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書評:「ザ・ジャストインタイム」 フレディ・パレ&マイケル・パレ 著

ザ・ジャストインタイム 〜現地現物が最高の利益を生む (Amazon.com)


技術はある。製品も売れている。上場したばかりのその会社は、傾いたライバル企業を買収し、工場と人と生産能力も手に入れたはずだった。だが、なぜか資金繰りが苦しくなり、銀行からは与信枠の拡大を拒まれて、今や八方ふさがりの状態に陥っていた——

この小説は、窮地に陥った若き経営者フィルが、友人マイクの父親で、リーン生産の専門家であるボブの助言をかりつつ、何とか会社を建て直していくスリルに満ちた物語である。ボブはかつて自動車部品メーカーの役員をしていた人だが、いくつもの会社を渡り歩き、経営を好転させては、避けがたい権力抗争に敗れて会社を去ることを繰り返した後、引退し趣味のヨットに打ち込んでいたのだ。

ボブをなんとか口説き落として、生産現場を見てもらうことになったが、ボブは現場を一渡り見てから、こう宣言する。『ここは金脈だと自分に言い聞かせなさい。われわれの仕事はそれを見つけ出すことだ。わかるか?』(p.60)

生産管理とは、宝の山である。しかし、ほとんどの経営者は、それに気づかない。おまけに技術者や製造技能者も、かっこいいモノを設計したり作ることが自分たちの本来の仕事だと信じ、生産管理は「雑用の山」だと考えている。だが、その雑然とした山の中にこそ、金脈は隠れているのだ。まさにこの小説が"The Gold Mine"という原題をもつ所以である。

本書の舞台はアメリカ西海岸だが、著者のフレディ・パレとマイケル・パレはフランス人の親子である。フレディは長年ルノーに勤務し、トヨタ生産方式の欧州における普及に尽力してきた。息子のマイケルはパリ・アメリカ大学の准教授で作家だ。つまり、この小説のマイク(大学教員で心理学者)とその父親ボブは、彼ら自身がモデルな訳だ。ともあれ、フランス人が書いた、トヨタ生産方式による企業改善の物語という点で、本書はまことに異色、かつ新鮮である。米国式経営一辺倒でもない、単純な日本礼賛でもない、そのきわどいバランスに成功している。ほんのちょっぴりだが、ロマンスの香りもある。

世にビジネス書は数多く、いわゆる経済小説も少なくない。しかしたいていの小説が描くのは、もっぱら経営者の人物ストーリーである。事業の成功も失敗も、すべて経営者個人の人格と手腕による——こうした説明は分かりやすいが、つねに真実ではない。現実に事業のプラスとマイナスを分ける微妙な差は、生産管理のようなシステム・レベルの問題で起きている場合が多いのだ。

そして生産の仕組みをきちんとしたければ、まず生産に関わるもの全員に、「生産とはシステムである」という思想をインストールしなければならない。生産管理とは、この動的なシステムを御するための手立てである。しかし、このような抽象的な考え方は、あいにくメディアの手短かな感動記事になりにくいし、勉強したくとも世の中に良い生産管理の本は、案外少ない。だから、本書のような小説形式による説明が有用なのである。

多くの経営者は、規模を拡大すればスケールメリットで生産コストが下がると、単純に信じがちだ。だが、それはB2Cで企業向けに受注生産している会社には、ほとんどあてはまらない。この点を小説は最初に指摘する。

「生産数量が2倍になれば、コストはおよそ10%下がる。(中略)しかし、製品の種類を倍にすると、やはり10%か、それ以上コストが上昇する。困ったことに、工業製品の顧客はたいてい特注品をほしがるものだ。だから、たとえ主力製品ないし技術だけを扱っているつもりでも、実際に売っているのは単一の製品ではない。よってスケールメリットは具体化しない。コストは生産数量に応じて上昇するんだ。」(p.19-20)

この会社が製造しているのは、エネルギー・プラントに使う高圧電流用の真空遮断器である。一般読者には馴染みのない種類のものだろうが、組立加工業種に属する点では、多くの製造業とかわりがない。ボブは、改善の着眼点を教える。

「(製品の)流れを一つ選んで、上流に向かって歩く。そして、工程をたどりながら在庫の数を数える。ムダはほとんど目に見えない。だが在庫は目に見える。そして在庫があるところ、裏には必ず何らかのムダがひそんでいると推測できる」(p.63)
「あそこの女性、部品の山をかき分けて、次の作業に使うたった一つのものを探している。明らかに彼女は仕事をしている。だが、彼女の努力は製品に何一つ価値を付加していない。動きと働きは別物であることを認識すべきだ。(中略)作業の改善とは、動きを働きにかえることだ。」(p.41)

この会社が資金ショートに陥っている理由は、明らかに在庫の過多だった。しかし、ボブは在庫削減に手をつけることはしない。真っ先に指摘したのは、不良の問題だった。

「納品した1,000台のうち5台が不良品というのは、わたしの感覚からすれば許しがたい多さだ。それでは航空会社が乗客の荷物を紛失する確率と大して変わらない。」(p.40)
「赤いプラスチックのゴミ箱をいくつか用意したまえ。それをそれぞれの持ち場に置く。作業者に与える指示は一言、『作り直すな』だけでいい。手に取った部品に何か気に入らないところがあれば、それが前工程から流れてきた装置だろうと、材料だろうと、赤いゴミ箱に入れる。それだけのことだ。」(p.126)

ここには、優先順位の問題がある。これこそ、多くの企業がトヨタ生産方式に関して誤解している、最大の点である。真っ先に考えるべき事はコストダウンではなく、顧客満足、すなわち顧客に迷惑をかけないことなのだ。

「わたしの会社が初めてトヨタと仕事をしたのは、彼らのサプライヤー開発プログラムに参加した時だったが、トヨタは、われわれの工場で納品が滞っている全てのエリアの在庫を増やせと言ったんだ。(中略)それは、いわゆる緩衝在庫だったがね。それはすなわち、何より納品に全力を注げと言うことだ。(中略)納期の遅れも数量の不足もなく、確実に納品できるようになったら、放置してきた在庫の削減に集中する」(p.95)

もちろんボブは、アメリカ流の数字至上主義の経営思想が、工場を窮地に追いやり、結果として製造業の空洞化をまねいたことを指摘するのも忘れない。

「最も効果的なコスト削減の方法は、工場をたたんでしまうことだ。(中略)わたしが知っているある工場は、親会社の経営陣によって『コストセンター』に変えられてしまった。工場の経営層のボーナスは、削減できたコストの額と結びつけられた。当然ながら彼らはコスト削減に励んだ。顧客への出荷はとめどもなく落ち込んで、製品に質はどこまでも悪化した。1年後、最大の得意先2社に見限られ、工場全体を閉鎖するしかなかった。」(p.94) ——このような事例は、遺憾ながら、わたしの関係する業界でもみかけたことである。

若き経営者のフィルは、もともと物理学者で、研究から画期的な新技術を発明して企業化した人間である。生産については素人なのだ。ボブは彼に、生産管理の基礎的な式や定義も含めて、ゆっくりと説明していく。

タクトタイム = 1日の稼働時間 ÷ 1日あたりの顧客需要」(p.115)
「作業者数 = 作業内容の合計 ÷ タクトタイム」(p.118)

そして、在庫問題の発生する本当の原因が、作業のばらつきに起因するムダにあり、標準作業を工夫する必要性に気がついていく。かくて話は、しだいに流れの整流化の方向に向かう。

「ミスをなくし、作業を標準化する最善の方法は、1人の作業者のサイクルを1分以内にすることなのだ。いいかね、1分だぞ。」(p.229)
「(ラインから人を減らすときに)仕事のできない者を外す傾向があるが、それは大間違いだ。そんなことをしていたら、いつまでも仕事を覚えないからな。」(p.109)

「翌週、何を作るかを知るためには、顧客の計画を知らなければならない。」(p.412)

しかし当たり前だが、このような生産現場の改革は、あちこちで人の抵抗に遭う。現場の労働者からも、リーダークラスからも、そして開発技術者や、経営者からも反発・批判・無理解が出る。

「大事なのは人だ! 機械でも、組織でもない。金ですらない。人には考えも感情もある。自分の仕事もよく知っている。部下とは協力関係を築くべきであって、敵に回すのは論外だ。金は結果に過ぎない。協力し合った時、人がどれほどすばらしい仕事をなしとげることができるか、金はその記録帳のようなものだ。」(p.154)
「責任感を持てと命じても仕方がない。感情の問題だから。命令されて責任感を持つようになるものはいない。」(p.184)

後半、現場を見ずに、頭の中だけでジャストインタイム風の施策を講じ、MRPを週次で回してはサプライヤーにJIT納品を押しつける管理職が出てくる。彼に対するボブの態度はきわめて辛辣だ。「大事なのはアティテュード(態度)の問題だ。」と彼は言う。結局この男は職場を去ることになるが(このあたりはいかにもアメリカ的である)、日本だったら簡単に辞めることはないし、クビにすることだってできない。そういう点では、この小説を読んでそのまま日本に当てはめようとしても、そう問屋はおろさないだろう。我々は我々なりに、別のタクティクスを考えなければならない。

小説の最後に近くなってから、田中さんという日本人が出てくる。大野耐一から直接教えを受けたという老人だ。もちろん西洋のドラマだから、彼は(まるでスター・ウォーズのヨーダの如く)東洋風の叡智に満ちた人間に描かれる。しかし、この小説は、毎度毎度同じ事を繰り返し説くトヨタ流への風刺も忘れない。たとえば在庫量を湖の水位にたとえ、水位を減らせば隠れていた岩(問題)が見えてくる、という話を引用したあとで、こんなジョークを紹介する。

「ペルーでフランス人と日本人とアメリカ人が工場を建てようようとしていた。だがゲリラに捕まって人質にされ、資本主義の手先だから銃殺すると言われた。ゲリラは3人に、最後の言葉を残すことを許した。フランス人は『フランス万歳!』と叫んで撃たれた。次は日本人の番で、『では湖と岩について話したい』と言った。その途端にアメリカ人が飛び出してきて、銃口の前でシャツの胸をはだけて叫んだ。『湖と岩の話をもう一度聞かされるくらいなら、先に撃ってくれ!』」(p.264)

大野耐一については、こんなジョークだ。

「たとえば100人の人員が、ある生産を問題なくやりとげられるとする。すると大野耐一がやってきて、10%もの人員を連れ去り、残りの90%で同じ内容の業務に当たらせる。当然ながら、残った人員はありとあらゆる問題に直面する。そして、ようやく問題を解決して、新しい目標を達成したかと思うと、また大野がやってきていう。『よし、今度はもう10%連れて行くぞ』。彼らは全員叫んだらしい。『Oh, No!
 そこでこの方式は、『オーノ』方式として知られるようになった。」(p.83)

もちろん小説だから、改革はいくつもの抵抗に遭いながらも、次第に成功の方向に向かっていくし、読者だってそれは予期している。ただ、その過程で経営者フィルは大事な部下を失ったり、いくつもの辛酸をなめた上で、次第にスタートアップの発明家からリーダーに成長していく。

「常に優秀な人間からいなくなる。それがリーダーにとって2番目に大きな問題だな。」(p.440)
「チームのメンバーに、自分の職場が一番だと思わせなければならない。この雰囲気、この価値を実現する職場は、他にきっと見つからないと。」(p.442)

他方、友人マイクは心理学者らしく、その問題にコメントする。

「人が仕事をしていて何に幸福を感じるかを、ずっと調べている研究者がいる。その調査によると、課された仕事の難しさと、その人の仕事に対する習熟との間で、バランスが取れていなきゃならないらしい。仕事が重すぎるとストレス過剰になり不安な気分になる。(中略)もう1つ大切なのは、人には自分の置かれた状況を合理的に説明してくれる理論が必要だということだ。きちんと説明がなされれば、彼らは幸福でいられる。」(P.217)

当たり前だが、仕事の問題は人にはじまり、最終的には再び人に行きつくのだろう。

「部品を作る前に人を作るべし。」(p.217)
「改善はむしろ、人を作る1つつの方法だ。」(p.403)

しかし、その円環の途中には、混沌を排し、人が単なる『動き』でなく『働き』に集中できる生産システムの構築が必要なのだ。そして、そのシステムの設計と構築には、たしかに理屈が必要だ。だから本書には、数字による四則演算レベルの説明例は多く出てくる。けれども、難しい数式など一つもない。生産管理とは、別に文系理系を問わず、普通の知性の持ち主ならば理解できるし、理解しておかなければならないはずのものである。小説としてはけっこう分厚い方だが、きちんと生産の思想を学びたいと思う人には絶好の入門書であろう。強くお勧めする。翻訳も読みやすい。
by Tomoichi_Sato | 2014-10-26 16:40 | 書評 | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(11月27日)開催のお知らせ

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2014年第6回会合を、以下の要領にて開催いたします。

今回は、受注型プロジェクトの見積と受注戦略について、この分野の専門家である文教大学の石井信明先生にご講演いただきます。石井先生は情報システム学会理事で、要求工学やプロジェクト・マネジメントの研究家であり、また幅広い実務経験もお持ちです。

ご 存知の通り、受注ビジネスでは、限られたマンパワーの中で、受注したプロジェクトを遂行し、そのかたわら、次の案件の見積作業を行う必要があります。見積 の精度を上げるには多くのマンパワーを要し、受注案件の遂行を圧迫します。しかし見積を手薄にすると、見積精度が落ちます。しかも、需要は常に変動のリス クを伴っています。このような環境下で、どのようなバランスがもっとも長期的に利益を上げうるのか?
世界トップクラスの論文誌「International Journal of Project Management」に発表された最新の研究を中心にお話いただきます。ご期待ください。


<記>

■日時:2014年11月27日(木) 18:30~20:30

■場所:三田キャンパス・旧図書館・小会議室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
キャンパスマップ・【2】になります

■講演タイトル:
需要変動下における受注戦略のマネジメント ~受注ビジネスを例に~」

■概要:
  グローバル化と技術革新スピードが速い現在、持続可能な経営の実現には、継続的なコスト低減努力に加え、顧客要求の変化、技術の陳腐化など、動的環境下で のリスクとコストのバランスの維持が求められています。なかでも、需要変動リスクに対応した需給マネジメントの高度化が必要です。ここでは受注産業を取り 上げ、受注戦略と需給マネジメントについて検討します。


■講師: 石井信明 (文教大学情報学部)

■講師略歴:
  東京工業大学工学部経営工学科卒業。日揮株式会社を経て、現在、文教大学情報学部教授。主な著書に、「プロフェッショナルを目指すシステム分析入門」(コ ロナ社)、「需給マネジメント」(朝倉書店)など。現在は、経営高度化技術の研究に従事。プロジェクトマネジメント学会理事、情報システム学会理事。博士 (工学)。


■参加費用:無料。
 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(\1,000)は免除されます。

 参加を希望される方は、確認のため、できましたら当日までに佐藤までご連絡ください。


佐藤知一@日揮(株)
by Tomoichi_Sato | 2014-10-24 22:48 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

パラメトリックな作業量の見積とは

工場における製造設備の能力はふつう、『時間』で測る、というと驚く人がよくいる。製造能力というのは、1分何個とか、1時間何台とか、1日何トンとか、数量で測るのが当たり前ではないか。そう、思うのだろう。たしかに、ある特定機械の単機性能を比較するなら、それでいい。しかし、複数の製品を生産する工場全体の能力計画を立てるときには、それではうまくない。工場内には、大きさも複雑さも異なる部品・材料・製品が同時に数多く流れているからだ。同じ機械が、小部品なら時間10個作れるが、大部品だと3時間で1個しか作れなかったりする。そんなときに、部品の合計個数で計算したって、ネズミ1匹とゾウ1匹を合計2匹と足し算するようなもので、意味がない。

だから工場の能力計画では、逆に作業時間(機械設備の占有時間)に換算して、足し算するのである。たとえば今日はこの機械で、ネズミ部品30個と、ゾウ部品4個を加工しなければならない。ということは、3 + 12 = 15時間を要する訳だから、残業しなければ足りない。こういう風に、時間ならば加算できるので、能力はすべて時間という共通単位で測るのである。

もちろん、製品・部品を全部重量(トン数)に換算しても、一応足し算はできる。じっさい、製鉄業とかガラス・基礎化学工業といった素材系の業種では、時間単位ではなく、よく重量単位が用いられる。ただし、それは、ほぼ同種類で、単価も似たような製品群を作る工場の場合に限られる。単価も加工の手間もまったく異なる製品を、全部重量換算で足し算しても、生産能力のモノサシには不適だし、そんな管理をしている会社に出会ったこともない。

(すぐ余談におちいるのが、わたしのくせだが、重量単位で思い出したことがある。ときどき中東で金や銀のアクセサリー・ショップを見ることがある。いろいろなデザインの指輪やピアスがあり、見ていて飽きないのだが、さて値段を聞く段になると、売り子はたいてい、秤を取りだしてきて重さを量り、それに単価をかけて「XXドルです」、みたいなことをいう。つまり、デザインも加工賃もすべて込みの、重さによる計り売りなのである。デザインの美しさとか加工の精密さとか、モノによってずいぶん差があるはずなのだが、そうしたファクターは捨象されてしまう。素材の値段に比べて、人件費比率がかなり安いから成立する販売の仕方である。ソフトはハードのおまけ。どっかの建築業界みたいだ^^;)

本題に戻ろう。製造の世界では、モノの大小や手間の度合いの差が大きいため、能力計画は時間(分)単位に換算して行う。概略の手順はこうである:

(1) 受注があったら、それぞれの製品のBOM(部品表)にしたがって、部品展開する。
(2) そこから各部品の所要量が決まる(むろん手元に在庫があったら引き当てて、正味の所要量を計算する)。
(3) つぎに、各部品製造工程における作業量を求める。作業量は、部品の所要数量をもとに、その工程で必要な人や機械の生産性を用いて、時間(分)数に換算する。
(4) 各機械で捌かなければならない時間数を、すべての製品に関して積み上げる。
(5) もし積み上げた数値が上限を超えていたら(たとえば1日8時間・週休2日の職場なのに、合計値が週に60時間もあったら)、どれかの作業を前の週か後の週にずらす、あるいは他の機械にふり直す、などをして、上限値に収まるように、スケジュールを修正する。
(6) スケジュールを正式発行し、各職場に作業指示を発信する。

とくに、(3)-(5)の段階を資源能力計画とよび、(4)を「山積み」、(5)を「山崩し」という。この作業を手助けする生産スケジューラのソフトウェアもいろいろある(日本にはこの分野で優秀な製品が多い)。山崩しをきちんとしないと、現場で実行不可能な仕事量を抱え、残業しても追いつかなくなる。納期遅れをおこすだろうし、さらに品質低下のおそれもある。

この際に大事になるのが、(3)の「人や機械の生産性を用いて」計算するためのデータである。生産性とは、

 [生産性] = [産出量] / [投入時間数]

で定義される。簡単に言うと、「あるモノを1個作るのに、何分かかるか」をいう数字だ。前述の『能力』が、これの逆数になることはお分かりだろう。製造業では、生産計画に混乱を来さないため、各部品の製造工程における能力(生産性)を、あらかじめ算定しておかなければならない。それは、製造原価にも直結する。

ところで、これまで何千個も作ってきた物なら、生産性を測ることもたやすいだろう。しかし、まだ受注したばかりで、これから初めて作るような製品の場合はどうするのか? もっといえば、新しい製品を顧客に見積もる時、どうやって生産性を(いいかえれば製造の作業時間を)推定するのか? 人が何時間働き、どの機械を何時間占有するかが、見積原価の重要な要素となる以上、そこをさけて通ることはできない。

まず、基本は部品展開(工程バラシ)である。その上で、各部品がそれぞれの工程で必要な作業時間数を見積もって集計する。各部品の作業時間数は、工程と作業の種類によっては、作業者の単位標準作業にさらに分解して、そこから積み上げる場合もある。しかし、それが難しいケースも多い。そこで通常、その工程の作業生産性を示す何らかの尺度(パラメータ)から、推定する。これをパラメトリックな作業量の見積法と呼ぶ。

より正確に言うと、こんな手順になる。——ここに、ある仕事量があったとする。(1) まず、その仕事量を、うまく代表できる何らかのモノサシ(パラメータ)で、数量化する。(2) つぎに、そこの人なり機械なりの標準的な能力(時間あたりの数量)で、その数量を割り算する。(3) その結果、必要な作業時間数が求められる。

このとき、仕事量を代表するような、うまいモノサシ(パラメータ)を見つけることが大切だ。たとえば建設用鉄骨構造物の溶接組立に要する時間は、鉄骨部材のトン数に比例するのか、それとも個数(ピース数)に比例するのか? 答えは簡単ではない。もしかしたら、柱や梁に相当する大型部材はトン数で、また補強など小物部材はピース数でそれぞれ測って、足し算する方がより正確かもしれない。よく部品なら個数、材料ならトン数、と単純に決めているところがあるが、それは早計だ。

このように、具体的な目に見える製造作業であっても、その作業量を見積もるにはそれなりの知恵とノウハウがある。それをきちんと開発・ブラッシュアップしているかどうかによって、その会社の成績は長期的には大きな差がついていくだろう。見積に直結する以上、当然のことだ。また、下手な作業量の見積をすると、山積みで無理が生じて、品質や納期にも影響していくはずである。だから、パラメトリックな作業量推定は、とても大事な技術なのだ。

前回、わたしが書類や図面の読み書きするスピードを、ストップウォッチでときどき計測していると書いたのも、じつは同じ発想からきている。わたしの場合、目に見えにくいオフィスワークに従事している。それも、繰り返し性の薄い、プロジェクト型ないし問題解決型の仕事が多い。しかし、たとえそうであっても、それを基本的なプロセスに工程バラシしていくと、最後はパラメトリックな単位作業に行きつくはずだ。書類を読む、メールを処理するというのは、その一番端的な、アトムに相当する。だから計測しているのである。

それだけではない。わたしが自分の作業時間の記録をすべてとっているのも、個別のタスクにどれだけ時間がかかったかを調べて、適当なパラメータを探したいと思っているからなのだ。わたしのいるエンジニアリング業界では、たとえば配管の詳細設計ならば、レイアウト図1枚を作成するのに、全部で何時間かかるかといった生産性の数値から見積もる。そこには、インプット条件の整理、計算、図面作成、チェックと承認といった単位作業が全て含まれている。それらを込みで、図面枚数というパラメータで集約・整理するのである(もちろん見積時点ではレイアウト図の枚数自体がまだ不明だから、それはまた別の方法で推計する)。わたし自身の仕事は配管設計よりもずっとマイナーだから、自分で分析しないと、誰も見積もってはくれない。そして山積みの誤差は、すべて自分自身に降りかかってくることになる。

たまに、「エンジニアリング業界はいいですね、目に見える仕事をしているから」とIT業界の方にいわれることがある。ITは成果物が目に見えないから、客に進捗も見えないし、作業量の見積も難しい、という訳だ。どういたしまして、目に見える仕事だって、傍で思うほど単純ではないですよ。「見えない作業は、目に見える作業とはまったく異なる」という感覚は、「だから目に見える金の重量だけで値段をつけよう」という中東のアクセサリー屋さんの精神構造と、ある意味、裏表の関係である。また、知的作業は「量よりも質」で、「ひらめきが大事」だから、生産性の概念にそぐわない、というご意見もよく頂戴する。だが、ご自分のオフィス滞在時間の何割を、その玄妙・深遠にして価値ある知的思考の時間にあてているか、ご存じなのだろうか。測ってみたら、がっかりすること請け合いである。

仕事量の全体と自分の生産性が見通せなければ、もちろん正確な見積もできないし、競争に勝つことだって難しいだろう。それ以前に、自分が自分のスケジュールをプログラムすることができなくなる。誰か他人が見積もった勝手な山積みの下であえぎたくなければ、パラメトリックな推定法を磨くべきだと思うのだ。
by Tomoichi_Sato | 2014-10-19 22:24 | 時間管理術 | Comments(0)

お知らせ:ITmedia/MONOistに 『日系企業が国内生産にこだわるべき理由』を公開しました

製造業の技術者向けコンテンツを配信しているWebメディア「ITmedia/MONOist」に、生産の海外展開と工場立地に関する連載記事(4回シリーズ)の第4回目を公開しました。

最終回の今回は、日本企業はもっと「工場立地としての日本市場」を大切にすべきだ、という理由について、あらためて解説しました。

・海外展開でもうかる企業は一部だけ!? 日系企業が国内生産にこだわるべき理由
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1410/16/news005.html


本シリーズは、TPMコンサルタントとして海外で長らく活躍してこられた、田尻正治氏との共著です。
工場の立地問題に関心のある読者の方々のご来読をお待ちしております。

参考:

<第1回記事>
生産の海外展開に成功するカギ――工場立地を成功させる20の基準とは?

<第2回記事>
「工場立地」面から見たアジア各国の特性と課題

<第3回記事>
実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由とは


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2014-10-16 21:30 | 工場計画論 | Comments(0)

パーソナル時間管理のベーシック

いま、目の前にA4で30ページの英文の仕様書があるとしよう。中身はまだ、まったく見ていない。さて、これを読んでレビューするのに、どれくらい時間がかかるだろうか?

わたしの場合、答えは簡単だ。集中できる時間で、ほぼ2時間かかるだろう、と予測できる。なぜかって? わたしの仕事のパフォーマンス値によれば、英文の文書をきちんとレビューするのに、1ページ平均約4分間かかるからだ。30×4=120分で、ちょうど2時間になる計算だ。

ただしこれは、正味作業時間(Net working time)である。現実には、しずかに集中できる時間を、2時間も連続して確保するのはむずかしい。電話や上司の呼び出しやメール・打合せなどによる割込がある。だから、着手から完了までのグロスの時間(Elapse time)はもっと長くなるだろう。それでも、半日で終わる仕事なのか、3日かかる仕事なのかは明らかである。1ページ4分間というベースの数字があるからだ。

この4分間という数字を、どうやって決めたのか? それも簡単だ。測ったのである。まず、ストップウォッチを、用意する。この種のフリーソフトは沢山あるが、別に簡単なものでいい(わたしは"SGウォッチ" というのを使っている)。それから、Excelで、作業時間を記録する表をつくる。そして、何かドキュメントを読むたびに、ストップウォッチで開始と終了を記録する。それだけである。これを、2~3週間も続ければ、立派な記録ができあがるだろう。あとは、Excelで平均値を求めれば終わりである。

そんな馬鹿な、A4サイズの文書といったって、小さなフォントでぎっしり書き込んだものもあれば、大きめのフォントで行間もゆるゆるのものもある。途中で改ページして空白だらけのものもあるし、表や図が多いものもある。1ページの情報量は千差万別なのに、それを計測して、均一に1ページを何分と求めるなど、誤差だらけで無意味だ。--そう反論をされる方もあるかもしれない。

そう思うなら、試しに測ってみなさいよ。それが、わたしの答えだ。実際にやってみると分かるが、情報量の多寡にもかかわらず、1ページあたりの所要時間数は、ある平均範囲に収まるのである。ばらつきは最大でも倍半分、多くは±20%程度におさまる。そして、我々のオフィスワークでは、それだけの精度で作業時間を見積もることができれば、実用上十分なのである。くりかえすが、半日で終わる仕事なのか、3日かかる仕事なのかが分かるだけで、作業の予定と段取りは、大きくかわる。

上司に「これ読んで、明後日までにコメントまとめておけ。」と言われたとき、それなら今のワークロードから見て可能だな、と思うのか、残業しても終わらないと思うのかは、大きな違いだ。そして後者ならば、ただ「延ばしてください」というよりも、自分の中で根拠を持って「もうあと1日あればできます」と頼むことができる。そして実際にその期日までに間に合えば、自分の信用度は上がるだろう。安請け合いして間に合わない人間よりも、時間はかかっても期日の約束を守る人間の方が、評価は高いのが普通だ。

ただし、である。ドキュメントを読み込む作業時間は、むしろ読み方によって大きく変わる。わたしの場合、

check(ざっと見る)-- 参考図書などで、真剣に読む価値があるかどうかを判別するだけ
read(内容を読む) -- 一応、内容が頭に入る程度に読み込む
understand(理解する)-- 責任を持ってコメントを返せる程度に真剣に読み込む

の三つのレベルを区別して、パフォーマンス統計をとっている。そして、実際にcheckとunderstandでは倍以上、スピードが違う。

もちろん、読み込む対象は文書のみとは限らない。仕事柄、図面類もしばしば読むことになる。また、リストや表の類を読む必要がある場合もある。だから、「文書」「図」「表」「パワポ」の種別ごとに集計している。もちろん、A4かA3かというサイズの違いもだ。そして言うまでもなく、日本語か英語かでも、読むスピードはまったく違う。英文を真剣に読むと1ページ4分かかるが、日本語でざっと見るだけなら30秒足らずで終わる。

同じような統計はメールを読む時間にも適用可能だ。メールだって、長さはまちまち、添付ファイルの文書量も異なる。だが、添付ファイルはを別にすれば、メールを1件読むのに何分かかるか、測ってみるとある平均値におさまるものだ。だとすれば、1日に平均50通のメールを受け取る人間は、1日にメール処理作業(ざっと見て対応を仕分けする)に、最低でどれだけ時間がかかるか、見積もれる。もちろん、書くことに対しても適用できる。たとえばわたしは、自分のこのサイトの記事を一つ書くのに、どれだけ時間が必要か、だいたい知っている。

このようにパフォーマンス基準時間を測っておくことに、どんな意義があるか。答えは明瞭で、第一に、我々の『時間の見通し』がよくなるのである。段取りの向上、あるいは計画の精度アップといってもいい。我々はつねに先々を見通しながら、自分達のスケジュールを組立て、仕事をし、また余暇時間を使っている。現代人で、自分のスケジュール表を持っていない人はさすがにいないだろう。To Doリストを使っている人も、多いと思う。そうした自分の時間の使い方をうまくコントロールすることが、自分の生産性を上げる鍵となる。

とくに、時間管理術の要諦となるのは、納期管理ではなく、「いつ、その仕事に着手しなければならないか」という『着手日管理』である。作業の締切の金曜日になって、あ、今日が期限だった、と気づいても遅い。その仕事に三日かかるのなら、水曜日の時点で、うん、今日から着手しないといけないな、と自覚することが大切なのだ。だから、期限を記入できるだけで、着手日が管理できないようなTo Doリストは、役に立たない(もっとも、そういうソフトは現実には多く、いったい世の中のソフト開発者達はどうやって仕事をコントロールしているのか不思議に感じてしまう)。

そして、当たり前だが、その基礎となるのは、“ある作業をするのに、どれだけ時間がかかるか”という作業時間見積である。オフィスワークの作業の多くは、資料の読み込みと、思案と、そして文書や図表の作成から成り立っているのだから、自分が1ページをどれだけの時間で読み、1ページ書くのにどれだけの時間が必要か、知るべきではないか。工場では、IEエンジニアがストップウォッチを片手に、作業者が部品を手にとる標準作業が何秒かかるか測り、それを1秒でも短縮すべく苦心している。だとすれば、我々がオフィスで漠然と“知的作業だから時間は読めないよなあ”などと構えているのは恥ずかしい限りではないか。

ついでにいうと、わたしは、まれにトップマネジメントに対して直接何かの書類をメールで提出・上申する際など、メール文面の最後、添付ファイルのところに、あえて「Word文書○ページ、推定読了時間=×分」などと注記して出したりしている。向こうにどう思われているかは知らないが、こちらとしてはGood faith(誠意)の表明のつもりだ。こう記しておけば、それを読むのにどれくらい時間がかかるのか、開けてみなくても分かる。だから、今すぐ読めるのか、プリントアウトして後で読むべきか、判断の材料になるだろう。

企業における最も貴重な経営資源とは、人でもモノでも金でもない。じつは経営トップの『時間』なのである。トップはつねに超多忙だ。だから、そのトップにムダな時間の段取りを強いないことが、社員としてわきまえるべき大事なマナーなのではないか・・いや、偉そうなことをいうつもりはないが、わたしのような社員が貢献できるとしたら、せめてそのレベルのことなのだ(^^;)。もっと本音をいうと、ふつうの社員同士でも、メールに何かファイルを添付したら、推定読了時間までは余計としても、せめて「添付ファイルは何ページ」くらいはお互い注記したら親切なのにと、よく思う。

もう少しだけ言おう。上記のパフォーマンス統計は3週間程度のサンプリング計測で十分だが、わたしは、自分のオフィスにおける時間の使い方はすべて記録して、統計が取れるようにしている。会社の人事部に提出するタイムシートとは別に、である。タイムシートは、どのプロジェクトに何時間働いたか、目的別の集計をする道具だが、わたしは時間の様態(mode)別にも比率を分析できる。まあ一種の二重入力で、手間ではあるのだが、そのメリットは大きい。たとえば図は、今年のある月の、様態別集計である。

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図から明らかなように、わたしの場合、もっと比率が多いのは「会議」で、全体の34%である。会議と言っても、20名以上が参加する定例会議から、2名だけの会議卓での打合せまで含むが、とにかくそれがわたしの時間のほぼ1/3を占めている。2番目に多いのは「コミュニケーション」で、26%、全体の約1/4だ。これにはメールの読み書き、電話での会話などが含まれている。会議とコミュニケーションで、全体の6割である。中間管理職だからしかたない面もあるが、もう少しなんとかしたいと、よく思う。「データ処理」「レビュー」「思考」「文書作成」など、いかにもエンジニアらしい仕事をしている時間は、全体の1/4しかない。ちなみに「教育」に8%もとっているのは、週に1回、大学で教えている時期のデータだからである。

こんなデータを見ると、佐藤はいかに働いていないか歴然として、なんだかボーナスの査定に響きそうだ。だが、わたしは極端な例外ではない。そして、このような様態別作業時間統計を会社レベルでとって、生産性向上のための基礎データにしている会社も多いと思う。ただ、わたしとしてはもう少し突っ込んだ切り口の分析も必要だと考えている。それは、意図別の時間分析である。

わたしは、自分がこれからやる作業を、「価値を出す時間」(value time)か、「将来のために投資する時間」(investment time)か、「営繕のための時間」(maintenance time)か区別している。たとえば20人の定例プロジェクト会議に出席したとする。それは会計上は特定プロジェクトにチャージャブルな(原価性のある)時間だ。だが自分にとって状況把握が主であって、実りのある議論が行われることが少ないなら、それは「価値を出す」のではなく「営繕」の時間となる。

むろん、営繕は必要である。たとえばファイルの整理だって営繕だし、プライベートで言えば夜の睡眠だって営繕になる。ただ、それは自分の環境と生産性の維持には必要だが、直接の価値は生みださない。逆にたった二人の打合せでも、良いアイデアを生むためにやっているならば、価値時間となる。

文書を読むにしても、自分の知識やスキルを増やすために行うなら「投資の時間」であり、役職上しかたなくやっている書類事務なら「営繕」であり、周到にコメントして品質を上げるためなら「価値時間」である。自分がこれからやる作業は、価値・投資・営繕のどれに該当するかを、つねに意識し、なるべく価値時間の比率を上げたい、というのが、時間記録をとる意図だ。わたしの現実のデータはあまりにも生々しいのでここには出さないが、価値時間比率はがっかりするくらい、小さい。この三つの時間比率はどれくらいが理想的かを考えるのも、大事な課題だ。

もっとも、こういう話を書くと、「そんな自分の生産性を高める努力をしても、別に給料は上がらないし、下手をすれば仕事が増えるばっかりだ」という批判を頂戴することがある。また、それとは別に、知識労働の分野に、生産性の議論は当てはまらない、という反論も根強い。

わたしはそうした批判に、いちいち反駁して議論するつもりはない。それは、いわば仕事というもののとらえ方の違いだからだ。たしかに給料は上がらないかもしれない。しかし、自分の作業時間を予見し見積もる能力が上がれば、ただ指示や命令に応じて受動的に働く態度から、自分で自分のスケジュールを組み立てる能動的な立場に変わることができる。「時間に追われる」立場から、「時間を自分の味方につける」立場に変われるのである。

そしてなにより、仕事の能率があがり、少しでも残業を減らせて、たとえ週に1時間でも落ちついてものを考える時間が得られるなら、それは月給が数千円上がるより、ずっと価値があるじゃないか、とわたしは思う。ここでは何回もくりかえしたが、時間管理の最終的な目的は、「考える時間を作ること」である。経営者の時間が企業の最大の経営資源であるのと同じように、わたしたちも自分自身の人生の経営者であり、自分の時間こそがもっとも大切な資源なのだ。じっくりとものを考える時間を作り出したければ、時間分析のベーシックを、今日からでも身につけるべきだとわたしは信じている。


<関連エントリ>
 →「パフォーマンス基準時間の概念」 (2009-07-19)
by Tomoichi_Sato | 2014-10-12 20:06 | 時間管理術 | Comments(0)

存在しているだけで役に立つもの

これも、前回と同じ頃の話だ。

その日、わたし達は午前中の新幹線で出張に出ることになっていた。朝一番でオフィスに集まり、明日までの二日間の打合せで必要な書類一式を最終確認し、一緒にでかける手はずだった。ところが、プロジェクト・チームの一人が、なかなか出社してこない。彼は制御システムの担当で、その日の午後に、自動制御システム・メーカーと打合せする際の中心だった。気を揉みつつも、他のメンバーと書類の確認を続けていたら、ようやく40分近く遅れて、彼がやってきた。

--どうした。遅かったな。待ってたぞ。

「すみません。ちょっと家内が入院するんで、病院まで送ってました。」

--なんだ、奥さんが病気なのか。それは心配じゃないか。

「いえ、病気じゃないんです。だから出張は行けます。大丈夫です。」

--病気じゃないのに、病院に行ったの?

「今日が出産の予定日だったので・・。」

 あきれて、わたしは怒鳴った。

--そんな大事なこと、なんでもっと前に言わないんだ! 出張なんか行かなくていい。制御ベンダーとは俺が話をつけるから、書類を全部、すぐ渡せ。

「でも。」

--でもじゃない。向こうは命がけでやってるんだぞ。お前がそばにいなくてどうする!

彼は「わかりました」と小声でいって、書類を取り出すとすぐに会社を出ていった。わたしは重くなったかばんをかかえ、他のメンバーに合図して新横浜に向かった。

新幹線の車中で、書類を読みながら、今日の交渉のシナリオを考えてみる。わたしがその時おいかけていた新工場づくりのプロジェクトは、まだ提案段階のものだった。客先は何も言わないが、もう一社,競合相手が陰で動いている気配が強い。製造工程の中核装置は、客先のコア技術でもあり、客先が自分で設計・調達する。ただ、周辺工程をふくめて工場内にはかなりの物流量があり、クリーン度も必要とされるため、自動化された物流搬送が要求される。もちろん、建物も空調設備がごつい。そんな中、見えない相手と技術・価格の両面で勝負するのは容易ではなかった。顧客自身の要求仕様も、トータルの生産量や建物の面積などはあるが、細かい部分がない。というのも、製品が多品種受注生産である上に、技術革新が早く、顧客自身5年後に何をどれだけ新工場で作っているのか、予想もできないのだ。

競争の上で一番むずかしいのは、エンジニアリング会社であるわたしの勤務先に、メーカーのような目に見える具体的な『技術』がないことだった。この製品を見てください、どうです、このスピードと静音性! みたいなセールスがきかないのだ。わたし達がもっているのは、目に見えない“まとめの技術”、納期とコストと品質の制約の中で、複雑な新工場プロジェクトをまとめ上げる技術だ。すなわち「プロジェクト・マネジメント技術」が唯一最大の売り物なのである。

だが、これに顧客はどれだけの価値を認めてくれるのか。エンジ会社など通さずに、自分で直接メーカーからモノを買った方が安いじゃないか、と考える日本企業は少なくない。エンジ会社は毎年、何千億円の単位で工場の資機材を世界中から調達しているので、かなりのバイイング・パワーをもっているのだが、それでも国産の特殊な製造機械の分野は、自分達の方がプロで安く買えると、わが顧客も信じていた。だから、目に見えない“まとめ技術”に価値を見いだしてもらうためには、工場全体をスムーズに動かせる仕組みを提案し印象づけるしかない。そのため、制御システムが重要になるのだ。

ところで、ああは言ったけれども、正直なところわたしはPLCなどの制御系システムはあまり得意ではない。じゃあ何系が得意なんだと問われるとこまるけれども、制御よりももう少し上位系の、いわゆる製造実行システム(MES = Manufacturing Execution System)ならば、いくらか経験がある。

いわゆる中央制御室などのある大規模プラントでは、DCSと呼ばれる集中制御システムに、プラント各所の温度・流量・圧力などの計測データがすべて集められる。そこでDCSは制御ロジックに従ってフィードバック制御などのリアルタイム計算をして、各機械の起動停止や調節弁の開閉などの指示信号を送り出す仕組みになっている。プラント内の数万点のデータを1秒周期で取り込んでは計算し送り出す訳だから、扱うデータ量は膨大である。だから当時のDCSでは、1週間程度くらいしか履歴データを保持しなかった。そこで、DCSの上位に、Historianと呼ばれる別のシステムをつなげて製造実行管理に用いるのである。Historianのソフトは特殊な圧縮アルゴリズムをそなえていて、リアルタイムの測定データを数年分保持でき、しかもタイム・スタンプをキーとしたRDBみたいに扱うことができる。

しかし、そこまで規模の大きくない工場では、PCとPLCの組合せで制御と製造管理を行うというのが、当時の主流だった。その方が価格としてもずっと安くなるが、どこまでパフォーマンスを出せるかが鍵になる。そのための見積交渉が今回の打合せの主目的だった。技術論に深入りされると、ちょっとつらい。ただ、今朝遅刻してきた担当者が作った仕様書は、かなり詳細にできているので、何とか乗り切るしかない。彼は寡黙だが、仕事は正確で真面目だった。真面目もいいが、まだ子どもがいるとはきいていないから、奥さんは初産ではないか。ちょっと度が過ぎている・・。

それにしてもプロジェクト・マネジメントの価値とは何かな、とわたしは考えた。どうしたらそれを計量化して、顧客にも見える化できるのか。プロジェクトの価値とは何か、それを構成するアクティビティの価値はどう測るか、そしてプロジェクト・マネジメントの価値とは--こうした問題は、当時からわたしの主要なテーマだった。プロジェクトの価値を金銭的に評価し、それを、各アクティビティの貢献に分解する方法については、その後、リスク確率という概念を導入するときれいに数式化できることに気がついて、わたしの学位論文に結実した(興味がある方は「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」を参照されたい。Amazonから購入可能である)。

しかし、プロジェクト・マネジメントの価値評価については、当時も今も、いまだに解けていない問題である。プロジェクト・マネジメントという行為は、それ自体は何も具体的なプロダクトを生みださない。当時はわたしも仕様書を作っていたが、それは設計者の佐藤がやっている作業であって、プロマネを兼務している方の佐藤の仕事ではない。プロジェクト・マネジメントというは、財務会計的に言うならば『間接業務』なのである。では、その間接業務は、プロジェクトの価値にどう貢献しているのか。

経済学風な言い方を借りれば、価値には使用価値と交換価値がある。使用価値は効用、交換価値とは市場価格といってもいい。プロマネという人材の市場価値なら、考える事はできる。しかしプロジェクト・マネジメントはモノではないから、交換価値は考えにくい。「サービス」ととらえることは可能だが、具体的な個別プロジェクトのマネジメントだけを、市場にとりだしてサービスとして売ることはできるのか? わたしには疑問である。

そもそも、最初から最後まで順調な仕事では、プロジェクト・マネジメントなんて、ほとんど何もすることがないはずなのだ。優秀なチーフ・デザイナーが気の利いた基本設計をする。それを実直なエンジニア達が詳細設計に展開する。そして辣腕の調達マンが手配し、百戦錬磨の工事管理部隊が業者を采配していく。小規模なプロジェクトなら、それで一丁上がりである。だとすると、プロマネの使用価値などないから、客観的な計量はできないことになる。何も機能しないのに、価値があるという議論など成り立たない・・。どうどうめぐりになって、わたしの思考は途切れた。

その日の午後の打合せは、何とか前向きに終わった。わたしの能力と言うよりも、制御メーカー側の技術者が優秀だったおかげである。一番の問題は、制御システムに冗長性をどう確保するかだった。いや、制御系に限らず、工場を作る際につねに問題になるのが、冗長性の確保である。冗長な機器構成は、ある意味では余裕であるが、見方によっては単なるムダにしかならない。冗長化すれば、それだけコストが高くなる。競争環境下では、コストは安い方が有利だ。だが、冗長性をけずってしまうと、いざというときにシステムが動かず、可用性が下がってしまう。ただし、この費用はすぐには見えない。表面的な価格だけを見ると、冗長性を削った方が安くなる。

だから、欧米系で本当に第一級のグローバルな企業は、ふつう、工場設計における『設計思想』として、どこにどこまで冗長性を持たせるかの指針を、文書で定めており、われわれもそれに従って見積もることになる。まあ、そうした文書があっても、しばしば解釈で揉めるのだが、日本企業でこのような指針を明文化しているところは稀だ。このときの顧客も、もちろん持っていなかった。しかし、この制御メーカーは、スタンバイ機を通常は別の軽い用途に使用しておき、いざというときだけフェイルオーバーする方法が可能だと提案してきた。あとは、明日、顧客との打合せで、この方式を飲んでもらえばいいだろう・・。

ホテルに戻って夕食をとり、リラックスしているときに、急にふと気がついた。冗長化したバックアップ機というものは、本来は普段、何の仕事もしていない。だが、それは価値があるのだ。なぜなら、いざというときに、システム全体が倒れずにすむからだ。機能していなくても、存在するだけで価値があるもの。それは目の前にあったではないか。その価値は、すべてが正常に動いている普段は、まったく目に見えない。しかし、いざというときになると役に立つのだ。プロジェクト・マネジメントというものもよく似ている。順風満帆なときは、別に大した仕事はしていない。物事が難しくなったり環境が急変したときに、その真価が現れるのだ。つまり、リスク環境下でこそ、マネジメントの価値は測れるのである。

何となくほっとして寝ようとしたら、部屋に電話がかかってきた。今朝、遅刻した彼からだった。奥さんは無事、出産されたらしい。おめでとう、とわたしは言った。「いてくれて助かったと、家内は感謝していました。」そう彼は答えた。「自分はそこにいただけで、何もできなかったですけれど。」

何もできなくても、存在しているだけで役に立つことが、この世にはあるのだ。


<関連エントリ>
 →「MES(製造実行システム)とは何か」 (2009-09-09)
by Tomoichi_Sato | 2014-10-05 23:52 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)