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適正在庫量をはかる三つのモノサシ--個数、金額、そして日数

物置とか押し入れは、たいていの家にあるが、モノを収蔵し保管するにはいささか不便な場所である。まず、出し入れする面が一つしかない。だから、最初にしまったモノは奥に入ってしまい、最近入れたモノが手前に並ぶ。つまりFirst-in last-outである。すると、どうしても古いモノは使われないままになりがちだ。倉庫は、使用側で取り出す口と、供給側で入れる収納口を別にする、というのが工場の物流設計の基本であるが、物置というのはその原則からほど遠い。

物置・押し入れのもう一つの問題点は、モノを積みかさねて置かざるをえないことだ。押し入れは元々、日本家屋で昼の間、ふとんをしまっておく仮置きの場所だから、せいぜい天地二段のがらんどうの空間があるきりである。これをモノの収蔵に使おうとすると、どうしても積みかさねることになる。すると、下にあるモノを直接取り出せないし、何があるかも見えにくくなる。ストレージの場所は、棚にして横から出し入れ可能にする、あるいは縦に区切って上から直接出し入れできるようにする、というのが良い物流設計の基準である。この点でも物置は失格だ。あるモノを取り出すために、他のモノをいったん動かさなければならないのは、まるきり作業のムダである。

なぜこんな事を書いているかというと、ついさっき、ちょっとした日用品を探すために、押し入れ一つ分を全部出して引っかき回したからだ。たしかにあったはずだと思ったのだが、結局スーパーに買い直しに行くはめになった。なぜこんなに余計なモノの在庫があるのに、肝心のモノが見つからないのか。そのために、どれだけ時間がムダになったか。

「モノが有り余っているのに、必要なモノがない」--これは拙著『BOM/部品表入門』導入部のテーマである。なぜ、部品表の本なのに、在庫管理めいた問題からはじまるのか。答えは簡単だ。BOMデータとは、製造業の情報系のかなめとなるマスタだが、BOMに登録すべき品目とは、「在庫を管理する必要のある品目すべて」というのが原則だからである。自社の製品も、外部から購買する部品材料も、自社内でつくるモジュールや半製品も、とにかく数を勘定すべきモノはすべてBOMの登録対象となる。

逆に言うと、BOMデータが正確でないと、在庫管理もおかしくなるということになる。米国の著名な生産管理コンサルタントであるオリバー・ワイトは、かつて「在庫精度が95%を切るような企業では、MRPなどの生産管理システムを入れたって機能しない」という名言をはいた。在庫精度とは、帳面の上での数量と、現地現物の数が一致する比率をいう。つまり、在庫の把握が企業の生産管理のキモになるわけだ。

しかしながら、工場や営業所が物置同然になっている企業は、残念ながら、数多い。モノを保管したり運んだりする仕事は誰もがかかわるが、工場設計や物流管理の基本は、大学でもめったに習わないからだろう。そのために、どれほど広い範囲で生産性の低下が起きているか、誰も知らないし、わたし達の社会では気にとめる人も滅多にいない。隣近所の新興国にコスト競争で負けかけても、向こうは人件費が安いせいだ、と皆ボンヤリ思っているらしい。

では、中小企業や中堅企業で、在庫をきちんと把握するためにはどうしたらいいか。それについては1年ほど前にも簡単に手順を述べたが(「在庫問題の構造を把握するために」参照)、もう一度ここで、より詳しく説明し直そうと思う。

(1)まず、在庫品を表に出すこと

表に出すというのは、文字通り、物理的に、日の当たる場所に取り出すという意味である。積み上がっているモノは上から順におろし、奥のモノも手前からとりだして、どこか床の上のスペースに並べてみる。何と、何が収蔵されていたのかを、目で見える状態にいったんする。すると、「あ、これってここにしまってたのかあ!」「なんだ、こんな所にあったんだ。」「うへ、わざわざ何でこんなモノ、とってあんの?」といった驚きと気づきが、皆を襲うだろう。(嘘だと思ったら、お宅の冷蔵庫について同じことをやってみればいい)

(2)その上で、モノの状態と数を確認すること

ひとつひとつ目で見て、それが何であるか、使える状態にあるか、破損したり使用期限が過ぎていないかを確認しながら、数をかぞえる。すると、当然のように「これもう、使えないな。」といったモノが出てくるので、それは脇に置いて、後で処分する。正常なモノと処分すべきモノの数を調べたら、一応元の場所に戻す。

昔の人は、(1)と(2)の作業をあわせて「棚卸し」とよんだ。文字通り、棚からモノを下ろすのである。おろして、状態を調べ、数を確認して、棚に戻す(ときどき、不要なモノをすてることを「棚卸し」だと思っている人がいるが、それは誤解である)。棚卸の作業の結果、在庫品のリストができる。

(3)在庫品のリストができたら、次にそれを金額に換算すること

上記リストに単価と金額の欄を追加し、それぞれの品目について、「その単価はいくらか」を調べ、個数をかけて、その品目の帳簿上の金額を求める。お金の話になると、人は急に厳密・正確を求めて、「これはいつ・いくらで買ったんだ?」と、数年前の過去にさかのぼって1円単位で調べたがったり、「他の品目とあわせて値引きしてもらったら、単価はどう設定するべきか?」「仕掛品の単価は?」「途中で購入価格が変わった場合は平均値にするのか」といった心配をしはじめる。しかしこの作業の目的は、財務会計ではなく、在庫管理である。だから、1円単位の帳尻はむりに合わせなくてもいい。だいたいの金額イメージが分かれば、それで十分である。

だいたいの金額が表の形で分かると、あらためて、「ウーン、合計100万円近い金額相当のモノが、こんな物置の中に眠っていたのか」という具合に、まともな人だったら考えはじめる。気づかなかったら、それこそ診断士として気づきをうながせばいい。個数だけの表だと、人はイメージがつかめない。お金にすると、突如として分かりやすくなるのである。しかし、これだけではまだ十分でないのだ。そこで、さらに次のステップをとってもらう。

(4)在庫品の数量を、日数分に換算すること

たとえば月に平均25個つかう品目があるとしよう。およそ、稼働日1日につき1個である。その品物が、倉庫に100個あったとすると、実働100日分、あるいはカレンダーでいうと約4ヶ月分も在庫があることになる。

それが多いか少ないかは、もちろん一概には言えない。しかし、同じ在庫品リストの他の品目が、40日~60日程度なのに、それだけが100日を超えていたとしたら、なんだかアンバランスなことだけは分かるはずである。

もちろん、このような換算をするためには、それぞれの品目が、「平均して月に何個使われているか」を調べる必要がある。これは、あまり簡単な作業ではないだろう。とくに作業実績の記録がきちんと残される習慣のない小企業では、なおさらだ。購買の記録などから追わなければならない。

それでも、この作業は、やってみる価値のある仕事なのである。在庫量のモノサシは、(a)個数(b)金額(c)日数、の三つがある。この順番で、把握するのがたいへんになる。たいていの小企業では、(a)個数さえ、実際に目の前に並べてみないと分からない。もう少し入出庫の記録をきちんとしている中堅中小なら、(b)金額くらいまでは、計算上でおさえられるだろう。しかし、(c)日数基準までとなると、上場企業でさえ、あやしいところはいくらでも出てくる。だが、たとえ一部の代表的な品目だけでも、日数基準で把握できるようになると、在庫管理の判断レベルが格段に上がってくる。

というのは、品目間の在庫量の多い少ないの比較は、個数では難しいからだ。小さなボルト1個と、大きなフランジ1個を並べても、意味はない。モノによっては個数ではなく、リットルだとか(溶剤などの場合)、メートルだとか(ケーブルなどの場合)、計量単位すら異なる。これを金額ベースに直すと、すこし比較のベースがはっきりするが、それでも高価なモノ・安価なモノがあるため、直接比較しにくい。日数基準というのは、そういう点で、異なる品目間を比較しやすくする点で共通性があり、非常に優れているのだ。

(5)最後に、リスト上のどこまでが意図して持つべき在庫かを、考えること

このサイトで繰り返し書いているように、在庫には、計画的に持つ意図在庫と、偶発的な『できちゃった在庫』とがある。在庫品のリストを見て、どれだけが意図して持つべき適正在庫かを考えてもらう。その時に、コンサルタントとしては、例えばWilsonの公式などを教えてあげるのもいいだろうし、そこまで行かなくても、自分達で適正な在庫水準について考えてもらえば、十分意義があるだろう。ちなみに、勉強したい意欲のある人には、在庫管理の参考書として、たとえば『適正在庫の考え方・求め方』(勝呂隆男・著)などを、わたしはよくすすめている。

小規模の企業の場合、計算で適正水準を求めるのはあまり現実的ではない。むしろ、「どれとどれは在庫不要と判断し、捨てるべきか」を決める程度でいい。で、じつはこれが結構難しいのである。というのは、現場の人には職業的心配症とでもいうべきマインドがしばしば蔓延していて、あれもこれも心配だから保存して置きたがるからだ。

そこで、第三者の冷静な目が必要になる。ちなみに、冒頭の物置の例でいえば、あるリビング・コンサルタントの人に言わせると、「不要品を捨てるには、配偶者に判断させるのが一番良い」のだそうだ。自分では不安やら愛着やらで捨てられずにいるモノも、パートナーだと「これって2年も使ってないわよね。場所ふさぎだし、全然不要じゃない」という調子で、すっぱりと断捨離を実行できる、からなのだという。(だが、この調子でやられた日には喧嘩になる確率もかなり高いと思うので、だれかやってみて実効性が検証されたら、わたしも追随しようと思う)

もっとも、念のためにつけ加えておくと、在庫というのは少なければ少ないほどいい、と思っている人がいるが、それは間違いである。たしかに意図せざる『できちゃった在庫』は、できるかぎりゼロに近づけるべきだろう。しかし、需給の不一致を調整するためのストック在庫や、工程間のアンバランスを吸収するためのフロー在庫は、適正な量を持っておく必要がある(そうしないと、生産全体が急な変動やトラブルに対応する能力を失ってしまう)。その適正さというのは、大げさに言えば経営判断だが、ふつうは現場をじっと見ているミドルマネジメントが決めるべきものだろう。

「標準なければカイゼンなし」というトヨタ流の標語があるが、在庫も同じだ。『適正な在庫水準』を定め、それで業務を回す努力をした上で、次に、いかにその水準自体を下げるかについて工夫する。標準も無しに、むやみに減らせ減らせというのは、マネジメントの手順として、間違っている。当初の質問をされた方の意図はともかく、「在庫削減」ありきの表現の中に、すこしだけ懸念を感じたのである。

たしかに在庫はお金を寝かせているに等しい。しかし日本は今のところまだ低金利状態にあるし、企業も自前の資金を持っているところも多い。最近、『社長が「在庫削減! 」と言い出した会社は成長しない』という、いたって刺激的なタイトルの本を書かれた畏友・本間峰一氏も指摘するように、日本では上場企業の約半数が、無借金経営状態に近づいているのである。つまり、手金で投資できる訳である。ならば、適正な在庫というモノの形に投資するのも、賢いあり方の一つではないだろうか。


<関連エントリ>
 →「在庫問題の構造を把握するために
 →「超入門・在庫管理 在庫ゼロは危険な目標
by Tomoichi_Sato | 2013-10-27 18:58 | サプライチェーン | Comments(0)

講演のお知らせ(10/30, 11/3)

直前のお知らせになってしまいましたが、東京と沖縄で講演を行います。いずれもサプライチェーン関係のテーマです。

1.「生産システム見える化展」

日時:10月30日(水) 16:00-16:40
場所:東京ビッグサイト東3ホール内 特設ステージ

演題:「サプライチェーンの強者戦略を考える
~ あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない5つの理由」

上記「生産システム見える化展」は、『ものづくりNEXT↑ 2013』という大きな展示会の一環です。
そこで、NPO法人「ものづくりAPS推進機構」(通称"APSOM":わたしも理事を務めています)が、『計画・同期化とITカイゼン・コーナー』という企画を持っており、初日のセミナーの一コマを担当いたします。

 http://www.jma.or.jp/next/attendance/program.html#ItKaizenSeminer

ご都合がつくようでしたらぜひお立ち寄りください。
なおセミナー自体は無料ですが、一応定員があるため、可能でしたら上記URLから事前登録をお勧めします。


2.日本経営工学会 生産物流部門 第1回国際ワークショップ

日時:2013年11月3日(日) 11:00~11:30(予定)
場所:ホテルムーンビーチ 沖縄県国頭郡恩納村字前兼久1203

演題:「サプライチェーンの形態分類と強者戦略

こちらは学会の国際ワークショップです。下記URLの案内は英語になっていますが、わたしの口頭発表は日本語で行うつもりです。
 http://www.jimanet.jp/news/workshop/20131025/4663

わたしの発表以外にも、慶応大学の山口高平教授によるオントロジー工学の話(これがなぜ生産物流に結びつくのかは聞いてのお楽しみ)、渡辺幸三氏によるオープンソフトウェアの生産管理システムの発表、座長である慶応大学・松川弘明教授によるサプライチェーン・リスクマネジメントのための可視化システム、など興味深い発表が沢山あります。
場所が場所だけに、ふと思いたって立ち寄れる方は少ないと思いますが(^^;)、一応お知らせしておきます。
参加費: 10,000円

以上、ご案内まで。


佐藤 知一
by Tomoichi_Sato | 2013-10-25 14:14 | サプライチェーン | Comments(0)

なぜ事実と意見を区別して話すべきなのか

今回は、論理と共感という、説明のための二つの方法について書く。わたし達が他人に向かって、その人の受け入れにくいようなこと、あるいは、やや信じがたいことなどを説明し、理解してもらわなければならないシチュエーションは、しばしばある。『交渉』はその典型で、相手にとって不都合なことを説明し、理解してもらい、合意してもらう必要がある。マネジメントの仕事では、交渉能力は不可欠である。ただ、これが苦手だという人は、(わたし自身を含めて)とても多い。説明は交渉の基礎である。そこで、上手な説明ためには、どういう方法があるか、それを今回は考えてみたい。

たとえば、次のような会話を考えてみよう。

「中東の社会って、女性の地位が低いのよ。」
「本当かい。たとえば?」
「サウジアラビアじゃ、女性は車の運転さえ禁止されているのよ!」
「でもサウジでは、高級車レクサスの所有者の6割は女性だそうだよ。」

(念のため一応、先回りして釈明しておくが、べつにわたしは特定の社会を批評したくてこの例をあげた訳ではない。よくありがちな議論のサンプルとして書いただけだ。ちなみに最後の発言は、わたしがトヨタ系ディーラーの方から直接聞いた話である。)

さて、上の発言に、整理のため1~4までの番号を振ることにしよう。発言1は、正しいか正しくないか? 事実か、事実でないか?

言うまでもない。発言1「中東の社会って、女性の地位が低いのよ」自体は、印象、ないし『推測』である。とても大づかみな一般論として主張されているが、議論の余地がある。そこで会話の相手は、発言2で例示を求める。「本当かい。たとえば?」--推測に対しては、複数の例証が必要だ。

そこで最初の話者は、発言3「サウジアラビアじゃ、女性は車の運転さえ禁止されているのよ!」という『事実』を説明する。感嘆符(!)が付いてはいるが、これは感情的主張や意見ではなく、事実を論述している点に注意してほしい。

それでは、『事実』とは何か。論理的な説明の方法においては、事実とは「検証可能なものごと」を示す。サウジで女性の運転が許されているかどうかは、(調べるのが簡単かどうかは別として)YesかNoか、第三者にもはっきり検証することができる。そして実際、このことは事実である。

これに対して、相手は発言4「でもサウジでは、高級車レクサスの所有者の6割は女性だそうだ」と反論する。女性の運転が許されていない国で、高級車を所有するとはどういうことか。亭主が運転するか、あるいは運転手がいるかだが、いずれにせよ、この事実は、女性も財産権をもち、かつ、家庭内での意思決定には女性もある程度、発言力があることが伺われる。いずれにせよ、この発言は『数字に基づく事実』である。こちらも検証が可能であり、しかも数字をベースとしているから、論争の余地が少ない。

このように、
 『推測』 < 『事実』 < 『数字に基づく事実』
の順で、主張の説得力は強くなっていく。検証可能性が高まり、解釈のゆらぎが少なくなるからだ。

そこで、何らかの説明や主張をする際には、

(1) まず、誰もが同意できるゆるぎない事実を述べ、
(2) その上に三段論法的な論理を積み重ねて、
(3) 自分の意見へと導く

という手順で進めるべきだ、という考え方が生まれる。これが、西洋で主流となっている説得のための考え方である。そこにおいては、(1)は自分の議論の前提・基礎となるため、ここをあいまいにすると相手に反論されるおそれがある。だから推測よりは、検証可能な事実を、さらに数字で検証可能な事実を述べて、自分の信ぴょう性を高めようと工夫する。

検証可能性は、(自分や当事者だけでなく)第三者にも検証可能である、という点に注意してほしい。こういう観点からいうと、自分の感情や意見の論述は不利である。なぜなら「自分はこういう気分だった」「自分はこうすべきと考えた」ということ自体は、(かりにそれが事実だったとしても)他者には検証しがたいし、じっさい人の感情や意見は変わりやすいものだからである。だから、事実と意見をまぜこぜにした説明を聞くと、論理的な説明方法に慣れた人たちは、“こいつの主張は根拠が乏しい”“自分の損得だけで事実を解釈している”と感じる。

では、自分の価値観などは、いつ議論に持ち込むべきなのか。それにはいくつかのテクニックがある。一番オーソドックスなのは、まず(1)の議論の最初に、誰もが同意する大原則として宣言しておく(「この製品開発の目的はあくまで市場首位の奪還にある」とか「差別って、どんな場合にも良くないはずよね」とか)。そして、(3)の論述の段でもう一度、その原則を振り返り、自分の主張の支えとするやり方である。もう少し高等なテクニックとしては、“事実のふりをした推測”を巧みに混ぜて、議論を誘導する方法もある。これだと、事実と論理だけを積み重ねると、いつのまにか自分の主張が生まれる、と見えるわけだ。

いずれの方法をとるにしても、この論理的な説明法に従えば、最後に出てくる『意見』は、だれもが合意すべき見解のはずである(という形になる)。

ところで、これとは全く異なる説得の方法がある。それが『共感』をもちいる方法である。人間同士というのは、互いに感情を共有したいという気持ちを持っている。それが社会的動物であることの証左なのだろう。喜びであれ、怒りであれ、悲しみであれ、いや、単なる好き嫌いであれ、一緒にいるものの間で感情を共有できると、どこかに満足を感じるよう、人間はできている。

そこで、これを説得に利用する。「じつはこういうことがありまして・・」「このとき自分はこんな気持だったんですよ」「なのに、こういう目にあったんです」「おわかりいただけますよね」--ここで大事なのは、事実を正確に記述することではない。自分の感情を、リアリティを持って相手に伝えて、共感を得ることである。その結果として、「・・だから、こう思うんです」という結論に、理解を求めていく。

交渉戦術で言う“泣き落とし”などはその典型である。こちらが立場として下の場合、あいての同情を誘って、なんとかこちらの困窮に共感を得るようにしむける。“激励(という名前の命令)”だとか、この同類はいろいろある。

事実による説明と、共感による説得と、どちらが上で、どちらが下ということは別にない。ビジネスでは満足すべき結果が得られれば、それでいいのだ。事実、交渉の上手な人は、場面に応じてうまくこの二つを使い分けたり、巧みに混ぜたりして、相手を誘導していく。だから、どちらも身につけるに越したことはない。もし自分が、前者は不得手だと思ったら、まずは話し方の中で『事実』と『意見』を意識して区分けする練習をすべきなのである。

ついでながら、「事実による説明」には利点がひとつある。それは、文字に書いて残したとき、あとで読む人間にもそれなりの説得力を発揮する点である。「共感による説得」はその場にいてリアルタイムに体験した人でないと、伝わりにくい。このために、学問とか技術とかでは基本的に、事実と意見を区別した記述が求められるのである。(ちなみに哲学的にいうと、事実と意見を厳格に区別することはできない。というのは、どの事実を取り上げ、どの事実には触れずにおくかを選ぶ時点で、すでに話者の価値観が入っているからである。だが、少なくとも事実と意見は違うスタイルで表明するというのが、学問上のマナーだ)

そしてもう一つ。この二つの方法は、文化によっても好みが分かれる。西洋、ならびにインド・イスラム社会など「中洋」などの文化圏では、事実による説明がより重んじられる傾向がある。他方、東洋、とくにわたし達の社会などでは、共感による説明がかなり頻繁に用いられるようだ。日本では、事実と意見を区別して論理的に説明するやり方は、(いい面を捉えて見ると)“頭が良いしゃべり方”に見えるが、普通は“理屈っぽいやつだ”と思われる。そう見られてしまうことは、しばしばハンディである。

しかし、同じやり方が、別の文化圏に行くと、“あいつの話すことは筋が通っている”とプラスに評価される。この頃合いが、とても微妙で難しい。だから、人を説得することは、いつでもたやすくない仕事なのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-10-20 23:51 | 考えるヒント | Comments(0)

稀な危機 vs ありふれた失敗-リスク対策の優先順位を考える

ジェッダから紅海に沿って北に向かう道を、わたし達は走っていた。空港で入国審査に手こずり、思った以上に時間がかかって遅れている。ドバイからジェッダに飛行するよりも長い時間を、パスポートコントロール窓口の行列に費やしてしまったのである。現場事務所に着いたら、「自分のスケジュール・リスクはマネージできないようですね」と皮肉を言われかねない。わたし達は、プロジェクトのリスク・アセスメントのセッションを開催するために、現地に向かっていたからである。おまけに、プロジェクトにおけるわたしの主な守備範囲は、スケジューリングとリスク・アナリシスであった。それが打合せに半日も遅れたんじゃ、面目丸つぶれである。

もっとも、同行している某国営石油会社のエンジニアにしてみれば、これは十分予見できたことらしい。彼の会社では、移動日には会議を入れるな、という内規があるという。飛行機の移動にはおもわぬ出来事がつきものだし、おまけにお役人の非効率は今に始まったことではないから、誠にごもっともである。クロアチアでのIPMA(国際PM協会)の世界大会に出席した後、わたしは勤務先のプロマネ、ならびに顧客のエンジニアと合流し、中東を出張で回った。それが、7日間に乗り継ぎを入れて合計7回飛行機に乗る、というハードスケジュールだったため、「日本人はクレイジーだ」とあきれられた訳である。それでも我慢してつき合ってくれた彼には、大いに感謝した。

わたしだって、何も飛行機が好きでそんな日程を立てたわけではない。ただ、フライトや場所や費用の都合で、どうしてもそうなってしまったのである。彼が飛行機嫌いでなくてラッキーだった。世の中には飛行機が大嫌いな人もたくさんいる。前回ご紹介した自称"Lazy project manager"ことPeter Taylor氏もその一人であった。大西洋を橋で渡りたい、というくらいなのだ。

飛行機が嫌いな人は、落ちたらまずお陀仏だから、という直感があるのかもしれない。それはその通りである。いくら事故統計では飛行機より自動車移動の方がずっと事故の確率が高い、と言ってみても、人の心理は数字上の理屈を超えている。空気よりも重いものが空を飛んでいるのだから、どうしたって直感的には無理がある。おまけに飛行機事故は派手だ。新聞で大きな記事になりやすい。自動車事故は大小あれど、遺憾ながらありふれている。だからどうしても派手な方に注意が向く。

稀な危機と、ありふれた失敗。リスク・マネジメントではどちらを注視すべきか--そういう問いを、わたしはときどきセッションで参加者に問いかける。ご承知だと思うが、標準的なリスク・マネジメントの進め方では、リスクの大小を、

 (与えるインパクトの大きさ)×(発生する頻度)

のかけ算で整理する。この目的のために、横軸に「インパクトの大きさ」(影響度)、縦軸に「発生頻度」をとった2次元のマトリクスをしばしば用いて説明する。

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当たり前だが、右上の象限(A)にあたる部分は、「インパクトが大きく・かつ・頻度も高い」リスクのカテゴリーを表す。だから、リスク対策ではここが最優先になる。

逆に、左下の部分(D)は、「インパクトが小さく・かつ・頻度も低い」リスクである。こうした類は対策の優先度が一番低くなり、まあ無視しておくか、起きてから考えればいいじゃないか、という風になるあろう。それはそれで、経済合理性のある態度である。

問題は、左上の「インパクトは小さいが、頻度が高い」リスク(C)と、右下の「滅多に起こらないが、インパクトが大きい」リスク(B)との比較である。「ありふれたトラブル事象」と「希な危機的事象」の比較と言いかえても良い。たとえば、ありふれたトラブルの例は、設計ミス、資材価格上昇、などだ。他方、大地震、戦争、テロ等が、稀な危機のケースである。

わたし達がリスク対策にかけられる費用や時間は、有限である。両方ともに対策をたてられれば万全だが、どちらかを優先せざるを得ない場合も多い。その時、どちらを選ぶべきなのか。稀な危機か、ありふれた失敗か?

答えは簡単である。“どちらが過去から学びやすいか”を考えればよいのだ。ありふれた失敗は、過去にも似たようなことをたくさん経験しているはずである。一方、稀な危機事象は、稀なるが故に、滅多に遭遇しない。大地震や津波がそうしょっちゅう起きてもらってはこまる。

そうなると、過去の失敗に学びやすいのは、ありふれたトラブル(C)の方だと分かるだろう。こちらの方が、稀な危機(B)に比べて過去に学ぶ作業のコスト・パフォーマンスが高いのである。飛行機で移動するとき、注意すべきなのは墜落事故ではなく、ありふれた遅延なのである。そのことを、わたしはこの日、あらためて思い知らされたわけだ。

ちなみに、さる8月に「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」 で講演いただいた統計数理研究所・副所長の丸山宏博士の『システムズ・レジリエンス -- 想定外を科学する』では、次のような図を使って説明された。

e0058447_2140509.png


この図は、トラブル事象が小さい内は、Resistance(事前対策)の方が費用が小さくすむが、あまりに大きな「想定外」のトラブル事象に対しては、もうRecovery(事後対策)を考える方が経済的である、ことを意味している。ありふれた事象は、過去に学んで事前に防ぐべきだが、稀な危機への対策は、お金がかかりすぎるわけである。

それなのに、いざリスク・アセスメントのセッションを開くとなると、しばしばテロや大地震といった派手な危機をあげたがる人が出てくるのはどうしてだろう? --それは、前にも書いたように、そうした出来事がメディアに取り上げられ、記憶に残りやすいからである。設計ミスなどのありふれた失敗は、自分がそれでよほど手痛い目にでもあわない限り、記憶に残りにくい。いや、むしろ忘れやすい。できれば自分が不完全だったことなど忘れたい。そう、誰しも思う。

だとしたら、リスク・アセスメント・セッションの進行役など、ずいぶんありがたくない仕事である。人が思い出したくない過去の失敗を思い出させよう,というわけだ。しかし、それもやむを得ぬ。ありふれたトラブルというのは、たいていの場合、組織の内部環境に起因する『内部リスク』と呼ばれるものである。それに対し、稀な危機は外部から突発的にやってくる『外部リスク』がほとんどだ。外部リスクは目立つし、発生すればすぐ誰もが認識する。しかし、内部リスクというのは、じわじわと発生し、問題を悪化させて、気づいたときにはすでに手遅れになることが少なくないのだ。外部リスクを飛行機事故にたとえれば、内部リスクは生活習慣病のようなものである。

そう考えると、リスク・アナリシスの担当者は、人間ドックの医師みたいなものだ。リスク低減の処方くらいは書けるが、主体となってリスクを低減できる訳ではない。それができるのは、つねに仕事の「生活習慣」を作り出している自分達の方なのである。

(追記)
上に書いたのは、自分達が主体的にすすめるプロジェクトなどの事業におけるリスクの話である。つまり、便益を得るのも自分なら、リスクをテークするのも自分、というときの論理だ。自分の便益のために、他人や環境にリスクを晒すような、はた迷惑な場合とは理屈が違うので、誤解無きよう。


<関連エントリ>
 「安全と危険の境目をはかる」 (2011/04/11)
by Tomoichi_Sato | 2013-10-14 21:52 | リスク・マネジメント | Comments(0)

セミナー講演のお知らせ:「生産スケジューリングの基礎と海外工場を含むリードタイム問題の解決」

お知らせです。

11月5日(火)10:30-17:30 に、ほぼ1日かけて有償セミナーの講演をいたします。

「生産スケジューリングの基礎と海外工場を含むリードタイム問題の解決
~生産・在庫計画、グローバル・サプライチェーン、ジャスト・イン・タイムの定石を学ぶ~」

というテーマで、文字通り生産スケジューリングの基礎とジャスト・イン・タイム生産システム構築の定石についてお話します。詳細は、下記をご参照ください。

  http://www.j-techno.co.jp/infos/view/6841/

わたしのセミナーですから、当然「トヨタの真似をすれば万事解決」というような事は言いません。生産の問題に魔法の杖はない、というのがわたしの考えです。

したがって、在庫理論の入門からはじめて、各業界のサプライチェーンの特性に根ざした『生産システム』の設計を“そもそも論”から考え直し、自社に適用してみよう、というお話になります。多少、手を動かした演習も交える予定です。

有償で恐縮ですが、一日仕事場を離れてじっくり学び考えてみたい、という方におすすめできるセミナーにするつもりでおります。ちなみに今年は3回めで、昨年はトヨタ自動車の方も参加されたのでちょっと驚きました。

こうした問題に関心のある方々のご来聴を、心よりお待ちしております。


佐藤知一
by tomoichi_sato | 2013-10-09 04:54 | サプライチェーン | Comments(0)

プロジェクト・マネージャーが魔神に願うこと ―― 国際PM大会2013に参加して

クロアチアのドブロブニクという街で開かれた、国際PM協会(International Project Management Association: IPMA)の2013年度国際大会に参加してきた。なかなか得るところの大きい会議だったので、その中から、読者にも面白いと思われる話をご紹介しよう。

ちなみにドブロブニクという街は、東地中海(アドリア海)に面した港町で、古くから栄え、一時はベネチア共和国と覇権を争った。美しい中世都市の街並みがよく保存されており、風光明媚なため国際的な保養地としても知られる。旧ユーゴスラビアのクロアチアに属するが、飛び地であり、周囲はボスニア・ヘルツェゴビナに囲まれている。このため'91年の旧ユーゴ崩壊後の内戦で砲撃を受け、ユネスコが指定した世界遺産もかなりのダメージを受けた。今は平和に復興している。

世界には大きなPM組織が二つある。一つがこのIPMAで、主に欧州を中心とした各国が参加している。もう一つは米国のPMI (Project Management Association)で、こちらは標準書PMBOK Guide(R)の発行とPMP資格試験制度で知られ、日本ではこちらの方が有名だろう。両者は今からほぼ40年前、同時期に設立された。PMIは日本にも支部がある。

わたしは今回、IPMAの発起人の一人、英国のBarnes氏とも挨拶を交わしてきた。周知の通りプロジェクトの最大の制約条件は、「コスト」「スコープ」「スケジュール」の三つであり、これらは互いに関係しあっているため、『鉄の三角形』とも呼ばれる。この『鉄の三角形』という概念を提唱したのがBarnes氏であった(ということを、今回はじめて知った)。日本ではこの種の「概念作り」の意義があまり評価されないが、人々の理解を促進し、頭を整理できるということは極めて重要なことである。

今回の大会は約60カ国から参加者があり、発表申込は300件以上に達した(査読審査があるため実際の発表数はそれより少ない)。欧州中心と書いたが、北米・南米やCIS諸国・中央アジアからの参加者もそれなりに多い。

日本からの発表は、わたしを含めて3件。 大きなプレゼンスを世界に示したとは、残念ながら言えないだろう。他は、日本PM協会(PMAJ)の前理事長で、現在は北陸先端大や仏SKEMAビジネススクールの教授をされている田中弘氏による、メガプロジェクトに関する研究発表。もう一件は、現・IPA(情報処理推進機構)の大高浩氏の発表だ。ただし後者はあいにくわたしと時間帯が重なっており、聞きにいけなかった。

正直、こうした場で、自信を持って英語で持論を主張できる日本の大学人や実務家が、もっと大勢いて欲しいと感じる。その事は、JPMA (International Journal of Project Management)やPMJ (Project Management Journal)といった、世界トップクラスの研究雑誌への投稿の少なさを見ても、残念に感じることだ。たとえ多少間違っていても、持論を主張する。それに対して、議論が巻き起こる。そうした議論を通じて、参加者がみな、より高い認識を共有することができるーーこれが西洋人の発想である。正しいこと以外を口にすると叱られるような学校教育を受けると、この大切な線が見えにくくなる。

それはともかく、IPMAの大会は特定の業種分野に偏らず、公共・エネルギー・建設・IT・エンジニアリングなどいろいろな事例を聞けるのがいい点だ。とくに今回は、Project portfolio management / Program management といった、プロジェクトよりも上位概念に位置するマネジメントのあり方の議論や、リスクマネジメント、スケジューリング関係の講演が充実していたように思う。

周知の通り、プロジェクト・マネジメントの世界ではISO 21500という標準規格が昨年制定された。これはISO 9000 QMSなどと違って認証制度を取らないことが合意されている。この企画の延長として、現在ISO 21502というProgram Managementの検討が始められた。リーダーはドイツのWagnerという人である。

ちなみに、この審議は日本が事務局をやることになっている。日本側の体制は、PM学会と日本企画協会の共同である。ちょうど大会に、日本のPM関係のISO活動に関わってこられたNECの田島さんが来られていたので、いろいろと(ここには書けないような裏事情も含めて)聞くことができた。

リスクマネジメントについていえば、この分野はやはり発展中だ。逆にいえばまだ十分完成されていない訳で、「リスク」の用語・概念一つをとってもかなりの幅がある。これに関連して、PMBOK GuideでいうRisk Breakdown Structure (RBS)なるものの有効性について、わたしといく人かの発表者の間で議論になった。PMBOKのRBSの例が、なげやりでできがあまり良くないことについては、先月の日本のPM学会でも指摘があったところだ。

細かい議論を一つ一つ説明していても切りがないと思うので、最後に一つ、この大会で聞いた傑作と思えるジョークをご紹介しようう。キーノートの司会をした英国の Peter Taylor氏の講演で聞いた話だ。氏は"Lazy Project Management"という興味深いタイトルの本の著者で、壇上に上がる時にはディープ・パープルの名曲「Lazy」(古いなあ^^;)をテーマソングにかける。

ところで、彼が近くの浜辺を歩いていたら、古いオリエント風のランプを見つけた、という(ドブロブニクはオリエント世界に近い)。汚れているので、ハンカチを取り出して磨き始めてみたら、おお! お約束だが、中から魔神が現れて、彼にいった。

「お前がランプをこすったのか。ならば、一つだけ願い事を聞こう。」

彼は考えた。自分はプロジェクトでよく米国に行く。ところが飛行機が大嫌いなのだ。空港に2時間前にいき、面倒な手続きをして、セキュリティチェックではベルトから靴の果てまで脱がされ、おまけに何時間も遅延で待たされる。

「そうだ。たのむから大西洋に橋をかけてくれないか。そうすれば車で行ける。」
「大西洋横断の橋か。そりゃ、かなりのプロジェクトじゃないか。たしかに俺は偉大な魔神だ。しかし・・もうちょっと別の願いはないのか。」

別の願い。プロマネとして、本当に願いたい事は何か。彼は思いついていった。

「それじゃあ、こうしてくれ。これから関わるプロジェクトでは全部、顧客もステークホルダーも、最初の日に自分たちの考えを決めて、それ以降は絶対に気を変えない、と。これが一番の望みだ。」

すると魔神は首をふって答えた。

「わかったよ。大西洋横断橋は片側何車線が欲しい?」

・・どんな魔神でも、人の気が変わることは防げないのだ。
by Tomoichi_Sato | 2013-10-07 22:09 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」 (10月29日) 開催のお知らせ

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の本年第5回会合を、以下の要領にて開催いたします。
よろしく参加ください。

<記>
日時:10月29日(火)18:30-20:00
場所:慶應義塾大学 三田キャンパス・旧図書館・小会議室 
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
キャンパスマップ・【2】

内容:  「開発途上国の交通インフラプロジェクト

講師:花岡 伸也 (東京工業大学 大学院理工学研究科 国際開発工学専攻 准教授) 

講演概要:開発途上国の交通インフラ整備は,長期にわたる大規模プロジェクトである。
プロジェクトマネジメントの視点から,交通インフラプロジェクトの特徴や途上国特有の問題について解説する。

講師紹介:
 花岡伸也先生は東北大学大学院情報科学研究科博士課程を終了された後、(財)運輸政策研究機構運輸政策研究所、タイ王国アジア工科大学助教授を経て、現在は東工大国際開発工学で活躍中の気鋭の研究者です。
 交通開発学(開発途上国交通計画)、航空政策・空港計画、国際物流・ロジスティクス、そして交通社会資本マネジメントを専門とされています。
 本講演では、交通インフラ系の海外プロジェクトの課題について、最近の研究成果も交えたお話をうかがう予定です。ご期待ください。

参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

参加を希望される方は、確認のため当日までに佐藤にご連絡ください。
by Tomoichi_Sato | 2013-10-03 02:02 | ビジネス | Comments(0)