可能にできるなら・・

「愚か者。畏れ多くも御開祖様から受け継いだこの城、前例もない方法で手を入れるなど、もってのほか。それに考えてもみよ。この天守閣は多層階構造だ。そんな、最初に犬小屋みたいなものを建てて、それを建て増す方法で作れるわけがないではないか。」

−−ならばせめて、厩舎の建て替えで試させていただきたく。敵情を学んだ我が部下達も、やらせてくれと首をそろえて願い出ております。

「ならん。おまけに、そちのいう阿闍梨方式とやらでは、忍びの者が主役で、武家は単なる脇役になってしまう。それでは主客転倒である。舞竹が何をしようと勝手だが、当藩では許さん。」(立ち去ろうとする)

−−殿、今のままでは開国の時代に間に合いません。お待ちを! (袴の裾にすがりつこうとするが、90cmの距離のためにつかみそこね、あわてて走って後を追う) お聞きください! 殿・・!

 〜 幕 〜


<付記>
アジャイル開発の方法論については、その利点についてさまざまな意見が交わされている。わたし自身はまだ本格的な取り組みの経験がないが、それに近い形のプロジェクトは自社でも見ており、それなりの有効性は感じている。

ところで、技術論や経済評価は別として、わたしがこの運動を見て感じたことが一つある。それは、これがプログラマにとって、’70年代のウィメンズ・リブ運動のような意義を持つ、ということだ。「ドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約より協調を、計画より変化への対応を」という宣言にも、そのような気分は現れている。
プログラマという職能従事者は、わたし達の社会では(そして世界中どこでも)SEやPMやユーザよりも、一段下の階級であるかのように、扱われてきた。給与待遇面の格差は「需要と供給の関係で決まる」と言えなくもないが、それよりも意識面での格差が酷い。このような状態はまた、優秀な人材がプログラマを志望することへの妨げにもなっており(ごく一部の例外は除く)、それは技術力や生産性の低下にもつながっていく。

それでは、アジャイル開発がすべての問題を解決していくか? わたしは、それほど楽観的ではない。IT業界では、皆がずっと「銀の弾丸」を探してきた。だが、そういったものは聖杯伝説と同じで、無さそうだと気づいてもいいころだ。すべての問題を、一気に解決していく手法などない。適材適所、フィットする分野にフィットする人と方法を適用していくしかないのである。ただ、ウィメンズ・リブ運動が、(全世界の不平等問題を一気に解決しなかったけれども)多少は人々の意識に変化を与えたように、プログラマの復権の運動にも、もう少しきちんと日を当てていい時期ではないかと思っている。
by Tomoichi_Sato | 2014-11-23 22:50 | ビジネス | Comments(0)

ある経営者の命運に見る、石油資源の戦略性

1962年10月27日、シチリアのカターニャ空港から1機の双発ジェット機が飛び立った。乗っていたのは、操縦席のベルトゥッツィ機長、タイム・ライフ社ローマ支局長マックヘイル、そしてイタリア炭化水素公社(略称ENI)総裁のエンリコ・マッテイの3名だった。機はミラノの空港に向かって飛んでいた。午後6時45分には着陸態勢に入ったことを、リナーテ管制塔が確認している。だが、彼らがそこに着陸することはなかった。通信が5秒間ほど途絶えた後、機体は突然、空港から10数キロの湿地帯に墜落したからだ。乗っていた3名は全員死亡した。

ENI総裁エンリコ・マッテイは、立志伝中の人物だった(以下、この事件を詳細に調べたジャーナリスト、E・ビアージ著「新イタリア事情 上 (朝日選書 226)」にもとづいて書く)。ENIは石油精製、パイプライン、化学など80もの企業群を傘下に置く、イタリアの巨大国策企業である。マッテイはその総裁として活躍し、米英石油資本に真正面から立ち向かい、ソ連から石油をイタリアに輸入するなどして、「民族の英雄」的存在だった。警察官の息子として生まれ、15歳の時から職人として働き始めた彼は、第二次大戦中に反ファシストのパルチザン部隊で活躍し、終戦直後にイタリア石油公団(略称AGIP)の副総裁のポストに、39歳の若さで就任する。

AGIPはイタリア国内の石油資源開発のために’26年に設立されたが、それまでは失敗続きだった。機材を米企業に売り払って業容を縮小しろ、とのローマからの訓令をマッテイは無視し、ポー川流域の探査を続行する。彼の賭けは見事に当たって、翌年、幸運にも天然ガスを掘り当てた。彼はガス・パイプライン埋設にも豪腕を発揮して、工業都市トリノまでつないでしまう。そしてイタリア政府は1953年、AGIPを中心に、北伊天然ガス配管会社(略称SNAM)、水素製造公社(略称ANIC)を統合してENIを設立、マッテイはその総裁に就任する。

彼の情熱と執念の中心には、石油資源の確保があった。イタリアにはほとんどエネルギー資源がなかったのだ。大戦後の世界秩序の中で、石油需給を牛耳っていたのは「セブン・シスターズ」と呼ばれる石油メジャー7社だった。彼は資源を手に入れるために、中東であれアフリカであれ、どこにでも出かけていった。1960年、彼はソ連と石油輸入4カ年協定を結ぶ。ENIが年間500万トンのソ連石油を輸入する代わりに、パイプライン機材24万トンを輸出するというものだった。この取引は米英仏を激怒させたが、彼は引かなかった。

彼はイランとも協定を結び、破格の75%という利権料を払って採掘権を得た。さすがにイランのパーレビ国王と、前イタリア王家のマリア・ガブリエラ王女を結婚させようとした政略はうまくいかなかったが、モロッコ、チュニジアでも(旧宗主国のフランスの頭越しに)合弁事業を設立。エジプトとイスラエルが第一次中東戦争に突入したときは、マッテイは私兵を雇い、自動小銃で武装させた上、ENIの制服を着せてエジプトに送り込んで、自社の油井を守らせた。そのかたわら、フィレンツェ市の要請を受けて、老舗の機械メーカー・ピニョーネ社の経営も肩代わりしたりする。

彼の突然の航空機事故死には、当然ながらいろいろな疑問が出される。霧の天候の中、機長の操縦ミス説もあった。しかし、ベルトゥッツィ機長は20歳の時から爆撃機を操縦してきた大ベテランで、ミラノ着陸回数は700回を数える。車輪の出なくなった飛行機で、滑走路に胴体着陸しながら、ナット一つ落とさなかったという逸話もある。機長夫人の証言によれば、ピストルと釣り道具一式の入った私物の鞄だけが、おかしなことに格納庫から無くなっていた。

マッテイ総裁自身にも、もちろん敵が多かった。マッテイの未亡人は「ある晩、目覚めると、マッテイが一枚の紙切れを持って泣いていた」と証言している。彼は決してその紙を妻には読ませなかっが、脅迫を受けていたのは事実らしい。それから8年後の1970年、この事件を追って、マッテイ総裁の最後の二日間を調べていたシチリアの著名な記者デ・マウロ氏は、自宅前で車に乗った数人組に誘拐され、以来消息を絶ったままになっている。半世紀以上たった今、もはや真相は闇の中である。

以前も書いたことだが、石油は戦略物資である。戦略とは文字通り、戦争に必要、ということだ。エネルギー経済学から見れば、石油も石炭も天然ガスも、みな電力に変換可能という点ではよく似ている。事実、シェールガス革命の進む米国では、石炭炊きの火力発電の炉が、次々に天然ガス炊きに改造・転換されている。しかし、石炭で走る戦車はないし、電池で動く戦艦も、LNGで飛ぶ戦闘機もない。軍隊を動かすには、常温で保管でき液体で輸送しやすい石油系燃料が必須なのだ。かくして、20世紀初等以来、いくつもの戦争が石油をめぐって起こされた。多くの国にとり、石油資源の確保は最重要課題の一つである。

だからといって、石油関係企業のトップが航空機事故などで急死したら、すぐ誰かの陰謀だと決めつけるのは早計だろう。マッテイ総裁が、ソ連と結んだ4年間協定の完遂を見ずに亡くなったことは、事実だ。しかし公式の事故調査報告書は、謀殺説には否定的だった。航空機事故は、それだけ致死性の高い出来事なのだ。そして、言うまでもないことだが、陰謀論など愚か者の理屈である。陰謀論を持ってすれば、どんなことだって説明可能になってしまう。あなたの所持する株価が下がったのも、ユダヤ人の陰謀だろう。今朝の電車に乗り遅れたのだって、CIAの陰謀に違いない。何でも同じ結論に収れんする陰謀論など、相手にすべきではないというのが、世の知的人士の常識だろう。

ちなみに、イタリアのENI自体は今も存続し、世界的に資源事業を続けている。そして、政治的に不安定な地域でも活躍するリスク・テイカーである、などと業界誌では評されている(石油業界はわたしの勤務先の顧客筋だから、このさき、言葉は慎重に選ばざるを得ないが)。マッテイの残した社風が、今も受け継がれているというべきかもしれない。あるいは、そういう地域でしか、石油採掘権を手にできなかったと解釈することもできる。ただ、マッテイが生きていたら、おそらく、もっとずっと大きくなっていて、英米メジャーを脅かす存在に近づいただろうとは想像される。

わたし達が「石油会社」というとき、普通それは二つの意味を持っている。わたし達、消費者がガソリンや灯油といった製品を買う相手としての企業、すなわち原油を精製販売する会社という意味が一つだ。もう一つは、地下資源を探索して原油を採掘する、資源会社。石油業界ではサプライチェーンにしたがって、前者を下流側、後者を上流側企業と呼ぶ。ガソリンスタンドなどでわたし達が目にする日本の石油元売企業は、ほぼ下流側だ。ENIは国際石油メジャーほどではないが、上流も下流も持っている。

さて、一橋大学の橘川武郎教授は、国際協力銀行の「国際調査室報」に、『石油開発ビジネスにおける 日本企業の動向』という興味深い論文を書かれている(2010年3月号)。それによると、世界の石油企業上位50社のランキングを見た場合、三つのタイプの企業群に分けられる、という。第一はExxonMobil、Shell、BPといったいわゆる石油メジャー(大手国際石油資本)。第二が、Saudi Aramco、イランNIOC、ベネズエラPdVSAなど産油国の国営石油会社。そして第三がフランスのTotal、イタリアENI、中国CNPC、スペインRepsolなど、資源輸入国における国策石油企業であり、橘川教授はこの第3のタイプを『ナショナル・フラッグ・オ イル・カンパニー』と呼んでいる。

さて、世界第3位の経済大国であるにもかかわらず、日本には世界ランキング50位に入るような、ナショナル・フラッグ・オ イル・カンパニーが2010年時点で存在していない。その理由は、何よりも我が国で「上流部門と 下流部門が分断されているから」(p.101)である。われわれ消費者がよく知っているJXや出光といった会社は下流部門を主とする企業である。これに対し、日本にも石油資源開発(JAPEX)やアラビア石油などの上流部門企業が以前から存在しているが、「長らく過多・ 過小の企業乱立が続いてきた」(p.106)状態であり、世界ランキングに入る大手が成長しなかった、という。

これに加えて、橘川教授が指摘するのは、「わが 国では、探鉱・採掘という上流部門は、『リスクが大きい』『政府の支援が必要な』分野と理解されている。日本の石油産業をめぐる最大の不思議は、『上流部門で儲ける』という世界の石油産業の常識が通用しないことである。」(p.101)という、業界のあり方だ。

このような業界のあり方は、しかし、本論文にも書かれているとおり、国際石油開発帝石(INPEX)という巨大企業の登場によって、ようやく2010年代に入り、変わることになる。詳しい経緯は省くが、石油公団の解散にともなう上流企業の水平統合を通じて、上記の意味での「ナショナル・フラッグ・オイル・ カンパニー」が登場した、と見ることができる。石油資源開発をめぐる日本の国際競争力の構築という観点に立てば、現状はけっして悲観すべきものではない、という見解になる。(もっとも橘川教授は経産省の石油政策小委員会の委員長として政策決定に関わられた立場だから、当然の結論かもしれないが)。

ところで、石油会社世界ランキング50位を見ると、もう一つ、奇妙なことに気がつく。それは、日本と並び、戦後の世界経済を牽引してきた大国・ドイツにも、大きな石油資源会社が存在していないことだ。まことに不思議なことだ。伊ENIも、マッテイという暴れん坊の存在がなかったら、国内の販売事業だけで、上流側のビジネスは持てなかったに違いない。

イタリア、日本。そしてドイツ。なぜ、この三つの国だけは、G7クラスの大国でありながら、巨大な石油資源企業を持ち得なかったのか。この三ヶ国に共通なことは何なのか?

わたしにはもちろん、分からない。
by Tomoichi_Sato | 2014-11-16 23:18 | ビジネス | Comments(0)

男声アンサンブル・ミニコンサートのお知らせ(11/24 午後@荻窪教会)

直前のお知らせになってしまいましたが、7年ほど前から参加している少人数の男性アンサンブルが、11月24日(祝)午後3時から、荻窪教会で、ささやかなコンサートを開催します。
参加無料です。

「アンサンブル・ハイブリッジ」第5回ミニ・コンサート

日時:2014年11月24日(祝) 14時30分開場
場所:荻窪教会(杉並区荻窪4-2-10)
曲目:
 第1部 男声合唱愛唱曲
    (希望の島、お爺さんの古時計、三羽の烏他)
 第2部 ロシア民謡の世界 
    (ともしび、モスクワ郊外の夕べ、ステンカラージン他)
 第3部 古楽の響き
    (バード作曲「3声のミサ」より Kyrie, Sanctus, Agnus Dei、
     ラモー「夜への賛歌」)
 第4部 バロックの曲をスイングします
    (バッハ:Swinging "Anna Magdalena"、
     シャルパンティエ:Swing the "Prelude")

よかったらぜひおいでください。
当日、いきなり会場においでいただいてもかまいませんが、わたしまでご連絡いただけるともっとうれしいです。

e0058447_15542882.jpg


このアンサンブルは、声楽家・発声指導家の高橋康人先生の元に集まったメンバー6名で現在のところ構成されています。月3回、土曜日の午前に練習しながら、ここまで活動を重ねてきました。

前にも書いたことですが、プロのソプラノ歌手Yさんの紹介で、声楽指導家の高橋康人先生にはじめて出会ったのは10年近く前でした。その頃わたしはある合唱団で歌を唄っていたのですが、我流の発声に限界を感じて、プロの先生に見てもらいたいと思ったのです。

とはいえ、単なる素人が個人でレッスンを受けるのは費用もかかりますし、モチベーションも続かないし、と思っていたところに、高橋先生の方から、「男声のアンサンブルを作ったから参加しませんか」との誘いがありました。わずか数人のアンサンブルですから、練習の中でも、ほとんど個人指導に近いアドバイスをもらえます。それに、やはり音楽は声が重なった方がずっと面白いですよね。

上手な演奏を聴きに来てください、というのではなく、“自分も歌をやりたいが、こういう形の歌の練習の場もあるのなら、参加してみようか”と知っていただくチャンスとして、おいでいただければと思っています。メンバーの中には他の合唱団でも活躍中の者もいますが、まったく未経験ではじめた者もおります。参加資格は、歌を歌ってみたいという気持ち以外は、特にありません。繰り返しますが、コンサートは無料です(^^)。
by Tomoichi_Sato | 2014-11-15 15:59 | 映画評・音楽評 | Comments(0)

トラブル原因分析を、責任追及の場にしてはいけない

新製品の出荷を2ヶ月後に控え、新しい製造ラインの試運転前調整に入っていたある日、工務部門の担当者であるあなたのところに、ライン設置工事を請け負っていたエンジニアリング会社のプロマネから、とんでもない知らせが舞い込んできた。その会社の技術者が機械の操作ミスをしたらしく、製造機械の一部が破損してしまったというのだ。さっそく現場に飛んでいって様子を見てみる。残念ながら機械カバーがねじ曲がり、内部もダメージを受けている。幸い、人がけがをするようなタイプの破損ではないので、労働災害はなかったが、明らかに修理・再製作が必要だ。

エンジ会社のプロマネは装置のメーカー技術者を呼んで調べさせたが、いったんラインから取り外して、自社の工場に持ち帰る必要があるという。まずいことに、その装置はラインの中核近くにあり、周囲の機械設備をとりはずさないと動かせない。あなたは搬出と再製作にどれくらい時間がかかりそうかたずねた。業者の答えは「早くて1ヶ月以上かかります」だった。

現在すでに、出荷までの作業スケジュールの余裕はゼロだ。ということは、2ヶ月後の新製品の出荷は絶対に間に合わなくなる。この新製品は、重要顧客に部品として納める予定だ。だとすると、その顧客の生産計画自体に影響を与えることになる。あなたは、自分が工場長と営業担当常務につきしたがって、顧客に頭を下げにいくシーンを想像する。いや、もしかすると社長が直々に謝りに行かなければならないかもしれない。新製品の出荷が1ヶ月以上遅れることで、顧客に与える損失は何十億円にもなるだろう。

それにしても、なぜこんなトラブルが生じたのか? 操作ミスが原因としても、単純な操作ミスですぐ機械が破損するようでは、設計自体に問題がある。調べさせたところ、どうやら原因は、ある操作に伴うインターロック機構が、設計書通りに作動しなかったためとわかった。制御系は、別の自動制御メーカーが担当している。その制御システムの仕様書には、当該箇所にもインターロックが明記されている。にもかかわらず、制御システムの出荷前立会検査(FAT)で、そのテストが漏れてしまっていたらしい。そのわずかなテストの漏れが、何十億もの被害をもたらしたのだ・・

さて、この問題の責任は誰にあるのか? 工務の製造ライン担当者であるあなたか、詳細設計と工事を請け負ったエンジ会社のプロマネか、それとも誤操作をした担当者か、制御システムを実装した自動制御メーカーか? あるいは、あなたの上司である工務部長か工場長、いや、最終的には社長にあるのか? そしてあなたの会社は、この問題に対して、どう責任をとり、何をするべきなのだろうか。

——先に答えをいってしまおう。あなたの会社が真っ先になすべきことは、ただ一つ。できるだけ早く顧客に製品を出荷できる策を講じることだ。それは製造ラインの復旧・立ち上げを最大限、急ぐことかもしれないし、あるいは新製品に代わる代替製品を、どうにかして提供することかもしれない。その次にやるべきことは、このトラブルの根本原因(Root Cause)を分析して、再発防止策を明らかにすることだ。

トラブルが生じたとき、その影響の波及を極力抑える手立てを、「避難処置」(ないし「応急処置」)という。そしてその原因分析から得られた対策を「再発防止策」とよぶ。トラブルが生じたら、第一に「避難処置」、第二に「原因分析」を行わなくてはいけない。

そして、多くの人が間違うのが、この「原因分析」の段階なのである。ここで、「このトラブルは誰の責任だ?」という問いの立て方をするから、間違うのだ。

トラブルの原因分析には、じつは3種類ある。
1.「責任者の処罰」を行うためのもの
2.「賠償責任」を問うためのもの
3.「再発防止」を目的とするもの

この三つは、じつはまったく異なる作業である。「責任者の処罰」のための原因分析は、刑事事件ならば警察の仕事である。「賠償責任」の原因分析なら、弁護士の仕事だ。

あなたが技術者としてやるべきなのは、「再発防止」が主目的でなければならない。もし、責任者の究明が先行すると、どうなるか。その場合は、事実隠蔽が行われかねず、真の再発防止に役立たない事もありうる。 だから、「誰の責任?」という問いの立て方自体が、危険なのである。大きなトラブルの場合、原因を「個人の意識・資質」に求めず、フェールセーフを含む「システム」の綻びと考えて改善するべきなのだ。 あなたのケースでは、たぶんそれは、工場立会検査のあり方、あるいは試運転調整手順の仕方の改善、ということになりそうだが。

「誰の責任?」という問いが不毛なのは、じつは、「責任」という言葉が多義語だからである。以前も書いたことだが、日本語の「責任」の意味するところには、英語で言うLiability, Responsibility, Accountabilityの三つの語義が混じっている。Liabilityは法的責任(主に賠償責任)、Responsibilityは最後まで任務を完遂する実行責任、そしてAccountabilityは出処進退を伴う説明責任を意味する。ところが「説明責任」というのは(苦心の訳語だったろうと思うのだが)、最近ではいつのまにか意味するところが矮小化されて、「説明という行為をする責任」という風に使われることが多い。

Liability(賠償責任)についていえば、新製品の出荷が遅れることで顧客が被るかもしれない数十億円を、あなたの会社は、工事を請け負ったエンジ会社に請求できるだろうか。契約の内容にもよるが、請負契約の常識から考えると、ふつう「間接損害」までは請負側は責を負えない。第一、そんな金額は工事請負額自体を超えてしまうだろう。だから、かわりに納期遅延のペナルティ条項(LD)が一定比率で課される、というのが通常のケースだ。

もちろん、請負でやっている以上、機械の再製作も、周囲の撤去と修復もすべて、エンジ会社が、追加費用なしでやらなければならないだろう。これらは「直接損害」であり、彼らに原状回復の「実行責任」がある。自動制御メーカーの選定も、出荷前検査の立ち会いも、そして問題の誤操作も、彼らが主体となって行ったことだ。言い訳の余地はあるまい。

では、あなたの会社と顧客との関係ではどうか? これも顧客との販売契約内容によるが、あなたの会社は顧客に対する数十億ものLiability(賠償責任)はないだろうと思われる。あなたの会社だって、間接損害を青天井で受けるような契約は交わすまい。

この件では、ただ、「道義上の責任」は生じるし、信用失墜はまぬがれまい。顧客から見れば、そのエンジ会社を選んで任せたのは、あなたの会社である。事態の大きさから見て、おそらくあなた個人が頭を下げてすむ次元ではない。役員か社長レベルがAccountableであろう。そして、取引継続のためには、「できる限り早期の製品納入」と「再発防止策」を約束せざるを得ないだろう。だからこうして、最初の答えに戻ってくるのである。ちなみにあなたの会社で「責任者の処罰」が行われ、社長が辞任しようが工場長が左遷されようが、それは顧客にとっては何も関係がないことだ。トラブルの迷惑が社会にかかった場合も、株主に迷惑がかかった場合も同じ。社会や株主が求めるのは、まず「避難処置」、つぎに「再発防止策」の実行である。責任者の処罰は、やるとしても、その後だ。

もう一度繰り返す。トラブルが生じたとき、まず「誰の責任か?」と考えたら、それは問題設定自体が間違っている。「避難処置」と「再発防止策」は何か、と問わなくてはならない。

このような間違った問いかけは、トラブルは誰か個人の責任である、という考え方にたっている。逆に言えば、トラブルなく成功した場合の功績も、誰か個人に帰する、という発想だ(前回記事「Key Success Factors - 成功理由を説明する10の方法」参照のこと)。そうした発想方法は、組織的・システム的なリスク対策と、改善の契機をうばってしまうだろう。

この話は、ここで終わりにしてもいい。だが、あと一つだけ指摘しておきたいことがある。

それは、ビジネスにおける政治的な動きが強い状況だと、「誰の責任?」という問いかけがすぐに生まれやすい、ということだ。ここでいう「ビジネスにおける政治的な動き」とは、ビジネスの経済合理性よりも、個人や徒党の利害・権力争いを優先させる態度、をいう。経済的に合理性があるのはAという決断でも、自分(たち)に不都合ならばBを優先させる、という態度のことだ。『政治的』といっても、別段、国レベルの政策論争やら支持政党の有無などとは、まったく関係がないことに注意してほしい。

組織の中の政治的な動き、権力闘争がはげしい場合には、何かトラブルが生じた際に、すぐさま「誰それの責任だ」という攻撃合戦になる。そうして「敵の首を取る」ことが最大課題になる。再発防止策は、というと、「無能な奴を権力のある地位から追い出したことで、問題の再発は防止される」となってしまう。わたしはこれは、非常に危険なことだと思う。

もちろん人間は社会的存在だから、政治的な態度は誰にも大なり小なり備わっている。しかし、それが過度にはたらきすぎると、システム的なものの見方や、システム改善の動きをつぶしてしまう。誰かの「首を取った」ら、それで問題解決となってしまう。そういう組織では、「失敗からの学び」ができなくなってしまう。そして結局は、環境変化に適応できぬまま、沈没への道をたどることになる。

成功にせよ失敗にせよ、過度に誰か個人のせいに帰するのは危険な態度である。だからトラブル原因分析を、個人の責任追及の場にしてはいけないのである。


<関連エントリ>
 →「『責任』には三つの意味がある」 (2011-06-06)
 →「Key Success Factors - 成功理由を説明する10の方法」 (2014-11-03)
by Tomoichi_Sato | 2014-11-09 19:47 | リスク・マネジメント | Comments(0)

Key Success Factors - 成功理由を説明する10の方法

ご承知の通り、本サイトのテーマは、『計画とマネジメントの技術ノート』である。部下や後輩をリードし、仕事をマネージしなければならない立場の人に対し、“マネジメントのテクノロジー”について情報提供することを使命と心得て、書いているつもりだ。本サイトは「ビジネス・経営」といったカテゴリー分けをされることも多いが、わたし自身は、個別企業のビジネス批評や経営者批評をしたことはないし、興味もない。

しかし世の中には、経営批評や経営者の批評がお好きな人もけっこう多い。あの会社がこう成功した、この会社がああ失敗した、という具合に、飲み会の席でもよく話題にあがる。まるで、ひいきのスポーツ・チームの戦績を話題にするが如きだ。実際、似た気持ちなのかもしれない。皆さん、その会社のクルマや家電製品を使っているとか、ないしは(もしかしたら)株もお持ちかもしれぬ。

ついでにいうと、世の中には、プロジェクトのマネジメントを、会社の経営と同様のものと考えている人も多いようだ。プロジェクト・マネジメント関係のイベントでは、よく企業の社長や役員が招待講演をしている。自分はいかに事業にチャレンジし、いかに成功したか。面白いのだが、中身の話を聞いても、WBSもなければクリティカル・パスもない。ただただ経営の話である。わたしのように、プロジェクト・マネジメントと経営は相当に別次元のものだ、と考えるのは少数派らしい。

まあ実際、技術でチームをリードすることに行き詰まりを感じたプロマネが、ドラッカーの本を読んで啓示を得た、なんて話も聞く。むろんドラッカーの経営論も読めば有益であろう。しかし、プロジェクトとは、終わるために努力する仕事である。反対に、経営というのは、会社が終わらないために努力する仕事ではないか。プロジェクトのためにドラッカーを読むのは、なんだかマラソンにでかける前に、宮本武蔵の五輪の書を読むようなもので、少しtoo muchかつ方向違いの気がする。

まあ、ことは企業業績であれ、プロジェクトの成果であれ、いや、たとえスポーツチームの成績であれ、世の人々が批評の際に最も好む説明方法は、「リーダーの良しあし」であろう。リーダーが良いから、成功した。成功しなかったのは、リーダーに問題があったからだ。こういう説明は、単純かつ明快、誰にでもわかりやすい。

成功を左右するキーとなる要因を、経営学ではCritical Success Factor (CSF)と呼ぶ。簡単のため、本稿では以後CSFという略語を使おう。上記のような説明は、リーダーの質がCFSである、と考えている訳だ。もちろん、それ以外の要因をCSFだと考える論者もいる。世の中には数多くの経営論があるのだ。わたしは、それらを数え上げていくと、大別して4つのカテゴリー、もう少し細かく分けるとだいたい10種類くらいになると考えている。なぜ、そんなに種類があるのか。そして、どれが議論として説得力があるのか? 少し考えてみたい。

まずは、上記の「CSF=リーダー個人」論である。プリミティブだが、とてもわかりやすい。小中学生でも理解できる論議だ。このリーダーの良しあしは、器量の大きさとか、資質の高さ、性格の良さといった、人格の特性で表現される。

いうまでもないことだが、人格の大部分は生まれつき決まったものである。それに加えて、育った家庭環境や経済状態にも大きく依存する。ということは、組織が成功するためには、良きリーダーを据えるべきであり、そのリーダーは、氏や育ちを重視して選ぶべきだ、ということになる。となると、この論理に従えば、組織トップは家柄・階級制で決定すべし、という結論になりがちだ。

だが、江戸時代の階級社会ならいざ知らず、近代社会ではこれはいささか不都合な結論であろう。そこで、むしろ「リーダーの知識・能力・経験」こそが肝要だ、という考え方が現れる。これが第2種のCSF論である。家柄より能力。まさに明治維新を推進したのはこの考え方ではないか。

では、知識や能力を持つリーダー候補は、どうやったら見いだせるか? そのためには試験で客観的に測るのが一番いい、と明治政府は考えた。そのために帝国大学を設立し教育制度を整備した。しかも知識経験は、当然ながら経験年数とともに増えていく。だから、組織トップは学歴と年功序列制で決めるべきだ、という結論になる。官庁は今でも、この考え方で運用されているように見受けられる。

だが、これにも批判はある。たかが二十歳あたりの試験の成績で、人の出世コースがすべて決まってしまうのはおかしいではないか。むしろ、意思・熱意・根性、すなわち「リーダーのパッション」こそを重視すべきだ。こう信じる人も多い。これこそ第3種のCSF論である。精神一到、何事か成らざらん。鉄は熱いうちに打て! ぬかに釘!ーーいや、少し違うか。ともあれ、リーダーの意志力を重視する考え方は、明治の市民社会勃興期の事業家たちに共通するし、それは今日の社内ベンチャー制などにも影響を与えている。

第1種〜第3種までのCSF論をまとめて、わたしは『人間主義:リーダー個人』論と呼ぶことにしている。区別のため、この3つを「Aカテゴリー」としておく。

これに対して、Bカテゴリーとして、『集団主義: チーム』論とも呼ぶべき一連の系譜がある。組織のパフォーマンスを論じるのに、リーダー個人だけを見るのは不十分だとの考え方である。仕事の規模が大きくなり、組織としての力が必要になる近代産業社会で、次第に力を増してきた。

Bの第1種のCSF論では、組織の成員である個人個人の力量が大切だと考える。四番打者ばかりが素晴らしくても、あとの打線がだらしなかったら、どうやって得点を重ねるのか。組織の戦果は、成員の力量の合計で決まる。これはこれで、わかりやすい理論である。この論者が願うのは、スタープレイヤーばかりが集まった、「ドリームチーム」である。年に一度、あるいはオリンピックのときに、この夢の布陣はかなう。

でもさあ、ドリームチーム必ずしも最強ならず、じゃない?ーーそんな批判もありうる。いくら良いメンバーが揃っていても、統制がとれていなければ、烏合の衆である。きちんと位階と責任と命令系統が機能しなければ、組織は機動力を発揮できない。統制こそ成功の最大要因である、と考えるのが、Bの第2種のCSF論である。もちろん、こうした組織論の理想型は軍隊であるし、だから近代の富国強兵の時代に大きな影響力を発揮した。

さて。組織力というものを、単純な個人の集合(合計)と考えるのがB1種で、そこにタテ社会的な統制の軸が必要だと信じるのがB2種だとしたら、いや、組織にはもっと体系的ないし有機的な連携の仕組みがいるはずだ、と考えるのが、Cカテゴリーの「システムこそ成功要因」論である。システムとといっても、別にコンピュータ利用のことを言っているのではない。システムとは、複数の機能要素が連携して有機的な作用を生みだす仕組みであり、それは、体系化された役割分担(機能分業)と、標準化された手順と、情報伝達手段によって生みだされる。「トヨタ生産システム」などはその典型例だと思えばいい。

このようなシステムを構築してきちんと運用できれば、属人性が減るから、誰もが一定レベルでパフォーマンスをあげられるようになる。統制の取れた軍隊組織もけっこうだが、将校や下士官が無能だったら役に立たぬ。その点、システムは安定した成果をあげられるから、とても有効である。こうした思想をCの第1種とするならば、これは欧米的近代企業に共通する基盤であろう。

しかし、システムの安定性と継続的改善だけで、現代の荒波を乗り切れるのか。むしろそこで大きく成功するには、イノベーションというパワーが大事なのではないか。そのためには、組織内での知的能力、すなわち「ナレッジ・情報化」が重要だ。これが、Cの第2種のCSF論だと考えられる。この種の論者も、今日には多い。彼らの理想とする組織は、たとえばGoogle風のイノベイター企業であり、あるいはジョブズ時代のAppleなどである。知的能力の最大化による新市場の開発。これこそがイノベーション時代の成功要因である、と。

カテゴリーBとCの議論は、リーダー個人ではなく、組織・集団レベルでの力こそ、成功を左右する鍵だと考える点では共通である。

これに対して、ビジネス環境を、もっと重要な因子ととらえる考え方がある。これを最後のカテゴリーDと呼ぶことにする。Dの第1種は、「適切な市場環境のポジショニング」こそが成功要因だと考える。たとえば、有名なポーターの『競争戦略論』などはその典型であろう。いかに組織が優秀で、すぐれたシステムや製品を持っていたとしても、大勢が競合する市場で戦ったら、安値競争で揉みくちゃにされるしかない。そんな場所は避けて、もっと競争のないブルーオーシャンを目指しなさい。そのために一番必要なのは、マーケティング戦略である・・これが、とくに最近のビジネススクールでメジャーな考え方らしい。

ところで、世の中にはもっとクールで現実主義的ないき方もある。それは、どうせ良いポジショニングを目指すなら、政策や利権と結びついた方が得策だ、とする考えだ。こうした発想からは、当然の如く『政治力』が重要視される。英米とは異なり、最近の新興国では国家資本主義ともいうべき動きが目立つ。その背景にあるのが、Dの第2種ともいうべき「利権・政策こそCSF」論である。

さて、このD2をさらに徹底し、さらに大きな視野でみる立場が、最後のD3:「時代・強運こそ成功の最大の基盤」という論であろう。特定の政策や政党と結びつき、政商的な立ち回りをしても、それが何世代も続いて有効だった例は乏しい。むしろ、そのときどきの時代の流れに乗り、運をうまくつかんで成長し続けることこそ、究極の成功である。そう、思わないだろうか?

これまでのところをまとめてみよう。以下の10種類の成功要因論がある。それは、プリミティブなものからはじまり、より時代の試練と大きな視野を通じて、この順に、高度なものとなってきた。

(A1) リーダー個人の器量・資質・性格
(A2) リーダー個人の知識・経験
(A3) リーダー個人のパッション
(B1) 成員各人の力量の合計
(B2) 統制
(C1) 分業組織・標準化
(C2) 知性・情報化
(D1) 市場環境
(D2) 利権・政策
(D3) 時代・強運

さて、そうすると最も高度なCSF論は「強運」という、身も蓋もない見解になる訳だ。が、ちょっと考えてみてほしい。世の中で、一番強運な事は何か。自分でどう努力しても手に入らぬ、運命としか言えぬものは何か? それは、自分の生まれつきではないか。どんな家柄のどんな性格に生まれつくか、だれもコントロールできぬ。そうすると、じつは(D1)の究極は、(A1)に通じる、ということになってしまう・・

どうやらわたし達は、壮大なループ、あるいは昔話で言う「ねずみのお嫁入り」状態に陥ったようである。ねずみよりは猫が強く、猫より犬が強く・・と追いかけていくと、最後には結局ねずみにたどりつく、という、あの昔話である。

では、どう考えたらいいのか。わたしは、上記の10種類のCSF論は、三角形のパースペクティブの中に付置できると思っている。それが下図である。三角形の左辺が、『人間主義:リーダー論』、右辺が、『組織・システム論』、そして下辺が、『ビジネス環境論』だ。

e0058447_23525334.gif


三角形の三つの頂点は、それぞれ、上が「ガンバリズム」の軸、右下が「戦略イズム」の軸。左下が「オポチュニズム」の軸に対応すると解釈すると、分かりやすい。これらが、現在世の中に流通している、さまざまな成功要因論の対立軸を示す。もし「ガンバリズム」が優勢なら、どんな環境も克服できるはずだ。もし「戦略」が万能なら、リーダーの人間性は不要である。そして上手に運に乗る「オポチュニズム」が最強ならば、組織に仕組みなんかいらない。だから、これら10個のCSFは、全部同時には並び立たないのである。

ここから導かれる結論は、二つだろう。まず第1に、われわれが何か事業や会社の成功理由を分析するときには、自分の視点が、個人・システム・環境の三角形の中のどこら辺に位置しているのかを、ちゃんと自覚しなければならない、ということだ。そのときどきに、ぐるぐると場所を変えて、しかもそれを自覚しないのは一番いけない。ちなみに、わたしはこのサイトで「システム論」を繰り返し主張しているが、それは、わたし達の社会ではシステム論的な視点が非常に手薄だから、バランスをとるべく、そうしているのである。システムだけが万能だ、などと主張するつもりは全くない。

もう一つの結論は、「ものごとの成功理由を説明するのは簡単だ」ということである。なにせ説明の方法は、こんなに沢山あるのだ。だから、何かを見て、その成功を説明してみただけでは、たぶん不十分なのだ。むしろ大事なのは、結果を説明することよりも、将来を予測することなのだ。予測した上で、検証する。これが本当に役立つ態度であろう。だから居酒屋でビジネス批評の意見を聞かれたら、「でも、来期はどうなると思います?」と聞き返すのが、わたしの趣味なのである。
by Tomoichi_Sato | 2014-11-03 23:56 | ビジネス | Comments(0)