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交渉学から見たロシア・天然ガス大型商談の実相

仮にあなたが、重要な商談で遠くに出張に行っているとしよう。相手は近ごろ羽振りの良い大企業で、タフな交渉相手だ。あなたは新商品を、この相手に売り込もうとしている。それも一度きりの注文ではない。3年にもわたって継続的に供給する、総額40億円以上の大型商談だ。

長引く不況で、自社の財務状況はピンチにあり、何としてもこの売り込みを成功させたい。それもできれば市場相場に近い価格で決めたいところだ。ただし、あなたの側には弱みが一つある。この新商品はまだ開発中で、早くても半年後でないと供給できないのだ。投資額もかかる。だから、キャッシュフローを考えれば、頭金を少しでももらえるとうれしい、と内心思っている。

さて、出張先で2日間、膝詰めの打合せをしたが、なかなか妥結に至らない。出張日程を延ばすことも難しい。しかし、とうとう帰る時刻の直前に、契約をまとめる事ができた。飛行機に乗り込む直前、あなたは本社にメールを打つ。「無事、販売契約を取れました。それも、こちらの希望する製品価格で決める事ができました。」

さて、あなたのこの商談、成功だったろうか、失敗だったろうか?

売り込みの契約を取れたのだから、成功だ--そう判断する向きもあろう。だが、よく考えてみてほしい。「希望する製品価格で妥結できた」ということは、逆に言うと、頭金はもらえなかったことを意味する。もし、当面は納品もないのに頭金を払ってくれるような場合、タフな相手は必ず、逆に製品価格に値引きを要求してくるはずだ。

ということは、あなたの会社は頭金をもらえず、製品ができるまではろくに収入もないまま、ぎりぎりの状態で、開発投資を続けなければならない。しかも約束してしまったのだから、その開発投資のお金を、別の用途にふり向けることも、もうできない。開発に失敗したら、もうおしまいだろう。

おまけに、あなたが帰りの便に飛び乗る直前にやっとサインできたという状況は、あなたが価格にあらわれない条項で、かなり譲歩したことを意味している。営業マンは、手ぶらでは帰れない。だから、帰る直前の交渉が、一番効くのだ。まったくタフな相手である。--そう考えると、この結果は、成功とはいえ、ほとんど赤点ぎりぎりの成績ということになりそうだ。

そして、今週、ロシアのプーチン大統領が中国を訪問してとりまとめた、超大型の天然ガス商談は、これとよく似たシチュエーションなのだ。

すでにメディアに報道されているように、ロシアは、シベリアの天然ガスを、中国に対して30年間継続して供給する契約を交わした。総契約額は4000億ドル(約40兆円)を上回ったとみられる。
(ロイター報道 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0E10SH20140521
ウクライナ問題のため欧州と疎遠状態に陥ったプーチンが、アジアに活路を求めて見事に成功した、と報じる向きもある。だが、この話はそんな簡単なものではない。

国家規模のプロジェクトは数字の桁が大きすぎて理解しにくい。そういうときは、金額を1万分の一にすると企業的な規模になり、1億分の一にすると個人的な規模になって分かりやすい。ちなみに日本のGDPは年間500兆円弱だが、これは企業なら500億円、個人なら500万円の年収というわけだ(日本は人口が1億人ちょっとだから、GDPを1億で割るとほぼ一人あたりの数字になる)。最初の『商談』の数値は、その方式で「40兆円」を「40億円」に換算し、さらに時間は10分の1に圧縮し、「30年」から「3年」にして、作ったものだ。

さて、この天然ガスは、シベリアのChayandinskoyeおよびKovyktinskoyeガス田から供給することになっている。だが、どちらのガス田も、まだ生産設備は十分開発されていない。さらに、このガスは通称「シベリアのパワー」と呼ばれる長大なパイプラインで中国に運ばれる。総延長距離は約4,000km。米国の西海岸と東海岸くらいの距離である。そしてこのパイプラインも、これから建設するのだ。したがって、中国にガスが供給されるのは、最低でも4~6年後だと想定される(だから冒頭の例では10分の1で「半年後」に供給予定と書いた)。とにかく、気の遠くなるほど遼遠な、大陸的商談なのだ。

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Power of Siberia Pipeline - Gazprom社ホームページより引用
http://www.gazprom.com/about/production/projects/pipelines/ykv/


契約の詳細は、この文書を書いている現時点では、ほとんど明らかになっていない。ロシア側が中国に求めていた、開発プロジェクトのための投資協力(「頭金」の支払い)についても、中国が受けたのか拒絶したのか、互いに相矛盾した発言が、別々の情報源から聞こえてくる。

ただ、ガス価格については、ロシア側の希望に近い線で妥協できた模様だ。International Oil Daily紙によると、ロシアは$9.75/MMBtuを最低条件と言ってきたが、投資採算性を考えて$11を希望したらしい。他方、中国はトルクメニスタンからの輸入価格と同じ$9以下を要求したが、最終的にはそれ以上を払うことを合意したというのだ。この値段から逆算すると、かりに中国が投資協力するとしても、かなり限定的であることがうかがえる。

ちなみにこの商談、じつは10年以上前からロシアと中国の間で続けられてきた。しかし、ずっと折り合わなかった。主な意見の相違点は、無論、価格だ。最近の報道を見ていると、
 「合意は近い」
 「(プーチンが上海を訪問する)5月までには決まるだろう」
 「価格以外の条項については、全て合意できた」
 「上海で調印するらしい」
ときたが、肝心の上海二日目の夜になっても合意発表はなく、今回も決裂かと思われた。だが、帰る予定の日の朝4時(!)にとうとう合意に達した。いかにギリギリの決断だったかわかるだろう。

金額以外の項目は、すでに事前合意に達していた。すなわち、石油価格に連動するフォーミュラ(方程式)でガス価格を調整するとか、テイク・オア・ペイ条項がある、といた事である。

(テイク・オア・ペイ条項というのは、天然ガス契約によく出てくる条件で、製品を引き取らなくても、金を払わなければいけないという、一見非常識な契約である。食べ物屋にたとえれば、お食事に手をおつけにならなくても、代金はいただきます、ということになる。天然ガスはパイプラインで運ぶ場合も液化して運ぶ場合も、相当の先行設備投資が必要なので、このような条項が出てきたのだ。いわば、100人前の宴会を用意していたのだから、急に宴会やめましたと言われても、それなりのお代はいただきます、という論理である。)

そして結局、価格交渉だけが残った。しかし、大きな案件の交渉をした経験がある人はお分かりと思うが、「お金だけが討議事項」という状況は、交渉戦術上、最も避けるべきことなのだ。なぜなら、交渉とはすなわち天秤の両側にいろいろな果実の重りを置いて、両者が納得できる均衡状態を作ることだからである。そのためには、金額以外に提出できる手持ちの駒が、多ければ多いほどいい。値段の代わりに、保証期間だとか利用権だとか保険だとか頭金(支払タイミング)だとか、あれやこれやを置いてみる。

交渉論の分野に、BATNA (Best Alternative to Negottiated Agreement)という概念がある。最低限譲れない線を割り込んだ場合に、とるべき別の選択肢をいう。これを心の中に持って、交渉の席に着く。ロシア側にとって譲れない線が$9.75だったとしよう。もし価格がそれを割り込んだ場合、中国側から出してもらうべき別の交換条件が、何か必要だ。ところが、他の契約条件にすべて事前合意してしまっていたら、打つ手がなくなる。

結局、プーチンの持ち出した最後の手は、税金の緩和だったらしい。この契約は一応、ガスプロム社と中国CNPC社との企業間契約である。だが、もはやガスプロム社のレベルには、手駒が残っていなかったのだろう。いくら国営企業だといっても、税金までは決められない。だから、プーチン自身も、朝の4時まで交渉を見届けていたのだと思われる。まったく独裁者というのも、楽な商売ではない。

ただしこの結果は、ロシアの交渉戦術の失敗だけで生じた、というより、もともとそれだけ不利な闘いだったと見るべきだろう。交渉の基本的な優劣は、せんじつめると、双方がどれだけたくさんBATNAを持ちうるかで決まる。中国も確かに石油・ガスの一大輸入国だが、選択肢(売り手)は世界中に探しうる。しかしロシアが抱えるシベリアのガス輸出の選択肢(買い手)は、どう見ても地理的に限られているからだ。交渉戦術だけで、この差をひっくり返すのは難しい。むしろ、今は「金額」より「合意のタイミング」の方が重要だ、と考えて決断したプーチン大統領はさすがである。

もっともここまで読んだ方の中には、「お前は結局、何が言いたいんだ」とイライラする人もおられるかもしれない。プーチンをほめてるのか、けなしてるのか。ロシアと中国は親密なのか疎遠なのか。いったいどっちなんだ!?

別にどちらでもない。わたしはプロジェクト・アナリストとして、シベリア天然ガス開発というメガ・プロジェクトの一局面を、限られた情報からザッと分析してみたまでだ。ちょうど、株式アナリストが企業のニュースから、業績の上下を予測するように。今後、取引の詳細が明らかになるにつれ、この分析の当否も明らかになるだろう。

リーダーの人格論や好き嫌いだけで、仕事の成果を評価するやり方は、わたしはとらない。株式アナリストが、経営者の人柄や会社への好き嫌いで株価を予想しないのと同じである。

人格論や好き嫌い、仲の良しあしといった、人間関係のアナロジー(類比)で国家レベルの事案を解釈するのは、たしかに素人にもわかりやすい。しかし予測には適さないと、わたしは考える。現実はもっと複雑だからだ。大企業間の交渉や国家間交渉というのは、握手しながら、同時に空いている方の手で、互いにスキあらば殴り合っているようなものだ。たとえばそれは、最近の中国とイランの石油をめぐる関係を見ればわかる。だが、例によって長くなりすぎた。この話は、次回書こうと思う。

(追記:直近のニュースによると、ガスプロム社のメドヴェージェフ副代表は、中国は頭金として2.5兆円を払い込む約束だと行っている。ただし、このプロジェクトには、ロシア側だけで5.5兆円、さらに中国側パイプライン等でさらに2.2兆円を必要とする。だからロシアは制裁で苦しい中を、さらに資金調達に走らなければならない訳だ。なお、ガス価格については相変わらず口をつぐんでいるが、専門家の間では$10.7という観測も出ている--International Oil Daily紙による)
by Tomoichi_Sato | 2014-05-24 20:28 | ビジネス | Comments(0)

R先生との対話 - 海外に展開する勇気、国内に居続ける知恵

今年の初め頃のことになるが、久しぶりにR先生を訪れた。R先生はわたしの敬愛する、人生の大先輩である。鍋を囲みながら、話はしだいに製造業の海外展開のことになった。

「先日も、知りあいの経営者がやってきて、愚痴混じりに質問してきたよ。海外進出を考えなければいけないが、どこに出るべきか、どうやって出るべきか、教えてほしいとね。」(R先生は米国に何年も暮らしたことがあり、海外事情にも詳しい)

--わたしもたまに、同じ事を聞かれます。しかし、答え方がむずかしいですね。大きく分けて、先進国をねらうか、新興国をめざすか、という選択肢になります。でも、新興国の場合、商品の種類にもよりますが、何よりも値段が勝負です。すると、どうしても高価な日本製は分がわるい。かといって、品質に重きを置いて判断してくれる先進国は、借金まみれで財布の紐が固い。どっちもどっちです。

「当たり前だ。金払いもいい、目も高い、そんなお客ばかりがいるはずはない。自分が買い手の立場の時にはできないことを、外のお客にだけ求めるのはまちがっている。」

--手厳しいお言葉で・・。それで、先生はどうお答えになったんですか?

「外に打って出る市場拡大をめざすか、日本に居続けて市場を深掘りするか、まず腹を決めなさいと話した。」

--それは、どういう意味ですか。少子高齢化で人口増もとまり、国内市場が伸び悩んでいるからこその、海外展開なのでは?

「それが、早計だということだ。日本はいまだ人口1億2千万を有する巨大市場だ。世の中には人口数百万規模の国だってたくさんあるが、そこでもビジネスはちゃんと成立している。年商数十兆円の大企業ならともかく、数十億円の中堅中小が生き続ける道は、工夫次第でいくらでもある。」

--うーん、しかし、かりに日本に居続けたとしても、やはり海外からの輸入品との競争にさらされます。このところは多少円安ですが、輸入関税はどんどん減らす方向にありますから。

「もちろん、小手先のカイゼンや原価低減でしのげる範囲は少ないだろう。人と同じことをやって、価格競争メインで勝ち抜こうとしたら、いきおい原材料費や人件費の安い国に海外工場を、という発想になる。だがな、今日転勤の辞令を出して、明日からパッと外国に赴ける製造マンが、会社に何人いる? 総合商社や、君の所みたいなエンジニアリング会社じゃあるまいし。」

--ま、たしかに海外工場となると、用地の手当から建設まで年単位の時間がかかりますし、投資額だって億の単位です。戦略レベルの決断が求められますが、世の趨勢ではないですか。

「戦略という言葉は、人と違うことをやるときに使うものだ。世の趨勢だかに従って、人と同じ土俵で消耗戦をつづけるのは、戦略などと呼ばぬ。無駄な『戦い』を略し、戦わずして勝つ道こそ肝要だろう? 
 海外に出るのもいい。だが、それは他社とは違うことに挑戦するためにとるべき道だ。それだったら、経営者の勇気を買おう。しかし、恐れで外に出て行くのは、すすめない。同じ労力を使うなら、日本にとどまるために知恵を絞るべきだ。」

--おっしゃることはもっともと思いますが、あえて反論させてください。国内市場は、いろんな意味で構造が成熟しています。ちょっと目先を変えた差別化程度では、競合を避けられません。価格競争を避けろ、ということは、ほとんど業種業態を変えろ、という意味に等しくありませんか? だとしたら海外展開以上に、難しいことのように思えます。

「横に引っ越せとはいってない。工場を地理的に移すのも、市場で業態を変えるのも、横に動くだけという点では似たようなものだ。に深掘りしろといったはずだ。それに、日本に居続けることと国際化することは、矛盾しない。」

--そこがよく分からないのですが・・業態を変えずに市場ニーズを深掘りする、なんてできないと思います。

「はたしてそうかな? 君がいつぞや見に行って、感心して帰ってきた北海道の動物園とやらはどうだね。どこかに引っ越したかな? 業態を変えたかな。」

--ああ、旭山動物園のことですか。うーん、たしかにそうですね。旭川に居続けています。気候は寒いし、周辺人口も少ない立地なのですが。おまけにあそこって、スター的な珍しい動物がほとんどいないんですね。白クマとかペンギンとか、アザラシ、チンパンジー、ニホンザル・・地味な動物がほとんどです。まあ、豹とかはいるけど、あいにく夜行性動物で昼は寝てばっかりいる。
 前にも思ったんですが、もし全国の動物園が、一つの会社のチェーンだったら、本社の経営企画部は真っ先に、旭山動物園の廃止・売却を決めてたでしょうね。でも今じゃ、全国区の知名度をほこる人気です。

「その秘密は何だね?」

--やはり展示のうまさでしょう。見せ方にいろいろ工夫があるんです。あれは、園長だけの知恵じゃなくて、飼育係の人たちのアイデアが集まっている感じでした。

「じゃあ、ほかに、普通の製造業でそういう例を見たことはないかな?」

--いや、それは、普通の工場でしたらQCサークルなんかの小集団活動や提案活動はいくらでも例があります。しかし、それはカラ雑巾を絞るようなカイゼンの工夫ではあっても、工場のあり方自体を変えるようなものではないですね。ムダとりで原価を数パーセント下げても、何割もの為替ギャップにはたちうちできません。どんなに工夫したって、工場が工場でなくなる訳ではありませんし・・

「工場がレジャーランドに変わる訳がない、と。撮影所をテーマパークに仕立てた例はアメリカにもあるがな。」

--だって製造業の本分はモノづくりですから。・・あれ、ちょっと待って。そう言われると何か記憶にひっかかるものがあるような・・えーと。

「何か思いついたかな?」

--・・そういえば、ちょっと変わった例なんですが。工場なのにテーマパークになっちゃったような所があるんです。

「ほう。」

--去年の秋、沖縄の美ら海水族館に行ったんですが、帰りにまだ少し自由時間がありました。人にお勧めの場所を聞いたら、『名護パイナップルパーク』がいい、というので、よってみました。
 場所は名護市ですが、丘陵地にあって、別段、海が見えるわけでもありません。わざわざ観光で寄りたくなるところではないんです。そのパイナップルパーク自体、それほど大きな敷地ではありません。どちらかというと、ファミリー向けの、チープなつくりの施設でした。ところが、それほど広くもない駐車場に、次から次へと来場者を乗せたバスがやってきます。
 首をかしげながらも、とにかく来てしまったんだから、数百円の入場料を払って中に入りました。最初に、グループを数人ずつに分けて、カートみたいな乗り物に乗せていきます。そして、温室の中をぐるぐる巡回しながらいろんな熱帯植物を見せるんですね。ところで、このカートがなかなかくせ者で、運転席にはハンドルがついていて子どもが握ったりできるんですが、これはダミーです。回しても進む方向は関係ない。じゃあどうなっているんだろうと目をこらすと、順路の床面にガイドがついていました。

「ははあ、工場で搬送に使うAGV(Automatic Guided Vehicle)だな!」

--そうなんです! AGVの上に座席をしつらえて、カートみたいに見せている。これって、低コストでうまいやり方ですよね。カートには音声のガイドもつくんですが、これも有線放送とかではなく、単に小さなICレコーダーをつり下げてあるだけです。とにかく、そこここが、低コストながら実際的にできている。これをデザインした奴は、なかなかのアイデアマンだなと感じました。
 最初に温室や、そこに隣接するパイナップル畑の一部を見せるのも、来場者の興味をうまく持続する工夫です。カートの巡回が終わると、建屋の中に誘導されます。展示物の説明は省きますが、子ども連れのファミリー向け施設ですから、そんなに高級な展示じゃありません。でも、それなりに面白い。
 それから、食品加工ラインを、通路のガラス越しに見学できます。その日は休日で機械は止まっていましたが、小規模な充填ラインのように見えました。もちろん、清潔には注意している様子が見て取れます。そして、最後に食品展示コーナーに来きます。ここでも工夫があって、来場者にはお猪口みたいなちいさな試飲用のコップが配られます。そして、パインのジュースからワインまで、いろんな飲料や加工食品を試飲試食できる、というあんばいです。もちろんわたしもお土産に少し買いましたよ。そういう気にさせるんです。

「なるほど。」

--頭の中で、客一人あたりの単価と、入場者数をざっと計算してみましたが、立派な商売の規模です。あんな不利な立地でも、ちゃんと経営できるんだなと、感心しました。それに、従業員もちゃんとしています。小技のような工夫があちこちにあるのですが、あれは経営者一人が考えつくのではなく、働いている人のアイデアを汲み上げているように思えました。

「見学コースの中に、工場の製造ラインの見学がついているのは、いい工夫だな。一つには、買う商品への興味や品質への信頼を得ることができる。と同時に、じつは、見られている側の工場従業員に対しても、きちんと仕事をするモチベーションになる。」

--たしかに、そうですね。
 それで、後から気がついたんですが、あのパイナップルパークというのは、最初はただのパイン畑だったと思うんです。ただ、農産物を売るだけではあきたらずに、小さな飲料の工場(こうば)を隣に作ったんでしょう。
 そのうち、工場に物販コーナーを置いて、製造直売するようになった。来客に、工場も見せるようになった。見せることで、今、先生が言われたような効果もあったでしょう。さらに、来場者に対するサービスとして、だんだんといろいろな展示や工夫を積みかさねていって、とうとう現在のようなミニ・テーマパークにまで発展してきた、と。これは純粋にわたしの想像ですけれどね。

「つまり、農業から出発して、工場が中心になり、いまやサービス業が柱となったという訳か。まるで日本の産業発展史のミニチュアのようだな。」

--おっしゃるとおりです。

「そもそも、パイナップルなんて農産物は、今では沖縄で作っても値段が高くて、安価な海外産に比べて競争力がないはずだ。それだけでは、生きてはいけない。」

--いわれてみると、たしかに農業だけで生きていたら、先はなかったでしょう。食品加工に手を出して、輸入材料なんかも併用すれば、少しは生きながらえるかもしれません。でも、あそこは、さらに一段深掘りして、サービス業まで付加した訳です。それで不況のご時世にも負けず、立派に経営している。感心しました。
 普通の人は、いって、展示を見て、お土産を買って、それで終わりでしょう。でも、後ろにある仕組みが見える人には、別種の面白さがあるんです。経営コンサルタントはみんな、見学に行くべきじゃないかと思ったほどでした。先生にもおすすめしますよ、沖縄は暖かいですし。

「ははは。そうかい。
 ところで、その来場者には、外国人もいただろう?」

--そりゃ、いたと思います。沖縄は、台湾とか、東アジアからの観光客も多いですからね。

「そうか。それこそが、まさに『日本に居ながらにしての国際化』なんだ。君は、その生きた例を見たんだよ。
 工業製品を世界中に売り歩くとか、あるいは、君のところの会社のように、世界中から注文をとって工場を建てる。それはたしかに、グローバルなビジネスだろう。
 だが、知恵と工夫さえあれば、その何とかパークのように、居ながらにして、海外からも顧客を集められるのだ。本当に良いもの、楽しいもの、必要かつ他所にないものを持っているなら、日本にいて、日本語だけをしゃべっていたって、ちゃんと世界中からお客を得ることができるんだよ。」

--うーん。

「ただ、そのためには、頭を使わなくちゃならない。他所と同じことだけやってちゃいけない。そして時には、自分が杖とも柱とも頼みにしてきたものを、商売の端っこにおいやる覚悟もしなくちゃならない。
 そのためには、英語をペラペラしゃべったり、パソコンできれいな資料をまとめたりすることとは、別種の能力がいるんだ。だが、幸いなことに、この国にもまだ、そういう能力を持つ人はおおぜい残っているはずだ。われわれが、それを見抜く目を失わない限りね。」
by Tomoichi_Sato | 2014-05-18 21:48 | ビジネス | Comments(0)

大企業病の作り方、治し方

「自分は『プロジェクト・マネージャー』というほどの者ではなく、『プロジェクト・チームのリーダー』といった役柄です。」——顧客とのチーム・ビルディングの席上で、相手方のトップの米国人はそう語った。聞いていたTさんは、単に謙遜しているのだと思ったそうである。時は'90年代。今ではベテラン・エンジニアのTさんが、やっと担当者レベルを卒業し、小さな1セクションのサブチーフ職に片足をかけた頃のことだ。バブル崩壊で国内市場は低迷し、Tさんの会社がようやく久しぶりに欧米企業から受注できた海外向けビッグ・プロジェクトだったという。Tさん自身も高揚する気持ちをおさえつつ、顧客とのチーム・ビルディングに参加していた。

その顧客はチーム作りのセッションを大切にしていた。彼らは発注者として、かなりの数のチーム・メンバーを、設計期間中にTさんの会社に駐在員として送り込んでくる。無論、Tさんの側も精鋭を結集して、受注側プロジェクト・チームを組織した。たしかに、両者の協力が大事である。冒頭の発言は、そのチーム・ビルディングで出てきた言葉だ。「マネージャーではなく、チーム・リーダー」。そして彼のこの言葉が、実は謙遜でも何でもなく、本当に何も決めてくれない人物であることが判明するまで、たいした日数はかからなかった。

「我々がお客さんに求める最大のこと、それは設計上の問題に対して、きちんと、タイムリーに、そして一貫性を持って決めてくれることです。そうでしょう?」Tさんは語った。「相手は欧米の巨大企業です。そのプロジェクトは、すでに基本設計は子飼いの別の会社と済ませており、実現段階に関する国際入札が行われたわけです。我々も相当の覚悟を決めて応札し、なんとか受注にこぎつけたのです。」海外型プロジェクトでは、分厚い契約書に、非常に詳細な基本設計図書が添付されており、その完全な履行が求められる。一字一句、もれなく履行することが。

「顧客側チームの主な仕事は、我々がきちんと仕様書通りに仕事を進めているかをチェックし、受注者を監視することでした。しかしご承知の通り、どんな基本設計だって完全ではない。具体化していく内に、いろいろ当初は想定していなかった問題点が出てきます。さらに、外部環境の変化もある。法規制が変わったり、市場の需要が思惑をそれたり。しかしこのお客さんは、問題が生じてもちっとも決めてくれません。ただ契約書通りの遂行をもとめるばかりでした。契約書通りでは問題があるから決めてほしいのに。」

Tさんは言葉を続ける。「このときの契約というのが、また、それまで見た中で一番厳しいものでした。納期遅延のペナルティも莫大です。とくに悩みのタネだったのは、『契約書や基本設計書内に矛盾が見つかった場合は、複数ある記述の中で一番厳しい仕様が適用される』という一文でした。こんなおかしな、そして虫のいい話はない。」

しばらくプロジェクトを遂行する内に、Tさんはだんだん気がついた。それは、顧客のチーム・メンバーが実は急ごしらえの寄せ集め、それも臨時雇いの社員も多いことだった。彼らは、プロジェクトが完了し、成果物をオペレーション部門に引き渡すまでが任務だった。つまり、ユーザ部門に頭が上がらないのだ。そして、ユーザたちは、プロジェクトの途中から入ってきては設計に口を出し、契約や経緯も無視して引っかき回していく。それを、顧客側チームは、誰もおさえることができない。

大企業病というのは、こういうものかと思いましたよ。部門間の垣根が高く、みな、自分の部門の都合しか考えない。また、本社の権限が強く、プロジェクト・チームはろくに決定権もあたえられていない。本社の考えは、単純なのでしょう。きっちりした基本設計と厳しい契約書さえ用意すれば、あとは受注企業を監督するだけでいい。そして、プロジェクト・チームのメンバーたちは、我々が出す追加や変更要求を、へたに認めるとクビになる、という状態に置いたのです。

プロジェクトは生き物です。生き物というのは、つまり環境に応じて変化していく、有機的な存在です。しかし、向こうさんは、プロジェクトを生き物として扱わなかった。誰か頭のいい人が紙の上に書いて、あとは下々の者がそれを忠実に実現するだけ、ということなんでしょう。だから、顧客側のメンバーは、決してリスクある決断をしません。もし何かを決断して、うまくない結果が出たら、指示違反として本社から責められるわけです。設計については、いつまでもいつまでもコメント権を留保しました。決して追加を認めないし、納品物もぐずぐずと文句をいうばかりで、ちっとも受け取ってくれない。」

Tさんはそのプロジェクトで、結局2年あまりも泥沼の日々をすごすことになる。

「たぶん欧米の大企業というのは、仕組みを考える人と、仕組みに使われる人の、二種類がいるんでしょうね。使われる側の人間たちは、罰則と脅しで動かすべし、と。こういう組織では、失敗は許されない訳だから、完全主義と前例主義がまかりとおります。完全主義は、やけに過剰な仕様や豪華な品質になってあらわれます。それで余計にコストがかかろうが、それは下の人間の責任範囲ではない。前例主義も当然の結果です。だって前例は必ず成功しているはずですからね、失敗が許されない以上。」

——しかし、前例主義だとしたら、そんな企業ではイノベーションは起きなくなるでしょうね。結局、長続きはしないような気がしますが。・・やや類似した経験を持つわたしは、Tさんにたずねてみた。

「まあ、そもそもプロジェクトというもの自体、新しいものを生みだすためのチャレンジであり、イノベーションの源泉であるはずですよ。だけど、ああいう大企業病のところでは、プロジェクトみたいなリスクの大きな仕事は、結局引き受け手がいなくなるでしょうね。結果が見えないのだもの。
 でも、あの会社は、昔から特殊な権益をもっているんです。軍ともつながりがあり、政治力もある。海外に資源も抱えている。だから、今でも大企業として存続していますよ。ただ、技術開発部門は手放したんじゃないかな。でも欧米では、ベンチャーを買収すれば、新技術は手に入りますからね。」Tさんは、ちょっとため息をついた。

Tさんの話を聞いて、わたしは昔読んだ『パーキンソンの成功法則』という本を思い出した。C・N・パーキンソンはかつて一世を風靡した英国の経営学者で、初期の本は機知に溢れていて面白い。「役人の人数はその仕事の量に関係なく増えていく」という有名な『パーキンソンの法則』、「金は入っただけ出る」という、財政論の第二法則に続いて、企業経営を論じた彼の第三法則は、

 拡大は複雑を意味し、複雑は腐敗を意味する

というものだった。企業が大きくなればなるほど、経営者も管理職も全体が見えなくなる。そこで組織階層やルールで、各部署や社員をしばり、画一化をはかっていくことになる。パーキンソンはこう書いている。

 もし社員がとりかえのきくものでなければならぬとするなら、かれらは、ある標準的なパターンにあわせて、組立てられなければならない。・・(そこに)個性に関する変数を導入すれば、それは動くことができない。(p.261)

かくして大企業には、標準からのブレやリスクを含む提案にはyesとは言わず、noとだけいう人々が増殖していく。彼らの最大の眼目は、自分のクビを維持し、自分の組織を維持し、現状を未来永劫維持していくことである。それ以外の行為は、罰せられるからだ。それでも、大企業というのは、Tさんの指摘のごとく、うまく権益やビジネスモデルさえ確立できていれば、歩みを続けるらしい。だが、「その歩みは活力よりも威厳を示しているだけ」(同書 p.267)なのだ。

では、大企業病を治す方法はあるのか? パーキンソンの処方は、こうだ。

「ホテルの所有者がながいこと留守にしたあと、帰ってきて、ホテルが荒れ放題だったと知った事態にくらべてみることができる。・・これを直す手段はいろいろあるが、いちばん早くて、いちばん効果的なのは、二百人のお客を招いて、カクテルパーティをひらき、三日後に宴会をやり、さらに二日後に舞踏会をやると宣言することである。(中略)他の組織も少なくとも一時的にはこれと同様の方法で甦らすことができる。三つの段階に分けた新計画を宣言するのが手だ。第一段階は社員の能力の範囲内でよい。第二段階は相当困難なこと、そして第三段階は明らかに不可能なことだ。こうした順序で、こうした内容の仕事に直面すれば、どんな組織でも元気をふるいおこすにちがいない。」(p.274)

この処方箋が、ほんとうに巨大な組織にきくのだろうか? わたしには疑問も残る。だが、彼の主張はわかる。それは、企業は永遠に成長し続けることはできない。拡大には退廃が、不可避的に内在する、ということだ。

大企業病はべつに、米国だけに起こるわけではない。どこの地域の、どんな種類の組織にも発生しうる。組織にはそれぞれ個性があるのに、症状はよく似ている。管理階層が分厚くなる、書類に多数の判子やサインがいる、仕事は細分化され、秘密主義がまかりとおる、紙ばかりが増えていく・・。

それら症状の一番根底にある問題は、組織の構成員が、『なぜ』を問わなくなることだ。なぜ、その書類が必要なのか、なぜ、その手続きをするのか、自分はなぜ、この仕事をしているのか。理由が、「ルールで決まっているから」「やらないと自分がクビになるから」という、目前の壁だか枠組みだかで、思考停止するのが、特徴だ。つまり思考停止こそ、大企業病の根本的な病巣なのである。

なぜ、この仕事が会社にとって意味があるのか。いつ、どのような形で価値を生みだすのか。そうした根源的な『なぜ』、射程距離の長い『なぜ』を問うことこそ、自分個人を病巣からひきはなす最良の手段だろう。わたしは少し前に、「なぜなぜ分析」の誤った使い方を批判した。だがわたし達は、本当は品質不良問題などではなく、本来の仕事、標準の仕事についてこそ、『なぜ』を繰り返し問わねばならない。それで会社全体の病状が治るとは、言わない。それは、自分たちを少しでも正気に保つために必要なのである。


<関連エントリ>
 →「決めない人々」 (2009-12-06)
 →「なぜなぜ分析は、危険だ」 (2014-04-26)
by Tomoichi_Sato | 2014-05-11 14:04 | ビジネス | Comments(1)

映画評:「イタリア映画祭 2014」 その(1)

イタリア映画祭」は、毎年5月の連休中に開催される、イタリア共和国後援の映画祭である。会場は例年、有楽町朝日ホールの1箇所のみで、そこで約10本のイタリア映画が2回ずつ公開される。こぢんまりした映画祭だが、監督や俳優なども招待され、上映後には質疑応答の時間もあって、コミュニティ的な良さがある。わたし自身も、このところ毎年のゴールデンウィークの楽しみになっている。今年は連休が前半と後半に分断されたため、映画祭も途中数日間をあけてスケジュールされた。

今年はとくに豊作で、良い映画がそろっていたようだ。イタリア映画界も一時の沈滞を脱し、すぐれた作家・俳優が注目を浴びるようになったのだろう。本国は経済危機にあえいでおり、その話題も今年の映画のあちこちに散見されるが、にもかかわらず映画自体に活況があるのは喜ばしい限りだ。

ことしは6本の映画を観たが、そのうち、最初に見た3本をまずご紹介する。★印はいつものように、3つが満点である。
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★★★ 初雪

監督:アンドレア・セグレ 撮影:ルカ・ビガッツィ 出演:ジャン=クリストフ・フォリー、マッテオ・マルケル、アニタ・カプリオーリ他

リビア内戦のために住みなれた地を脱出し、ボート・ピープルとして地中海対岸のイタリアにたどりついたアフリカ系の難民は1万人に及んだ。彼らを一箇所に収容しきれないため、イタリア政府は、全国各地に分散させた。難民認定までの暫定的な期間は、移動の自由もなく、定職にも就けず、わずかな配給で暮らさなければならない。

この映画は、北イタリアの山地にある寒村に移された、トーゴ出身の若い父ダニーの物語だ。彼は妻と一緒に逃れたのだが、妊娠中の妻は逃避行の途上で女の子を出産し、亡くなってしまう。小さな娘の顔を見るたびに、妻を死なせた自分を責めずにいられない彼だが、山に暮らす男の子、その祖父、そしてその母との交流の中で、すこしずつ自分の感情をとりもどしていく。しかし、そもそも住民にもろくに仕事がない寒村で、難民認定を受けてどうすべきか。我が子を捨ててパリなどの大都市に行くのか? (リビアなど旧フランス語圏の出身者はパリに、英語圏出身者はロンドンやドイツをめざすものが多いが、もちろん大都市が彼らを歓迎してくれるわけではない)

もともとリビア内戦は、EUが関与してもたらしたのだが、その負の結果が、難民の苦難の形で、欧州自身にはね返っている。この映画は、しかし、そうした政治的なことがらではなく、故郷を離れ、家族を失って、かつ生きていかねばならない人間の、孤独と困難の普遍性を描いている。スイス国境近く、ほとんどドイツ語に近いイタリア語方言を話す人びとの素朴な暮らし(少年を含む殆どの出演者は地元の人だ)と、その自然の美しさは、胸を打つ。アフリカ系フランス人の主演ジャン=クリストフ・フォリーの演技もいい。また、ルカ・ビガッツィの撮影する、ほとんど魔術的な美しさは感動的である。

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★★★ 多様な目

監督:シルヴィオ・ソルディーニ 撮影:ラミロ・チヴィタ 音楽:ルカ・カゼッラ
出演:
理学療法士 エンリコ・ソージオ
鉄工所経営者 ジョヴァンニ・ボジオ
音楽学生 ジェンマ・ベドリーニ
音楽家 ルカ・カゼッラ
彫刻家 フェリーチェ・タッリャフェッリ
身障者支援ITコンサルタント ピエロ・ビアンコ ほか

イタリアの視覚障害者たちの多彩な人生をえがいた、驚嘆すべきドキュメンタリー映画。彫刻、音楽、理学療法から、趣味のヨット、スキー、アーチェリー、写真(!)まで、驚くべき数々にチャレンジし続ける視覚障害者たちの生き方を、障害者ものにありがちな「感動物語」をあえて避けつつ、淡々と、でも詩的に描く秀作である。

わたしは学生時代に、点訳ボランティアサークルにかかわっていたので多少知っているが、視力を失った人びとの日常生活には、さまざまな困難が横たわっている。この映画でも、時折、数十秒から1分程度だが、画面を真っ暗にして、ただ周囲の音声だけを流し、電車の乗り換えや、道路を渡るときなどの状況を観客が追体験できるようにしている。

とはいえ、ITの進歩は、視覚障がい者の情報支援を向上させてきたことも事実だ。映画の中では、点筆と点字板や、古くて重たい点字タイプライターも出てきたが、WindowsやiPhoneなどの読み上げ機能を利用して使いこなす姿も写される。

何よりも、この映画を観てあらためて気づいたのは、年齢がいくつになり、どんな境遇になっても、「それまでできなかったことが、できるようになる」=『成長』こそが、人間にとって最も喜ばしいことだ、という真実であった。それを気づかせてくれるだけでも、この映画は多くの人に見てもらう価値がある。

できれば、字幕ではなく、(視覚障害者も聴けるように)音声による日本語吹き替えをつけて、全国で上映可能なDVDにしてくれることを切望する。


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★★★ ようこそ、大統領!

監督:リッカルド・ミラーニ 撮影:サヴェリオ・グアルナ 出演:クラウディオ・ビジオ、カシャ・スムトニャク、オメロ・アントヌッティ他

今年のイタリア映画祭は、なかなか良い作品が多かったと思う。この映画も、上出来のイタリア式喜劇であり、大いに笑えた。政治を扱いながら、お腹の底から大いに笑える映画が、昨今どれだけあるだろうか?

イタリアでは首相が政治の実権を握るが、元首として大統領職がある。議会の投票で決まるのだが、主要会派の妥協がつかないため、嫌気のさした多くの議員は、棄権する代わりに、19世紀半ばのイタリア統一の英雄である故「ジュゼッペ・ガリバルディ」の名前を書いて投票する。ところが、これが一位になってしまい、しかたなくその名前をもつ国民を捜すと、有資格者は北イタリアの山間の村に住む図書館員(クラウディオ・ビジオ)一人だけだと分かる。結果として田舎者の彼が、突如としてイタリア共和国大統領に就任するのだが、老獪な政治ボスたちは一致団結して彼を排除する工作をはじめる・・

この作品の可笑しさは、役者クラウディオ・ビジオの演技に負うところも大きい。しかし何より、近年のイタリア政界の醜悪なごたごたに、いかに国民が絶望しているかを、逆に表しているとも言えよう。ただ、その政治の醜悪さは、国民のずるさを反映している、との視点も、この映画は忘れていない。最後の、クラウディオ・ビジオの大統領演説は、チャップリンのかつての名作「独裁者」の最後の演説を、ちょっぴり思い出させるくらい、感動的だ。そしてもちろん、皮肉の効いたハッピー・エンド。いかにも楽しい、喜劇らしい喜劇映画である。

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なお、イタリア映画祭は5/10-11に大阪でも開催される。関西の方はまだ間に合うと思うので、興味があれば観に行かれることをお勧めする。ことしは秀作ぞろいである。
by Tomoichi_Sato | 2014-05-06 14:25 | 映画評・音楽評 | Comments(0)

顧客の顧客を知り、上司の上司になって考える

顧客の顧客を知れ』--これは、わたしの敬愛する大先輩である、経営コンサルタント・今北純一氏から、何年も前にうかがった教訓だ。自分の顧客が誰かは、誰でも一応知っている。顧客が何を望むか、そのニーズや要求も、直接・間接に伝わってくる。だが、顧客がなぜ、それを求めるかについては、必ずしも理解できていないことが多い。

しかし、顧客も、彼ら自身にとっての顧客からの要望になんとか対応すべく、いろいろ考え、悩み、そして動いているのだ。だから、『顧客の顧客』をよく知れば、自分の直接の顧客のニーズをつかむのに役立つ。たいていの人は、顧客の顧客までは考えた事がないが、そこまで視野と想像力を広げられるかで、競争力は大きく変わりうる。

たとえば、今北さんは自著「Carpe Diem - ビジネス脳はどうつくるか」(文藝春秋、2006)で、工場の立地問題について、こんな例をあげられている。鉄鉱石を産出する資源会社の、直接の顧客は鉄鋼メーカーだ。そしてこれまで、多くの資源会社は鉄鋼メーカーとは営業的対応を積みかさねてきた。ところで、鉄鋼メーカーは、主製品の一つである自動車用鋼板を、自動車メーカーに売っている。そして周知の通り、大手自動車メーカーはいずれも、生産拠点の世界的な展開を図っている。

「たとえばトヨタでは、日本国内で『ヴィッツ』という名のクルマを、ヨーロッパでは『ヤリス』という名前で戦略車と位置づけ、フランス北部のバレンシエンヌにその製造工業を建設した。(中略)だから、BHPビリトンなどの資源会社は『顧客の顧客』である自動車メーカーの動向を見ていけば、欧州市場に新たな鋼板の需要が生まれ、欧州の鉄鋼メーカーがこれ以上に鉄鉱石を必要とすることを先行予測できる。」(p.118)。このように、自社を含むサプライチェーンの中で、真の需要の決定者が誰かを考えるのが、『顧客の顧客』の視点だ。

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工場立地ほど大きな問題ではないが、わたしも『顧客の顧客』を知ることで、問題解決の糸口を見いだした経験がある。

ある顧客の新工場の基本設計をしていたときのことだ。計画の予条件として、利用可能な敷地面積と、概略の投資額上限があった。その中で、比較的多品種な一般消費財を、需要にミートして生産できるよう、機械設備などを構成していかなければならない。むろん、基準となる生産数量は、顧客の過去数年間の実績データとともに、与えられていた。

ただし、主力製品には需要の季節変動がある。季節性のある製品の生産はやっかいだ。ピーク時の需要に合わせて生産ラインを作ると、閑散期には設備が不稼働になって無駄である。かといって、ピーク時の前から作りだめをしていくと、今度は製品在庫が増えてしまう。当然、広い置き場所が必要になる。

とくに悩んだのは、出荷のための物流搬送設備だ。生産はピーク時期に向けた作りだめで、多少は平準化できる。だから生産設備のキャパシティは生産量の平均値を考えれば済む。だが、出荷量は、需要の季節変動に連動する。物流設備のキャパシティは、ピーク値で計画せざるを得ない。物流部門が出してきた性能要求は、まさにそのピーク時の数字だった。そのままでは、どうしても大げさな設備になってしまう。

かといって、一般消費者の需要を制御し「平準化」することなど、むろん不可能である。ピークに合わせるしかないわけだ。機械的な物流搬送設備を使うと、予算が高くなりすぎる。では、フォークリフトや人力などの「ローテク」で搬送・積みつけしてもらうか。しかし、そうすると今度は出荷ヤードの面積が広くなりすぎて、敷地の制限にひっかかりそうだ。

「需要の季節変動の実体はどのようなものか?」--これを明らかにすることしか、解決の手がかりはなさそうだ。月別の生産量と出荷量のデータは開示されていたが、わたしは顧客のプロマネとIT担当者に頭を下げて、過去2年間の日別実績データを別途もらい受けた。会社に持ち帰り、簡単な処理をしてExcelでグラフに描いてみる。

グラフを見て、わたしは驚いた。本当のデータをここに載せるわけにはいかないので、模式図的に部分を拡大してみると、図のようになっていた。

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たしかに、年間の季節変動はある。だが、はっきりいって、月別に見た一年間の中での変動よりも、月内の日次変動の方が大きいのだ。まるで、一年中真夏なのに、昼と夜の気温の落差が大きい砂漠の気温のようである(ただし砂漠は日内変動だが、この顧客の場合は月内変動だった)。それも、月内の変動にははっきりしたパターンがある。出荷量が月初に集中しているのである。月初の数日間は、月末の4~5倍近い出荷量がある。このピークをなんとかしない限り、出荷設備の問題は解決できない。そう、思った。

次の打合せのときに、顧客のプロマネにこのグラフを見せ、月内変動の理由をたずねてみた。「うーん、月初集中の傾向があるのは知っていましたが、こんなに激しいとは思ってもいませんでした。」と、先方は言われる。この方は製造部の所属で、物流部門(子会社化されている)の仕事は、あまり見ていなかったのだろう。

これは、出荷先の卸問屋との、商習慣の問題だと思う、というのが相手の説明だった。卸からの出荷依頼は、日単位で、毎日入る。納入たものは、卸の所有物になる。ところが、卸との決済は、月末締めなのだ。ということは、相手側から見ると、5月1日に注文して手に入った製品でも、5月29日に注文した製品でも、同じ金額を、31日に支払うのである。ならば、単純に金利だけを考えても、月初に注文した方が得になるではないか。また流通側は欠品を嫌うので、ある程度在庫を抱えたい、という意図もあるのだろう。在庫金利がゼロでいいなら、とうぜん月初に沢山仕入れることになる。

それまで、わたしは、顧客の生産した製品のユーザは一般消費者で、その需要の制御も交渉も不能だと思い込んでいた。しかし、本当は、顧客の顧客は、卸問屋なのだった。だったら、出口はあるかもしれない。わたしは、思い切って提案してみた。

「卸さんへの出荷ですが、これは紙の上だけにしたらどうでしょうか? つまり、注文を受けたら、製品の所有権を渡すけれども、物理的な場所は動かさずに、『預かり在庫』の形にさせてもらうのです。そして、卸さんの出荷指示に応じて、チェーンストアなどの実際の最終出荷先に直接納入するようにしませんか? そうすれば、実需にしたがって出荷できます。現実の需要は月初集中などしていないはずですから、出荷量のピークも減り、工場の出荷設備もずっと小さいもので済むはずです。」

現実には、在庫の保険だとか出荷指示の受け渡しなど、いろいろ解決しなければならない問題点はあるだろう。だが、むだな工場の投資も不要になるし、卸の側だって、在庫の置き場所の心配が減るわけだから、互いにメリットはある。なにも全部を預かり在庫にする必要はなく、一部を預かるだけでも、ピークはかなり減るはずだ。そう、考えた。

残念ながら、わたしのこの突飛な提案は実現しなかった。客先は、生産部門と販売部門を別々の役員が管掌していた。そんなサプライチェーンをまたぐような変革を実現しようとしたら、もう社長レベルでの調整事項になってしまう。それは工場長ですら、とても手に余る大仕事なのだった。結局、「ローテク」+「人海戦術」で、強引に工場レイアウトに押し込め、というのが結論だった。つまり、サプライチェーンの歪みを、生産・物流側がそのまま引き受けた形の決着だ。

しかし、この件でわたしは、重要な教訓を学んだのだった。それは、問題の構造を真に理解したかったら、やはり「顧客の顧客を知れ」ということだ。顧客の指示や要求が、わたし達の思考の「枠組み」を作る。あるいは、顧客についてのこちらの思い込みが、無意識な「枠」を作ってしまう。ところが、顧客もまた、彼らの顧客からの要求で動かされているのだ。顧客がわれわれに出してくる要望の裏には、『顧客の顧客』に対応するための問題が隠されている。そこを知れば、相手の真意や出方を予測できるようになる。問題構造の背景がうまく分かれば、与えられた枠組みの外にでて、解決法を見いだす可能性もあるのだ。

『顧客の顧客』とならんで、わたし達の思考の枠組みを広げて大局観を持つための、もう一つ有用な方法がある。それは、『上司の上司』の立場に立って考えることだ。

たとえばもし自分が工程係長ならば、上司の生産管理課長ではなく、上司の上司である製造部長になったつもりで考える。あるいは、設計グループリーダーならば、技術部長ではなく、開発本部長になったつもりで、自分のポジションの仕事を考え直してみる。こうすると、わたし達がものを考える時に、無意識に設定している「制約条件」をとりはらうことができる。

たとえば設計グループリーダーとしては、現有のチーム員の制約の中で、個別の案件のアサインを決めるしかない。しかし、開発本部長の立場に立つと、別のことが見えてくる。もし自社の開発プロセス全体の中で、設計部門がボトルネック状態になっているなら、必要な職種の増員や部門間での配転といった手立てを講じることができる。そうした権限(自由度)の中で、さて、設計グループリーダーに求めるべき最善の手立ては、と考えを進めてみるのである。

自分の直接の上司の仕事は、下から見ているので分かりやすい。おまけに、たいていは批判や不満もあるから、その「あるべき姿」についての意見を、誰でも持っている。しかし、二階級上の立場までは、あまり意識しないものだ。そこでかりに、上司の上司になったと想像し、やるべき仕事を考え、その中で今の自分の職務への期待を考えなおしてみるといい。この思考実験は、自分の役割を理解し、自分の思考の枠をとりはずす訓練として、非常に有効だ。そういうわけで、わたしは、「生産革新フォーラム」名義で書いた共著『“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない』(日刊工業新聞社 2011) 第5章の冒頭で、ジャスト・イン・タイム生産システムの問題を考えるに能っては、まず「二つ上の視点」にたって、すなわち顧客の顧客や、上司の上司の視点で、ものを捉えなおすことを提案したのである。

問題解決は、ホワイトカラーの仕事の主要な一部だといっていい。その際、わたしを含むエンジニアという人種は、どうしても「与えられた問題」の所与の条件下で、なんとか技術的に解決する方向に、ものを考えがちになる。まるで、試験で出題された問題を解くように。すると、どうしても前例や規範や『正解』に沿った方向になってしまう。しかし、正解のない問題に取り組むときは、その問題の「枠組み」を広げる方が、より良い解決に結びつくことが多い。そのために、顧客の顧客を知り、上司の上司になって考える訓練が、役に立つのである。


<関連エントリ>
 →「心の中でヘリコプターに乗れ」 (2012-04-02)
by Tomoichi_Sato | 2014-05-03 11:48 | 考えるヒント | Comments(0)