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担当者が問題状況に陥ったら、プロマネがカバーに入るべきか?

プロジェクト・マネジメントの講義で、学生に進捗管理について教えていた時のことだ。進捗とは、これまで消化した予算の比率で計ってはいけない。「あとどれくらい仕事が残っているか」で計るべきものである。いつもの持論を、わたしは説いた。進捗管理の最大の目的は、“仕事はいつ終わるのか、あとどれくらいのコストで終わるのか”を予測することにあるからだ。

マラソンにたとえるなら、スタート地点からゴール地点まで約42kmあるが、そのちょうど中間、折り返し点のマイルストーンがある。ここに到達した人は、それまでまっすぐ走ってこようと、多少脇道にそれて余計な距離を走った人も、あるいは道に迷ってさんざん遠回りした人も、等しく進捗率50%だ。なぜなら、残りの距離は誰にとっても同じ21kmなのだから。もしも、仕事の進捗を問われて、「これまで自分はどれだけ努力したか」を答える人がいるならば、その人は進捗の意味を誤解しているか、ないしは遅れを自覚して言い訳しているか、どちらかだろう。--そう、説明した。

すると、学生から質問があった。「問題を起こして後ろめたいから、自分の努力を必死にいいつのる人は、たしかに見かけます。そういった状況になった場合は、プロジェクト・マネージャーが進捗のカバーに入るべきなのですか?」

これは面白い質問である。マネジメントの問題には一般に『正解』はない。だから答えは、プロジェクトの状況による。では、どのような状況の時にはプロマネがカバーに入り、どんな場合にはカバーすべきではないのか。

まず一つには、プロジェクトの種類による。種類とは、規模と専門分化の程度、という意味である。数人からせいぜい10人程度の、同等(同じ職種)の仲間によるチームの場合ならば、プロマネが問題状況に陥った担当者の仕事を、分担して手伝うこともあるだろう。同等の職種といっても、それが100人規模だったら、そうはいくまい。その規模になったら、マネジメントの仕事は専任でフルタイムでやっても追いつかないから、とても人の仕事まで手を出す暇はなくなる。

もうひとつ、専門分化が進んで、幅広い職種を要するタイプのプロジェクトでも、カバーは困難である。学生オーケストラを考えてほしい。かりにオーボエ奏者の練習が遅れていたからといって、指揮者がオーボエをかわりに吹く訳にはいかない。専門分化と職務分担がはっきりしているからである。

指揮者が直接、仕事を手伝えない場合はどうするか。もし予算にまだ余裕(=すなわち予備費)があるなら、外部からエキストラの援軍を連れてくる、あるいはコーチを短期間依頼するかで解決するだろう。もしスケジュールに余裕(=すなわちフロート日数)があるなら、少しでも練習とリワーク(やり直し)の時間を与えるだろう。

それでも、本番演奏で失敗する危険性はないのか? --そのリスクは、だれにでも、常にある。決してゼロにはできない。失敗のリスクは、「受け入れ可能なレベルまで下げる努力をする」しかないのだ。

そのためには、部下に育ってもらう必要がある。

だから、この学生の質問は、かなり奥深い問題を突いていることになる。結局、人の能力の制約によって問題状況が生じたら、リトライの機会を与えて、その人が育つことを優先すべきか、プロジェクトの早期・予算内の完成を優先させるか(その場合は担当者を入れ替えることになる)、二つに一つである。それを、個別の局面で判断しながら、進めていくしかない。もちろんそのためには、問題状況に陥ったActivityのコストやスケジュールの状況と、全体への影響度合いが、プロマネにちゃんと見えていなければいけない。

人が育つプロセスというのは、ほんとうに難しい。「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉があるが、自分で子どもを育ててみると、成長を心待ちにする心境はよく分かる。と同時に、「這えば立たせ、立てば歩ませ」ではない点にあらためて感心する。“何々させる~”という使役ではなくて、“何々する”という自動詞の期待形になっているところがポイントだ。子どもは、自分の体で学ぶしかないのだ。今どきの世の中は教育システムにご熱心だが、子どもに、歩き方を言語で伝達したり、ビデオやe-Learningシステムの画面を見せたりして、それで歩けるようになるだろうか? 

そして、子どもが自分で歩き方を学ぶためには、二つ、大事な条件がある。

まず、大人や年上の兄姉たちはみんな、ちゃんと歩いたり走ったりできることを、子どもが見て、自分もそうなりたい、と感じることである。つまり、あこがれたり真似したりする対象、「ロールモデル」が必要なのである。

もう一つ、大事な条件がある。子どもは、一度も転ばずに、歩くことを学ぶことはできない。だから、学ぶためには、安全に転べる環境を大人が気づかってやることが必要なのである。

人が何かを学んで育つためには、安全に失敗できる環境がいる。前にも書いたことだが、スキーやスケートでは、初心者は安全に転ぶ練習を最初に学ぶ。転ばずに上達できる人はいない。最初は必ず何度も転ぶのだ。そのとき、頭や腰をひどく打ったりしないために、どんな姿勢で転べば安全か、まずそれを教えるのである。

「失敗は決して許されない」--そんな組織や環境では、人は育たない。減点主義や完全主義的な制度のどこがまずいかというと、人が育つことを阻害する点なのだ。もうだいぶん以前のことになるが、ある大手銀行の人が、人事評価の仕組みに関連して、ゴルフに喩えながら「最初のホールからOBを叩いた人には(出世競争から)どいていただく。あとに続く優秀な人はいくらでもいるのだから」と、経済メディアで語っていたことを、わたしは今でも忘れない。その銀行がバブル崩壊後の失われた20年を、どんなにもみくちゃになって過ごしたかは語るまい。ただ、そんな職場に働く身分でなくてよかったと思うだけだ。

プロジェクトにおていは、上に述べたように、コストも納期もまったく余裕が無い状況では、人は育たない。そういうキツい仕事も、無論、ときにはあるだろう。そういうキツさの中で磨かれる部分もあることは、認めよう。だが、転んだら最後、二度と立ち上がれない場所ばかりでは、子どもは歩くことを学べない。「転んでも立ち上がれる」状況をつくって、はじめて人は大きくなれるのだ。

キャリアパスだって、同じである。固定的でなく、複線型の方がいい。“最近の若い人は、一度でも失敗して、自分が描くキャリアパスのイメージから外れそうになると、もう職場で働く気力をなくすことが少なくない”と、人事系の専門家がボヤいているのを聞いたことがある。たぶん今の教育制度が、若い人にそういった観念を押し付けているのだろう。

そして、「ちゃんと元気に歩いたり走ったりしている、楽しそうな大人」(ロールモデル)がいなかったら、人は育たない。それはつまり、「生き生きと仕事をしている、楽しそうな上司や先輩」のことである。

自分が育たないような環境で、誰が働き続けたいだろうか? わたしはいやだし、自分の子供がそんな職場で働くのは、もっといやだ。現代の就活生に「即戦力」を求める組織は、このことをよく考えた方がいいと思う。


<関連エントリ>
 →「進捗管理とは何か?
by Tomoichi_Sato | 2013-11-23 22:25 | ビジネス | Comments(0)

海外工場のサプライチェーン問題を考える

OKY」という言葉がある。「前が ってみろ」の略だ。日本企業の海外拠点で働く人たちが、本社の無理解に対して感じる不満とボヤキを表す隠語である。以前は一部地域で使われていたのだろうが、経済メディアなどにとりあげられて以来、全国的(全世界的?)に広まったらしい。もちろん語感としては、数年前に流行した「KY」(=空気読めない)をふまえている。ちなみに、「KY」はもともと『危険予知』活動の略語として、製造現場などで使われていた言葉だったが、今やそれを知る人は、製造業や建設業の一部だけになってしまった。

OKYという言葉は、海外の子会社と日本の本社とがギクシャクしている状況を象徴している。本社側は、海外子会社のパフォーマンスに不満を持っている。そして、あれこれと助言や指図をする。他方、海外子会社の側には、日本から派遣されてきた駐在員たちが大勢いて、日夜、悪戦苦闘している。しかし海外は(それが先進国であれ新興国であれ)日本の常識が通じない状況が多い。“なのに本社の奴らは勝手なことばかり言ってくる。まるで俺たちが無能だといわんばかりじゃないか”との感情が、OKYの隠語に込められている。

しかも、実際に海外に出て仕事をしてみると痛感することだが、今や日本という国は、海外でのプレゼンスが非常に弱くなっている。「日本抜きでもビジネスは進む」「日本を手本にしなくても国は発展する」と、途上国の多くの人はもはや考えている。『ジャパン・パッシング』(日本素通り)と呼ばれる状況である。このことが、本社側ではなかなか伝わらない。日本企業はいまだに発言力(購買力)もプレスティジ(技術的威信)も高いと思っているらしい--ここがまた、意識のギャップを痛感するポイントなのだろう。

日本企業の海外工場進出は'80年代からあったが、広まりはじめたのは'90年代後半以降のことだ。一時は中国に工場を建てるのが、ブームのようにもてはやされた時期もあった。そのブームはリーマン・ショックの前後から、多少の反省期に入り、“製造業の日本回帰”などの言葉も言われるようになった。しかし、現在でも海外生産に依存している企業は非常に多い。2011年7月の「海外事業活動基本調査」によると、製造業の海外生産比率は18.1%であり、全体の2割近くを占めている。売上高の合計は183.2兆円で、前年度比11.4%増と、まだまだ伸びる趨勢にある。海外への設備投資比率も17.1%と、ちょうど生産比率に近い数字となっている。

では、これらの海外工場は、企業のサプライチェーンの中でどのような位置を占めているのだろうか? 同調査によれば、製造業の現地・域内販売比率は、その立地によって違い、北米93.8%、ヨーロッパ86.8%、アジア75.3%となっている。つまり欧米に作った工場は、作った製品をその域内で販売する(あるいは取引先工場に納入する)ことがメインの役割である。もともと欧米への工場立地は、大量輸出による貿易摩擦の緩和対策としてはじまった面が強い。他方、アジアの工場は、元々の進出動機が「安価な製造拠点」づくりとの意識が強かった。したがって1/4は域外市場へ出荷される。

逆に、現地・域内調達比率はどうかというと、北米が65.0%、アジアが69.4%、ヨーロッパが55.6%となっている。アジアの工場の収支を見ると、部品・材料の約7割は域内で調達し、そこで作った品目の7割5分強を域内に出荷する。それ以外は、おそらくは日本から素材を持ってきて加工製造し、また日本に輸出するのであろう。

海外工場の自社内サプライチェーンにおける位置づけは、その分業の仕方によって大きく2種類に分けることができる。「垂直分業」と「水平分業」である。この用語は会社によって逆の意味にとられるケースもあるが、ここでは経産省の用法に従っておこう。「垂直分業」とは、サプライチェーンにおいて上流側に位置する、部品加工段階と、下流側(市場に近い側)に位置する製品製造段階とを、海外と日本で分担するタイプである。多くのケースでは、部品加工を海外で、製品製造を日本で行う。製品は日本から世界の市場に出荷される。

これに対して「水平分業」では、それぞれの地域で、部品加工から製品製造までを平行して行う。地域市場に密着した生産を行える点が水平分業の特徴だ。

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両者の違いは、日本と海外で持つ工場の機能の差にも表れる。垂直分業では、作るモノが違うのだから、工場の機能や工程も違っている。水平分業では、基本的に同じ機能を備える必要がある。ただし、この場合は、技術的ノウハウもかなり海外工場に移植しなければならない。

垂直分業にはもう一つのパターンがある。コアとなる部品は日本で製造し、それを海外工場にも供給するやり方だ。ノン・コアの部品材料は現地で調達するが、技術の中核となる部品は、高い技術力とスキルを持つ日本の工場がおさえておく。建設機械で有名なコマツは、この方式をとっていることで知られている。技術流出を防ぎながら、各国の地域市場に対応できる優れた方式であろう。

とはいえ、現実の多くの企業では、すでに上記の類型におさまりきれない混沌的分業パターンに近づいている。最初は垂直分業で部品加工だけの拠点だったはずが、日本市場の停滞と現地市場の成長により、現地でも次第に簡単な製品製造をはじめる。水平分業化のはじまりである。しかし、日本側は部品加工段階を海外に出してしまったために、人や設備が弱体化し、逆に垂直分業に頼らざるを得ない。だから日本への部品供給も続ける。と同時に、現地市場の成長とともに高度な製品の需要がふえるから、日本からの製品輸出も増えて・・

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というような状況だから、当然ながら工場で扱う製造品目も次第に多品種少量化が進んでいく。当初は決まった品目の部品を、そこそこ大量に加工するべく設計していた工場だから、段取り替え作業も手間がかかる。おまけに需要見込や確定受注も、本社や地域営業や顧客など、あちこちからバラバラに入ってくる。こうした中で、本社から「納期が遅い、品質も低い、コストも思ったより高コストだ、そもそも子会社自体が赤字なのをなんとかしろ」などと攻められたら、そりゃあ“OKY(お前が来てやってみろ)”とも言いたくなるだろう。

海外工場のサプライチェーンの悩み(長納期・高コスト・低品質)は、大きくいって以下の4つの原因から起こると考えられる。

(1)サプライヤーに起因する問題、
(2)顧客・販売チャネルに起因する問題、
(3)物流期間・物流品質に起因する問題、そして
(4)本社側に起因する問題(契約・規制・慣習への無理解、リスク・マネジメント原則の不在等)

そして、原因に応じた対策を講じる、というのがもちろん王道である。

しかし、問題がこじれてしまっている場合、つまり納期もコストも品質も人員も問題だらけの時は、根本原因の同定は必ずしも簡単ではない。それに、想定される根本原因が大きすぎて手をつけにくい、ということもあるだろう。本当は、サプライチェーン全体の構造をきちんと設計して、どこで需要予測情報をインプットし、どこに主なストック在庫を置き、どこから先は確定受注に紐づけて動かすか、といった方針が必要なのに、なりゆきでスパゲッティ状のサプライチェーンができてしまっているようなケースである。

この場合、まずは、サプライチェーンの状況を可視化して、問題発生を把握しやすくする、という対策が必要になる。これは本社側と海外工場側が協力した取り組みである。ただ、海外工場側が現地企業との合弁会社であったりすると、工場の内部情報をそのまま日本側に開示するのは抵抗が出てくるはずである。

したがって、共有するのは、互いのサプライチェーン的な界面に限られることになる。すなわち、需要と供給、いいかえれば、発注と納品(と出荷可能な在庫)の情報である。「見える化」というと通常、モノの動き(供給側)だけを追いかけがちであるが、じつは発注(需要側)情報とペアで扱い、どの納品がどの発注に対応しているのか、需要と供給の累積カーブはどういう関係になっているのかまでを「可視化」するべきである。ここでいう発注情報は、見込生産(MTS)や繰返し受注生産(MTO)の場合だと、『需要予測(先行内示)情報』と、『確定需要(納入指示)情報』の二種類がセットで必要になる。また、在庫情報の中では、船の上などの移動中の在庫量も、きちんと把握できなくてはならない。

こうしたシステムを構築するのは、もちろん簡単ではない。しかし、このような『サプライチェーン可視化システム』は必須だとしても、これと同時に、進めるべきことがある。

それは品質問題の可視化である。もっと簡単に言うと、「良品のみを出荷する」体制を作ることだ。海外工場の納期やコストを言う前に、まず品質を最低限確保すべきなのである。もし出荷されたモノの中に不良が多数混じっていて、下流工程で使い物にならなかったり修理再加工が必要だったりしたら、リードタイムや在庫データに、どんな意味があるだろうか? 

もしも日本側の受入検査で不良を発見できるなら、その検査機能は海外工場の出荷側に置くべきだし、さらにいえば部品加工の各工程で、不良を見つけたらその場でラインからとり除けるよう、『不良箱』か何かを設置すべきなのである。そして、不良の数をかぞえ、補修を行い、原因を分析する。それを、現場の作業者たちが自分で自覚し、できれば責任感を持つように、うながしていく。地味だが、こうした努力は製造業として欠かすことができないだろう。

たしかに工程の種類によっては、不良をゼロにするのは技術的に難しい場合もあるだろう。その時はせめて、ある目標パーセンテージまでは安定化をめざす。そして、不可避な不良リスクの分は、安全在庫でカバーするのである。サプライチェーンの可視化システムは、そうした工夫があって、初めて生きてくるはずなのだ。海外と日本、その両者の努力と協力がなければ、「お前が来てやってみろ」症候群は解決するまい。


<関連エントリ>
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (2) 応答
by Tomoichi_Sato | 2013-11-17 22:44 | サプライチェーン | Comments(0)

生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)

<設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離>

BOM再構築の課題の中でも、もっとも多く見られる悩みが「設計部品表と製造部品表の乖離」だ。ふつう、前者はEngineering BOMを略してE-BOMと呼び、後者をManufacturing BOMの略でM-BOMと呼ぶ。

設計部品表(E-BOM)とは、設計部門が作成する部品表のことで、最終製品を構成する全部品をリストアップしたものである。製品の構成図(断面図)の各部品に①②③・・といった番号をつけ、その右側に番号・部品名称のリストをつけたものを、誰しも見たことがあると思う。この部品構成リストがE-BOMの原型である。

たとえば、『冷し中華』という製品を考えてみよう。冷し中華一人前は、図1左に示すように、茹で麺・たれ・錦糸玉子・チャーシュー細切・きゅうり細切から組み立てられる。

機械・電気など組立加工系の業種におけるE-BOMは、最終組立に使う部品のリストであるため、伝統的にはしばしば、部品間の階層構造を持たない「サマリー型部品表」の形をしていた。もっとも、現代のインテリジェントなCADシステムは、自動的に部品リストをE-BOMとして出力する機能もある。さらに必要ならば、製品→モジュール→サブモジュール→部品、という階層構造を定義することもできる。

ところが、工場はこのE-BOMだけでは仕事ができない。冷し中華の例で端的にいえば、材料の手配はどうしたらいいのか? まさか茹でたての麺を毎回買ってくるわけにも行くまい。購買には、図1右に示すような購入材料リストが必要である(これを購買BOMと呼ぶこともある)。

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 [図1 設計BOMと購買BOM]

E-BOMから、購入材料リストを作成するためには、それぞれの部品をどんな材料からどのような手順で製造するかを示す表が必要になる(図2)。これを製造部品表(M-BOM)と呼ぶ。製造部品表は、通常は生産技術部門による工程設計の結果として作成され、主に製造現場において生産管理で用いる。

M-BOMの特徴は、部品の親子関係を示す「ストラクチャー型部品表」の形になることだ。また、工順(Routing=加工順序)の情報が付加される。生産管理にMRPシステムを用いている企業では、さらに親子関係に「標準リードタイム」を設定し、生産スケジューリングに利用する。このM-BOMは、生産技術部門がE-BOMを元に作成するケースが多い。

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 [図2 製造部品表(M-BOM)]

それでは、なぜ多くの企業がE-BOMとM-BOMの乖離に悩んでいるのか。その理由は、大きく4つある。

(1)品目コードの不統一

本社設計部門では、部品コードを定めずに「部品の図番」や「部品規格番号」や「名称」だけで済ませる場合がある。一方、工場では購買先を決めてから品目マスタを登録するケースが多い。その段階で、はじめて部品に品目コード(Part Number)がふられる。この品目コードは、本来であれば本社設計部門に伝達され、図面やCADの属性に登録されるべきだが、部品点数は多いし、マスタ登録のタイミングはバラバラだし、おまけにしばしばマイナーチェンジが行われたりするので、実際にはなかなか簡単ではない。

その結果、全社で品目のコード体系の統一がとれなくなり、E-BOMからM-BOMへの「翻訳」作業が必要になってしまう。しかし、これでは手間がかかるし、誤りが入り込みやすくなる。

(2)代替部品の使用

材料手配の都合上、工場では一時的な代替部品を使用することがある。サプライヤー側や購買・外注の都合で素材・品番が変わることもある(この事情は、とくに海外工場に多い)。そのため、設計と現物に食い違いが生じてくるのである。

(3)副資材や包装材料の追加

製品設計図には、副資材や包装材料はふつう記載されないため、E-BOMにないことが多い。したがって、工場では手配が必要になる。したがって、独自にM-BOMに追加せざるを得ない。

(4)設計変更の発生と在庫切替タイミングの食い違い

設計部門において仕様改訂や品質改善のため設計変更が発生した場合、本来はM-BOM側も同期して修正すべきである。しかし、工場は仕掛りや部品在庫のために、M-BOMをすぐには切り替えられない。「手元にある在庫を使い切ってから修正しよう」などと考えている内に、次の設計変更通知が来たりする。


こうして、いったんE-BOMとM-BOMが乖離しはじめると、問題点がいろいろ発生してくる。まず、新製品導入スピードが遅くなる。また、品質クレームやアフターサービス対応が難しくなる。どのロットはどんな部品構成で作ったか、トレースできなくなるからだ。

中でも、もっとも深刻なのは(1)の品目コードの不統一である。企業のマテリアル・マネジメントが混乱し、モノが有り余っているのに必要なモノがない、という状態が生じてくる。コードが無ければ設計の標準化も困難だ。モジュール化や、前回述べたATO生産方式(Assemble to Order=受注組立生産)の実現は夢物語になる。

それでは、どうすべきか。この背景には、開発設計と生産現場の乖離がある。マネジメント・レベルで、まず問題認識が必要であろう。その上で、BOM維持体制と責任分担の確立、品目コード体系の統一、そして適切なBOMプロセッサの導入などの施策が必要になるのである。


<BOM再構築プロジェクトのために>

市場が回復中の機をとらえ、今日、多くの企業が生産の革新にチャレンジしている。その鍵がBOMの再構築にあることを、これまでの話でご理解いただけたと思う。

需要は増えてきたのに、思ったように増産できない企業がある。第一の理由は、仕様の個別対応の手間が多くて、設計部門がボトルネックになっためである。第二の理由は、部品マスタの無秩序な増大や変更で、資材購買と在庫管理が混乱するからだ。材料が無ければ工場はモノを作れない。第三の理由は、標準モジュール化の欠如で、工場の負荷平準化が困難なことにある。これらはすべて、BOMに関わる問題だ。

BOMの問題は、生産のグローバル展開の足かせにもなってきた。なぜ、国ごとに違う図番体系や品目コードになってしまうのか? マスタが欠如していたからである。あの自動車産業でさえ、国別仕様と供給可能部品によって生じたバラエティに悩んできた。いまから10年近く前、トヨタは社内に4種類のBOMをかかえており、その一元化と再構築のために、驚くほど巨額の費用と工数をかけてとりくまざるをえなかった。

ちあみに、正確に言うとBOMは『部品表』ではない。部品表という日本語は、何となく組立加工産業のみを連想させる。しかし「部品」に縁のない食品・素材・化学・電子材料・医薬品・アパレル業界などでも、BOM(Bill of Material=マテリアルの集計表)は存在するし、同じように重要なのである。

それでは、どうしたらBOMの再構築が進められるのか。

まず、第一に、これは情報技術だけの問題ではない、と強調しておきたい。複数のデータベースをつなぐツールや、ERP・PDMパッケージ等の導入で、事足れりと考えないこと。むしろ、BOMの運用ルールこそ問題なのだ。誰が、何をいつ登録するのか。どうメンテしていくのか。いつ廃止にするのか。いかに標準化をはかるのか。設計(E-BOM)と製造(M-BOM)の乖離をどう防ぐのか。運用ポリシーがあって初めて、必要なITツールが決まる。

もうひとつ重要なことは、あるべきBOMのマスタと、現実のBOM履歴データを区別することだ。設計はBOMのあるべき姿を規定する。これはマスタだ。しかし、製造の現実では、様々な理由から代替部品を使ったり、歩留りのために予定以上の材料を使ったりする。顧客サービスや在庫管理のためには、個別の履歴をとっておく必要がある。つまり、製造指図や製造報告に付随したBOMのトランザクション・データを、マスタとは別に持つべきなのだ。

そして、何よりも大事なことは、中心となる『マテリアル・マスタ』の再統一だ。これを部品マスタ、あるいは品目マスタなどと呼ぶ会社もある。呼び名はどうあれ、設計・購買・生産技術・工務・製造・物流・・すべての部門が使用し関係している基準データだ。これがバラバラの状態を放置してはいけない。

BOM再構築プロジェクトのあり方は企業の状況や生産形態によって様々だが、その流れの一例を、図3に示す。いずれの場合でも、最初に着手すべきは、何のためにBOMを再構築するのか、どのような問題を解決し、どんな能力を得るために行うのかを明確化する事である。これを、経営トップや企画部門が中心になって社内に宣言する。そして、遂行体制を確立する。

いうまでもなく、BOM再構築には、クロス・ファンクショナルな活動=プロジェクト・チーム体制での取り組みが必要になる。プロマネを任命し、スタッフと時間と費用を与えて、これを推進していくべきだ。誰かの片手間で済む仕事ではないのだから。

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 [図3 BOM再構築プロジェクトの流れ(例)]

つぎに、BOM活用の現状と課題を、関連する各部門(製造業ならば営業を含むほとんどのライン部門が関係すると思っていい)で調査し、把握する。そこから、あるべきBOMデータの設計に進む。マテリアルのコード体系、BOMに付随すべき属性項目等を整理するのである。このとき、主要ユーザ部門を相手に、テスト収集を行い、実用に耐えるデータ設計となっているかを検証しながらすすめる方がいいだろう。

そして、BOMデータの収集と整理のフェーズに進んでいく。データを、マテリアル、マテリアルの親子(階層)関係、工順(=加工手順、レシピ)にしたがって整理していく。このとき活躍するツールがBOMプロセッサだ。またモジュール化設計を進めている場合は、モジュールの組合せで実現できる製品仕様・性能との関係を定めていく。これは受注用コンフィギュレータの基礎になるから、営業部門の参画も望ましい。

データが収集できたら、クレンジング作業や整合性チェックを経て、ターゲットとなる情報システムのデータベースに登録する作業となる。ここは特にIT部門に活躍してもらうべきステップだ。

そして最後に、BOMの運用フローと保守体制の構築を行う。BOMは生き物である。今後も長い間、データを維持・登録・修正しながら使っていかなければならない。その体制と責任分担を決めて実行するのである。

そして、ひとつ助言させてもらえるなら、このプロジェクトには外部の目を取り入れた方が良い。さもないと声の大きい部署の「部分最適」で終わる可能性が大だろう。BOMを再構築し、生産システム全体を生まれ変わらせる仕事を成功させるためにも、全体最適を目標に高く掲げるべきだ。そうして、日本のより多くの企業が、活気と余裕を取り戻すことを祈ってやまない。


<参考図書>
 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」 佐藤知一・著、日本能率協会マネジメントセンター
by Tomoichi_Sato | 2013-11-10 16:03 | ビジネス | Comments(0)

生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(1)

数年前、三菱電機から依頼を受けて、「e-F@ctory」という同社のWebサイトに、BOM(部品表)に関する文章を書いた。今はそのurlはリンク切れになっており、同社のサイトを検索しても見つからない。サイトのリフォームにともない、この種の一般解説的文章は削除されたのだろう。そこで、当時の文章を、一部ブラッシュアップして、ここに再掲することにする。内容的に、とくに古くなってしまった部分も見あたらないと思う。製造業におけるBOM(部品表)の構築と改善は、いつでも古くて新しい課題なのである。なお、ここでは分量の関係で2回に分けて掲載する。


<今、なぜBOMが問題なのか>

不況の長いトンネルを抜けて、いま日本の製造業は元気を取り戻しつつある。そして多くの企業で、この機会に生産全体のあり方を見直したい、という気運が高まっているようだ。

製造業とは、物品(マテリアル)を産出・加工し、付加価値をつけて販売するビジネスだ。その資材調達から出荷までの加工と物流の仕組み、ならびに受注から納品までの情報の流し方を総称して、「生産システム」と呼ぶ。

そしてBOM(Bill of Material=部品表)とは、その生産システムのDNAである。BOMとは、製品がどの部品資材から成り立ち、どのような手順をへて組み上げられるかを規定する、生産の基準情報だ。生命がDNAの遺伝情報をもとに細胞や体を組み立てていくように、製造業は基準情報としてのBOMにしたがって、資材から製品を組み立てていく。

ところが近年、そのBOMデータの内容に問題がある、と考える会社が増えている。数万点に及ぶBOMと部品マスタを作り直した電子機器メーカー、2年近くかけて配管材料コード体系を再構築したプラントメーカー、設計思想に立ち戻ってBOMを再構成しようと奮闘中の機械メーカー等、多大な時間と労力をかけて見直す動きが、業界を問わず進んでいる。いったい、なぜだろうか。

それは、生産のDNAであるべきBOMの情報が混乱し、社内のあちこちに、複数の相矛盾するBOMが乱立したり、あるいは基準の役を果たせずに毎回使い捨てにされたりする事象が起きているからだ。

なぜBOMが分裂するのか。皮肉なことだが、BOM情報を必要とする部門がきわめて多いからだ。BOMとマテリアル・マスタには、部品構成以外に工程や原価やリードタイムや購入先やオプションや保守履歴など、多種多様な情報が関係している。いわばBOMは企業内の情報のハブなのである(下図)。にもかかわらず、縦割り組織や分業病の影響で、社内にBOMを統一的に保守する責任部署が存在しないケースが多いのだ。

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BOMが混乱してくると、新製品の投入や設計変更の実施スピードが、確実に遅くなる。そればかりか、工場の生産量を拡大したり、海外にグローバル展開をはかったりする際に、とんでもない副作用が出てくる--部品点数と部品在庫量の無秩序な増大である。工場の中はモノが有り余ったいるにもかかわらず、必要なものが見つからない、という状態になる。企業内のサプライチェーン・マネジメントが運用不能になるのだ。こうして、直接製造作業に関わらない間接工数ばかりが増えていく。結末は、原価上昇による赤字である。


<ERPパッケージはBOM問題を解決できるか>

この状態を解決するために、ERPなど基幹情報システムの導入に期待する人もいる。たいていのERPパッケージの生産管理機能は、MRP(=Material Requirement Planning)の考え方がベースになっており、その中核にはBOMマスタがあるからだ。

だが、ちょっと待ってほしい。そもそも製造現場で一度も働いたことのない若き“ERPコンサルタント”たちに、BOMの作り方や生産システムの動かし方など本当に分かるのか? じっさい、多くのプロジェクトで、「BOMデータの作成はお客様の責任です」と言われ、導入直前の1ヶ月間で急ごしらえのBOMをばたばたと登録するだけで終わっている。

そもそもMRPは規格品見込み生産・大ロット・余裕ある標準リードタイム・豊富な機械設備などを前提とした、'70年代米国の生産思想の産物だ。個別仕様・超短納期・ぎりぎりの工場設備、そして受注/見込み生産混在の自分の会社に、どうフィットしたらよいのか?

生産管理の観点から日本とアメリカの企業を比べてみると、その違いにしばしば驚かされる。米国製造業の特徴は、抜きがたい大量見込み生産指向である。標準品・大ロット生産による生産効率をあくまで追求したがる。これに対してわが国の特徴は、小ロット・プル型を中心としたリーン生産方式であり、また顧客要求へのきめ細かな対応である。個別対応の傾向は、とくに消費財よりも生産財において明瞭だ。生産財の取引においては、産業機械であれ電子部品であれ化学素材であれ、買い手は際限ない個別仕様を要求してくるのが常である。サプライヤーはしたがって、受注生産の形態を強いられる。

そこで受注生産の業界では、ユーザが浜の真砂のごとく出してくる個別要求に応えるため、個別設計のサービス能力が決め手になる--多くの人が、そう信じている。いかにも日本得意の「すりあわせ型」文化である。しかし、個別設計を続ける限り、企業の中のBOMの数は無際限に増えていく。なぜなら、BOMというのは、一種類の最終製品につき、一つずつ必要だからだ。「あとは類推で考えてくれ」という訳にいかないのが、生産システムのDNAたるBOMの宿命だ。まして、個別設計ということは、見積や受注の時点ではBOMが確定しておらず、BOMの作成と資材発注が並行して進むということだ。従来のMRPではとても対応できない流れである。


<受注生産とBOMのあり方>

ところで、生産システム効率化のための定石は、いうまでもなく「標準化」と「平準化」にある。設計における部品構成や図面の標準化、生産における能力や負荷の平準化によってこそ、生産性の向上が計れるのだ。しかし毎回、設計図面からBOMを起こすやり方では、標準も平準も困難で、とても競争力が保てない。それでは、どうすべきか。

先進的な企業は、その答えを、モジュール化とATO生産方式に求めている。

モジュール化とは何か。それは、製品を機能単位の要素(モジュール)に分解し、その組み合わせによって仕様のバリエーションを実現する考え方である。たとえば、パソコンは筐体・マザーボード・CPU・HDD・モニタ・キーボードなどから組み立てられるが、CPUの速度、HDDの容量などの組合せにより、膨大な仕様のバリエーションが生まれる。

そこで、無限にも思える要求仕様を、比較的少数のモジュールから組立てられれば、中間部品レベルでの標準化が可能になる。これを『バリエーション・リダクション』の発想と呼ぶ。

さらに、素材部品ではなくモジュール(中間部品)の形で在庫を持っておき、注文を受けたら即座にモジュールを組立てて出荷する方式が考えられる。これなら、モジュール製造工程の平準化も可能になる。これが、ATO(Assemble to Order)生産方式である。

すなわち、受注生産と一口に言っても、じつは下記の3種類があるのだ。
(1)設計から始まる、ETO(Engineer to Order)=個別受注生産、
(2)受注後に部品手配からはじめる、MTO(Make to Stock)=繰り返し受注生産
(3)モジュール化が前提の、ATO(Assemble to Order)=受注組立生産
さらに、これに消費財で普通行われる見込み生産が加わる
(4)需要予測にもとづき製品を作りだめする、MTS(Make to Stock)=見込生産

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そして、今や少なからぬ先進的企業が、ATO生産方式を目指そうとしている。理由は、ETOやMTOでは受注リードタイムが長くなりすぎ、また標準化・平準化ができないため競争力が上がらないからだ。逆にMTSでは製品在庫のリスクが大きくなりすぎる。だから、生産財・消費財を問わず、ATOに向かう潮流があるのだ。

無論、モジュール化とATOを実現するためには、各モジュール間で組合せのインタフェースを規格化することが大事な条件である。したがって、その実現のためには、設計を根本から見直す必要があり、結局、BOMの姿にも改革が求められるのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-11-03 23:44 | ビジネス | Comments(0)