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ガバナンスと自由の3つのレベル

ガバナンス』という言葉は多義的な語だ。元々Governという動詞は政治の用語で、英国王は「君臨すれども統治せず」(the king reigns, but doesn't govern) のように、権力や統治の意味で使われてきた。それがいつからか経営の世界に入り込んできて、もう少し別の意味で使われるようになった。たとえば「コーポレート・ガバナンス」とは、主に“企業の行動が株主の利害に一致するよう仕向ける事”で、社外取締役を置いて第三者の目で、幹部たちの運営をチェックする、といった仕組みなどを指す。統治よりもやや弱く、牽制や監視という程度に近い。(もっとも、企業の反社会的な行動を抑制することがガバナンスの主目的だ、という議論もあるが、ここでは深入りしない)

企業行動をその株主の利害に一致させるという点では、子会社政策のあり方も「ガバナンス」の一種であると考えられる。親会社と子会社の関係には、全面的指示から自由放任まで、後述するようにいろいろなパターンがあるが、どれをとるのが適切かを考えるときに「ガバナンス問題」が論じられるのである。

これが「ITガバナンス」となると概念はもっと茫漠としている。経産省の定義によれば「企業が競争優位性の構築を目的としてIT戦略の策定及び実行をコントロールし、あるべき方向へと導く組織能力」なのだそうだが、だとしたら経産省自身のような官庁・公共団体のITガバナンスはどうなるんだ、とツッコミを入れたくもなる。そもそもこの定義だと、ITのマネジメントとどこが違うのか、疑問が生じる。マネジメントとはまさに、戦略や計画を策定し、組織を動かして実行をコントロールすることではないのか?

しかし、このITガバナンスという言葉には、妙なところで出くわすことがある。今でも思い出すのは10年近く前、ある大企業の本社を訪れた時のことだ。某地方の工場(製造子会社)の複雑なスケジューリング問題に関連して、いろいろと知恵を絞って解決策となるはずのシステム構想を作成した。計画系だけでなくMES(製造実行システム)をうまく組み合わせた点に工夫があると自負していた。

見積書を客先担当者に提出し、それなりの評価をもらったな、と感じたのはいいが、「予算は工場子会社が出すが、本社の情報システム部門に説明して了承をとってくれ」、という。(それって本来あなたの仕事じゃないの?)という気もしたが、そんなことを言っていたら仕事は取れない。のこのこ本社に出かけて情報システム部長に面会したところ、ちょうどそのころ某最大手ERP導入が佳境に入っていてイライラしていたらしい。言下に「NO」と拒絶された。理由を聞くと、「ITガバナンスの観点上」という。

「ITガバナンスの面でどういった問題点があるのでしょう?」と質問したが、あまり明確な理由はない。「今のこの時期に、こんな金額の投資は認められない」というだけだ。本社に相談せずに、現場側で先走ったとの印象を持たれたらしい。「お金は別に貴方が出すわけではなく、子会社が負担するんでしょ」と口に出かけたが、それを言ったら喧嘩になるだけなのは見えている。本社の『ガバナンス』の壁にすごすごと引き下がるしかなかった。今でもあの工場は、複雑なスケジューリングを、たった一人の担当者のExcelスキルでまわしているのかな、と思う。

顧客の意思決定権限を確認するのは、セールスの基本だ。営業的な手順を間違えたわたしの失敗談はさておき、「ガバナンス」という言葉が使われる局面をいろいろ調べていくと、ひとつの共通点に気がつく。それは、“ある程度の自立性を持つ相手を、どう動かすべきか”という局面である。「自立性」がキーポイントだ。子会社などその典型である。相手は一応、企業として自分で稼いで利益を上げている。だから自分の行動は自分で決められる(はずである)。しかし親会社は、自分たちが望む方向性にベクトルを合わせたいと考える。これが、自立性のない相手、たとえば直接の部下だったらガバナンスではなく「マネジメント」になるはずだし、意識を持たぬ機械だったら「コントロール」(制御)と呼ぶはずである。あるいは外注先の場合も、発注金額と契約書で勝手な自立性を縛っているわけだから、ガバナンスなどとは誰も言わない。これはITに限らず、どの分野でも共通である。

このガバナンスのあり方だが、具体的な仕組みや方法はさておき、大きくいって三つのレベルがあるのではないかと考えられる。それは「統治力」の強さによって分類される。相手の「自立性」をどれだけ制限するか、と言い直してもいい。(わたしの好きな用語でいえば、相手の「自由度」を制約する度合いである)

統治力として最も強いのは、完全な中央集権的ガバナンスである。上位側が、相手側の一挙手一投足、箸の上げ下ろしまですべて指示命令を下して実行させる。自立性はほぼゼロだ。決められたことをやるだけ。そのかわり、結果の責任も全部、上位側が引き受けることになる(当然だが)。むろん、投資などの費用も上位側がすべて負担する。

この対極にあるのは、自由放任だ。いちいち指示はしない。とにかく自分で動いて勝手に稼げ、と。もっとも、完全な自由放任で、相手が何をやっているのかもわからない状態だと、「ガバナンスは存在しない」と同義だ。だからこれをガバナンス・レベル=0と呼ぶことにしよう。

では、最低限のガバナンスとは何か。それは、相手側の行動が上位側につねに見えるようにしておくこと、すなわち「見える化」「可視化」の実現である。これを、ガバナンス・レベル=1、と考えよう。相手の行動は見えるが、何かを決めるのは基本的に相手側の自立(自律)によっている。このレベル1ではふつう、大きな問題や異常が起きた時だけ、上位側に相談がくることになる。

レベル1と、先ほどの中央集権型ガバナンスとの中間レベルには、どんなものがありうるか。それは、「承認型ガバナンス」であろう。予算あるいは権限のどこかに上限を設けておいて、そこを超えるような事案については、上位側の承認をうける。上位側は審議権(拒否権)を持つ。これをガバナンス・レベル=2と呼ぼう。レベル2は、会社とプロジェクト・マネージャーとの間などでもしばしば取り交わされる形式だ。こうして、プロマネが自分の恣意性や私益のために、勝手に巨額発注することを防ぐのである。この順でいえば、中央集権型はレベル=3になる。もちろん中間レベルをさらに細かく区分することも可能だが、そういう議論は学者にまかせよう。

レベル0からレベル3まで、図式化すると下図のようになる。レベル0はガバナンスの範囲外である。1-3のレベルに従って、上位からの指示命令(権力)は強くなるし、逆に対象側の自由度は小さくなる。自由度とは何かというと、つまり指針がない状態のことである。さらに、これらと対になる項目として、ビジネスの結果への責任と、投資の費用負担をあげても良いだろう。指示命令の力が強いほど、結果への責任が大きくなり、投資は対象側の負担比率が下がる(上位側の負担比率が上がる)。つまり、金も出すし口も出す、という状態である。どれをとるかは、その企業グループの経営方針によるが、同時に、相手側のビジネス環境や市場変化の速度、上位側からの注文への依存度などなどで、一番まともなレベルを選ぶべきである。企業だけでなく、地方自治などもこの図式でみると分かりやすい。

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そして、大体において議論がこじれるのは、この4つの項目の比重がアンバランスになる場合だ。上位側が口は出すのに金は出さない、とか(上にあげた某大企業のケースはややこれに近いかもしれぬ)、相手側は自立した稼ぎがあまりないのに自分で全部決めたがるとか。口を出すのに責任はとらない、あるいは、言うことを聞かないのに投資ばかり求める、などなど。

考えてみると、サラリーマンが飲み屋で議論したがる問題点も、ある意味で「上位側=上司」と「相手側=自分」との自由度と責任の確執ばかりだといっていい。つまり、「ミニ・ガバナンス問題」なのである。部下には通常自立した予算執行権はないから、厳密にはガバナンスと呼ぶべきではないだろうが、上司が部下の仕事にどこまで指示(介入)するかは永遠のテーマでもある。

ただし、一つだけ忘れてはならぬ事がある。それは、ガバナンスのレベルを中央集権に近づければ近づけるほど、上位側の情報処理能力がたくさん要求されることだ。相手側の箸の上げ下ろしまで指示するわけだから当然だろう。それも、業務が正常に回っている間はまだ良い。問題は、異常が発生したときだ。異常が大きく、リアルタイム性が高ければ高いほど、上位側の処理は間に合わなくなるだろう。だから現場側に権限移譲が必要になるはずだ(現場が責任を上にかぶせて逃げる傾向があれば別だが)。逆に現場側に隠し立ての傾向が強く、あまり「可視化」できていない組織の場合、重大な問題を上位側がつかむのが手遅れになりがちだ。その場合は上位側が相手に踏み込まなくてはならない。

つまり、ガバナンスのレベルをどう決めるかのルール決めはもちろん大切だが、「どういうときは、そのルールを乗り越えなければならないか」を共有することの方がもっと大切なのである。だからこそ、ガバナンス問題は難しいのだ。
by Tomoichi_Sato | 2013-02-25 23:23 | ビジネス | Comments(0)

品質工学から見た日本の教育の疑問点

「うちの工場はきちんと品質を確保している。だから出荷しているのはすべて良品ばかりだ。」と製造業の人が胸を張って話す姿を見て、不思議に思う人は少ない。当然のことだからだ。もし、「うちの工場はきちんと品質を管理している。だから、出荷品の品質はまちまちで、グラフを描くと不良も含めて正規分布になる」と答えたら、逆にそんなおかしな工場の製品は買いたくないと、誰しも思うだろう。

良品のみを出荷する。製造するからには、すべて良品となるように目指す。これが製造業のふつうの考え方だ。製造工程にやむをえない変動要因があり、そのために出来上がりにばらつきができるとしても、それをいかに小さくするかを工夫するのが技術である。

テストには費用がかかる。どんな些細な検査であっても、そのために測定器や電力や、人件費が必要になる。「テストはコスト」なのである。だから、全品検査よりも抜き取り検査の方が、(結果の品質を同じように確保できるなら)安価ですむ。さらに、検査項目も、むやみに全項目やるよりも、重要でクリティカルな項目をうまく選んで集中する方がいい。

もちろん、どの項目がクリティカルであるかは、製造に携わる者が一番よく知っているはずである。この部分の厚みがたりなければ、全体の強度が保てない。しかもこの面からの切削が結構微妙で難しい。だから、この角度の厚みを計測し確認しておけば、強度テストは省ける--これが、製造を自分でやる立場の強みである。そういうプロセスを知らない第三者は、あらゆる検査項目を実施しないと安心できないだろう。

テストの結果、不良品がみつかったらどうするか? そんな製品は捨てて、新たな材料から作り直せばいい、と考える工場長はまれであろう。できるなら修正/修理を施して、良品に治したいと皆、思う。すでに買った材料に、手間をかけて製造を加えてきたのだから、不良品といえども、投入されたコストのかたまりなのだ。これをただ捨ててしまうのはもったいなさすぎる。

一体この話のどこが教育に関係するかって? まあ、我慢してもう少しおつきあい願いたい。

さて、最終出荷段階で製品を検査し不良が見つかると、修正するにはバラしたり組立なおしたりして大仕事になる。修正できない可能性だって高い。だから出荷直前に大がかりな検査をするより、各工程ごとに、重要項目だけを検査して、その場で修正する方がずっと効率がいいし、安くすむ。まあ工場の中には、ガラス工業や製鉄所のように、不良品を直接原料にリサイクルできる種類の工場もあるにはあるが、わざわざ加工したものを原料に戻したいとはだれも思うまい。皆、いかに不良率を下げるか、あるいは直行率(=補修せずに後工程に送れる比率)をあげるか、に苦心するのである。

つまり、テストというのは、製造行為と一体であり、ワンセットに統合されるべきものなのだ。テストをする理由は、良品のみを出荷するためであり、不良品をはやく見つけて修正するためである。さらにいえば、製造工程自身を改良するための、最良のフィードバックでもある。そして、良品の基準というものは当然ながら、毎回ブレてはいけない。「これはちょっと問題だけれど、まあ同じロットのほかの製品に比べればましだから」といって出荷したら、おかしいのはおわかりだろう。良品かどうかは、他の製品とは関係なく、その製品自体のできばえだけで決められるべきである。

以上、品質とテストについて、製造業の知恵をまとめよう。
(1) テストは、製造者自らが、行うべきである。それは不良品を良品に修正し、また製造工程自身を改善するためである
(2) 良品のみを出荷する。良品の基準は、絶対値できちんと決めて動かさない
(3) テストは、最後に大規模なものを一回実施するより、工程ごとに小刻みに行う方が効率的である


さて。ここからが教育の話である。現在わたしは、大学で週一回、プロジェクト・マネジメントの講義を教えている。半期が終わったら、学生の成績をつけなければいけない。ところで、大学からは、「S(優秀)からA(優)、B(良)、C(可)、D(不可)まで、一定の割合で成績をつけて欲しい」という要請が来る。非常勤講師は派遣社員かパートみたいなものなので、雇用主の要請には逆らえない。

ついでにいうと、大学3年生の後期に授業を教えるというのは、じつに切ない作業である。授業の出席者は、12月、1月となると目立って減ってくる。出席しても、気もそぞろだ。就活があるからである。スーツにネクタイ姿で授業に出る学生もかなりいる。彼らの気持ちを考えると、レポートの宿題やグループ課題を出すのも、ちょっと気が引ける(とはいっても出すけれど)。テーマがプロジェクト・マネジメントだから、ペーパー・テストで成績をつけるのはそぐわないと思い、出席点と最終課題(グループワーク)で採点します、と最初に宣言している。毎回の授業では、ちょっとしたクイズや演習を取り入れて、なるべく考える時間をとるようにしている。考える力がなければ、マネジメントなんてできないからだ(もっといえば、教科書に書いてあることをそのまま鵜呑みにする秀才型の人は、プロマネにはあまり向かない)。

半年間の授業は、わたし自身にとって、一つのプロジェクトだ。ゴールがあり、共同作業(授業を受けている学生との)であり、かつ失敗のリスクがある。プロジェクトが満たすべき条件を全部満たしている。であるから、はじめるとき、必ず自分の目標を決める。その目標とは? もちろん決まっている。出席した学生全員に、プロジェクト・マネジメントの基礎の基礎を理解してもらうこと。そして、「プロジェクト・マネジメントって面白い」と感じる学生を、できるだけ多くつくることだ。具体的な数値目標まではここでは触れないが、当然自分なりにレベルを設定する。

伝えるべき基礎を、出席者全員に、きちんと全部理解してほしい。つまり、できれば全員に「A」をとってほしい。そういう気持ちで、仕事に取り組む。それは、作るなら全部良品を製造したい、という製造マンの気持ちと同じだ。実際には、学生の出来はバラバラで、とうていAはあげられない人も出てくる。しかし、それは教える側の力量が足りないからだ。学生が集中して聴かないのは、こちらが興味を持てるような話し方ができないからである。やってみてつくづく分かるが、授業とは真剣勝負のようなもので、話し手がちょっとでもダレると、すぐ学生達は注意が散漫になる。寝てしまうのはいい方で、大きな声であちこちおしゃべりをはじめる。これは最近の学生の特徴らしい(「ゆとり教育世代だから集中力がないのだ」と説明する人もいるが、ちゃんとかみ合えば、じつは彼らはかなりの集中を示す)。

学期の途中で、ミニテストを実施することもある。これも、教える自分のためである。これまで教えてきたことが、どれだけ学生の意識の中に定着しているかを測る。結果がわるいと、ガックリくる。自分の教え方に問題があったのかな、と反省することになり、後半は少しペースややり方を変えようか、と考えたりする。

ところが、テストをすると、学生の側の態度がかなり変わる。ナーバスになるのである。自分が何点取れたかを気にする。そんなこと、君たちが心配すべきことじゃない。悩むべきなのは講師のわたしの方なんだ--そう説明しても、納得してくれない。彼らは生まれてから20年かそこら、ともかく他者から測られ続けて来た。それで選別されてきたのだ。その感覚が染みついている。

通常のテストの目的が選別であることは、それが「同学年の中での相対評価」でずっとなされるのを見れば分かる。教育制度からの要請は、「授業の評価は、A~Eの人数比率が正規分布に従うべき」という形で教師に降りてくる。したがって、テストは相対的基準で評価することになる。だが、なぜ相対評価なのか? それに、教育上、どんな意味があるのか? 「全員にAをつける講師は、真面目に仕事をしていない」と信じる根拠はどこにあるのか?

先の品質工学の原則を思い出してほしい。製造業での品質テストは、絶対的基準で評価する。なぜならテストの目的は、「良品以外を出荷しない(すなわち出荷品はすべて優良品である)ことを保証する」ためにあるからだ。現在の教育とは、まったく思想が異なっていることがおわかりだろう。

もちろん、テストも上手に使えば、教育的な効果が多少あることは認めよう。人間は機械部品ではない。機械部品は、いったん旋盤で加工すれば、その形状はいつまでも変わらない。しかし人間の脳は、いったんインプットした記憶も使わなければすぐに取り出せなくなってしまう。その記憶を確認・強化するための道具という意味なら、認めてもいい。しかし、だとしたら、テストの目的は採点や選別ではないはずである。

もう一つ指摘しておこう。現在の日本の教育制度では、高校の教育成果(=学力)は大学が入試で評価することになっている。同様に、中学の成果は高校が、小学校の成果は中学が、入試で評価する。つまり、日本の教育の特徴は、教育者が自分で評価しない(できない)ことにある。「そんなバカな。高校だって、ちゃんと期末試験をして成績をつけている」と反論されるだろうか? では、一流大学に入試に合格した生徒を、授業の出席や態度がわるいからと、落第させる勇気のある高校教師がどこにいるのか? 「この程度の知識もない奴は、高卒を自称する資格はない」と、怒れる父母を前に断言できる教師は何人いるのか。

テストや入試というのは、教育ではない。それは品質検査が、製造作業ではないのと同じだ。むろん、大学や高校には定員があるから、何らかの篩いが必要だというのは分かる。入学させてから、大量の宿題を課して篩いにかける欧米方式の代わりに、入学時点で厳しく査定するのが東アジア方式らしい。この発想はきっと、中国発の『科挙』の伝統までさかのぼるのだろう。科挙に通れば上流階級が保証された。「秀才」とは元々、科挙に通った人のことを指した。そういう片寄った「能力主義」のおかげで、歴代の封建中国がどれだけ素晴らしい社会だったか、たまには歴史に学ぶのも一興ではないか。

もう一度繰り返そう。テストというのは、教師のためにあるのである。教える側が、自分の方法を向上させるために行う。結果は、全員が合格となるのが理想である。卒業した者には、自信を持ってその品質(資質)を保証する。上位の学校が、勝手に途中で入試と称して引ったくってはいけない。学校教師たちは、教育を自分の手に取り戻すべきである。そして今、寒い中を毎日入学試験に明け暮れている受験生達には、勉強の目標はテストに合格するためではなく、少しでも賢い自分に近づくためであることを、心に留めておいてほしいのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-02-18 21:20 | 考えるヒント | Comments(5)

書評:The Quiet American(物静かなアメリカ人) / Graham Greene



昨年の夏、80歳の母と二人で、母の知人の結婚式に出席するため、ベトナムのホーチミンに旅行した。数多くの留学生の世話をしてきた母と、これが最後の旅行になった。

一緒に戦争証跡博物館に行った後、市内の目抜き通りを歩いていると本屋を見つけた。いかにも外国人旅行者向けに、洋書などがおいてある。その中にこの本があったので、すぐに買いもとめた。前から読みたいとは思っていたのだ。ベトナムを舞台とした話だから、平積みされているのは当然かもしれない。Penguin Classics Deluxe Editionで、うす緑色の洒落た表紙である。

ロンドンで2年暮らした母の話によると、グレアム・グリーンはやさしい英語で文章を書く名文家として知られ、イギリスの英語学校で初級の読み物によく使われているという。英語上達の秘訣の一つは、辞書を引かずに本を何冊も読み通すことだ。そうして、英語のリズム感や、前後の文脈から単語の意味を類推する力をつけるのだ。その修行には、たしかにグリーンの文章は格好の材料である。そのことは、本書の冒頭にある米国のRobert Stoneによる解説と読み比べてみると、よく分かる。いかにも大学人の書くインテリ臭い文章で、たくさんの難しい単語を使う。ちょうど漢語を多用した日本語のようなものだ。ついでにいうと、このイントロにはネタバレ的な記述も含まれているので、読者は飛ばしてまず本文から読んだ方がいい。

その本文は、英国人でベトナム特派員の私(Fowler)が、本書の主人公である若い米国人Alden Pyleを夜、部屋で待つシーンからはじまる。約束の10時をとっくに過ぎても彼は来ない。通りに出ると、同じようにPyleを待って立っている、Phuong(鳳)という名のうら若いベトナム女性を見つけるので、上がって待つようにいう。しかし真夜中をすぎてやってきたのは警官だった。警察署に召喚された二人は、Vigotというフランス人警察官の質問を受ける。本書が発刊された1955年、サイゴン(現ホーチミン)はいまだフランスが支配する領域だった。Pyleはどんな人物だと聞かれ、Fowlerはこう答える。「年齢は32歳、経済援助ミッションで働いている米国市民だ。真面目な男だよ、彼流にね。コンチネンタル・ホテルにたむろする騒がしい連中とは違う。物静かなアメリカ人だ。」

しかしVigotは皮肉な目をFowlerに投げかけ、若いPhuongをめぐってPyleと争っていたのではないか、君はこの女性と2年間一緒に暮らしたが、つい最近、彼女をPyleにとられたはずだ、といい、昨晩のアリバイをたずねる。こうして彼は、Pyleの身の上に何か重大な事が起き、自分が疑われていることを知る・・

ここまでわずか数ページ。主要な登場人物が現れ(あるいは不在が明らかになり)、彼らの関係や複雑な感情が、異国の夜の映画のようなシーンの中から浮き上がってくる。まことにグリーンは小説の名手である。主人公Pyleの行動の謎と、警察に疑われながらそれを追う語り手Fowlerのサスペンス、そして美しいPhuongをめぐる三角関係。ラブ・ロマンスで読者をぐいぐい引き込みながら、時おり神とか世界についての哲学風の問答を文中にちりばめ、読者の知的満足感をくすぐることも忘れない。

グリーンは登場人物の名付け方が暗示的で巧い、とR. Stoneは冒頭の解説で書いている。たしかに、若く率直で大柄の米国人Pyleの名は、なんとなく「ウドの大木」みたいな感じを受けるし、屈折した英国人で中年の語り手Fowlerは「ズルをする奴」とも聞こえる。しかし、本書の題名もグリーン一流のjokeで、“静かなアメリカ人は、死んでしまったアメリカ人だけだ”との皮肉だというのは、うがちすぎの解釈だと思う。物静かなアメリカ人は、(少数派だが)もちろんいる。主人公Pyleはハーバード大学で政治を学んだ、若い理想主義者だ。

その彼の理想は、古いヨーロッパの植民地支配でもなく、かといって北部ベトナムの共産主義でもない、民主主義を実現する『第3の勢力』がこの国には必要だ、というものだ。だが、その思想が、彼という人間に体現された米国人の無邪気な良心と、米国の巨大な政治力に結びついたとき、あわれな恋人Phuongをはじめ、罪のない多くの現地人を巻き込んだ不気味な歯車の回転につながっていく。語り手Fowlerは、親米でも親仏でもなく、かつ、祖国に残してきた不仲の妻との諍いが表すように英国本位でもなく、ある意味で中立な、ある意味では誰にもコミットできない孤独な特派員として、事態を追い続けていく。

グリーン自身は1950年から2年間にわたり、何度かに分けてベトナムに滞在して本書の構想を得たらしい。そのころはちょうど朝鮮戦争の時期で、世界の目はそちらに釘付けになっていた。1945年に日本が第二次大戦に負け、旧植民地だった地域に支配権の空白ができる。独立運動と旧勢力が争い、そこにソ連と米国がそれぞれ軍事援助をして争う構図は、しかしそのままベトナムの構図でもあった。そして“民主主義の国家が出現すれば、それは必ず親米的なはずだ”という米国の奇妙な思い込みは、当時も今も不変である。

グリーンはカトリック作家で、別段左翼でも反米主義者でもない。とはいえ本書が発刊されたとき、米国では当然ながらごうごうたる非難の声が巻き起こったという。当然だろう。これは純然たるフィクションだが、米国が今のまま進めば、ベトナムで新たに巨大な悲劇が生まれかねないとの警告書でもあったからだ。しかしそれは、赤狩り時代の米国では到底受け入れられないアラームだった。

わたしは知人の結婚式に参列して、あらためてベトナムという国が仏教と中国文化の影響の色濃い、ある意味で東アジアの国である(東南アジアというより日韓台湾に近い)ことを実感した。その東アジアの人間としてこの小説を読むと、英米人の読者とは少し違う視点に立つことになる。それは、若いPhuongや、その姉、あるいは名もない多くのベトナム人側の感情への移入だ。この巧みな小説の中で、不思議にもPhuongは内面を感じさせない、はかりがたい登場人物として描かれている。セリフも少なく、王室や映画スターのゴシップ、そして欧米の都会への漠然としたあこがれなどが断片的に語られるだけである。愛Loveという言葉が、彼女にとって具体的な意味を持つのかさえ疑わしい、とFowlerは語る(Loveはいかにも西欧的な個性や自我と結びついた概念なのだ)。たぶんその事こそ、西洋人男性が東アジアの女性に惹かれる最大の理由なのかもしれない。

彼らの基準から見ると、わたし達アジア人には内面がない。それは、後半、戦闘の前線に赴いたFowlerが見た、運河の水面に浮かぶおびただしい数のベトナム農民達の死体にも通じている。小さな息子をかばった姿勢のまま浮かぶ母親。見張り塔で吹き飛ばされて死ぬ若い兵士たち。彼らは何も語らぬ。何も語らぬ者には、感情や肉体はあっても、精神はないのだ。そういう奇妙な信憑の世界に、西洋人は立っている。わたし達が黙って座っているとき、わたし達には何の知識も意見もないのだろうと、彼らは思う。であるならば真理を教えてやろうと、彼らは無邪気に、ほとんど善意で思うらしい。

善意と無知と偏見が「信念」という名の衣をまとい、その後ろを巨大な財力が押しはじめたとき、『狂信的武力』という恐るべき怪物が生まれる。それは憎悪を燃料として動く戦争機械である。地域にも人種にもイデオロギーにも関係なく、どこにでも生まれる可能性がある。そして手当たり次第、人を巻き込んでいく。わたし達はその怖ろしさを、つい最近も見たばかりだ。

本書が発刊された前後、ベトナムがどうなったかだけを、最後に簡単におさらいしていこう。

1945年、日本軍の崩壊と共に、ホー・チ・ミンが独立を宣言する。ところがフランスが失地回復にやってくる。「18ヶ月で片付く」はずの紛争は6年以上も長引き、ついに1953年末、ディエン・ビエン・フーでこてんぱんに敗北を喫して、しかたなく交渉の席に着く。ジュネーブ協定が取り交わされ、総選挙が行われる予定だった。

しかし、仏軍の空白を補うようにアメリカ軍がやってくる。アイゼンハワーの演説では、「錫とタングステンの資源」がねらいだった(!)というのだから驚きではないか。そして1955年、ゴ・ジン・ジェム傀儡政権を立て、南にベトナム共和国をでっち上げる。このとき政変を支援した空軍准将でCIA工作員のE・ランズデールが、本書のPyleのモデルだったのではないかと言われている。

これに対し、南ベトナム解放戦線が結成される。その補給を絶つため、やがてアメリカは北爆を開始する。彼らも最初は2、3年のことと高をくくっていたのだ。マクナマラ国防長官(MBAにして元フォード社長)の精緻な計画と、米軍の巨大な物量作戦にもかかわらず、戦線は泥沼と化していく。ついにニクソン大統領は72年に北爆を停止し、パリでの交渉につくと演説。73年に米軍が南から撤退すると、南ベトナム政権は持ちこたえきれず、ついに75年に崩壊する。

これが歴史だ。フランスが去ってから20年間、ベトナムはずっと戦場だった。誰のために? 何のために? その答えは簡単ではない。ただ一つ分かるのは、物静かで無邪気な善意が、すべてをお膳立てしたということだ。
by Tomoichi_Sato | 2013-02-12 21:32 | 書評 | Comments(0)

お知らせ:「モノづくりIT Expo」で基調講演を配信します

ITメディア社が主宰する、ネット上のバーチャル・エキスポである「モノづくり IT Expo 2013」で、

 『サプライチェーンと生産マネジメント~モノまね『JIT生産』を卒業するために

と題する基調講演(特別セッション)の画像を配信します。約25分間。わたしのしゃべる画像と、PowerPointのスライドが同期して表示される形式です。
配信期間は2月19日(火)~3月8日(金)で、Expoに登録すれば視聴できます。

主な内容は、1年前に上梓した「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」でわたしが執筆した第5章のエッセンスともいうべきものです。一部は、このサイトでも部分的に書いてきたことと重なります。
エンジニアリング会社の仕事を通して、いろいろな工場計画にたずさわった中で考えてきた問題提起で、「マクロな状況を理解して、自分の頭で考えよう」という、ある意味では当たり前のことを言っているにすぎないのですが、この当たり前を飛び越して、“正解”に飛びつこうとする傾向へのアラームのつもりでもあります。

ご興味がありましたらぜひご試聴下さい。


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2013-02-09 23:32 | サプライチェーン | Comments(0)