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BtoB企業とサプライチェーンの強者 ~これから就活をする大学3年生へ

先月、ある国立大学のお招きで、工学部の3年生・約100人を相手に、1コマ講義をする機会をいただいた。テーマは「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」である。学生たちの感想を読むと、比較的多くの人の興味をひいたようなので、ここにその最初の部分だけを紙上収録させていただく。内容の一部は以前、日経産業新聞や「“JIT生産”を卒業するための本」に書いたこととも重なるが、新しい話題も含んでいるのでご容赦いただきたい。

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ご紹介にあずかりました日揮株式会社の佐藤知一です。今日はこれから皆さんと一緒に、「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」というテーマで1時間半ほど勉強したいと思います。が、本題に入る前に一つお伺いします。皆さんの中で、『日揮』という会社名を聞いたことがある人、いますか?

(1-2名だけ手を挙げる)

はい。ほとんどの方はご存じないようですね。でも、別に全然かまいませんよ。実はわたし自身、皆さんの年齢だったときには、まだ日揮を知りませんでしたから。では、ためしにもうちょっと別の会社名をたずねてみましょうか。皆さんのうち、アマダという会社を知っている人はいますか?

(誰も手を挙げない)

ご存じの方はいないようですね。それじゃあ、日東電工はいかがですか? あるいは、森精機は? 東洋製罐は? せめて、信越化学は? 

(あいかわらず誰も手を挙げない)

そうですか。実は、いま名前をあげた会社は、いずれもその分野では日本を代表する、世界でもトップレベルの会社ばかりです。年商も千億円規模で、かなりの大企業です。業績はその時々で多少の浮き沈みがありますが、基本的には立派な製造業の会社ばかりだと思ってください。そういう優良な会社を、工学部の学生である皆さんが知らない。知らなければ、就活の対象にも考えないでしょうね。もったいない話です。

でも、なぜそんな素晴らしい会社が、皆さんに知られていないのでしょうか? 答えは、簡単です。TVコマーシャルをしていないからです。日揮も殆どしません。なぜしないかというと、これらは“ビー・トゥー・ビー”と呼ばれる企業だからです。

(黒板に B to B と大書する)

BtoBとは、Business to businessの略。Businessとは会社のことです。会社対会社の取引を、BtoBと呼びます。BtoB専門の会社の場合、顧客はすべて企業です。たとえば日揮はエンジニアリング会社とよばれる業種で、わたし達は製造業のお客さまのために、工場を作って差し上げる仕事を専門にしています。工場を設計し、資機材を調達し、建設工事を管理する。そのProject Management能力を売っているのです。私どもにお仕事を下さるのは、すべて製造業の会社で、個人ではありません。だから、TVコマーシャルで「工場を作りたかったら、どうぞ日揮へ」なんてうたっても意味がないのです。普通の人がコマーシャルを見て、「うん、そうだ。ウチも工場を持とうか」なんて思ったりはしません。

先に名前をあげた他のBtoBの会社は、いずれも企業向けの製品=生産財を作っています。工作機械とか電子材料とか。そうした製品は、顧客企業が選んで買うとき、きちんとした技術評価を経るので、メディアにイメージ広告を打っても効果はないのです。

ではBtoBの反対概念は何でしょうか。Businessの反対は、Consumer(消費者)です。一般消費者向けの商売を営む業態を、BtoCと呼びます。みなさんがよく名前を知っている有名企業は、たいていがBtoCの会社です。自動車とか、家電、飲料、化粧品などはすべて消費財で、BtoCですね。消費者向けの製品ですから、さかんにメディアに広告宣伝を打つ必要があります。だから皆、名前を知っている。名前を売っている訳です。有名=大企業、と思っている人がいますが、いつでもそうとは限りません。でも、新聞やTVではとりあげられやすいですね。就活も、知名度の分、人気が集中しがちです。

しかし覚えておいてほしいのですが、現在の日本において、業績を上げて元気がよい企業はむしろBtoBに多いのです。ご存じのとおり家電業界はこのところ不調つづきですし、飲料・食品などもあまりさえません。成熟市場だからとか、安い輸入品に押されて、とかいろいろ言われていますが、元気なBtoB企業を見ると、話はそう単純じゃないはずだと気がつきます。

そもそもBtoBとかBtoCとか、会社はどうやって決まるんでしょうか。皆さんは、『サプライチェーン』という言葉を聞いたことがありますか?

(少数の学生が自信なさそうに手を挙げる)

サプライチェーンとは文字通り<供給の連鎖>で、モノが消費者の手元に届くまでのつながりを示す言葉です。たとえばこのiPhoneですが(と手に持つ)、わたしがこれを買ったのは家電量販店です。量販店は、Apple社から仕入れている。Apple社は中国かどこかの委託製造先にこれを組立させた。その部品はまた、たとえば日本や韓国から入り、さらにその材料は・・という風にさかのぼって、最後は石油だとかアルミナ鉱石だとかを地面から掘り出すところに至ります。これがサプライチェーンで、原料に近い方を「上流側」、消費者に近い方を「下流側」と呼ぶ習慣です。

BtoC企業というのは、この長いサプライチェーンの最下流、消費者に一番近く位置している会社なのです。BtoB企業は、それより上流側のいずれかの位置を占めている会社です(だからBtoBの会社の方が、数は多そうな気がしますよね)。またサプライチェーンはモノの流れですから、モノの種類により、業種ごとに別々に存在しています。

このサプライチェーンですが、基本的に上流側から来るモノの流れと、下流(消費者)側から来る需要の流れを、調整するためにあります。消費者は気まぐれですから、日々変わりやすい需要に対し、サプライチェーン全体が機敏に即応することが求められます。そしてこの能力が、企業や、業種全体の収益力を、大きく左右するのです。

たとえば、トヨタ自動車を考えてみましょう。リーマンショックや米国でのリコール・訴訟問題などで多少つまずきはありましたが、大きな利益を上げ続けている、日本を代表する企業です。このトヨタの強さはどこから来るのでしょう? 「カンバン方式」や、ニンベンのついた「自働化」などの技法が利益の源泉? たしかに同社がこうした技法に多大な努力を払って来たのは事実です。しかし、わたしが見るに、トヨタに代表される自動車業界の真の強さは、そのサプライチェーンの姿にあるのです。

(図1 自動車業界のサプライチェーン)
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皆さんはカー・ディーラーが、自動車会社ごとなのをご存じですね? トヨタのディーラーに行って、マーチを買うことはできません。自動車業界のサプライチェーンは、真ん中に自動車メーカーがおり、その上流側(部品サプライヤー)も下流側(販売会社)も、系列化しておさえている点に特徴があります。サプライチェーンで需給調整のための計画を立案する機能を持っているのは、真ん中の自動車メーカーのみです。しかもサプライヤーは、自動車メーカーの生産計画に同期化するための仕組み(カンバン)をもっています。また需要の季節変動が少なく、短期的な流行も少ないのが、商品の特徴です。最後に、店頭在庫がなくても、消費者は1週間や2週間は黙って待ってくれます。

こうした特徴があるため、自動車業界は、きわめて平準化生産に向いた効率的な体制を組めるのです。とくに、上流・下流の系列をコントロールする力が強いほど、収益力も高い。

これに対して、電機業界のサプライチェーンは、こんな形をしています。

(図2 電機業界のサプライチェーン)
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皆さんは家電品をどこで買いますか? 最近は量販店で買う人が多いでしょう。量販店では、ソニーもシャープもパナソニックの製品も並んで置いてあり、その場ですぐ値段を比較することができます。家電メーカーは量販店をコントロールできません。だから、量販店と電機メーカーは独自に計画を立てているのです。

しかも電機業界は面白くて、部品を同業他社から仕入れたりすることがあります。日立の製品をあけると、中に東芝のチップが入っていたりします。そうなると、一つのサプライチェーンで、需給計画を立てている会社が二つも三つも存在することになる。それぞれ別の見込で動きます。おまけに、新製品のサイクルが短く、季節性の商品も多い特性があります。さらに消費者は、店頭に在庫がないと別の商品を買ってしまいます。このため、過剰在庫をまねく傾向が強いのです。

皆さんが家電会社の社長さんだったら、この図を見て頭が痛くなりませんか。どうやったら、最終消費者の好みに即応して製品を出荷できるのか。とても難しいですよね。

では、ちょっと応用問題を考えてみましょう。農産物のサプライチェーンです。皆さんの中で、ご実家や知りあいに農業をやっていらっしゃる方はいませんか?

(ごく少数が、気恥ずかしげに手を挙げる)

はい。結構です。農業って、大変ですよね。なぜ、大変なんでしょうか? 力仕事だから? いえ、近頃は結構、機械も進歩してきました。問題は、やはり需要と供給にあるのです。野菜類はあまり在庫がきかない特徴があります。自動車や家電製品との大きな違いですね。おまけに、消費者はバックログ(受注してから仕入れる事)も許しません。え、キャベツが品切れなの? じゃあ、今日は別の料理にするわ、という訳です。

(図3 農産物のサプライチェーン)
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しかも、工業と違い、農作物の生産量は天候等に左右されて変動しやすいものです。在庫もできない、供給も安定しない、かつ消費者は気まぐれ・・当然、需要と供給にギャップがしばしば生じますよね。需給バランスが合わないとき、しかし農産物のサプライチェーンには在庫調整機能が無いため、価格変動が生産者を直撃する仕組みになっているのです。だから豊作貧乏が起きたりして、農業というのは引き合わない仕事と言われるのですね。頑張ってたくさん作ったのに、自分に全部はね返ってくる業界なのです。これを解決するためには、長期契約とか、直販とか、別な販売チャネルを構築しなければなりません。

ちょっとまとめてみましょう。

サプライチェーンにはつねに、需給ギャップのリスクが存在します。需給にギャップが生じたら、一番良い解決法は、需要に合わせて即座に供給(生産)調整する能力を持つ事です。ただ、これは簡単ではない。そこで次なる手段として、「在庫」による調整機能をもちいます。普通は供給が多くなれば在庫の形で、需要が高まれば納期(マイナス在庫)の形で、変動リスクの吸収と調整が行われます。

即応能力も在庫能力も無いと、需給調整は「価格」によって行われるしかありません。その結果、どうなるかというと、農業のようにちょっとした需要の変動が価格の乱高下につながります。ちなみに農産物のうち、コメは在庫がきくが、国策で価格を高めに決めています。だから在庫が無尽蔵に増えてしまうのです。

皆さんに覚えておいてほしいのは、「需給ギャップ(リスク)を、自ら調整する能力を持つ者が、そのサプライチェーンの支配力を持つ」という事です。逆に調整能力の最も小さい者には、つねにリスクが押しつけられることになります。こうしたサプライチェーンの性質を意識しながら、自らのポジションをうまく確立できた企業が、持続した成長力を持つのです。

日本では、「大事なのは製品開発力だ」という常識がはびこっています。Appleの成功などが刺激となったのでしょう。
「ヒット商品が生まれれば会社は成長できる」
「日本のものづくりが復活できないのは、魅力ある新製品を作れないからだ」
・・・こういう話はメディアに蔓延しています。『なぜ日本でiPhoneが生まれなかったのか』という題の本さえ出版されました。

たしかに魅力的な新製品の開発は大事です。成功すれば大きい。しかし、製品開発という仕事は、失敗確率も非常に高いものです。作ったものが次々ヒット、ということは滅多にありません。

他方、皆さんはこの車をご存じでしょうか。そう、トヨタ・カローラですね。カローラは「偉大なる平凡」などと揶揄されながら、長年にわたり販売台数トップの座を守りつづけました。偉大なる平凡を作り続けたトヨタ自動車の収益は、『供給力』に源泉があります。『供給力』とは、サプライチェーンの中で、需要にぴったりマッチした生産を行う能力です。「必要なモノを、必要な時に、必要な数だけ」=ジャスト・イン・タイム生産がこの会社の基盤でした。

では、製品開発力で有名なApple社が、供給力で犯した知られざる大失敗のお話しをしましょう・・。
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ということで、供給力の話題から、得意分野のスケジューリングの講義になっていくのだが、この先は専門的になるし演習も入るので、紙上収録はここらで切ることとさせていただこう。
by Tomoichi_Sato | 2012-11-28 22:47 | サプライチェーン | Comments(0)

アイデアを『売る』という事

たとえば、ビジネスでうまいアイデアを思いついたとしよう。新サービスでも社内の業務改革でも何でもいい。今まで誰も取り組んだことのない、ブリリアントな案だと、自分には思える。ただし、そのアイデアを実現するためには、自分の権限範囲だけでは足りない。上司を納得させ、予算や人を確保し、あるいは役員会でプレゼンテーションが必要になるかもしれない。とにかく、社内に味方を作って、実現に向けていかなければならない。

英語ではこのような行動の事を、きわめて端的に“Sell”=『売る』と表現する。つまり、アイデアの社内への売り込みである。この言い方は、受注ビジネスで、顧客に案を提出して説得する場合でも同じように用いられる。顧客が奇妙な要求を、(例によって)後出しジャンケンのように出してきたとしよう。当方も作業が進んでしまっているので、対案を考えてうまく通さなくてはならない。この場合、顧客はこちらのアイデアに対して、別に何かお金を払ってくれる訳ではない。時間や投入した労力の成果を、対価として認めてもらうだけだ。それでも、こうした行為を英語ではsellと呼ぶのである。

このようなSellの用法を知ると、我々の「売る」という概念が大きく広がる。直接、金銭的な対価を得なくても、相手のcommitmentを得ること。これが売る(とくにアイデアを売る)事の意義だ。では、この種の『広義のセールス』は、どのようにしたら成功するのか。

ちょっと調べはじめると分かるのだが、既存のセールス論や参考書はほとんど使えない。というのも、従来の「セールス論」の多くは実はマーケティング論であって、大量生産品をどう企画するかがポイントだからだ。そのために、顧客ニーズをアンケート調査しセグメント化し、ターゲットを決めて製品開発し、商品サンプルを作り、広告宣伝戦略をどうするかが論じられる。ここまでをきっちりやれば、あとはセールスマンが多少馬鹿でもドンドン売れてしまう・・という論理でできている。いかにも、本社の優秀なマーケターがすべてを決め、あとは全国の契約セールスマンを動員するだけ、という米国企業文化から生まれた発想である。

それ以外のセールス論となると、今度は「優秀なセールスマンの実体験論」、半分自慢話、みたいなものになる。もちろん、売る商品は自動車とか家電とか化粧品といった、大量生産品のモノがほとんどだ。アイデアをどう売るか、という視点はいかにも弱い。

アイデアを売る事には三つの特徴がある。第一は、個別性である。特定の組織や顧客に向けて、ユニークな案を売ること。これが課題だ。誰でも知っている、共通品的な既存のアイデアは、そもそも「売る」必要なんか全然ない。第二は、無形性である。無形だから、頭の中にしか存在しない。商品サンプルも無い。パッケージ・ソフトウェアは無形だが、あちらはデモという手段がある。第三は、非対価性だ。直接的なお金の対価を得ることが目的ではない。これらの条件があるため、アイデアを売る仕事は、セールスマンという職種への分業委託ができないことが分かる。思いついた人間が、自分でやるしかないのだ。

何かを売るときに大事なことは、自分がまず信じることである。自分がその価値を信じられないアイデアなど、誰かに売れる訳がない。だが、その「価値」とは、金銭ではないとすると、一体何なのか?

じつは、このようなアイデアの価値とは、それが何らかの問題への「解決」になっている事なのだ。売上低下とか、非効率性とか、作業の後戻りといった問題への解決。

である以上、次にするべき事は、説得相手の解決したい悩み(ペイン)を掘り起こして、こちらの解決策に方向づける作業だろう。以前、「問題とは、意識的・無意識的に持つ『期待』と、現状とのギャップである」と書いた(「超入門・問題解決力 - 問題とは何か、課題とはどう違うか」参照)。だが我々を取り巻く問題はたくさんあるし、意識に上っていないものも多い。だから対話による掘り起こしが必要なのだ。とくに「解決方法なんかないさ」と本人が諦めた問題は、意識下に押し込められている。それを意識化させ、すぐにも解決が必要な「ペイン」の状態に持ち込まなければならない。

さらに次のステップでは、相手にも少しは考えさせることが必要だ。部下や発注先の言い出した思いつきに、ホイホイ乗りたがる人間は少ない。それに、自分が考えたことでなければ、誰も深くコミットはしないものだ。

このために、Open question とClosed question を使い分けるスキルを身につけるべきだろう。Open questionとは、whatやhowで始まる、答えに限定のない質問である。たとえば「この問題を放置したら、影響はどこまで現れるでしょうか?」といったのがopen question だ。他方、closed question とは、答えがyes/noとか限られた選択肢だけの問いかけだ。「放置すると最終的にはユーザの使用率に現れないでしょうか?」「ウーン、出るかもなあ」といった感じである。こうした問いの使い分けはディベートや雄弁術でよく利用される。

このような問いかけにより、相手にペインの影響、原因、そして解決できた時の効果の順に考えてもらう。そうすると、相手の心に「対価」としての価値が自然に浮かび上がってくるはずだ。その時こそ、自分のアイデアを売るタイミングなのだ。この手順を踏まずして、ただ「自分のアイデアは正しくてこんなにスゴい」とだけプレゼンしたって、誰も買わないだろう。それでは、相手国の現実やニーズを見ずに、「ウチの製品はこんなに高性能で良い品です」とやって、シェアを落としている企業と同じになってしまう。

もっとも、ただ、このとき相手が全然別の「解決策」を思いついてしまう、というのもありがちなリスクだろう。ここらへんは、相手をどこまで読むかの能力が必要になってくる。

このように、個別性の高いアイデアを売る時には、マクロな(=画一的な)方法論ではあまり役に立たない。つねに直面する相手の出方や望みを察していくことが大事なのだ。その意味で、こうしたアイデアを売る仕事は、きわめてサービス業的であるといえるだろう。そしてサービス業である以上、そこには『感情労働』の問題が生じてくる。

実際のところ、プロマネの仕事の8割は、こうした意味での広義のセールスではないかと、わたしは思っている。それは受注型か自社型プロジェクトかを問わない。だとしたら、マネジメントに携わる人間にとって、(たとえ自社の業界がいずこであれ)流通・サービス業の知恵を学ぶことに価値があるはずだろう。そのような訳で、プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会で、「流通・サービスのエンジニアリングとマネジメント」のミニ・シンポジウムを開催する事にしたのである。

ちょっと宣伝くさい落ちの付け方だが、どうぞ皆さんご来聴ください。何より、無料で、非対価的です :)
by Tomoichi_Sato | 2012-11-19 21:36 | ビジネス | Comments(0)

決める力、決めない力

混迷の度を深めるシリア情勢。国軍が自国民を爆撃し、反乱側の自由軍が守旧派の殲滅を叫ぶ中、度重なる和解調停の試みも失敗し、内戦は長期化の様相を見せている。この状況に関して、貴方はどのような意見をお持ちだろうか。政権側を支援すべきか、反乱側に肩入れするか、あるいは和平交渉のために第三の道をとるべきか。また、もし貴方のビジネスがシリアに何らかの関わりがある場合、それを続けるべきか、手を引くべきか。どう考えるだろうか?

そんな難しいこと分からないよ、ビジネスでだって中東とは付き合いがないし、仮定の質問には答えられないーーこれが大方の回答だろう。政治に詳しい人だったら、親米、あるいは親イランという軸でどちらかを選ぶかもしれない。でもビジネスの質問には苦慮するだろう。同じ質問を大学生にマイクを向けて聞いたら? おそらく、ちょっと困ったようにヘラヘラ笑って、「わかんないっす」と(正直に)答えるだろう。

では同じ質問を米国のビジネススクールの学生にたずねたら、どうなるか。想像するに、きっぱりした意見を、短い時間のうちに答えるはずだ。自分は十分な知識を持つ訳ではないが、手に入る情報から考察するに、かくかく判断される。したがって、しかじかの策をとるべきである。こういう筋で語るだろう。大学生、いや高校生に聞いたって、同様に自分の意見は言うだろう。意見の適否はおくとしても、決めろ、と言われたら短時間のうちに決める者が多いだろう。あちらはそういう教育システムなのだと言ってもいい。

ひるがえって、わたしのこのささやかなサイトで、特に多くの読者を集めた記事が「決めない人々」であった。それは、わたし達の社会において、『決める人』の少なさを皆が感じているからかもしれない。

ビジネスでは、タイムリーに決める能力がつねに求められる。「良い上司とは、決めてくれる上司である」という言葉もある。「良い顧客とは、タイムリーに決めてくれる顧客だ」という事実は、受注ビジネスを経験したことのある人なら、たいてい同意してくれるだろう。ではなぜ、人は決められないのか? どうすれば、決める人になれるのか。決められないのは組織の問題だ、と以前書いたが、ここでは個人の資質まで踏み込んで考えてみよう。

「決める」とは、複数の選択肢から、何かを選ぶことである。AかBか、右か左か正面か、やるか止めるか。そして選んだら、その事と結果に責任をもつ。これが決める事の意味だ。

選ぶ基準は、いろいろだ。好き嫌い、は一番プリミティブな基準である。今日の昼飯は何にするか、とか、AKB48の総選挙で誰に投票するか、などは好き嫌いで決めるだろう。もう少し高度な判断基準としては、文化的な美感がある。デザインなどで重要なのはその判断だ。

道徳的な善悪も、勿論あろう。舌切り雀の話で、お爺さんとお婆さんの選ぶ「大きいつづらと小さなつづら」は、強欲か謙虚かの決断基準だ。さらに知的な信憑性も、大事である。論理が通って一貫性のある主張と、そうでない主張を比較したら、普通は前者が勝る。この、美醜、善悪、真偽の三つの基準は「真善美」として、ギリシャ文明以来、西洋の思考法の柱となってきた。これを学ぶのが、教育の基本である。

しかし基準は、これだけに留まらない。政治的な敵味方、がある。好き嫌いや真善美を超えて、味方側を選ぶやり方だ。そして最後に、かつしばしば最も重要な基準として、金銭的な価値が挙げられる。

これら6種の判断基準は、すべて互いにからみあっている。相反することも時には(しばしば)ある。デザインとしてはAの方が美しい、でもBの方が安い。これが、わたし達の直面しがちな決断のジレンマだ。

ビジネスでは、他の条件が全く同等なら、金銭的な価値の大きい選択肢(販売なら高額、調達なら安価)を選ぶ。調達でRFPをきちんと用意する目的は、技術的要件そのほかをすべて均等にして、価格だけで比較できるようにするためだ。ただ、この手法がきくのは、ある程度汎用的な物を決めるときに限られる。例えばERPなどの個性の強い商品を、純粋に価格だけで決めたという例はほとんど聞かない(最後の決め手が価格だったという例ならあるが、それはつまり他の基準もあった事を意味する)。

したがって、わたし達が個人として決断力を高めたいのなら、まずこうした諸判断基準を区別し、優先順位を意識するのが第一歩である。表にして基準ごとにoやxを書いてみるのも、単純だがパワフルな手法である。

ところで、決断を難しくする要因は他にもある。それは、複雑性と不確定性である。リスクといってもいい。冒頭のシリア情勢を思い出してほしい。この問題が難しいのは、情勢が込み入っていて、事実として何が起きているのか判然としない点にある。現在の姿がよく分からないのだ。さらに、ある方策をとったとしても、それがどのような結果を及ぼすか、予測しにくい。(現状)→<決断>→(将来) というモデルの不確定性が高いのだ。

現実の事象には、つねに複雑性と不確実性があるから、決断が難しい。現状の把握と、因果関係の分析、そして今後の予測が、いつも議論が分かれるところになる。社内でたたかわされる論議は、ほぼこれだ。

したがって、決断力を持つためには、どんな複雑な状況でも、短時間のうちに理解・分析し、自らの意見を主張・説得しうる能力という事になる。だから、米国生まれのビジネススクールでは、もっぱらこれを教育する訳だ。有名なケースメソッドなどは、まさにこの能力開発のために作られたと言っていい。

どんな社会問題でも、自らの意見を主張できることが、欧米では知性のあかしである。意見を問われて、ヘラヘラ笑っているだけの大学生は、知性ゼロと判断される。たとえ真剣な表情でも、何も発言しない人間は、何の意見もないのだと見なされる。互いに見解を出し合い、問題に多角的にアプローチし、理非曲直を短期間に論じて、最後にリーダーが(あるいは投票で)決断する。それをきちんとできる人間に、知性を認める。これがあちらの社会で、上に立つべき人の評価基準だ。

というのが、普通に語られる話だ。これだけなら、世によくあるMBA礼賛風の記事になる。でも、それだけで終わりにしないのが、本サイトの複眼的な(へそ曲がりな)ところである。

何かを理知的に、短時間で決めるためには、必要となる資質が、もう一つある。それは、「割り切り」である。物事をドライに割り切れる資質がないとダメなのだ。目の前にあるのは複雑で多面的な事象である。情緒や感覚面でのインプットがどうあろうと、合理性で判断していく。それはちょうど、地面に生えている草花を、シャベルで掘り出すようなものだ。細かな根は引きちぎられるだろう。でも、大体のモノが取り出せればいい。これが割り切りの感覚だ。

「決めない人」は、この割り切りに抵抗する。それはほとんど感覚的な抵抗だ。理は情にまさる、という西洋文化的な価値観にも反感を持つ。だがそれを論理的には主張できない(当たり前だ)。言えないで、ぐずぐずする。感覚で分かってよ、という訳だ。

このような態度・資質にも、一定の意味はあるのではないか。

あるとき、人材関係のコンサルタントから、こんな話を聞いたことがある。「よく、客先に行くと、『貴方は人材のプロだから、人を瞬時に見分ける目があるはずだ。どうか面接に同席して、これから引き合わせる部下の良し悪しを意見してほしい』といわれる事があります。そうした方にはこう答えます。『人の評価をする立場の者に大切な事が一つあります。それは、結果を待つ能力、忍耐力です。短時間に簡単に人を分類評価したいのをぐっとこらえて、長い目で部下を見る。これが大事なのじゃないでしょうか』」

スパッと対象を見切って判断する。これはdetachmentの資質である。自分と、対象とを引き離す。そして離れた、客観的な視点から理知的に決断する。他方、決めずに待つ態度は、commitmentの資質である。愛着といっても良い。自分に関わりの強い、愛着のある問題は簡単には決められない。決めるにも、感覚論が強くなる。

だが、それもまた「決める」事の一面なのである。あなたは、結婚相手を決めるとき、論理とoxだけで決めるだろうか。就職や、大学選びでもいい。自分自身を大きくコミットする決断は、実は言葉だけではうまく表現できない。それは誰だって(西洋人でも)同じだ。ただ彼らは、情緒的な決断を合理的な言葉で正当化するのが上手いだけだ。そうしないとバカだと思われる文化と教育で育ったからである。わたし達の文化には、そうした要求が薄い。「いやあ、何となく」の説明で通ってしまう。

人の評価をすぐに決めない力は、大切である。それは他者にコミットすることの証しだからだ。決める事の重要性は、強調されるべきだと思う。しかし、「割り切り」だけですべての人間を動かせると思ったら、それは愚かなのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-11-09 15:32 | ビジネス | Comments(0)

講演会のお知らせ(12月1日)

小生が主査を務める、「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の12月度例会を、スケジューリング学会との共催によるオーガナイズド・セッション(パネル・ディスカッション)形式で、

 『流通・サービスのエンジニアリングとマネジメント

のテーマにて開催いたします。

参加費無料で、かつ学会員である必要はありません。ご興味のある方のご来聴をお待ちしております。


<記>
日時:12月1日(土)15:00-17:30
場所:法政大学 市ヶ谷田町校舎 2階T205室 (下記キャンパス図10番の建物)
 http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/campus/ichigaya/index.html
 〒162-0843 新宿区市谷田町2丁目15-2
 JR・地下鉄 市ヶ谷駅 (徒歩5~10分)
 なお、法政大学市ヶ谷メインキャンパスとはお堀をはさんで反対側になりますので
 ご注意ください。

セッション内容:
  下記の4講演が各々30分程度の話題提供を行い、その後に、パネル・ディスカッション形式にて会場を交えて討議いたします

(1) サービス商品としてのプロジェクト・マネジメント
 佐藤知一 (日揮株式会社)
「サービス・サイエンス」という概念が提唱され、経済のソフト化と共に、あらためてサービスが課題として注目を集めるようになった。しかし、そのエンジニアリングとマネジメントについては、まだ十分な掘り下げ・理論化が行われていない。本発表ではまず、財貨を得る対象として「マテリアル」「リソース」「データ・情報」を定義し、それに従いサービス型ビジネスモデルの分類を試みる。ついで、『プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会』の活動成果を引用しつつ、プロジェクト的な経済活動の付加価値が主にどこで生まれるかを分析する。その上で、商品としてのプロジェクト・マネジメント・サービスの重要性について、著者が実際に携わった事例も交えながら解説する。

(2) 青果物サプライチェーンにおけるサービス業務とマネジメント 
 河野 律子 (中小企業診断士)
青果物のサプライチェーンはその多段階性が、「生産者から消費者が見えない」「生産にかかわるコストが吸収できない価格で流通している」「最終 段階の小売業や加工業に価格決定権がある」などの問題を生んでいるといわれます。しかし、法律や慣習での業務分担だけではなく、青果物はその特徴から多段 階であることが結果として生産者とユーザーにとってメリットのある仕組みになっています。このメリットのある仕組みは、「b to bマーケティング」「金融」「品質保証」「目利き」などのサービス業務によるものです。このサービス業務が有効に働いていることが依然多段階性を保ってい る理由でもありますが、本来必要とされるサービス業務の価値を失ってきていることがサプライチェーンのゆがみを大きくした理由だと考えています。このサー ビス業務をどのようにマネジメントしていくのかについて検討します。

(3) お客様は、買った後・決めた後、期待値が高まる
 森 茂利 (ソフトブレーン株式会社)
■「お客様は、買った後・決めた後、期待値が高まる」 現実は、ここまでお客様のことを考え実践している企業は、まだまだ少ない。 ■お客様【ひと】は、感情の動物。その感情の起伏を大事にした「感情マーケティング」とゴールを明確にした「プロセスマネジメント」の融合こそが、今求められているCRM【しくみ】である ■その際には、「脳みそを同じにした」【組織】が必要で、その実践が企業価値を高める ■今回は、事例を参考にして、「お客様に選ばれ続ける為」に必要なサービス&プロセスを科学していきたい。

(4) 大学の情報基盤サービスにおけるITSMSの実装と効果
 長谷川 孝博, 中野 光義, 八卷 直一 (静岡大学)
大学に限らず、組織の活動には情報基盤が動脈となっている。しかし、そのサービスの境界・運用のエンジニアリング・セキュリティの確保・可用性の維持など未整理の部分が多い。本研究では、静岡大学の情報基盤センターで実施しているITSMSの内容と実装を紹介し、情報の流通・保管・活用についてのサービスを考える。

参加費用:なし

なお本セッションは元々、9月に成蹊大学にて開催された「スケジューリング・シンポジウム2012」の一部として企画されたものでしたが、当日の台風影響のため実施できませんでした。今回は講演時間も十分にとり、より充実した内容でお届けできる予定です。

講演会終了後、忘年会をかねた懇親会も企画しておりますので、あわせてご案内いたします。
皆様よろしくご参集ください。


研究部会主査: 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2012-11-07 12:43 | ビジネス | Comments(2)

音楽評:古典四重奏団「フランツ・シューベルト弦楽四重奏曲集」

2012/10/25
上野・東京文化会館小ホールにて。
川原千真(Vn.1) 花崎淳生(Vn.2) 三輪真樹(Va) 田崎瑞博(Vc)
曲目:
シューベルト 弦楽四重奏曲ハ短調 D703「四重奏断章」
シューベルト 弦楽四重奏曲変ホ長調 D87
シューベルト 弦楽四重奏曲ニ短調 D810「死と乙女」

「ムズカシイはおもしろい!!」と題する、レクチャー付きコンサート。古典四重奏団はわたしが10年以上前から追いかけて折々聴いている、気鋭の中堅音楽家たちによるカルテットだ。トップの川原さんがパンフレットの解説を書かれるのが常だが、これはいつも、そこらの音楽批評家の文章よりもずっと知的で、面白い。また、レクチャーはだいたい田崎氏の企画と解説で進められ、これも機知に富んでいて魅力的だ。

今回も最初に「シューベルトらしさとは?」というレクチャーがついており、シューベルトのニ長調D74のメヌエットからはじまり、途中クイズや他の作曲家との比較などを交えて、シューベルトらしさをいろいろな角度から照射してみる。クイズでは、有名な最晩年のピアノソナタ・イ長調における第4楽章のテーマを、オリジナルと、田崎さんが後半を変えて作曲したものとで比較してどちらがシューベルト作かを聴衆に当ててもらう、という趣向。あの、たおやかなイ長調のテーマを、ピアノでなく弦楽四重奏で演奏すると、こちらも素晴らしい味わいになるのであらためて驚く。シューベルトは歌の作曲家と思われているが、じつは不思議と抽象度の高い音楽を作っていることが、このことから分かる。リストやベートーヴェンと似た曲を比較しても、シューベルトがある意味、慎ましやかで大げさなところのない音楽を作る人だ。ブルックナーの第4交響曲のコーダ(これをカルテットで演じるのはたいした力業だが)も、非常に面白い。

レクチャーの後、ふつうの演奏会形式のコンサートが行われる。シューベルトがちょうど上り調子のときの「四重奏断章」は、たしかに従前のウィーン古典派風形式から頭一つ飛び出した緊張感がある。他方、10代の頃の変ホ長調 D87は、まあいかにも“シューベルトらしい”と感じる平明さに満ちている。

ただ、シューベルトの弦楽四重奏は、第一バイオリンが曲をリードして他の楽器がオブリガートする、単純なモノフォニック構成(ほとんどコンチェルト的)になっており、ある意味、他の楽器との対話による面白さが薄いようにも感じられた。第2ヴァイオリンの花崎さんはつねに渋めの音色で、ある意味、第1よりも低い音程感をとっており、その点ではこうした平明なシューベルトの楽曲ではちょっと詰まらなそうに聞こえてしまう。

ところが、有名な「死と乙女」では、4人の緊張感がはげしくぶつかり合って、素晴らしい出来だった。第2楽章の変奏曲も、対立的な線のからみがきいていて、劇的な表現を生む。冒頭から最後まで、運命を暗示する三連符がこの曲を支配する訳だが、それは4つの楽器をときどきに渡って全体を引き締める役目を持つ。生演奏でのみ感じ取れる、活き活きとした音楽のドラマがそこにある。実に素晴らしい。

知的な面でも、感情の面でも、とても充実感のあるコンサートだった。今後も期待したい。
by Tomoichi_Sato | 2012-11-04 00:07 | 映画評・音楽評 | Comments(0)