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シェールガス革命と、エネルギー価格のゆくえ

この1ヶ月ちょっとの間に、エネルギー業界(とくにOil & Gas関係)では重要なニュースがたくさんあった。

一番のニュースは、ロシアのロスネフチRosneft社がExxon Mobilを抜いて世界最大の石油会社になったという出来事だろう(3月22日)。かれらは、英国BPと露の投資家たちの合弁企業であったTNK-BPという会社を540億ドルという「目の飛び出るような」(International Oil Daily紙)価格で買収して、世界トップ規模に躍り出たのだ。

ちなみにロスネフチは上場企業だが、実質的には国営会社であり、セチン社長はプーチン大統領の側近中の側近といわれる。同社はこのところ、米ExxonMobil、ノルウェーStatoil、伊ENIと、矢継ぎ早に戦略的アライアンスを締結し、急速な業容拡大を図っている。4月に入ってから丸紅ともサハリン1のLNG事業(1.5兆円、年産1000-1500万トン)での提携にサインした。プラント建設地はサハリン対岸のデカストリが有力とみられる。

ところで、国営会社ロスネフチが英国の石油メジャーBP社の資産を高値で買った点は、記憶しておいた方がいいだろう。BPは3年前にメキシコ湾で起こした深海油田での史上最大の原油流出事故のため、相当な賠償負債を抱えた。その彼らの経済的苦境を、大いに助けてやった訳である。これはすなわち、ロシアが英国に対して、外交上の貸しを作ったことを意味する。今後、ロシアの重要なデシジョンにおいて、英国が何らかの後押しを目立たぬ形でするのではないか。国際外交の行方を読むためには、こうしたニュースまで目配りが必要なのだ。

さて、ロシアにはもう一つ、ガスプロムGaspromという巨大な国営ガス会社がある。ロシアには他にも天然ガスの開発を手がける会社は存在するが、そのガスを欧州など消費地に輸出する権限はガスプロムがずっと独占してきた。しかし、プーチン大統領は2月に、液化したLNGについては輸出自由化を検討するよう指示している。以前もこのサイトで書いたとおり、ロシア経済は天然ガスをパイプライン経由で欧州に販売することで成り立ってきた。しかし欧州危機その他の理由で、販売価格は低迷中だ。そこで、北極海やシベリア、サハリンなどの天然ガスを東アジア市場に仕向けることで活路を見いだそうというのが現在のロシアの経済戦略である。

東アジアに売るといっても、パイプラインで直接輸出できるのは地続きの中国だけで、日本と韓国へはLNGにして運ぶ必要がある。ロシアは中国ともう数年越しで価格交渉を続けているが、かなり難航してきた。中国のネゴがタフなのだろう、との観測もあるが、事情通の話によると、それだけではないらしい。西シベリアのガス田はヘリウムなど希ガスの比率が高い特徴がある。最近、この希ガスの価格がかなり高騰している(東京ディズニーランドで風船を売らなくなったほどだ)が、このためロシアが自分で確保したくなったらしい。

ともあれ難航した中国との交渉も今月、ようやくメドが立った様子だ。残るは日韓だから、ロシアはLNGの液化プラント計画を急ごうとしている。ガスプロム社はロスネフチへの対抗心をむき出しにしつつ、ウラジオストックLNG(1,240億ドル規模)を推進中だ。こちらのガスはサハリン3が主な供給源である。日本側は伊藤忠と石油資源開発(JAPEX)と交渉中だが、石油価格連動型の契約を目指すといっている。というわけで、日本は今、ロシア経済政策の重要なキャスティングボートを握っている。この強みを、ぜひ他の外交政策にも活かして欲しいものだ。

さて、重要なニュースはほかにもいくつかあった。たとえば、オーストラリアのWoodside Petroluem社は、北西部沖のLNG事業Browseを見直すと発表(4月13日)。本案件は豪州第3位の規模の事業だったが、投資額が450億ドルにのぼる見込みとなり、とても経済的要件を満たさないと判断された。最近、豪州のプラント建設コストは上昇を続けている(一つには強い労働組合の存在と、労働者絶対数の不足が足かせとなっているせいだ)。資源大国を目指す豪州の足取りがゆらぎつつある。

また、シェールガス革命にわく米国では、4月1日にGMX Resources社がChapter 11を申請し、シェールガス開発会社が初の倒産、と騒がれた。シェールガス田の井戸の枯渇スピードがかなり速いこともあり、米国シェールガス・バブルの崩壊を予言する向きもある。

しかし、一番わたしが重要だと思ったニュースは、実は今年に入ってから米国の天然ガス価格(Henry Hub指標)がじりじりと上昇し、コンスタントに$4台をつけていることだ。わたしは原油と天然ガス価格を毎日チェックしているが、昨年はほぼ一貫して$4以下で、最安値は$2台だったのだから、比率でいえばかなりの上昇である。米国のHenry Hubガス価格は、原油のWTIなどに比べてると価格のアバレがやや大きいが、短期的に見ると原油と逆行する動きをする。最近の原油価格はやや軟調ながらも、安定している。だから天然ガス価格の上昇が目立つわけで、さすがに日本の新聞でも今月に入ってから報道されるようになってきた。

ただし、「米国のガス価格が上昇してきたから、北米からLNGを輸入する構想がピンチになってきた」といった報道は、ややオーバーに思える。LNGの原価構造は、井戸元ガス価格よりも、液化コストと輸送コストが支配的である。一方、昨年の日本のLNG輸入価格は、長期購入契約の石油連動条項のため、$18前後という高値であった。だとしたら、米国でガス価格が$3から$4に上がったからといって、経済性が揺らぐだろうか? 結果として大差がないことは、ちょっと落ち着いて考えてみればすぐ分かる。日本の経済メディアは国際的なOil & Gas業界のマクロ情勢を見ていないため、こうした常識を働かせることができていないように感じる。

それにしても、米国はシェールガス革命で天然ガスを増産しているのに、なぜ価格が上がるのか?

じつは、こうした動きは予見されていたことなのである。まず、シェール層の井戸1本あたりの寿命が短いことは、業界では最初から周知の事実だった。だから、シェールガスの開発会社は次々と井戸を掘っていかなければならない。自転車操業を強いられるわけだ。

ところで、米国のシェールガス革命をリードしてきた企業はすべて独立系資源会社で、いわゆる大手石油メジャーは当初全く手を出していなかった。では、技術革新に出遅れた石油メジャーは、どう考えたか。

答えは簡単である。市場でのガス価格を低めに抑えて、財務基盤の弱い独立系がギブアップするのを待ってから買収すればいい、というのが彼らの戦略であった。そして事実、天然ガス(主成分はメタンCH4)が安すぎるため、昨年頃から事業家たちはエタンC2H6やプロパンC3H8の成分比が多いガス田(Wet gasとよばれる)に軸足をシフトしてきた。さらにエチレンなど化学工業原料とする、あるいは液化してLNGとして販売する、などあの手この手でガスに付加価値をつける方策を探ってきた。おかげで北米だけで1ダースを超えるLNG計画が浮上したが、石油メジャーがからむ案件がほとんど無いことが、この間の事情を象徴している。

しかし、エチレンプラントにせよ、LNGプラントにせよ、建設し運転できるまで最低でも3-4年はかかる。投資額も膨大だ。それまで独立系が持ちこたえるかどうか、一種の持久戦である。もし独立系が倒れてメジャーが市場を占拠するようになれば、天然ガス価格は元々の採算ラインの$6程度にまで値上がりするだろう・・これが、業界アナリストなどの見方である。$4台への復帰は、その前兆を示しているのかもしれない。

という訳で、石油とガスをめぐる業界は、当分は多数のプレイヤーが入り乱れて組んずほぐれつ、百鬼夜行の状態が続きそうだ。そうなると、情報感度の高い方が生き残りの確率も高い。極東に位置するわれらが政府も、できるだけアンテナを広く張り巡らせてほしいと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-28 20:29 | ビジネス | Comments(1)

書評:「その未来はどうなの?」 橋本治

その未来はどうなの? (集英社新書)

昨年の8月に出たばかりの橋本治の近著。あとがきによると彼は重い病気でしばらく入院しており、やっと退院した後で出した最初の本らしい。そういう状態で書かれた本書は、しかし、彼の最近の著作の中でも最も出来の良い優れた評論集だと思う。

連続したエッセイの形でテレビ、ドラマ、出版、シャッター商店街と結婚、男女、歴史などの未来について論じている。テーマの選び方がいかにも橋本流であり、そしてどれも非常に面白い。

たとえば彼はTPP (環太平洋パートナーシップ協定)に加入した後の未来について論じているが、加入後にどうなるかは分からないと、最初にはっきりと書く。しかし「どうすべきか」という問題の立て方をしなければいけないのに、「どうなるのか」というパッシブな思考方法では、出発点からして間違っている訳だ。

「『初めに結論ありき』のこの国では、考えられるメリットとデメリットをあらかじめ提示して、その後に判断を仰ぐという習慣がないので、賛成側が一方的に賛成意見をいい、反対側が一方的に反対意見を言うだけ」だと彼は指摘する(p142)。

「(双方とも)前向きな結論だけを求めていて、その結論にいたるのを妨げるものは、『ない』にしてしまう傾向があります。だから、本当の問題が何なのかは見えなくて、いざというときにはこうすればいいという危機対策もいい加減になってしまう傾向があるのです。」(p146) ー だから想定外の事象に立ち向かえないのだと、彼は断じる。

その同じ傾向は、ドラマの未来を考える局面でも現れる。近代日本のエンターテインメントの源流の1つに講談がある、と彼はいう。今でもその名を冠する大出版社があるくらいだが、「講談は、近代前期の日本人の中に、どんな無茶なことでもなんとかしようと思えば何とかなる、と言うとんでもなく前向きな世界観を確立してしまいます。」(p36)。

その流れを受け継いだ典型は、吉川英治の「宮本武蔵」だったし、現代においては「少年ジャンプ」のマンガ群かもしれない。それは人々のニーズから生まれ、人々に簡単な『人生の指針』を与えもしただろう。しかし「『めんどくさい事を抜きにして前向きでありたい』ーそんな日本人の獲得した前向きな民力が日本の近代化を達成し、そのあまりにも単純な世界観が日本人を戦争に向かわせたんじゃないかと、私なんかは思っております。」(p36)

ある意味で講談とは対極にある種類の文学に立脚する橋本治は、面倒臭い事をめんどくさいなりに受け入れて考えようという立場だ。民主主義の未来を論じる最終章で彼はこう書く。「民主主義が何も決められない状態に陥ってしまったのは、自分の利益ばかりを考える自由すぎる王様を放逐して、国民が『自由すぎる王様』になった結果です。」(p200)

だとすれば、解決策は1つしかない。国民が王様の立場を辞めて、自分のためだけではなく、みんなのための考えるようにすることだ ー 「自分もみんなの1人なんだから、というのは、結構新しい考え方で、これからのものだと思いますがね。」(p201)

これが病み上がりの橋本治による、本書の結論だ。非常に自由で柔軟な思考に満ちた評論で、かつ文章も平易で読みやすい。最近のおすすめの一冊である。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-23 23:15 | 書評 | Comments(0)

石油市場という名前の不安定システム

一昨年の夏、ジョブズが亡くなる少し前に、Appleが時価総額で世界一の企業になったことは多くの人の記憶に残っているだろう。この時、追い抜いた元の世界一企業はどこだったかというと、石油メジャーのエクソンモービル(Exxon Mobil)だった。石油メジャーときくと、なんとなく長年の間、不動の一位の座を占めていたように感じるかもしれないが、Exxon Mobilが世界一になったのは2005年からにすぎない。Exxonは、1999年末にMobilを買収して(これは当時、史上最大の企業買収だったが、Mobilは元々兄弟のような会社だった)、やっと数年後にその地位にたどり着いたのだ。

石油業界は、じつは不思議な業種である。ふつう、製造業であれ流通業であれ、仕入れる原料の値段が高くなったら、利益は減少するものだ。ところが石油業界だけは逆で、原料(=原油)の市場価格が高くなると、利益も増えるのだ。これは、大手石油会社が、油田などの資源開発と、精製販売のビジネスの両方を持っていることに起因する。ガソリンなど石油産品は、原料アップから製品への価格転嫁が比較的早く、スムーズである。消費者は、原油が相場商品であることをよく知っている。そして油田はいわば地下の在庫資産だから、価格が上がればその分、利益も上がるという仕掛けである。

ExxonやMobil、Shell、BPといったいわゆる石油メジャーは、'70年代に勃興した産油国の資源ナショナリズムの影響を受けて、一時期かなり本業の不振にあえいだ。不振といっても大企業だし、かつ文明の基盤となるエネルギーをおさえているわけだから簡単には倒産しないが、'80年代後半からは業界再編の動きが続いた。彼らが本格的に元気を取り戻すのは、原油の値段が急激に上がりはじめた過去10年ちょっとだ。WTIの指標価格でいうと、'80年代後半以降、バーレル$20前後を長年うろうろしていたが、$25を超えて上昇に転じたのが2000年。ExxonとMobilが合併したのとほぼ同時期だ。以来、2008年のリーマンショック直前に$134という最高値をつけるまで、ずっと上り調子だった(→「社会実情データ図録」参照)。それはExxon Mobilなどの好業績とちょうど時期が重なる。

だが、なぜ原油は2000年代に入って、高騰しはじめたのか。これに対する説明はいろいろありうる。2003年のイラク戦争の影響だとか、米国の石油サプライチェーンの脆弱性とか、中国など新興国の需要増大とか。しかし世界の石油生産量は、じつはイラク戦争の前後も増大し続けているし、中国は石炭にかなり頼っている(だから大気汚染が起きやすい)。だとすると、世界的な原油価格高騰には、他にも何か要因があるはずだ。

わたしが業界筋から聞いた説明は、意外なものだった。その要因は、南米の一人の人物にあった、という。ベネズエラのチャベス大統領だ。先月亡くなった故・チャベス大統領は、反米的な社会主義政策のために毀誉褒貶の激しい人だが、彼が選挙に勝利して政権を取ったのは、たしかに1999年である。そして、じっさいベネズエラは世界第5位の産油国だ。しかし、なぜ彼が石油価格上昇の原因だと言えるのか。

じつは、彼以前のベネズエラはOPECの協定破りの常習犯だったらしい。OPECはいうまでもなく、原油価格の安定維持をねらった産油国のカルテル組織である。相場が安値になると、生産量(出荷量)を調整してしぼり込み、価格が上向くように、彼らは協定を結ぶ。ところが南米ベネズエラは長年にわたり、米国の強い影響下にあった。そして、米国の石油産業に都合のいいように、原油を出荷し続ける「井戸元」国家であった。事実、チャベスの最初の大統領就任式に、米国は何と(国務省の外交官でなく)エネルギー省の役人を参列させたのだ。

そのチャベスが就任後にやったことは、OPECでの協定を遵守することだった。その結果、OPECという名前の石油タンクは以前のような漏れもなく、順々に液面(=つまり原油価格)が上がっていったというわけだ。

チャベスは同時に、米国など海外資本がベネズエラに投資して作った設備資産を、安値で接収し国有化していったから、とくに米国の石油産業からは蛇蝎のように嫌われた。しかし彼のおかげでOPECが機能し、石油価格が上がって、結果としては石油メジャーの業績も安泰となった訳だ。感謝していいくらいかもしれない。もっとも、一般市民や他の産業はガソリン価格の高騰で苦しんだが、その分、石油企業は潤った。マーケットは非情なゼロサム・ゲームの場である(というのが米国経済の論理だ)から、文句も付けにくかろう。

ついでにいうと、石油は戦略物資である。ここで「戦略」というのは、(世間のビジネスマン達が単なるかっこつけのために『戦略』という言葉を多用するのとは訳がちがって)本当に軍略に必須の物資だという意味である。現代では、軍艦も戦闘機も戦車も輸送用トラックも、19世紀以前とは違って石油がなければ動かない。だからこそ、20世紀では石油資源をめぐっていくつもの戦争がおこったのであるし、じじつ米軍は石油メジャーにとって主要な顧客である。石油価格高騰は、軍の予算圧迫という問題を引き起こしたが、同時に「お金がない国は簡単に戦争もできない」状況を作ることによって、世界の戦略バランスを大国中心に引き戻したとも言える。

さて、周知の通り、チャベス没後の大統領選では、チャベス派と反チャベス派がほぼ同数で拮抗している。一応マドゥーロ候補が勝ったことになっているが、当分国内は落ち着くまい。では、この先はどうなるのか。

はっきりしていることは、石油価格はすでにチャベス一人、あるいはベネズエラ一国が左右できる問題ではない、という点だ。たしかに彼は価格上昇のきっかけ作りを助けはしただろう。だが、この10年間に、石油市場は世界的金余り現象の受け皿の一つになっていて、そこでは需給安定化の要因よりも、プレイヤー同士の同調性によるボラティリティが主役の場になっている。つまり、「隣の人が買うから自分も買う」「値が上がりそうだと思うから先物を買う」という、実需とはほぼ無縁の世界になってきたということだ。事実、NY市場だけで見ても1日の取引総額は1日の石油生産量の100倍にもなっている。

以前も書いたことだが、サプライチェーンでは、在庫が需給調整の第一の役割を果たす。在庫が機能しないときは、価格で需給が調整される。ところで、石油は在庫しやすく輸送しやすい商品だ。本来、ローカルな需給の不均衡は起こりにくい。そして自由市場があり、価格でも需給の均衡が作られるはずだ。ところが、2000年代の後半は供給が増加する以上にハイピッチで価格が上がっていき、市場自体がとても不安定な構造になっている。

である以上、石油のサプライチェーンは「小さなきっかけで大きな変化が起きる」不安定なシステムと化している、と解釈すべきだろう。こうした不安定システムの挙動は基本的に予測不可能だ。ただ、経験的に、ビルドアップするときよりも崩壊する時の方が急速に起こる傾向はある。

シェールガスなど、非在来型資源の開発が相次いでいる中、石油と天然ガスなど他のエネルギー商品との価格差は、かなり開いてきている。自分の勤務するエンジニアリング業界の都合だけでいえば、『適度』なところで高止まりしていてほしい。しかし、円安を超える急速なスピードで価格が下がらないと、誰が言えるだろうか。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-19 07:03 | ビジネス | Comments(0)

「BOM/部品表の問題」の講演ビデオ等を公開します

さる3月30日、浜松市にて開催しました「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」と「関西IT勉強宴会」の合同シンポジウムにおける講演のビデオ画像が、関西側幹事の佐野さんのご尽力で公開できることになりました。佐野さん、ありがとうございます。

URLは以下の通りです(講演順)

(1) <求む!上流工程技術者>
セールスフォース・ドットコム 佐野初夫さん
http://www.youtube.com/watch?v=VwniHOlDvAI

(2) <3D-CADデータの一気通貫とIT活用でものづくり力向上を!>
関ものづくり研究所 関伸一さん →必見です!
http://www.youtube.com/watch?v=Wt_pAwXzthw

(3) <製造業のプロジェクトにおけるボトルネック ~BOM/部品表の問題~>
日揮(株) 佐藤知一
http://www.youtube.com/watch?v=EOC70monBnw

ちなみに、わたしの講演は最初の数秒だけ切れていますが、あそこは「浜松は『出世の町』だということですが」との導入で始まっておりました。JRの浜松駅を降りると、駅前に大きくドーンと、『出世の町、浜松』という看板が立っているのです。すごいなあ(^^;)

それと、わたしの講演ビデオは途中からスライドも映りますが、スライドだけをちゃんと見たいという方は、下記の佐野さんのブログからたどってPDFファイルを見ることができます。
http://kwansaiit.blogspot.jp/2013/04/2013-03-3022it.html

それぞれ、それなりの長さではありますが、見返してみてもいずれもとても面白かったです。製造業とITのコラボに興味のある方に、ぜひお薦めします。


佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2013-04-16 00:21 | ビジネス | Comments(2)

埋没コストの原理と、プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメントのためのDIPP尺度

マネジメントの原理・原則にはいろいろあるが、『埋没コストの原理』ほど、学ぶのは簡単ながら実践がむずかしいものはない。埋没コスト(Sunk cost)とは、すでに使ってしまったお金のことである。埋没費用とか埋没原価とも言う。使ってしまったお金はもう使ったのだから、それが幾らであったにせよ、現時点での意思決定がそれに左右されてはいけない。「意思決定は、今とこれから先の事象だけで考えるべきだ」、というのが『埋没コストの原理』である。とても単純だ。だが、人は“それまでの経緯”にひきずられて思考しがちだから、実際には難しい。

たとえば、こんな例を考えてみよう。ある女性が、8千円の演奏会のチケットを買っていたとしよう。なかなか高価だ。ところが、コンサート会場についてハンドバッグの中を見てみると、肝心のチケットがない。忘れたのかもしれず、無くしたのかもしれない。ともかく窓口にきいてみると、まだ8千円の席は残っているという。一応お金は持っている。そして演奏会は今夜一度だけだ。さて、この女性はどうすべきか? 買い直して入るか、あきらめてかえるか?

もし、そのコンサートが本当に8千円分の価値があると信じるのだったら、買い直して入るべきなのである。なぜなら、無くしたか忘れたかはともかく、前に買ったチケットに払ったお金はもう戻ってこないのだから、『埋没コスト』なのだ。問題は、今現時点で、まだ席があり、支払い能力があるのなら、「演奏会の内容」と「8千円という対価」の比較になるからだ。この女性にとっては、演奏会の方が価値があるはずである(だから以前チケットを買ったのだ)。

それなのに、この問題で判断が分かれるのは、「演奏会に1万6千円分の価値はあるか?」という問題設定にしてしまう人が多いからだ。上記は行動経済学者カーネマンが出題した例だが、彼は「仮にその女性の当月の収入がたまたま8千円少なかったとして、さてその場で演奏会のチケットを買うかどうか、という問題だったら、ほとんどの人は“買う”と答えるだろう。それなのに、論理的には同じ問題を、“一度買ったチケットを無くした”という形で出題すると皆が迷うのは、失った8千円をコストの側に計上してしまうからである」と解説している(カーネマン「ファスト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか?」下巻第34章)。

同じような問題は、もっと大規模なプロジェクトにおいても発生する。固有名詞はあえて書かないが、北関東のあるダム建設プロジェクトをめぐって、過去何年間も継続か中止かが政治的議論になっている。この議論の根幹にあるのは、官僚機構にはいったん発進した公共プロジェクトを停止するための判断基準も仕組みも存在しない点にある。しかし、議論を難しくするもう一つのポイントが、“すでにあれだけ巨額の税金を投じてしまったのだから、今それを中断することは勿体ない”という思考である。もちろん、ごく自然な発想だ。だが、経済学的な埋没コストの原理からいくと、過去どれだけの費用を投じたかは関係ないのである。判断は、「この先いくらかかるのか」と「完成したダムにどれだけ価値があるのか」の比較だけで決めるべきだからだ。

このように、プロジェクトの継続か中止かという問題は、規模の大小を問わず難しい。現実には、過去に投下した努力や費用やメンツが関わってくるからだ。

「これから先、いくらかかるのか」の指標を、マネジメントの専門用語でCost ETCと呼ぶ。ETCは、Estimate to Completeの略である(ついでにいうと、「この先、あと何日で終わるのか」はTime ETCと呼ぶ)。プロジェクトが出発した時点での予算がいくらだったかはともかく、進行中の現時点で、終わるまでに必要な費用を言う。また、官僚時点でのプロジェクト全体のコストを、Cost EAC (Estimate at Completion)と略称する。日本の建設業会計ならば、「完成工事原価」と呼ぶ項目だ。

さて、“プロジェクトを発進するか”“プロジェクトを中断するか継続するか”の決定は、プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメントと呼ばれる領域に属する。普通、そこで一番大事なのは、プロジェクトの経済性評価である(学術研究等の純非営利的なものは例外だが)。この経済性評価尺度には、回収期間法とか、DCF法のNPV/IRRとか、いろいろあるが、共通する問題点が一つある。それは、どれも「全費用」対「全収益」の比較をしている点だ。これは計画時点での評価にはいいが、上で述べたように進行中のプロジェクトの評価では問題がある。それは埋没コストの原理を忘れている点だ。

この欠点を解決する指標として提案されたのが、DIPPという尺度である。DIPPはDevaux's Index of Project Performanceの略で、前々回紹介したDRAGや、前回のDrag Costと同様、Stephen Devaux氏の考案による。

DIPPの定義はきわめて単純である:
 DIPP = EMV / Cost ETC
 
ここで、EMVはExpected Monetary Value、すなわち「プロジェクトが稼ぐ期待収益」だ。それを「これから先、かかる費用」で割っただけ。たとえば、今、4つのプロジェクトがあり、それぞれ進行中だったり計画段階だったりするとして、以下の表のようになる。


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Project EMV  完成予定日 Cost ETC DIPP 遅延コスト(週あたり)
A    1,000   8/01   200   5.0   5%
B    2,000   10/01  1,000   2.0  10%
C    5,000   11/25  2,000   2.5  20%
D    10,000   12/30  3,000   3.3  10%
全体  18,000       6,200   2.9
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とても単純だ。さて、今、ここに新たなプロジェクトの案件が舞い込んできたとする。それをProject Eとしよう。

Project EMV  完成予定日 Cost ETC DIPP 遅延コスト(週あたり)
E    12,000   02/10  3,000   4.0  20%


この案件が、他に何の影響も与えないのなら、収益性も高いし、ぜひポートフォリオに組み込みたいところだ。ところが、社内の人員には限りがある。既存の4つのプロジェクトの納期に多少影響を与えるだろう(その影響度は、まともなスケジューリング・ソフトウェアを使っていれば、すぐに計算できる)。そこでシミュレーションを行ってみたところ、以下のようになることが分かった。


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Project EMV  完成予定日 Cost ETC DIPP 遅延コスト(週あたり)
A     800   8/29   200   4.0   5%
B    1,200   10/29  1,000   1.2  10%
C    2,000   12/16  2,000   1.0  20%
D    4,000   03/13  3,000   1.3  10%
E    12,000   02/10  3,000   4.0  20%
全体  20,000       9,200   2.2
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ここで、納期遅延に応じて、各プロジェクトの期待収益EMVが下がっていることに注意してほしい。つい欲張って、プロジェクトEを優先的に組み入れたがために、ポートフォリオ全体でのDIPPは2.9から2.2に下がってしまった。これでは、何をやっているのだか分からない。

・・というのは無論、机上の計算である。現実には、これに根性論だとかメンツとか行きがかりとか顧客のつきあいとかが混入してくるのは、周知の通りだ。しかし、くどいようだが、こうした計算を知った上で決断するのと、知らずにカンで決めるのとでは、企業経営上、長い間には大きな差がつくと思った方がいい。そして、このような評価は、埋没コストを考慮しない通常のDCF法などでは計算できない点に、あらためて注意してほしい。

DIPPという指標は、プロジェクトの進行とともに増大する性質がある。これはゴールが近づくとともに、定義式の分母がだんだん減っていくのだから当然である。そして、異なる進捗状況のプロジェクト間で、費用や人員配分など何かの優先順位を決めたいときには、DIPPの大きな方、いいかえれば「完成間近な方」を選ぶことが合理的となる。

これまで3回にわたってS. Devaux氏の提案した手法について解説した。いずれも、'90年代に米国で提案され、防衛産業などでそれなりに普及している手法である。わたしがこれを知ったのは、2003年にボストンで行われたProject World in Boston大会においてだった。この大会では、これ以外にも種々の手法や技術の提案があり、アメリカでは優秀な人材がどんどんプロジェクト・マネジメントの世界に集まって来ているのだな、と肌で感じた。

爾来10年。DRAG, DIPPをはじめ、日本ではそうした最新のアイデアがほとんど紹介されず、いまだに「PMBOK Guideという教科書」の枠内での知識や、自社内でのトライ&エラーの工夫報告が主流なのは残念である。Devaux氏の著書"Total Project Control: A Manager's Guide to Integrated Project Planning, Measuring, and Tracking: "(John Wiley & Sons, 1999)も、わたしは社内教育に一部を使っているが、日本ではまだ翻訳がされていない。彼は近々また著書が出るという噂があるが、わたし達ももう少しアンテナを敏感にしてもいいのではないかと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-10 19:45 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

Drag Cost - 納期を加味した真のコストを考える

Liquidated damagesという英語をご存じだろうか。地震による「液状化の損害」、ではない。Damageはダメージ、被害だが、複数形でdamagesになると、損害賠償を表す契約用語になる。これは主に納期や性能など、請負側が保証すべき義務を果たせなかった際の損害賠償金のことで、あらかじめ契約で規定しておく。とくに納期遅れに対して科せられることが多く、商社やエンジ会社など、海外との契約を多く取り交わす企業では、略して『リキダメ』などと隠語風に呼ばれる。もし英文の契約書にこの言葉を見つけたら要注意だ。

納期遅れに対するLiquidated damagesは、日数に比例して計算する。1日10万円とか100万円で、遅れた日数分をかけて精算する。ただし、一定の上限を定めるのが普通である(たとえば受注金額の8%まで、等)。大型のプラント建設プロジェクトでは1日1億円近いケースもある。厳しい条件だが、逆に後から青天井で請求されるよりは、リスクが明確になるだけ、ましな面もある。欧米の企業は、青天井の遅延損害賠償があるような契約には決して応じない。必ず事前に金額や料率を確定させ、かつ、不可抗力など除外条項をつけた上で契約するのである。

ともあれ、納期の定まった受注型のプロジェクトでは、このようにスケジュール遅れのコストが明確になっているケースが多い。では、自社が自発的に行うプロジェクトの場合、時間の遅れはお金に換算できるだろうか? たとえば、新製品開発である。年末を目指して開発した。しかし種々の事情で、出荷が年明けの2月まで延びてしまった。営業や宣伝部門は文句を言うだろうが、直接なにか損害があったわけではない--こう考えていいだろうか?

そうはいかないのだ。たとえば、製品の市場における寿命が5年だと仮定しよう。そして期待する年間売上が1億円で、粗利が20%、2000万円だったとする。5年間で売上5億、利益が1億円の計算だ。だから、もし2013年12月に出荷開始なら5年後の2018年12月まで、もし2014年2月出荷なら2019年2月までに、この金額を期待できる--と考えるとしたら、それは楽観的すぎる。「製品の市場における寿命」は、物理的な寿命ではなく、市場での競合状況によって決まるのだ。だから、こちら側の上市が2ヶ月遅れたら、その分、売れる期間は短くなってしまうと想定すべきである。すなわち、2000万円×(2/12)=333万円分、利益が減少するのだ。

これは1稼働日あたりに直すと(2ヶ月で40稼働日)、333÷40=8.3万円の勘定になる。1時間あたりだと、約1万円の損失だ。1分で約140円。1秒2円である。「おい!」と言うと2円。1円玉を落としても、拾うのに1秒かかったらもう損失だ。製品開発プロジェクトというのは、冗談抜きで、そういう世界なのである。

では、「受注型プロジェクトだし、別に契約書に遅延賠償条項なんてないし、遅れたら営業と並んで頭下げればいいだけだ」という仕事では、時間はコストにならないのか。

とんでもない。むしろここが大事なところだ。SI業界など受注型ビジネスでは、現実に受注できる仕事量は、プロジェクト・マネージャーの頭数で決まってしまう。しかもプロマネというのは、プロジェクトの最初から最後までどうしても関わらざるを得ない。ちゃんとしたプロマネがいれば仕事を取りに行けるのに、他の遅れた仕事にひきずられて人が空かず、みすみす受注機会を逃す経験をした人も多いと思う。プロマネというのは、受注ビジネスにとってまさにボトルネックのリソースなのである。

あなたの会社で仮に今、プロマネは普通のエンジニアの5倍分の価値があったとしよう(これは5倍の給料をもらうという意味ではなく、会社から見てそれだけ希少性の高い人的資源だという意味だ)。エンジニアの人件費を平均年間500万円としようか。とすると、プロマネの価値は年間2500万円だ。年の稼働日を250日とすると、1日10万円。1秒3.5円だ。さっきの製品開発プロジェクトより、さらに時間のコストが高いことを見てほしい。

さて、ここからが本題である(いつも前説が長くてすみません)。前回、納期遅延を指標化するための、DRAGという尺度を説明した。DRAGは、プロジェクトを構成する作業項目(アクティビティ)ごとに測ることができ、それが全体納期をどれだけ押しているかを表す。DRAGが10日ある作業項目は、10日分、納期をプッシュしていると解釈できる。基本的に、クリティカル・パス上にない作業項目では、DRAG=0である。クリティカル・パス上の作業項目は、並行する作業系列の有無と、それ自体の所要期間によって計算値が変わるが、プラスの値(日数)になる。

ところで、このDRAGの数値に、上で説明した納期遅延のコストをかけたものを、DRAG Costと呼ぶ。たとえば、遅延コストは1日あたり20万円だったとすると、DRAG=8日の作業項目のDRAG Costは160万円、という計算になる。これは、各作業項目が納期に与える影響をコストに換算したものだと思えばよい。

そして当然ながら各作業項目は、それ自体の遂行のためのコストがかかる。かりに前回の図1の例で、遂行コストが以下の表のように与えられるとしたら、遂行コストとDRAG Costの合計値は、一番右の欄の金額になる:

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       所要期間、遂行コスト、DRAG、DRAG Cost、総合的コスト
1. 基本設計   20日、 100万円、 20日、 400万円、 500万円
2.1 ハード調達  35日、 400万円、 10日、 200万円、 600万円
2.2 設置調整    5日、  30万円、  5日、 100万円、 130万円
3.1 詳細設計   10日、 120万円、  0日、  0万円、 120万円
3.2 ソフト開発  20日、 600万円、  0日、  0万円、 600万円
4. 総合テスト  15日、 250万円、 15日、 300万円、 550万円


遂行コストだけを比べると、「ソフト開発」が最大に思える。しかし、DRAG Costを加えて総合的コストを計算すると、実は「ハード調達」「ソフト開発」が600万円、ついで「総合テスト」の550万円、「基本設計」が500万円となっていることが分かる。つまり、納期を加味した真のコストの視点では、この順で攻めよ、という事なのだ。

「攻める」というと“無理やりコストダウン”しか連想しないのが、最近の風潮だが、ここでは時間の視点から考えてみよう。まず「ハード調達」だが、この所要期間はベンダーに依存するから、そう簡単には縮まらない。「ソフト開発」は、すでにDRAG=0だから、ここを短縮してもプロジェクト全体の納期は、ちっとも早まらない。

ということは、「総合テスト」を何とか攻めるべきなのだ。たとえば人数を2倍動員して、期間を短縮できないか。むろん、人数を倍にしたからと言って、期間は半分にはならない。人間には必ず学習曲線というものがあるし、人数が増えるとコミュニケーションの手間も増えてしまうのは周知の通りだ。まあ、期間短縮効果は3割といったところだろうか。だとしても、期間が15日から10日になる。遂行コストは、人数が2倍で日数が2/3になるから、全体で4/3倍=333万円だ。しかし納期は5日早まるから、DRAG Costは100万円減る。合計すると17万円分、人をかけても得をすることが分かる。これでも不十分なら、次は「基本設計」だ(もっとも基本設計は人数投入による短縮が効きにくいのは周知の通りであるが)。

もちろん、この分析は、ハード調達先が複数あって、条件が異なる場合にも応用できる。たとえば、
 A社 納期=35日、価格=400万円
 B社 納期=25日、価格=500万円
だったとしよう。総合的コストは簡単な計算で、A社=600万円、B社=500万円となる。高くても、納期の早いB社の方が、このケースでは得になるのである。

DRAG指標と、DRAG Costの概念は、1990年代に米国のSteven Devauxという人が案出した。Devaux氏は、遂行コスト+DRAG Costを、『真のコスト』と呼んでいる。従来のプロジェクト・マネジメントでは、時間は時間、お金はお金で独立した管理対象であり、その間のトレードオフを解決する方法は存在しなかった。彼の提唱したDRAG Cost概念は、この壁に風穴を開ける手法として、非常に有力なものである。むろん、企業で現実に適用する際には、(どんなツールも同じだが)いろいろと工夫すべき課題が出てくるだろう。しかし、理屈をわきまえて進むことと、理屈抜きで走り出すことは、別である。それは航海に出るにあたって、GPSを持っていくかどうかくらい、大きな違いなのだ。DRAGの考え方はまだ日本ではほとんど知られていないようだが、もっと普及されてしかるべきだと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-02 23:55 | 時間管理術 | Comments(0)