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WBSはコスト見積の基準を規定する

WBS(Work Breakdown Structure)についてもう少しだけ書こうと思う。WBSはプロジェクト・マネジメントの土台であるにもかかわらず、しっかりした指針に関する情報があまり多くないからだ。

1950年代、相前後してPERTとCPMの二つの技術が米国で編み出され、これが現代プロジェクト・マネジメント理論のはじまりとなった。PERT(Project Evaluation & Review Technique)は米軍から、CPM(Critical Path Method)はデュポン社から提案された数理的手法で、後に両者はPERT/CPMとして一括りで呼ばれるようになった。このPERT/CPMが画期的だったのは、次の二点があったからだろう。

(1) プロジェクトを、より小さな単位的作業(アクティビティ)の集合としてとらえたこと。とくに、プロジェクトをアクティビティのネットワークとして表現したこと
(2) プロジェクトの納期やコスト見積に、数理的な方法論が適用可能であることを示したこと

それ以前にも、(1)や(2)の萌芽的な考えはあっただろう。しかし、プロジェクトを全体まるごととして議論する傾向が強かった。今日でも、あまり現代PM理論を知らない人々(たとえば政治や行政の分野など)は、リスクや納期や組織について、まるごと感覚論で語ることが多い。そうなるとどうしたって話は、リーダーの資質やらモチベーションなどの定性的論議に傾いてしまう。逆に言えば、現代PM理論の強みとは『プロジェクトの内部構造』を考え、計数的に吟味できる点にあるのだ。

ところで、上記PERT/CPMの手法には、まだWBSの概念が明示的には入っていない。プロジェクトの全体工期を、アクティビティ・ネットワークの最長の経路から求めるクリティカル・パス法の中にあるのは、相互に対等なアクティビティだけである。では、いつ、どこでアクティビティの階層的関係=WBSが持ち込まれるようになったのか。

これはわたしの推理だが、上記(1)(2)の萌芽は、工期推定とは別のところにあった。それは積上げ法によるコスト見積で、すでに19世紀頃から、建設プロジェクト分野などで行われていたはずである。積み上げによるコスト見積とは、いうまでもなく、レンガ何個・コンクリート何トン・職人何人、といった項目別の建設費積算である。この方法は、ある意味でプロジェクトの内部構成を考え、かつ材料・工賃相場と分量から計数的に求めるやり方だ。この方法は、今でも建設業界などで標準的に行われいてる。そして費目は、「材料費→コンクリート費用→型枠費用」といった階層的なカテゴリーでとらえられる。

ただし積上げ法の見積積算で問題にするのは、「費目構成」であって、「アクティビティの構成」ではない点に注意してほしい。ゼネコン業界では見積積算も工程表も立派につくるが、アクティビティのロジック・ネットワークという発想は希薄だ。プロジェクトの責任範囲(スコープ)全体を、アクティビティに階層的に分割し、かつ、各アクティビティに付随するコストと工期から、さかのぼって全体コストと工期を推定しようという、きわめて論理的な思考方法は、アメリカ生まれ、とくに防衛宇宙産業やエンジニアリング産業の周辺から生まれてきたものと思われる。

大きくて全体を取り扱うのがやっかいな問題は、小さな部分問題に分割して解決する」--これは偉大な数学者ガウスのモットーだったが、西洋的発想に共通するものがあるらしい。プロジェクト全体では大きすぎて、なんだか取り扱いにくい。では、それを小さな単位作業=アクティビティに分割し、構造的に表現してしまおう。これがWBSの論理なのである。

繰り返すが、クリティカル・パス法の時間管理だけだったら、WBSという発想は要らない。その証拠に、TOC理論で有名なゴールドラット博士の発明になるクリティカル・チェーン手法(CCPM)では、アクティビティ・ネットワークだけを問題にして、WBSは重要ではない。納期短縮とリソース制約を主要な問題としているからである。同様に、プロジェクトの品質問題を考えるときも、とくにWBSは不要である。

ということは、品質・納期・コストの三要素において、WBSの概念は、何よりもコスト計画(つまり見積・予算)とコントロールにおいて重要なのである。

そこで、前回(「WBSはプロジェクト組織を規定する」参照)提起した問題をあらためて考えてみよう。すなわち、プロジェクトをWBSに分割する場合、『成果物中心』の方向に分割すべきか『プロセス(作業順)中心』に構成すべきか、という問題である。前回は、作るべきプロダクトの内部が密結合で、機能モジュール間の整合性が重要な場合はプロセス中心型とすべきで、その場合は品質が担保されやすい(ただし納期はやや長くなる)し、逆にプロダクトが機能モジュールの粗な集合である場合は、成果物中心型が有利になる、と述べた。それは、プロジェクト組織と責任範囲を、WBS構造が規定するからであった。

ところで、この問題をコスト見積から考えると、別種の視点が生まれてくる。もしも見積を、機能モジュール単位の積み上げで行う場合、WBSは必然的に成果物中心型になる。また、作業工程別の人数・期間による工数積み上げで見積もるなら、プロセス中心型WBSが必要だ、ということになってくる。念のためにいっておくと、コスト見積作業では、必ず過去の実績との比較検討が必須だ(そうでなければ経営者は予算をOKするまい)。その際は、過去のコスト実績データがどのように整理・集計されてきたのかがモノを言う。もし、見積をFunction Pointや類似の画面・帳票枚数でやってきたのなら、成果物中心型WBSの方が対比しやすいかもしれない。もし設計・実装・テストなど段階別工数とその比率で実績データを検証してきたのなら、プロセス中心型が求められるだろう。

WBSは、プロジェクト組織を規定する。と同時に、WBSとは、コストのロールアップ(集計)構造でもある。両者はある意味で、表裏一体のものだ。つまり、設計の責任を任せられた者は、設計品質のみならず、配下の各設計SEがどれだけ人件費を使っているのかも把握する責任がある。もし機能モジュールAの責任者になったら、自分の担当範囲の納期とコストをつかんでおかなければならない。それらは、実績データとなって、将来のプロジェクトでまた再利用される。だから、WBSの設計は、いよいよ細心の注意が必要なのである。

と、まとめたところで、この話は終わりにしてもいい。しかし、いつものくせで、ちょっとだけ“プロ的”な話題をつけ加えたくなった。難儀な話題とでもいおうか。何かというと、WBSをコスト構造の表現としてとらえると、「プロジェクトのアクティビティへの階層的分割」という元の発想からはみ出してくる事柄が生じるのだ。それは、“作業的な実体を伴わないWBS要素”がコスト集計のために必要になるからである。コスト要素の中には、オフィス賃料だとか、水道光熱費とか、ハードの減価償却費とか、支払利息や為替差損などの項目がある。これらは特定作業には紐づけられない。さらに、「予備費」(Contingency reserve)はどうするか? 何か、万が一の時の対応のために、プロマネがポケットに残しておく費目だ。これだって、リスク費用の一種である。

コスト構造を考えるためには、こうした種類のものがWBSの中に必要になってくる。じゃあ、それらはアクティビティ・ネットワークのどこにあるのか? 組織上は誰が責任を持つのか? そして、EVMS(Earned Value Management System)でコスト・コントロールを行うとき、どうやって計算に組み入れるのか?

と言うわけで、いつだってWBSの設計には悩みが尽きないのである。それとも、いつかまた論理的な天才が現れて、今日のPM理論を一次元上に昇華してくれる日が来るのであろうか。だとしたら、今すぐにでも来て欲しいものだと思うのだが。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-31 12:24 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

WBSはプロジェクト組織を規定する

いま、これからあるプロジェクトを開始するところだと仮定しよう。あなたはプロマネとして、仕事のやるべき範囲(=スコープ)を明確にし、WBSを作ろうとしている。プロジェクトの種類はあえて問わないが、ここではITプロジェクトを想定しよう。成果物は情報システムで、A・B・Cの3つの主要機能モジュールからなる、とする。各機能モジュールはそれぞれ、システム設計→プログラミング→テスト、という仕事のプロセスを経て、できあがる。

さて、3つの機能モジュール×3段階の作業プロセスだから、合計9個のアクティビティからなるプロジェクトである。これをWBSに構成するとき、二種類の表現が考えられる(IT系の仕事になじみのない人は、「システム設計」「プログラミング」「テスト」をそれぞれ、「コンセプト開発」「製品設計」「量産準備」だとか、「機械設計」「資材調達」「製造」とか、自分に理解しやすい業務におきかえてみてほしい)。

WBS・案1
1 モジュールA
1.1 モジュールAを設計する
1.2 モジュールAをプログラミングする
1.3 モジュールAをテストする
2 モジュールB
2.1 モジュールBを設計する
2.2 モジュールBをプログラミングする
2.3 モジュールBをテストする
3 モジュールC
3.1 モジュールCを設計する
3.2 モジュールCをプログラミングする
3.3 モジュールCをテストする

WBS・案2
1 設計
1.1 モジュールAを設計する
1.2 モジュールBを設計する
1.3 モジュールCを設計する
2 プログラミング
2.1 モジュールAをプログラミングする
2.2 モジュールBをプログラミングする
2.3 モジュールCをプログラミングする
3 テスト
3.1 モジュールAをテストする
3.2 モジュールBをテストする
3.3 モジュールCをテストする

さて、上記二つの案のうち、どちらをとるべきだろうか? あるいは、両者は互換的(convertible)で、内容的に差はない、と考えるべきだろうか。

ちなみに、互換的とは、こういうことである:上のWBSは、1.2, 3.2といった、単なる順番に依存したコーディング体系になっている。しかし、対象モジュールをA, B ,Cと表記し、作業プロセスを1, 2, 3とすれば、「モジュールAをテストする」アクティビティはA-3というコードになる。案1と案2の差は、A-3と表記するか3-Aと表記するかの違いであって、両者は機械的にコンバート可能だから、要するに同じことだ、という意見である。なかなかスマートな見解ではある。

ところが、両者は実務的には大違いなのだ。プロジェクトの生みだす成果物の品質や納期だって、大きな差が出るだろう。なぜだろうか? 

考えてみると、案1の方は、アクティビティをモジュール単位でまとめている。つまり、成果物の構成に依存したWBSの作り方になっている(もう少し製造業風に表現するなら、部品表=BOMに準じた構成になっている)。こうした成果物の構成は、プロジェクトごとに変わるわけだから、成果物中心型のWBSも、当然ながら毎回かなり異なるわけだ。なお、WBSの世界では、プロジェクトの直下の階層をレベル1、さらにその下の階層をレベル2という風に呼ぶ習慣である。成果物中心型WBSは、第1レベルの構成がプロジェクトごとに毎回変わるわけだ。

他方、案2は、業務のプロセス中心のWBSであることが分かる。業務プロセスは成果物のいかんにかかわらず、共通性が高い。その結果、WBSのレベル1の構成は、どのプロジェクトでもほとんど変わらない、ということになる。

となると、案2の方が優れているのか? いやいや、そう簡単に結論に飛びつかないでほしい。ちなみに米国ではかつて、WBSを成果物中心で構成するかプロセス中心で構成すべきかについて、かなり議論になったと聞く。その議論はまだ決着していないらしく、PMIの出したモノグラフも、たしか両方のパターンが例として記述されていたと記憶する。

だが、こうした論争は、大事なポイントを忘れているのだ。それは「責任者」のことである。

WBSの構成図を書いたら、次にプロマネがすることは、各アクティビティの担当責任者を決めていくことだ。そして、図なり表なりに、それを記入していくだろう。このとき、レベル1もレベル2も、当然ながら責任者の名前を決めていくことになる。

すると、どうだろう。仮に「モジュールAをテストする」アクティビティ(=レベル2)の担当者はつねに佐藤君だったとしても、その上位にあたるレベル1の担当者は、「Aモジュール」に責任を持つのか、それとも「テスト」に責任を持つ人なのか、守備範囲が違ってくることになる。前者(案1のケース)なら“Bモジュールがどうなっていようと自分は責任ない”との立場だろうし、後者(案2)なら、“設計のよしあしについては感知しない”スタンスになるだろう。当然、自分の部下の使い方だって、違ってくる。

すなわち、二つのWBSは、組織図にすると、こんな違いになるのだ。

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そして、このような組織の違いは、何を生みだすだろうか。このプロジェクトのロジック・ネットワーク(アロー・ダイアグラム)を描いてみれば、一目瞭然だ。成果物中心型なら、スケジュール的にも各モジュールはばらばらに進行していきがちである。他方、プロセス中心型WBSならば、設計全体に対する責任者がいるわけだから、彼または彼女は、設計が一応まとまって全体の整合性をとってから、先に進もうとするだろう。つまり、プロジェクトはフェーズ単位に進行していくことになるはずだ。

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そして、プロマネであるあなたは、自分のプロジェクトをどのようにマネージしたいかによって、どちらのWBSをとるか判断するべきなのである。たとえば、モジュール間の関連性が強くて、全体が密結合のシステムを作る場合は、プロセス中心型で進めたいだろう。逆に、たとえばすでにあるシステムに、新規機能をいくつか追加していくようなプロジェクトならば、モジュールができた順にリリースしたいから、成果物中心型を選ぶだろう。もしもこれが逆だったら、いかに仕事がやりにくいか、想像に難くない。

ところで、こまったことに、会社というところは普通、まず組織が先にあって、プロジェクトが個別に後から来る。その逆というケースは、あまりない。あるとすれば、あなたが社長直轄の特命プロジェクトを任せられ、担当者も社内から好きに指名していい、チーム編成も全く自由だ、といった例外的な場合だろう。
「いいんですか?」
「いいとも。君にすべて任せるから、好きなようにブイブイやってくれたまえ。」
--なんていう、ドラマでしかお目にかからないようなケースなら、確かに組織設計にも自由度はあろう。

しかし、たいていの会社では、すでに組織の器が決まっている。そして、その形に合わせてWBSを(なかば無意識に)決めることになる。会社がゼネコンやSIerなら、タスクフォース型組織になる(つまり成果物中心型)だろうし、製造業なら、まず間違いなく機能型組織だからプロセス中心型WBSになる。プロジェクトのWBSは、こういうパターンにするのが「当然だ」と思いながら。

だが、そんなのは「当然」ではないのだ。繰り返すが、WBSはプロジェクト組織を決める。そしてプロジェクト組織とは、プロジェクトを遂行するための手段にすぎない。だとしたら、会社全体の部門構成がどうなっていようと、プロジェクトの性格と目的に合わせた組織を(そしてWBSを)設計すべきなのだ。

こうしたことは、WBSの図を見て落ち着いて考えれば、当然分かるはずのことである。だが、WBSの作り方について、こうした基本的なことを書いている資料を滅多に見ないのは、不思議である。WBSはプロジェクト・マネジメントの土台(Foundation)である。建物が土台の上に成り立つように、WBSの設計は、細心の注意が必要なのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-24 23:56 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

製品のグローバル、組織のグローバル、そして人材のグローバル

あるとき、西日本の食品メーカーを訪れた。製品は地味ながら有名で、関西で知らぬ人はおらず、関東でもちょっとしたスーパーならば必ずおいてある、そんなメーカーである。立派な上場企業だが、年商は数百億、製造業としては中堅規模だ。営業組織は全国にあるものの、工場は本社工場ですべてを生産している。工程の説明をしていただいてから、本社企画部門の方にERP導入プロジェクトの話を伺った。話の内容からきくと、会計系への導入は大丈夫だろう。販売と物流も、細かなことをのぞけばなんとかなるかもしれない。しかし生産管理は、そのパッケージでは無理だと感じた。でも、裏情報によると、米国帰りの二代目役員が言い出したプロジェクトなので、失敗は許されない--そんな話だった。失敗が許されないプロジェクトは、皮肉なことだが、リスクが非常に高い。その案件は結局そのままになった。

さて、話は(いつものことながら)急に飛ぶ。以下は伝聞である。とあるエンジニアリング会社を、英国の外交官の方が訪れたらしい。経営トップ以下おもだった役員が出てきて、ゆっくりと意見交換をされた。この方は日本に滞在中の数年間、いろいろな企業を回って意見交換と情報収集をしてこられたようだ。会議を終えたとき、「これまで多くの日本企業を回ったが、通訳を交えずに、役員の方々とじっくり議論ができた会社は初めてだ。」と感謝の意を表されたという。つまり、他の日本企業では通訳が必須だったし、ディスカッションもあまり内容がふくらまなかった、ということなのだろう。

ありうることだ、とわたしは思った。日本に大手のプラント・エンジニアリング会社は数社しかないが、どこも仕事の大半が海外向けである。そう言う状態が、もう25年以上続いている。英語でまともに交渉や議論ができなかったら、上のポジションにはあがれない業種なのである。しかし、そんな業種は日本では例外的だろう。

ところで、かりにそのエンジ会社に、アメリカかカナダの技術者が社員として雇われたとしよう。海外プロジェクトに従事している限り、設計文書も図面もメールも英語だから、仕事はいいだろう。同僚も一応、(上手下手はあっても)英語を話すはずだ。しかし会社からの通達や、伝票や、社則その他は、ほとんどが日本語であろう。その人は、“これでもグローバル企業なのか?”と文句を言うかもしれない。その問いには、どう答えるべきだろうか。

今や国境なきグローバリゼーションの時代であるとか、グローバル資本主義と国家資本主義の対立の時代であるとか、メディアはかまびすしい。「グローバル人材」をどう育てるかをテーマとした講演会や本の案内やアンケートも、ひっきりなしに来る。一種のブームであろう。ロールモデルとなっているのは、自動車会社や電機業界など、海外で生産・販売している大企業である。さらに、米国その他の多国籍企業も究極のお手本なのだろう。一流大学を出てから留学してMBAなどをとり、外資で活躍した経験のある横文字職業の方々が、そうした世界での流儀と苦心を披露される、という趣向である。

そこで、わが社もどうしたらグローバル化を促進することができるのか、などといった議論が、あちこちの役員会議室や経営企画部門で議論されている、のかもしれない。ブームに対し冷ややかでいられる日本人は少ない。問題を突きつけられたら、とりあえず何か回答を出さないと落ち着かないというものだ。

では、最初にあげた食品会社の例をちょっと思い出してほしい。このメーカーは、西日本のローカル会社なのだろうか? それとも全国企業だろうか。ここの製品がアジアその他、海外でたくさん売れていたら、グローバル企業と呼ぶべきだろうか。彼らはそれを、選んでなったのだろうか?

米国のビジネス用語では、企業の規模あるいは形態を、Statewide, Nationwide, Globalで分類することがある。これにならって、日本企業も「地方企業」「全国企業」「国際的企業」と呼ぶことにしてみよう。地方とは、東北とか九州とか関西とかいった単位である。そうすると、電力会社は(たとえ売上規模が世界トップレベルでも)地方企業という事になりそうだ。他方、小さな特殊ネジ部品を製造する中小企業があり、某有名スマートフォンに組み込まれて世界中に広まっていると、グローバル企業、いや国際的企業である、ことになりそうである。だとしたら、最初の食品メーカーは、全国企業だといっていいだろうか。

もっとも、論者によっては、「小さなネジ部品の製造業者は、自分で世界を相手にしているわけではない。グローバル企業の製品に使われているだけで、直接の取引相手は1社、そこの日本支社なのだから、国際的などとんでもない。マルドメ企業だ」というかもしれない。『マルドメ』とは、“まるっきりドメスティック”な日本の会社を指す、商社の隠語である。電力会社は、海外からLNGなどを輸入しているといっても、商社経由なのだから、多少のスタッフを海外に駐在させていようと、国際的企業ではない、という議論になりそうだ。では、最初の食品メーカーは、全国に営業網を持つから全国企業なのだろうか、それとも本社工場しかないから地方企業なのだろうか?

こういう風に議論が混乱するときは、何か違ったレベルの問題を、同じ論点に持ち込んでいないか疑った方がいい。この場合もそうなのだ。タイトルを見た読者諸賢はすでにご想像いただいたと思うが、グローバル化には、製品、組織、人材の三つの次元があって、区別して考えるべきなのである。製品というモノの国際化、すなわち国際市場での位置は、誰の目にも明らかだ。組織については、その企業が、競争力の『コア』と考える機能部分を海外に出しているかが、モノサシになる。人材も、そうだ。『コア』と考える人材のどれだけが国際化しているかが尺度ではないか。

日本の製造業の典型的な国際化のパターンは、次のようなストーリーだ。まず、製品が全国市場にいきわたる。それから、部分的な輸出がはじまる。性能と品質と価格のバランスが(為替の追い風もあって)適当なため、海外市場でも次第に競争力を発揮する。最初は商社経由の輸出だったが、やがて現地にも営業拠点の支社をつくる。営業はつねにローカルな行為だから、現地採用者が中心になる。さらに、保守やアフターサービスの仕事も必要になる。次第に現地法人はサイズが大きくなる。そのうち、為替が円高の向かい風に逆転する。安価な労働力を求めて、生産拠点もアジアの途上国に展開するようになる。あちこちで作って、あちこちに物流して販売する。だが、主たる技術開発も、初期流動(製造工程の量産化準備段階)も、そして経営戦略立案も、日本の本社が行う。これが現在のおおかたの姿であろう。

モノはすでに国際化した。組織は? もしその会社が、製造・販売や保守をコア機能だと信じているなら、組織レベルの国際化も達成である。そうでないなら、まだ30-40%の国際化かもしれない。人材は? それは分からないが、単なる国籍別社員比率で測れないことはお分かりだろう。

くだんの食品メーカーでは、製品企画と、製造(とくに味の調合)が競争力のコアである。だから、この会社は地方企業なのだ。ネジ部品のメーカーも、電力会社も同じだ。会社の大小にはかかわりない。

もっとも、すべての業種が、モノ→組織→人材、の順に国際化するわけではない。たとえば建設業、受託ソフトウェア開発、部品加工、物流業などは、原則として受注ビジネスであって、自分オリジナルの製品を持っているわけではない。こうした業種では、顧客の提示する仕様や基本設計があり、それを実現することで収入を得る。だから、顧客と対等に議論・交渉できる能力が問われる。そのためモノの国際化はすっとばして、いきなり組織のレベルからの議論になる。最初のハードルが少し高いわけである。

そして、人材だ。これも、コアの人材が問題で、彼らが自国以外の人とも対等な感覚で、協力して仕事ができるかが尺度になる。それは、組織のコア部分が海外に出ているから、必要なのである。社員全員が英語をしゃべれる、だけでなく、英語できちんと海外ビジネスを回せるかが重要だ。極端にいえば、別に通訳経由であっても、相手を不快にさせず、協力と敬意を受けることができれば、海外ビジネスとしては及第点である。逆に海外グループ企業に何万人かかえていても、“あいつらはいつでも取り替えがきく安価なリソースだ”と思っているなら、それはコア人材ではあるまい。コアでない海外組織には、ぞんざいな命令だって、通ってしまう。そのような意味では、世に言う欧米の多国籍企業だって、どこまで「グローバル化」しているのか、疑問に思うことがある。

それにしても、最初の食品メーカーは、まず組織での「全国企業」レベルを目指すべきなのだろうか? わたしは、決してそうは思わない。あの市場規模では、たとえ売上が倍になっても、営業マンと企画と技術と製造とが、本社でワイワイがやがや議論して製品開発を続けるので十分だし、むしろ賢明である。利益がきちんと上がっている限り、無理に東京に本社を出したり外国製のERPパッケージを入れて鼻を高くしたりする必要はないのだ。逆に、エンジ会社の社員がみな英語をしゃべるのは、国内プラント市場が'80年代後半に飽和縮小してしまったからである。生き延びるため、やむなく、外に出たのだ。

グローバル化は、その会社にとって必須の時がこなければ、実現しない。グローバル化それ自体が自己目的となっていたとしたら、それは問題の設定を間違えているのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-16 23:56 | ビジネス | Comments(0)

書評: 「TN君の伝記」 なだ・いなだ

「TN君の伝記」 (福音館文庫 ノンフィクション) なだ・いなだ著

本書は、今年読んだ中で最も感銘を受けた本だ。1976年発行の福音館文庫で、裏表紙には「小学校上級以上」と明記されている、子どもむけの本だ。漢字には、すべてルビがふってある。だが、これほどの読みごたえがある本は、近頃すくない。

本書は明治の思想家、中江兆民の自伝である。ただし文中では終始、「TN君」とだけよばれていて、中江の名前はどこにもない。でも、ルソー『民約論 』の翻訳家で、『三酔人経綸問答』『一年有半』などの著者だとあるから、誰のことかは分かる。

中江兆民の生きた「(19世紀後半の)50年間は、ながい歴史をもった人類が、大きく生き方を変えた、まがりかどのような時代だ」(p.13)との記述で、本書は始まる。鉄道、自動車、無線電信、電話の出現、病原菌の発見と注射器の発明。そして南北戦争、社会主義の誕生・・。これが背景だ。

その江戸時代末期に、かれは土佐の足軽の子として生まれる。古い身分制度の中の、奇妙な末席である。「明治維新のあと、戸籍がつくられたときも、足軽は士族にいれられなかった。卒族と書きこまれ、しばらくすると大部分は平民に格下げされてしまった」(p.16)ことを、わたしは初めて知った。

だが明治維新は、その下級武士、それも僻地の下級武士たちが主役であった。なぜそうなったのか。じつは黒船(外国軍)の襲来は、それまで僻地だった土佐を、太平洋防備の最前線に逆転した。それだけではない。それは(今日の製造業風にたとえるならば)『現場』の復権を引き起こし、砲術など現場技能のフォアマンであった下級士族たちが、有効な指揮のできぬ『本社』(お城の重役たち)との力関係の逆転劇を演じさせる契機となったのであった。

兆民はそんな中で長崎に留学し、坂本龍馬に出会う。自分も倒幕に参加したいとのぞむと、坂本はこう答える。「『革命家は商売とちがうのや。革命家は、世の中から、およびがかかって革命家になる。それまで、勉強していなされや』」(p.49)。その言葉通り、江戸に出て勉強し、さらに維新後の岩倉使節団に参加する。米欧を回り、とくにフランスに留学して帰るのである。

ところが、帰国した彼を待っていたニュースは、江藤新平の佐賀の乱、萩の乱など、いわゆる不平士族の反乱であった。それはやがて、西南戦争につながっていく。西郷たちの「勝てば官軍、負ければ賊よ」というスローガンは、かれらの行動が単なる懐古と不平の爆発だけではなく、政府の圧政的改革への抵抗権としての意義も含んでいる。「西郷は、忠臣などではない。反抗的人間だったのだ。ただ、明治維新では、反抗した彼が、たまたま勝ってしまっただけなのだ」(p.190)と兆民は評価する。

足軽の子に生まれた兆民らが、維新と世直しに期待していたのは、古い制度にしばられてきた生活からの解放の期待、自分たちのための日本をつくる事だった。それは多くの平民たちの望みでもあった。大久保や木戸など明治政府の権力者たちも、新しい日本をつくろうとはしていた。だがそれは新しくしないと、諸外国に対抗できないためだった。日本をヨーロッパ風の強国にする目的だと、すりかえられてしまっている。

このすりかえに、兆民は厳しい目を向ける。かれにとって、自由と進歩とは、車の両輪のようなものだ。自由とは「より進歩することでも文明開化することでもない。ひとりひとりが、より自己に目覚めることだ。だれもたよりにせず、だれに支配もされずに生きることに目覚めることだ」(p.163)。そうした意識の変革こそが必要なのだった。

西南戦争の失敗は、その変化を待ちきれずに起きたことだ。「その日が来て、その時が来ておこるのが革命だ。ではない。乱とよばれるのは、きたるべき時よりも前におこった革命だ。」(p.195)

西南戦争の後、暗殺された大久保利通を継いで内務卿の権力を握ったのは、伊藤博文だった。大久保よりも人望の劣る彼は、強権によって政治の混乱を乗り切ろうとする。批判的新聞の発行停止、天皇親政を進言した侍補の解任、政治集会の制限と監視。そして仕上げは、「軍隊を政府から切り離して独立させ、参謀本部が、すべての作戦の命令をだすことにした。参謀本部は太政大臣とおなじ力をもつ」(p.228)ことになった。こうして、憲法発布前に、すでにガバナンス体制の骨格が(つまりその後の日本の運命が)決められてしまったのである。

在野の兆民らは、自由民権運動を起こして政府の専制にブレーキをかけようとした。国有地払い下げスキャンダルで政治が混乱すると、切れ者の井上毅は、事態を収拾すべく、国会開設の詔勅を岩倉具視に進言する。「井上の頭の中では、天皇も、詔勅も、まったく政治の道具だった。井上は、自分では天皇の権威をまったく信じていなかった。だが、反対派の中にひそんでいる天皇の権威にたいする弱さを完全に読み取っていた」(p.278)。

こうして下された詔勅は、国会開設を10年後と定めた。だが、「十年後に国会をひらくという約束は、うらがえせば、今後十年間、政府に国会なしで勝手なことをやれといってるのも同然なのだ。」(p.266)と兆民は見抜く。しかし民権運動は板垣派と大隈派に分裂し、やがて改進党と自由党の政争として延々続き、その間に起きた日清戦争によって、世論はむしろ帝国主義へと傾いていく。そして奔走の果てに病に倒れた兆民は、余命の宣告をきき、ベストセラーとなった『一年有半』と、無神論を説いた日本初の哲学書「続一年有半」を書き残して、この世を去るのである。

本書は、西南戦争から日清戦争頃までの時代の日本を活写している。明治の中間期は、ある意味とても分かりにくい。この近代日本形成の中間期に、世の中に何が起きていたのかが、見事に描かれている。この本を読んでわたしは、なだ・いなだの作家としての力量に、あらためて関心した。なだは芥川賞候補最多回数という不思議な記録(?)をもつ作家だが、むしろエッセイストとして有名だ。わたしも、「トンネル」「れとると」など若い頃の中編、そして「カペー氏はレジスタンスをしたのだ」など短編集は読んだことがあるが、得意の精神分析的なシチュエーションを題材にした特徴はあっても、文章家だと感じたことはなかった。しかし、これはわたしの見過ごしだったのだろう。「TN君の伝記」は伝記文学の傑作とよぶにふさわしい、しっかりとコクのある大人の読み物である。司修の挿絵も、素晴らしい。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-13 23:00 | 書評 | Comments(0)

逆張りで成功した部下は、どう評価すべきか

マネジメントの一番中核の部分には、「人を動かして目的を達する」行為がある。人を動かす、というのがポイントで、自分自身で手を動かして何か成果物を生み出す行為は、マネジメントとはよばない。そして、マネジメントには客観的・計量的なテクノロジー(技術)が存在する、というのがこのサイトでずっと主張していることだ。それは具体的には、バックワード・スケジューリングだったりスループット会計だったりEVMSだったりする訳だが、いずれも対象業務分野に依存しない、汎用的なマネジメント・テクノロジー=管理技術に属する。

とはいえ、マネジメントが、“人が人を動かす”行為である以上、そこには必ずヒューマン・ファクター=属人性が入り込む。人間対人間の関係は複雑である。全く同じ事を同じ人に言っても、かえってくるアクションが違うのはざらで、真逆になることさえある。最近の脳科学者たちの主張によれば、人間の脳は『複雑系』らしい。複雑系は非常に多数の要素が絡み合った系で、個々の要素は単純な法則性に従うが、全体のふるまいはほとんど予測不可能だという。だとしたら、同じ事を頼んでも、相手のアクションが予測しがたい現象(家族間でさえ、いくらでも起きる)は驚くに値しないのだろう。

個人対個人のマネジメント的活動の中でも、一番むずかしくてやっかいなのは、『評価』ないし『査定』ではないだろうか。組織の中で毎期必ず巡ってくるが、まことに気が重くなるタスクである。自分が上司にどう評価されるかは、つねに気がかりだが、自分が部下を評定するのだって、頭痛のタネである(ま、世の中は広いから、大喜びでやる人だっているのだろうが)。

難しいのは、やむを得ず辛口な評価をしたときにも、相手がやる気を持ち続け、自分について来るようにようにしなければならないことだ。そのためには、日頃から機会を捉えて、評価の視点を教えつつ、自分が公平であることを伝えていかなければならない。

そこで、ちょっと考えてみていただきたい。あなたの部下ないし後輩が、あるシチュエーションで、ふつうの定石とは逆の手を打ったとしよう。あやうい、とあなたは一瞬思うが、意外にも結果は好転し、良いパフォーマンスを得られたとする。このとき、その部下or後輩を、ほめるべきだろうか、とがめるべきだろうか?

わたし達の仕事では、先の読みにくい不確定な局面がいくらでもある。合い見積で競合し、受注できるかどうかわからない時、外注先の能力に不安がある時、材料の市場価格に変動がある時、等々、いくらでも例は挙げられよう。そんなシチュエーションのいずれかを考えてほしい。もう少し条件を明確にして、その部下の行動は裁量範囲をひどく超えている訳でもないし、規則に反したのでもないとしよう。また、あなたの知らない情報を入手していたわけでもなく、ただ特段の客観的根拠なく、逆張りをしたのだった。

さらに言えば、そのシチュエーションでは、通常の行動と、その逆の行動は、統計的に60:40の比率で結果に表れるとしようか(あなたの会社はまともな会社なので、過去の経験値をちゃんとヒストリカルに集積・分析しているのだ)。それで40%の方を選択したのだが、結果としてはオーライだった。勘が良かったのか、あるいは単に運があったのだろう。これをどう評価するか。

ビジネスは結果がすべてだから、良くやったと賞賛する。あるいは、今回はツイてただけで、定石には根拠があるのだから従え、と叱咤する。どちらもありそうだ。さらに、結果については誉めておいて、やり方については叱る、という中間的な答えもあるかもしれない。いや、やり方には一応釘を刺しておくが、結果は大いに誉める、という順番もあろう。こうした評言はどれも、「結果を誉める」「方法を叱る」という二つの評価の混合である。誉めると叱るの『混合比率』が1:0か、0:1か、あるいは0.5:0.5、0.3:0.7などと表現できる。

さて、読者諸賢がどの答えをとられたにせよ、もう一問、たずねたい。もしも相手が部下ではなく、上司や、もっと上級のマネジメントだったら、どうだろうか。もちろん自分が査定できる立場にはないが、それでも評価はしたくなるだろう。飲み会その他のアンオフィシャルな場で。その時、部下と同じ評価をするだろうか? いいかえるなら、整合性の取れた評価の原則を持てるだろうか?

わたしの考えは、こうである。まず、仕事の方法(=プロセス)を叱らなかった場合、その部下は、次に同じようなシチュエーションで、どうするだろうか。やはり同じように、自分なりのカンで動くにちがいない。次にまた逆張りをして、今度は失敗に終わったら、どう評価するか。あるいは逆張りで、またうまくいったら。この人が、通常の定石よりも良いパフォーマンスを出せるという事を示すためには、何回トライアルを許せばいいだろうか。ま、2回や3回でないことはお分かりいただけよう(情報量基準という手法を使うと何十回必要か計算できるが、ここでは略す)。

また、もし仮にこの人が、通常よりも良いパフォーマンスの持ち主だったとしても、その根拠を「カン」以外で示せなかったら、まったく属人的で、組織では共有不可能な能力だ、ということになる。またその能力が、別のポジションで、別種のシチュエーションでも通用するかどうかの保証もない。つまり、「方法」というのは、誰がやっても安定したパフォーマンスを示せてこそ、組織にとって価値があるのである。たとえ確率60:40でも、『定石』にはその価値がある。結果は、そのときどきの良しあしがあるだろう。しかし長期的には、良い結果が多くなっていく。言いかえれば、プロセスとは長期的な成績の評価なのだ。他方、「結果を誉める」のは、短期的な成績評価だと考えられる。

さて、組織のピラミッドで、短期的な結果を最も求められるのは誰か? それは経営者であろう。四半期毎に良好な業績を示さないと、株価下落や、株主総会での非難を受ける。一方、短期的な成果を最も求められないのは、新入社員である(仕事の全体像を知らないのだから当然だ)。新人にはまず、規則と常識的プロセスに従う事を教える。そして、組織の序列を上がって行くにしたがい、評価軸はプロセスから結果へと比率が移っていく。経営トップは、結果のみだ。それはちょうど、仕事における裁量範囲(自由度)に一致している。トップは原則として最大の裁量を持っているのだから、それで万全のパフォーマンスを上げられるはずだ、という理屈になる。図にすれば、次のようになるはずだ。

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だから、最初の問題に戻れば、あなたの部下が組織内のどのポジションに位置するかによって、「結果を誉める」「方法を叱る」の比率を変えるべきだということになる。もし、まだ下の方のポジションだったら、“自分の直感ではどう感じたにせよ、60対40の確率の時には定石を迷わず選べ”と諭すべきだ。それが、フォームを持つ、という事だ。また逆に相手が上司だったら、結果による評価の比率がずっと重くなるはずだ。

もちろん、これはわたしの意見である。こうした人事評価の問題には、いろいろな意見があるだろうし、確定的な正解というものはないと思う。ただ、この評価のブレンド比率が上下で逆だったら(次の図参照)、なんだかおかしいと感じる人が多いのではないか。つまり、どんなひどい結果が出ようと、トップは批判されずに済み、一方、下の者ほど、短期的な結果で尻を叩かれる、という組織である。これに比べれば、最初の図の方がずっとましな混合比率だとわたしには思える。

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わたし自身は、経営トップが100%短期的結果だけで株主から評価されるのも、少しアンバランスだと考える。株主にだって、会社の長期的なパフォーマンスを見る視点をもってもいいではないか。現在の株式市場が、もし短期だけの浮動的論理で動いているのだとしたら、それは市場が自分自身の首を、少しばかり絞めているのではないかと感じるのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-08 23:12 | ビジネス | Comments(0)

不稼働損という名のダウン・スパイラル - 原価を下げると赤字が拡がる謎

ビジネスの世界では、ときどき常識では理解しがたいことが起きる。前に書いた『黒字倒産』という事象もその一つだが、もう一つ訳が分からないのは、原価を下げて黒字受注を続けたのに、会社が赤字に陥るケースである。しかも、“これはマズイ”と思ってさらに原価を下げる努力をすると、もっと赤字幅が増えてしまう。もちろん売値は下げていないのに、である。それは『不稼働損』という名のダウン・スパイラルだ。いくつもの日本企業(それも立派な大企業)が、この病に陥っているように見受けられる。いや、米国でもかつて多くの製造業がこれを経験し、その結果衰退した会社も少なくなかったと想像される。今回は、これについて書いてみたい。

単純化した例で説明しよう。今、ある企業の主力製品Aは、定価が25万円で原価が20万円だ、というケースを考える。原価のうち、製品1個あたりの標準の材料費が10万円、労務費が3万円、製造経費が3万円で、つまり製造原価が計16万円である。そして販売管理費は1個あたり4万円の勘定だったとしよう。このベースで製造し、25万円で販売すれば、製品あたり5万円=20%の利益を得る。販売競争でたとえ1割値引きしても、まだ2.5万円の利ざやが残る。

もちろん、この原価は標準的な予定値で、実際には材料の仕入れ単価にも、労務の工数にも、毎回変動があるわけだ。ただ、毎日それを計算して、棚卸資産額の増減を微調整するのは面倒だ。そこで、期中は予定原価で出納管理を行い、期末になってから、最終結果を実際原価に置きかえる。これを原価差額調整とよぶ。予定原価に比して実際をどうおさえるかが、コスト管理のカギである。逆に、原価差額を計算しないような企業は、「予定原価」による管理もできていない、ドンブリ勘定の会社だと考えられる。

ところで、公認会計士の高田直芳氏の「大企業が“正しい決算書”を作らない理由」 という記事によると、東証1部上場で製造原価明細書を作成している1218社のうち、何と98.4%(1199社)の企業が、原価差額を表示していない。つまり、きちんと製品別の予定価格を決めたコスト管理をせず、実際の結果を集計しただけの『ドンブリ原価計算』になっている、というのだ。「それ故に、ジェットコースターもどきの業績推移に苦しんでいるのだろう」とまで高田氏は論じる。では、原価差異とは、具体的にはどのように決まるものだろうか?

上記の、製品1個あたりの製造経費3万円、という項目の中には、以前述べた“見えないお金の流れ”である減価償却費が入っている。たとえば製品Aを1個作る工程の最初の方で、高価な表面加工機械Zを3時間ほど使う必要があったとしよう。加工機械Zは年間に2000万円の償却費がかかる。稼働日あたりに直せば、日額約8万円だ。8時間稼働の工場なら、時間あたり1万円である。だから機械Zを3時間占有すれば、3万円が製造経費としてチャージされる計算になる(話を簡単にするため、他の製造経費は無視できるとする)。

さて。期末になった頃、ちょっとこまった事が判明した。高価な加工機械Zが、今期はフル稼働していないのだ。昨今の不況のため、販売数量がふるわなかったからである。記録からすると、年間に1,200時間しか使われていなかったことが分かった。稼働率=60%である。では、この時、製品Aの実際原価はどうなるのか?

加工機械Zが年間2,000時間フル稼働する予定で、1時間あたり1万円という製造経費を決めていた。しかし、60%=1,200時間しか動かなかったわけだから、1稼働時間あたり1万6667円、3時間あたりで5万円という事になる。つまり実際原価は1個あたり2万円も上がってしまったのだ。

実は労務費にも、同じような問題が発生する。労働者も、同じように稼働率を計算する事ができる。年間の労働時間を2,000時間、そして平均の人件費を400万円としよう。時間あたりの賃率は、単純に計算すると2千円だ。だが、これはフル稼働した場合の計算である。製品Aのほか、BもCもふるわなかった。そのため、労働者が直接、製造作業にたずさわった時間は、製造日報等から集計すると、一人あたり平均1,500時間だった。稼働率=75%である。そこで工場長はやむを得ず、設備保全や改善活動や清掃などに時間をふり向けていた。

ちなみに工場は、販売(受注)数量が予定よりふるわないからと言って、すぐ簡単に人減らしができる訳ではない。労働慣行上の理由ももちろんあるが、また販売量が復活したときに、訓練済みの労働者がいないと、すぐ増産できなくなるリスクもあるからだ(欧米では日本と違い、企業は簡単に従業員の首を切ると思っている論者もいるようだが、それは誤解である)。

さて、稼働率から計算すると、労務費の実際の単価は時間あたり2,667円。製品Aは全部で15時間かかるから、実際労務費は3万円ではなく4万円ということになった。つまり主力製品Aの実際の製造原価は10+4+5=19万円となり、販管費4万円を加えると競争環境下(売価22.5万円)では赤字になるとのレポートが、会計部門から工場長に上がってきた。大変だ! 

では、どうすべきか。とりうる対策はいくつか考えられる。まず、稼働率の低下が問題の原因だから、稼働率を上げるという方法はどうか。つまり、加工機械Zが遊ばないよう、製品Aを作り続けるのである。在庫が増えるが、いつかは売れるだろう、ウチの主力商品だから・・

賢明な読者は、これでは赤字を拡大するだけだとお分かりだろう。在庫にお金を寝かせるだけでなく、在庫費用と陳腐化リスクの形で、追い銭を払うのも同然だ。

加工工程を、もっと安い業者を見つけて外注する事が解決策かもしれない。そこで数社に引き合いをとって見たら、材料費+表面加工費で15万円、という見積が一社から上がってきた。現在の実際原価から言うと、材料費10万円、加工機械Zの経費5万円、表面加工の労務費8千円(2,667円×3時間)で、合計15万8千円だから、安いではないか! 1割引で売っても、わずか3千円ながら黒字に戻る。そういう訳で、外注に出す事にした。

ところが、表面加工を外注に出したら機械Zは全くの不稼働になるが、減価償却費2000万円がなくなる訳ではないのだ。同様に、その工程分の労働時間が減っても、労働者の賃金総額が下がるわけではない。他方、外に出て行くお金は、製品1個あたり10万円から14万円に増えてしまった。だから、原価を下げたはずなのに、実は赤字が拡大していくのである。

どうしてこのような事が起きるかというと、減価償却費や労働者の賃金といった固定費を、稼働率に応じて各製品の原価に配付しているためである。一般に次の式で計算する。

       固定費
配賦原価=-----×標準作業時間
      実稼働時間

      固定費  標準作業時間
    =-----×------
     総稼働時間  稼働率

この式から分かるように、稼働率が下がると、配賦される原価は大きくなる。原価が上がると、価格競争力が落ちて、製品は売れなくなる。するとますます原価が上がってしまう。安価な外注で原価を下げようとしても、実は外に出て行くキャッシュフローが増えるだけなので、会社全体では赤字が増えていく。このような不稼働による損失の増大こそ、まさにダウン・スパイラルを生む理由なのである。

同じような事は、SI=システム・インテグレーションの業界でも起きているはずだ。受託システム開発の業界は、建設業会計に準じて、マンパワーの稼働率から人月単価を計算している。不稼働だと、原価が上がる。そこで営業マンは、単価の安い開発外注やハードの外部仕入れを推し進めるようになる。社内に人が余っているのにもかかわらず、である。そして、製造工程をオフショアに外注しはじめると、結果として日本国内ではどんどん要らない人=失業者が増えていく。そのことが、さらに景気の低下を招いていく。

現在の原価計算の方式は、作れば売れた高度成長期の時代に生まれた。しかし低成長時代には、稼働率の変動が原価に響きすぎる。そして、稼働率の想定ほど、今の経済状況でむずかしいものはない。先の高田直芳氏は、上場企業が原価差額を表示した“正しい決算書”を作らない本当の理由は、差額が大きすぎて投資家の信頼を損ねることを恐れるためだろう、と書いている(税法では1%以内の原価差額ならば差額調整は不要としているが、それは製造業では至難の業である)。

このダウン・スパイラルを脱する方法は、非常に簡単だ。原価が稼働率に左右されるということは、じつは製造原価は製造側だけでなく、営業政策でも上下することを意味する。だから低稼働時には多少安値でも仕事量を確保し内製率を増やせば、原価は下がり利益が出る。逆に、見かけが安いからと外注を増やし稼働率を下げたら、赤字が増えていく。経営者や中間管理者は皆、この原価計算方式の利点と欠点を理解するべきである。さらに変動費原価管理やスループット会計などの手法を併用するのも良いだろう。コスト・エンジニアが、会計部門の出した原価数値をそのまま鵜呑みにするほど、危険なことはないのだ。そして、そんなことは会計部門自身、望んでいないはずなのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-01 23:24 | ビジネス | Comments(0)