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海外プロジェクトの変化と、契約意識という不可視のハードル

ドイツの山の中の道路で運転していた。追越し禁止の地点だったが、反対車線の前方から来る車がないので追越しをかけたら、ちょうど警官がいて制止された。いわく、
「おまえはいま追越禁止だということを知っていたはずだ」
--しかり。
「なぜ追越したのか」
--前の車がのろのろ走っているし、対向車が来ないのが分かったから追越したのだ。
「追越禁止が黄色の線で表示されていたのだから、規則違反である」

自分の車には、外国人短期滞在の免税車であることを示すナンバー・プレートがついていた。訪問客であることは分かるだろう。そこで、誠意を持って鄭重に、
--まことにすみません。もう今後は違反しないように注意します。
と謝ったのだが、警官は、
「今後こういうことをしてはいけない。25マルク(当時)支払いなさい」
と罰金の支払いを要求する。しかたなくその場で罰金を支払ったら、警官は印刷した受取りをくれて、こう言った。
どうも有難う。旅行のご多幸を祈ります。」

これは法学者の川島武宜が、大塚久雄・土居健郎との鼎談「「甘え」と社会科学 (1976年) (弘文堂選書)」(1976)で紹介しているエピソードである。ドイツの警官がいかに石頭か、という笑い話としてでは、もちろん、ない。西洋社会における『法』意識の好例として、である。最後に警官が「有難う!」と礼を言っている点に注意してほしい。法律から見たマイナーな異常状態(conflict)が解消され、相手との共通理解に達したことを嘉したのだろう。

精神医学者の土居健郎は、受けてこう言う:「私も似たような経験をアメリカでしましたが、その時何か言いわけをしようとしたら、文句があるなら何月何日裁判所へ出頭しろと言われました」。この対応に、土居も意外に思ったわけだ。でも、個々の警察官に解釈や運用の裁量は無い。それを持つのは裁判官なのだ。そこで川島は、法学者らしく纏める:「日本では、『すみません、今後は致しません』と鄭重に謝っているのに機械的に法律を適用して罰すると、『融通のきかない石頭』と非難される。悪いことをした子どもがすみませんと謝ったら、母親は『いい子だ、いい子だ』と許してくれる。法律もそうであるはずだ、と国民は期待し信じているのです。だから、法律は『伝家の宝刀』だ、といわれるわけです」(前掲書 p.150)

これは今から35年も前の本である。今日では、日本人の法意識も大いに進歩して、西洋並みの水準に達した、と期待していいだろうか? わたし個人は、疑わしく思う。そもそも社会と法の関係は、“進歩する”とか“西洋の水準”といった一軸的な尺度で議論する問題ではない。「法は運用の妙にあり」という金言は、今もわれわれの社会で立派に生きている、と思う。これは、道交法などの違反事例でなく、民事契約における紛争(conflict)解決を見た方が分かりやすい。

企業間契約だとか雇用契約などの争いは民事であって、警察は介入しない原則だ。仕事が遅れて、契約納期に間に合わなくても、揉め事は原則としてまず当事者で解決にあたらなくてはならない。それでも、どうにも対立が解けないとき、どうするか。双方が法的代理人を立て、自らの正当性を論証しあう争いになる(dispute)。そのとき、基本になるのは契約書に書かれた権利と義務の関係である。自分はこれこれの義務を果たしている。よって、かくかくを請求する権利を有する。それを調停者や法廷の前で主張していく。

では、たとえば、一括請負で受託した仕事が、基本設計を終えた段階で、予期しなかった外部環境の変化や、外注すべき資材・サービスの相場上昇や、度重なる顧客の気まぐれによって、当初の予算をかなりオーバーすることが分かったとき、どうすべきか? (1) 外注先に思い切った値切り交渉をする、(2) 安価な外注先を新規に探す、(3) 顧客に予算の追加をお願いする、(4) 自分で損失を引き受ける、の4種類の選択肢の中で、どれを選ぶべきか。

わたしはこの問いを、マネジメントに興味を持つ企業人や大学院生に対して、機会があるごとに何度も発してみたが、答えはいつも大多数が「(3) 顧客に予算の追加をお願いする」であった。残念ながらこれは、通常の請負契約の論理から考えて、とうてい論証が困難な主張である。たとえば、外部環境の変化が予見できる範囲かどうかは、不可抗力条項などの形で、契約に書かれている「はず」である(それが無かったら、サインする前に契約に追加するよう要求しなければいけない)。資財・サービスの価格上昇も、普通は請負側がそのリスクを提示価格に見込んでいる「はず」である。もし急上昇の懸念が高いなら、あらかじめ契約書の中にescalation条項を入れるよう、主張しなければならない。そして顧客の気まぐれだって、個々のメールや打合せ議事録などの記録で、トレーサビリティを証拠立てしないかぎり、水掛け論に終わるだけだ。

それでも多くの人が「予算追加のお願い」を選ぶのだとしたら、それは、顧客に謝って泣きつけば、少しは面倒を見てくれるはずだ、と期待しているからだろう。そのような経験を、過去してきたのかもしれない。「今回は無理だけれど、じゃあ、次回の仕事で何とか見てあげよう」と言われるような継続的関係があるのかもしれない。逆に言うと、上記のような不可抗力条項やescalation条項を、契約書に入れようと主張しても、顧客がうんと言わない事情(「なんだ君、そんな水くさいこと」と一蹴される)を示しているのではないか。そもそも紛争が起きたとき、準拠法や所轄裁判所を明記する代わりに、「双方誠意を持って対応する」とだけ契約書に書いているのではないか(わたしは外国の契約で、このような『誠意条項』を見た覚えがない)。

だとすれば、顧客も請負側も、同じ意識の中に生きているのである。それはつまり、法的紛争は『伝家の宝刀』で、機械的に契約書の文言を適用するのは『融通のきかない』態度だ、という考え方である。

そして、このような法に関する意識・社会通念は、日本社会を一歩外に出たら、殆ど通用しなくなることを忘れてはいけない。経産省が少し前にまとめた「日本の新成長戦略」では、新興国に対するインフラ・システム輸出などが、成長力回復の切り札として位置づけられている。それはそれで、結構である。しかし、日本の優れた技術力とものづくりの成果を海外に持っていくとき、我々の伝統的な法意識や契約観念を、見えない付属品として持っていけると思ってはならない。大手ゼネコンの近年の海外失敗事例を見れば分かるように、怪我のもとである。

日本企業にとっての海外プロジェクトをふり返ってみると、'70~80年代の消費財輸出からはじまった。優秀・高品質な製品力と、円安による競争力に支えられたあの時代は、「売ってあげる」型の輸出であった。作れば端から売れていった。

それはさらに'80年代後半~90年代前半のバブル時代における、不動産投資・企業買収・営業所開設・工場建設などの波につながっていく。自らが起案し、自分が買い手(顧客)である、非常に強い立場であった。

ところが2000年代に入ると、海外とのつきあいは、海外調達・部品製造外注・オフショア開発などが主体になってくる。これは自発的と言うよりも、対応のためやむなく追いかけるタイプの海外プロジェクトだった。それでも、自分が買い手の立場にある点は、まだ強みだった。問題は2010年代以降の、今日だ。インフラ/システム輸出は結構だが、これは結局、「買って下さい」型の輸出である。

このように、日本にとっての海外プロジェクトは、バブル期頃までの「強い立場」・「先進国相手」・「売ってあげる」型から、2000年以降の「弱い立場」・「新興国相手」・「買って下さい」型に、明瞭にシフトしてきてきた。だから、バブル期までの過去の『成功体験』は使えないのである。

過去の成功体験とは、すなわち、こちら側の法意識や慣習で相手を動かしてきた体験である。これは、かなり強い立場だったから可能だったにすぎない。今や、「対等の立場」に降りてきたわけだ。対等とは、すなわち、相互に理詰めで議論し、相互に合意することが求められる「水くさい」関係である。好きか嫌いかは別として、わたし達が海外を目指すなら、超えなければいけないハードルは、そこにあるのだ。
by Tomoichi_Sato | 2012-07-30 23:13 | リスク・マネジメント | Comments(0)

データと情報はこう違う

わたしの先輩にあたる建築家が、ある時、海外出張から帰ってきてこうつぶやいた。「商社さんって、情報はたくさん持ってるけれど、データは持っていないんだね。」

ふつう建築家というのは、顧客からの漠としたニーズをきいたら、すぐ自分の“感性”で建物のデザインに走る人たちだ。でも、この人は少し違っている。デザイン的にも優れた感性の持ち主なのだが、「設計するときには、なぜそういう設計でなければならないのか、説明できる論理が必要」と、日頃から主張されている。つまり、論理に裏付けられた『設計思想』を、まず文章(あるいは絵で)つくる人なのである。

この人が、中国のある都市で計画を立てることになった。産業化を軸とした都市計画だが、広いエリアなので自由度がある。そこで、この地域はどのような産業に発展のポテンシャルがあるかを、まず考えてみたらしい。都市なので第一次産業主体ではないし、第三次産業(サービス系)が主役になるにはまだ都市の発展段階から見て時間がかかる。当然、製造業が中心になるだろう。そこに、米国のIT企業が進出して、一大製造拠点を設立中という情報が出てきた。現地の理工系大学とも提携するらしい。電子分野を中心としたハイテク産業がこれから伸びるのではないか、そんな観測が飛び交った。

ところが、出張先で現地を歩き、日系の商社と話してきたその建築家は、浮かない顔をしていうのである。「どこの企業がどの地区に進出を計画しているとか、市で権力を握っているのは書記の誰だとか、商社はそうした情報はたしかに詳しい。でも、この地域がどういう人口構成になっている、どんな産業がどれぐらいの比率で地域経済に貢献している、そういった話になると感覚論しか出てこない。そういう目でデータを集めていないみたいですね。」

この人が興味を持っているのは、その都市が本当に知識産業を柱に発展できるのか、そうだとしたら、新たに開発する地区にどういう空間構造を作ることが望ましいかか、だった。製鉄所や石油コンビナートと違い、知識産業では働く場所の人口密度が三次元的に高い。そこにどんな動線の軸が必要になるか、また人と人との「出会いの場」をどう空間的に生みだすか(これがアイデアの創発にはたいへん重要となる)がポイントになる。しかし、そもそも、そんな産業を期待していいのか? つまり、「その市の知的ポテンシャルの高さを知りたい」--これが彼の問題意識なのだが、たしかに難問である。

そこで、わたしはその人と連れだって、マーケティング・データバンクを訪問し、所蔵する関連資料を片端から借り出して目を通すことにした。(ちなみにマーケティング・データバンクというのは日本能率協会がやっているサービスで、マーケティングに関連する各種統計・白書・調査報告・新聞雑誌記事等々を所蔵するとともに、会員企業が「今後5年間の燃料電池の市場規模を知りたい」とか調査員に質問を出すと、短期間の内に関連資料を並べて教えてくれるという便利な仕組みである)

先輩はそこで分厚い統計資料の数字に目を通していたが、あるとき急に身を乗り出すと、「佐藤さん、面白いデータがある」と言い出した。それは、地域別に見た特許出願数の表だった。彼はそれと、地域別人口の数字とから、簡単に電卓で人口あたりの特許出願数を割り出してノートに書いていった。

「わかりますか。中国では先進的地域といわれる上海あたりと比べて、ここは二桁くらい低い。研究開発はまだまだ弱いのです。とても、知的創造で経済を引っ張れるレベルじゃない。当面、この地域がよって立つのは、単なる受託製造業ですよ。量は多いでしょうが、言われたモノを作るだけです。じっさい中国じゃあちこちで『知識城』といったネーミングの都市計画が流行っていますが、こうやってデータをおさえないと、本当のことは見えてきません。」

データというのは、定型化された数字や文字の並びで、それ自体は無味乾燥なものだ。統計書だとか、時刻表だとか、新聞の株式欄だとか、図書館の目録などが典型的なデータである。むろん、時刻表で旅行を夢見るロマンティックな人もいるだろうし、株式欄で一攫千金の夢を破られたプラグマティックな人もいるだろう。しかし、そうした感情、あるいはその人にとっての『意味』は、読み手が自ら心の働きの中で生み出したものだ。データ自体は中立で、とくに意味を持たない。

他方、情報とは不定形であって、大事なことはその形式ではなく、持つ意味内容そのものである。どこの市ではどの書記が権力を持っている、あるいはどこの会社ではどの資材部長が発注権限を持っている、といった情報は、それを知らずにいる者とは、明らかなパワーの差を生みだす。そうした観点からいえば、情報はデータよりも上位にあり、より高い価値をもたらすと言っていい。

ならば、かの建築家氏はなぜ、「彼らは情報は持っているけれど、データはないね」と、批判的にいうのか。それは、単発的な情報だけでは、適用範囲がひどく狭いからだ。A社の発注権限はX氏が握っている、という情報は、別のB社でY氏がもつ権限の判断には、使えない。ところが、もし人口データと特許出願数データの関係がわかれば、他の地域の評価にも同様に使えるだろう。あるいは日本や米国の都市データとの比較から、産業構造の発展ルートについての洞察も得られるかもしれない。つまり、データは推定や予測などへの適用範囲が広いのである。

もちろん、“はたして特許出願数がそこの住民の知的レベルを表す適切な指標と言えるのか?”という疑問はあり得よう。とはいえ、そこから生まれる議論は、ならば先進国のいろいろな都市のデータでも同じ傾向が見えるのか、とか、このデータから推定できるのはどの範囲までなのか、といった、検証可能で実際的な論点になるはずだ。他方、もしデータ無しの場合、“この地域の中国人は、上海や東京やサンフランシスコに比べて知的かどうか”といった、堂々巡りで決着のつかない感覚論しか生まれまい。

別に商社を批判するつもりは毛頭無いが、営業系の人たちは、えてして『情報の森』の中に居ながら、『データを読み取る』習慣が薄いように感じる。これは、理系文系という資質の差よりも、営業という仕事自体が、人と人のつながりの情報に大きく依存しているためであろう(製造系の人間は、数量だとか統計的品質だとかに慣れているので、データにもう少し敏感になる)。

それでもたとえば、毎日の名刺交換の結果、次第に手元にたまってくる名刺情報を、ちょっと表に入力してデータ化してみるだけでも、ずいぶんと気がつくことが増えてくるはずだ。あるいは、毎月の商談の進み具合や勝率について、数字でとらえてみれば、いろいろ面白いことが分かるはずなのである。販売管理システムの入力データだって、単に受注伝票や売掛金計上に処理して終わり、とせずに、「宝の山」と考えて分析しようとするセンスが必要なのだ。

いや、こうしたデータから意味を読み取る作業自体を「センス」の問題にしてはいけない。それは、少し訓練すれば身につく「スキル」なのだ。そして、情報とデータの差にもっとも自覚的なIT分野の人こそ、こうした社内スキルを引っ張るべき立場にいるはずなのである。


<関連エントリ>

「『ITって、何?』質問2: ITを理解している人を見分けるにはどうしたらいいの?」

「『ITって、何?』質問3: 情報技術という言葉はどこからきたの?」

by Tomoichi_Sato | 2012-07-24 23:25 | ビジネス | Comments(0)

世界の天然ガス資源と、日本のチャンスを考える

先日、社内の勉強会で若手から、「アメリカのシェールガス革命のおかげで、天然ガス価格が安くなったと言われているのに、日本はなぜLNG(液化天然ガス)を高値で輸入しているのか」という質問を受けた。もっともな質問である。米国における天然ガスは"Henry Hub"と呼ばれる価格が示準となっているが、今年に入ってからはずっと$2~$3/MMBTUである(MMBTUというのは発熱量の尺度で、天然ガスは熱量単位で売買される)。

一方、日本は今年5月の一ヶ月間だけで700万トン以上のLNGを輸入したが、それに支払った金額は5,000億円と言われている(International Oil Daily紙による)。これを熱量単位にざっと換算すると、$17~$18程度だ。米国の市況の6倍以上である。「天然ガスという商品は、買う場所によって値段が違う。全世界一律の価格がある訳ではない」とわたしは若手社員に答えたが、今ひとつ納得できない顔をしている。まあ当然であろう。“買う場所”というよりも、より正確に言えば“買い手によって”値段が違うのだ。その買い手がどこの国の、どんな企業であるかによって。

石炭、石油、天然ガスは世界の主要なエネルギー源だ。化石燃料と呼ばれ、いずれも化学的には炭化水素(CnHm)類で、燃やすとどれも二酸化炭素と水になる。石炭、石油、天然ガスの主要な違いは、炭素と水素の比率の違いである。炭素を1とすると、水素は石炭では1以下、石油なら2程度、天然ガスは4近い。その差は、物理的には固体・液体・気体という状態の違いとしてあらわれる。ついでにいうと、硫黄分や窒素、灰分や重金属などの余計な不純物は、固体や粘度の高い液体の方が取り込みやすい。だから、燃やしたときのダーティさは、石炭>石油>天然ガス、の順になる。熱量とクリーン度の点では、天然ガスが一番なのである。

ところで、サプライチェーンの観点で言うと、商品はその運びやすさ・保管しやすさが重要である。この点、ばら積みがきく石炭はもっとも楽だ。石油は液体だからタンクやローリーが必要になる。一番始末に負えないのは天然ガスである。保管にはボンベや球体タンクを使うが、体積ばかりとる上に、安全にも細心の注意が必要だ。だから運搬の主要な手段は、パイプライン=配管ということになる。そして、輸送手段としてのガス・パイプラインは、一度敷設してしまうと、そう簡単にルートを変えられない不自由さがある。維持を含めて金もかかる。トラックでどこへでも運んでいける石炭とは大違いだ。

読者諸兄は「ナブッコ・パイプライン」という計画をご存じだろうか。東トルコの都市エルズルムを基点に、東欧経由でオーストリアまでつなぐ一大ガス・パイプラインだ。カスピ海沿岸の天然ガスを、ロシアを経由せずに欧州まで供給する予定になっている。現在、欧州はエネルギー源をロシアからの天然ガスに大きく依存しており、その依存度を下げたい思惑と、資源開発をしたいカスピ海沿岸国の願望が一致した形だ。カスピ海沿岸は最近、中東につぐ第二の石油ガス資源地帯として脚光を浴びつつある(もともと中東で石油が見つかる前は、アゼルバイジャンが石油産地として有名だった)。

さらに最近では、黒海に位置するルーマニアのNeptunで、大規模な天然ガス資源が発見された。黒海における天然ガス資源の発見は、現在ロシアからの輸入に頼っている旧東欧諸国のエネルギー地政学を変える可能性がある。

さて、そうすると困るのはロシアである。ロシアはこれまで、半独占的供給者の強い立場から、欧州向けには約$12、CIS諸国向けには約$10という高い価格でガスを売ってきた。パイプラインの輸送費・維持費を含むとしても、ずいぶんふっかけた値段だ(自国内向けは約$3で売っている)。知ってのとおりロシアは世界第2の産油国で、国内産業基盤が脆弱なため、石油・天然ガスの輸出で国家経済が成り立っているといっても過言でない。この国が'90年代の低迷から多少なりとも回復したきっかけは、2003年頃からの原油価格上昇だと考えられている。

もし欧州という有力市場がこれ以上伸びないと、どうすべきか。ロシアが試みているのは、一つは北極圏の天然ガス、もう一つは東シベリアの天然ガス開発である。北極圏、たとえばヤマール半島などの僻地は、資源量は大きいが、従来はこれをうまく輸送する手段がなかった。ところが、近年の地球温暖化の影響で、北極海の航路が新たに現実化してきた。そこで、彼らは液化してLNGにして、米国に売ることを計画したのである。極寒地でのプラント建設と液化輸送で、かなり高価なものになりそうだが、それでもエネルギーの大消費国アメリカの懐を当てにしたのである。

ところが、あにはからんや、その米国ではシェールガス革命と呼ばれる技術革新によって、突如として天然ガスの純輸入国から、輸出国へと変貌することになった。すでに隣国カナダは、従来パイプラインで米国に販売していたガスの輸出量が減ったため、売り先を新たに探しつつある。ロシアも同じように、新たな販売先を見つけなければならない。

ロシアも、カナダも、最も有望な消費国として見込をつけているのが、わが日本と韓国なのである。なにしろこの両国は、合計すると全世界のLNGの4割以上を輸入している。日本は島国だし、韓国だって地政学的に見れば島国同然である。どちらもLNG船での輸入に頼っている。

ちなみに、液化天然ガス『LNG』という商品を、世界で最初に実用化したのは、オイルメジャーのシェルであった。1970年代、東南アジアのブルネイでのことである(その液化プラントを設計・建設したのは、わたしの勤務先だった)。輸出先は、日本である。LNGは、液化→輸送→気化の三段階でそれぞれ複雑な設備が必要だし、各段階でエネルギーを消費してしまうので、パイプラインよりは単価が高くなる。それでも、ずっと輸送上の自由度が大きい。なにより、これで島国である日本市場にもアクセスできる。まことに見事なビジネス開発であった。

爾来、日本・韓国はLNGを積極輸入してきている。日本のLNG需要の7割は、都市ガスではなく火力発電用である。総括原価方式をとる日本の電力会社は、金払いも良いことで知られる。そのせいかどうかはしらないが、LNG取引価格は石油価格と連動する、という契約条項が、この業界では慣習化した。だから日本のLNG輸入価格は今でも高価なのである。

ロシアも、カナダも、そしてアメリカも、今や極東市場への天然ガス輸出を大きな国家的取り組みと考えている。カナダの場合、産ガス地帯から西岸にパイプライン輸送し、液化してLNG化するしかない。米国は産ガス地帯がメキシコ湾岸のため、パナマ運河の制約でLNG船を通しにくかった。だが現在、運河の拡張工事をしており、これが完成すれば大量に運べるようになる。もっとも米国には1930年代に成立した古い法律が残っていて、自由貿易協定を結んだ国でない限り、天然ガスを自由に輸出できない。だから日本は今のところ不利である。

そしてロシアは? 彼らには、二つの方法がある。一つは、東シベリアのガスをパイプラインで太平洋岸に輸送し、ウラジオストックで液化して、日本、韓国にもっていく方法。もう一つは、パイプラインで直接、韓国にもっていく方法だ。日本にもサハリンからパイプラインを引きたいだろうが、こちらは北海道沿岸の漁業権(=既得権)交渉などの手間のため、あまり現実的な選択肢ではないと考えられている。

もっとも、韓国までパイプラインを引くためには、当然、北朝鮮を通さなければならない。公式にはいまだに交戦状態にある韓国は、この計画を認めるだろうか? 建設投資、そして輸送費などの形で、かなり敵に塩を送ることになるはずではないか。

意外に思われるかもしれないが、韓国側はこの話に乗り気のようである。議論はあるようだが、結局、彼らは北朝鮮政府は憎んでいても、同じ民族が飢えて死ぬのを見たくはないのだ。だから、エネルギーと防衛の二重の安全保障の意味で、この計画に乗りそうである。もしパイプライン計画が選ばれれば、ウラジオストックでの液化は無い。

さて、そうなると、日本はどうすべきだろうか。原発が全部再稼働する見通しはなさそうだから、不足分のエネルギーは、当面やはり天然ガスで輸入するのが良さそうだ。ロシアか、カナダか、アメリカか。どれも一長一短ありそうだ。それとも他の資源国か?

あいにくわたし自身は、それを決める立場にない。そこで、かわりに、「日本が良い決断をするための条件」を提案することにしよう。そのためには、三つの条件を満たすことが必要だと、わたしは考えている。第一に、まず(当たり前だが)国としてきちんとした戦略と交渉能力がなければならない。現在、エネルギー資源の確保・輸入は、電力会社・ガス会社と、総合商社などがバラバラに行っている。資金の手当ても個別だ。政財界に相互調整機関があるかというと、そうでもない。おまけに、総括原価方式に慣れすぎた企業は、原料購入での価格交渉能力が高いとは、失礼ながら思えない。ここには、Financingを基軸とした総合的な意思決定・交渉機構が必要になるだろう。

第二に、意思決定のための情報分析機能を政府が持つべきである。ここ1,2年の世界のエネルギー情勢の変動は、過去半世紀にもなかったほど急速で、大きいからだ。世界各国のエネルギー資源や政策の変化について、情報収集・分析する専門官をおくべきとの意見があるが、わたしも賛成である。あいにく日本には本来の意味でのシンクタンク機能がほとんど存在しない。シンクタンクとは、政策立案のための情報機能である。官庁の請負仕事でレポートを作成する会社とは、別ものだと考えるべきだろう。

そして第三は、“現在は日本にとってのピンチではなくチャンスである”と皆が認識することだ。なによりまず、為替が非常に円高である。当面、ドルもユーロも回復しないだろう。これは、海外のエネルギー資源を権益ごと購入するには、絶好の時期なのだ。おまけに、複数の売り手が現れている。こういう時は、最後まで決めるそぶりを見せずに、互いの譲歩を引き出すのが交渉術の基本である。譲歩の内容は金銭かもしれないし、技術協力かもしれないし、あるいは領土問題など他の条項もあり得よう。とにかく、困っている相手に対しては足元を見る--これがビジネスである。なあに、いざとなったら節電でしのげばいいさ、それだけの技術力も国民の団結心もあるから、とかまえて公言したっていいだろう。

繰り返すが、今はエネルギー資源の激変期である。それを乗り切れるだけのクレバーな舵取りを、わたしは一介の市民として、切に望んでいる。
by Tomoichi_Sato | 2012-07-16 19:48 | ビジネス | Comments(0)

Structured Approachができる人、できない人

あなたは、同期30人の集まるパーティの幹事になりました。
 あなたが最初にすべきことは何ですか?


--これは、わたしがプロジェクト・マネジメントを学生や社会人に教えるときに、最初に出すクイズの一つである。出てくる答えはたいていの場合、まちまちだ。「店を探して予約する」「日取りを決める」「参加者を確定する」、等々。いや、パーティといってもいろいろだから、どれを先にするべきかはシチュエーションによる、との答えもありうるだろう。

だが、この問題には、どんな状況にも当てはまる、唯一の普遍的な正解がある、とわたしは続けて説明する。ためしに、ちょっと読者の方も考えてみていただきたい。少なくとも、わたしの勤務先のプロジェクト・エンジニア(=プロマネ候補生)たちにたずねたら、若い人でもきっと正解を答えてくれるだろう(と思う)。

その答えとは、『計画を立てる』である。どんなイベントでも、(1)計画を立てる、(2)事前の準備をする、(3)本番を実行する、(4)終結作業をする、の4種類の作業が必要だ。だから、最初にすべきことは「計画立案」だと分かる。そして、言うまでもなく、ちゃんとしたパーティをやるためには、必ずまともな計画が必要なのだ。

なーんだ、当たり前じゃないか。そう思われたかもしれない。そのとおりである。この「当たり前」が、頭の中にきちんと構造化されて、いつでも取り出せるように入っているかを、わたしはたずねているのだ。答えを聞いてから、そんなこと知ってるよ、と感じるのと、自分で言語化して他者に伝えられるのとは、じつはかなりの距離がある。それは、「知る」ことと「わかる」ことの距離である。憂鬱という漢字を読めるのと、その書き方を電話で他人に指示できるのとの違いを考えれば、すこしは想像がつくだろうか。

そして、何らかの仕事を始めるときに、まず作業の全体像を考え、計画に着手するという作業が習慣として身についているかどうかが、ここではポイントである。いきなり店を探したり、参加者を確認してみたりからはじめても、もちろん30人程度のパーティなら、なんとかなるだろう。しかし300人規模のパーティとなったら、もう、そうはいかない。その規模の仕事では、きちんとした計画を立て、やるべき作業をリストアップし、サブの幹事も頼んで共同で進めていかなければならないだろう。つまり、仕事の組立てを考えた、系統的・構造的な進め方(Structured Approach)が必要なのである。

ちなみにStructured approachの反対概念は、トライ&エラー、別名『出たとこ勝負』である。まず、何かをやってみる。その結果や反応を見て、次のアクションを考える。それを、求める結果に行き着くまで繰り返す。「計画」など信じず、自分たちの勘や実行力や「現場力」に頼る。これはこれで、一つの行き方ではある。地図のない森の中での獲物探し、に類した仕事には適しているといえよう。

以前も書いたと思うが、両者の違いは、イヌと猫の行動のちがいにも似ている。ネコジャラシを猫の目の前でふってみせると、猫はそれが欲しくて、じっとその穂先に集中してとびつき、いつまでも追っかけ続ける。一点集中型である。ところが(ムツゴロウ先生こと畑正憲氏のビデオで見たのだが)、同じネコジャラシをイヌに見せるとどうなるか。イヌは最初、穂先に飛びつくのだが、少しすると身を引いてちょっと考え、今度は穂先ではなく手に持っている茎の方を口にくわえて、さっと抜き取っていく。もしそれでもダメな場合は、飼い主に甘えて、“ちょうだい”と態度で示して得ようとする、という。「犬は総合的な判断にたけているのです」とムツゴロウ先生は解説する。穂先-草全体-草を持つ主人、という『全体構造』を見て、それぞれの部位にどうアプローチすべきかを考える能力があるのである。

もう少し別の例を引こう。企業経営について、Structured Approachをとる人々だったら、どう考えるだろうか。まず、その会社のミッション(使命)を定義するだろう。ついで、そのミッションを実現するための戦略を、列挙する。それぞれの戦略については、その達成度を測るKPI(Key Performance Index)を明らかにする。そして機能別組織を動かして、オペレーションを進めつつ、KPIを見ながら軌道や速度を調整していくだろう。これは、とにかく何か新製品を出し、あるいは新地域に出店してみて、後はその結果をにらみつつ、「各人がその持ち場で最善を尽くせば何とかなる」と考える行き方とは、随分違うのがわかるだろう。

Structured Approachとは、課題解決の方法論である。とくに、対象・ゴールの全体像をつかむことに力点をおく。具体的に言うと、以下のような手順をとる:

(1) とりくむべき対象・ゴールの全体を、構成する部分部分に分解する
(2) 各部分と部分の関係(依存関係やレイヤー的関係)を理解する
(3) それぞれの部分の特性にあった道具・道筋を用意する
(4) (必要ならば)組織内で分担・分業して仕事を進める
(5) 作業全体の管制塔(コントロールセンター)をおく

たとえば、取り組む対象がはじめてのプロジェクトだったとしよう。その全体像は、なんだか大きくてつかみにくく、どこから攻めたらいいかわかりにくい。そこで、達成すべき仕事の全体範囲を、もっとハンドリングしやすい小さな部分に、構造的に分割していくのである。これをWBS(Work Breakdown Structure)という。WBSが、その後のプロジェクト・マネジメント計画の基礎となる。WBSという概念が、いかにStructured Approachの考え方を象徴しているか分かるだろう。

対象・ゴールの全体構造を分解し、要素を列挙するときに注意すべきキーワードは、『MECE』である。MECEとはMutually Exclusive and Completely Exhaustiveの略で、ロジカル・シンキングの分野で有名になった略語だ。日本語で言えば、「互いに重複が無く、かつ全体を網羅する」である。日本全国は、地図で都道府県に分割されるが、その間には重複する地域も、空白の地域もない。対象の構造を分解するときは、そういう風にすべく、注意して行う。

対象が単純で内部構造を考える必要がないときには、攻め方の方角について、列挙してみる。山に登るとき、南から斜面を上るか、北側の尾根伝いに行くか、考えられるアプローチを洩れなくすべて挙げていく。そして、その中で優先順位をつけ、あるいはそれぞれに適した方策や道具を用意して進めるのである。

昔、誰かが言ったセリフだと思うが、ゴルフというスポーツは、あんな小さなボールを芝生の穴に沈めるために、用途別に特化した十数本もの棒を背負って歩く、ひどく西洋的な遊技である。日本で生まれていたらきっと、たった一種類のクラブを最初から最後まで使うルールになっていただろう、と。だが、あれこそは英米の典型的なStructured Approachを表している。日本風なやり方も面白いと思うが、たぶん、際だった名人芸を持つほんの一握りの人しか、18ホール目には到達できないであろう。

ゴルフや、あるいは野球やアメフットなどの専門分化したチームスポーツからも分かるとおり、Structured Approachは、英語的思考や文化の中心にあって、彼らはとくに意識もせずに、つねにこのやり方に従う。教育自体が、そう出来ているのだろう。

Structured Approachは、「頭が良く」見えるのが、一つの特徴である。だから、これを縦横に駆使できると、とくに我々の文化の中ではうまく目立つことになるだろう。また、落ちや漏れや重複が少ないため、誰がやっても一通りの結果が得られる(個人の天分・資質にあまり依存しない)点も、長所である。こうしたやり方は、トップダウン的だとも言えよう。だから、トップダウン型の組織で運用するのに適している。

ただし、Structured Approachは、あまりにも自分達と世界観がかけ離れていて、構造がうまく理解できない物事には、使えない。あなたが惑星ソラリスに行って、その星の不可解な海と七転八倒しているときに、「なんでStructured Approachをとらないんだ」とは、小説の中の西洋人でさえ誰も言わない。人間にとって、構造的な理解のためには、自分の頭の中にテンプレートが必要だからである。SF的世界とまで行かないにせよ、たとえば日本の弓術を極めるのに、このアプローチが出来るかといえば、まあ、まず無理である。

逆に、森の中の宝探しにおいては、いきあたりばったり、出たとこ勝負的アプローチの方が、運が良ければコストも時間もかからないかもしれない。Structured Approachは、どうしても最初のセットアップに手間がかかる。「自分探し」中の若者が、既存の社会の枠組みを嫌って、ふらふらしているように見えるのも、自分の運が強いと信じているからなのかもしれない。あるいは単に、(もっと上の世代の人たちと同じく)Structured Approachを知らないだけなのかもしれない。

Structured Approachは、ちょっと訓練すれば、誰でも使える方法である。とくに頭が良い必要などない。むしろ、個人の天分に依存せず、かつあまり運に依存したくない課題向けの方法である。そして、もちろん限界もある。全ての課題に適用可能な万能な方法、銀の弾丸は存在しないのだ。大事なのは、それを「いつ使うべきか」知ることなのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-07-08 19:32 | 考えるヒント | Comments(0)

プログラム・マネジメントは本当にプロジェクト・マネジメントの上位概念なのか

前回「プロマネの悩みは誰が解決すべきか」では、プロマネの悩みはプロジェクト・マネジメントよりも職制的に上位のレベル、“すなわち通常の用語では「プログラム・マネジメント」レベルでこそ対応すべき仕事である”と書いた。

ところで、今回はまったく逆のことを書こうと思う。すなわち、プログラム・マネジメントはプロジェクト・マネジメントの上位概念ではない、という話題だ。なぜこんな矛盾したことを書くのかというと、それは国際標準の概念規定に、じつは目に見えない混乱があるためだ。でも、まずは(いつものように)ちょっと別のエピソードから入って、斜めの角度でこの問題にアプローチしてみたい。

先週わたしのところに、プロジェクト部門から電話がかかってきて、「佐藤さん、出張精算書を今週中に必ず提出してください」と催促があった。先月中旬、そのプロジェクトの用件で中東に一泊三日の短期出張に出かけたのである。他にも仕事を抱える身だったので、日曜の夜行便で出発して、月曜の午後と火曜一日だけ向こうで打合せに参加し、また火曜夜の夜行便で戻る(時差があるから水曜夜に成田帰着)、というとんぼ返りのスケジュールだった。会議の主題は、これから実行段階に入る巨大プロジェクトのリスク・アセスメントで、二日間の会議の議長として客先から呼ばれたのである。

ところで、このプロジェクトは『実費償還契約』(Reimbursable Contract)であった。そのため、すべての出費明細をタイムリーに客先に提出して、その費用を精算してもらわなければ、お金を取りはぐれてしまう。だから、例によって事務仕事を後回しにして、ぐずぐずしているわたしのところに、督促の電話が入った訳である。

この巨大プロジェクト、わたしはプロジェクト・コントロール・マネージャーの役割で、すでに2年以上働いている。これまでにフィージビリティ・スタディ(事業化検討)と基本設計作業をやってきたのだが、震災の影響や種々の事情で2年以上もかかってしまった。これからようやくプラントの設計・調達・建設(EPC)という実行段階に入るが、プロジェクトがあまりに巨大なため(投資は1兆円近い)、全体を1ダースものスコープに分割し、別々のパッケージとして入札を行った(ちなみにわたしは、顧客の側、つまり受注者ではなく発注者のサポートとして働いてきた)。だから、この先のリスク分析をすると、どうしても各パッケージ間のインタフェース調整にリスクを見ざるを得ない。

ところで、これまでの基本設計段階は、ずっと実費償還契約だった。一方、この先、実行段階での各パッケージの受託企業は全て一括請負契約(Lump Sum Contract)である。なぜ、段階ごとに契約形態をかえるのか?

答えは単純である。基本設計段階では、どのようなプラントの構成にして、何をどれだけ生産するか、まだ目安程度しか決まっていない。だから設計にはいろいろな、オープン・エンドな可能性がある。したがって、設計が完了するまでにどれだけの工数がいるのか、精度をもって見積もることができない。もし、これを一定金額の請負契約にしてしまうと、肝心の設計を詰める段階で、工数上限を理由に手を抜かれないとも限らない。だから、「使用した工数と経費の分だけ、一定のマージンをのせてペイバックする」実費償還契約が現実的なのである。ところで、いったん基本設計が完成すれば、もう実行段階のスコープは確定し、かなりの精度で費用を見積もることができるようになる。だから、実行段階は一括請負契約が合理的になる。

さて、ここで一つ問題を提出しよう。「プログラムとは複数のプロジェクトを束ねたもの」という概念が正しいとするならば、このプロジェクトは実行段階に入って、プログラムへと質的に変化した、ということになる。これは本当だろうか?

プログラムとかプロジェクトといった用語・概念は、'60年代米国のアポロ計画のあたりから使われるようになった。アポロ計画自体は、プログラムである(=The Apollo Program)。プログラムの下に、アポロ1号、アポロ2号、などロケット打ち上げに関する個別ミッションがある。これが「プロジェクトProject」と呼ばれた。プロジェクトはさらに、設計・製作・飛行などの「フェーズPhase」(あるいはActivity)に分解される。このように、巨大な事業全体を、構造的に分解して、管理していくのは、米国的思考法の得意とするところだ。

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アポロ計画がスタートしたとき、最終目標は「10年以内に月面に人間を送る」だったが、それ以上の明確なスコープも詳細な予算も、まだ存在しなかった。つまり、オープン・エンドな事業だったのである。それを逐次的に具体化・詳細化していくために、複数のロケット打ち上げプロジェクトを積み重ねていく方法がとられた。つまり、アポロ・プログラムは複数プロジェクトを時系列的にたばねたものである。先行プロジェクトと後続プロジェクトの間には、直前に達成された成果にもとづくフィードバックがあった。全プロジェクトのスコープが最初からきっちりと確定していた訳ではなかった。

「プログラムとは複数のプロジェクトを束ねたものである」と定義するとき、それが同時的バンドルを意味するのか、時系列的バンドルを意味するかについては、実は相当な質的開きがあることに注意してほしい。プログラムが事業として、外部環境の変化、あるいは内部での能力・知識の成長とともに、適応的に発展していくためには、どこかにフレキシビリティーがなければならないはずである。時系列的なプロジェクトの集合で、かつプロジェクト間にフィードバックが存在するなら、たしかにそこに変化への柔軟性や進化が見られるだろう。

他方、巨大な事業を同時に複数のプロジェクトに分解する場合、そして各プロジェクトのスコープが皆確定している場合、どこにフレキシビリティーが保証されるのか? プロジェクト間の相互調整的なインタフェースだけでは、はなはだ限定的であることが分かるだろう。

ちなみに、日米欧の三国は、プログラムをどう定義しているか。米国Project Management Institute (PMI)、英国Office of Government Commerce (OGC)、そして日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の標準書から、それぞれ引用してみよう:

米国PMI: The Standard for Program Management (2008)
A Program is a group of related projects managed in a coordinated way to obtain benefits and control not available from managing them individually.

英国OGC: Managing Successful Programmes (2007)
A temporary flexible organization created to coordinate, direct and oversee the implementation of a set of related projects and activities in order to deliver outcomes and benefits to the organization's strategic objectives

日本PM協会: 新版P2M標準ガイドブック (2007)
使命(ミッション)を実現するために、複数のプロジェクトが有機的に結合された事業。 - 「大規模システム型プログラム」と「戦略型プログラム」(創出・変革型)とに分類される(定常業務はサービスプロジェクトとして位置づけられている)。

文言はある程度似通っているが、標準書全体の文脈を含めて読み取ると、米国ではプログラム=「巨大なプロジェクト」というとらえ方が強いが、日欧では「事業を創出する諸活動」との文脈でとらえる傾向があるように、わたしには思える。その違いは、すなわちオープンエンドな、変化への適応能力(Adaptive Solution)の差違である。複数のプロジェクトを同時的にバンドルしても、それが主体的な適応能力や、スコープ・バウンダリーの拡がりを支援するものでない限り、それは「プログラム」の名前には値しないと考えられる。

逆に言うならば、別段、複数プロジェクトの形に分割されていなくても、そこに適応能力とフレキシビリティーを支える仕組みがあれば、それはプログラム・マネジメントだと呼んで良いだろうと、わたしは思う。いいかえれば、生みだす成果物の価値に応じて、スコープや、納期や、必要予算の枠さえ拡大できるような主体性の強さである。ただし、そうなると、WBSとかPERT/CPMとかEVMSとか、明確なスコープ・バウンダリーを前提するプロジェクト・マネジメント技法はそのままでは適用しづらいだろう。だから、ある程度、“固いスコープ”の部分と、“柔らかでオープンエンド”な部分を有機的に組み合わせていかざるを得ないだろう。

いずれにせよ、プログラムであるかどうかは、実行する側の主体性の強さによって定義すべきだとわたしは思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-07-01 22:03 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)